February 11, 2007

久々の更新

現在、ブログは以下のアドレスで更新しています。

http://shigasse.seesaa.net/


April 11, 2006

パリ、マルセイユ、ジュネーブ旅行3

久しぶりにブログを更新しようかと思います。
3月31日から4月8日までお忍びでフランス旅行中。ちゃんと職場には1ヶ月前に1週間休みを取ると公言して実現しました。

30日仕事21時ごろ終了。自分で作成した新サイト2つを丁度アップしたところで終わりとなった。麻布十番から地下鉄南北線で溜池山王で乗り換えて、銀座線で上野広小路の下車。駅に着いてからシャワーを浴びるために探す。一つ入浴できる場所を見つけるが、朝10時までの料金とのことで、あきらめる。それから、いろいろ探し回ってみて、かなり怪しい場所だがサラリーマン太郎に入る。ここは1時間500円、シャワー代500円計1000円と格安。シャワーを浴びた後、部屋で「ターミナル」を少し見る。その後、ラーメン屋でスタミナセットを食べる。650円也。この時見ていたガイドブックが後で見つからず、空港で買いなおしてしまうのだが。。。
その後、ゲラゲラで約6時間滞在。ミレイユさんと初めてヤフーメッセンジャーで会話。自分のPCをつけてみるが、モバイル通信がうまくいかず何度も接続。
上野からスカイライナーで成田空港まで1時間。かなり速いと感じた。
空港に着いてからフランス人、スイス人友人へ和菓子、雑誌などお土産を買ったりしてたらあっという間に時間が過ぎていってしまった。12時発。飛行機内で、映画を見たり、新聞、雑誌を読んだり…同じ映画を2回見た。出発する時は飛行機が揺れたりして少し酔ってしまったが、その後はかなり快適なフライトだった。

3月31日17時20分頃、パリ到着。入国審査は手前の日本人が係員に日本語で話しかけていた。私の番が回ってきて、パスポートを見せて、「こんにちわ」のひところでおしまい。もっといろいろきかれるかと心配していたもののなんだか拍子抜けだった。以前のフランス出国の際持ち物検査で日本語で話しかけるなど、最近のパリCDG空港職員は日本人にサービス過剰かな?なんて思ったりする。そんなことを感じていたら、出口をまちがえてしまう。あれれ?と思い、荷物受け取り場所がわからず案内所で「荷物受け取りはどこですか?」ときく。日本で尋ねるときより少し勇気が必要だが、話し始めてしまうと普段面と向かって話しなれていないためちょっとどもったりしても、ちゃんときいてくれるので少し心の底で安心した。荷物を受け取ってから、サブリナに電話。「どこにいるの?」と言われるだけで、結局空港には迎えに来てくれないらしい。

案内所ではきかずに案内板を頼りに電車乗り場まで簡単にたどり着く。そこで、試しにRERがどこにあるか人にきいてみるが、「フランス語は話しません」と言われてかなりショック。パリにいるのに…どうしてなんだろう?不親切だな?なんて思う。こんなことで始まったからなんだか不安になってきてしまった。はたして、自分の伝えたいことがうまく伝わるのだろうか?日本にいる時は早口でまくし立てられたり、一言キーワードを言われて類推、理解を必要とする場合、日本語だって理解不能になるのに・・・例えば、よく仕事終了後、会社の人達と食事に行くが時々会話についていけなくなったりするとか。

RERで二つ予約したホテルの一つをキャンセルしようと何度も電話したが、自動応答ばかりでつながらない。そのままもう一つ予備で予約しておいたリュクサンブールの星なしホテルに行く。部屋に着いてから再びサブリナと電話がつながった。オペラ座の前で待っているという。部屋に荷物を置き、素早く着替えをしてすぐにオペラ座に向かう。サン・ミッシェル......シャトレ・レ・アル......オペラの経路。シャトレ・レ・アルからシャトレまでかなり歩いた。しかし、このあたりの土地勘はあるので、地下道内の標識をたどって一人で歩けると実感。シャトレからオペラまで7番線で行く。
オペラに着くまでかなり何度も電話する。ひょっとしてこのまま置き去りにされてしまうのではないかと不安になってくる。
オペラ座前で数分待っていて、やっとマリク、サブリナとご対面。会う瞬間はあっけない。
最初はオペラ座近くのマクドナルドで食事をしようと話していたが、何日か前にメッセンジャーでサブリナと天丼の話をしてて「大好き!」と言っていたのを思い出して、自ら日本食にしないかと提案し、パレロワイヤル近くのひぐまで天丼を食べる。席が空くまでかなり待たされて、奥の部屋の一番奥のテーブルに案内される。フランス語を話すアジア系の人。しかし、後で会計の日本人にきくと、なんと日本人だったのだ!異国だから、見かけではアジアの人としか見られないかもしれないし、連れはフランス人だったから当然のことだけど。

パリオペラ座日本料理屋「ひぐま」にて


 

 

 

パリの日本料理に関して感想。ご飯がパサパサしてるし、てんぷらはしょっぱすぎで本当の日本食に食べなれてる者には食べられる代物ではない。
食事中に日本で買った雑誌「Mens nono」をマリックに、「SKawaii」をサブリナにプレゼントする。隣の席の会話がよく聞こえた。「私、最近現代音楽を聴くのが趣味で・・・」と初老の婦人がゆっくりとしたフランス語で何人かに言い聞かせている。食事代は3人分出す。約35euro。そのあと、シャンゼリゼを散歩。途中、香水の店に入る。サブリナが私にサンプル用の香水を手に吹き付けて、感想をきく。「なんか変なにおいだね!」とふと漏らす。「私も100%賛成!」とサブリナ。どうやらマリクのお気に入りの香水らしいが、サブリナも私も気に入らないということらしい。電車がなくなってしまい、チュールリーまで歩いてやっと地下鉄が動いている駅を見つける。チュールリー-サンミッシェル。サン・ミッシェル駅からホテルまで歩く。サブリナに「マルセイユ名物のブイヤベースは好き?」ときいたら、「大嫌い!でも名物料理だから食べてみるよいいよ」と返事。カルチェラタンは深夜も学生暴動らしき様子で警察のパトカーが走っていた。それから、ホテル到着。ロビーで「友達を入れてもいいか?」と尋ねてみるがOKがもらえなかった。しかし、サブリナが「トイレに入りたい」と強引にお願いして入る。部屋で間数分3人で過ごす。すると、ブザーが鳴る。おそらく受付の人からの連絡だろう。私はかなりあせっていた。それから再び部屋を出るともう深夜をとっくに回っていた。サブリナが近くのATMでお金を引き出そうとするがカードが使えなくて困っているのに見かねて、40euro引き出してTaxi代として差し出す。ホテル前Boulevard Sait Michelでさようならをする。マリックが「マルセイユでよいご旅行を」と言っていたのが印象的だった。夜は少しばかり雨が降ってきた。

そのあと、明日の旅行のことを考えた。
夜はよく眠れなかった。朝からテレビをつけてニュース、マンガ、インタビュー番組を見ながらシャワー。青少年の恋愛、性問題の女性専門家による議論をやっていた。8時過ぎには1階へ降りて朝食を取った。久しぶりのフランスの朝食。新鮮だった。そのあと、ネットでSNCFのマルセイユ行きの列車の時刻表検索、パリ帰ってきてからのホテルも探してみた。まわりでイギリス人同士の会話が聞こえてくる。パリとロンドンが近いから観光客も多いのだろうなぁと実感。30分ネットして、9時には出発していた。LuxembourgからGare de LyonまでRERを使ったが、Chatelet Les Hallsで乗り換える時間違えてしまった。これが10時過ぎのマルセイユ行きを逃す原因となった。リヨン駅に着いてから駅近くの両替所で1万円両替。この率が53euroぐらいにしかならなかった。換算してみると1euro188円ぐらいの計算。日本で両替しておけばよかった痛感。成田空港で飛行機に乗る直前に障害旅行保険の自販機が見つからなかったの1万円を残してしまったのが原因だ。結局、これだけではマルセイユ行きの切符は買えそうになく、ATM機を駅近くで探すがなかなか見つからなかった。駅から離れたところでやっと見つけて、80euroほど引き出す。結局10時過ぎの切符はあきらめる。11時半発14時半着のマルセイユ行き切符を買う。買う際に、小銭を出す時迷ってしまい、切符販売員に「Quel tactique?」それって何の戦略?なんて怒られてしまう。ただ端数の小銭を出しかっただけなのに、頭で計算がついていかなかっただけなのに...切符売り場前に「英語が話せます」表記の英国国旗が立っているのに英語は一切しゃべってくれなかった。これが若い女性のフランス流サービス?と悩んでしまった。まぁ言われた瞬間は冗談で言ったように感じたのでやっぱりその場は和ませてくれたのだろうと勝手にいい風に解釈しておく。

時刻板にマルセイユ行きの列車が何番から出発するか表示されるまで30分ぐらい待ったように感じる。その間時刻版の前に立って今か今かと待っていた。朝食も近づいてきたのでサンドイッチとコーラを買って食べた。
しばらくして時刻が表示された。早速切符を刻印機に入れて、それから乗車。列車の前に立っている太った係員に列車の座席をきいた。席に着くと丁度後向きに動き出した。隣に乗ったのは初老のおじさん。ビジネスでマルセイユに行くらしい。手に持っている書類をちょっと覗き見するとどうやら車の取り引きをしている人のようだ。南に行くつれて曇り空がどんどん晴れていくのを感じた。おじさんとはその都度天候のことをぽつぽつと話した。アヴィニョンに止まった時にはもう晴れ空。マルセイユにはそれからしばらくして着いた。天候は気温22度まで上がる快晴。いい日に来たなぁと実感。駅にはミレイユさんと息子が迎えに来てくれていた。すぐに駅近くに停めていた車に乗って市内探訪。町の感じが少しばかりパリとは違う。海岸には魚を売る市場があり、南仏の港町に来たと実感。ミレイユさんは「この町に住んでて本当にいいと思う」と話してくれた。息子さんは「パリっ子はマルセイユっ子がいつも太陽に恵まれているのうらやましがっているんだ」と言っていた。高校生なのにゆっくり丁寧に話してくれる。パリでは何度も若者の早口についていけなかったけど・・・
丘の上に立っている教会に行った。丘からマルセイユが一望できる。とてもいい眺めに感動。売店で日本語とフランス語のマルセイユの本を一冊ずつ買った。写真もいくつも取った。マルセイユを立つまでにもう1回来られるかなと思ったが、国鉄ストライキと次のジュネーブ滞在のため結局この日が最後になってしまったのが残念。それから車で海岸あたりに案内してもらった。海岸のカフェで一休み。ギャルソンが忙しく働いていて、最初に入ったカフェのテラスではいつになっても注文を取りに来てくれなかった。二つ目のカフェでやっとメニューを持ってきてくれてそれから注文。私はバナナジュースを飲んだ。カフェでは旅行話をした。
近くのATMで60euroほど引き出す。それからミレイユさんが選んでくれたB&Bというホテルにチェックイン。女性のレセプショにストははきはきと元気よく話してくれて、ものすごく明るい気分になった。荷物を部屋に置く。ミレイユさんの家へ行き、ミレイユさんと息子の外出準備をするまで、しばらくコーラを飲みながらテレビを見て待つ。モンゴル地方の旅行記をやっていた。
夜はエックス・アン・プロヴァンスまで車で行き、ミレイユさんの友人と合流した。名前を紹介されたが忘れてしまった。夜の街を散歩。この町の女性はきれいだと話してくれた。私が昔パリで音楽学生だったと言うと、その友人も小さな音楽隊で小バスを吹いていたと話してくれた。しばらく歩いてクスクスの料理店に入る。ちょっとヴォリュームがあったけれど前菜、メインともに満足した。友人の日本での剣道修行の話、言葉が通じなくて困ったこと、スペインはいい町だ...などずっと話しているのをきいていた。
食事が終わってから、また来た道を戻り途中で友人と別れ、ミレイユさんに車でホテルまで送ってもらった。ホテルに着いてからテレビを眺めたりしているうちに寝てしまった。でも熟睡できなかったようだ。

