2014年08月08日

YouTube動画「なつかしの歌声・名歌唱映像」5

なつめろブーム全盛期当時のオールドファンは勿論、新たなファンも感動の「名歌手歌唱映像」。今もなつめろファンのあいだで「テレビ東京(旧・東京12チャンネル)の宝」と言われている名番組「なつかしの歌声」。その名歌唱映像をいくつか御紹介(その5)。

渡辺はま子『愛国の花』1970年初放映。年末特番映像も見掛けるが、このYouTube掲載映像は「あゝ戦友あゝ軍歌(なつかしの歌声の姉妹番組)」。歌手ではないゲストが戦時中について語る番組だったが、1回の放映で歌も2曲ほど流れていたのを覚えている。力一杯歌う渡辺はま子と東京女声合唱団=東京12チャンネル女声合唱団。映像タイトルに曲名と歌手名は出てない(解説項目で記載されている)。

藤山一郎『慶應義塾大学応援歌(若き血)』1970年初放映。東京男声合唱団=東京12チャンネル男声合唱団のコーラス、藤山一郎が「手拍子アクション」での歌唱。これほど動きながら歌う藤山一郎を他の映像では見たことがない。テレビ東京になってからは未放映(台湾再放映)。このYouTube映像も、解説項目のほうで歌手名・曲名が表記。初放映時は、藤山一郎(慶應義塾)、東海林太郎(早稲田)、灰田勝彦(立教)での「学校対抗歌合戦」。

淡谷のり子『Lili Marleen リリー・マルレーン』1983年初放映。当時、テレビ東京で毎週月曜の午後9時から放映されていた1時間番組「にっぽんの歌」映像。戦時中のドイツで兵士達に愛唱された『リリー・マルレーン』、反戦歌と言われている。

藤山一郎『燃ゆる大空』1973年初放映。山田耕筰作曲の格調高いマーチ歌謡。戦後は「戦時歌謡」を殆ど歌っていない藤山も、この曲はTV出演で度々歌唱。コーラス(音声)が東京男声合唱団。

酒井弘『戦友の遺骨を抱いて』1982年初放映。酒井弘の歌唱映像では1972年出演『あゝ紅の血は燃ゆる』も再放映されてないが「YouTube動画」がある。1937年、アルバイト歌唱名・三村博でポリドールからデビュー。テレビ東京「にっぽんの歌」に68歳での歌唱出演。

続・なつめろよもやま夜話「アバウトなキング」

1931年(昭和6年)設立の「キング」。なつめろファンには名曲でおなじみ、現在も日本を代表する音楽メーカーのひとつである。だが、いわゆる「オリジナル録音集」などのオムニバス音質は最もアバウト。なつめろブーム期、ザラザラと音を奏でるノイズはともかく「音響効果をわざわざ加える必要はあるんだろうか」と疑問に思っていた。また、プレス盤も東京工場と関西工場では材質が全く異なるため「音声再生収録時」には東京工場プレス盤を使用するほうが音質も安定するんではと。関西工場プレス盤は、それほど粗い材質が多い。で、キングのオムニバスはアバウトなのだ。最も極端な例が、1948年から1949年の関西プレス盤。当時のキング関西工場は、兵庫県西宮市「タイヘイレコード工場」。タイヘイのスタッフは戦後再開に向け、準備中であった。1950年タイヘイ戦後発売新譜は、キング関西出荷盤と同じ工場のプレス。同じ工場でも材質がこれほど異なるのかと思うほど、タイヘイ発売は優れている。表面が全く擦れてない『長崎のザボン売り(石本美由起作詩・江口夜詩作曲編曲・小畑実歌唱・キング管絃楽団伴奏)』を持っているが、これが関西工場プレスでレーベルは「紫色」。『長崎のザボン売り』の最初の関西プレスは「黒レーベル」、次がかなり粗い材質で「薄緑」。「薄緑」より見た目も粗くない「紫色」だが、表面が擦れてなくとも再生するとノイズだらけで肝心の演奏音はうっすら聞こえる。保存状態がこれほどきれいなプレス盤で「ノイズだらけ」もめずらしいんではと思う。

