売文家

売文家・鈴木陽子の取材記&雑記。医療、中国が守備範囲。

医行為の代行

「国家資格を持った中で役割があって、その分担をどうしようか。
その境界なり役割を明確にしていこうという議論であれば、私どもはそれを国家資格にするかしないかは別問題として、いい」

「(薬剤師の業務は)まさに医行為の代行をするようなものですから、そこには何が書いてあるかというと、極めて包括的な指示しかなくて、しかしながらもし何かが起これば、その責任は国家資格を持った者としてとらざるを得ない。
そういった意味での役割分担を明確にするという意味では、調剤の範囲は何なのだ」

「先生方が書かれた、これを飲ませろというだけであって、それ以上のことは何もない。
あとは薬剤師の判断で仕事ができるという意味では、そこは明確に、曖昧ではありますが業務がある。
そのことを例えば通知の中で示すのか、あるいはこういう範囲で決めるのかということを決めることが、かえって薬剤師の仕事をやりにくくする部分もあるかもしれません」

「むしろ処方せんという、まさに究極の包括的指示というものの中で仕事をする際に、看護の方々、他の業種の方々と、もちろん医師ともそうですが、その境界面については、もし国家資格を目指すのであれば、教育はもちろん大事ですし、問題点も理解はしておりますが、もう少し慎重な議論をした上で国家資格に向かうべきでは」
(2011年11月18日厚生労働省 チーム医療推進会議より)

医師が新しい領域に向かうために

「いまは医療が医者だけの判断ですべて指示を出して、それは全部、医者がやればという話にないことは確か」

「医師でなくてもできる領域は何かという検討をし、やはりできるだけその領域を増やしていただきたい。
それが医師の負担軽減にもつながる話でしょうし、医師がまた新しい領域のことに向かっていくのに、どうしても必要なことだろうと」

「どこかのところで集中的に教育をして、その結果が国家資格として担保されているということであれば、その分だけ院内における教育の労力は少なくすることができるわけですし、おそらくそこで担保された国家資格を持った人が、院内でのまた次の世代を育てるための良き教育指導者にも当然なっていくだろうと思います」

「トレーニングを受けた成果が、ちゃんとした国家資格という格好で担保されるというのは、問題を整理する形としては、非常にすっきりした形になるのではないか。
実際にこの特定医行為は、どの範囲のものはそうかということに関しては、これからさらに詰める必要はあると思います」

「国家資格であるということは、おそらくこれからいろいろな医行為がどうだということの問題を整理するのに非常にすっきりした形で、医療現場では受け入れられるのではないか」
(2011年11月18日厚生労働省 チーム医療推進会議より)

「能力なしと能力ありの看護師」の区別はありえない

「看護師だけではなくて、すべてのコメディカルが診療の補助です」

「診療の補助として、PTがリハビリをする」

「本来、医師がしたほうがいいのですよ。

しかし、それを国家資格を作ってやっているわけだから、看護師は看護師としての診療の補助をやり、薬剤師は薬剤師としてやる」

「例えば薬剤師がこういう薬だったら処方していいかということになってくると、医師の裁量権のところに入ってくると、また特定薬剤師、ここまではいいと。

特定放射線技師、ここまではいい。

そういうことをすべての業種に作ることはあり得ない」

「繃帯学1つとっても、我々医師が整形であれば上手にギブスのときに巻きますが、普通の内科の先生がギブスに繃帯を巻いても腓骨神経麻痺を起こしたりするわけです。

だから、繃帯学というと、本来は医師もやりますが、看護師のほうが慣れていますから、実際は上手なのです。

だから、それは診療の補助として看護師の大事な仕事」

「看護師の質の向上、教育は、特定の人にする必要はないということですよ。

看護教育の中にいろいろなものを組み入れていくならば、一般の看護師の全体のレベルアップをすることのほうが、医療現場では医療安全は高まります」

「一般の看護師のレベルをどんどん上げていくことによって、経験も積むわけですから。

新たに法で特定行為の特定の看護師、この人は認証の能力あり、この人は能力なしと」

「能力なしの看護師と能力ありの看護師という表現自体が、現場では結果的にあまり使われない」

(2011年11月18日厚生労働省 チーム医療推進会議より)

同じ屋根の下

「同じ屋根の下に医師と看護師が一緒にいるという状況でないのが、在宅」

「介護保険3施設で見ている方々よりも、重症の方を在宅で見ているのです。
そうしますと、在宅における医療の水準は、非常に高いものが求められているのですが、誰が担っているかとなると、これは訪問看護師が担っていると言っても過言ではない」

「在宅医療における訪問看護師のグレーゾーンの中での医療行為については、前原レポートにも出ていますが、かなりのところまで踏み込んでやっているナースがいるというのが現実なのです。
彼女たちの力によって、在宅療養者の命がつながれているというのも事実」

「在宅における、特にとりわけロングタームケアに従事しているナースたちの能力を、何らかの形で担保するということは、非常に重要」

「在宅医療において、訪問看護師に関しては、国家資格が妥当だと私は感じています」
(2011年11月18日厚生労働省 チーム医療推進会議より)

診療の補助とは何か

「診療放射線技師でいえば、放射線の照射という業務上の行為の範囲が法律上ある程度決まっているわけです。
同様に、薬剤師で言えば調剤のように、それぞれの職能や職種に応じて、その範囲は法律で決まっている」