4月2日、朝早く起きてテレビ三昧。ニュースはなんとなくずっと眺めていた。フランスに来てテレビを見るのは本当に楽しい。朝食を取る前、近くにATMが見つからないため2泊目の料金をすぐに払えないことをホテルレセプションの人に打ち明けたら、「今日の23時までに払えばいいから」と言ってくれて一安心。しばらく探しているとお金が見つかった。それでレセプションに払いに行くと誰もいなかった。係員らしき人がいたのでお金のことを話すと、大きい声で係りの人を呼んだがいないらしい。もうしばらく待ってくださいと言われたようなので、ホテルの近くを散歩。あんまり面白いところはなかったのですぐ部屋に戻った。もどる途中に階段でミレイユの息子に会った。そうだ、もう約束の12時を過ぎていたのだ。ミレイユさん、友人、息子。ミレイユさんと初めてあいさつのビスをした。

今日はカランクの海岸散策。ミレイユの友人の車運転で海岸まで連れてってくれた。太陽がさんさんと降り注ぐ絶好の海水浴日和。多くの人が太陽の恵みを浴びに来ていた。海岸に着くと船に乗る切符をすぐに買う。乗るまで時間があったので近くのカフェで一休み。私は木苺のジュースを飲んだ。船に乗ってから30分ほどの観覧。写真をいっぱい撮った。船を下りる時、運転していた係員に「Merci」と微笑みながら言った。

事故はそれから起こった。近くのサンドイッチ屋でパニーニを頼んだがなかなかできてこなかった。友人は海岸の高い石段に座って待っていた。やっとのことでパニーニができた。すぐに高い石段に近づいたが背の低い私にはすぐに座れなかった。飛び上がろうとしたが座れず着地した瞬間に濡れた海岸の地面の前のめりに滑って転んだ。転んだ時頭を打ち胸の少し下に手をあてがっていたため、肋骨を軽く骨折。呼吸が苦しくなる。頭から血がでる。知らない間に救急車が呼ばれる呼び鈴が鳴る。すぐに救急車に運ばれる。車内では若い女性の係員がつないでくれて「怖がらないで、安心して、何かあったら手を握り返して!」と言った。とても優しかったのに感動した。車内ではもうすでに呼吸は戻っていた。「フランスに家は持ってるの?」「いいえ、ありません。」こんな取り止めのない会話。
病院に着いてから何人もの人からいろいろな質問を受けた。名前、年齢、薬のアレルギーがあるかどうか...それからレントゲン撮影。若い頃、肺の病気を患ったと正直に話した。レントゲン撮影技師からは「日本の武道は有名だ」と言っていたのが印象に残っている。皆とても気さくな感じで心が和やかになった。最後に女性医師から症状の説明。はっきりとわかりやすく話してくれた。「肋骨が折れているが心配はすることはありません。あなたのために診断書を書きますが、日本に帰国して見せてもきっと通用しないし、これは備忘録のようなものでしかないけど…」それから注射を打った。今まで日本で打ったのに比べて全然痛くなかった。そして、ミレイユさんが来てくれて、医師が再度私を含めて症状を説明してくれた。
病院前にはミレイユさんの友人、息子が車で迎えに来てくれていた。医院長らしき人が話していた。「日本人がこの病院に来たのは初めてだ。今までにタイ人が来たことがあるが弁護士が必要だったよ。」こんなことを言っていた。必要最低限の内容は自然にわかった。
車で近くの薬局まで連れて行って薬を買った。この時は落ち着いて料金の計算ができた。ミレイユさん曰く「あ、数がわかるなんてすごいわね」私曰く「考えるの少し時間がかかるけど」
ホテルまで来てから、明日以降の予定を話した。どうやらSNCFはストに入るらしい。ミレイユの友人曰く「明日の夜、ジュネーブへ行くしかないだろう。ただし、一度パリに戻ってからのほうがいい。リヨンまでは列車が多いがジュネーブまではどうだろうか?詳しいことはネットで探してみるよ」
部屋に戻って、もうしばらくすると暗くなってきた。もう手元には10euroぐらいしか残っていない。教えてくれた近くの映画センターに行ってみる。ファーストフードの店しかなく、ATMはないようだ。それから少し遠くのValentinというショッピングセンターに行ってみるが今日は日曜日で全部閉まっていた。こんな異国の町に来てほとんど人気もいないスーパーの辺りをうろうろしているのほどさびしいものはない。結構ホテルまで距離のあるところに来てしまったものだと思いつつ、元来た道を戻る。結局、さっきのファーストフードでサンドイッチとオレンジジュースを頼む。6euroほどだったのでなんとかなった。すぐに部屋に戻り、昨日とはうって変わって1人さびしく食事をした。説明を受けたとおりに薬を飲んだ。さびしくなったのだろうか、テレビ、本などを読んで時間を過ごしているうちに眠くなってきた。

4月3日、朝起きてニュースを見てから、シャワー、ミレイユさんに電話。11時までにはチェックアウトを済ませた。レセプションの人からホテル前のバスがマルセイユ駅に行くと教えてもらった。バス停留所に着いて、そこにいる若者に駅までどうやって行ったらいいか尋ねる。「バスで地下鉄まで行って、乗り換えるといい」と教えてくれた。地下鉄駅に着いてから駅の案内所で再度マルセイユ駅までの方向をきく。それでマルセイユの地下鉄に乗った。パリの地下鉄に比べてきれいな感じ。以前にリールの地下鉄に乗った時と同じ印象だ。駅はすぐに着いてしまう。マルセイユ駅では観光案内所で駅近くのホテル、ATMの場所をきく。丁度この時点までもう1日マルセイユにいるつもりだった。お金を80euroほど引き出す。それから切符を買いに窓口へ。係員と話して明日はストで電車がないということ知る。急遽ジュネーブ行きを今日13時に変更。理由は早めに着いてホテルを探す都合からだ。ストの影響で大変残念なことになってしまった。13時〜16時半までTGV。Lyonまで隣に若い女性が乗っていた。Lyonを過ぎると急に人が少なくなった。
窓から景色を眺めるのは楽しい。近くの英語を話す男性にチョコレートをもらった。
ジュネーブ駅まであっという間だった。駅ではパスポートの検閲、税関があった。電車で国を超えたことを実感した。さぁジュネーブだ。すぐにベアトリスに電話。とても喜んでいる様子。駅内はきれいで現代的。ロッカーがすぐに見つかったので一安心。すぐにATMで100FR引き出す。それから小銭を作るために、コーラを買った。2fr50。そしてロッカーに重いものはすべて入れてしまった。7fr。それからネットカフェに行った。ここでも7frほど使った。ジュネーブのユースホステルの場所、パリに着いてからのホテルの予約、それから日本の会社にローマ字でメールを送った。ユースにはすぐに電話をかけて場所をきく。わかりにくかったので、近くの売店で地図を買って住所を調べた。駅前、大きな建物ばかり。東京となんら変わらないなぁと思った。駅出てすぐ右に曲がってまっすぐ行ってすぐだった。荷物は駅のロッカーに預けたままなので、探すのも苦痛ではなかった。ユースに着いた。パリのユースより大きいと思った。2泊分の料金を払う。受付の人は感じがよくて、とてもきれいな私のタイプの優しい感じの女性で安心した。食堂で夕食。14frほど。駅の前に戻った。夜は早めに寝た。

4月4日、9時ぐらいに朝食。最初に料金を払った時もらった朝食券が見つからず困ってしまうが、窓口では許してもらう。駅で再度ベアトリスに電話をかけるがつながらなかった。ネットカフェに入り、メールで今日の約束のことを伝えておく。
10時ぐらいからジュネーブを散策。まずはRue de Montblancを散歩。観光案内所に入りCDをききながら町を散策のコースを申し込む。それから、郵便局に入り、携帯の充電器を探すが見つからず、すぐ近くの携帯電話の店を教えてもらう。そこで充電をしてもらった。それかrATMで100fr引き出し。もう1度観光案内所に戻り申し込み金、保証金(これはCDプレーヤー返却時に戻ってくる)を払った。11時〜14時ジュネーブの古い町をCDを聞きながら散策。約1年半前に来た時とは違ったジュネーブを見ることができた。とくに坂を上がる小さな小道が映画の1シーンのように素敵。CDを返した後、もう1度回ってしまった。
15時ぐらいだろうか、社長から電話があった。駅で切符を買う時だった。それからチョコレートを買い物。エールフランスのジュネーブ支店でリコンフォーム。花時計を見て、英国庭園を少し散歩。それから小さな小道を再度散策。そんなことしている間に18時を回ってしまった。途中クラシックCD屋さんの立ち寄ってから、19時待ち合わせのユースホステルへと急いだ。ユースに着く途中ベアトリスが車で迎えに来てくれていた。少しして、車に乗ってベアトリス宅まで。日本から買ってきた人形焼、イチゴ餅菓子をお土産に差し出した。夕食はラザニアと子牛の肉。ドミニク、メラニー、ベアトリスと4人で食べた。それからデザートはリンゴのタルト。ドミニクの旅行話もいろいろ聞くことができて楽しかった。食後にドミニクからMSNのアドレスを教えてもらう。ベアトリスのパソコンでメッセンジャーでサブリナと会話。明日、パリリオン駅に迎えに来てくれると約束した。帰り道はドミニクの車でユースまで送ってくれた。ユースに帰ると部屋の自分のベッドで誰かが寝ていた。すぐにレセプションに言って、ベッドを変わってもらうように頼んだ。部屋まで係りの人が来てくれてベッドを空けてもらった。係りの人はあの私のタイプの女性だった。

