2012年09月28日

この夏の終わりに

 これは聞いた話なんですが、連勤で疲れていた男が久々の休日を学生時代にリビドーを撒き散らしていたブログを読み直すことに費やしていたという「時間の無駄」を体現するような出来事が、2012年の極東の島国で、ひっそりと、ね

 ひさびさにブログを書いてみようと思ったんですけど、昔のようなハゲナース・フローが戻ってこないことこないこと

 「ひっそりと、ね」という風に、着地がふんわり☆

 定期的に更新していた学生時代から数えて3年ぶりにここに帰ってきたんですけど、そうやって語尾を濁したりする技術を獲得したりなんかして、正直僕は例の「なりたくなかったおとな」ってやつになってるんだと思う。でもこれは僕がそう思っているだけなので、みんなは「そんなことないよ!」と反応することしか許さないぞマジやめてそういうの

 一体全体どういう動機付けがあって、このブログを再開することになったのかという疑問ね。僕もそう思ってる

 そういうのいいよめんどくさいしほんと
 
 じゃあはじめようか


 みなさんおひさしぶりですこんにちはハゲナースです

 はじめましてのみなさんはいったんブラウザを閉じてもらって「わたしの人生のうちの二度と戻らない大切な『今』をこんなブログを読むことに費やしてしまっていいのかしら」と自問したのち二度と来ないでください。「いや、わたしも辛いけど、下には下がいる!そのことで慰められたい!」と思うなら、僕は君を抱きしめる

 僕がどういう人間なのかは過去ログを参照してくださいほんとうは恥ずかしいのでできればやめてください

 めんどうな方にsummarizeすると

 「こんなはずじゃなかった!」と嘆きながら「しかし生きていかなければ!愛さなければ!」という青年期特有の青い両価性を抱きながら自己統一への憧憬のために七転び六起きで結局転んだまま大人になってしまうごくありふれた人間です。ほら、あなたのとなりにもいるでしょうそういうひとが。あるいは、あなた自身もね

 そんなありふれたコースを歩む人間が看護学生から看護師になるまでのうんこまみれ(比喩ではなく)の道程です。実は去年もうんこもらした。25歳だったけど

 もうひとことだけあの頃の僕の名誉のためにつけくわえるとするならば、そんな「下の特上」的人生の揺籃期の記述が以外に上手だったということで「看護学生ブログランキング1位」を獲得していた時期もありました。もちろんそうでない時期のほうが多いのでそんなことを誇る自分が恥ずかしくて本当に愛おしいですこっちみないでええええええええええええ

 うん。徐々にあの頃のハゲナース・フローを取り戻しつつあるよね。ね?そうだよね?これだよね?

 そう。いや自分でもびっくりなんだけど、いま僕は26歳で4年目の小児科看護師なんだ。この記述がやっぱりしっくりこないということは「いま僕は18歳で看護学生なんだ」って言ってる頃から1mmも変わっちゃいんないんだけどそれを変わらない良さとするのであればじゃあそれでいいけど?

 句読点がなくて読みにくいっていう指摘はおとなになって上司から幾度となく受けてきたので、多少修正されてはいると思い込んでいた自分がやっぱり恥ずかしくて愛おしいという事実はあるよねないよね

 話を戻すと「いま僕は26歳で4年目の小児科看護師なんだ」っていう記述的事実を分解してみると、「僕」は、「看護師」で、しかも「小児科」で、よりによって「4年目」だってことになるよね。まぁ接続詞の選択に恣意的な思惑が介在してはいるのは承知してるんだけど、「僕」「看護師」「小児科」「4年目」っていうどれにも違和感を感じているっていうことなんだ。なんだこの口調っていうことなんだ

 ここで指摘しておかないといけない事実にひとつ気づいたんだけど、その違和感って「僕」と「看護師」「小児科」「4年目」の関係性であるはずなのに、「僕」と「僕」との関係性にまで違和感というか親和性の希薄さが浸食し始めているよね。なんだこの口調っていうことだよね

 っていうことで「あああの頃と同じように自意識の迸りで生きてるんだこいつ。まったく成長してなくてよかった。わたしだけじゃないんだ成長していないのは」的なぐさめを提供してるんだけど、事実だよ事実。僕もあなたも変わらないのは。人生が無限の数直線だとするならば、それがきっと動く歩道みたいなものだとするならば、全体としての変化は不可避だとするならば、僕たちが今話した「変わらない」部分というのがきっと、きっと!
 
 こういうブログとしての記述とそれに対する記述とをメタ的に行ったり来たりすることで結果的に僕とあなたの対話になっていくような語り口ができていたあの頃の僕に戻れるとしても、僕は今と同じ道を往くんでしょ?ってあなたも思うでしょ?

 僕もそう思う。あなたもそうであってほしい

megane_aroe at 16:20|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2009年12月04日

 「ブログを書くぞ!書くんだ!」と無根拠な衝動に駆られない限り更新できない僕の事情ってものを斟酌してくれる寛容さを期待したっていいと思うんです

 前回の記事同様に新中野はマクドナルドからお送りしております

 だって家にネットひいてないんだもん

 僕は「だって〜なんだもん」構文を忌み嫌うこと23年なのですが、ここぞとばかりに使いたい

 ブログを更新するのにわざわざこのクソ寒い中をバイクに乗ってってあんた

 じゃあネットひけばいいじゃんってな話にはならないのがおもしろいところで、どこがおもしろいのかはわからないんですが、僕は「手続き」とか「事務処理」ってやつがどうにも性に合わなくてね

 文明の発展は手続きの重層化です

 物々交換の日々が懐かしいですね

 あのころはネットひいてもらいたければ骨付き肉を渡せばよかった

 最近はポケットから小銭を出すのもめんどくさくて支払いはお札ばかりです

 おかげでポケットに小銭がたまってしまい、この前久しぶりに顔を出した部活でコンタクトバックを持っていたら当たられる度に小銭が落っこちちゃってリアルマリオカート状態でした

 本当はお札を出すのもめんどうなので支払いは主にカードです

 おかねがあるということはいいことです

 このブログの読者層が5年前の開設当初より変わらなければきっと読者諸賢が言うところの富裕層であると信じて止むことを知らないので、今僕が着てるPコートの値段を発表してもなんら差し支えないと思います

 8万です

 家賃か!家賃か!

 僕のような埼玉のスラム街育ちがまさか風呂トイレ別の1DKぐらいなら軽く一月住めるほどの価値を持ったお召し物をね!

 労働ってすばらしい

 来年あたりには庭付き一戸建てくらいのダウンジャケットを着ていそうですね

 家にはネットどころかテレビもありませんけどね

 と、いうことで、相変わらず真冬も網戸だし家のドアもかぎかけてません

 僕の旅行中に同じ寮の仲間たちが僕の家に侵入して「ダンベル重ぇw」とかやっていたことがわかったときはさすがに僕もひきました

 自宅が無料ジム化していることはどうでもいいとして、最近の動向なんですが、まずは仕事の話でも聞いていけよ

 忘年会はピンクレディーのUFOで乗り切りました。無意味なレポートが多いのでめんどくさいです。とある先天性心疾患の赤ちゃんの担当看護師になったので、彼の体重アップに心血を注いでいます

 次に仕事以外の話。彼女の誕生日に用意しようとしていたケーキが4月の僕の誕生日に彼女に買ってきてもらったケーキと被ったので僕たちの関係はより甘いものに。小春が押しがけじゃないとエンジンが点かなくなりました。15キロのサイドレイズじゃ物足りない。だけどベンチは90キロ10回挙げられなくなった。長編小説を読む気力がない。高2から使っていた手袋の片方を紛失した

 と、まぁこんなところです

 仕事を始めてわかったことを毎回の更新で発表していきたいと思います

 仕事を始めて「生活していく」ということの意味を知りました

 要するにそれは妥協の連続であり免罪符です

 夢や情熱、愛情や神聖などあらゆる尊い善性のカウンター

 「生活」とは現実的で醜く、打算的で俗っぽい、まなざしに対する一瞥です

 ゆえに生活していくことを描いたものは小説でも映画でも同情と共感の相槌を勝ち取る価値が発生し、よって芸術にはなりえないのだと気がつきました

 そこには克服が経験されず、重力まかせの滴りがあるのみです

 善性とは志向されるべきものであるからして元来ありうるべきものではないということで、性悪説に似た傾向が僕の最近のムーブメントです

 業務の忙しさのなかで家族の訴えに向き合うことや、ミルクの時間が重なってもひとりひとり抱いて授乳すること

 イライラしないこと。愚痴をたれないこと。電車で化粧しないこと。病院でケータイを使わないこと

 性悪説は寛容の精神で克服可能な前向きな態度だと解釈します

 もとよりそれは高いところから低いところに流れていくものではなく、努力が必要です

 だからこそ人は「生活していく」のだと、いつかたどり着けるように今は流れているのだと、そういったまなざしで街を眺めてみれば、この世界も悪いものではないと思えてきます

 生活は克服の不在です

 ところで、人生は語られるべきものです

 よって、人生とは生活の高次に位置しています

 たゆまぬ克服の連続があなたの自伝の厚さとなるでしょう





 こうした布教活動にも似た演説が朝7時ナース服に着替える僕の頭に響いているとしても、それはそれで僕の生活の一部なのですいません

 ほんとうは年末ジャンボを当てて換金した足で皮肉満載の辞表を提出しにいくのが当面の夢です

 

megane_aroe at 22:36|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2009年11月21日

うんこうんこ


 うんこうんこ!

 忙しくて更新できません!

 入社式で「忙しさは言い訳にならぬ」ってことを言われた気がしますが、すいませんダメ看護婦なものです!

 仕事が軌道に乗ってきました!土星の公転軌道にね!

 とりあえず本日公開の「2012」が気になって授乳以外の時間しか眠れません!

 終末モノが好きです!

 素敵なSF小説があったら教えるように!

 宇宙に興味がありません!

 ここで僕の人生計画について発表させていただきます!

 外語大で北欧か中欧の言語を勉強してマイナァな小説ばかりを紹介する翻訳家になりたいです!

 お疲れ様でした!

megane_aroe at 20:51|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2009年11月13日

告知


 史上最強のかまってちゃんが帰ってきたぞ!

 近日再開予定です

 来週中には必ず再開します

 久々にこのブログを訪れたあなた。すぐに巡回先に登録しなおしなさい

 触れ込みなさい!「やつが帰ってくるぞ!」と!

 社会人を半年ばかし経験した大人な世界を展開します

 あなたのパソコンが自慰用のAV再生機以外の目的で使用されることを期待して、僕は再びつづりましょう

 情熱と滑稽さが矛盾しない世界を。悲劇と喜劇の共生する世界を

 この半年で頭髪の砂漠化が2cmほど進行しましたということ以外にはとりたてて大きなニュウスはないんですが、まぁたまにはかまってくれよ

 コメント欄に「調子乗ってんじゃねえよハゲ」と書くと更新が早まる仕様になっています

megane_aroe at 17:34|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2009年05月27日

ねむい



 どうも、給料泥棒界の大型ルーキーこと「プロおむつ交換師」のハゲナースです。昨日からS君(2歳)が彼の知る限りの最高のボキャブラリーであるところの「パパ」なる語で僕を呼称して止むことを知りませんがみなさんいかがお過ごしですか。そうですか。その幸せが永遠に続くと思っていればいいさ!

 職場のユーモアが足りないので、ホームドラマの代名詞にして唯一至高の「フルハウス」で補っています。5シーズンまでDVDを購入しました。ジェシーとレベッカに双子ができるなんて知りませんでした。職場にステファニーに似ている先輩がいます

 また、同様の理由でウッドハウスをはじめとするユーモア文学を渉猟しています。この方面での情報をお待ちしています


 仕事の話が聞きたいですか?病棟の入り口に「この門をくぐるものよ、一切の希望を棄てよ」と書かれている気がしてなりません。あるいは、老後の余暇を消化するために回想記を書くことがあるならば、間違いなく今の時期の章は「ひとの世の旅路のなかば、ふと気がつくと、私はますぐな道を見失い、暗い森に迷いこんでいた」ではじまると思います。要するに地獄です。もちろん子どもは天使みたいに可愛いのですが、ヤンジャン読者にわかりやすく説明すると、先日までのガンツのイタリア編みたいな感じです。要するに地獄です


 もう寝ます。この眠りが永遠に続くことを祈ります

megane_aroe at 22:34|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2009年04月12日

と、いうことで



 ネット環境に入るタイミングががなかなかどうして訪れないということで、久々の更新になってしまいましたがいかがお過ごしでしょうかみなさん。まだこのブログを読んでいてくれる方が若干名いらっしゃるようなので、わたしはあなたのために更新します

 
 ということで、小児科の乳幼児室で看護師をしています。まだ数日しか働いていないのでよくわからないのですが、オムツを交換したりミルクを飲ませたり離乳食を食べさせたりと、主に赤ちゃんのほっぺたをプニプニつつくことでお給金を頂戴するといいう解釈で間違いないように思います赤ちゃんかわいいホントかわいい

 ところで、僕は小児科の看護師なんですが、いったいどうしたらこんな選択肢が出てくる人生を歩むことになるのでしょうか。いったいだれが今の僕を想像しえたでしょうか。いいですか?もう一度確認しておきますけど、僕は「小児科の看護師」です。ウルトラマンでもプロ野球選手でもなければ、弁護士でも高級官僚でもなく、サラリーマンでもなければ文系大学院生でもなく、ニートでもなければ作家でもない、小児科の看護師です。僕は小児科の看護師です。僕は小児科の看護師です。大事なことなので二回言いました

 そう、14歳の僕がどうしたら22歳の今のこの僕を想像しえたでしょうか。人生なにがあるかわからない。わからない?わからない。わからない?

 
 とりあえず、引用改変で表現させていただくことをお許しください。小児科の看護師風情が純粋な自分の言葉でなにかを表現できるわけもないことを考慮すれば許されざることだとは言いますまいな


 
 ―――それにしても、高等教育を受けて人類のための創造的な仕事を期待されたこのわたしが、どうして小児科の看護師をしてみようと思い立ったのだろうか。これについては、目に見えぬ「運命」という密偵、いつもわたしに目を光らせ、ひそかにわたしにつきまとい、なんともいわく言いがたい手口でわたしに影響を与え続ける密偵―――こいつがいちばんよく承知している。たしかに、わたしが乳児室で働くことは、とうのむかしに作成されていた神意の大番組の一部に組み込まれていたに違いない。わたしの出番は最後に大出し物をひかえた短いひとり芝居か幕間狂言といったもの。わたしの出番にかかわる芝居のビラはだいたいこういうものだったに違いない。

 「米国史上初のアフリカ系大統領誕生」
 「ハゲナースなる者によるオムツ交換」
 「アフガニスタンにおける血なまぐさい戦闘」

 どうして「運命」なる舞台監督が、このわたしには小児科看護師というさえない役柄をあてがいながら、ほかの連中には崇高なる悲劇の壮麗なる役柄、客間喜劇の短く簡単な役柄、笑劇の陽気な役柄をあたえたりするのか、わたしにはしかと理解しかねる――しかとは理解しかねるが、諸般の事情を思い返してみると、動因とか動機がさまざまな扮装をまとって狡猾にも立ち現れて、わたしをたぶらかせてくだんの役柄を演じさせながら、それがもっぱらわたし自身の不動の自由意志と賢明な判断力に由来する選択の結果に他ならないとする錯覚に誘い込む仕組みが、その動因と動機の正体ともども、わたしに少し見えてきたような気もする。

 (メルヴィル「白鯨」第一章より改変)


 「気もする」とかじゃなくてはっきりわかっているんですが、それは長くなるので次回以降

 明白なことで大変申し訳ないのですが、僕の人生は完全に喜劇です。この星の60億の人生を「悲劇」と「喜劇」のふたつに大分することはできません。あらゆる人生の物語のうち、語られるべきものとそうでないものがあることは周知の通りで、それはおもしろい小説とそうでないものがあるのと同様です。その物語が練られたものであれば――人生に還元すれば、それが真剣に生きられたものであれば――それは語るべきものだと思います。喜劇だからといって手を抜いて演じてもいいということにはならないように、滑稽さと真面目さが矛盾しないという事実は、これがなかなか人の知るところではないのです。要するに「喜劇ー滑稽さ」「悲劇ー荘厳さ」という図式はどちらにも真面目さ真剣さが不可欠で、人生に対する真摯な態度がそれを物語るべきものへと、物語を芸術へと押し上げるのだと思います。一見ヘラヘラしてテキトーなオーラが漂うあなたの友人が、あなたを魅了し、その友情を求めてやまないところにはそういった理由があるのかもしれません。

 自分でもよくわからなくなってきたのに加えて、明日のために勉強しないといけないので(国家試験の内容なんてまったく役に立たない!学生時代よりも勉強しないといけない!)、簡単にいってしまうと、


 「これまでにないほどの充実感と肯定感で母乳がでそうです」


 それではみなさま、僕がオムツ交換中におしっこをひっかけられないことを祈りながら毎日を楽しくやっていってください


 就職しちゃったけどブログは続けちゃいます


megane_aroe at 15:25|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2009年02月27日

「散歩に行きませんか」


 看護師国家試験が終わりました。保健師国家試験も終わってました。合否発表は3月26日ですが、たぶん合格していると思うので、病院に勤務しはじめるまでの残り一ヶ月はおもっくそ無気力で過ごしてやるデース

 保健師が先だったんですが、「別に受かっても受からなくてもどっちでもいいんだけどせっかく勉強したんだから合格したいし落ちたらそれはそれで情けない」という適当な気持ちで挑んだのですが、模試を受けてるみたいなテンションでなんとかなんとか。とにかく会場が寒かった。解答速報で正答率80%ちょい。国試ちょろい

 で、待ちに待ってるわけではなかった看護師国家試験。出題形式が大幅に変更されていて、午前問題終了直前までは「落ちたらイチゴ農家になろう。毎日がイチゴ狩り」などと決意を新たにしていたのですが、解答速報で正答率86%という模試や過去問でも到達し得なかったなぞのハイスコアを叩き出すことができたので、やっぱり国試ちょろい

 こくし ちょろい

 でも「マークミスで不合格」とかいうオチを期待している諸君。ほんとうにやめてください。ぼくも不安です


 
 今年の国試も印象深い事例がたくさんありました。今日のタイトルは、肺炎で入院した認知症のおばあちゃんが「家に帰る」とエレベーターを待っているのを発見したときの対応です。とりあえず4年間の看護学生生活が終了したので、僕も散歩に行きたいと思います(?)

