April 17, 2004

CCCDの時もそうだったけれど

今回もひとたび口を開いてしまうと、輸入盤規制に反対するひとりとしてラインナップされるわけで、アクセスが増えるのは良いとしても、同時に違和感も増えてしまう。それを打ち消すためにまた書かざるを得なくなる。懲りたはずだったのになあ。なので、もう少し一昨日の捕捉を。

朝日新聞の「試聴室〜今月の10枚」欄でピーター・バラカンと僕が輸入盤の扱いをめぐって対立した件から行くことにすると、これは最後は僕が折れれば、というところまで行ったわけです。が、ピーターと電話で話して決裂。吐き捨てるように「もういい」と言われて終ったのでした。
発端はリンダ・トンプソンのアルバムをピーターが今月の10枚に含めたい、としたからだったのですが、その時に僕が反対した理由は、ひとつにはディストリビューターの問題がありました。リンダ・トンプソンのアルバムはキング・インターナショナルが輸入していて、同社の連絡先を載せれば、どこの小売店でも取り寄せできる(「試聴室」欄では国内盤もインディーの場合は連絡先を記しています)。だから、国内盤と同様に紹介してもいいんじゃないか、というのがピーターの主張だったのですが、しかし、輸入盤の場合、ディストリビューターはひとつとは限りません。他にも並行輸入があるかもしれない。そういう中で特定の輸入代理店を保護する形になってしまう。
キング・インターナショナルのような大手の場合は、評論家に月の新譜情報を送ることもできるでしょうが、じゃあ、シスコは、アート・ユニオンは、ポップ・ビズは、と考えていったら、とてもじゃないが、大小のディストリビューターの輸入盤新譜情報を得て、国内盤と同じように選考会議の土俵に載せるのは無理があります。また、輸入盤で話題になって、何カ月か後に国内盤が出るという例も、洋楽にはたくさんある。輸入盤で最初に入ってきた時点で、紹介してしまったら、国内発売の時にはもう紹介できません。となると、ライセンシーを持っているレコード会社に国内発売を思いとどまらせる要因を作ってしまうことにもなる。
上記の理由で僕は輸入盤を含めることには強硬に反対したのでした。

しかし、実は僕は過去1年間に「試聴室〜今月の10枚」でかなりの数の輸入盤を紹介しています。それらはオフィシャルのディストリビューターが帯、解説、独自の商品番号付きで発売しているものです(ほとんどはウルトラヴァイブのものですが)。盤自体の製造が海外であっても、オフィシャルのディストリビューターと認められるところがあり、帯、解説、独自の商品番号付きで発売しているものは、国内盤と同様に扱う。そういう提案はしたわけです。ですので、「試聴室〜今月の10枚」の現在の選考基準もそうなっています。
そういえば、ウルトラヴァイブは最近、帯、解説、独自の商品番号付きで発売していないCDにもオフィシャル・ディストリビューターであるというステッカーを貼っていたりしますね。「WE SUPPORT LABEL AND ARTIST」とステッカーには書かれています。逆にいうと、それはウルトラヴァイブ以外の(同社から見ればアンオフィシャルな)ディストリビューター経由の輸入盤も、市場にはたくさん出回っているということでしょう。輸入盤商売もプロモーションは必要です。予算や労力をかけてそのタイトルのプロモーションしたオフィシャルのディストリビューターとしては、他の並行輸入品はそりゃあ、気に入らないはずです。しかし、どちらもただの輸入盤だったら、消費者には見分けがつくわけではない。ステッカーを貼ったところで、どれだけの効果があるかは分かりませんが、せめてのもの抵抗というころでしょうか。