4月5日、朝から小雨。8時ごろ食事して、9時には駅に着いた。駅ではトイレ2回、シャワー1回、ネット喫茶、CD店散策。あっという間に電車に乗る時刻になった。税関でいろいろなことをきかれた。スイスへ来た目的、申告するものはないかなど。10時〜13時、TGV。思ったより長い時間電車に乗っていたように感じる。昨日約束したサブリナは駅には迎えに来ていなかった。すぐに駅の観光案内所で北駅近くのホテルリストもらう。あらかじめ予約したFormule1のホテルまで行こうとするが、思ったより長い距離だった。駅に着いてからATMを探すが見つからず一苦労。あまり重い荷物を持ってうろうろするのも疲れるし、それに骨折したわき腹にも響くと思いつつ休み休み動いた。駅の切符売り場員、駅近くのアクセサリー屋の店員にATMの場所をきき、やっとのことで見つける。もう14時を回っていた。60euro引き出す。お腹がすいたのでATM近くのトルコ料理屋で食事。これがものすごくおいしかった。もう昼食時を過ぎていたので人は少ないし、それにゆっくりと時間が過ぎていく雰囲気。すっかりくつろいでしまった。こうやって1人でゆっくり食事もいいなぁと実感した。それにいっぱい食べて8euroもかからなかったのもうれしい。すっかりトルコ料理ファンになってしまった。駅に向かう途中、アフリカ人に小銭をたかられた。いろいろ言ってくるし、それに小銭持ってても日本帰っても荷物になるだけと思い、全て小銭はあげてしまう。「Notre ami」と喜ばれた。駅に着いてから、Luxembourg近くのホテルに電話するが高い部屋しか残っておらず、あきらめる。1カルネ地下鉄の窓口で買う。それから、ジュネーブのネットカフェで予約した北駅近くの Hotel des Belgesに電話して、予約確認をした。地下鉄路線図片手に北駅まで行った。駅に着いて地図を見て道を見つける。カフェを通った時女主人に「部屋を探しているなら安いホテルがあるよ。」と言われた。その時、とっさに電源があるところがいいと言ってしまう。すぐにカフェに連れられて、「電源ならここにある。何を飲みますか?」と言われる。「カフェ」と頼む。そこでしばし携帯電話を充電。「実はホテルはもう予約してあるんです」と言う。「そうですか。30euroなのに残念ですね。」と女主人が言う。「Hotel des Belgesを探しているんですがどこにありますか?」「それから正面にあるのがそれです。」こんなやり取りをする。コーヒーを飲んでから、すぐ出発。お目当ての予約したホテルに到着。受付はおばぁさんで、「40euroですが、一つ問題があります。部屋には門限があって1時以降は外出できません。それでもいいですか?」こちらが質問してもいないのに、いきなりこのような注意事項を言ってきた。どうやら、外出する人が多いらしくてトラブルが絶えないようだ。「外出できないのなら残念ですね。どこか、この近くで24時間外出できるところがありますか?」「それなら、このとおり沿いにずっと行くとあるミラノホテルに行くといい。そこならずっと深夜も門番がいるので。」それでミラノホテルへ行ってみる。しかし、50euro以上の高い部屋しか空いていないらしい。ここは予約したわけではないし、これだったら、最初に30と言われたホテルのほうがいいなとピンとくる。それで、再度最初のカフェに戻って部屋に泊まりたいと希望をする。その時深夜外出は大丈夫かも重ねてきいてみると「1時半以降はできません」と返ってきた。「そうですか、それは残念ですね。」とここであきらめてまたカフェを出る。出てしばらく外で考える。「深夜外出はできないが30は安い。そうだ!ここに決めよう!」と決心し、再度戻って、カフェホテルに決定。部屋は30にしては豪華な個室。共同ではあるが、シャワーもある。これは掘り出しものを見つけたと微笑んでしまった。言葉ができるってこういう利点があるのだなと実感。しばらく部屋で休んでから、外出する。ホテル近くを散策。かなり遠くまで来てしまい、それからメトロに乗る。Saint Michel まで行き、DVDの買い物。フレンズのフランス語版を約6euro50で買う。それからChatelet Les Halls までRERで行く。FNACはもう閉まっていた。Beaubourg近くのスターバックスでトイレに入るためにエクスプレスカフェを飲む。入ってすぐにトイレへ行き、それからコーヒー。アダルトショップがある少し怪しい道を通ってみるが入る勇気がなく、それにお腹もすいてきたので北駅に戻る。北駅近くを散策してると、カップル旅行者に呼び止められ、「Do you speak English?」と言われる。どうやら、安いホテルを探しているらしい。さっそく、今自分が泊まっている30euroのホテルを紹介してあげる。ホテルの人は喜んでいた。店の売上にちょっと貢献したなと我ながら満足。実は、今になっての話だが、1泊分計算し忘れているようなのだ。その分DVDが数枚買えたので嬉しいことだが・・・夕食はイタリアンで、スパゲティボロネーズのセットを食べた。おいしかったのでチップも少し置いて15ぐらい払った。ホテルに帰って、今日買ったフレンズをPCで少し見た。そんなことをしているうちにうとうとしてきた。電気をつけたままお休み。快適な睡眠だった。サブリナに電話したら、明日13時Operaの前で待ち合わせとのこと。

4月6日、昨日サブリナに会えなくてちょっと心配。ホテルの部屋はSMSも届かず、果たして本当に会えるのだろうか?朝食を8時過ぎにテレビを見ながら部屋を提供してくれたカフェで取る。9時過ぎ北駅から地下鉄RERでChatelet Les Hallsへ。FNACが10時開く少し前に着いた。10時からさっそく買い物。French SaxophoneのCD、アゴタ・クリストフの薄い小説を購入。それから2階のDVD映画売り場へ。DVDで丁度欲しいものが見つかって、お金が足りないと思い、すぐにATMに駆け込んだ。60euro引き出す。すでに英語版を見てるものを今度はフランス語版で見たいと思ったのだ。2本購入。FNACで買い物のあとはRERでSaint Michelへ。昨日散策したDVD店でフレンドのDVDをさらに1本買う。買う時、「Vous avez la carte de fidelité?」などときかれる。すぐに「Non, je suis touriste.」と答える。それから、近くのサンドイッチ店へ。7euroぐらいかかった。その時、マルセイユの病院へ救急医療の支払いに関して電話した。電話したところでは支払いに関しては受け付けておらず、別の電話番号を知らされ、1時半以降に電話してくださいとのこと。
RERでChatelet Les Halls、地下道を歩き、それから7番線ChateletからOperaまで行った。今度は約束どおり13時にOperaでサブリナ、マリクと再会。すぐにHippoというレストランで食事。私はすでにSaint Michelでサンドイッチを食べているので、お腹がいっぱい。デザート、コーラだけ取る。サブリナ、マリクはステーキを食べた。
カランクの海岸で転んだこと、マルセイユのことなどを話した。でも、お互い比較的穏やかな雰囲気。マルセイユ人、スイス人ともよくしゃべるけど、サブリナ、マリクともにおとなしい感じ。時々冗談を言って笑わせるが・・・。
マリクはそれからすぐに用事があると言ってレストランを出る。サブリナとしばらくレストランで過ごす。私の電話を貸してくれと言う。近所の友達に遊園地の場所をきくというのだ。フランス人なのにパリ郊外に住んでいるせいか、パリのことはよく知らない。私が丁度東京のことに精通していないと同じだろう。ちょっと話すと言ってものすごい長電話になってしまったようだ。ちょっとサブリナが食べ残したデザートを食べる。

そのあと、Operaから地下鉄でPorte doréeにあるFoire de Troncへ。悪夢の乗り物が...サブリナはしきりに「安全だから安心して。一度も事故は起きたことがないの」言っていたのを信用した。比較的穏やかだなぁと安心していたにもかかわらず、乗り出したら大きな揺れの連続。サブリナは手を上げてはしゃいでいた。私は2つ目の乗り物でとうとう、さっき食べたものを全部吐き出してしまった。3つ目の乗り物も乗りたそうな気分だったようだが、私はもう死ぬかと思うくらい気持ち悪かった。何度も断った。そういえばトリュフォーの映画「大人はわかってくれない」にも中学生が授業をさぼって遊園地に行くシーンが出てくる。ぐるぐる回るだけだが。フランスの子供はスリルが好きなのか?
それから、Chateletに戻り、日本でもチェーン店がいっぱいあるおなじみのスターバックスへ。私はカフェ・エクスプレッソ、サブリナはアイスクリーム。今朝、買い物したことを話した。サブリナが近くに座っていた団体の若者が写真を撮ってくださいと頼まれて、撮ってあげた。
近くにインターネットカフェでカラオケのある場所を探した。1時間二人分で6euro。私はその時間を利用してブログ更新、RFIのニュース閲覧など。サブリナはカラオケのある場所を見つけてから、メッセをしていた。ちょっとトイレに行っている間にメッセの内容を覗こうとしたのを見つかって、ジロっと見られる。何にも言わなかったけど...私は「何にも見てないよ」とだけ答えた。
Pyramideまで地下鉄で行く。日本料理屋が連なる通りにあるらしい。全てサブリナに道案内を任せた。街角の地図をたよりにやっと見つかる。
2時間カラオケをした。シャンソン、英語の歌。私はビートルズ、カーペンターズの歌を歌った。サブリナは本当に私の知らない歌をよく知っている。特に日本の歌では浜崎あゆみはお気に入りの様子。何曲も歌詞を見ないで空で歌っていた。
Endless Story, Last Christmas...最後にLucy in the sky with Diamondsを歌って約2時間のカラオケを終わった。
それからマリックとの待ち合わせの場所、ギャラリーラファイエットの前まで駆け足で行った。マリックは日本人の彼女エイコと会っていたというが本当なのか?実際に再会した時はフランス人女性の友達と一緒に来た。すぐにその女性とはお別れのあいさつ。それから、マリック、サブリナ、私でレストラン探しに出かけた。もう11時を回っていたので、日本料理店はほとんど閉店。結局、Operaの前にある有名なフランス料理店で軽食。メニューを持ってくるまでかなり待たされた。メイン、飲み物のみを取る。レストランを出た時は12時を回っていた。

二人に北駅まで一緒に行く。駅でさようなら。サブリナとは来週会うことを約束した。さよならのビス3回ずつ2回して別れた。

果たして本当に日本に来るのだろうか?