 三月は花粉症と戦いながらゆっくり過ごしたいと思います

 終わってよかったですマジで

megane_aroe at 15:28|PermalinkComments(5)TrackBack(0)

2009年02月16日

ハネムーン期



 災害復旧時の住民の心理過程にハネムーン期ってのがあるそうです。わかりやすくいうと、文化祭実行委員みたいなテンションって感じです。ほんとかよ

 いよいよ国家試験までカウントダウンがはじまりました

 20日に保健師国家試験@白金

 22日に看護師国家試験@八王子

 体感的には九割方合格できると思います

 残りの一割をつかみとるのが僕ですが、まぁそれはそれで

 それはそれで?


 とりあえず、春風とともにアイツがやってきたので、落ちたら心機一転「林業界」に殴り込みをかけて、花粉撲滅活動に一生をささげるつもりです

 それでは毎年恒例のこれを張って、国家試験前最後の挨拶と代えさせていただきます

 

 私ども花粉症患者鼻腔無血解放推進委員会は、花粉との交渉決裂をうけ、しかしながら私どもが第一に掲げる罪なき市民の平和のために、このたび委員会を解散し、新たに鼻腔解放軍を組織いたしましたことをここに記します

 これは事実上の宣戦布告であります

 国連未承認の軍事活動となりますが、これは再三申し上げるとおり罪なき市民の平和のための戦争であり、すなわち空気清浄機などで個人的な防衛手段を確立できない市民に代行して花粉と戦うものであります



 一言で言えば、花粉症患者はどこにおいても、現状の社会的ならびに政治的状態に反対するあらゆる革命運動を支持する。このようなすべての運動において、花粉症患者は、鼻腔の問題を、それが多かれ少なかれどれほど発展した形態を取っていようとも、運動の基本問題として強調する。最後に、花粉症患者はどこにおいても、すべての国の耳鼻咽喉科ならびに製薬会社の結合と強調に努力する。花粉症患者は、これまでのいっさいの花粉秩序を協力的に転覆することによってのみ自己の目的が達成されることを公然と宣言する。花粉よ、花粉症患者革命の前におののくがいい。花粉症患者は、革命においてマスクのほか失うべきものをもたない。彼らが獲得するのは鼻呼吸である。万国の花粉症患者よ団結せよ!
      ―――――「花粉党宣言」 ハゲナス エンゲルケイスウ

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2009年02月05日

あのネギ畑でつかまえて(麻薬で

 どうもどうも。最近の精神状態といえばですね、前回記事冒頭のような多幸症が継続中なんですが、迫りくる国家試験のプレッシャーをたまに感じて嘔吐してます。残り二週間を切った現時点での国家試験のプレッシャーをスクワットにたとえると、だいたい130キロぐらいですかね。FWだったら10回できてほしい程度の重さです。ベンチプレスでいえば80キロぐらいですか。とにかく、信濃町駅のホームで流れる列車接近の効果音が「コレシストキニン♪」と聞こえるなどの幻覚が自覚症状として現れています

 今日は学生生活最後の定期試験だったので、まったく準備もせずに挑んだのですが、国家試験演習みたいな授業だったので、超余裕でした。あんなのカエル逆立ちしながらでも単位取れるわ。両手ふさがってるけどね

 久々のAの手ごたえに満足したので、今日は国家試験勉強は控えめにしてやりましたよドドリアさん。明日がんばりますほんとうです



megane_aroe at 20:37|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2009年01月21日

かたり

 どうもどうも。第一希望は小児科にしておこうと思います。希望理由欄には「子どもが好きだから」と簡潔に書いておきます。あとはどうにでもなぁれ♪

 国家試験まで一ヶ月を切ったのに危機感がありません。うそです。交感神経がほどよく緊張しています。焦燥感も多少ありますし、なにしろ落ちたらほんとうにヤバい試験なので、それなりに切迫感はあります。が、それ以上に最近は穏やかな気分でござる

 どう説明したらいいかわかりませんが、上段のような理由でカレンダーのめくられる速度は上がっているのですが、生活のスピードはものすごいスローダウンしています。何をしているわけでもないのに、満たされた気持ちになっています。暮らしそれ自体の中に価値を認めています。肉体と精神、過去と未来、現実と理想、すべてが調和する絶妙な一点をキープしています

 何も予定のない休日の朝にちょっと早く起きたので冬の穏やかな陽の下で二度寝を試みんとトロトロしているような―――そんな気分がずっと続いています朝から晩まで。なんというか、チーズケーキのような優しい気持ちです。伝わらなくてすいません。ポエジーが国試に無関係なことを感謝するしかないようです

 人生の小春日和が続いています

 
 ところで、小春日和は英語で「インディアン・サマー」ですが、という流れで先ほど読み終えたジョン・クロウリー「エンジン・サマー」の話に繋いでいこうと思っているのですがどうして僕はこんなに話が下手なのよ

 で、「エンジン・サマー」ね。詳細はググったりしてよ。要するに遠未来SF小説なんだけど、これすごいからマジ読んで

 この本を読み終えると、「物語を物語ることについての物語について物語る物語を物語る物語を物語りたい僕がいる」みたいな気分になります。「物語」がゲシュタルト崩壊してると思うんだけど、メタフィクションとかのレベルではなくて、「滅多にないメッタメタなメタフィクション」みたいな感じなんです。あえて表記するならば、『「「「「「「「物語」」」」」」」』みたいな?僕だってよくわかりません

 テキストの語り自体はイシグロっぽい「信用できない語り手」系なんだけど、それが好きならどうぞ。で、この文脈で「わたしを離さないで」も激しくオヌヌメしてみる

 「エンジン・サマー」と青春SFの双璧をなすらしいマイクル・コーニイの「ハローサマー、グッドバイ」も積んであるのでこの機会に読んでみよう。クロウリーの「リトル、ビッグ」も積んであったけど、これは国試が終わってから…ってそういえば受験生なので小説なんか読んでる時間なんてないのでした。が、それほどの心的余裕ができるほどのマイルドな日々です

エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)
著者:ジョン クロウリー
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発売日:2008-11
おすすめ度:5.0
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わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
著者:カズオ・イシグロ
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おすすめ度:4.0
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2009年01月16日

無題



 去年末より何のきっかけもなく突如として浮上してきた「小児科就職案」がどうしようもなく肥大してきている昨今ですがいかがお過ごしですか。今まではずっと、循環器内科とか血液内科とかのメジャー内科系が50%、外科系が30%、マイナー系もそれはそれで面白いんじゃないが20%、ぐらいの気持ちだったんですが、今のところ小児科が60%ぐらいになってあとはトントンみたいな感じになってきています。まだ一週間ぐらいは悩めるので禿げない程度に考えてみます

 とにかくとして、これはほんとうの話なのですが、小児科を第一希望欄に書くことを妨げている理由は「小児科おれでいいの?」ってことだけなんです。成人ならおれでもいいとかそういうことではないのですが、希望理由欄にも「子どもが好きだから」ぐらいしかガチで書くことがないので、意思発動性の低下した小児性愛者にしか思われないような気がします。だったら熟女好きを活かして婦人科かなにかに就職したいところです。うそです

 ここで頭をよぎるのは、面接のときに看護部長に放たれた「行き当たりばったりで生きてるのね」というロンギヌスの槍なのですが、こうして人生の重要な岐路における衝動性を否定できない僕は、逆に誇らしい気分にすらなってきます。うそです

 思い起こせば看護学部にきたのも衝動的でしたし、その他もろもろの選択のときだって、存在の内部から臓腑どころか人生全体を貫通するほどのパルスがほとばしっていたことを僕はいまさら否定しません。僕もあなたが思っているほどに頭が悪いわけではないので、22年間も生きてりゃ自分の傾向についての理解は、ね。こういう生き方が楽しくてしょうがないのは若いうちだけだということも知っています

 ということで、たぶんこのままの速度で小児科に希望を出してしまうんじゃないかと思うので、だれか僕を止めてください

megane_aroe at 20:03|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2009年01月14日

無辜の婿


 どうも。なんとなくぼんやり思っていた小児科への想いがどうやら叶えられる可能性が高いようなんですが、実際のところ、あなたは僕のいる小児病棟にこどもを預けようと思いますか?ぜったいにリアクションしないでください

 というサルベージ記事への導入は嫌いですか?

 これは関係のない話ですが、最近ほんとうに涙もろくてどうしようもありません。しかも慟哭ついでに過換気症候群になることも知りました。6年前にナトリさんにしごかれて以来なのでショックでした。どうなっちゃうのよこれ

 今日は二本立てですがぜったいに最後まで読んではいけない


――――

 2006年12月17日


 保育園いって来ましたよ。2歳と4歳のクラスで一日ずつ過ごしました。萌えた。以上。よいお年を
 
 ウソウソ。いや萌えたってのはウソじゃないんですけどね。僕は「萌える」を「一切の肉欲を排除した愛らしさを感じ悶絶すること」と解しているんですが、園児はまさにガスだね。前回中学生に対しても「萌えた」といいましたが、それに従えばあれは嘘です。つまり、ここで惜しげもなく中学生に対する肉欲を肯定したことになりますが、別に弁明する必要性も感じませんし

 で、萌えたんですよ。教室入ったとたん群がってきやがるのな。やばい。萌える。そんであいつらめっちゃぬくい。プニプニしていやがる。そんでかわいい。座ってると懐に突入してきて上目遣いで「絵本読んで」。これが必殺。読まざるを得ない。朗読。心込めまくり。実習終了時間が近づくと「帰らないで」。帰るものか。いや、帰るが。そんで最後は泣く。「いかないで」って泣く。「お兄さん先生は帰らないといけないんですっ!」って保育士。お前が帰れ。オレが残る。「後ろ髪引かれる」とかそういうレベルじゃない。後ろ髪むしりとられるぐらい名残惜しい。恋か。おいこれは恋か

 と、いったカンジの実習でした。やっぱり言語活動がちょい発達し始める2〜4歳ぐらいが一番かわいいですね。最高の実習でした。月50万ぐらいくれるなら保育士になりたいです

 これで今年度の実習がすべて終了したことになります。よくやった僕。マジで。ホント死ぬかと思った。自殺とかで。

 やっと一息つけるずぇとか思ったけどいつの間にか年末なのね。なんかすげぇ焦るじゃん。まるで今年何かやり残したことでもあるかのように焦るじゃん。特にないんだけどね。だから「今年が終わるからって人生終わるわけじゃないんだから焦ることはないんだぜ?」って自分に言い聞かせましたが、「むしろ2006年終了とともに人生も終わればいいのに。つーか宇宙の歴史も終わればいいのに」みたいな返答があったりなんかして!ひゃっほう!

 
 あーじゃあついでだから今年を表す一文字みたのもやりますか。なんか「命」みたいな結果だったらしいですね。「命」て。命とか書かれたドでかい半紙をいったんもめんに見立てて「きたろうどーん」とか言いながら清水の舞台から放り投げる記者とかいたらその社の新聞の生涯購読するわ。「死」とか「狂」とかなんならストレートに「虐」とかにすればいいのに。じゃあ僕は「禿」とか「抜」とか「薄」とかそのへんでいいです

 明日はたぶんしないけど一年を総括したりして絶望したりします。

 
――――

 2008年1月11日 


  洗濯機が壊れた話ってしましたっけ?いやね、最近だれにどの話をしたのか覚えていないことが多くてですね、「いや、それ前に聞いたけど」みたいなことを言われてしまったりするんですよ。そういう無作法な人間には「その場で開頭して記憶中枢をダイレクトに突いてその忌々しい記憶を抹消してやってもいいんだぜ?」的な表情をしたのち「俺的にこの話から入ったほうが盛り上がるんだよ。まぁ黙ってきけ。え?いや別にリアクションとかいらねぇから。前に聞いたんだろ?同じリアクションされてもむかつくんだよね」

 で、まぁそういうことは置いといてですね、要するにうちの洗濯機が壊れてどうしようもないんですな!ふむ!

 水は溜められるんです。そいで「それでは洗わせていただきますわ!」と2〜3回回転するんですが、すぐに「ごめんなさい…わたくし…その…もう無理ですの…」とピーピー言いながら停止してしまうんです。(ちなみに洗濯機の名前は「ワーレンカ」と言って、ウクライナの少女です。父称は失念しました。このブログの古参諸君には言うまでもありませんが、僕は電化製品やその他無生物に命名することが少なからずあります。炊飯器は「恵(めぐみ)」だったような気がします。バイクは「小春」で、32歳の未亡人です。現在はキーをなくしてしまっため大学に置きっぱになってます。小春との生活は次回にでも)

 母によると、洗濯機の平均寿命は3年らしいです(男女不問)。ワーレンカは僕が独り暮らしを始めた3年前に買ったのでちょうどですね。今までありがとう。

 これは余談ですが、実家の電子レンジは僕の生まれる前に買ったらしいのでもう23年になるそうです。ここ2年の働きぶりと言ったら本当に怠惰そのもので、人肌以上の加熱は望めません。母は二度「ディン(一般で言う「チン」)」すればまだイケルと思っています。しかし、僕がレンジを開けるたびに、母が前の朝に温めたおかずが取り忘れられたまま放置してあるのをみつけます。この場合、買い換えたほうがいいのは母でしょうかレンジでしょうか。ちょっと僕のほうでは判断しかねます

 話を戻すと、洗濯機が壊れてるもんですから、コインランドリーで洗濯しなければならないのですよね。困っちゃうわ

 今日もコインランドリーで洗濯して、その間向かいの個人経営っぽい喫茶店でまっずいコーヒーを飲みながら「アンナ・カレーニナ」を読んで待っていました。「アンナ」の中で、僕の好きなシーンに、別居中のヒロインが息子に会おうこっそり帰ってきて母子が久しぶりに再会する場面と、もう1人のヒロインが出産する場面があるんですが、これがまた今になって読み返してみると胸に愛が溢れてちゃって溢れちゃって床びしょ濡れなんです。初めて通読したのが一昨年の夏休みだったんですが、あれから僕も様々な経験を通し(まぁ主に実習ですが)、精神的にも広大に、詳細に、あるいは深淵へ、高みへと成長したり絶望したりしたので、またこうあれなんですよね

 まぁそういうくだらない話は抜きにして、思い出されるのは去年末の小児実習でした。僕はねぇ、子ども好きなんですよきっと。保育士って給料いい?あ、安いんだ

 詳しくは小児実習篇を見ていただきたいんですが、僕が担当したのは8ヶ月の女の子でした。あのねぇ、この広い宇宙の中で、もっとも人間が可愛らしいと感じるのは4ヶ月〜2歳ぐらいまでの子どもだと思うんです。異論は認めます。その子は肝移植後で拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を投与してたので、副作用で「多毛(顔面から背中にかけてうぶ毛が濃い感じ?)」が出てたんですが、そんなことは彼女の愛らしさを損なうに足りません。その短い人生の半分以上を病院で過ごしているためか、表情にあまりバリエーションがなく、お母さんといるときでも笑顔を見せなかったんですが、まぁそんなことも関係ねぇ。ミルクをあげた後に、背中をとんとんしてゲップさせてあげないといけないんですが、そうすると成人で言うと抱き合うような構図になって、顔と顔が近づくじゃないですか。成人同士だって抱き合えば愛情を感じますが、そんなんとは次元が違う。子どもって、成人と比べてバイタル(心拍・呼吸・体温)が高めなので、胸に抱くと、短く浅い息遣いや速くて弱い鼓動、そしてなににも増してあの温もり!ミルクの匂いと柔らかな肌!そういった感覚的なところからでも充分に愛せざるをえない衝動を感じることができるんですが、なんでしょうかあの気持ちは!皮膚や筋肉や臓器を貫通して、精神そのものを直接しかし優しく鷲づかみにされるようなあの気持ちは!成人と抱き合うときは(まぁ主に異性ですが)、感覚的にも同じようなことを感じますが、愛情というひとことで表すには浅はかな感情じゃないですか。少なからず戦略的な狡猾さを認めざるを得ない。いや、時としてそんな一切を超越した精神的な結合を感じる瞬間もあるにはありますが、そんなんが子どもの場合だと毎回ですよ?ただ「愛せ」と!ただただ「愛せ」と!語りかける!!そしてそれは拒絶できない!!服従!!しかし肯定!!
 どうこれ?ヤバくない!?チョベリグって感じ!MK5(マジで殺されてもかまわないよ50mm弾で)!

 わかってる。ヤバイのは僕だ。でもね、子どもを抱いたことのないお前だって、きっと万が一子どもを抱くことがあったらそういう感情を経験するに違いねぇよ。そしたら伝えてくれよ。僕の言葉じゃあの感情を正確に描写できない

 
 そんなことを考えていたら、洗濯終了時刻をとっくに過ぎていて、僕の服はかごにぶち込まれていました。おっけーおっけー。今の僕はどんなことをされても怒らないから


 こんな生活をしていたらあっという間に金がねぇ。これヤバいって。愛だけじゃ暮らしていけないからね!

 今日は、愛なんか金にならねぇよっていうお話でした

 だれかバイト紹介してくんね?やらないけど


megane_aroe at 19:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年01月12日

小春日和

 
 最近、小春の調子がすごくいいのですが、乗っている僕の指先はとても寒いのです。つき指を未治療のまま放置していたのが祟ってか、そのまま映しても影絵として成立するんじゃないかと思うほど関節の変形がおどろおどろしい僕の指たちなのですが、寒いときって関節がチンチンするじゃないですか。キンキンでもスティンスティンでもなんでもいいのですが、すごく痛いのでなんとかなりませんか。ってなんだこれ別になにもないなら無理して書かなくてもいいんだよって言ってくれ言ってくれ!

