December 31, 2004

思吉番外編・2004年トップニュース

今年私に影響を与えた、5つの出来事。



5位 色彩検定
 
4月〜6月の間、大学のエクステンションセンターを利用してカラーコーディネート講座を受けた。
最終的にA・F・T色彩検定の2級を取得したのだが、それよりも色の世界の奥深さに触れたことが私にとっての成果だった。
好きなことを勉強するのは全く苦にならないのだと、改めてわかった。

また、OLを辞めてその世界にはいったという講師が本当に魅力的な女性で、彼女との出会いも「この講座を受けてよかった」と私に思わせた。


4位 コンパニオンのアルバイト

きちんとしたメイク、丁寧な言葉づかい、女性らしい動作、笑顔、気遣い、etc...
これまでの私があまり意識していなかった「女性らしさ」「女性としての価値」について、考えさせられた。

様々なキャリアを重ねてイベント会社を設立した社長、お水の経験に加えて本当のお水(水産業)の経験もあるフリーのディレクターや同い歳のMC、多くの女の子を抱えるマネージャーなど、たくさんの出会いがあった。
本気でモデルを目指して頑張っている、中学の同級生との再会も印象的だった。

お金を稼ぐためだけに応募したアルバイトだったので、そのぶんずいぶんと得した気がする。


3位 留年決定

今年3月末、それがはっきりした。
なるべくしてそうなったフシがあるので、ショックはあまり受けなかった。
そのくせ4月は、同級生を見かけると避けていた。
やっぱり自分のだらしなさが知れ渡るのは、はずかしかった。

親には思ったほど叱られはしなかったが、私に対して両親ががっかりしたことが伝わってきて、少し胸が痛かった。
親戚のおばさん達は「1年留年するぐらい大丈夫よ」と私を励ましてくれたが、それすら申し訳なく感じた。
だって本人はそんなに気にしていないのだから・・。

それまでの私の怠惰を正当化するつもりはさらさらないが、私はこの1年間がすごく有難かった。
自分をゆっくり見つめ直すことができたと思っている。


2位 達夫さん送り出し

いやーてこずった。
まさかこんなにてこずるとは、私も達夫さん本人も予想していなかった。
入会してから4年、達夫さんは5年目で、どちらにとってもアイセック最後の晴れ舞台である。
これは絶対に失敗できない。
まして私は、OGX歴4年・うち2年はDirector・SN4人目というキャリアであった。
後輩の手前、意地でもリアライズさせなければというプレッシャーがあった。
ほんと、送り出せてよかった・・・。

結果的に数えてみると、送ったA/Nは9枚、個人的にやりとりした海外@erは50人を越えていた。
インドにも、何度びくつきながら国際電話したことか。
もちろん、マッチング作業自体については精神的・技術的に多少の余裕はあった。
しかし、経験値がリアライズの成功に結びつくとは限らないのだということを身をもって感じた。うーん、奥深い。

この苦労が報われるかどうかは、2月、彼の研修終了後にわかることだ。
どうか、彼にとってアイセック人生の集大成といえるような経験をしてほしい。


1位 中国語と北京ニーハオ中国語センター

今年は中国に訪れていないにもかかわらず、これまでで一番中国色の強い1年だった。

再履修のおかげで、一週間あたりの中国語の授業が例年より増えたこともある。
自分なりに勉強もした。
語彙を増やすために中国語関連のメルマガに登録し、ネット上で毎日単語小テストを受けた。
1年間で中国語の試験に費やしたお金は45,525円。金額に見合うだけの努力を行ってきたかどうかは、正直ちょっと自信がない。
それでも中検3級を取得し、準2級はまたもや不合格だが、かなり惜しいところまできた。

しかし私の2004年を中国色に染めた一番の原因は、なんといっても北京ニーハオ中国語センターだろう。
7月にもっちに教えてもらい、電話もかけずにいきなり訪問してボランティアスタッフとして働かせてもらうことになった。

それは今、ボランティアどころかお金以上のものを私に与えてくれている。
中国語が周囲に飛び交う環境。無料レッスン。魅力的な中国人講師・老若男女の生徒さん達との出会い。
中国最先端の教育現場で働く校長先生。それから、それぞれの目的をもって中国語センターにいる、日本人スタッフ達。

自分一人の力では決して得ることのできないものだ。
北京ニーハオ中国語センターに通うようになって、自分から何かに飛び込んでいくことの重要性と楽しさを再認識した。

来年はさらにアルバイトで雇ってもらえるようになった。
もっともっと深く関わっていきたいと考えている。


----------------------------------------------------------
それまで生活の大部分を占めていたアイセックをほぼ引退し、その自分に何が出来るのかがテーマとなっていた2004年。

正直、何も出来てはいない。
でも、たくさんの出会いが得られた。これだけは自信をもっていえる。
私はその出会いに、出会うきっかけをつくりだせた。

来年のテーマは「今年の出会いを活かすこと・新しい出会いを生み出すこと」にしよう。


mei_shu124 at 17:43│Comments(0)TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