フォト「1983年にっぽんの歌 〜 淡谷のり子」

このフォトは1983年(昭和58年)8月、テレビ東京「にっぽんの歌」で『Lili Marleen リリー・マルレーン(小谷夏作詩、Norbert Schultze ノルベルト・シュルツェ作曲)』歌唱出演の淡谷のり子さん、松波常雄氏ピアノ伴奏。※テレビ東京「にっぽんの歌」=1983年当時、玉置宏氏司会で毎週月曜午後9時から放映されていた1時間番組。

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フォト「男の食事時 〜 フィリピン」

このフォトは2011年8月撮影、「男の食事時 〜 フィリピン」サッカー選手のMisagh Medina Bahadoran ミサグ・メディナ・ベハドラン氏。

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『東京ブルース』歌詩あれこれ

「ブルースの女王」そして「ズロースの女王」と言われた淡谷のり子。地方興行でポスターに「ズロースの女王・淡谷のり子来(きた)る!」と出て、淡谷が「ズロースじゃないわよ、ブルース」。劇場関係者は「ズロースでもブルースでも、ええじゃねえか」。

『東京ブルース』オリジナル録音の淡谷は「中音域」の最低音から「低音域」になる個所で音程が乱れる。デビュー当時からの他の曲でもしばしば見掛けるが、「中低音域」には退廃的な雰囲気が漂っている。服部良一はそれを発見し、「名曲ブルース歌謡」が生まれた。そのひとつが1939年発売『東京ブルース(西条八十作詩・服部良一作曲編曲・淡谷のり子歌唱・コロムビアオーケストラ伴奏)』。

♪雨が降る降るアパートの、窓の娘よ何(なに)想う、あゝ、銀座は暮れゆくネオンが濡れるよ、パラソル貸しましょ三味線堀を、青い上衣(うわぎ)で急ぐ君♪

現在では「パラソル」という言葉も私達に殆ど使われてない。私は傘をさすのがあまり好きではない。先日も或る方と会って立ち話時、私に「びしょ濡れじゃないの」。「こんなに降るんならシャンプー持ってきたらよかったなぁと思うんですよ、雨で髪を洗えますから。ところが肝心のシャンプーもないんで」。笑いながら「どんな生活してるの?」、「ヴォンヴィな生活ですね」。ところで、丸山和歌子や小林千代子の歌唱曲に『恋のパラソル』という歌がある。御両人が歌われているパラソルは「夏の海辺の大きなパラソル」や「日傘」。『東京ブルース』のパラソルは「雨傘」で、当時はナイロンなどがないろん(ナイロン)な時代。いわゆる「蛇の目傘」がポピュラーな頃で、西洋風な傘は「洋傘」と呼ばれている。

♪ラッシュ・アワーのたそがれを、君といそいそエレベーター、あゝ、プラネタリウムのきれいな星空、二人で夢見る楽しい船路、仰ぐ南極十字星♪

「プラネタリウム」という言葉が出てくる。前年の1938年(昭和13年)に有楽町「東日天文館」で設置公開されたドイツ製プラネタリウム。天井へ映し出される星空の下は、当時「最先端のデート場所」だっただろう。

♪誰も知らない浅草の、可愛い小(ちい)ちゃな喫茶店、あゝ、あの娘(こ)の瞳はフランス人形、私を待ち待ち紅茶の香り、絽刺(ろざし=刺繍)する夜を鐘が鳴る♪

歌詩3番途中の「絽刺」は「ろざし」と読み、刺繍=ししゅうの意味。淡谷も♪〜ろざしする夜を鐘が鳴る♪と歌っている。「絽刺」は和風な言葉のようだ。

♪昔恋しい武蔵野の、月はいづこぞ映画街、あゝ、青い灯赤い灯フィルムは歌うよ、更けゆく新宿「小田急」の窓で、君が別れに投げる花♪

淡谷は「フイルム(ふいるむ)」と発音。カフェーや映画が中心の繁華街を象徴する表現「青い灯赤い灯」=月の光も薄らぐほどのネオン風景。原詩「君が別れに投げキッス」個所を嫌がった淡谷が、♪〜君が別れに投げる花♪で歌唱。それからの西条八十は淡谷に作詩をしていない。
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