「しかし、看護師に関していうと、そこは
“診療の補助”
ということになっていて、ほかの職種に比べて法律上の規定は曖昧なのです。
そして、医療の現場では看護師がいろいろな行為を行っているわけですが、
“診療の補助”
の範囲について解釈通知を出するにしても、一般の看護師のレベルに合わせ低いレベルで決めてしまうと、それより高度なことはできなくなってしまう。
逆にレベルの高い看護師に合わせ高度なこともOKにしてしまうと、一般の看護師が行うものとしては危くなる。
また、その結果、必要な教育・研修は何かということがきちんと特定できないのではないか」

「結論は、法律で決めるよりないと思います」

※同日、診療放射線技師の業務範囲の拡大が決定した

(2011年11月18日厚生労働省 チーム医療推進会議より)

世帯分離

「岡山県の精神医療センター、私の男版のようなところもある中島先生。
“厚労省あの野郎、この野郎”
と言い過ぎて、マスコミからもひんしゅくを買った人です。
そこに伺ってきました」

「生活保護の範囲で、アパートに入院患者さんをお出ししているんです。
OTの熱心な人がおられて、横浜の民間病院も同じことをやっていましたけれど、スタッフが泊まり込むんです。
退院する前に。
私は前から思っていましたが、そういうものに点数をつければいいと思います」

「入院している病院のスタッフが一緒に行けば、安心する。
それ以後、例えばその方の場合は愛のパトロールみたいにやっていました。
そこももしかしたら行き過ぎない頻度で点数化なのかもしれませんけれど、私が行ってごみ屋敷のような方がいました。
私はこういう人間ですから、
“これは一般的にごみ屋敷と言うのよ、足の踏み場もないから”
と言いました。
ところが、一つひとつ団扇とか骨董品だったんです」

「恐らく、家族が来たら何なのこの生活はと言われてしまう。
そうすると、本人の生活が崩れてしまう。
専門家が来ても
“何ですか片付けましょう”
なんだけれど、そこもホームヘルパーさんが入っているんですが、私みたいな大らかな人なんでしょう。
だから、御本人のいわゆる生活のレベルに応じた、ホームヘルパーの活動」

「家庭内暴力とか引きこもっている場合は親に逃げてもらうと、見事にその人が暮らしています。
人間らしくしているかどうか別として、私に電話かけるだけ、障害者110番に月に一度かかってくるだけ」

「世帯分離をしていくことが、結局その後、親との関係とか兄弟の関係で距離を置くといい家族に見える場合もある」

「世帯分離のための住宅施策は、この国が一番遅れている。
ホームヘルパーとか、医療の側のお泊りするのを制度化することが現在、民間でも公立でも行われているのでとてもいいのではないか」




(2011年12月14日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)“保護者制度・入院制度の検討”に係る作業チーム)

医者に説明されてわかるのが、患者

「引っ越したところは、商店街の裏なんです。
私はそこで愛のパトロールをやっています。
いわゆる社会から嫌がられている人、おかしな人。
私自身がおかしい、面白い人ですから」

「症状に私は関心ありません。
妄想とか幻聴や幻覚があったって、リスパダール飲んだってジプレッサ飲んだってエブリハイ飲んだって、消えない相談者はいっぱいいます。
逆に副作用で苦しんでいる。
それが医療中断につながっているわけです。
精神科医療の中でいろんな嫌な思いをしたこととか、先ほど福祉の質の悪さを言っていましたけれど、精神医療の中で人が少ないとかいろんなことがあって、そういう中で傷ついている人がたくさんいます」

「必要最小限に何を見るかと言ったら寝られているか、食べられているか、生活が成り立っているか。
医療も福祉も近隣も家族も友人も相談員も行政も、全て、人と人としての信頼関係があるか」

「内科では病識とは言いません。
自分は病気の自覚がない。
病気の自覚がない人はいっぱいいる。
なって
“あなたはこういう病気です”
と医者に説明されてわかるのが、患者。
それが最初からわかれば、患者は医者になっているということです。
是非、患者に全てを押し付けないで、愛のパトロールをみんなでやりませんか。
愛のパトロールの目線は、症状ではない。
症状を早く発見して医療で治療、福祉で支援ではなく、愛の言葉を一言かけるだけ」

「“元気?”
と言えば向こうから
“何々病院に入院してくる”
“では待っているね”
ということが大事です」

(2011年12月14日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)“保護者制度・入院制度の検討”に係る作業チーム)

健康な部分に向き合え

「いかにして本人が出てくるか。
いかにして家族が本人と距離を置くか、という形の相談支援にしないと、結局丸抱えで入院と同じことなんです」

「精神保健福祉の資格ができてから、20年ぐらい経ちます」

「囲い込むな、仕事をつくり過ぎるな、本人の可能性を信じろ、本人の健康な部分に向き合え。
そうすれば、恐らく、東日本大震災で引きこもったまま、死にたいと思った人はいないで出てきているはずです。
今この豊かな、先進国だから起きている社会現象の引きこもりを、寄ってたかってより引きこもり化させているのが、ある意味で専門家だと私は認識しております」

資格者の質

「MSWが相談者に、
“私は実はうつなのよ”
とカミングアウトしている時代です。
相談者が困っています。
“今日も死にたいという人から何本も電話がかかってきて困っているのよ”
と、相談者に言います。
言われた人は揺れて、死にたいと私のとこに電話がかかってきます。
つまり二次被害をこちら側が受けている。
それも実態です」