 サルベージ対象を恣意的に選んでいるわけではないということを明らかにしておきたいので言うのですが、今は金欠じゃないです。母が親戚からお年玉を徴収してくるというなぞの優しさを見せたので、金のことは気にせず暮らしています。たぶん「就職したら多少だけど弟の家賃負担してもいいよ」というこれまたなぞの優しさを提出したのがよかったんでしょう。2009年の我が家はなぞの優しさであふれています

 これは関係のない話ですが、小児看護学の状況設定問題の数十ページにこの世のすべての不運が凝縮されているような気がする僕をまだまだ本当の悲しみの深淵を覗き見たことのない青二才だと解釈してもらっても結構です。780ページの「終末期の学童」の問題もヤバかった。その次の「奇形児を出産した母親の心理」の問題には人間のこころの限界をみました。などなどの思いが小児科を第一希望欄に書かせる力になっていきそうで怖いのですが、そろそろ希望診療科についての締め切りが迫っているので考えていかなくては。手術部じゃなくてキレイな先輩看護婦がいるところならそこがたとえアレでもどうこうなるようなそれをすごくfeel so good。はやくこくしおわれ



 ――――

 2008年3月29日



 ああ、金、金!この金のためにどれほど多くの悲しいことがこの世に起こることであろうか!
        ―――――出典不明

 財布が軽ければ心は重い
        ―――――ゲーテ

 第一、僕ができる限りのことをするかどうか、それを疑うなんて、僕の全財産を蕩尽するよりも、実際もっとひどい侮辱だよ
        ―――――シェイクスピア「ヴェニスの商人」

 ―――――実際その通りだ…実際のところその通りなんだ…できることなら煩わされたくないものだ…金のことにだけは……入用なときにある場合はどうでもいいんだ…あるに越したことはないんだ…だが過剰は問題じゃあない…それは僕には今後も一切関係のないことだ…過少…これだけが問題なんだ…僕一個に関することなら耐えられる自信はある…だがそうじゃない場合…そうじゃない場合が問題だ………―――――





 あ、どうも!稲森いずみです!嘘です!ハゲナースです!いやぁー参りましたね!お金がない!だがそれは別に問題じゃないんですよ。「使わないといけないときに」金がないのが困るんです。まぁまぁ、有閑階級の紳士淑女たる読者諸君がこういう話題を継続的に話されることに嫌悪感を隠さないのはわかりますよ。僕だって「川越のロスチャイルド」と呼ばれる家庭で育ってきましたから、金銭の価値なんてわかりませんし、それはまるでこの大地のように「常にあったしあるしまたあるだろう」といったようなもので、その欠如態なんざ想像するだけ無益ですし、仮定したところで意味がないわけです。だから、現在の金欠は、これはきっと夢です。うん。夢だわ。おれ、金持ちだもん。基本「大盛り」だし「全部のせ」だし、替え玉しないことなんてないもん。幼少の頃から執事や女中に囲まれて育ったし、庭だって小学校の運動会に使われるほど広かったし、プールは市民水泳大会の開場だったし、車だって40台はあったんじゃないかな。だから、これは夢だね。神様かなんか知らないけど、おれがあまりに裕福すぎるから、庶民の生活をさせて苦しみを学ばせようって腹なんだろうね。チョーウケるんですけどwどうせ夢から覚めたら富豪だしw天蓋付きのベッドの上だしw貧乏なんかしらねーっつーのwだからおねがい夢ならさめて


 さすがに僕の出納帳を暴露する必要は感じませんし、現在の困窮が収入の過少から来るのか、あるいは支出の超過に由来するものなのかも同様で、ぶっちゃけ僕にだってわからない。僕は僕の人生を、複雑に絡まりあう様々な事情と条件のなかで、僕の考えうる限りでの誠実で清潔な選択をしていっただけなのに、こうなってしまいました。要するに、僕が悪いんですね

 早く就職したい。一刻も早く安定した収入を得たい。今年一年は保健師関係の実習と在宅看護実習と看護管理の実習しかないんですって。僕は保健師の免許なんて要らない。在宅もいいよ。管理職なんか興味ない。だから、もう就職させてくれませんか?

 僕はバイトをしない。もうそんなことしてる暇なんかない。バイトしてる時間があったら本の一ページでもめくるし、ノートに文字を書くし、思索の時間に当てる。バイトで得た金は汚い金だ。汚い用途にしか消えていかないから。僕の場合はね。冒頭の出典不明のことばは、大学一年のときの予定帳にメモしてあったものです。9月のところに「September」の印字に被るようにして書いてありました。駅員のバイトをするのを決意した頃です。要するに、僕は浪費家なんです(親公認の)

 だから、僕一個のことをだけを考えれば、金なんかないほうがいい。でも、僕は無人島で生きているわけじゃない。ここが問題です。社会の中で生きている以上、友情もあれば愛情もあるし、恩義もあれば名誉もある。そういったことを達成ないし充足させるために、どうしたって金銭的な必要性が要請される。もっとも、それは最低限の値段ですし、通常は微々たるものであって気に留めるほどの金額ではない。言ってみれば、僕の現在の金欠は、それらが積もり積もって、僕の収入を超えた結果です。逆説的には「もし富を得たいのならば、恥に耐え、旧友との交際を絶ち、義理に背け」ということが言えます

 いずれにせよ、金のことなんか頭にないような生活が最良のものです。気にしたが最後、僕のように四六時中その観念にとらわれてしまうのがオチです。はやくこの状態から脱出したい。一度赤貧を嘗め尽くしたものは、吝嗇家になってしまうそうですが、そうならぬように気をつけたいものですね

megane_aroe at 23:26|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2009年01月10日

お茶濁し大会二日目

 国家試験勉強から逃げたり逃げられたりしているだけの日常に辟易して懐古趣味へと退行している看護学生のブログはここです。天下一お茶濁し大会二日目の模様をごらんいただく前に、前回記事によせられたぐっさんのコメントに返信しておきましょう

 以下のお話は、このうんこブログ「ロジ娘。」の4年間の歴史でもっともシリアスかつリアルな内容だと解釈していただけたら幸いです。他の話はすべてどこかに嘘がありますという告白と解釈する方法もあります







 で、要するに、6年後の最後の試合では同じシチュエーションでトライすることができて「30cm」を克服できたわけです

 ところで、大学時代の過ごし方はいろいろありますよね。 留年するひともいれば留学するひともいるわけで、子どもができるひともいれば自殺するひともいるわけで、そんな無限大の数直線上を4年間でどこまで移動できるかってのが「大学生活での成長」ってことになるんなら、30cm、たしかに成長させていただきました

 小学校のときにランドセルに刺していたあの竹製定規の分しか成長できなかったのかと言われたらたしかにそうなんですが、これほどに意味のある30cmを僕は知りません

 「お前がボールを持って突っ込んでいった瞬間、春日部高校戦からの6年間にお前のためによくしてくれた人たちがみんなで後ろから押してくれたんだ。精神科医とか薬剤師とかね」

 これはあっちゃんがギャグで言ってくれたことですが、たしかにその通りだと思います。薬剤師にお世話になった憶えはございませんが

 ここでイチイチ名前を挙げていくのはやめますが、僕はあれからたくさんのひとに迷惑をかけ、たくさんの愛情や友情のもと、たくさんのひとのたくさんの力を借りて、たった30cmを乗り越えることができました

 ありがとうございました

 感謝しても感謝しきることはありません

 これからは僕がその力の一部になれるように、だれかのなにかを克服できるように、一生懸命がんばっていきたいと思います

 だれかの背中を押せる力を手に入れたいと思います

 そのために看護師として生きていくのだと、胸を張って言える気がします

 だれかに助けられた経験があるのなら、自分もだれかを助けられると信じる根拠がある。と、信じる根拠が僕にはあります

 「たったひとりでは乗り越えられない30cmでも、だれかとともになら乗り越えられる

 だからあなたはひとりではないと、たくさんの愛情にたくさんの友情に囲まれていると、そう信じて強く生きてほしい

 今は辛くても悲しくても、いつかきっと克服できると、そう信じて強く生きてほしい」

 それだけが、僕が大学生活という「人生の夏休み」で学びかつ伝えていきたい唯一のことです。他の一切はなにも知りません

 それだけを頼りに僕はこれからの人生を生きていくつもりです

 そんな30cm。シンプルではありますが、あの竹製定規のように真っ直ぐで折れない30cmを手に入れました



 以上が僕の「現時点での『30cm』観・感」です>ぐっさん

 



 ということで、今までの話とのギャップを考慮してサルベージ記事をお楽しみくだつぁい

  ―――

 2008年3月24日



 春色の汽車に乗って、海に連れて行ってよ

 タバコの匂いのシャツに、そっと寄りそうから

 何故、知りあった日から半年過ぎても、あなたって手も握らない


 「春色の汽車」って何色なんでしょうね。パステルカラーなんじゃないかと思っちゃう僕は凡人の域を出ないようです。そういえば、僕が浜松のときに通っていた小学校は、校舎がピンク色でした。転入日の初日に「ここが今日からひできが通う学校よ」と母に言われたときは度肝を抜かれました。「え?ピンクだよ?少し規模の大きな遊郭じゃなくて?」。小学校三年生が遊郭なんてもんを知っているはずもないんですが、しかしいいですよね、「赤いスイートピー」。タバコを吸うような男なのに、知り合った日から半年過ぎても手も握らないんですよ?そりゃ春色の汽車にも乗るわ(?)

 今日はお前らに謝らないといけないことがあるんですけど、いいですか?2月7日の記事で、もうおなじみになってしまった精神実習のI先生が鶴田真由に似てるということを書いたのですが(注;実習篇は削除したので気になる人は直接僕に聞け)、今日スマスマで池脇千鶴を確認したところ、こっちのほうが似てた。すいませんでした。ということで、これからは、I先生は「3/7鶴田真由+5/7池脇千鶴」という認識でお願いします。1超えちゃってますが、僕にとってはそういう超越論的存在であるということで了解しておいてください。お願いします

 ネタがないのに更新しようっていう気概は評価してほしいんだわ。あ、そうそう。さっき、中野を散歩した帰りに、ドンキでトイレットペーパーを買ったんです。トイレットペーパーって、ダブルとかシングルとかいろいろあるじゃないですか。僕はそんな肛門事情など気にするほどの金銭的余裕があるわけではないので、当然最安値のものを買って帰ったわけなんです。それがいけなかった

 会計を済ませた時点で便意に襲われました。あ、ちなみにウンコもらしちゃいました話ではないです。ドンキから家までは競歩5分なので、充分間に合います。焦るどころか、買ったばかりのトイレットペーパーを使う機会が早くも訪れたということで、ウキウキで帰りました。便器に座るや否やの解放を味わいたかったために、少し歩く速度を落として肛門的快楽を弄んだりもしました。家のドアを開けるころには肛門的臨界点に達していたものの、間もなく訪れるであろう解放のエクスタシーを期待した彼の顔は今までになく輝いていたといいます。靴を脱ぐと同時にベルトを外し、トイレのドアを空けると同時に半回転し、その遠心力で下腹部を露出し、買ったばかりのトイレットペーパーは宝物のように胸に抱きながら用を足しました

 さあ、尻を拭こうではないか!RPGで新しい武器を試すときのワクワクってわかりますか?「てつのオノ」から「はがねのつるぎ」に変更した際の飛躍的な攻撃力の上昇。それに似た高揚感でトイレットペーパーのビニールを破りました。「ここで装備していくかい?」「→はい」








 うん

 これキッチンペーパーだわ

 長いし

 8ロール入りのトイレットペーパーかと思ったら、4ロール入りのキッチンペーパーだったわ

 ごわごわしてる

 これ、ごわごわしてる

 ロジ娘。古参の方々はお気づきかもしれませんが、実はこのミス二回目です。二年前、湘南時代にも間違えてキッチンペーパーを買いました。そのときは仕方なしにそれでケツを拭きました。意外といけました。「中学校実習の事前訪問の帰りに江ノ島海岸の公衆便所で配布資料を用いてケツを拭いた」こともありましたが、これは関係のない話ですね(過去ログを漁れば出てくると思う)。だから、今回も仕方なしにキッチンペーパーで拭きました。今回も意外といけました。もう、おれ、紙ならなんでもいい

 弟に「間違えちゃったけど意外といけるもんだしこれが親元を離れて暮らすことの醍醐味でもあるのだよ」ということを報告したのですが、残念ながらアゲイン令を頂戴いたしまして、泣く泣く再度ドンキへ行ってきました。同じ過ちを犯してはならないということで、現場検証を行なったところ、トイレットペーパーコーナーとキッチンペーパーコーナーが隣接されているという事実を確認しました。「日用品コーナー」という大きな枠で、ロール類ということで一緒にされていたようです。これは危機管理上の問題ですね。ナースステーションでは、色やケースの同じ薬剤は離して置くようにしなければならないのです。京大病院のエタノール誤注入事件を想起した僕はきっと優秀な婦長さんになれる

 悔しいので一番高価だったピオーネの匂いのするダブルのトイレットペーパーを買ってやりました。我が家ではトイレットペーパーをティッシュペーパーとしても流用しています。そんなわけで、この花粉症の時期は、際限なく漏出してくる鼻水をせき止めるためにトイレットペーパーを丸めて鼻にぶち込んでいるわけなんですが、すっごいピオーネの香りがする。唾液の分泌が亢進されてくるほどジューシー。鼻セレブならぬ鼻パーラー。間違ってよかった!やったね☆

 やってねぇ




megane_aroe at 02:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2009年01月08日

とりあえず「30cm」の話から

 明日雪らしいですよ。たしか去年も中野に雪が降っていたような記憶があるのですが、その前の年も湘南台のミスドで雪見勉強していた記憶がありんす。そう考えてみると、関東もけっこう降るよね雪。川越にいたときも降り積もる雪をザクザクいわせながらハイライトを買いに行った元旦があったので、やっぱり関東もけっこう降るよね雪。よねゆき

 できるだけ国家試験の話題を避けながらお話していきたいのですが、他の話が特にあるわけではないのですいません。あ、今日気づいたのですが、失恋した後輩にかけてあげられるような言葉をもたない僕は看護師としてやっていけるのか少し不安になりました

 ということで、別に毎日更新する義務が発生しているわけでもないにも関わらず更新しなければならないという気持ちが強いので、年末になぜかうそぶく形になってしまった過去ログサルベージでお茶などを濁したり煎じたりしていきます

 暇すぎてブログを更新すること以外にすることがなかった去年の春休みの記事が個人的には好きなので、まずはその辺からサルベージしていきたいと思います。隔日ぐらいで更新されると思っています。ばいばい


 ―――

 2008年3月23日

  今日は3月23日です。僕にとってはなんでもない一日なんですが、とりあえず題名が思い浮かばないので日付にしました。つまり、中身もないということです。ネタがないのに書き始める。僕の人生のようですね。3月23日ってなんかあったかなぁー…でもアレですよね、今までで22回も3月23日を過ごしてきたと考えると、なんか、こう、アレですよね…なにも思い浮かばないや…。365日を22回も生きてきますと、anniversaryの数が増えてきますね。たとえば、僕は4月14日が誕生日らしいんですが、その日はデフォルトで記念日じゃないですか。で、弟の誕生日があるでしょ…父さんと母さんのもあって…これで365日中の4日は、僕にとって意味のある一日です。それ以外だとなんですかね。家族以外のひとの誕生日はどうでもいいんですが、好きだった子の誕生日は、付き合えた付き合えなかったに関わらず覚えています。少しキモイですね。あとなんかあるかしら―――

 1月12日。高校一年生のときのこの日、部活の試合でした。僕はこの日を一生忘れることができないと思います。VS春日部高校。新人戦。所北グラウンド。新所沢駅に向かうバスのなかでの気持ちも思い出せます。ラグビーのルール知らないと、詳しく状況を説明できないんですが、要するに僕のミスで負けたってことです。30センチ向こうのトライライン。総合的に言えば僕ひとりの責任じゃないんですが、当時16歳だった僕にはそのミスがショックで、先輩たちの前途を絶ってしまったことがショックで、だれも望んじゃいないにもかかわらず勝手に責任を引き受けたのでした。試合終了と同時に慟哭。発作的に号泣しましたね。鼻水ダラダラでガタガタ震えていましたね。試合会場に親父登場。仲間の「マジ似てるよ…」の声。そのまま病院へ。インフルエンザでした。試合の疲労もあってか、1日ぶっ通しで寝ていたようです。ケータイには彼女からのメール…「12日はわたしの誕生日だったのに」知ってた。それ知ってた。震える手で「いや、その、部活で、負けて、インフルエンザで」僕はその頃からしょーもない男だったようです。試合に負けたこと。そして彼女の誕生日だったこと。1月12日はそういう意味で強く僕に語りかける日です。もしかしたら11日かもしれないし13日かもしれない。それはどうでもいいですね。この日を境に僕の人生は急激な下降線を描くことになります。彼女との関係は、初夏までにフェードアウトしていくことになります。この日から間もなくして、新しい彼女ができることになります。それからの数十日は、僕の人生での唯一のフタマタ期間でした。その新しい彼女と出会って以後の人生―――今日2008年3月23日も含めこれからも―――はまだ完結していませんが、それはまた別の話ですね

 女の話はとにかくとして、1月12日の「30センチ」。これがなかなか乗り越えることができない。まさか22歳になる2008年になっても引きずっているだなんて、僕はちょっとおどろきです。ラグビーのボールが楕円球なのはご存知ですよね?どこに転がるかわからない。僕は今年、部活をやめるつもりでした。16歳を頂点に徐々に枯渇していくラグビーの才能に見切りを付けたかった。それに、今年はたくさんやりたいことがある。なんといっても学生生活最後の一年ですからね

 でも、投げたはずの楕円球は、結局僕の足元に戻ってきてしまったようです。もううんざりです。もううんざりなんです。僕はもうラグビーはいいんです。けっこうなんです。大学に入ってからの3年間、僕は一度でもラグビーのことを忘れたことはなかった。忘れることができなかった。忘れたかった。放っておいてほしかった。今年に入ってからの3ヶ月、僕は学生時代最後の一年の使い道を考えに考えました。あらゆる角度から点検しました。恩義、感謝、誠実、信念、友情、義務、学問、看護、野心、成功、克服。つまり人生!虚栄心や偽善、怠惰や欺瞞の滑り込む余地がないかどうか、仔細に点検しました。結果、楕円球は棄てざるをえなかった