ホテルに着いてから、カフェのギャルソンに「明日はモーニングコールしますか?」と尋ねられる。「はい9時にお願いします」と答える。
すぐに寝付けなかったが、何とか寝ようと努力した。


4月7日、8時には目が覚めた。
それから荷造りを始める。
9時前にシャワー。それからテレビを見ながら朝食。10時には出発した。
北駅からRERに乗り込むまでは安心していた。しかし問題はその後起こった。車内で、サブリナ、ベアトリスに電話でお別れのあいさつを告げた丁度その後、奇妙なアナウンスが。「Ce train est bloqué!」どうやら、CEPに反対する学生のデモで電車が止まってしまったらしい。電車は空港へ行く観光客ばかりだった。一斉に電車を降りて近くのバス停まで歩く。その時日本人の話し声が・・・タクシーしかないなぁと話していた。しかしバスは超満員の乗れない。本当に困ってしまった。これはもうタクシーで行くしか残されてないなぁと思った。幸い近くにATMが見つかったので、思い切って100euro引き出す。丁度その後幸運にも乗り合いの車が見つかった。他3人と相乗りで空港まで。車内では運転手が世間話。「政府もノンしか言わないから解決しないんだよ。なんでも試してみなくてはね。」と学生側の見方のようだ。一緒に乗っていた人はメキシコ人女性、ノルウェー人女性、香港に行くアジア男性。メキシコの人はパリに来るおかぁさんを迎えに行くらしい。とても楽しい雰囲気だった。電車が止まってしまった悪夢も忘れてしまった。

空港に着いてからは慌しかった。すぐに2Fを探してエールフランスの成田行きカウンターにたどり着いた。ここでやっと日本人に話しかける。丁度後の列に来た人に「Are you japanese?」が初めの一声。顔だけで日本人と判断するのは早急だと思ったので・・・それから、電車が止まって大変だったことを話す。
カウンターでは少し待たされる。荷物預かりの順番が来ても、「ちょっと前で待っててください」と言われなかなか進まなかった。しばらくして日本人の係員に日本語で誘導され、荷物を預ける。
手荷物検査が済んでから、搭乗。乗って席についてからもなかなか動き出さずにしばらく待たされる。整備士の点検、出発のOKが出るまで1時間ぐらいかかったのだろうか?

フライトはあっという間だった。映画を見たり、本を読んだり、MP3を聞いたり。右隣の日本の人はフランスに過去12年も住んでいたという。Le Mondeをじっくり読んでいた。今回のフライトの遅れの事情なども解説してくれた。左隣はカウンターで会った関西の人だった。機内では真っ暗な時間もあったが寝られなかった。
朝8時50分ぐらい成田到着。入国審査、荷物受け取り、税関などを済ませて、すぐに会社の人に電話して、仕事に行くことを告げる。
12時半ぐらいには出勤した。しばらくして社長が来た。


December 22, 2005

英語、フランス語?3

いつものように10時〜18時、19時〜22時仕事。行き帰りの電車の中での時間、18時〜19時の移動時間はMP3プレーヤーでTOEICの準備のため、TOEICテストに出る順英単語CD3を流し聞き、CD1に戻ってシャドーイング、リピーティングができなかった例文に○、意味が不鮮明の例文にチェックを入れた。

大井町のネットカフェでネットサーフィン。ホットメールチェック、それから今日はRadio China Internationali TeleBFM TVTV5を見た。特にRCIのApprenons le chinoisはフランス語のトランスリプションまで出ていて、フランス語、中国語と同時に学べるのが楽しい。i Tele、BFM TV、TV5はニュース専門のネットで見られるTV。フランス語の勉強になりそうな気がした。


December 20, 2005

久々の更新。最近TOEIC準備

ここのところ、更新を怠っていたようなので、何か書こうと思います。

10月23日TOEICを受けました。結果は次のとおり。

Listening370 Reading320 Total690

想像以上に出来はよかったと感じました。問題自体、極端にやさしいものから瞬発的に答えられないもの、日本語に直してもその日本語自体がわからなかったりするものまであります。音楽畑の人間だったので、音楽用語ならある程度はわかるけどビジネスシーンはちょっと…ということも影響しているとは思います。株関係、車関係は日本語でもさっぱりわかりませんし(;_:)

今度1月に再挑戦するため受験料は支払いました。

今日、「TOEICに出る順英単語」を最初から始めました。CDを最初から聞いています。息抜きにフランス語(息抜きなるほどでもないけど、耳は多少慣れているので・・・)

同じ英語でも、聞き取りやすい場合とそうでない場合の差は激しいです。特にイギリス英語の癖の強いのはお手上げ(;_:)5月から新方式になるので、4種混合の発音になれるようにしています。その結果もっとも聞き取りづらかったのがイギリス英語なので。

2月にTEFにも挑戦しようと計画しています。それからDELFも。A1を取ったきり先に進んでいません。昨日、紀伊国屋書店で立ち読みをしていたらDidier社のDELFの対策本があったので昔受験したのをふと思い出して懐かしくなったのもあります。

というわけで、英語にすべきかフランス語にすべきか毎日迷っています。

時々メッセでスペイン語圏の人と会話してスペイン語も、バイト仲間との交流を深める意味で中国語も・・・なんだか多言語習得にまで欲が出てきて収拾がつかなくなってきそうです。


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November 22, 2005

パリ旅行から帰ってきて1ヶ月半

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久しぶりにブログを更新します。

10月6日にパリ旅行から帰ってきて以来、ずっと更新していません。その間、10月7日、13日、14日レイテックジャパンからの派遣で川崎ヴォダーフォン倉庫、行徳倉庫会社、立会川佐川急便などで労働。18日よりSIJで勤務開始月〜金10時〜18時)、11月1日より千代田管財蠅馬史槎撻劵襯困寮響櫂僉璽罰始(月〜金19時〜22時)。休みの日はレイテックジャパンの派遣で、10月22日(土)9時〜18時 西馬込アドコーポレション、29日(土)9時〜17時西船橋佐川急便で労働。
11月12日(土)14時、羽田タートルサーヴィスで面接。13日(日)羽田タートルからの派遣で羽田空港内の佐川航空にて8時半〜19時に卸補助の仕事。途中、11時〜11時半、12時〜12時半、14時〜15時…合計で2時間以上の休憩時間、待機時間があって日給7200円。休みの間は英語をトレーニングしたり、寝たりした。
11月18日22時〜19日9時東扇島の東急ストアの倉庫でバイト、19日19時半〜20日7時平和島福山通運で小包、旅行バッグなどの仕分けバイト。台車で運ぶにしても重いものが多く、しかも長時間労働だったの終了後かなり疲れてしまった。現場から平和島まで徒歩。一緒に働いた人に連れて行ってもらった。

金曜日、TOEICからスコアが届いた。5月の645点から690点へと少しスコアをアップさせた。次回受験で700点突破の目標ができたような気がする。受験前に特別な準備をしたわけではないし、勘で解答した部分も多かった。勘も実力のうちと楽観的に考えることにする。次回の受験は1月15日。それまでに、もう1度手持ちのTOEIC参考書を復習しなおして、万全の準備をしようと思っている。
現時点で使用教材は、英会話ぜったい音読挑戦編、VOASpecial English、Special English Word Book、TOEIC正解が見える…など。特にSpecial Englishは内容的にバラエティに富んでいて興味が尽きない。Word BookはVOAのアナウンサーが特別にゆっくりはっきりと吹き込んだ音声なので、シャドーイングに絶好の教材と実感している。まずはテキストを見ないでシャドーイングしてみて、聞き取れなかった文章をスクリプトで確認するようにしている。ワード数が多い文章は聞き取れても、リピーティングする時忘れてしまう。もっと記憶保持力を強化しなければならない。それには何度も繰り返して聞き英語の回路を作らなければならないと思った。


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October 06, 2005

9/26〜10/5パリ旅行3

Paris旅行記をちょっと書こうと思います。大したことはしてないけど、いろいろ個人的にあって今回の旅行は健康上、盗難などの面でほとんど問題はなかったものの、悔いの残るものでした。でも、観光面では、オルセー、ルーブル、ポンピドー、モンパルナスタワー観覧など、約20年〜17年前の学生時代にできなかったことができて感動する面も多かったように感じます。

9月25日
やっとパリに着いた。今日から毎日パリ滞在日記を書こうと思う。今ちょうどパリシャルルドゴール空港の近くのFormule1 hotelでこの日記を書き込んでいる。
9月25日日本時間12時頃パリを出発して、約15時間の空の旅は、ほとんどフランス語のリスニングに費やした。
離陸時にまず、スポーツ新聞、デイリー読売に目を通し、ラダーズシリーズの「セロ弾きのゴーシュ」(英語)を読破。これが眠かったせいかかなり読むのに時間がかかった。
次に流し聴きを開始。
フランス語会話、ホームステイのフランス語、スラング表現(途中まで)、RFI Dictionaire(encoreのみ)、スラング表現、Conversation、フランス語会話(2度目最初と旅行の部分のみ)聞いてすぐわからないもの、使ってみたことがない表現にマーカーでチェックした。
そんなことをしている間に飛行機はモスクワ空港に到着。東京からモスクワまで約10時間の旅もリスニングを続けていたら、あっという間に過ぎていったように感じた。
モスクワで1度、飛行機から出てすぐにトランジットに行き、飛行機を乗り換えすぐに出発。セロ弾きのゴーシュを再度途中まで読み、次にリスニングの続けた。「旅で磨こうフランス語」を全部聞いた。ずっと続けていたせいか眠くなり、着陸時まで目をつぶった。高度が下がってきたら、外の夜景を眺めて楽しんだ。
やっとパリに到着。あっという間だったように感じる。比較的快適な空の旅を送ることができた。入国カード提出後、すぐにサブリナに携帯から到着の電話をした。もう21時を回ってるせいか、空港まで迎えに来るのは難しいらしい。明日午後15時、サブリナの通う学校の最寄駅で待ち合わせすることにした。
次に預けた荷物引取りなのだが、とうとう出てこなかった。これで、昨年の9月日本帰国時アエロフロート航空を利用して荷物が出てこなくて後で自宅に届けられたのに引き続き2度目の荷物遅延。快適なフライトなのに、荷物管理がいい加減な気がする。他にも数人、荷物が受け取れなかった人がいて、手続きに時間がかかった。明朝7時頃、電話を入れてみて確認するように言われた。
次に、日本でネットで予約したFormule1に行くNavetteの停留所が見つからず四苦八苦。まずInformationできき、通行人にきき、電話をかけて直接ホテルにきいてみた。電話では、Termunus2-D に行くように言われたので一番それが正確だと思いそれを信じた。しかし、1度バスに乗ってみたものの、運転手に止まらないと言われて、途中下車。もう1度電話して2-D 5で待っていればいいと言われた。なかなか乗れないので、がっかりしていたところ、黄色のFormule1と大きくイラストが描かれたバスが到着。停留所の看板はなかったのだ!運転手にホテル前に止まるか確認してみて、そうだと言われて、やっと一安心。無事にホテル到着。レセプションで精算も終え、部屋に入ってから、母親から電話が来た。何にも言わないで出てきたので、一事どうなるかとどきどきしたが事情を説明し、納得してもらった。
部屋ではずっとテレビを見た。