「精神科救急の相談窓口を充実するのは大変です」

「ソフト救急の窓口で何が起こっているか。
相談員が対応不可能で警察に相談しているんです。
何々町何丁目何番地の何々さんがこういう状態です、ということを警察に相談している場面に、私は4回出くわしました。
守秘義務が守れない。
これが実態です」

「どこに相談員がいるのか。
MSWは悩んでしまうような相談者に、カミングアウトしている。
精神科救急の相談窓口は相手の話を受け止められず、警察官に相談している。
こういう判断力も経験もない人たちが相談員をやっている。
これでは解決しません」

「PSWが資格を取る前に、閉鎖病棟に1か月とか1週間とか泊まってみなければわからない。
どんな状態になるか予測できない人が、何が相談ですか」

「例えば横浜市です。
家族支援をと言ったらレスパイトケア機能を付けました。ところが、窓口は区役所です。
区役所は5時に行くと蛍の光を流しているんです。
問題は夜に起きるんです。
10時まで開けてくれと言いました。
私は市議選に投票する前に候補者たちに言いました。
そうしたら何て言われたかというと、
“組合があるから10時まで延ばせない”」

「家族のピアサポート、ショートステイ、レスパイトケア、そして何よりも住宅施策。
私の家へ来ていただければわかるけれど、1部屋プラスの大きな家を借りられれば本人を泊めることができる。
家族を泊めることができる。
そういうふうな優しさとか愛の中で人間は回復していく」

「どちらが患者なの、という親にたくさん会います。
被害者は常に患者になるが、家庭病理とか社会病理もある」

(2011年12月14日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

※MSW
Medical Social Worker=医療ソーシャルワーカー。
主に病院において、疾病を有する患者等が、地域や家庭において自立した生活を送ることができるよう、社会福祉の立場から、患者や家族の抱える心理的・社会的な問題の解決・調整を援助し、社会復帰の促進を図る職業。
業務独占資格ではなく名称独占資格だが、「後期高齢者退院調整加算」などの人員配置基準であり、診療報酬点数評価がなされている。
社会福祉士資格の所有を条件としている病院も多い。

※PSW
Psychiatric Social Worker=精神保健福祉士。
社会福祉士、介護福祉士と並ぶ福祉の国家資格のひとつ。
名称独占資格ながら、精神保健福祉センターや保健所、精神障害者福祉施設などに必置資格に準ずる配置となっている。
精神科病院では作業療法士と同じく診療報酬業務があり、多くの精神科病院・クリニックで配置されている。

相談員というのは本人が解決する力をお手伝いするだけ

「精神障害者になると、何でそんなに相談をしなければいけないんでしょうかというぐらい、相談させられてしまう依存体質にさせられている」

「お金がある時代ではない。
1,000兆の赤字財政の中で、相談支援がメインではない。
住宅施策とか安心して利用できる精神科救急とかホームヘルパーとか、それで何よりもこういうところで大事なのはピアサポート」

「本人のピアサポート、家族のピアサポート。
多くの新しい家族が言います。
“何か家族会に行くと愚痴と運動ばかりで嫌だ”
と帰ってきます。
家に髪を振り乱した家族がみえますから私が御飯をつくって、フルコースで一緒に食べると、前にも言いましたが、
“こんな団らんな食事は何年振りか”
ということでふと我を取り戻して、御家族は解決していく」

「相談員というのは本人が解決する力をお手伝いするだけで、こちらが解決するわけではない」

「地域生活支援の中でお食事を食べて、ふと我を取り戻して職員の顔を見てにっこり笑って帰っていく。
それでいいのではないか」

「家族会にピアサポートをやっていただきたい」

(2011年12月14日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

筆箱に盗聴器を仕掛けて親が聞いている時代

「国民に精神の教育ということですが」

「筆箱に盗聴器を仕掛けて親が聞いている時代で、ものすごい社会だから、そんなことをやったら、悪口言っておいて幻聴だ妄想だと始まりますから、とんでもない。
まずは、道徳教育から始めた方がいいと思います」

(2011年11月18日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

医師と患者の信頼関係、そして患者同士の連携

「精神科医と患者との信頼関係がキーワード」

「“先生を信頼している”
と聞いたら、
“信頼している”
というから、私が、薬を飲んだ方がいいわよと言わずに、
“今日、今からタクシーで帰って、明日必ず先生のところに行って、薬を飲んでいない話をしてね”
と言ったのです。
それで、送り返して」

「彼女はちゃんと次の朝医者に行ってくれたのです。
医者が“飲みましょう”ということで飲んで、入院しないでセーフです」

「家族に行ってもらいたくない、かつてそういう被害を受けていますから。
それでタクシー会社に相談したのです。
病院は、私の自筆の手紙と診察券を渡して下さいというから、KMタクシーに電話して」

「空のタクシーがやってきて、病院側が薬を全部用意していてくれて、渡してくれました」

「薬が本当に欲しいときに、なかなか手に入らないというのが実態です。
患者同士のピアサポートが一番効力がある」

(2011年11月18日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

専門家のハローワーク

「国および地方自治体のこういう委員会とか検討会は、本当に家族の不安と、専門家のハローワークだなとずっと十何年間感じています」

「多くの仲間が望んでいることは、相談支援でもなければアウトリーチでもないですよ。
訪問看護など来られても、何のためにくるのか」

「それよりも、ホームヘルパーさんが来てくれて、一緒に買い物に行ったり、一緒に料理をつくったりという生活です」

「大体、相談する話の中身がないですもの。
話し相手です。
話し相手と、言うならば仲間同士です。
安心して話せるピア・サポートです」

「何かプランをつくるというけど、プランをつくるほどの相談なのか」

「ものすごくお金を投資していて、年間1人当たり100万とかそれ以上のお金がかかる。
その人が旧作業所に行っていれば更に100万。
それにデイケアも行っていると更に100万。
そして今度は生活保護といったら、本当にその辺のサラリーマン以上のコストがかかる」