 でも、戻ってきてしまった。「人生はラグビーボールにたとえられることがままありますが―――」高3のOB会でそんなことを言った気がします。自分で言ったんだから仕方ありませんね。「―――どう転ぶかわからない」そういうことみたいです。ラグビーに関わってしまった以上、その呪縛から逃れることはできないようです。受け入れるほかありません。僕の座右の銘のひとつである「事実は小説より奇なり」が、ますますもって確信的になってきました。こうなった以上はやるしかない。あの30センチ、確実に乗り越えてみせる。看護学生最強ラガーマンを目指すしかないですね。もちろん、その他の部分だって諦めやしない。僕の人生には、今年中に回収しないといけない伏線がまだまだたくさんある。一分一秒が惜しくなってきました

 級友の1人が「今年は『勝負』する」と言っていましたが、僕もそうすることにします。さっきやっと読み終わった「ジャン・クリストフ」にもこう書いてありました―――人生は容赦なき不断の争闘であって、一個の人間たるに恥ずかしからぬ者となることを欲する者は、眼に見えない数多の敵軍、自然の害力や、濁れる欲望や、暗い思考など、すべて人を欺いて卑しくなし滅びさせようとするところのものと、たえず闘わなくてはならない―――と。「今度はおれとお前の勝負だ」ってのもあった気がするけどこれはなんだったか思い出せない

 
 
 えー、なにもネタのない状況から書き始めたにも関わらず、長くなってしまいましたね。孤独な生活を送っていると、こうなってしまうから困る。ちなみに、11月28日は僕が小5のときにはじめてブラックバスを釣り上げた日なので記憶しておくように。ルアーはsinanoのバイブレージョンだった気がする




megane_aroe at 23:25|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

もしもし

 今日は看護師模試でした。明日は保健師模試のようです

 高校受験を自分の性格と妥協的に経験した僕は、大学受験なしに人生を進めていくというモチベーションの低さを売りとしているのですが、買い手があるわけではありません。今のはあまり関係のない話でしたが、要するに22歳になってはじめて「模試」なるものに相対して候。だれが早漏やねん!とイーグルシュートもびっくりの低空ボキャブラを言わざるを得ないこの心境を説明するひまなんてないのです

 今日の看護師模試は第三回にして最後の模試だったので、ちょっと難しめっていうかいやらしい出題傾向だったのですが、自己採点したところ7割5分取れていたので、というのがだれに対するどんな種類の弁解なのかはそれとして、とりあえず合格ラインを突破できたことを喜んでくれるひとがもしこの世にいるとしたら僕自身だけです。今度の模試は1位とりますというなぞの見栄を張ったところ、かけらも心的効用がなかったので、僕がプライドを重要視しない人間だということは理解できました

 先ほど生協の閉店時間に滑り込みで購入したホカホカの保健師クエスチョンバンクが開いた時点でとんだワンダーランドだったことは記しておいて損はないでしょう。保健師業界全体の驚愕の理論武装に産業革命前夜のドイツ哲学界を垣間見ても錯覚とは言いがたいのではないでしょうか。それだけにやりがいのある職業なのではないだろうかというあなたを僕は止めることができません

 なんというか、最近身近にいる人が夢追い人なので、僕もちょっとだけ夢を追いかけたい気分になっている今日この頃なので、国家試験なんていう実際的な問題に呻吟している暇はないということなので。そんな僕の夢が伝記作家であることをどれだけの人がご存知であるのかはわかりませんが、今はとにかく国家試験のことを考えるのが最善の道であるという結論を、夢からの逃避と解釈するのか現実への誠実と解釈するのかはあなたにおまかせしますが、実際のところ、なにかから逃げることが悪だとするならばその「なにか」の指示内容が夢なのか現実なのかという問いの向こう側には愛したいだれかがいるのか差し出したい血があるのか

 はやく模試を終えて年末にぐっさんから借りたコワコフスキ「悪魔との対話」を読みたい。つーか、チェーホフの絶望から立ち直れずにいます。「わからない」と言い切ることの潔さを評価されたところでだれかがなにかを教えてくれるわけではないので、ひとはきっとそうして死んでいくのだと思います。にもかかわらず、そんなひとの手を握りたいと考える僕が22歳の青二才であることを軽蔑の根拠とされたとしても僕にだってできることがあると信じたいじゃないですか。もしもだれかに救われた経験があるのなら、自分にだってだれかを救えると信じる根拠があるじゃないですか。そうじゃないんですか。学生生活の最終コーナーに差し掛かったところで再び極度の厭世主義に出会ってしまったということがいったいなにを意味しているのかはこの際考えないようにして日々を強く優しく生きていきたいとは思っています

megane_aroe at 01:02|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2009年01月06日

産婦人科



 実家に帰ってました。本当です。ところで、もはや話題が国家試験勉強のことしかないのですが、なんとかがんばって更新を続けてみたいと思っています

 最後の模試が7・8日にあるので、年末年始で猛チャージして学年順位一桁を目指していたのも今は昔。けっきょく小児科すらたどり着けないという体たらくでどうもすいません去年の僕

 B型にも関わらず意外に生真面目な僕は、クエスチョンバンクを1ページ目から順々に解いているので、これはまったくの偶然なんですが、実家に帰っていたときは産科に突入していた頃でした

 そうなるともはや話が見えてきてしまうのですが、まぁ最後まで聞いていけよ

 僕「さてさて、そろそろ勉強しますかね」

 母「はーい。お父さんあっちでイチャイチャしましょ」

 父「ええー(ガチ引き」

 母「で、どんなんやってんの?」

 僕「今は産科を…」

 母「わたしに何でも聞きなさい。ひできのときは胎盤がなかなか出てこなくて―――たつひろのときは肩で詰まっちゃって―――

 僕「あの、別に大丈夫です。あっち行ってていいですよ」

 母「まぁまぁ聞きなさいったら♪



 実家に5日間もいたのに産科すら終わらず、母が息子のことを愛してることしかわかりませんでした。それがわかっただけでもよしこさんですね

 

 これはまったく関係のない話ですが、年始のスポーツ番組ってだいたい駅伝と高校サッカーじゃないですか。どちらも関心がないですし、どうせやるなら花園のニュースをやってほしいんですが、今年はどうやら僕もなんというか。駅伝の途中棄権の裏話とか、高校サッカーの敗者のロッカールームとか。そんなんめっちゃ泣ける。アホみたいに泣ける。かーちゃんが風呂場で屁ぇこいてんのがきこえても全然泣ける。どうしたっていうんでしょうか。駅伝で泣くなんておっさんじゃないですか。でもめっちゃ泣ける。「前期破水」や「胎児ジストレス」の文字が涙で見えない。部活がああいう形で終わってしまったのがいけないんですね。がんばってるひとを無視できない体質になってしまいました

 
 で、今日は学校で実家でできなかった猛チャージをかけたので、小児科を残してとりあえず全範囲一周しました。レビューブックの最終章がターミナルケアなのがすごく虚しかったです

 来週あたりからガチでやればイケるという幻想を抱いて眠ります

megane_aroe at 01:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年01月02日

謹賀新年



 あけましておめでとうございます

 2009年が始まりやがりましたね。誰に断ってそんな勝手なマネを…?

 今年の目標は、国家試験をパスしてかわいい看護婦さんになることです

 2009年はあらゆる意味ではじまりの年だと感じています

 「これから感」みたいのがバシンバシン感じられます

 人生全体が愛おしくて、頭がおかしくなりそうです

 今年もよろしくお願いします


 

 で、ここからはこんなに肯定的なニュアンスにあふれた僕を怪訝に思う読者諸賢のために

 1986年から2008年まで22年間生きてきて、僕は「人生とは悲しい喜劇」というシンプルなこと以外なにひとつ知ることができなかったのですが、2008年はいいこともたくさんあって、「生きてると、辛いことや悲しいことや苦しいことがバグってんじゃないかと思うくらいたくさんあるけれど、わけわかんないぐらいアホみたいにいいこともあるのはたしかです。すべてはそんなバカみたいに幸福な瞬間に至るための必要不可欠な過程だった」ってこともわかっちゃいました


 と、ここまで書いたんだけど、かーちゃんがテーブルの対岸からすげぇ邪魔してくるのでなにを言いたいかわすれちまった

 今年も、そんな感じですが、なんとなく適当によろしくどうぞ

 とりあえず国試だぜーいやだーめんどいー

megane_aroe at 15:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年12月26日

十字架を顧みて

 コミカルな話題とシリアスな話題が交互にやってくる謎のブログ「ロジ娘。」にようこそ!2008年はまだ終わらないぜ!

 なにが悲しくてクリスマスに精神科の勉強をしないといけないんですか。過去二回の模試ではなぜか精神科だけはびっくりするほど得点率がよかったのですっとばしてもよかったのですが、なにぶん生真面目なのもので

 他人に関心のない看護師の話。正確に言えば、そんな看護学生の話。僕じゃありません。僕はそこだけが長所なので。他人への治療的文脈での暖かなまなざしさえあれば、たとえ人見知りでも、たとえかわいくなくても、たとえ技術や知識がなくても看護師はやっていける。優秀な看護師と言いがたいのは承知のうえですが、仕事にはどうしても「やりがい」というのが必要です。今夜屋上で煙草を喫みながら話した後輩は、病院実習を経てその資質の欠如に気づいて悩んでいるそうです。「他人への興味がない。患者のこころに関心がない。このまま就職してしまったら、ただのルーティンワークになってしまう。やりがいを感じることができないのではないか」性格の問題なのでしょうか。おまえはなんのためにこの学部に来た?「だれかをケアすることができるなら」その想いはどこへいった?「人間関係上の経験から、僕は―――」すべての人間にだれかの優しさを期待する権利があると気づくにはまだ時間がかかるとは思いますが、彼のような葛藤を経験してこその実習であると、僕は思いました

 過度のセンチメンタリズムが嫌悪感を催させることがままあることは熟知しているつもりです。が、これが年の瀬のなせる技。師走の残り香はツンと鼻にきます。つい先日、SFCの鴨池を眺めながら物憂げな冬の午後を満喫する時間があったのですが、その辺からスイッチが入ってしまいました。太陽が落ちるまで暮れゆく学生生活を追慕する僕の隣にいてくれたあなたには、ほんとうに感謝してもし切ることはありません。人生の陽が沈むまであのままでいたかったのですが、The Show Must Go On、十字架をおろすことはできません。歩き続けなければ、きっと倒れてしまいましょう。ともあれ少し軽くなりました

 最近気づいたのですが、ひとと話していると「なんで笑うの?」と言われることが多々あります。たぶん、それはきっと、まだ笑えるうちは笑っておいたほうがいいからです。いつかほんとうに笑えない瞬間に出会うことがありますから。そのときに笑ってしまったら困りますからね。ってことを母が言っていました。さすが53にもなって「現役」なだけあります。僕が帰省するたびにドンピシャで生理になるのはなんでなの?


 
 ほんとうに言いたいことを母や小春からの伝聞にするのはよくない癖ですね

 これは関係のない話ですが、小春のことを「コハちゃん元気?」とかいうのはやめてください。いちおう設定では「32歳未亡人」ということになっているので、年端も行かない女子大生が小春のことを「ちゃん付け」するのは間違っています。と、思ったんですけど、「コハちゃん」が意外とかわいい呼び方なので許可します。コハのほうの許可も取れているのでこれからは「コハちゃん」と呼んであげて下さい。そう思うと、「小春」と呼び捨てにしていた人間に憤懣やるかたない。てめぇは小春のなんだなんなんだ!

 ということで、蒸しパンへの熱はだいぶ冷めてしまいましたが、今年もどうもお疲れ様でした。考え直したら、今年の評定はやはり「C+」ぐらいが適当でした。毎年師走には試されてるので今年は勘弁してほしかったです。元旦に江ノ島でひいたおみくじには「短気をいましめて身をつつしみ、何事にも心静かに他人とよくよく相談して事をなさい。すべて心のままになるでしょう」とあったのですが、ほんとうに肝心な部分ではそうはいかなかった。まだ一週間残されているのでわかりませんが、来年からは江ノ島のおみくじは信頼しない方向でいきます

 今年のまとめをするとちょっとした長編小説になってしまいそうなので、明日からは「ロジ娘。2008プレイバック」ということで、過去ログが閲覧できない仕様になっているこの謎のブログの今年の記事をサルベージしてお茶を濁そうと思います。日付が変わる頃にアップされるのでひとつも期待するんじゃないぞ!

 それでは、よからぬお年を! 

megane_aroe at 02:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年12月24日

「リョウシン」と「ムスコ」

 こんにちは!アキラとカズエの息子です!ホントです!

 このブログや僕のリアルでの話題に頻出するハゲナース家の話が七割がた虚構にまみれていることを暴露して止むことを知りませんがいかがお過ごしですかみなさん。明日はクリスマス・イヴですって。「仏教徒だから」と割り切れる態度を潔しとするのか解脱と見るのかはさておいて、キリスト教文化圏ではないこの国でもクリスマスは社会通念的に言って看過しがたい「Xデー」であることに異論はありません。今日は、もはや前世紀の形骸となりつつある宗教と文化についての議論を進めていくとともに、ポストモダニズムにおける括弧入りの「宗教」という概念とカウンターカルチャーとしての「宗教」について考察していきたいと思っています嘘です

 「電動歯ブラシを買った」と「メディアセンターの互換性を卒業3ヶ月前にして知って地団駄」と「お前はチェーホフを無視できない側の人間ですか?」と「7年間のラグビー人生と本流の人生の転倒とこれからの人生の展望」と「今年もクリスマスの間は人工冬眠させていただきたいと思った理由」の5本のネタがあるんですが、どれがいいですか?あと「電車内でクォーターパウンダーの広告があるとコピーがツボでにやけてしまう」ってのもあるよ

 僕としては後半2本を夜を徹してでも書きたいと思っているのですが、部屋が寒すぎて指先が動かないので会ったときに聞いてやってください


 先日、思うところあって乃至内定式でリマパパに「実習の記事はヤバいんじゃないか」と諭されたので、やはり未来の義父の意見には従っておくべきだと判断した僕は、このブログのメインコンテンツである「実習篇」を削除いたしました。でも、実習の話がしたくて死にそうなので、だれか心の優しいかわいい女の子がいたら話を聞いてやってください。もちろんキレイな人妻でも可


 
 たぶん2008年の更新はこれで最後なので、メリークリスマスよいお年を

 今年の評定は、たぶん「A−」ぐらいです

 最後の試合の炎症反応です

 
 さようなら

 らっこ

 ごりら

 らっこ

 ごりら
 
 らっこ

 ゴリアテ



 あ、「ごりら」で思い出したけど、ぐっさんはPerfumeをケアらずに今年を終えるとほんとうにヤバいと思います

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2008年12月21日

脳神経系は頭蓋内圧亢進症状と髄膜刺激症状だけで7割はいける



 ということで部活が終わって一週間が経過し、一仕事終えた達成感を上回るほどの宇宙的な虚無感に苛まれています☆とはいうものの、やっぱり国家試験勉強はやらないといけないわけなんですけどね☆文末に「☆」をつけるとアンチエイジング効果があるって聞いたので実践しています☆ってこれは昔つかったネタでした☆

 「考え事をするときは場末の映画館で」という態度を身に着けたオトナの男になりたいと思っていた時期が無きにしも非ずなんですが、その認識は誤りだと気づくのに22年もかかりました。そんなに見たくもない「SAW5」を歌舞伎町に見に行ったんですが、たぶん見に行かなくてもよかったです。まだ続くらしいよ

 その足で「モード学園コクーンタワー」とかいうポケモン世代には本当にむしとりしょうねんなビルの地下に先月オープンしたブックファーストに行ってきました。内装がおしゃれ。西新宿のOLでもない看護学生の僕は、東口の紀伊国屋書店とジュンク堂に軍配を上げざるを得ません。なんであんなに複雑にするんですか。迷路か何かかと思った。「Hallo, Hideki」ではじまるボイスレコーダーが落ちててもおかしくない雰囲気でした。嘘です☆

 そのあとは信濃町にいって筋トレしたんですが、もうやる意味なんてない。それでも去年のAED実習で言われた「誰かを助ける筋肉はいい筋肉だ」という救急隊員さんの言葉を信じたいと思います

 もーちゃんから高校のときにもらった僕のノックオンで終わる春日部高校戦のビデオが出てきたので、その6年後の先週の試合のビデオと連続で鑑賞するという東映アニメフェアもビックリの二本立て上映をやってやろうと思っていたのですが、あいにく先週のビデオはトヨタに持ち帰られていたので。というかそんなセンチメンタルの海におぼれて僕はどうしようというのでしょうか。死にたいんでしょうか☆

 今日は鬼門の脳神経系が終わったので、次は運動器、で精神、母性に小児!と思ったらもう師走も終りなんですね!やばいよ!このままだと年越しは前置胎盤とかになってしまう!帝王切開してください!

 コーヨーシャに出没する機会が多くなってきたんですが、時間帯は閉め出しギリギリの9時から11時と完全にロスタイムです。僕の大学生活もロスタイムです☆キャハ☆

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2008年12月16日

クモクモ

 我ら志木高ラグビー部ブログ連盟の更新委員会委員長であるリアル「もりのくまさん」こと「good=sun・ザ・プレートテクトニクス in SFC」による「くるみ蒸しパン宣言」より早くも四半世紀が経過しましたがいかがお過ごしですかみなさん。もはや自分が何を言っているのかわからないほど部屋が寒い。この家の温もりの住処は僕の心の中だけだ

 まずはGっさんの「くるみ蒸しパン」に対する愛情をごらんください



今までの蒸しパンでは
“ふわふわ”か”もちもち”で終わってしまったところに、
くるみというアクセントを置くことにより生まれた、
あの豊かな食感…!

あの蒸しパンの甘味とくるみの自然な風味が、
互いを殺しあうことなく、むしろ、引き立てあう、
そこにあるは共生と言っても過言ではない、
あの美しきハーモニー…!

従来のくるみパンから脱却し、
蒸しパンとしても次のレベルに上がった、
言うなれば、くるみパンと蒸しパンの止揚によって生まれた、
あの至高の一品を…!

