May 06, 2004

ビックリしました


http://www.vibit.com/tv/symposium.shtml
に行ってみて。二週間前の僕の思いつきがこれほどまでに増幅されうるとは。
前に僕は「ネットだけがジャーナリズムを担わなければならない時代なのか」と疑問を投げましたが、ひょっとすると、僕達は図らずも証明してしまったのかもしれないです。
「ネットだけがジャーナリズムを果たしうる時代なのです」と。
たとえ「輸入権」がひっくりかえせなかったとしても、今回のことは「BLOG以後」のネットが持つピープルズ・トゥールとしての可能性を世に示す出来事にはなったかもしれない。といって、そんなことで満足するつもりもないですが。

一昨日のシンポジウムに出演してくださった民主党の川内衆議院議員には、もちろん、僕はとても感謝しています。衆議院で頼りになるのは川内さんぐらいしかいないような状況だし。だから、一昨日のシンポジウム後の日誌にはハッキリ書けなかったのかもしれない。シンポジウムでの川内さんの発言には、僕は反対のところもある、とは。
でも、やはり書いた方が良いでしょう。僕が再販制度維持などと言い出した一番の理由は。それは「輸入権と再販制度、どちらかひとつを残すとしたら、どちらか?」という参加者からの質問に答えて、川内さんが「輸入権だ」と答えたからでした。グローバルな輸入権よりも、ジャパン・ローカルな再販制度を守れ、などと僕が書き出したのは、それに反対する意見だったわけです。川内さんがお読みになっていたら、すべて気づかれたでしょう。僕が大和魂なんて言葉を使った理由もね。
もちろん、僕も再販制度と輸入権の両方による業界保護には絶対、反対です。ただ、どちらを残すかと問われたら、僕は迷うことなく再販制度です。再販制度には音楽文化へのプラスもある。しかし、輸入権には何もない。シンプルに言えば、そう確信するからです。
再販制度についての疑問は、それこそ十代の頃からあります。また、オンライン・ショッピングが急速にポピュラーになり、さらに配信ビジネスも大きな進展を見せそうな今にあっては、音楽ソフトに対する再販制度の在り方は変わらなければならないだろう、とも感じています。しかし、ただ再販制度を廃止すれば、この国の音楽業界に明るい未来が訪れる、とは到底思えない。廃止すれば、中小の小売店が淘汰され、大型の量販店ばかりになっていくだろうこと。多くの枚数は売れないであろう優れた音楽作品をレコード会社が発売する機会が減るだろうことは想像される。廃止後のビジネス・モデルも描かずに、ただ悪者は再販制度であると決めつけて廃止を叫ぶのは、戦後処理も考えずに、ただフセインを排除すればいいのだ、とイラクに攻め込むようなものだと思う。そして、その過程でたくさんのソフトが死ぬことになる。

日本盤のレコードは高い、高い、というが、ヨーロッパとはそれほど変わらない価格だったりする。アメリカからの輸入盤は確かに安い。しかし、その安さを支えているのは、五大メジャー直系の卸が行っている、ダンピングとも言っていいような低い卸値での販売、それと、音楽好きにつけこまれて安い時給で働くことをよしとしてしまった大型レコード店の店員達(多くはフリーター)でしょう。
国内盤をもっと安く買いたい、という消費者心理も分かる。しかし、輸入盤や中古盤といった安いレコードも今の日本のマーケットには豊富にあるはず。それらが再販制度がもたらす消費者への不利益を補完してきた。逆説的だけれども、再販制度に支えられた国内盤文化があったからこそ、その外側に輸入盤文化が大きく育ったのだとも思う。
段階的に再販制度を弱いものにしていくのだったらアリ。すでに音楽ソフトの再販制度は現在は緩く運用され、6カ月の時限再販制度になっている(つまり、発売から6カ月を経過した後には割引き販売が可能になる)。それをもっと短くしてもいい。国内盤の再販制度を補完するものとして、輸入盤や中古盤の存在意義も認めればいい。貸レコードや私的コピーに関しては、僕は嫌いだけれども、同様の意義があることは認めてもいいや。音楽文化の保護、という本来の目的を最大限に果たしつつ、消費者への不利益を最小限に抑えるポイントさえ見つけられれば、少なくとも、音楽ソフトに関していえば、日本独自の再販制度は「諸悪の根源」とされるほどのものでもないと思うのだ。
そもそもね、世界に例を見ないからおかしい、という論理もどうなのか。かくいう僕もそういう論理を持ち出されると弱いタイプなのだが、でも、考えてみればそれは、他の国が認めているから「輸入権」の創設は問題ない、というのと同じ論理に過ぎない。
一昨日も書いたように、世界中に都合良く分割された市場を持ちたい、というのが多国籍エンターテインメント企業の野望なのは明らかです。それに後押しされた、川内議員によれば、わずか数人の人間が多くの人が知らぬ間に「輸入権」を作り上げてしまおうとしていた。彼らは彼らで、それは必要な革命だと思っているのかもしれない。日本も世界標準に合わせよう、という。だったら、僕は保守反動になってやろうと思うわけです。何もしなくていい。何もしないでくれ、政治家や役人は。再販制度とそれを補完するものとしての輸入盤や中古盤や貸しレコードや私的コピーが、結果的にある種のバランスを作り出している今の日本のマーケットが、実は一番良かったということになる可能性は高いのだから。少なくとも、消費者に幅広い選択肢が与えられているマーケットである、という点においてはね。

ところで、今日はクアトロのイヴェントでした。三日間にふたつもイヴェント・オーガナイズするのはキツイ。でも、良いイヴェントだったはず。打ち上げ終って、今、うちには8人が泊まっています。みんな寝静まったので、僕はネットで繋がった仲間とこれからもう一仕事。何日か以内に、また重要告知が出来るはずです。

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