「今、国が進めようとしている、7億円のアウトリーチにも私は反対ですし、もっと、精神障害者である前に1人の人間として、地域住民として安心して暮らせるような施策であってほしい」

「社会的入院の仲間が出てきたときに、地域の愛が必要です。
その人が出てきたいろいろな状態から少しずつよくなっていたものを受け止めてくれる、見守ってくれる。
勿論、家族もそうです」

(2011年11月15日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

自分の立ち位置ばかりにこだわらないで

「もっとちゃんと勉強をして、現場を知って」

「ちゃんと知ってからここに来て、論議すること。
自分の目の範囲だけじゃなくて、国民に向かってわかりやすい論議」

「2時間の枠の中で、1時間事務局が説明して、1時間がそういう抗議をやっていると、この(資料)論議はいつやるんですか」

「お金は2万円未満だけれど、出ているということは責任を感じて、国民の代表ですから。
そのぐらいの自負を持って。
うちのことはこう、私はこうはいいけど、もっと広げてちゃんと見てくる。
私は申しわけありませんけど、対馬の病院に泊まり、九州に泊まりですよ。
本州に泊まり、泊まり歩いていますよ。
それは委員をやっているからですよ」

「自分の立ち位置ばかりにこだわらないで」

「医者同士は言えないのですよ。
クリニックの医者がいっぱい精神保健指定医とって、診療報酬が高くて、何で義務規定にしないで、努力規定で精神科救急なんだ。
私は義務規定だと思う。
精神科医はすべからく病棟に泊まる。
そうしないと、患者から見ても臨床の質が落ちるんですよ」

「ちゃんと本音でやりましょう。
この会議の場でオープンに、公明正大に」

(2011年10月13日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム)

患者の権利法

「患者の権利法というような法律もない」

「アメリカに行ったときに
“あなたは治療を受ける権利がある”
“あなたは治療の説明を受ける権利がある”
日本はできていませんよ、インフォームドコンセント。
“あなたは治療を拒否する権利がある”
というふうなことが、もう20年前にサンフランシスコのクリニックの看板に掲げられてある」

「“5疾病”とか何とかに入って喜んでいますけど、治せないということですよ。
ここに医者がぞろっといるけど、この日本で治せない。
マスコミも、不安を煽る。
日本列島はいわゆる“うつ列島”ですよ。
入ったからって何で喜べるのか。
“バングラデシュにうつはいませんよ”
と昨日どこかの外国人が言っていましたけど、根幹を論じないで、資料を出して延々とやっていることは、私はとても不愉快です」

「最初から日本の精神科のベッド数を減らしたいというなら、幾つぐらいにしたいとか。
私も減らしたいですよ。
社会的入院を出して、ベッドを20万床ぐらいにして、マンパワーをきちんとつけて、そして、診療報酬。
この間対馬の総合病院の精神科に入院して、
“例えば他科に泊まったら幾らですか”
と言ったら21,000円でしたよ。
精神科は14,000円ですよ」

「国民にわかりやすい数字を出してやっていかないで、ごちゃごちゃ難しいことを」

(2011年10月13日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム)

家族に情報を出す必要はないんです

「徹底して本人の健康なところに光を当てて、可能性を信じたやりとりです」

「医者が音を上げて、家族が音を上げても、大体意思の疎通ができるということです。
前提はそういうことではないか」

「家族に情報を出す必要はないんです。
私の心配性の母に。
私の母が医者のところに行ったことが、失敗のもとなんです。
弟が行っていれば、失敗はしなかった」

「それを心配性の母親が行って愚痴るから、御自分のプライベートな問題で心配を抱えていた主治医が、心配性の母親の愚痴を聞いて注射を打った」

「私は健康な部分を見て、そして可能性を信じる。
いっぱい事例がありますから、いろんな若者の話が」

(2011年6月16日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

心配は、愛なのか

「心配することが、愛なのかどうか」

「医者が、私の場合ですとカルテに何回か書いているんです。
心配性の母親だと。
といいながら、母の愚痴を聞いて御自分が精神的に恋愛で悩んでおられたから、それで注射を打っちゃったという、非常に人間的な話があります」

「保護者が健全なときと、それからそういうふうに精神的に揺れるとき。
勿論、医者もそういうときがありますね。
それと、なぜ家族に嫌がっている被害妄想なのかということ考えないと」

「配偶者の場合の保護者というと、不倫をされている方もいらっしゃるんです」

「奥さんが入院させられていて、医者が男で、非常に如才ないだんなが来たりすると、医者はころっと参っちゃうんです。
私なんかは見抜きます。
これはもう被害妄想ではなくて、完全に奥様が言っていらっしゃることが背景にあって、こういうことになっていると」

「精神科というのは、すぐに病識がないと結びつけるんですけれど、強力に本人が言っているときには洞察して、そういうふうに言っているのか。
また過去のトラウマにとらわれているのか」

「打ち明けられたときに、信頼関係を結んでいただいて、丁寧に聞いていただきたい」

「叔父の緊急連絡先ということで2回呼び出されました。
叔父を退院させるのにどうしたらいいか。
人工呼吸ですから、
“在宅酸素をつけなければ、生活できない”
と。
先生、それを言ってくれたんですかと言ったら、
“これから言います”」