9月26日
深夜3時頃までなかなか寝付けなかったので、朝起きるのも遅くなってしまった。朝10時過ぎに起床。それから、約正午にFormule1を出発。ナヴェットバス(無料)で再び空港に戻った。それから、次の宿探しのためにすぐにClichyのユースホステルに電話をかけた。まだ空き部屋がたくさんあるとのことで一安心。すぐにRERを使ってパリに向かった。CDG2-Nord-Barbe Rochechouart-Place de Clichy-Mairie de Clichyの経路で到着。すぐに手持ちのお金で3泊予約。それから近くのスーパーに買い物。ファンタオレンジ1.5l、クスクス、バゲットを買う。すぐにユースの1階の調理場を使って暖めて食事。
ユースに着くのが遅かったため、サブリナと約束した15時にJussieu駅での待ち合わせをキャンセル。それでも、一人で遅れて、Jussieuに行った。17時16分到着。植物公園を散歩し、それからネットカフェで30分過ごし、Saint Michel まで散歩。帰りはLuxembourgからRER、Metroを使って帰宅した。今夜は日本人の人と同部屋。帰宅してからすぐに就寝。

9月27日
6時半起床。同部屋の日本人(都立大学大学院建築科)が朝早く出発するため、少し世間話をした。デンマークからパリに来たらしい。7時に一緒に朝食を取った。
その後、少し一眠りしてから出発。その前に荷物係に電話。「荷物は昨晩送ったとのこと」すぐにレセプションで確認したら届いていた。これで一安心。早起きしたので、また寝た。それから、シャワーなどを浴びていたらすぐに11時になっていしまった。11時半ごろユースホステルを出発。まずSaint Michel-Clunnyまで行き、RERに乗り換えてCité Universitaireの学食で食事。昨年9月に来て以来、学生料金と訪問者の料金がはっきりと分かれているのに驚いた。それから急いで、待ち合わせ場所のSaint Michelの噴水の前を行く。14時に来たが、まだ来ていないらしい。すぐに電話をかけてみる。Gilbert Jeuneの前いると返事。すぐに行ってみて約8ヶ月ぶりの再会。
一緒にノートルダムへ行く。入る前に、ベンチに腰掛けて、今使っている日本語の授業のテキストを見せてもらって、しばしおしゃべり。漢字の意味などをいろいろきかれる。それからノートルダムに入る。
サンミッシェル通りを通って、散歩。途中をウインドゥショッピングを楽しむ。それから、Institut de monde Arabe、植物公園と行く。途中しばしばベンチで一休みして音楽、フランス語の朗読などを一緒に聞く。今日が一番いい日だったように思える。
17時ごろ、Jussieuの駅前でMalikに再会。すぐにサクソフォンを返してもらうように言ってみるが、どうやらそれを言ったことで機嫌を悪くしたようで、「その代わりに300ユーロかかったベルトを返して」を言われた。ちょっとにらまれてしまったので、怖くなってしまった。
授業は17時半よりかなり遅れて始まった。日本の地理をフランス語で授業。時々日本語で地名が出てきて、そこから話を大体類推することができた。
授業が終わってから、Place d'Italie にある日本料理屋にSabrina、Malikと一緒に行く。僕は自分の懐と相談して一番安いメニューを注文。日本料理屋と看板を出しているが、従業員は中国人らしい人ばかりで、注文するときもフランス語でした(ここはフランスなので…、それと中国語で注文が取れるほど語学力もないし…)大した話題もなく時間が過ぎていった。何かいろいろ無意識に話していたようだが忘れてしまった(10月6日夜に想い出して書き込んでいるので)。食事が終わったのは案外早かったように感じられる。二人の家が郊外にあるので、早く電車に乗らないと帰宅できなくなるのもあるので。今、映画がどんなものをやってるか調べたり、ウィンドウショッピングをして帰り道を楽しんだ。やはりブランド物は高い!

9月28日
朝6時半に起床。それから8時半には4階の食堂で朝食を取っていた。9時ごろ、部屋に戻り、エクセルで今まで使った金額を計算。今のところそんなに使っていないのに気づき一安心。このままいけば、帰国までは余裕で何とかなりそうだろう。シャワーを浴びたりしている間に正午になってしまい、ユースホステルの目の前にあるFranprixでちょっと買い物。大好物のPaella(パエラ)が約2ユーロ(280円ぐらい)で売っていたので買ってみた。ユースの調理場のレンジで温めてすぐに食べた。そのとき、一人のフランス人らしき人に親切にも声をかけられた。東京では、こんなに初対面の人に簡単に声をかけるほど余裕がないのでちょっと戸惑ってしまったが、内心はとてもうれしかった。話題が見つからず、話が進展しなかったので、今になってとても残念に感じる。フランス人はSabrinaやMalikだけではない、町中がほとんどフランス語を話す人たちばかりだから会話するいい機会に溢れているのだ。ちょっと引っ込み思案なせいか、その機会をほとんど無駄にしたように感じる。
Paellaはとてもおいしかった。
途中、Monparnasse Bienvenuまで間違って行ってしまったが、待ち合わせ場所Jussieu駅前に14時に着いたので、近くのネットカフェで30分時間を過ごした。14時半、Malikと会う。まだSabrinaは来ていなく、すぐに携帯電話で連絡。少ししてから現れた。
15時7分日本語の授業が始まった。日本人講師の黒板で短文を書き、それをフランス語で説明する。ひらがな、カタカナ、漢字が日本語でどのように使い分けられているか、漢字がどのようにして生まれたかなど…。classificateurという単語が何度も現れてきた。講師は、昨日の日本地理の集団授業に比べて、少人数授業でしかもはっきりと大きな声で説明するので、ずっとわかりやすいが、発音が明らかに日本的。説明がわかればいいということだけならいいとは思うが、フランス語のきれいな発音を聞くという点においては、何か物足りなかったように感じる。(先生ごめんなさい)引き続き、先生が変わって日本語会話の授業。講師が、「この人はフランス人です」など基本文型を黒板に書き、それを皆で繰り返す授業。先生は時々フランス語で簡単な説明をする。否定文では、「ではありません」ではなく「じゃありません」と少しくだけた形を教えていたのに驚いた。17時半に授業終了。Operaで、Malikと別れて、Sabrinaと一緒にGalerie Laffayet、au Primptempsで買い物。実質的にこれが最後の二人だけの時間になるとは思ってもいなかった(何も買ってあげることができなかったのが残念。パリ滞在最後の日でお金が残っていたら何かプレゼントしてあげたのに…)サングラスがあまり似合わないと言ったの原因で、口もきいてくれなくなってしまい、挙句の果てにオペラ座前で「そこに一人でいて、少ししたら戻ってくるから」と言われてしまった。20分ぐらいしても戻ってこない。しばらくしたら、Malikが現れた。事情を説明した。それから再度携帯で連絡。Malikが戻ってきているのがわかったせいかどうかわからないが、戻ってきた。しかし、どこへ行っていたのか一向に教えてくれない。
それから、3人でオペラ座近くのマクドナルドに行く。マックに入ってから、自分に手持ちのお金がないのに気づき、「マックで待ってて、今からATMでお金を引き出してくるから」行って、マックを出る。なかなか見つからなかったが、やっとの思いで、オペラ通りでATMを見つけ、20ユーロだけ引き出す。すぐにマックに戻って飲み物、マフィンだけ注文して2回に上がってみると、二人は仲よさそうに隣どおしで食事中。邪魔をしてはいけないと思いつつ、近づく。しばらくして、マックを出る。3人でオペラ界隈のウィンドウショッピングを楽しむ。しょっちゅう、やれあれは日本人だから話しかけてみて、写真を撮ってもらうようにお願いしてなど催促されたが、アジア人らしきひとだが、日本人はなさそうだし、話しかける勇気もでなかった。
21時にオペラ駅でさようなら。明日も授業で再開を約束する。ユースに帰宅してからはすぐに休んだ。

9月29日
朝8時起床。朝食、シャワー、携帯電話で撮った写真をパソコンに取り込んだりしている間に時間が過ぎていった。10時〜11時にユースホステルの近くにあるのネットカフェで日本で更新していなかったところから遡ってブログを更新。そんなことをしている間にあっという間に1時間が過ぎていった。11時過ぎにMairie de Clichy駅から出発したが、約束の11時半を10分以上過ぎてしまった。駅にはもういなかった。それで電話をしてみて、直接教室に向かうことになったが、場所がなかなかわからず困ってしまった。一番のネックは、Sabrinaが日本式に階段読みをしていたのに対し、私がそれより1階下に見ていたのが原因。2階と1階を間違えていてなかなか見つからなかったのだ。12時半にやっと見つけた。
フランス人講師による日本語会話。一人一人に短文を復唱する形で授業が進められていった。私の順番が回ってきて、日本人であることがたちどころにわかってしまった。「ここに何しに来たのですか?遊びに来たのですか?初心者のクラスですよ。」と言われてドキドキ。挙句の果てには、前に出て、日本語で自己紹介をすることにまでなってしまった。授業終了後、語彙と漢字練習のテキストを購入。それでも安い授業料だと思った。14時にChateletのイタリア料理屋で3人と食事。くだらないことを話した。
17時半に再び同じ教室に戻って、今度はひらがなの授業。日本人講師がひらがなのカードを見せて、学生全員で一文字ずつ復唱、各自が与えられたプリントの空欄に書き込む形で授業が進められた。授業終了後、Sabrina、Malikが急いで教室を出て行ってしまったために追いつけなくて、次の教室がわからず迷子になってしまった。何人もの人にきいてやっとのことでX1の教室を探し当てた。そこでは集団授業「日本の歴史」。とてもはっきりした口調でわかりやすい講義だった。
その後、Jussieu駅でさようならをして、ユースホステルに帰宅した。途中、ネットカフェに入り、明日の約束をメッセを通してしようとしたが、とうとうSabrinaはメッセに現れなかった。この後、金、土、日と一人旅が続く。