さて、僕は例えば、そういうウルトラヴァイブの並行輸入品に対する感情も理解します。だから、洋楽のライセンス・ビジネスをするレコード会社が並行輸入品が入ってこないようにしたり、消費者に買われないようにしたりする努力を認めないわけではありません。国内盤に解説や対訳やボーナス・トラックを付けたりするのもそういう企業努力だったでしょう。あるいは、五大メジャー系のレーベルが自ら輸入盤部門を持って、ほぼ独占的に自社洋楽輸入盤を取り扱うようになったことも、理解できる企業努力の範囲内ではあります。
しかし、そこに法律をかませて、並行輸入を締め出そうとするのは行き過ぎにも程がある。だから、僕は反対なわけです。そういう法律が出来てしまった暁に僕が何よりも恐れるのは、輸入盤が値上がりすることでも、国内盤のCCCDを買わなければならないことでもありません。あるいは、人々の音楽離れが進み、音楽産業が壊滅することでもない。こういうことを書くと、誤解や反感を生みかねないと思うけれども、ショ〜ジキ、なのどうでもいいや、と僕は思っていたりする。
藤川毅くんや小野島大さんがネット上に書いていることを僕も注視しているし、そのエネルギーには敬服もしていますが、「今回の改定法案を通したら、日本のポピュラー・ミュージック文化は、壊滅する」と書かれていたりすると、ふと思ったりもするわけです。壊滅させちゃったらと。そこにおいては、僕ははなはだ無責任だったりする。
だって、その程度のことで壊滅するのは、文化と呼ぶほどものじゃないと思うから。音楽なんて雑草のように生えてくるものですよ。このへん、60〜70年代育ちの僕は性懲りもないアナクロ野郎で、サブ・カルチャー幻想が相も変わらず強いのかもしれないけれど、例えば、昨夜も数十人程度のライヴハウスの喧噪の中にいて思うわけです。CCCDも輸入権も何一つ波風立てられへんな、こんな海の底までは、と。五大メジャー+エーヴェックスほかの幾つかのレコード会社と、タワー、HMV、ツタヤ、新星堂ほかの大手レコード・チェーンと、そういうものが作り上げているメインストリームが壊滅したところでさ、ちゃんと雑草は生えてきますよ、今まで以上に高く、うっそうと。
メジャー・レーベルを金づるとしてきた音楽評論家としては、経済的に困ることもあるだろうけれど、でも、面白い、面白くないで言ったら、壊滅してくれた方が面白いかもしれない。実際、「CCCD以後」の今現在のことを考えても、そういう潮流の中に僕自身はいると感じている。だから、必死に守るべき程のものでもないとも思っているわけです、現在の日本のポピュラー・ミュージック文化、とりわけ、その産業構造みたいなものは。僕達はもう、その外側の野原で遊び始めているのだから。

話を戻すと、今回の改定法案が通ってしまった暁に僕が何よりも恐れるのは、一消費者としての不利益でも、音楽産業のさらなる沈没でもなくて、法律を運用する役人の判断が、音楽の現場に入りこんでくることです。それが一番嫌だ。
メジャー・レーベルが並行輸入品を締め出したいなら、ディストリビューターや小売店に圧力をかけまくってやればいい。法律に頼るな。役人に任せるな。
どう考えたって、将来的に一番怖いのはそこです。今、法案を押し進めている人々の思惑ともまったく違う方向で、法律が運用されることだってあるかもしれない。コントロールできないよりはコントロールできた方が良いに決まっているわけですから、国だって。利権を、あるいは思想をコントロールする道具をまたひとつ、官僚や政治家が手にすることになる。それが嫌だ。絶対に嫌だ。だからこそ、文化を法律によって規制することには、その目的や結果を問わず、僕は基本的に反対する。そして、そのことをちゃんと言わない限り、輸入盤なんてものに普段、親しみのない多くの人々には、今回の問題は何のことだか分からないとも思う。