ああ分かっている、あれはマイナーな代物だ。
「蒸しパン四天王構想」にはそぐわないかもしれない。

だがしかし、大衆が知らぬからと言え、
あれの素晴らしさが損なわれるわけではない。

だから私は、「くるみ」を信じてみようと思うんだ…




 どうですか。たかが菓子パン一つにここまで入れ込むとは、彼は頭がおかしいひとに違いありません。菓子パンに弁証法なんかあるんですか。蒸しパンを「信じてみよう」っていったいどういうことなのでしょうか。精神科の受診を検討されてはいかがでしょうか

 とりあえず僕のほうでもできるかぎりのことをしたかったので、とりあえず「中野区蒸しパン協会」のほうに意見書を提出させていただきました

 僕もいちおう常任理事のひとりなので多少の発言権を自覚していたのですが、17世紀末から続く蒸しパン協会の歴史の中でも未だ議論されたことのないものだったため、議題として取り上げるのはいささかためらわれるものがありました。高校時代苦楽をともにし同じの釜の飯を食らった友人の提案ではあるものの、意見書を提出する僕の表情に諦念と嘲笑の入り混じったものがあったことにみなさまのご理解とご容赦を期待しても罪には問われますまい

 ハゲナス「議長、あのー、まぁとりあえずこれを読んでみてください(Gっさんの記事のコピーを配布)。…いやですね、わかるんですよみなさまのお気持ちは。友人の頼みということで、まぁ僕の気持ちもわかってくださいねすいませんすいません。それじゃ、今日の会議をはじめましょうか。議題は以前僕が提出させていただいた「資本主義社会における自由競争経済下での蒸しパン」ですが、今日は僕のほうで旧植民地世界と共産圏における蒸しパンについての資料を作成してきましたので―――」

 議長「(Gっさんの意見書から目を上げて)……まぁ待ちたまえよ、君。急ぐ話題でもないだろう」

 ハゲナス「…と、申しますと?」

 議長「この君の友人の意見だがね、ふむ。君はどうおもうね?」

 ハゲナス「いや大変申し訳なく思っています。繰り返すようですが、友人の頼みということで―――」

 議長「そういうことではない。私は内容について君の意見を聞いているのだ」

 ハゲナス「…その、僕はみなさんの言うところの「保守派」―――ミルク味に対しても懐疑的な純粋蒸しパン論者でして」

 議長「…君は若いんだからもう少し柔和な見方で世界(蒸しパン)を眺めたまえ」

 ハゲナス「(かかったな!)―――お気遣い感謝します。と、いうことは…?」

 議長「ふむ…。すごくいいよ。気に入った。君の友人にはヘーゲルに似たものを感じるよ。調査班諸君には今後こういう方面の蒸しパンを開拓してもらおうか」

 調査班「すべて御心のままに」

 議長「ハゲナース君、君にはトッピング蒸しパンについての考察を次回までに頼むよ」

 ハゲナス「…しかし、僕は現在『資本主義社会における自由競―――」

 議長「君ね、蒸しパンは社会科学の範疇ではないのだよ。まさか忘れたわけではあるまい?『蒸しパン宣言』の序文を言ったみたまえ」

 ハゲナス「―――『「宇宙」と「蒸しパン」。この二つの言葉の載っている辞書は、よい辞書ではない。それらの単語は同じ意味であるからだ。そしてわたしが編集者であったなら、わたしは「宇宙」を削除する』―――です」

 議長「そういうことだ。…これより「第5期蒸しパン新時代」を宣言する。第4期が「食感時代」とあだ名されたように、第5期は「トッピング時代」と呼ばれるであろう。本日はこれにて散会。諸君!起立!」

 全員「May the Musi=Pan be with you!!」



 と、いうことで、Gっさんよかったね

 「おもち風たまご蒸しパン」は協会では「B+」の評定です






 最後の試合は勝ちました

 6年前の春日部高校戦と同じ状況で今度はトライできました

 キックも決まり、その瞬間ノーサイドでした

 7−6でした

 人生わからないものです

 これでラグビーに関しては大オチがついたので、ほんとうによかったです

 ありがとうラグビー

 さようなら

megane_aroe at 01:59|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2008年12月13日

最後の晩餐

 むしぱんは!あ、間違えました!こんばんは!ハゲナースですほんとです

 「蒸しパンが死ぬほど好き。蒸しパンで圧死したい」

 僕の中では蒸しパンとおっぱいはほとんど等価です

 そんな熱い想いが波及して、おいちゃんとぐっさんのブログでも蒸しパンについて触れてもらえました。これを機に蒸しパン好きが増えてくれるとうれしいです。ゆくゆくは、「ヌーブラ」ならぬ「蒸しパンブラ」が開発されたらいいと思っています。一度で二度おいしいとはまさにこのことでしょうから。僕のはとこがリアルにワコールに勤めているので、正月に会ったらプレゼンしておきます。女性諸君は「蒸しパン風味コンドーム」の開発でも祈っていろよ

 金欠のため(?)蒸しパンレポートをお伝えできなくてほんとうに申し訳ないのですが、とりあえず「脂質15gを超過する蒸しパンは間違いなく手がベトつくからダメ」ということだけわかっておいてください。蒸しパンといえどあくまでも「菓子パン」なので、手がベトつくなどの煩わしさは減点対象です。そういった意味ではやはり「香織」が最強なのかもしれません

 「くるみ蒸しパン」やココア味等のアクセントなどについては協会のほうで審議中なので、次回の会報での回答をお待ちください>ぐっさん

 
 話は変わりますが、ウェイトルームで藤田に言われた「天野は就職したら間違いなくブクブク太る」という言葉が怖くて夜も眠れません。たしかにここ4年間は週3といえど、7年間ラグビーを続けてきて、それなりの強度の運動をしていたので、就職して運動をしなくなったあとはどうなってしまうのか怖いところではあります。元来太りやすい体質ですし、ものすごい甘党(過激派)ですし、金銭的にも潤うということで、ほんとうにやばそうです。病棟をステップ切りながら走り回ったり、麻痺のある患者を運搬して筋トレしたり、ナースシューズに片方10キロの重りを仕込んだり、病棟の廊下にラダー敷いたり、看護師として就職したあともできることはたくさんあるのですが、どれも主任クラスの権力がなければ「なにしてんの?」と言われかねない案なので、とりあえず却下ですね

 といことで、部活が終わらないうちに、運動ができるうちに、天高く馬肥ゆりたい冬

 が、なんと日曜日で部活が終わってしまうので、しかも明日の夜は試合前日のため早く寝ないといけないので、今夜が最後の晩餐です。なんてこった

 楽しんでやる!楽しんでやる!

 
 話は変わりますが、11月前半あたりからウィスキーを常備しています。「ジャズとスコッチあったら他なんもいらないっしょ」に触発されてということではありません。僕はお金がないので、いろいろ考えました。貧乏学生の晩酌はコストパフォーマンスで勝負です

 焼酎→300円台のワイン→ウィスキー

 これがたどり着いた答えでした。単純にアルコール濃度と1ℓあたりの値段で判断して、ウィスキーが一番コストパフォーマンスがいいんじゃないか、と。それに、ちょっと「っぽい」んじゃね?、と。背伸びしちゃってんじゃね?、と

 ほんとうはビール飲みたいビールが大好き



 部活に関して書くのはほんとうにこれが最後なので許してください

 日曜日はほんとうに最後の試合です

 前回の記事に書いたとおり、ホントに一秒でも早く終わってほしいと思っていました。勝っても負けてもどっちでもいい。医学部じゃないアウトサイダーの僕には「誇り」も「感謝」も「伝統」も関係のないことのように思え、やったことのないウィングにまわされ、ほんとうにモチベーション0でした。どうでもいい。この部活はほんとうに組織として終わってる。なんなら負けろ。医学部のお坊ちゃんたちに、人生の屈辱ってやつを思い知らせてやりたい。おれを4年間苦しめ続けてきた部活に復讐したい―――そう思っていました

 今日も「部活さえなければ国家試験勉強ももっと進んでいたはずなのに…」とキャンパスをうろついていると、ある部員から電話がきました

 「試合の準備をしていると気分が高揚してくる」

 僕はほんとうにどうかしていました。彼が電話していたのは、僕を励まそうとしてのことではありません。が、それでもなお、彼の言葉が僕の心に火をつけました。曇天を吹き飛ばしました

 ただ、勝ちたい。なにがなんでもただ勝ちたい

 勝ちたい理由はなんにもないんですけど、とにかくぜったいに勝ちたいです

 「これに負けたら、うちらにはほんとうに何も残らないんスよ。虚無なんスよ」

 今ではほんとうにそう思えます

 これまでの22年間の人生の中で、今、いちばん、ほんとうに「勝利」だけがほしい

 
 褐色細胞腫もびっくりなほどカテコールアミンがヤバイです

 勝ちたくて勝ちたくて頭がおかしくなりそうです

 好きな娘に告白する直前よりも、もっともっと昂っています

 
 4年前の高校最後の試合、深谷戦、後半に高塚と交代するとき竹井に言われた言葉を思い出しました

 「お前のいいところはオフェンスだ。トライをとってこい」

 

 このブログで部活のことに触れるのはこれで最後です


 
 明後日は絶対に勝ちます



 さようなら楕円球

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2008年12月09日

特になし



 医学部と看護学部で自習室の棲み分けを考えたほうがいいんじゃない?

 今日は循環器をやってやりましたよ!弁膜症と先天性心疾患はスルーしてやりましたけどね!フヒヒヒ!

 次は呼吸器をやって、個人的に鬼門の脳神経をやって、「お友達」の精神科をやったらいよいよ産婦人科と小児だ!年内にそこまでたどり着きたいですね。年明けはマイナーどころをちょいちょいやって、それで最後の模試でトップを狙うと。一ケタ台を目指したいですね。自己満足と安心感がほしいので

 保健師模試は下から10人に入ってたけど気にしない気にしない

 

 ブカツ ハヤク オワレ

 モウ タエラレナイ

 ココロ オレタ


 
 チェーホフがほんとうに好きすぎてあらゆることがどうでもよくなってきました。今月はあと9000円ぐらいしかないのに、ネットで「チェーホフ全集 全16巻 15000円(古本)」を注文しかけてしまいました

 お金の話で思い出したんですけど、朝起きたら、まぁ実際は完全にPMに突入してたんですけど、弟に、こともあろうか実弟に、メールで5万円請求されました

 「ネットの支払いを今までおれの口座から落としてたから半分払え。月5000円で二年間の半分。5万にしといてやるから払え。さぁ払え」

 架空の督促状みたいなよくある迷惑メールかと思いました。「最近の業者は家族のメルアドを装いやがるのか」と感心していたところ、ガチで実弟でした

 ちょっとひいた

 キャプテンといい弟といい、僕のまわりはヤクザばかりです。だれか助けてください

 さすがにひとのいい僕もこの仕打ちにはカチンと来てしまったので、いろいろ悩んだのですが、まぁそれは次回以降のおたのしみということで。僕自身この事件の成り行きには非常に期待しています。今後の兄弟の方向性を占う重要な転換点だと自覚しています

 

 あと、すごく疲れたので、3年間ぐらい無人島で生活させてほしいです

 メリー・クリスマス

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2008年12月07日

師走には追いタックルもできない

 師走に1タテくらっちゃってる全国のラガーマン諸君こんばんは。あいつマジはやい。サイン読めてても抜かれちゃうときってあるよね。フォワードのボールは重いかもしれないけど、バックスのディフェンスは孤独です

 特に書けることがないので蒸しパンの話してもいいですか?

 スイタと話し合った結果、「蒸しパン」といえば「楕円形のチーズ蒸しパン」と「透明なプラスチックケースに包装された6個入りの半分はココア味のパターンもあるアレ」ということに落ち着いたのですが、異論は認めません。そこに前回お話させていただいた「ファミマのもっちもち蒸しパンシリーズ」と「銀座木村屋 ジャンボむしケーキ プレーン」を加えた「蒸しパン四天王」の構想を固めているのですが、ご意見のある方はご一報いただければ誠実に検討させていただきたいと思います

 ところが、やはり世界は広い。この世にはなんと「蒸しパン専門店」なるものが存在するようです。大阪に。どうする?こんな気分はひさびさなんだ。おれももう若くないはずなのにな―――

 ―――髪がもう白くなりはじめていた。この二、三年で自分がこれほど老け、これほど男ぶりのさがったことが、不思議な気がした。彼の手が乗っている肩は暖かく、ふるえていた。彼はまだこんなに暖かくて美しい、しかしおそらく、彼の生命と同じように色褪せ萎れはじめるのにもう間近な、この生命に対して、同情をおぼえた。彼のどこがよくて、彼女はこんなに愛してくれるのだろう?彼はいつも女たちに実際とは違う人間に見られてきたし、女たちが愛したのも本当の彼ではなく、自分たちの想像が創りだし、自分たちが熱烈に探し求めてきた人間だった。そしてやがて自分の誤解に気づいても、女たちはやはり愛してくれた。しかも、女たちのうちだれ一人、彼と結ばれて幸福だった者はいない。時は移り、彼は女たちと知り合い、関係を結び、別れてきたが、一度として愛したことはなかった。どんなものもすべて揃っていたが、ただ、愛だけはなかった。
 
 それが、すでに髪の白くなりはじめた今になってやっと、彼はちゃんとした本当の恋を、生まれてはじめての恋をしたのだ―――


 上記引用部は「女たち」を「菓子パン」と置換しないで読んでくださっても結構です。そう、この世界の片隅の、この極東の列島のどこかに、そんな「女」のいるパン屋があるならば、どうしていかないことができようか

 国家試験が終わったらいってみようと思います。それまでは市販の、どこにでもいる俗物な「女」で我慢するとしましょう。明日からは特に書きたいことがないかぎり、このブログは蒸しパンブログになるから蒸しパンが嫌いなやつは見に来るなよな


 引用部は、チェーホフ「犬を連れた奥さん」。チェーホフやばい。なんでこんなにいいの?すごくいい。すごくいいよ

 「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」の四大悲劇は読んだことあるんですが、戯曲祭りの一環として再読したところ、いったいなぜこんなにも胸を打つ?短編もすごくいい。どうしてこのひとはこんなにも生きることの辛さを知っているのでしょうか。そして、なぜこんなにも共感することができたのでしょうか

 大学生活最後の冬に、看護学生生活最後の冬に、人生のプロローグの最後の冬に、チェーホフを好きになれたことは本当に大きな収穫です。戯曲祭りはチェーホフ祭りに切り替えていきたいと思います

 チェーホフを知らない人はとりあえずコレを見ろ

 鬼束ちひろのBGMがしっくりきずぎ

 作風のニュアンスとしては鬼束ちひろの絶望感+「それでも生きていきましょう!生きていきましょう!」っていう感じ?伝わらないですね

 「ドストエフスキーはテンションが高すぎて意味がわからない、トルストイは説教臭すぎてウザい、つーか名前長すぎ愛称多彩すぎ。ウォッカの飲みすぎなんじゃねーの?」

 そうお思いなら、ロシア文学はチェーホフを手にとってみてください

 短編小説家なので、さっくり読めるのもいいところですね

megane_aroe at 01:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年12月02日

もしかして伯父は



 ぐっさんのブログを見習って毎日更新しようと思っているのですが、内定式に遅刻したりしない限り「菓子パン最高」とかそういう苦肉の策しか本当に

 今日は「僕の看護医療学部での4年間ってなんだったの」という話をジュンの依頼から考えてみようと思ったんですけど、最近の読者層を考慮すると内省的な記事ってほんとうに受けが悪いのと、部活がマジでエグくて疲労がやばいので今日は寝ます

 12月はあっという間に過ぎていきそうで怖いです

megane_aroe at 23:53|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

きっと菓子パンを食べている


 僕が菓子パンをこよなく愛していることを読者諸賢はとうにご存知であろうと思う次第なんだけど、いかがお過ごしですかクソども。俺を見て喜べ。下には下がいるんだぞ!安心して人生を楽しみたまえ!

 えーと、僕が御贔屓にしているコンビニがファミリーマートだということは伝わっていますよね?浜松にいたときも川越にいたときも湘南にいたときも中野にいる今も、最寄のコンビニはファミマでした。愛してるよファミマ

 で、先月の頭ごろに「もっちもちたまご蒸しパン」という菓子パンを販売し始めたんですよ。「あなたと、コンビに」ことファミリーマートがですよもちろん。ファミマの菓子パンは、脂質が20gを超えない商品である場合はすべてケアってきた僕ですから、とりま、買いますよね。そりゃ買いますよ!ふざけないでくださいよ!

 早い話がそれがほんとうに神がかった食物でして、卵本来の芳醇な香り、「もっちもち」という名に恥じぬ食感、適度な甘み、母性的な丸みを帯びた形状、「100円(税込み)」という潔さ。これ以上に完璧な食物がかつて存在しただろうか、と修辞的反語も飛び出さざるを得ないのだ!

 言っても僕もグルメなのでそう簡単に「アンブロシア認定」を出すような尻軽女じゃないわけなんですが、ちょっと出すよね、認定するよね。11月は1.2個/dayぐらいの、いうところの「高もっちもち血症」だったんですけど、この飽きの来なさも特筆に価すべきですよもちろん?しかも豆乳によくあうと来たらもはやどうしようもねぇぜ!頼むから棺桶に入れてくれ!頼むから!