9月30日
朝6時50分には起床していた。それから朝食、シャワーなど浴びる。
おそるおそる、レセプションの人に延泊を依頼したところ、「Monsieur,c'est complet.」と返事が返ってきてしまい、大ショック。すぐ荷造りを始め、あっという間に10時半になってしまった。それから、近くのネットカフェで次の宿探し、メールチェック、メッセ確認などする。幸い、すぐにd'Artagnanのユースホステルに電話をかけたところ、空き部屋があるとききすぐにPorte de Bagnoletまで行く。1年前に来たことがあるので地下鉄でも道に迷うことなくすらすらとたどり着くことができた。12時ごろ到着。駅の近くのATMよりお金を引き出すことができ、13時に5泊分の金額を支払う。15時に部屋に入れるのだが、その間地下でPCを起動して、今までの出来事をメモ帳に書き込んでいった。16時、ユースを出発。それからパリ第7大学に行き、日本語学科の掲示板で1年生の週の時間割を全てメモする。これで、サブリナと仮に一切連絡が取れなくなっても、クラスに行けば必ず会えると確信した。それから、Jussieu駅の近くのネットカフェに行き、メールチェック。19時半、Cité Universitaire(大学都市)の学食に行き食事。それからRERでChatelet Les Halles乗り換えでユースホステルに帰宅。すぐに休んだ。
今日は、朝からユースの宿探し、それから重い荷物を引きずって、Porte Bagnoletまでやって来て、部屋が空くまで地下で控えたりと、たいしたことができずに終わったような気がする。

10月1日
朝からたびたびサブリナに電話連絡するが一向に返信なし。いつも留守電にメッセージ吹き込むばかり。朝食時に、日本人に会う。それから、75歳の人、画家志望の青年に会う。
10時にユースを出発し、前回あまり訪問できなかったParc de la Villetteに行く。11時ごろ到着。今日は土曜日なので、12時に開くのでまだ閉まっていた。すぐにInformationに駆け込んで、地図をもらう。それから公園内にあるConservatoire(パリ音楽院)訪問。正面からは明らかに入り口が見つからず、裏側に回ってみると小さな入り口があった。それで入ろうとすると、「出入り禁止です」と入り口にいる門番らしき人に言われた。それで「私は約20年前のここのOBです」と言っても、「それは移転前の学校のことでしょ?新しくなってからもう10年もたつのでね。入るのは一切禁止です」ときつく言われた。それから、同じ路線でHoche駅に行き、以前に比較的安かった中華料理店で安いメニューを食べる。それから、すぐに出発。Bobigny-Pablo Picassoまで行き、そこから徒歩でConservatoire de Drancyまで行く。かなり長い道のりだった。Drancyに着いた時に道行くおじさんに声をかけられ「何をさがしているのですか?」と尋ねられる。「音楽院を探しているのですが…」。親切に教えてくれるが、そのとおりに行ったら見つからない。やはり地図をもう1度見直し、住所を捜してみることにした。やっとの思いで到着。かなり長い道のりだった。残念ながら、閉まっていた。しばらくそこで待ってみるがそのまま。電話かけても誰も出ない。これではどうすることもできない。すぐにバスで来た駅まで戻る。
帰り道、Châtelet Les Halls のFNACへ行き、書籍売り場で日本語、フランス語の教材、辞書などを眺める。それからPorte de Bagnoletへ帰り、ユースホステルの近くのFranprixで買い物をする。疲れていたので早めにお休み。

10月2日
昨日、会った人と朝食を共にする。同室のアラスカから来たGorgeも交えて世間話をする。
サブリナ、マリクからは連絡なし。第一日曜日なので、どこの美術館も入場無料。8時半にはユースを出発し、9時、Reaumur Sébastpol、9時5分、Châteletで1番線に乗り換えてから、日本人のツァーの人たちと一緒になった。オルセー美術館に行くらしい。Palais Royalで乗り換えてそこからオルセー美術館に行くまで同行した。倉敷から来た人達で、僕より少し年上の人達だった。美術館前でさようならをする。10時入館。
久々のオルセー美術館訪問。昨年から何度もパリを来てるのに初めて入る。訪問者はツーリストばかり。一通り眺める。大きな作品には感動した。12時15分、美術館を出る。セーヌ岸を散歩。13時3分、Châteletで地下鉄に乗る。Luxemebourgまで行く。13時33分〜14時35分、XArena(ネットカフェ)で過ごす。15時、Saint Michel通りを散歩。15時、Saint Michelで地下鉄に乗る。15時9分、Palais Royalに到着、ルーブル美術館に入る。モナリザを中心にイタリア絵画を見る。16時59分、美術館を出る。美術館を出てから、またセーヌ岸を散歩。17時55分、Châteletから地下鉄に乗る。18時10分、Châtelet Les Halls到着。ポンピドゥーセンター(Beaubourg)の近くの中華料理屋で食事。店内が中国語一色だったのには驚いた。店に入る前に写真と料理名が出てるのに読めなかったので注文できなかったが、「ワンタン?」と言われてなんとか頼むことができた。
18時45分、現代美術館に入館。現代の作品はよくわからなかった。最後まで鑑賞した。最上階から見る夜景が印象的だった。20時17分、隣接している図書館に入る。ここで、席についてみてしばらくネット検索。それから席を離れて、エスカレーターで上に上がろうとした時にかばんを置き忘れたのに気がつく。慌てて戻ってかばんを探しに行く。パリでは盗難が多いので、もうなくなったのかと焦ったが大丈夫だったので、「貴重品が入っているわけでもなかったし、まさか図書館で盗む人もいないだろう」と思いつつも不安だったが、無事、見つけることができた一安心。エレベーターで上に上がって、音楽文献のコーナーでサクソフォンに関する本を調べた。21時40分、KioskでFanta Orangeを飲んだ。22時40分Reaumur Sébastpolで乗り換え、23時10分にユースに戻り、すぐに就寝。帰った時は部屋が真っ暗だった。深夜、サブリナからSMSで連絡があった。3日15時に連絡とのこと。マリクの父へサクソフォンの返却に関して連絡してほしいとのこと。連絡先がわからないので、連絡しようがない。SMSの返事に「電話番号を教えてください」と入れておいた。

10月3日
朝7時45分起床。日本人二人、アラスカ人と朝食を取る。10時36分ユースを出発。11時44分、Châtelet Les Halls到着。12時19分、Saint Michel到着。Gilbert Jeuneで以前から探していたRobert-Cle Internationalの辞書を探す。語学コーナーでやっとのことで見つける。そのほか、ほしい本がいくつかあったが、今日のところはメモだけしておいて帰国してから、どうしても欲しくなった時に通販で買おうと思った。昼食をサンドイッチにした。14時、セーヌ岸で食べた。今日は少し曇り気味。ツーリストがいっぱいいた。再び、RER、Metroに乗り、Maison de Radio France、Pont de l'Alma、Gorge と行き、Champs Elyses 通りのAeroflotのオフィスにたどり着く。オフィスに着く少し前15時にサブリナに連絡。電源が切れそうになっているので、10分後に連絡すると伝えた。帰国の日程変更をしようと願い出たのだが、6日変更可能以外は10日まで満席とのこと。結局変更しないことにした。オフィスで話している間に時間が経ってしまい10分以上経ってしまった。、サブリナに連絡しても「もう遅いマリクの父はもういない」と言われてしまった。しかし、なんだかさっぱりわからない。少し遅れただけなのに・・・お互いそうだろうが、私としてもサブリナのためだけに1日中動いているわけではない。そのあたりをわかってほしいのだが。16時40分頃にメールでサクソフォンを返した先になっている30日まで滞在していたユースホステルにサクソフォンが届いているのか確認しに行った。しかし、受付の人は「届いていないと」と答えるばかり。17時50分、Jussieuに到着。サブリナのメール言っていた18時開始のX2教室での中国史の授業に出席した。教室に入ったところ、まだサブリナ、マリクは来ていなかった。適当な場所に座って待った。開始少し前に、サブリナ、マリク到着。授業は上の空だった。3時間に及ぶ長時間の授業。途中休憩時間にサブリナ、マリク、私でサクソフォン返却に関して話し合った。向こうの言い分では、日曜日14時マリクの父とともにClichyのユースホステルにサクソフォン返却済みとのこと。黒人の受付の人が受け取っていると言う。それで、納得して後半の授業を聞く。授業終了後、Jussieu駅で何度も「J'ai abosolument besoin de mon saxophone. Appelez-moi police!」とまで言ってしまった。しかし、後で冷静に考えてみれば、そんなことを言うまでもなく、その時に「On va à l'auberge de jeunesse ensemble maintenant pour savoir si vous avez rendu mon saxophone à la reception.」と言って一緒にユースホステルまで行って、受付の人と話し合えばよかったのだ。今となっては遅すぎるのだが。焦っていて頭が回らなかった。向こうがどんなに帰宅が遅くなろうが、そのことのほうがもっと大事だったのだ。「帰宅のことは気にしないで」ぐらい言えればよかった。22時20分ユースホステルに到着。深夜、興奮して眠れなかった。

10月4日
朝、いつもより遅めの朝食になった。11時、ユースホステルを出発。今日は、実質的にパリにいられる最後の日。早速Saint Michelに行き、お目当てのDictionnaire、手帳を買った。そして、Châtelet Les Hallsに行き、一昨日行った中華料理へ行ってみるが、火曜日は定休日だった。残念。サンドイッチを買って食べる。それからFNACの語学コーナーで本を眺める。迷いに迷った挙句、「Anglais tout de suite」というフランス語で英語を学ぶ本(CD付)を買った。帰りの飛行機で聞いてみたが、これが当たりの本だった。英語も癖のないきれいな発音でわかりやすいし、フレーズもやさしいものばかり。このくらい簡単だと勉強意欲も沸いてくる。
16時、la Defenceに行ったが、あの新凱旋門に上ろうとしたが今日は一般公開されておらず残念。そのまま、Jussieuに行く。駅の近くの日本料理屋で6ユーロ50の定食を食べる。17時半、先週と同じ教室の前で30分ぐらい待っていたが、サブリナ、マリクはとうとう来なかった。それから、駅前のインターネットカフェに行ってメールチェック。19時に教室前に戻るが、もう授業はすでに終わっていた。今日はパリ最後の夜。悔いが残らないようにLa tour de Montparnasseに行って最上階からパリ市内の夜景を見に行くことにした。駅に着いて、すぐ書店を見つけ、DVDを探し、「New York New York」を衝動買いしてしまう。それから、Pauleというパン屋さんでサンドイッチ、ファンタオレンジを買う。ベンチに腰掛けて、サンドイッチを食べてから、La Tour de Montparnasse(モンパルナスタワー)へと向かう。58階の夜景は格別。パリの町並みが一望にして見渡せる。最上階59階に行ってみた。日本人ツァーの人達と一緒になった。20時48分〜22時30、約2時間滞在。23時ユースホステルに戻った。

