「つづき 生誕100年  没後20年   茨城のり子さん
茨木さんが‟対話”を刊行したのは29歳の時。‟彼女は薬剤師でした。科学的な考えにたけていた人がその詩集の最初に‟魂”という作品を置いた。私たちの世界には目に見えるものと見えないものが両方ある。その両方と深く関係を持たなくてはいけない、という宣言だったと思います。” 茨木さんは野原にポンと咲いた一輪の花ではない。切磋琢磨する詩人たちの森に生まれた花です。茨城さんは50歳からハングルを学び始めた。‟彼女はハングルを一から学び直し、アジアとの関係を結び直す仕事に導かれていった。敬意を持った実践から始めるほかに、韓国との真の和解はない。ということを私たちに教えてくれた。その実践は私たちに出発点を与えてくれました。そこを到達点として終わりにするわけにはいかないと思っています。    (若松英輔さんに魅力を聞く)  」

ラ・トミオカから、ちかちゃんと高橋さんが、ガラガラを下げやってきた。
オフィスでまず発表会向けの商品開発の打ち合わせをした。
あと東京のマーケットを見て、布地やら、かわいいものを仕入れて、新しいデザインを作ってくれるだろう!!
それにしても今朝は冷えるナあ。
あったか温風機のスイッチをいれて、足元から温める。
熱いコーヒーを飲み、長袖のトレーナーを一枚重ねる。
一週間が終わろうとする。
今週もいろんなことがあったナあ。

「ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにするな
そもそもがひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

   茨城のり子   」