「本人にインフォームド・コンセントしてください」

「他科でもそういうことがあります」

(2011年6月16日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

病院以外の受け皿を

「精神保健福祉法に変わってから、随分時間が経つ」

「病院のお医者さんたちが、あるいは職員さんたちがこの制度は何たるものか。
なぜ起きたのか、なぜ必要なのかという部分がなかなか浸透しにくい」

「厚労省の方の御指導もあるんですけれども、30日以内で申請があってから通知を出しなさいということからしますと、入院したばかり、入院した翌日とか3日後ぐらいに退院請求される」

「まだ治療の途中で妄想がままあってという場合に、確かに退院の請求はありますけれども、病状も悪いという場合に、医療委員の判断としては、もう少し入院治療が必要ですと結果的になってしまうんです。
そういう諸刃の剣がある」

「長い入院を経ていて、社会的入院に近いような、引取り家族もいない。
本人1人でも暮らせない。
ただし、社会福祉施設に行くスキルもないという方が退院請求をしてきた場合を考えますと、病院さんとしてはもう退院してもらってもいいんです。
早く退院していただくとベッドが開くしという考え方がある。
だけど医療審査会の委員が退院が適当だと、その場で判断はしませんけれども、その結果が出たときにその人を引き取ってくれるのかということを、逆に病院さんはおっしゃいます」

「社会福祉施設なりあるいは受け皿としてのベッドなりという部分が担保されていると、恐らく思い切った結果がもう出せるのではないか」

(2011年6月16日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

※精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
1950年5月1日施行。
精神障害者の医療・保護、その社会復帰の促進・自立と社会経済活動への参加の促進のための必要な援助、その発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進により、精神障害者の福祉の増進・国民の精神保健の向上を図る目的で設立。







家族自身が病むときもある

「医者が患者を退院させようとすると議員にまで圧力をかけて退院させないでくれという意見もあるし、または家族が出してよと言っても、医者が不安になって出さないという例もあります」

「退院させるために、その友人が面会に行って責任を持つから退院させてくれと、何度もある病院にかけ合いますが、結局だめ。
どうしたかというと、法的に養子縁組をしたんです。
養子縁組をした結果、めでたく法的に保護者になって、退院ができた。
ここまでしなければ退院ができないという入院は、おかしい」

「私の母親は保護者として、一番不適切な人でした」

「家族自身が病むときもあるし、家族自身が心配性の人もいます」

「入院する前に、誰か親しい人でも信頼できる人がいて、私はこの人を人権擁護人に指名したいと」

「家族を含めて、指名できる。
アメリカなんかで使われている、患者の権利法という医者との関係で本人が契約して医療を使うわけですけれども、日本はそういう法律はない。
是非、本人が治療に専念して安心して入院できて退院できるための、本人が主役のそういうふうなものにしていただきたい」

(2011年6月16日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る作業チーム)

自分の家が怖い

「“認知症はどうやったらよくなるの”
と、認知症だという方に聞いたら、
“結婚すればよくなる”
ということです。
男性でした。
私はこう言ったんです。
“では、相手を探しましょうよ”」

「私はそのときに思ったんですよ。
何とか認知症疾患医療センターよりも、むしろ出会い系サイトだと。
本当に、高齢者の。
その方がお金もかからないし、幸せになると思って。
すぐ探しましょう、手伝おうかなと思ったぐらいです」

「その方が何と言ったと思いますか。
私に
“電話番号を教えて”
と言いました、反応して。
私は、
“彼がいるからだめなんだけれどもね”
“気を付けて帰りましょうね”
と入口まで送って行って、
“あなたのおうちは○○だから、向こう側からタクシーに乗ってください”
と言ったら、
“はい”
と帰ったんです」

「都会で増えるというのは、孤立という名の病気ですよ」

「“自分の家が怖い”
と言って、漫画喫茶に高齢者が泊っている時代です」

(2011年6月15日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム)

家族に見放される人

「躁うつを抱えた知り合いのことに触れさせていただきます。
ある日、本人から手首を切ったという電話が入って、救急車をとにかく呼んでアパートに駆けつけました。
一人暮らしでした」

「救急隊の人や病院の医師にも電話で相談しましたが、緊急入院は無理と、どうすることもできませんでした。
夜中で行政対応を受けるすべも、わからず、勿論、その方の家族や親戚にも来てあげてくれないか、入院手続をしてくれないかと何人かに電話をしても、家族や親戚の方は
“関わりたくない、あなたも関わらないでくれ”
との言葉が返ってきて、途方に暮れました。
家族や周囲がさんざん苦労してきたことも身近に知っていたので、家族、親族を責めることはできません」

「家族にも見放された人の居場所の確保、行政の対応で、家庭に代わるグループホームのようなところで安定してほしい。
孤立した病人を緊急に対応できる充実した施設や病院がほしい、と痛感した出来事でした」

(2011年2月24日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム)

臨床心理士や認知療法体験者の活用を

「人それぞれ個性があるだけに、うつ病もそれぞれの症状があり、治療法も画一的にはいかないというのは、言うまでもありません。
私の場合は、突然の病休を受けとめることができず、仕事で時間のない日々からギャップに戸惑い、働けるのにサボっている自分、時間があるから何かやらなくてはという、病休そのものを受けとめることに、まず、時間を要しました」