10月5日 6日
昨晩23時からほとんど眠らずに荷造りなどをして、5時40分にユースを出発した。5時48分Porte de BagnoletからPC2に乗り込む。6時20分Porte de Pantin、6時27分 Gare de Nord、6時30分Nord駅から空港第2ターミナルまで約26分で到着。着いてからNavetteで出発ロビーまで移動するのに時間がかかり焦ったが、それでも着いてみると余裕の時間だった。8時50分Porte30前でMoscou行きの便を待った。この便はどうやらAIR FRANCEの飛行機らしい。機内の説明を見るとそう出ていた。Aeroflotのチケットなのにどうしてそうなのかよくわからなかった。モスクワに着いてから約4時間待たされた。その間、サブリナ似の可愛い女の子、その母、その弟の3人家族と一緒に待合席になり、胸がtどきどきした。モスクワから成田までは案外すんなりと時間が過ぎていった。帰国は本当にあっという間の出来事だった。成田に着いてから、明日の仕事の予約、母へ連絡をする。Vodafoneの充電をするため、少しの間空港ロビーに滞在した。コンビ二で買い物した時改めて帰国したんだと実感した。


September 07, 2005

バイト退職3

最近、ずっと日本語ブログのほうを更新していませんでしたが、今日久しぶりに更新します。どうも、日本語のほうはいつでも更新できるという気安さから、怠りがちでした。実は、仕事が極度に忙しくて、ブログ更新どころではなかったのです。勤務時間中はさぼりっ放しで、会社の人達にはとても迷惑をかけてしまい情けない気持ちでいっぱいです。
人それぞれには、それぞれに生き方があると思うし、貧乏でも自分の好きな語学を勉強して生きたいのが本音なのです。結局、会社の人には自分のやりたいことを誰にも告げられずに辞める結果となってしまったのがとても残念です。それに、またいつか好きな楽器を再開したいと思っています。

それで、今日から「ぜったい音読挑戦編」を再開しました。記録ではレッスン5の1週目で止まっていたので、今日はレッスン6から再開。

それから、渋谷のBook1で、本を2冊買いました。

コレクションフランス語(聞く)
Vingt Mille Lieues Sous Les Mers par Jules Verne

聞く練習と読む練習のための本、それぞれ1冊ずつです。

 


August 17, 2005

Sabrinaのブログ紹介

僕の分身Sabrinaのブログを紹介します。

なぜか、勝手に(笑)僕の写真を掲載していて、多数の見知らぬフランス人を笑いの渦の巻き込んでいるのが心苦しい(^_^;)
時々、翻訳ソフトを使って怪しき日本語を書いているが、僕がコメントで添削すると、すぐにそれをあたかも自分が書いたかのように本文で更新してしまうしたたか者(>_<)(実際は僕も間違えた日本語に添削してるのだが...)最近、Jpopsを覚えてはたくさん僕のところにメッセを通して送ってくるが、なかなかうまい!とくに僕が送ってあげた「明日への扉」(I wish)のサビの部分の熱唱の録音は努力の跡が見えてきて微笑ましい(*^_^*)全部録音すると毎日のように言っていたが、まだ実現していない。

またこんなことを書いてると、削除しなくちゃならないかも、最近日本語読めるようになりつつあるからなぁ。明日、ひょっとしてこの記事ないかも!

ということで、興味のある方は訪問してください。

Sabrina et Shigeharu


melomanie at 12:08|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)友達 

新教材の導入

8月7日 耳から口へのフランス語 (学研)
8月11日 フランスの書き取り・聞き取り練習 (エディション・フランセーズ)
 
この2冊を購入し、14日あたりから耳から口へのフランス語、16日からフランスの書き取り・聞き取り練習を使用開始した。
 
今日、シャドーイングのトレーニング方法を知るために英語の「シャドーイング入門」も購入検討中。ただし、英語は適度にトレーニングをして、中心はフランス語にする。
昨日、日中寝る前に、フランスの友人が送ってくれたDVDを見る。なんと昔のドイツの無声映画だった。字幕のみ原語(独語)、フランス語ヴァージョンがあった。まさに読む映画。
 
しかし、なんという郵便事情!8月1日にSabrina、Malikが送ってくれた小包が今週の月曜日8月14日に着くのだから。しかも、7月に送ったと言っているRobertの辞書とラストサムライ(フランス語版)がまだ届いていない。
私が送ってあげた日本の雑誌はすぐ届いたのに...日本とフランス郵便事情の違いがはっきりとわかった。

melomanie at 10:27|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)勉強 

August 04, 2005

今日から仕事の時間が変わります。

夜20時から朝の8時までになります。


July 27, 2005

最近のRadio Japon のニュースから

le 22, juillet, 2005

L'espérance de vie des Japonais a encore augmenté en 2004 
 
 L'espérance de vie des Japonais a encore augmenté. Selon le ministère japonais de la Santé, l'espérance de vie des femmes japonaises était en 2004 de 85,59 ans, un chiffre qui maintient l'Archipel au premier rang mondial depuis 20 ans. Les hommes japonais, de leur côté, avaient en 2004 une espérance de vie de 78,64 ans, ce qui les classe au deuxième rang mondial après les Islandais. La différence entre les deux sexes s'est légèrement réduite, passant désormais à 6,95 ans. Selon les autorités de la Santé, ce phénomène est dû à la baisse du nombre de décès dus aux attaques cardiaques ou cérébrales et aux grippes hivernales. 

cérébrales脳の hivernale冬の

 

le 24, juillet, 2005

Les agences de voyages veulent séduire les nouveaux touristes chinois 
 
 Les agences japonaises de voyage mettent en place des formules de séjours organisés pour attirer des touristes chinois venant de zones où Tokyo va accorder des visas pour groupes. Le gouvernement va émettre des autorisations de séjour touristique pour les groupes venant de toute la Chine dès lundi. Jusque-là, ces visas n'étaient accordés qu'à des Chinois résidants dans huit régions, dont Pékin. Les agences ciblent principalement les habitants des régions du nord-est et de l'intérieur du pays.

mettre en place
cibler

比較的読みやすい項目から選択しました。

日本平均寿命、旅行会社の中国旅行者促進。それ以外のニュース項目は、比較的なじみにくかったのでタイトルのみ目を通したにとどまりました。

July 26, 2005

7月17日〜7月26日のトレーニング

Ecouter       Progressons1-12、ラジオフランス、ラジオジャポンニュース、フランス語のスラング
Parler        Progressons: シャドーイング1-9、リプロダクション1-8
Livre        Progressons 

Lire         Progressons1-9           
Ecrire       Jpopsの翻訳、Progressons: 音読筆写1-8

Dictee      なし      
Autre       友達とメッセ、英語の基礎トレーニング1章1-5、2章1、2

1週間Progressonsを使ってさまざまなトレーニングをした。CDの音声がゆっくり話しているので、教材に丁度いいと思う。シャドーイング、リプロダクションしやすい。

それと、本屋でフランス語のスラング表現という本を買って聞き始めた。メッセなどで時々使うので便利だと思う。


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July 16, 2005

7月12日〜7月16日の成果

Ecouter       準1級傾向と対策p198-203、p206-p208、RFI、仏検必須単語集18-40  
Parler        シャドーイング:準1級傾向と対策、プログレッソン、仏検必須単語集18-40

Livre        準1級傾向と対策  

Lire         p204-p205           
Ecrire       Jpopsの翻訳

Dictee      なし      
Autre       友達とメッセ、英語の基礎トレーニング

今日からプログレッソンという教材使用開始した。

手順

1) テキスト聞き内容を推測する (推測 法1回
2) テキストを聞きながら音読する 1回
3) テキストを精読し、内容を理解する 1回
4) 自力で音読する (刷り込みトレーニング 法3回〜数回
5) 音読筆写する (刷り込みトレーニング◆法3回
6) もう1度テキストを聞き内容を推測する (推測◆法1回
7) シャドーイング (テキストを聞きずっと止めないで、少し遅れてそっくりそのまま繰り返す) 数回
8) リプロダクション (テキストをフレーズごとに区切って聞き、1度止めて、もう1度繰り返す) 数回

この手順で 今日から教材プログレッソンを使用してトレーニングした。

今日の反省
5)の音読筆写がテキスト1の途中でやめてしまった。やはり、5)は一番きついと思う。7)のシャドーイング、8)のリプロダクションは比較的スムーズにいった。テキスト2は時間がなく、8)のみをした。次回は、テキスト2で、1)から順にトレーニングしてみようと思う。


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July 11, 2005

7月9日〜11日の結果

Ecouter       準1級傾向と対策p189-p196、RFI、仏検必須単語集1-17、全て  
Parler        シャドーイング:準1級傾向と対策、プログレッソン、仏検必須単語集1-20

Livre        準1級傾向と対策  

Lire         p45-p46、p189-196
           
Ecrire       Jpopsの翻訳 少し

Dictee      なし      
Autre       友達とメッセ

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7月8日のニュースから

"Le journal en français facile" du 08/07/2005
 

 
 
Avec Jean-François Cadet et Joël Costi, bonsoir à tous.
 
tapis titres
 
***/ JF : Londres retrouve ses esprits au lendemain de 4 attentats. Dernier bilan : plus de 50 morts. L'enquête promet d'être longue.
 
***/ J : Malgré tout, le sommet du G8 en Ecosse sera allé jusqu'au bout. Les participants s'engagent à augmenter l'aide au développement.
 
***/ JF : Au Soudan, l'ancien chef des rebelles du sud John Garang de retour à Khartoum. Conséquence de l'accord de paix du mois de janvier nous dira Olivier ROGEZ.
 
***/ J : Et puis c'est vendredi, à la fin du journal, la question de la semaine.
 
 
 
 
JF : "Les terroristes ne changeront pas notre mode de vie". Voilà ce qu'a dit cet après-midi la reine d'Angleterre, Elizabeth II, qui rendait visite à des blessés.
 