なぜなら、一昨日も書いたように、輸入盤の規制、それ自体は僕ですら、当面、さして困ることではないだろうと感じている。CCCDにしたって、現状はどうかといえば、僕はどうやら、あまり困ってはいない。買わないだけですから。一消費者としては(最近のレーベルゲートCDが皮肉なことに僕のリファレンス・ラジカセであるSONY ZS-M5ではかからないので、もらうサンプル盤のほとんどが聞けないという問題がありますが、これはむしろソニーに不利益でしょう。レヴューする機会が減らざるを得ないから)。
だから、ほとんどの日本国民がCCCDにも輸入盤規制にも何の危機感も感じないだろうことは僕にもたやすく想像ができます。輸入盤規制に反対する中で、CD-DAのUS盤が入ってこなくなるとCCCDの日本盤を買わねばならない、という声があったりしますが、確かにそれがレコード協会の本当のもくろみかもしれない。だったら、ひどい茶番だなとは思う。しかし、過去に何度も書いているように、僕は現状のCCCDには問題を感じていますが、コピー・コントロール自体は著作権者、著作隣接権者の意思によってありうるものと考える立場です。その立場から見ると、今回の著作権法の改定を論議する中で、コピー・コントロールの問題まで抱き合わせて是非を問い出すと、話が複雑になり過ぎる危惧がある。そして、そこに法律や役人が絡んでくると、さらに、物事があらぬ方向に進みそうで怖くも思う。

ネットを見回っても、ここまで考え及んでいる人はほとんどいないようだけれど、著作権、著作隣接権の保護という点のみを考えれば、コピー・コントロールが施されている国内盤の方がその目的に合致しているわけですから、ノー・コピー・コントロールのUS盤の流入を著作権、著作隣接権の保護の観点から抑えるべき、とする論理は一定の説得力を持つことになります。CCCDが現在のような品質ではなく、音質や再生不良の問題がなかったら、コピー・コントロール自体には反対しない僕のような人間は、コピーされやすいUS盤の排除は、権利者の意思次第では理解しうるものという立場に立つかもしれない。
そう考えてみると、アンチCCCDのレコード・マニアの間では通ずる話が、多くの人々には、むしろ、逆の捉えられ方をする可能性だってある。なぜ、あなた達は著作権、著作隣接権がきちんと保護された国内盤を買わないのだ、と。そして、もし、そういうところにまで法律や役人が踏み込んでくるようになったら、これは本当に怖いでしょう。CCCDが不完全で消費者に不利益があることを官僚や政治家に認めさせるのと、CD-DAが不完全で著作権者に不利益があることを官僚や政治家に認めさせるのと、どちらが簡単か考えてみたら分かりますから。今回のような著作権法改定が通ってしまうなら、もっと怖いその先だって有り得ないわけではない(と書いたりするのが、あっち側の人々にヒントを与えたりしないといいけれど)。

一昨日、「究極的には、どういう社会が欲しいのか、どういう文化を楽しみたいのか、そのためにオマエは何を守らなきゃいけないのか、ということが、この件だけじゃなくて、あっちやこっちから僕達には問われているはずなんだけれどね」と書いたのは、そういうこともあってでした。レコード・マニアの論理だけじゃ、例えば、うちの母親は説得できないですからね。それよりは、「輸入可か、没収か、見えないところで役人が決めちゃうんだよ」「あら、それはいけないはねえ」という会話なら成り立つかもしれない。というようなことを考えないと、規制反対の声だって大きくはならないと思うのだな。音楽を愛する人なら、みたいな生ぬるい話じゃなくて、音楽に興味がない人にも、この著作権法改定が、世界の流れに逆行する文化障壁と市場閉鎖を生み出すことが、この国がどういう社会状況、どういう文化状況に進もうとしている兆し(のひとつ)なのか、考えてもらうようなところに持っていかないと。あるいは、僕達にそれが出来ないのだとしたら、それは音楽文化(ジャーナリズムを含む)というものの社会的存在価値(あるいは効力)がいかに小さくなってしまったかを逆説的に証明してしまうことにも思えるわけです。悔しいけれど。

memorylab at 18:26│

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