反町ジャパン総括(4):日本の守備岡田監督辞任へ

2008年08月22日

反町ジャパン総括(5):日本化のゆくえ

◆守備力はあるのに守備の文化がない
◆狂気の不在

◆守備力はあるのに守備の文化がない

 きちんと守備を構築すれば、日本の守備は世界に通用する。
不思議なのは、この守備力を生かした戦い方をしよう、という発想がないことだ。
今回の反町ジャパンにしても、点が取れなかったことを批判する人は多いが、
得意の守備力を生かさなかったことを批判する人は皆無だ。
今大会にしたって全ての試合を0点に抑えていれば、
1勝2分で決勝トーナメントに進出できたのに、と言う人はいない。
いったい、なぜこんな矛盾がおきるのだろうか。

 トルシエは、日本には守備の文化がない、と言った。
しかし、前回書いたように現実のJリーグでは守備の整備が進んでいる
確かに勝利に勝点3を与えるリーグ戦は負けないことより勝つことを尊重させるが、
それは別に日本に限った話ではない。
特に問題があるとすれば、それは観る側、つまりお客さんの方だ。

 その原因は色々あるが、結局のところサッカー文化のレベルの低さ、
つまりサッカーの観方が皮相なものに留まっていることが大きい。
ハイライトだけを見ればゴールシーンばかりに決まっているし、
誰それが点を決めた、誰それが凄い、というのは話しやすい。
やべっちFCで欧州サッカーを見ても、
大スターがミラクルゴールを決めるシーンしか流れないに決まっている。
そんなスーパープレーが必要なのは、それだけ守備力が高いからだ、
という逆の真理に気づかないのだろうか?

 その結果大抵のブログでは、日本には決定力がない、だの、
メッシやC・ロナウドみたいな選手がいれば、だの、
もっと攻める姿勢・仕掛ける姿勢がほしい、だのといった
愚にもつかない戯言で溢れ返っている。
評論家も衆愚に迎合してこのレベルの発言を繰り返すため、
バカが馬鹿を再生産する構図から抜けられない。

 せめて超有名どころだけじゃなくて、
多少地味でも欧州や南米の中堅どころの試合を見てくださいよ。
大抵困ったら前線にロングボール放り込んで何もおこらず、
そそくさと守備陣形整えようとしてますから。

 これに対して、守備は戦術的な要素が絡む分だけ難しい。
ユーロのロシア対オランダのような試合は例外だが
守備を成功させるにはベーシックな守備組織の構築と共に、
相手のスカウティングやそれに応じた調整が欠かせない。

 そもそも世界大会レベルでは、普通にやれば日本は格下の戦いを強いられるわけで、
格下が格上に互角に戦うには守備的にやるのがごく自然だ。
日本だってアジアの格下相手にそれでいつも苦労させられている。

 マイアミの奇跡はなぜ起きたのか。
それは日本が徹底的に守り抜いて相手のミスを待ったからだ。
マイアミの奇跡には確かに運があったが、
ああいったことはサッカーでは数%の確率で起こりうる。
もっともありえないのは、格下が格上と堂々と渡り合って、
しかも攻め勝ってしまうことである。
それこそ本当の奇跡で、そんな試合はほとんど思いつかない。


◆狂気の不在

 もちろん、ここまでの話は従来の常識に過ぎない。
その常識を"敢えて"乗り越え、格下が攻撃的に戦う、という逆転の発想もありえる。
それを実践に移そうとしていたのが、他でもないオシムだったわけだ。

 しかし、従来の常識を乗り越えるということは誰にでもできるわけではない。
また、それはどんなに優秀な人にとっても非常に困難なことだ。
常識を超えるということは、必然的に狂気を内包することになる
別の言い方をすれば、論理を積み上げたうえで、それを捨て去らなくてはならない。
だが、普通は、優秀な人間ほど理にしがみつくものだ。

 ここで忘れてならないのは、狂うためには常識が必要だ、ということだ。
常識がない人間、つまり唯の馬鹿に狂うことはできない。
それは端的に非常識・無知と呼ばれるものに過ぎず、狂気ではない。

 反町監督はどうだろうか。
少なくとも彼は馬鹿ではないし論理はある。
しかし、狂気、というものからも遠いところにいるように思える。
だったら常識人として常識的な戦い方をすべきではなかったか。

 彼の不幸は、オシムという狂った爺さんがすぐ傍にいたことだろう。
しかも、その狂人はその狂気の全てを見せることなく退場してしまった。
人間の歴史は、狂人の生み出す狂気を
次の世代の常識人が常識として取り込むことで進歩してきた。
しかし、狂気が生み出すはずの果実はそこになく、
ただ狂気に当てられた常識人のみが残ればどうなるだろうか?

