2008年09月09日

「わたし(たち)にとって大切なもの」

Special thanks for ISさん
この詩は、素敵すぎる。それを感じられる感性に感謝。

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「わたし(たち)にとって大切なもの」長田 弘

何でもないもの。
朝、窓を開けるときの、一瞬の感情。
熱いコーヒーを啜るとき、
不意に胸の中にひろがってくるもの。
大好きな古い木の椅子。

なにげないもの。
水光る川。
欅の並木の長い坂。
少女たちのおしゃべり。
路地の真ん中に座っている猫。

ささやかなもの。


ペチュニア。ペゴニア。クレマチス。
土をつくる。水をやる。季節がめぐる。
それだけのことだけれども、
そこにあるのは、うつくしい時間だ。

なくしたくないもの。
草の匂い。樹の影。遠くの友人。
八百屋の店先の、柑橘類のつややかさ。
冬は、いみじく寒き。
夏は、世に知らず暑き。

ひと知れぬもの。
自然とは異なったしかたで
人間は、存在するのではないのだ。
どんなだろうと、人生を受け入れる。
そのひと知れぬ掟が、人生のすべてだ。

いまはないもの。
逝ったジャズメンが遺したジャズ。
みんな若くて、あまりに純粋だった。
みんな次々に逝った。あまりに多くのことを
ぜんぶ、一度に語ろうとして。

さりげないもの。
さりげない孤独。さりげない持続。
くつろぐこと。くつろぎをたもつこと。
そして自分自身と言葉を交わすこと。
一人の人間のなかには、すべての人間がいる。

ありふれたもの。
波の引いてゆく磯。
遠く近く、鳥たちの声。
何一つ、隠されていない。
海からの光が、祝福のようだ。

なくてはならないもの。
何でもないもの。なにげないもの。
ささやかなもの。なくしたくないもの。
ひと知れぬもの。いまはないもの。
さりげないもの。ありふれたもの。

もっとも平凡なもの。
平凡であることを恐れてはいけない。
わたし(たち)の名誉は、平凡な時代の名誉だ。
明日の朝、ラッパは鳴らない。
深呼吸しろ。一日がまた、静かにはじまる。


memo_door at 23:34│Comments(5)TrackBack(0) 

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この記事へのコメント

1. Posted by is   2008年09月10日 00:18
こちらこそ。
こんなに共感していただけたの、
初めてです。ウレシ。
長田さんは年1くらいで
NHK「視点・論点」に出るんですよ。
…そのしゃべりも、また”地味”でいいんですよ。
ああいう大人になりたいな。

⇒こちらも、ぜひぜひのぞいてみてください。
http://blog.livedoor.jp/daiyoji/

(追伸:イベント楽しみです。)

2. Posted by いなば   2008年09月10日 18:46
確かにいい詩ですね!

「そして自分自身と言葉を交わすこと。
一人の人間のなかには、すべての人間がいる。」

というところは最近考えていることとかなり同期します。もうわしも30年生きてますし、自分の中にすべての答えはあるんでしょうね、きっと。
3. Posted by カンリ人 SK   2008年09月10日 20:47
>ISさん
共感しましたよ。かなりね。これからしばらく朝、夜と読むと思うよ。

ぼくは「何でもないもの。朝、窓を開けるときの、一瞬の感情。」というところが響きました。
一瞬の感情を、大切にしていきたい最近です。どれだけ拾い集められるか、一瞬の光。

>いなば氏
自分の中で、答えを探して、外側に投げかけて、他と共鳴していくのがいいんじゃないですか。
宮沢賢治がいうところの「有機交流電燈」だね。

「わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」
4. Posted by いなば   2008年09月11日 00:05
5 >カンリ人SK
そうですね。
共鳴、同期、共振、呼応、共感。
これは嬉しく楽しい。
その逆の感情・・・それは悲しく辛い。

わしもこのブログからも色んなものを得て、自分にも新たな世界を見出し、自分以外の世界も広がり、世界が彩りを帯びる要素になっています。それは嬉しく楽しいです。SK氏以外の世界も共鳴させるために、またブログ続けてくださいね。それがとても嬉しいです。
5. Posted by is   2008年09月11日 00:11
いなばさん、
>最近かんがえていること…
ぜひ、今度、聞かせてください。

私も30年生きてしまいました。
村上春樹「プールサイド」
(『回転木馬のデットヒート』より)
の主人公じゃないですが、
自分の寿命がどのあたりかの設定によって
この数字は様々な意味を帯びる微妙な年です。
75寿命だと、けっこうがんばらなきゃだし。
90overなら、1/3でまあまあ、
120狙うなら、まだまだ余裕って感じだし。
そんなに、余裕はないか…。

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