先日、なつめろ関連のいろんなブログページをチラ見していた時「或る記述」を見掛けた。その内容は「大正期に活躍の浅草オペラ歌手・高井ルビーは佐々紅華と結婚していない」との内容で、2012年に書かれたらしい。大正期の帝劇出身芸能人・浅草オペラ歌手にとてもお詳しい「hirorin」さんがコメントをお寄せくださった。

hirorinさんコメント抜粋「高井ルビー=佐々紅華の妻ではない、という異説について、根拠が全く記されていなかったのが気になりますが一応私なりの解釈を。件(くだん)の文章をよく読み進めてみると、高井ルビーと佐々いえが同一人物ではない、と真っ向から否定してるわけではなく、佐々氏と高井ルビー(いえ)さんは一緒に暮らしてはいたものの正式な結婚はしていないという意味で書かれたのではないかと思います。しかし佐々家の墓には夫妻の名前が書かれていたので(佐々紅華が高井ルビーと)結婚していないことは無い筈ですが」。

大川晴夫氏「高井ルビーは誰の奥さんと思う?。佐々紅華なんだよ。佐々が再婚、高井は佐々との結婚で芸能界を引退したんだ。高井は静岡のほうにも住んでいた時があるんじゃないかな」。
大川氏は、なつめろブーム期に各社発売オムニバス企画でプレス盤再生音声収録やライナー執筆で活躍、昭和最初期からの「なつめろ」をリアルタイムで御存知だった方。企画歌謡曲創設当時の歌手にもお詳しかったが、井上起久子と青木晴子の戦後をお話するととても驚いておられた。

「井上起久子」にも異説がある。井上起久子御本人は、『道頓堀行進曲』の筑波久仁子は私ではありません、と述べている。別名歌唱でも井上のレコーディング曲ならば、のちも井上がステージで歌った筈である。井上起久子は『道頓堀行進曲』は有名な歌で知ってはいるが歌ったことが殆どない、と言っていた。だが、「筑波久仁子は井上起久子の別名」という異説を見掛けるのは何故だろう。昭和になってからの井上は別名歌唱で歌う理由が無かったが、異なる歌唱名での新譜発売でレコード会社側(オリエントや名古屋アサヒ)は「歌手の多さ」を演出できる。また井上は、筑波久仁子『道頓堀行進曲』大ヒット中のニットーで「六大都市行進曲」シリーズをレコーディングしている。ニットー初期マイクロフォン録音は極端な高音域強調音質。筑波久仁子の歌は井上起久子と似ているが井上のほうが声質も細く、井上御本人のコメントからも筑波が別人とわかる。