J : Plus de 36 heures après les 4 attentats dans les transports en commun de Londres, on sait maintenant qu'il y a eu au moins 50 morts et 700 blessés....
 
JF : Le chef de Scotland Yard, la police britannique, a confirmé la piste terroriste d'Al Qaïda. Mais il a prévenu que l'enquête allait être très longue et difficile.
 
J : Les policiers recueillent, dans les restes des wagons et de l'autobus, qui ont explosé et de l'autobus tous les indices, les traces, les objets qui pourraient permettre à l'enquête d'avancer.
 
JF : Déjà, la police pense que les explosions ont été produites par des bombes contenant chacune 5 kilos d'explosif.
 
J : Mais la vie continue dans la capitale britannique. Les Londoniens ont repris leurs occupations, comme s'il ne s'était rien passé jeudi. La plupart des lignes de métro ainsi que les bus ont fonctionné.
 
 
JF : Malgré ces attentats, le sommet du G8 est allé jusqu'au bout. Une manière de dire pour les dirigeants que le terrorisme ne changera rien.
 
 
J : Tony Blair, qui préside actuellement le club des pays les plus riches, a fait plusieurs annonces, essentiellement en direction de l'Afrique.
 
JF : D'ici 2010, l'aide au continent noir devrait doubler, soit environ 50 milliards de dollars par an. Les pays du G8 ont promis à tous les malades africains du Sida un accès aux médicaments d'ici 2010.
 
J : Le Proche-Orient n'a pas été oublié pour autant. Les Palestiniens vont recevoir une aide de 3 milliards de dollars.
 
JF : Par contre, sur le dossier du réchauffement de la planète, de la Terre, il n'y a rien de vraiment concret.
 
J : Les pays du G8 ont décidé d'une conférence, une réunion en novembre prochain à Londres en présence de la Chine et de l'Inde.
 
JF : L'ouragan Dennis est sur le centre de l'île de Cuba. Un ouragan, c'est une forte tempête, avec des vents très violents : cette fois, près de 300 km/h.
 
J : Dennis a déjà fait pas mal de dégâts dans le sud de l'ile. A Haïti ce jeudi, il y a même eu un mort dans la ville des Cayes.
 
JF : 700.000 Cubains et 2.500 touristes ont été évacués, on leur a demandé de partir. La Jamaïque et les îles Caïmans ont également été touchées par de très fortes pluies.
 
J : Dennis menace également le sud de la Floride, dans le sud des Etats-Unis. Notamment de toutes petites îles, les Keys.
 
JF :  Dans l'actualité également une image symbole de la nouvelle situation qui prévaut au Soudan depuis la signature d'un accord de paix en janvier : le retour de John Garang à Karthoum.
 
J : Cela faisait 22 ans qu'il n'était pas revenu dans la capitale soudanaise. Il faut dire, Olivier ROGEZ, que John Garang n'est pas n'importe qui...
 
BOB Q/R
 
J : Olivier ROGEZ sur RFI. Millimétrer, ça veut dire calculer au millimètre près, de façon extrêmement précise.
 
JF : C'est un rituel, une cérémonie qui revient deux fois par an en France.
 
J : Les collections de haute-couture. On parle bien sûr de mode. Cette semaine les couturiers présentaient leurs modèles, leurs créations pour la saison automne-hiver 2005-2006.
 
JF : En France, la haute-couture c'est presque une religion. La plupart des journaux en parle, les marques sont connues de tous, Dior, Lacroix, Chanel ou Givenchy...
 
 
J :...et pourtant le grand public ne peut pas acheter les modèles qui coûtent des dizaines de milliers d'euros.
 
JF : Olivier Wicker, vous êtes journaliste à Libération, vous suivez la mode. Comment se fait-il que malgré les coûts, Paris continue à être au coeur de la Haute-Couture?
 
 
SON/
 
J : Olivier Wicker du quotidien Libération.
 
JF : Le vélo et le Tour de France qui est entré aujourd'hui en Allemagne.
 
J : L'étape du jour a mené les coureurs de Lunéville, dans l'est de la France, à la ville allemande de Karlsruhe. Et c'est l'Australien Robbie MacEwen qui a gagné. C'est sa deuxième victoire depuis le début.
 
JF : Pas de changement en tête du classement général. L'Américain Lance Armstrong garde le maillot jaune.
 
J : Demain, on rentre en France après une petite promenade côté allemand.
 
JINGLE QDLS
 
JF : Avec cette semaine une question au coeur de l'actualité. Elle nous est posée par Pierre NZUNDA, de Kinshasa en République Démocratique du Congo, puisqu'elle concerne le sommet du G8.
 
J : Pierre veut savoir quels sont les pays les plus riches de la planète, puisque le G8 regroupe on le rappelle, la Russie et les 7 pays les plus riches du monde.
 
JF : En fait, ce n'est plus tout à fait exact. Pour mesurer la richesse, on utilise un chiffre, une donnée économique qui s'appelle le PIB, le Produit Intérieur Brut. En 2004, le pays qui a le plus gros PIB était évidemment les Etats-Unis.
 
J : Viennent ensuite et dans l'ordre : 2e le Japon, 3e l'Allemagne, 4e la Grande-Bretagne, 5e la France, 6e l'Italie...
 
JF : ...7e la Chine et 8e l'Espagne. Pourtant, ces deux derniers pays ne sont pas membres du G8. Pourquoi? Parce que quand le G7 a été créé en 1975, leurs économies étaient très en retard.
 
J : A l'époque, le 7e pays le plus riche, c'était le Canada, qui fait toujours partie du G8. Même si aujourd'hui, il n'est qu'à la 9e place.
 
青  人名
紫  地名
赤  未知の単語
太字  確認必要な単語
 
1度目...何も見ないでただひたすら音声を聞く
2度目...トランスクリプション見ながら聞く
3度目...もう1度何も見ないで聞く

July 08, 2005

七夕

Ecouter       準1級傾向と対策、RFI  
Parler        準1級傾向と対策、フランス語立体読解術6、プログレッソン シャドーイング

Livre        準1級傾向と対策  

Lire         18p48-p52、p183-p188
           
Ecrire       Jpopsの翻訳 少し

Dictee       フランス語立体読解術6

Autre       友達とメッセ


今日は七夕の日。Wikipedia, l'encyclopedie libreで七夕について調べてみた。文字化けを防ぐためにアクサン記号は全て省きました。自分でうろ覚えの単語も一応辞書で確認しました。(アクサン記号は付け加えました)



Tanabata

D'après un article de Wikipédia, l'encyclopédie libre.

Japonais portant le yukataTanabata (七夕, « La septième nuit [du septième mois] ») ou la fête des étoiles est une fête traditionnelle japonaise provenant à l'origine d'une légende chinoise.

La légende
Il existe de nombreuses variantes de cette légende, mais la trame, elle, est commune. Il s'agit d'une histoire d'amour entre une déesse tisserande et un bouvier (mortel). Pour lui, la déesse quitte le monde céleste, l'épouse et lui donne deux enfants (une fille et un garçon). La mère de la déesse (ou son père) finit par retrouver sa fille et la fait revenir dans le monde des dieux. Pour empêcher le bouvier, bien décidé à retrouver sa femme, d'arriver jusqu'au royaume céleste, les dieux séparent les deux mondes par une rivière infranchissable, la Voie lactée. Devant les pleurs incessants de la princesse d'un côté et du bouvier et de ses enfants de l'autre, les dieux leur accordent de pouvoir se retrouver une fois l'an, la septième nuit du septième mois.


Célébration
De nos jours, les Japonais célèbrent cette fête le 7 juillet (ou le 7 août) en portant le yukata et en décorant les feuilles de bambou. Ils écrivent leurs souhaits sur un tanzaku et les accrochent sur les feuilles. On dit que Orihime et Hikoboshi feront que les vœux deviennent réalité. Après avoir été décoré, vers minuit ou le jour suivant l'arbre en bambou est jeté dans un fleuve ou brûlé pour que les vœux se réalisent.


variante n.f.(同種のものの)変形, やや違ったもの.
trame n.f.入り組んだ事件の背景.
déesse n.f.女神.
tisserand(e) n.織工, 紡績工
bouvier n.牛飼い.
céleste n.f.天の, 天空の.
royaume n.m.王国.
infranchissable 越せない, 渡れない; 打ち勝ち難い.
Voie lactée 天の川, 銀河

voeu(x) n.m.願い, 祈願.

76266017.jpg
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July 07, 2005

昨日と今日のトレーニングより

Ecouter       準1級傾向と対策、ラジオジャポン   Parler        準1級傾向と対策、フランス語立体読解術3、4、5 シャドーイング Livre        準1級傾向と対策   Lire         18p48-p52、p183-p188             Ecrire       Jpopsの翻訳 Dictee       フランス語立体読解術3,4,5 Autre       友達とメッセ(7月5、6日) 昨日サブリナメッセの最中、たくさん写真を送ってくれた。


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July 05, 2005

昨日と今日の結果

Ecouter       準1級傾向と対策、RFI   Parler        準1級傾向と対策 シャドーイング Livre        準1級傾向と対策   Lire         18p-21p、p45-p47、p183-p186             Ecrire       Jpopsの翻訳 Dictee       準1級傾向と対策 Autre       友達とメッセ(7月3日) 結果としてバランスはいいように思える。問題点は、書き取りのテキストを何度も聞き返してしまう点。シャドーイングはほぼ完璧にできる問題文なので、弱点は手で書き取る速さがついていけなくなることだろう。本当に自分で情けなくなるぐらい、つづりを書く速さが遅い。長い綴りの略字を考案し、見直しの時に清書するプロセスを身に付けるしかないだろう。反省。


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July 02, 2005

書き取りのみ

Ecouter       準1級傾向と対策, 出る順単語集
Parler        出る順単語集シャドーイング

Livre        出る順単語集   

Lire         La Grammaire Pratique du Français           
Ecrire       

Dictee       出る順単語集7-8

Autre       友達とメッセ(6月30日)
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July 01, 2005

昨日と今日の学習の結果

Ecouter      準1級傾向と対策
           準1級・2級必須単語集4-6
           出る順単語集1-3
           ラジオジャポン
           ラジオフランスの易しいニュース
Parler        出る順単語集シャドーイング

Livre        出る順単語集   

Lire         RFIの記事           

Ecrire       「あなた」という歌詞の翻訳

Dictee       出る順単語集4-6

Autre       友達とメッセ(6月30日)
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