「認知療法セミナーを主治医から勧められ、参加することになりました。
そこには、NPOのメンタルサービスのスタッフを中心に、精神科医、研修の大学生、そして、同じうつ病の方が5、6人いました。
初めてのときは緊張もしましたけれども、不思議なほどの安心感がありました。
知らない人たちの中なのに、自分の病気を受けとめてわかってくれようとしている人たち。
同じ悩みを抱える人たちの中で、素直な自分の感情や思っていることを泣きながらも、正直に話すことができました」

「医師の言葉かけに助けられながら、ゆっくりと認知療法で自分と向き合うことができて、思考の癖を見つけたりとか、違う考え方を見つけたりする中で、気分は少しでも楽になるのだ、ということがわかりました」

「2010年から認知療法が医療報酬の対象になったと聞いて、喜んでいます。
ただ、それをできる医師がいなくて、なかなか実施されるところが少ない。
医師ではなくても実施できるように、認知療法専門の資格を得たものが広く行えるようなことが実現されればいいなと個人的に思いました。
また、臨床心理士の格上げや、私のように認知療法を体験した者も、何かしらのお役に立てるような気もしています」

「医師が、病院に併設するお年寄りのリハビリセンターのボランティアも紹介してくれました。
お年寄りの世話をしたり、ピアノの伴奏をして、お年寄りが歌を歌ったりとか、職場とは違う場で役に立てていることに喜びや幸福感を感じることができました」

「うつ病を体験してきた者として、一番助かったことは、自分の居場所を与えられたことでした。
それも自分が肯定感で包まれる場、そして、医師が身近に感じられたことです」

「今、医師不足の中で、一般的な診察時間は、8分から10分くらいなのでしょうか。
前もって自分の考えをまとめておかないと、あっという間に終了して、泣くだけで伝え切れないむなしさで落ち込むだけの診察では、意味がありません。
医師ではなくても、じっくりと聞いてくれるカウンセリングの時間が、どんなにほしかったでしょうか。
診察のみでは、うつ病治療は済まないことを実感しました」

(2011年2月24日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム)

放射線のリスクはない、という言い方は科学的にできない

「放射線のリスクはない、という言い方は科学的にできない」

「例えば1人の患者さんが来られて、肺がんの患者さんだったとする。
その方の原因がたばこなのか、放射線なのかというのは、その方をどんなに調べても今の医学のレベルではわからないんです」

「被爆者が100人いて、その中で30人ががんで亡くなったとしても、その30人の方のどの方が被爆のせいで、どの方がたばこのせいかというのはわからないのが現代の科学です」

「認定は科学的に不可能なところを行政、司法の判断で判断している」

「科学的に不確実な部分を本当に科学だ、科学だと詰めていくのか。
始めからみんなで科学的に不確実だということを認めて、科学以外、科学も含めてでいいんですが、社会なり。
経済なり。
それこそ、倫理なり、愛情なり、思いやりなり。
その国の経済状況が勿論入るでしょうけれども、そういうもので援護を考えることも」

(2011年11月4日原爆症認定制度の在り方に関する検討会より)

被爆者は放射線生物学の知見に十分すぎるくらい貢献した

「私は被爆者を初期放射線被爆をしている被爆者、していない被爆者の区別をやめること、また、給付の類型化あるいは段階化を提案いたします」

「被爆者全体が放射線被爆の影響下に置かれたことは事実であり、放射線との関連性をそのように理解されるべきです」

「放射線の疾病起因性は、原爆被害総体の中に含めて理解し、疾病と放射線との共同成因的な理解、治癒遅延の理解を広く理解することが必要です。
このような理解は日常臨床の中で当然であり、医学的理解としてもごく自然なことです。
また、持続的な精神疾患に苦しんでこられた方についても、放射線との関連性を排除しないで、救済の道を広げることが求められます」

「残留放射線被爆を考慮しない線量評価は、科学的理解としても不合理であり、被爆者全体が何らかの被爆の影響を受けたことは、実際否定できません」

「認定者と却下者が区分基準の不明なまま分けられ、かつ大量に生み出されている現状は、悲痛な体験を強いられたことに対する援護の仕方として理にかなっているだろうかと自問したとき、答えは否です。
その根源的問題は、線量を体現する物理的存在として被爆者を見て、その見方を最小化する努力ではなく、それを温存する努力をしたことにあります。
理不尽さの根本はここにあったと私は考えます」

「認定基準というものは圧倒的多数を却下するため、また、認定を先延ばしするための手段と化しました」

「もはや個々人の被爆線量をもってする個々人の裁断的却下の手法は、回避すべきです。
原爆被爆者に対する行政府の高度な政治的思惑もあったでしょう。
しかし、もうそれはいいのではないでしょうか。
被爆者は放射線生物学の知見に十分すぎるくらい貢献いたしました。
しかし、もはや科学的知見なるものに従わせる思惑も、いいのではないでしょうか」

(2011年6月27日 原爆症認定制度の在り方に関する検討会より、わたり病院・齋藤紀医師の発言)

入市被爆による影響

「これはアメリカの国立公文書館にあったものですけれども、原爆関係資料ファイル番号が51番
“私の原爆症の経験”
と名づけられたものです。
概略は医学専門学校生が広島に入市し、救護、遺体の処理に当たった後、急性症状を発症したというもの」