 ところが、幸せな時間はそう長く続かないのが常でして、あれは確か先週のことでした。ここからは、「もっちもちたまご蒸しパン」のことを便宜上「香織」と呼称することを許してください。正午近くに目を覚まし、枕元にあるサムスン製のTVの電源を押しても「森田一義アワー」がつかないのを不思議がり、「ああ。そういえばTV壊れたんだった。これだから半島製はどうのこうの(起床時は偏見が強く出てしまうのが欠点です)」と高2から着ているミリタリージャケットを羽織り、小銭を握り締めてファミマに「香織」を買いに出かけました。もちろん豆乳(200mlの黄緑色のアレ)も忘れずに。ファミマの自動ドアがひらき、「あ、蒸しパンの彼だ」という店員の冷ややかな目線をものともせず菓子パンコーナー(「ワンダーランド」あるいは「娼婦宿」)へ向けて一目散。「香織」を手にし、パック飲料コーナーを振り返って豆乳をつかんだそのときでした。「嘘…だよな…?」戦慄が走りました。あるいは、天啓というものが訪れるとき、ひとは容易に受け入れることができるものではないのでしょう

 飲料コーナーを振り返る前の瞬間、起きて5分も経たない僕の両目は確かに昨日とは違う世界を見ていたのでした。コンビニに限らず、すべての量販店というものは、新製品を最上段に配置するものです。「香織」はすでに大御所ですので、中段に鎮座されていることは僕ももちろん知っていて、はじめから「香織」の段以外は文字通り眼中にはなかったのです。しかし、僕の偏見と誤解に溢れた狭い視野にも新製品が陳列された最上段は入り込んでいて、普段ならスルーしてしまうはずのニューカマーたちの中に、信じがたいほどの顔をみつけたのでした

 「もっちもちミルク蒸しパン」と称するこの新参者は、「香織」こと「もっちもちたまご蒸しパン」の亜種に違いなく、見たところ「ミルク」だけあって色が白いだけの違いしかありませんでした。僕はその事実を認識した瞬間、落胆の色を隠すことができませんでした。「ヒット作の続編はコケる」というのは資本主義社会における自由競争経済の基本のキですが、まさか僕の愛するファミマもそんな杜撰な一手を踏んでしまうとは。中学時代の親友が地元で有名なヤリマンと結婚したときのような嫌悪感で「もっちもちミルク蒸しパン」(ここからは便宜上「ステファニー」)を眺めてはいたものの、次の瞬間にはレジで「香織」と豆乳といっしょに購入していた僕の貞操観念の欠如よ!神よわれを導きたまへ!

 で、結局「ステフ」もすげぇうまかった。「結局洋物だよね」という結論でお茶を濁す。おやすみ


 岩波がモリエールを大量復刊するようなので、2008年最後の今月は「戯曲祭り」を開催していきたいと思っています。シェイクスピアも読んでないのがたくさんあるし、チェーホフも読み返してみたいし、余裕があればドイツのほうも読んでいきたいです。今年もなんやかんやでいろいろあったので、偉大な作家たちの言葉を噛み締めながら2008年を振り返っていければと思います。SFだけじゃひとは成長できないんですね

 

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2008年12月01日

そのころ母は、あるいは「42」

 美しい魂の人間を目指そうとしていますが、バカではどうしようもないことに気がつきました。汚れていてもくすんでいても、頭のいい人間と仕事したほうがいい結果がでるというものですし、仕事というものはそういう性質のものです。ヒューマニズを追求しすぎたり、人間の善性を信じすぎたり。努力の定義が「報われてこそ」という結果論であるのと同様に、理想というものも「実現しないからこそ」という性質のものなのでしょうか。そういう価値や意味のないものは持っていても無駄なだけで、醜悪で低劣な観念なのでしょうか。そしてそれが現実というものなのでしょうか

 そう思います。すごくそう思います。にも関わらず、それを捨てることができないというのはほとんど病的だと思えます。そういう逆説で、「信じること」や宗教・信仰についての認識が深まったように思えます

 いろいろな問題に積極的に関与していくことはとてもよいことです。そうすることで自分の持つ様々な側面と対面することを迫られます。そういうときは絶望することが多いのですが、いかんともしがたい場合はより一層、はい。で、結局としては貫き通せばいいのか、訂正するあるいは完全に手を引けばいいのか。貫き通せばいい結果がでるというのはこれまた理想論ですし、要するにやめたほうがいいんじゃないの?ということになるのですが、そうした場合に失うものがあるとしたら、いったいどうすればいいのか。いったいどうすればいいのか。やはり「ゴミはゴミ箱へ」ということなのか

 「たかが部活」「たかが家族」「たかが親友」というのを進めていけば、「たかが国家」「たかが人間」「たかが地球」ということで、最終的にはなにが残るのでしょうか。重要なことはなにもないという結論が真だとしたら、人生とはなんなのでしょうか。「たかが人生」というのが解答であった場合を想定することはなにを意味しているのでしょうか

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2008年11月30日

そして兄は遅刻した、あるいは「カルテNo.7」


 内定式でした。ケーキがたくさんたべられてほんとうによかったです

 内定式は正午開始でした

 受付開始は30分前の11時半でした

 同時刻、内定式に出席する予定のとある看護学生は中野の自宅のベッドで目を覚ましました

 正直、内定取り消しになると思ったよね。そんなに大事じゃないんだけどさ。でも、就職して社会人になるっていう式なのに、それ遅刻したらもうそいつの将来見えちゃうよね。スーツに腕を通しながら裸足に革靴つっかけて中野駅まで全力疾走してるとき、人生全体を認識したような気がしたもの。「まぁこんなもんじゃね」って思えちゃう自分が怖いわ。ヒゲ隠しでつけていったマスクも逆に目立たせる結果になってしまったと思うよ。でも、なんとかやっていけそうな気がして、そんな思考回路の僕はどうかしてるとは思いません

 
 話は変わるけど、良かれと思ってやってることが偽善なんじゃないかと思うときってあるよね。「『しない善』より『する偽善』」っていう言葉があるかどうかはわからないけど、それが功を奏すと信じたい以上はやらざるを得ないよね。自己満足のなにが悪いのかはさておいて、利他主義を前提とすれば自己満足かどうかは特に関係がないと思いたい。100人全員は救えないとしても、その中のたった1人でも救われたと感じてくれるなら―――だって僕は1人しかいないわけだし


 明日は入れ替え戦の相手を偵察に行ってきます。明日試合する4チームのどこかと入れ替え戦をやるわけだけど、グラウンドに隕石が落ちてくればいいと思う。ちょうど僕たちも死ねるしね

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2008年11月28日

弟は抜歯する

 今日はコウロウショウとかいうのに参加してきました。たぶん漢字は「功労賞」であっていると思います。医学部体育会に所属する6年生をなんやかんやで表彰する式典です。ラグビー部の6年生は「神」の異名をもつタマキさんのみだったのですが、医学部6年生=卒業生=看護4年生という命題が真だとするならば―――するならば?

 もちろん今日は医学部体育会の功労賞なので、これまでの部活動を労ってほしければ「医学部体育会看護学部部門」あるいは「看護学部体育会」を立ち上げなければならないわけです―――やめた。僕は恥ずかしくないのでしょうか。恥ずかしいですよ。6年間やってきたタマキさんとは2年もの歴史的な差と貢献度の違いがあるわけですから、4年ぽっちしかやっていないし毎年退部騒動を繰り返すしチンコを洗うことしか脳のない僕と「神」が等価であるはずもないのです。だから、それはそれとして、今回お話したい内容はそういうことじゃないのです

 すべてのマイノリティーが抱きうる「帰属」の問題です。ラグビー部にいては「看護学部だし」と感じ、看護にいては「医学部体育会やってるし」と感じます。どちらにいても違和感を感じます。僕の本来的な所属はむろん看護学部ですが、4年間の歴史がラグビー部員という意識を云々―――





 「もう部活の話はいいよ┐(´д`)┌ ウンザリ」


 

 部室に鍵があると思っていたのですが、いくら探してもないので本当になくしたんだと思います。弟に「あのさ、鍵を…」「なくしたからスペアキーを作りたいんでしょ。おれ明日3時から『バッシ』だから午前中にやってきてよ」さすがわが弟。なんでもお見通しってわけだ。「バッシって糸抜くってこと?」「ちげーよ歯だよ歯」「あーなるほどね!」「はい鍵。これはおれのだからなくすなよマジで」「はい!すいません!フヒヒヒ!」

 トヨタと藤田以外にもこのブログを閲覧している部員がいらっしゃることを知ったので、部活のことはあまり書けなくなりました。そうすると本当に書くことがないという僕の生活とはいったい

 家族関係ですか?弟までこのブログを見ていたらどうするんですか?ちなみに僕は彼のブログの熱心な読者の一人です。彼がその事実を知っているかどうかはわかりませんが。現在彼はW大学の放送研究会(学園祭とかを仕切るひとたち?)の総裁選挙に出馬するらしいです。彼はその選挙を「周りには俺が地位を得ることを相応しいとおもってはいない人がいる」と見ていて、しかしながら「これは宣戦布告だ。君達が望んでいなくとも俺は俺のためにやるべきことのために地位を得る」と結んでいます。ふつうに考えて、立候補は取り下げるべきであり、万が一勝ったとしても人望がなければ「やるべきこと」も達成できる見込みはないでしょう

 そしてそのとき兄は―――

 

 ―――むかしむかし、同じ屋根の下にすむ兄弟がいました

 二つしか離れていない彼らは顔も体格も瓜二つ、だれがみても血の繋がった兄弟でした

 しかし「中身は正反対」というのが彼らの両親の見解で、兄は母親に似て明るくテキトーな性格のお人よしで、半年後には看護師として働くことになっていました

 看護学生である兄と同じように小男ながらもたくましく肩幅の広い弟は、父親に似て几帳面な野心家で、沸点の低い頑固な性格でした

 兄弟はともにB型でしたが、この事実は当時流行していた「血液型‐性格論」という迷信を真っ向から否定する例のひとつであったといいます
 
 彼らは同じ屋根の下に住まい、そこから別々の大学へ通っていました

 しかし、その生活は「同棲」とは言いがたく、彼らの部屋番号は201号室であったものの、その中にトイレ共同のアパートが存在しているような―――そしてお互いを顔しか知らない「隣人」としか思っていないような暮らしぶりでした

 彼らは週に一度口をきけばいいほうで、「不干渉」と「不可侵」が暗黙のルールになっていました



 しかし、そこには「無関心」は存在しませんでした

 

 201号室「A号室」の兄の部屋はフローリングの4畳半で、「B号室」の弟の部屋は畳の6畳でした

 「A号室」と「B号室」はフスマで仕切られていました―――


 


 ある日、兄は弟のブログを見つけました―――

 そのブログには、フスマの向こう側の声が赤裸々につづられていました―――

 




「兄が弟のブログを見つけた日、そして物語は動き出す

 インターネットはフスマ一枚を超えられるか

 新世紀の情報化社会が生んだ兄弟の愛

 2008冬・感動のロードショー」



 
 



 って同じことを二年前の同棲開始時点で書いた気がするけど気のせいじゃありませんでした

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2008年11月27日

弟は抜糸した



 僕のPCの「B」と「G」が二回に一回反応してくれなくなっていますがいかがお過ごしですかみなさん。僕より幸せな人間は不幸になぁれ

 あるいは

 小春と家の鍵のついたキーホルダーをなくしてしまい久しぶりに物干し竿を懸垂しながら窓から侵入したものの前回と家具の位置が違っていたため机にダイブしてしまい4畳半が地獄と化しましたがいかがお過ごしですかみなさん。僕より幸せな人間は不幸になぁれ

 あるいは

 鍵がなくて家に入れなかったので弟に電話して早く帰って来てもらうように伝えたかったにもかかわらずなぜかメールすら打てずにけっきょく窓から侵入したものの机の上にダイブしてしまい買ってきたパックの生卵が全壊して四畳半が白身だらけになってしまいそれを片付けている最中に弟が帰ってきて「兄はついに自宅でローションプレイを敢行した」などと畏怖の念を与えてしまったかもしれませんがいかがお過ごしですかみなさん。僕より幸せな人間は不幸になぁれ!なぁれ!


 首の捻挫はほとんど回復したものの寒いのと惰性のために小春から遠ざかっているこのごろですが、かといって信濃町から中野まで電車を使うのも芸がないってことで(?)、もっぱら信濃町新宿間は徒歩で移動しています。四谷四丁目から新宿二丁目を通って新宿駅へ。これなら「ゲイ」があります

 うまいこと言えてよかった。ホッとした

 で、今日はガチンコで「消化器疾患」を終わらせてやると意気込んで三丁目のエクセルシオールに入ったんですけど、範囲が広すぎて精神衛生上よくないと判断したため「胃酸分泌の亢進はガストリンで抑制はセクレチン」というところでやめておきました。我ながら英断だと思いました

 
 最近の暮らしとイエア(「言えば」と打ちたかったのですが、「B」の接触が悪くて)、部活(部室でのウイイレ含)・国家試験勉強・読書とまったくリズミカルなのですが、割合的にも50:1:49という感じでベストバランスです

 部活の話は置いといて、読書についてなんですが、今年は「年間300冊」という目標があります。今のところ231冊なので、たぶん無理です。僕はなにひとつ達成できない人間です。先月の「SF祭り」に引き続き、「戯曲祭り」を開催すれば(戯曲は台詞だけなのでガンガンいけますしだいたい200ページにも満たないので)あと69冊なんとかならないこともありませんが、諦めましょう!諦めましょう人生を!

 紀伊国屋書店にいったところ、古書価5000円をくだらないカリンティというハンガリーの作家の「エペペ」を定価で手に入れることができたので、300冊達成は本腰を入れて諦めます。しかし「人生は短い。この本を読めてもあの本は読めない」


 最近の記事のタイトルにあるように、親父が手術したんです。右の手のひらと右の足の裏に「腫瘍みたいなもの」ができまして、「どうみても悪性じゃなさそうだから取らなくてもいいんじゃね。絶対脂肪とか腱膜とかのアレだよマジ」という医者の説得を押し切り、全身麻酔下での手術に踏み切った天野家。「腫瘍みたいなもの」=ガン=死という三段論法で父の死期を感じた両親は、「これが最後になるかもしれないから食事にいこう」と息子二人に一斉送信する始末。「最後にお前の顔がみれてよかったよ」と父。「手術が終わったら旅行にいくの」と母。全身麻酔という事実はより一層彼らの推測を確かにしたらしく、手術当日ベッドサイドで会ったときにはロスの「死の受容の五段階」の最終段階「受容」状態に到達していて「ひできか…もう遺書は書いたからな…立派な看護師になるんだぞ、この人みたくな」と、術前の最終確認を行なう茶髪の看護婦さんを指して息子に最期の言葉をおかけになられました。その看護婦さんも半ば呆れ気味でしたがおっぱいがおっきかったのでよかったです(?)

 わずか1時間足らずの手術時間を母に「早く結婚しろよ」と言われながら過ごしましたが、この時点で母は父の「腫瘍みたいなもの」と「全身麻酔」に対する大げさな認識に付き合っていただけということが明らかになり、担当医が切除した「腫瘍らしきもの」を「どうみても腱膜。いちおう病理検査するけど」と僕ら妻子に提示したときも「ですよねー」的な態度を示し、父が麻酔から覚醒しきらぬ様子で朦朧とストレッチャーの上に臥床した姿で帰還するのをみて「毛なんてないのに帽子被るのね(笑)」と感染対策を一笑に付されました。父も父で「寝たたら終わってた。全身麻酔とか楽勝」と、さっきまでのアレはなんだったのかと巨乳の茶髪看護婦さんも苦笑いでした

 この一連の騒動に父のへたれっぷりをみればいいのか母のよき妻ぶりをみればいいのかはさておいても、弟の無関心ぶりは注目に値するでしょう。父の言うところの「最後の晩餐」には顔を出さず、入院・手術・退院に至る全過程においてまったく姿をあらわさなかった弟の無関心振りには父の大げさな態度に付き合っていただけの母もご立腹で、「実父の手術よりも大切な用事ってなんなの?」と僕に聞かれても困りますが。要するにサークルなんでしょうけど、とりあえず「女じゃん?」と回答する兄の愚かさよ!「あの子に女がいると思って!?」なんで淑女風なのさ。それを言ったら瓜二つの僕はどうなるんですか「ひできはまぁ人当たりがいいからアレよ
いいのよ。で、結婚はまだなの?」まだです

 このことについて弟と話し合ったほうがいいのはたしかなんですが。たしかなんですが

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2008年11月22日

父は退院した



 で、話を部活から離しますと、国家試験の勉強をしなければならないということです。で、いったん話を部活に戻しますと、リーグ戦の成績がよくなかったので下部リーグとの入れ替え戦をしなければならないのです。それが12月14日にあるので、先週日曜のリーグ戦最終戦で終了するはずだった部活を1ヶ月延長して行わなければならないのです。どちらかというと僕はこの問題を好意的にとらえています。部活のみんなといっしょにいられる時間が長くなるからです。つーか国試。こくしこくし


 遅々としてすすまねえ。「11月中にクエスチョンバンクを一周する」という当初の目標はまったく達成できないどころか、いつのまにか「母性と小児は苦手だから12月にひと月かけてじっくりやる」などとマイナーチェンジしていらっしゃいますむろん僕の勝手だけど

 とりあえず、一歩一歩やっていくしかねぇ。とりあえず、今日中に「肝・胆・膵・脾」をやるしかねぇ。でも3時半から部活だから今日は無理。そういうことにしようそうしようそうしよう

 
 このブログ、いつの間にか読者がほとんど知人になっているというです。言論統制というネガティブフィードバック。ネガティブフィードバックって言いたいだけです。お年を召した先生は「負のフィードバック」って言いかたをするよね

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2008年11月18日

「ゴミはゴミ箱へ」

 試合に負けました。僕は出場できなかったわけですが、結局として、僕が出ていたからといって勝てたかどうかはもちろんわからないのです。それを確かめたいので過去に戻りたいです。でも戻れないので死にたいです。とりあえずまだラグビーができるのでラグビーをしていきたいと思います。しかも全身全霊で

 部活しかしてないので部活のことしか書けません。ほかのことは僕以外の人々のプライバシーに関わるので書けません。部活の内輪話になってしまうので、当分の間は見に来ないでくれてけっこうです。年末以降は部活以外のお話をしたいです

 トヨタや藤田と意見が対立するのはままあることで、結局として僕が間違っていることがほとんどなんですが、ぼくはいままでぼくのあたまがわるいからだとおもっていました。ぼくはかんごがくぶでかれらはいがくぶなのでとうぜんですね

 遠藤は「天野さんは今年で終りですけど、僕たちは来年以降もあるんですよ」といいました。もちろん前後の文脈もあるので文字通りの意味ではないんですが、なんというか、ごめんなさい。トヨタと藤田が正解ということではないのですが、僕は不正解でした。今年は僕がキャプテンじゃなくて本当に良かったです。僕自身そう思います