 偉大な人間は、良かれ悪しかれ、周りに影響を与えずにはいられない。
反町ジャパンについても、常にオシムの影がちらついていたし、
最後もオシムの幻影に惑わされるように自滅していった。
大体、前節に書いたようなことは常識人の反町監督が分からないはずがなく、
それを実践に移せなかったのは"理"解しがたい。
岡田監督にしても、粛々と事務作業をこなせば良いのに、
大風呂敷を広げてチームを迷走させているように思える。

 オシムが"日本化"を語った際、ジーコに懲りた多くの人が賛同した一方、
一部のジーコ信者の残党や懐疑派は、日本化という名のオシム化だ、と罵った。
私は、ある意味どちらも正しいと思う。
日本化は必要だ。そして、それはオシム化でもある。
オシム化という点においてこそ日本化は意味を持ちうる。

 オシム不在で「日本化」はどうなるのだろうか。
この観点からすると、反町監督の仕事はとても成功とは言い難い。
我々はしばらく、この言葉を忘れてしまった方が良いのではないか。
それとも城福監督が鮮やかに蘇らせてくれるのだろうか。
そちらに関しても楽観視できないと思っているのだが…

meitei2005 at 21:31│Comments(6)TrackBack(0) 北京五輪 

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この記事へのコメント

1. Posted by ペン太郎   2008年08月23日 07:46
 そうなんですよね。どうして守備と攻撃は表裏一体的なものだという事を忘れ(わからない?)、決定力不足だのストライカー不足だの言って攻撃的選手を入れろとかばかり言うのかが理解できなかったんですが、文化が無いと言うのは真理ですね。私はそれに見る側が考えないからとも思います。表面だけ捉えて内容を考えないからだと。
 オシム下で鈴木が猛威を振るっていた時でも、攻撃に難があるからとかそんな理由で、稲本を入れろと書いてあるブログの多さに私もアホかと思ってましたが、結局それくらい分かりやすい選手がいるにもかかわらず、守備の部分は見えない(見ない)人が多いんでしょうね。野球文化の影響でしょうか? 攻撃と守備がハッキリしている分考えなくても分かりますもんね。
2. Posted by 酩酊   2008年08月23日 08:35
いやー、このブログは読者に恵まれてますね。

今回の話は「守れ守れ」だったので「だったら攻めなくていいのかよ」とか
頭の悪いつっこみが来たら嫌だから断っておかないといけないけど、
それを書くと長くなるからやっぱり嫌だなぁ、って思ってたところなんですよ。
お陰さまで綺麗に文章が補完されました(笑)

あと野球文化の影響の話も丁度書こうと思ってたところなんですよ!!
野球も知的な要素がないわけじゃないですが、
少なくとも攻守を分けて考えることは可能ですからね。







3. Posted by アト   2008年08月23日 11:49
ブラジルは極端な例ですが、基本的には国民(という言い方も曖昧ですけど(笑))の望む方向でないと、なかなか代表強化やアイデンティティの確立は難しいんじゃないかという問題が一つ。

それとカテナチオ的な受けて跳ね返す守り、あるいは守りに入って守り切る守りには、やはり僕はそこまで自信は持てなくて、だからその少し前で、あるいはもっと曖昧に丸め込むような感じの反町ジャパンの守備力に注目したわけですけど。
マイアミのチームで言えば、あのチームは最終ラインもそれなりに強固でしたが、その前の粘り強いディレイの巧さが、とても印象に残っています。

「国民性」「メンタリティ」云々については、客はともかくとして選手の本音や実態はどうなんだろうということも、考えなくてはなあと思いますが。
4. Posted by 酩酊   2008年08月23日 19:59
これまた良コメントをありがとうございます。

まず「ぷち・かてなちお」ですが、仰る通り本家のカテナチオとはやはり違うもので。
本家の特徴は、最後のところでの守備陣の能力の高さと集中力といった感じですが、
日本の場合はもう少し連動性とか全体のバランスを意識した守備という印象でしょうか。
まあ、単純に言ってしまえば中盤のプレス、となるのかもしれませんが。
"ひらがな"が「曖昧に丸め込む」のを表現できている?

あと「国民性」みたいなものの話ですが。
私はそもそもそんなものがあるとは信じてないですし、
仮にあったとしてもそれが不変のものだとも思いません。
コロコロ変わるものだとしたら、そもそもその概念の意味は薄い。

ただ、今回の話は、例えばお客さんの攻撃サッカー志向が、
「国民性」のような何らかの選好の表現ではなく、
端的にそれが無知によるのではないか、というのが主張なわけで。
よく言われることですが、オランダの様に覚悟があるのであれば、
後は趣味の問題ということになりますから。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0809/holland/text/200808120010-spnavi.html

お客さんの問題を離れて選手や監督ら関係者の意見は気になりますね。
前にもアトさん自身も書いてたと思いますが、
漠然とはしてても「良いサッカー」という共通認識がありそうな気はします。
それは連動性だったり組織性だったり。本当に漠然としてますが。






5. Posted by てつ   2008年08月24日 09:33
管理人さんの意見に100%賛成です!やはり守備から入るのは日本だけではなく『弱い』チームの基本やと思うし。

代表チームにファンタジーを求めるのはナンセンスやと思うけど、今のお寒い興行面を考えるとしゃあないのかなと…。ジーコジャパン時代の変な幻想の罪ですな 笑

余談 ほんだけ〜が浦和のオファー断ってオランダ2部に残留ですな。頭の中身だけはファンタジスタなようです。
6. Posted by 酩酊   2008年08月25日 16:49
ジーコジャパンの悪影響、というのは確実にあるでしょうね。
独裁者が衆愚化政策を進めたという点で、やはり川淵の責任は重大ですね。
バカやって派手なパフォーマンスを見せれば短期的にはお客さんが観てくれますが、
それは一過性のものに過ぎずいつかは飽きられますし、
サッカーははっきり結果が出るスポーツなので負けるに決まってる。

本田がオランダ2部に残留したのはむしろ良いのではないかと。
今の浦和のグダグダサッカーに合わせて劣化するくらいなら、
弱いチームで己の無力さを思い知ることも必要かな、と。
少なくとも浦和の方が給料が良かったはずですし、
その根性だけはかっておきたいと思います。







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