「被害者が存命されておりましたので、お宅を訪ねて作成経過を確認してまいっております。
この方は8月8日に山口の宇部から府中町に入ります。
翌日に入市して、知人を探して牛田で巡り会って、そこで1晩過ごします。
その後、軍医と出会うことになり、その軍医の強い勧めで本川小学校の救護所で救護に当たれという指示を受け、8月10日から15日まで、途中で泉邸、現在の縮景園に移動するんですけれども、この6日間、救護と遺体の処理に当たります。
15日に高熱を発し、意識消失で、この方の父が在の方で医院を開業しておりましたので、そこに運ばれて救命の措置を受ける」

「この方の被爆線量を既知の評価を基にしてやりますと、8月8日入市ですから、1,500m地点としますとほぼゼロです。
8月10日に爆心地に入ったと仮定しますと、0.128ラドです。
いずれにしても、この6日間の総計はどのように考えても1ラドを超えることはありません」

「しかしながら、この方の臨床症状は極めて驚くべきものでありました」

「8月12日は強い頭痛。
針で刺されるような頭痛という表現がされています。
8月14日にはのどの痛み。
8月16日は唾液腺の痛み。
8月17日は、この方は先ほど父が医師と述べましたようにさまざまな治療を受けますけれども、注射部位の腕が化膿してはれてくる。
8月19日に至り、皮膚の出血、全胸部、肺部、四肢に著明な出血瘢が現れるということであります。
この時点で御本人も原爆症であるという自覚を持つに至ります。
9月に至りまして、何とか熱が下がって救命されたということに」

「唾液腺の痛み、高熱、注射部位の化膿という3つは、今日原発事故において、我々が即座に考えなければならない急性放射線症候群のトリアージ、つまり高線量被曝しているかどうかの極めて重要なメルクマールになる兆候であります。
唾液腺の痛みは、今日高線量被曝を示すものとして知られており、唾液腺の痛みがあった場合には0.5Gyを受けたものと推測されるということです」

「皮膚の出血瘢はUNSCEARの1988年の知見を基にしますと、出血を起こし、広範に皮膚出血を起こし、更に回復する場合は、被爆線量が2〜4Gyに相当すると示されております。
同時に、40度の高熱の持続が白血球の減少を示すことになるんですけれども、そのような場合、IAEAの知見に基づけば2〜5Gyの線量を浴びたと推計されるということになります。
総じて言えば、この方の症状は入市被爆ということでありましたけれども、急性放射線症候群、今日考えるARSという症候群の2〜4Gyに相当する被害であった」

「当時救護のために入市した軍人たちにも発熱や点状出血、脱毛があったということがしっかりと記録されております。
広島原爆戦災史第1巻総説に書かれてあることです」

(2011年6月27日 原爆症認定制度の在り方に関する検討会より、わたり病院・齋藤紀医師の発言)

残留放射線被曝

「ごく低線量域と見られる被爆群であっても、疾患によっては有意のリスクのあることが示されました。
日本衛生学会雑誌、2008年の渡辺らの論文であります」

「この論文はLSSの第12報を基にして、広島県全住民を1として比較した場合に、この0.005Sv未満被爆者群は男性で死亡原因は問わず、全死因で1.193倍。
がんだけに限って、全がんをまとめて考えた場合1.241倍。
白血病で3.15倍、固形がんで1.181倍、肝臓がんで1.733倍。
女性においても全死因で1.076倍、肝臓がんで1.889倍、子宮がんで1.767倍」

「岡山県の全住民を対象として、それを1とした場合でも、同様にこの0.005Sv未満被爆者のリスクは示されておりました。
すなわち、少なくとも0.005Sv未満の遠距離群、つまり、これまで被爆ゼロと見なしてきた群に健康影響がない、あるいは無視できるものであるとは必ずしも言えない」

「入市被爆者も、被曝の影響はないと言われてきた方たちであります。
入市被爆者に見られる白血病調査は、残留放射線被曝を鋭敏にとらえるものとしてとても有意義です。
1945年から1967年までの集計で、広瀬文男によってなされました」

「白血病の発症率は、非被爆者10万人比2.33人に対して、爆発後3日以内までに入市した被爆者では、10万人比9.69人。
4日から7日まで入市した被爆者は4.04人と高く、しかも放射性起因性が高いとされる慢性骨髄性白血病が高率だったということも、この結果の信頼性を示したもの」


「広瀬論文に対して、当時のABCCから入市地点が区別されていないこと、入市被爆者の母数に変動があること、被爆者の健診制度から発症の過剰な方へのバイアス、過剰集計があるのではないかなどの疑問が出されました。
が、入市日や入市期間は被曝リスクを考慮する、依然として有力な指標であることは動きません。
母数の変動幅は、10万人比発症数を大きく変化させるほどの変動幅はありませんでした。
不治、難治、重度徴候の白血病は町医者のレベルでこそ発見されるもので、健診制度があるから過剰にその疾患を選択するというバイアスは少ない。
ABCCからの批判は、広瀬論文の価値を減ずるものでは到底ありませんでした。
入市被爆者の白血病調査はその後も続けられており、1970年から90年における調査が鎌田七男氏らによって行われ、過剰リスクは依然として持続。
入市日当日で、男性3.44倍とされました」

「8月6から8月9日まで入市した方が、10万人比9.69人の白血病が発生しております。
これは、非被爆者の約4.2倍」

「入市被爆者においても、慢性骨髄性白血病が高率であったということが示され、この入市被爆者の白血病の結果を信頼性のあるものとして支える知見でもありました」

「8月6日に入市した男性ですけれども、その方が一般の方と比べると3.44倍。
95%信頼区間が2.10倍から5.39倍」

(2011年6月27日 原爆症認定制度の在り方に関する検討会より、わたり病院・齋藤紀医師の発言)