 でも、今年で終りだから無責任なことを言っていたわけでもないってところが怖いところなんですよ。そりゃ確かに遠藤にそういわれたときはそうなのかもと思って「やはり僕はここでラグビーをしなければよかった。実力は低下する一方だしチームは弱いし医者のイメージは悪くなるし。大学生活これでよかったはずはないんだ。情にほだされていてはダメだったんだ。ここに僕の居場所は初めからなかったし、いてはいけない人間だったんだ。あいつらはただの手ごろな即戦力がほしかっただけなんだ。一年目で気づくべきだったやめるべきだった!幹部学年までやる必要はなかったんだ!看護学生には看護学生の学生生活が目的が生き方があったんだ!それを捨ててまでなぜこんなところでこんなことを!僕の四年間はなんだったんだ!」といつものスパイラルに突入してしまったんですが、そのほうがまだマシだった。いいですか。僕が間違っていたのは今年でチームを離れるからではなく、本当に頭が悪いゴミ野郎だったからなのです。これには僕もびっくりしました。僕自身ちょっとひいたもの


 春からずっとやってきたラグビーがあります。ハード面で端的にいえば、モンノをフルバックで使い続けたこと。「次は勝ちたいからモンノは外す」ということが、なにを意味するかは頭の悪い僕にも理解できます。しかし、頭の悪い僕はそれを選択することができません

 頭が悪いゆえんはそこにあるんだと思います。たとえば「信頼」とか「仲間」とかではなく、純粋に「勝利」だけを希求することが僕にはできません

 いいですか。これが頭の善し悪しなのです。テストの点数や出身大学や資格や職種や年収でそれが測定できないのは周知の事実ですが、それではなにが尺度かというと、それは「目的と手段の関係性」だと思います。「目的のために手段を選ぶ」というのが頭のいい人です。というか、それが当然のことです。目的があるから手段があるわけですから、なにもおかしいことはありません。しかし、頭の悪い人の頭の中はどうなっているかというと「目的を達成することを目的として手段を選ばない」。もう文章自体も頭が悪そうです。「目的」という言葉を2回使っています。この文章には意味をなしていません。要するに論理が破綻しているわけです。そういう考え方をするひとの話には耳を傾けてはいけません。「論点がずれている」とかいうレベルではなく、論理過程そのもののズレなのです。マトモに付き合うと腹が立つだけです。無視しましょう

 いいですか。次の試合には勝たなければなりません。理由は4部に落ちたくないからです。なぜ落ちたくないかというと、それは屈辱あり恥辱であり汚辱であり不名誉であり不面目であるし、OBの先生方の恩に仇で返すことになるし、来年のOB会費の徴収率が低下して部の運営が苦しくなるからです。また、すべての勝負は勝利こそが善であるからです。しかし、そう考えない人がいたらどうしますか

 負けてもいいと、勝利に善を感じないと、4部に落ちてもいいと、それを屈辱と感じないと、這い上がるのことが人間的な成長に連結するからと。そう考える人がいたらどうしますか

 ラグビーに大切なことは勝つことではなく強いことではなく「信頼」や「仲間」だと、その上に建設された勝利でなければ意味がないと、たとえその勝負の敗北がこれ以上にない屈辱であろうとも「信頼」や「仲間」の先にある勝利でなければ価値を持たないと、だから今までやってきたことを信じてメンバーを改めず精度を上げることだけに徹しようと。そう考える人がいたらどうしますか

 部全体の目的が勝利に統一されているにもかかわらず、そういう「頭の悪いこと」をいう人がいたらどうしますか

 無視しなさい

 腹を立てるのはあなたが悪いのです。精神病患者の妄言に付き合っていちいち怒っていては医者なんかつとまりませんよ。仏のような心を持っているのではないのですから

 あるいはこういってあげなさい

 「あなたは今年でチームを去るから、だからそんなキレイゴトがいえるんだ」

 美しく清らかであれば便利さなどいらないと考える僕は、やはり生まれてきた時代を間違えたようです 


 部活をやっていてよかったと思うことは少ないですが、このように自分の悪いところに気づかされたり非を認めざるを得なかったりできるところはそのひとつのなかでももっとも大きなひとつです。自分の短所に気づかないまま社会に出ていたらと考えるだけでゾッとします。ただ、改善しようとする気がないのでどうしようもありません。そこがまた僕がゴミたるゆえんなんですね♪

 ゴミはゴミ箱へ。キレイな地球にするために、ゴミ自らが場所を空けることを学ぶべきです

 僕がまたミーティング等々でなにか血迷ったお話をしだしたら「ゴミ箱」と一言いってください。すぐに黙ります

 いいですか。これは本当の話です。これ以上僕の意見を求めてはいけません

 僕はいつしか勝利を純然たる目的としてラグビーをすることをやめていました

megane_aroe at 01:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年11月16日

手術をひかえてそのとき父は子は

 首が痛くて後ろを振り返れないので、小春とランデブーすることができません

 小春は「じゃあなんのためのミラーなのよ」というけれど、鏡に映っているものが現実とは限らないじゃないですか

 「SFの読みすぎなのよ」

 「そうかもしれないけど、僕は自分の目で確かめたいんだよ」

 「現実から目を背けるのが特技なのに?」

 コハは最近バイクのくせに皮肉っぽいところがあります。半年間放置していたせいでしょうか

 「まぁそうなんだけど、実は現実を直視したほうがおもしろく生きていかれるんじゃないかなって思う」

 「『事実は小説より奇なり』ってこと?」

 ちなみにこの言葉はポーのものではなくバイロン卿のものらしいです。さすが文学少女だっただけあります

 「たとえそれがどんなに辛くても?」

 「たとえ首が痛くて最後の試合にでられなくても」

 「それのどこがおもしろいの?みんな迷惑してるじゃない。あなたがいないと勝てないかもしれないのよ」

 僕はそんなに優秀なラガーマンじゃありません。体も小さいし、ど真ん中からキック外すし。ただ少し体幹が強くてすばしっこいだけです

 「そういうことじゃないでしょ。わかってるくせになんでそういうことが言えるの?」

 自分のチーム内での価値については懐疑的です。僕は自信がありません

 「それくらいしか言うことがないからね」

 「…で、どこがおもしろいわけ?」
 
 「ひとつは、『まだ終わらない』ってことさ」

 「明日はあなたがいないせいで負けるから下部リーグとの入れ替え戦まで―――」

 「そういうことじゃない。最終戦をやらないと、終わらないんだ。卒業するからチームにはいられないけど、就職してからもずっとラグビーからは離れられないことになる」

 「そうかもしれないけど、それのどこがいいの?」

 「伏線は多いほうが回収するとき楽しいだろ。大学を卒業しても人生は続いていくんだ。22歳のこの時点が、起承転結の「起」の部分だってことを忘れないでほしいね」

 小説は長ければ長いほどおもしろい。これは僕とコハが愛読するJ・アーヴィングの言葉です

 「あ、そう。ところで、この前藤田くんに「就職したら新しいバイク買うから小春売ろうか?」って言ってたわね。どういうつもりなの?わたしの目の前でよくもそんなことが言えたわね」

 「コハは自分の分が悪くなると話を変えるところがあるぞ。それはよくないところだ」

 「いま部が悪いのはあなたのほうじゃなくて?」

 「それはそうだが、まだおれの話は終わってない。で、ふたつ目はだね―――」

 「もうしらない」


 藤田によると明日がほんとうの最終戦になってしまうそうなので、入れ替え戦はなく、今後僕がこのチームでラグビーをすることはないんです。彼の言うことはいちいちもっともで、また正直者ですので、きっとほんとうにそうなんだと思います。いくら謝罪してもらっても許すことができないのですが、事実なんだからしょうがないです。それが直視すべき現実です。首が痛くて振り返れないのですが、それでいいのです。7年間のラグビー人生を振り返って感傷的になってもしかたがないのです。明日は、僕がいなくても勝ってしまう彼らを、終わってしまうこのチームでのラグビー人生を、直視するしかないのです。人生というものは時として本人不在のまま進行するものなのでしょう

 みんな明日はがんばってください。きっと勝てると信じています

 夫の帰りを待つ妻、あるいはマネージャーの気持ちが理解できた気がします


 ※カテゴリーに「在宅看護篇」を追加しました

megane_aroe at 00:28|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2008年11月14日

インド

 東洋思想(主にインド)に興味があるのは確かなんだけど、いまいち勉強する気になれないというのが本音です。遠藤には「天野さんは洋物ですもんね」と言われたんだけど、実はかーちゃんにも同じこと言われたんですよね。ばーちゃんちでインテリアとして置いてある文学全集の「ジェイン・エア」を読んでたら言われました。母ちゃん曰く「ブロンテ姉妹とJ・オースティンはガチ」。西洋のカウンター(ぐっさん失踪直前のもーちゃんち飲み以来この言葉にハマってます)としての東洋という見方が正当なのかはこれからサイードを読んでいくとして、日本人という揺るがしがたい立ち位置とSF好きとしての「地球人」という超越的巨視的な立ち位置をどう解決していくかも検討したいです。ラシュディ「真夜中の子供たち」を読んでみました。「インド版『百年の孤独』」というよりは、グラス「ブリキの太鼓」のポスコロ版+ヒロイズムあるいは自意識という感じでした。春のラテアメ文学祭りで読みそびれただけなんですけど、そんなことはどうでもよくて、首がいってぇ

 日曜日はカギカッコつきの最終戦なんですけど、それを前にしての鞭打ち様症状。出場不可濃厚。信濃町から西武新宿まで歩いて帰る間に気持ちの整理がつくと思ったんだけど、歌舞伎町のネオンが混沌をもたらした気がする。とりあえず明日は及川パパに可能性を委ねるとしても、残すところ金土日。4年生幹部学年という立ち位置。盟友トヨタへの忠誠。小山チルドレン。ハッシーさん杉さんあるいは環さんへの感謝。笹尾へのフランカーの先輩として。来期主将遠藤への架け橋。そして個人的な七年間。カス高戦。暗黒の「17歳」時代。医学部体育会内での看護学生という孤独。反抗の一年目。惰性の二年目。後悔の三年目。葛藤の四年目―――3日間で統一を得ることはできないかもしれないけど、無念さを内々に秘めておくことだけはできそうです。それぐらいには大人ですし。僕個人の想いとは無関係にチームの勝利は存在するわけで、わんふぉーおーる・おーるふぉーわんの哲学からしても、個人的な事情を封印することに越したことはありません。申し訳ありません。僕は力になれそうにありません。申し訳ありません

 人生はやはり辛いものです。内定をもらって僕の人生はギンギンだったんですけど、やはり不安は的中しました

 しかしながら、内定と最終戦、どちらかを選択できたとしても、僕は最終戦をあるいはチームを「勝利」を「責任」を「信頼」を「仲間」を選択したでしょうか。これにイエスと答えることはなにを意味するのでしょうか。内定を選択しているという状況はなにを意味するのでしょうか。人生とはなんでしょうか。ここへきてホントにネガティブフィードバックが作用しているのでしょうか。内定は幸福の機能亢進状態だったのでしょうか。利己主義という自己免疫疾患なのでしょうか

 という「幸不幸の調和主義」的世界観はやはり東洋的循環思想なんでしょうね。この冬は東洋一辺倒でいこうと思います

 

 泣いて首の痛みが取れるならいくらでも泣きたいところです

 モンノが責任を感じすぎていないといいのですが

megane_aroe at 01:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年11月11日

冬ですね


 で、まぁ、要するに師走の忙しさは11月あたりから助走をつけはじめるのが常なわけでして、語ることもない日常かと問われればその通りなのですが、話してごらんとあおられたらそれはそれで人生は続いているからして要するに要するに

 遠藤の「嫉妬してはいます(天野さんは僕よりも筋肉質だからライスに僕よりも好かれる可能性が高いので)」は今日のヒットだったけど、僕の「人生のネガティブフィードバックですよ杉さん」というのはイマイチでした。今日は内分泌を重点的に攻めたんだけど、副腎髄質とは初対面だったので両者ともに戸惑ってしまうという始末。国家試験勉強ってこれまでの復習じゃなかったっけ?それとも浪費された看護学生生活の復讐?

 部活が今週で終わりそうなんだけど、藤田とトヨタは感傷家ではないので、しかしともに旅立つであろう環さんは逆に僕では不足で、要するに僕の7年間のラグビー生活とそれに付随する人生の浮沈について傾聴してくれる相手がいないので死んでしまいそうです

 明日はがんばりたいです。もちろん明後日以降も永遠に

megane_aroe at 02:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年10月18日

キッカー!キッカー!



 内定が出た!おい聞いてくれ!内定が!出たんだぞ!出たんだぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!111


 まったく申し訳ないのですが、これで僕がキ○ガイでも社会生活不適合者でもないということが証明されてしまいましたね!これでいいんだ!これでいいんだ!



 ということで、残すところあと国家試験となりましたが、これはまぁなんとかなるとして、とりあえず部活だわさ。わさわさ

 そして、どういう星の巡り会わせかわかりませんが、キッカーをやることになりそうです。で、エイトサイドもいくし、DFのときはエイトサイドを止める、と。加えて二次のKプラとラインアウトからのイチサン・キャノン。これは「プチ小山祭り」状態です。なんのことかさっぱりな読者の方々にわかりやすくいうと、病棟ワンフロアをナースひとりで担当するようなもんです

 とりあえず、残り3戦。泣いても笑ってもこれが最後のシーズンです。やるしかねえ
 


 内定出たのがうれしすぎて、慶應病院からの速達を開いた瞬間ハーゲンダッツ2個を買いに走ったのは内緒の話。そりゃ浮かれてキック練もするわな

megane_aroe at 01:12|PermalinkComments(3)TrackBack(0)生活 

2008年10月17日

渚にて



 っていう小説があるんですけど、好きなんですよ。御多望に漏れずSFなんですけどね。いわゆる破滅SFってやつで、人類滅亡のお話です。ロボットも異星人もAIもナノテクもタイムマシンなどのガジェットは一つも出てこないので、SFっぽさはありません。文学寄りの雰囲気です。数日前に高校の部活の仲間で集まったのですが、そのときに歴史小説好きの医学部生と目下アクションものを執筆中の小説家志望の文学部生が「文学とはなにか」について喧嘩していたのを思い出しました。看護学生の僕には関係のない話ですが、僕は「文学」とは権威であり、形式や内容ではなく伝統だと思っています。端的に言えば岩波文庫ってことです。時が経てば、吉川英治も司馬遼太郎も、ドイルもクリスティーも、アシモフもクラークもハインラインも(ヴェルヌもウェルズもチャペックもあるんだからSFには寛容?)岩波に入る日が来るんじゃない?時が経てば、要するに伝統になれば。なにが「文学」かは、22世紀の岩波文庫のラインナップを見てみればわかるんじゃない?この辺については少し専門的にトライしたことがあるので突っ込んでもいいんですが、そんなことじゃないんですよ今日は。僕は不安です

 僕は不安を感じています。試合に勝てない。日曜日は第三戦なんですが、今度はだれが離脱するんでしょうか。このサバイバル感が楽しいのは確かなんですが、勝ちたいのです。今年はキャプテンの恐怖政治がどうにか機能しているので、表層では穏便なのですが、水面下では去年以上に分裂しています。しかもここへ来て急速に。どうしたらいいのかわかりません。このまま全敗することになったとしたら、そのこと自体へのショック以上のやり切れなさが残る気がします。どうしたらいいのかわかりません

 僕は不安を感じています。内定がでるのか。たぶん出ると思うんだけど、この「たぶん」ゆえに不安この上ありません。ああああ

 僕は不安を感じています。国家試験は大丈夫なのか。だいじょうぶなのか?

 その他。お金がないとかぐっさんが失踪したとか前髪が少ないとか、その他いろいろ

 
 20時以降のコウヨウシャ屋上から見える新宿方面の景色がすごくSF

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2008年10月10日

たったひとつの冴えたやり方



 慶應病院面接後のハゲナースの成分表

 国家試験勉強…15%

 部活(筋トレ含)…15%

 SF小説…70%


 考養舎の自習室ほど最高の読書環境ってないよね
 

 

 

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2008年10月01日

10月はたそがれの国


 と、いうことで10月になってしまったので、就職活動は慶應病院の結果が出るまで置いておくとして、部活もまぁがんばるとして、国家試験勉強をはじめました。再び信濃町生活に突入です。仲良くしてね

 それで、要するに、面接のショックから立ち直れないんですけど、とりあえず今月はSF小説を読みふけることにより「向こう側の世界」に逃げ込むことにします。ばいばい地球

megane_aroe at 23:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年09月29日

コメディアン、コ・メディカル

 面接が終わりました!やっほう!

 詳細は覚えていません。緊張しすぎて頭の中が白銀。トンネルを抜けるとって感じ?ノーベル面接賞ノミネート作品に仕上げることができました。面接は11階の会議室で行なわれたのですが、両腕をクロスして「ありがとうございましたぁー!!」とかいいながら窓ガラスをパリーンと突き破って新宿の街を滑空して中野まで帰りたかった

 思い描いていた未来が本当に崩れ去る可能性を感覚するとき、それは音を立てない。過去も未来も嘘ばっかりです。人生の真空地帯は存在します

 僕の悪いところだけを見事に表現できたので、逆に誠実さだけで見たら優勝できるかもしれません。「行き当たりばったりで生きてるのかな?」と看護部長。これで採用されたらマジで慶應病院に骨を埋める覚悟で働きます。落ちたら…?まぁそこはいいじゃない。だって、行き当たりばったりで生きてるんだから

 僕は危なく忘れてしまうところでした。人生は、うまくいくわけがない唯一のものであり、またそれは悲しい喜劇であることを。去年の実習が上首尾に終り、今年もまぁまぁな感じで経過していたので、このままの感じでうまくいかなくもないのではないかと思ってしまいました。危なかった。ホントに危なかった。危なくふつうの人生になってしまうところでした。語るに値しないふつうなものに

 絶望せずに笑い話にできるところが成長を感じさせますね。やはり早い段階で底を見ていると強いですね。しかし、挫折を繰り返す人生と、死の瞬間までトントン拍子に何とかなってしまう人生とでは、後者のほうが断然いいものです。Miseryはなににも増して引き受けがたく、なお一層克服しがたいものです


 この段階であとなにを語れば不採用通知を受け取ったときのショックを軽減できるのでしょうか?

megane_aroe at 23:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)生活 

9月29日


 試合に行ってきました。バスで片道3時間。帰りは首都高で玉突き事故に巻き込まれて4時間近くかかりました。試合の結果はこの際いいとして(もちろんよかないんだけど)、気持ちを切り替えないと面接中に泣いてしまいそうなのでシクシク
 
 バスでの移動中も面接の鉄板質問の対策を考えていたんですが、真面目に考えてくれた方も大喜利と勘違いして茶化してくれた方も、みなさんありがとうございました。おかげでなんとなく大丈夫な気がしてきました。たとえダメだとしても、僕には帰る場所があるとわかりました

 

 もう体が限界です。これでダメでも悔いはありません。たぶん落ちないけどね。たぶん。おやすみ

megane_aroe at 00:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)生活 

2008年09月27日

ちいきかんご



 オラア!ハゲナースだぞ!おらあ!

 地域看護のレポートも無事提出し、これで全実習が終了しました。感無量ですぅ

 で、あとは国家試験に向かって勉強していくだけなんだけど、まぁその前にシュウカツだよね☆免許あっても働くところがなきゃ意味ないもんね☆

 何度も言うようだけど、慶應病院の面接が試合の次の日なんだす。諸々の個人的な事情によりどちらも手を抜くことができないので、どちらも手を抜かずに120%でがんばります。2008年9月末、僕の人生は発火する

 で、QB買いましたQB。くえすちょんばんく。アレだよね。分厚いよね

 そんなんどうでもいいんだけど、なんなら結局人生なんて死ぬまでの暇つぶしなんだから、全部どうでもいいよね。どうにかなれ。できればいい方に転べ

megane_aroe at 01:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0)生活 

2008年09月24日

僕はマゼランと旅した


 もーちゃんがこのブログを読んでいるかどうかは定かではないけど、「僕はマゼランと旅した」読んでます。前半は「あーこういうの好きよー」とかそんな感じだったけど、『ブルー・ボーイ』でグッときた。最高。フラッシュバックを重ねながら層をなしていく回想形式の語りって、学生時代を終えて人生の節目を迎える今だとどうしても好きになる。ぐっさん、「魔の山」は半分読みました。イタ公がうぜぇ。顧問官はなんであんなにユーモラスなの?おれも患者に「水銀のシガー」とか言っちゃいそう。あと、おもしろいんだけどいかんせん長い

 今日は部活の練習が長かった。4時間も練習した。ダレた

 実習を経てカラダに締まりがなくなった。でも風邪が長引いて筋トレする気が起きない

 地域看護実習のレポートが書けない。報告書は書けた。詳細はちょっと笑えないし自己弁護になりかねないので会ったときに聞いて。医療ミスの報告書の作り方をマスターしました

 バナナダイエットが流行っているらしくて店頭にバナナがない。納豆のときもそうだった

 で、結局は来週月曜早朝の慶應病院の面接が怖い。不安。超不安。ファーン。ファーン!!個人的な統計によると、慶應義塾大学看護医療学部生の合格率は90%を軽く超えるから心配はいらないはずなんだけど、「人生ハズレ値」あるいは「勝手に波瀾万丈」の異名を持つハゲナースのことだから、落ちる可能性は低くないはず。久々に自分のことを「ハゲナース」って言ってみたんだけど、昨日髪切りに行ったら予想以上に前髪が過疎化しててホント少子高齢化。おまけに「あの、後ろはもうちょっと短くていいんですけど」「いや、あの、この辺だけ妙に薄くて、なんていうか『十円ハゲ』の治りかけみたいになってるんでこれ以上切っちゃうと…いや、お客さん自身お気づきかなと思ったんですけど」「え、いや全く知りませんでした。え、え、マジすか」「は、はぁ、いや、はい」「…」「…どうします?」「…ほ、ほら!僕ラグビーやってるから擦れたんじゃないですかね!」「…あ、あぁ!なるほど!」「きっとそうですよ!きっと…」「は、はい!そうですよね!」「…」「…で、どうします?」「…このままで」

 面接の話ね。うん。不安。昨日ボブと水田と話してるときに「逆に慶應病院に落ちたほうが『ホントの人生』っぽくていいんじゃないか」って言ったのはもちろん強がりなんだけど、それぐらいの動機がないとワンアクション起こす気になれない。ホントはだれも知らない地方のクソみたいな病院でやっていきたい。人生はめんどくさいぐらいがちょうどいい。うそ。楽して生きていきたい。中東かどっかの慈善家が間違っておれの口座に億単位の金を振り込め

 だいたい趣味欄に「ウェイトトレーニング・読書」なんて書いてる看護学生を採用する気にはならない。「大学生活でなにをしていましたか?」「はい!ラグビーです!」どう転べばプラスに働くの?

 疲れた。風邪が治らない。今週はやることが多すぎる

 全部どうにかなれよチクショウ

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2008年09月20日

ミル・ツナグ・ウゴカス

 三浦半島での地域看護実習が終わりました。疲れた

 保健師の実習なんですが、実はもう保健師の募集就職活動って終わっちゃってるんですよね。この実習を期に「アタイって、保健師になるために生まれてきたのかもわからぬわ!」などと電撃的に自分の人生を認識してしまった人はどうなるのでしょうか。僕に関していえば、そんなことはまったくなくですね、むしろこの実習を通して学んだことは「僕のような人間は保健師に適正がない。まったくない」ということだけでしたのでなんら問題はありません。適性で職業を選んでしまう人生ほど軽蔑に値するものはありませんが、なにしろ僕は保健師ではなく看護師になりたいので。そう、僕は看護師になりたいので

 去年の鹿児島ホスピス実習のような女2男1のメンバー構成ではなく、今年は男3という看護実習では前代未聞のメンバーで行ってまいりました。実習先の保健所の方々も「看護学生だと聞いていたから野郎3人でびっくりしたすぐに帰れ」ということを仰られていたので、この台風で三浦半島が消し飛んでしまえ消し飛んでしまえ!いくら強がってみたところでこの実習が非常に楽しいものであったことは否定できませんし、三浦市イイトコ一度はおいで。マグロ最高。一週間で5万も使った。寿司食いねぇ

 男子3人での実習旅行だというのに健全だこと健全だこと。9時にはオネムのT君は本当に容量がよくしゃべらせても要点をおさえて雄弁この上ないさわやか大学生。慶應看護の団子3兄弟こと「三崎インディアンズ」の長男かつリーダー。彼がいなければ僕たちは「慶應看護の恥部」の栄光を冠していたところでしょう。そしてミスター不摂生のB。わがまま・きまぐれ・だだっこという走攻守の三拍子そろったメタボ赤ちゃんの彼なくしてこの実習を語ることはできません。保健師志望である彼の不意に閃く専門知識には何度救われたことか。これほどまでに欲望に忠実な人間を僕はみたことがありません。そして僕。僕に関しては今さらいうこともありませんが、遠地実習においては楽しむことを主眼においていますゆえ草々。実習記録用紙が酒浸しになるような酒池肉林の地獄絵図を想像していた僕にはやや期待はずれと言えなくもありませんが、節度と礼儀をわきまえたお二人の態度はさすがというべきで、なんなら一日ぐらい休んだってよくね?的なヴィジョンを描いていた僕は恥じ入るばかりで御座候。二人と実習できてよかったです

 
 と、具体的なことはなにひとつわからない報告になってしまいましたが、保健所の実習担当保健師にいわせるとこれが僕の悪い癖らしく「話が抽象的過ぎる」ということです。さらには「話が長い」。反省すべきですね。クソでも食らえってんだ!ムシャムシャ!

 と、いうことで、もはや記録なんざ一文字も書きたくない。言語に対する信頼が砕け散りました。看護師として生きていくために、博愛主義となるよう人格を半ば強制的に矯正してきたものの、ここでさらなる壁にぶちあたりました。記述的なモノの見方の問題です。僕は現実が見えない知らないわからない。事実への軽蔑。幻想と虚構。人文主義・理想主義・ロマン主義と科学蔑視。全体性への飛躍。保健師の要件と激しく対立します。では、看護師の要件とは・・・


 29日、慶應病院の面接です。だいじょうぶなのか


 来週は実習記録やレポートでてんやわんやですし、部活もいよいよシーズン入りでコンディションを調整していかなければなりません。試合翌日の早朝から面接ってこれだいじょうぶなのか。じんせいってなんだなんなんだ

 

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2008年09月08日

岬にて


 明日から18日まで保健師の実習で三浦半島の突端までいってきまーす

 遠地実習が好きだ

 ところで、慶應病院に履歴書を郵送したのですが、どうも印鑑を押した記憶がないんですよ。これって大丈夫なの?印鑑一つで変わる人生ってのも悪くはないんですけどいいやよくもないはずどうにかなぁれ♪

 今「オウエンのために祈りを」っていう小説を読んでいるんです。ジョン・アーヴィングってひとの小説なんですけど、この作家は「ぽすともだんぶんがく」とか「めたふぃくしょん」とかの流行に逆らって「ディケンズ超愛してる」とかいって19世紀小説直系の作品を書きながらも現代文学の第一線に君臨してるかもしれないひとなんですけど僕はこの作家が好き。あとディケンズ(特に「二都物語」)とヴォネガット。この三人を愛せたことが僕の大学生活でのひとつ到達点とかそういう話はどうでもいいんですけど、最近、あなたは祈りますか?

 僕は祈ることが多いです。だれにとかは問題じゃなくて、とりあえず祈る

 内容は決まっていて、「すべてうまくいけ!どうにかなれ!」

 要するに、人生は複雑すぎて細部まで把握できないんです。「なに」に「なに」を祈っていいのかわからない。だから全体的に祈っておけばいいんじゃん?看護っぽく(?)いうなら、包括的祈り?そう。だから、僕は祈る

 まぁ結局うまくはいかないけど、どうにかはなるよね。時間の問題で

 小沢のベイベーも無事生まれてきたんだから、僕の人生だってどうにかなるはず

 就職活動も保健師実習も部活のシーズンもどうにかなれ

 できれば全部うまくいけ


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2008年08月28日

四年目

 こんにちは。ハゲナースです

 久しぶりの更新でなんなんですが、これからは暮れゆく生を惜しむ蝉のように頻度を上げて更新するのでかまってちゃん

 ところで、今年の夏もラグビーでおわりました。ありがとうございます

 一応この夏を振り返りますと、まずラグビー、そんで信濃町でウイイレ、筋トレ、読書、ビールと煙草。以上

 決して悪くないと思うんです。うんホントホント

 最近、「人生ってなに?」って思う。特になにがあったわけじゃないんですけど、ここへきて、看護師として生きていこうと決心した今になって、そんな疑問が再び頭をもたげ始めている。もうひとつ言うと、最近、「要するに」とか「けっきょく」とかそういう話し出しが多い。焦っているのか。急性増悪ですね!

 先日、天野家にフィットがやってきた。13年間天野家の足として活躍してきたオデッセイは、ワイパーが天候に関わらず作動し、逆にエアコンは天候に関わらず作動しなくなった。それでも倹約家の父の心を動かすには足りず、ただでさえ更年期障害で自分の体温調整もうまくいかない母は、車内温度を調整できないオデッセイでこの夏も灼熱の埼玉を疾駆する予定だった。トランクの雨漏り。毎週日曜日に半植物状態の祖母のもとへ着替えを届に行く父には耐え難いことだった。そして父は陥落し、母はフィットを勝ち取った。ピカピカの新車に母は狂喜乱舞し、看護師らしい職業的な愛想笑いで付き合う助手席の息子に向かってオデッセイにはなかったHDDオーディオ搭載のカーナビシステムを説明した。ところで、息子は一介の看護学生でありながらも交際範囲の「社会的地位の高さ」には比較的恵まれていて、というのも高校時代にラグビーをしていた彼は、女子学生の多い看護学部の中ではリビドーを昇華するのに適当なコミュニティを見出せず、高校時代ともにスクラムを組んだ仲の医学部生の誘いもあって、医学部体育会ラグビー部に参加していたのだ。そこは車の免許も持たない息子にとってはめくるめく世界であり、端的に言えば、チームメイトが乗り回す車は国産車ではなかった。「なんかアクセルが軽いわ!」と国道を飛ばす母を横目に、息子は思った。人生とはなんだろうか。息子と同じ大学生が外車を乗り回しているという事実は、小さな国産車の輝きに高揚する母の精神に水を差すものではなかった。「―――それなのに、母さんはフィット程度でこんなに喜んでいる」「だからなんなの?これがわたしたちの人生じゃない。人生は相対性とは無関係なのよ!それよりもこの子(カーナビ)を黙らせて!この辺にかけてはわたしのほうが上なのよ!」

 まず、僕は母が「相対性」という言葉を使ったのに驚きました。要するに、人生ってそういうもんなんだね

 明日、大学病院の説明会に行ってきます。はじめてのしゅうしょくかつどうです

 そうして僕は看護婦になる。人生とはそういうものだ

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2008年08月06日

七年目



 どうも、親のスネかじり虫です。カジカジ

 明日から富士吉田で昭和大学医学部ラグビー部と合同合宿してきます。まさか、22にもなって部活の合宿にいくとは思いませんでした。しかもけっこうガチ目の。ガチガチ

 そんなこというと5年生や6年生のおじ様方に失礼なのですが、そういった理由で彼らを尊敬してやみません。最近はなぜか上級生(最高学年にもかかわらず年上の人間がいるということはすばらしいことです。「大学4年生だから」という無根拠な自尊心や傲慢の行使を抑制できます)といることが多くて、いや別に特になにも。夜行性なのが合うのでしょうか。ところで、僕は一日のほとんどを信濃町で過ごしているのにも関わらず看護の学生に遭遇しないのはなぜなのでしょうか。みんななにしてんの?僕を避けてるという理由で納得してしまっても問題なさそうですね。ウケルウケル

 先日そんな上級生のひとり、自己犠牲の権化こと杉浦さんと話していたときに「ラグビー経験者はなぜそのスポーツを人生になぞらえたがるのか」ということを議論していたのですが、杉さんとしてはどうやらそんな態度が気に食わない様子でした。僕も杉さんと同様に、学生時代にラグビーをしていたおっさんたちの語る「楕円球様人生観」に嫌悪を隠さない人間の一人なのですが、しかしながらおっさんたちの見解を反駁する立場ではありません。要するに僕はこう思います。ラグビーは人生に似ている、と

 もしかしたら人生がラグビーに似ているのかもしれませんが、楕円球に触れたことのない人間にも人生は存在するので(最近はこのことについて懐疑的です。すべての人間に人生があるとは思えません。それは意識されてはじめて存在する、と。人生はただ生きるのみならず、語られなければならない。摂食と排泄と睡眠は人生ではありません。また、「ライ麦畑でつかまえて」は人生ではなく、「デイヴィッド・コパフィールド」は人生です。このことについてはまたいつか)、きっと似ているにはラグビーのほうですね

 で、普通ならここで「あらゆるスポーツのうち人生に最も近似したものはラグビーである」ということを導くのですが、あいにく明日は朝が早いのでもう寝ます

 要するに、僕は就職面接で「大学生活で力を入れていたことはなんですか?」と聞かれたときに胸を張って答えられるものがあることを発見したということです

 問題ない

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2008年08月04日

収容所群島よ!



 あっというまに八月でやんの。参っちゃうね!

 さて、僕には夢がありません。考えられますか?

 最近、どんな人と会っても「将来のハナシ」しかしません。意図的ではありません

 男の人生の二大ファクターは「仕事」と「家庭」のようです。女の人生はもう少し複雑で本人たちも把握できていないようです

 男の人生は「仕事」と「家庭」は二項対立で語られます。すなわち、どちらを優先するか

 いわく「愛のない人生なんてなんなの?」。愛してるよ

 むろん「仕事」と「家庭」のどちらを選択しても、選択されなかった片方が蔑ろにされるってこともありません。僕の父は母と僕ら兄弟を愛しながらも仕事を愛してきました

 


 めんどくさくなってきた。おやすみ

megane_aroe at 23:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年07月31日

最後のなつやすみ


 こんばんは。と、いうことで最後の夏休みがはじまりました。予定ですか?ラグビーですよすいませんねお母さん

 最近、「学生生活最後の〜」とか「今年で終りだから〜」とか「22年間で〜」とかそういったニュアンスの言葉を僕が多用していることを周りが感づいていてそのことに対する印象について呻吟する日々が続いていますが、まず僕のほうでは意図的に言っているわけではありません。溢れんばかりの焦燥感が言わせているのです。ということは、就職する前に、あるいは社会に出る前に、あるいは完全に自立して生活する前に、義務と責任を無条件的に背負う前に、あるいは人生が幕を開ける前に、なにか達成しておいて然るべきことが残されているということでしょうか。特になし。特になーし!就職活動?それは話が違う、けどやらねばなるまいめんどくさい!

 期末試験の話。あと一科目で卒業単位を取得できるので、いちおう二科目履修したのですが、結局直前で片方を切る結果と相成りまして、しかしながら取りに行った片方も自信がない。まぁ秋もあるしね

 国家試験模試の話。午前と午後で二時間半ずつってなんなの長い長すぎる。自己採点したところ六割ちょい正答していたので、まぐれ当たりとかを割り引いて考えてもあと半年ふつうにがんばれば余裕で合格できそうとみた。「ふつうにがんばる」ってことがどんだけ難しいことか

 就職活動の話。説明会いくのめんどくさい。志望動機がみあたらねぇ

 研究の話。6月上旬から停滞中。来月からがんばる

 部活の話。ハムストリングの肉離れが怖い怖すぎる十万石饅頭。今のところ右が3割ぐらい「離れてる」気がする。去年は左右両方ともお離れになられてしまいまして、シーズンを棒に振ってしまったので、今年はやめてほしい。パワプロのサクセスでいうと肘か肩に爆弾を抱えている状態。ダイジョーブ博士でてこいや。キョキョキョ

 お金の話。夏なのに素寒貧。冬なのにさま〜ず

 弟の話。二十歳を迎えて酒の量が増えてる

 母の話。「お父さん高知に出張して寂しいからおもしろい話して」「おもしろい話なんてないよ」「じゃあつまんない話でもいいわよ」「わかった。金かして」
 

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