原爆被害は未解明

「集団訴訟の結果、明らかになったことの一つが、原爆被害についてまだまだ未解明なことが多いということです。
放射線影響研究所の大久保利晃理事長が、中国新聞のインタビューに
“原爆放射線による晩発影響で、わかっているのは5%程度かもしれない”」

「高齢化した被爆者の公平な援護を図るという立場から、被爆者の疾病には何らかの形で放射線が関与していると見るべきです」

「愛媛県松山市に住む廣田閲子さんは、3歳7か月のときに、広島の爆心地から600mの鷹匠町で被爆しました。
背中、腹部、両手両足にやけどを負いました。
まさに奇跡的に助かったと言っても過言ではありません。
被爆後は身体中からうみが出て、そこにウジ虫が入り込み、高熱と下痢、下血が続き、食べ物はほとんど摂れませんでした。
髪の毛がぱらぱらと抜け落ちて丸坊主になりました」

「9歳のときにリウマチ、17歳のときに狭心症と肝臓病の診断を受けました。
49歳で網膜剥離、59歳で甲状腺に水泡」

「今も、全身多発性関節リウマチ、甲状腺腫、副甲状腺水泡、狭心症、慢性胃炎、逆流性食道炎、うつ病、肝障害などの治療のため、6か所の医療機関に通院しています」

「廣田さんは、2007年11月に副甲状腺機能亢進症と甲状腺腫瘍で原爆症認定申請を行いました。
しかし、2010年2月に却下処分を受けます。
副甲状腺機能亢進症は、申請されたデータでは疾病の有無を判断できない、甲状腺腫瘍については放射線起因性がない、というのが却下理由です」

「彼女は、普通の人が言う健康を知らない人生だったと言っています。
今、彼女を苦しめているのは主にリウマチです。
しかし、認定の対象疾病ではありません」

「“私は誰も恨まないように生きてきました。
しかし、どうして、私が原爆症と認定されないのですか。
国を恨みたくなります”」

「廣田さんのような人が救済される認定制度が、求められていると思います」


(2011年1月27日 原爆症認定制度の在り方に関する検討会より)

残留放射線、内部被曝の影響

「原爆が投下されたそのとき、父は片淵町にいました。
金毘羅山の陰と家の中であったため、熱線は浴びていません」

「父は毎日爆心地を通って、避難した道の尾と旭町の間を行き来していました。
原爆の影響、放射線の影響は私より父の方がひどかったと肌で感じています。
父は被爆25年後、目じり、鼻、歯茎、爪の間から血がにじみ出る、当時、原因不明の病気で亡くなりました」

「この奇病が、原爆に無関係であるとはどうしても考えられません。
被爆者の放射線による健康被害は、初期放射線のみではなく、むしろ残留放射線、内部被曝の影響が大きいというのが私の実感です」

「1952年、アメリカの占領から解放された直後に『アサヒグラフ』が原爆特集号を出しました。
“被爆者は必ず白血病で死ぬ”
“被爆者は奇形児を生む”
といううわさが広がりました。
ショックでした。
私が被爆者であることをはっきり意識したのは、このときでした」

「娘は幼児期、よく鼻血を出しました。
それも大量にです。
私が被爆したためではないかと、気が気ではありませんでした。
元気になった今でも、不安がなくなったわけではありません。
娘は昨年、結婚することができました。
ほっとしました。
同時に、婚約が調った後、急に不安になりました。
反対されないか、本当に無事結婚できるのかという不安がどんどん大きくなっていったのです。
こんな不安にさらされるとは、全く想像していませんでした」

「被爆者の苦しみは
“被爆者であること”
それ自体です」

(2011年1月27日 原爆症認定制度の在り方に関する検討会より)

物として殺された

「16歳の中学生であった私は、動員中の軍需工場が電休日だったので、広島の爆心から1.2kmの富士見町の自宅の庭で被爆しました」

「倒壊した家の下に母がいました。
私1人ではどうにもできないような状況でした。
物すごい勢いで迫る火事嵐の火の粉が飛んできました。
そのことを伝えると、母は
“どうして消防が来ないのか”
と言いました。
母に
“広島全体がやられているんだよ”
と言ったら
“そうか”
と言いまして、そして
“それならしようがない。
早よう逃げんさい”
と言って、自分は“般若心経”を唱え始めました。
私は、その声を聞きながら、生きたまま焼け死ぬ母を見殺しにして逃げたのです」

「周りは既に火の海でした」

「家の側に備え付けられた防火用水に何人もの人が寄り添って、焼け死んでいる姿が至るところに見られました。
この世の地獄としか言えない残虐な有様でした」

「数日後、私は家の焼け跡の灰の中から、母を掘り出しました。
それはマネキン人形にコールタールを塗って焼いたような、油でぬるぬるした物体でした。
とても母の死体とは思えませんでした。
母は、人間としてではなく、物として殺されたのです。
広島と長崎での被爆者の死は、どう考えても
“人間の死”
とは言えるものではありませんでした」

「1か月後、急性症状で倒れました。
体中に赤紅色の斑点が出まして、のどの痛みでろくに物も飲み込めません。
鼻や歯茎から出血しました。
髪の毛も抜けました。
夫を原爆で失った叔母が、必死になってお医者さんを捜し回って、やっとのことで疎開している歯医者さんを見つけて、その歯医者さんが連日、注射治療をしてくれました」

「被爆後、被爆者が最も医療対策を必要としたときに、国際赤十字から広島に派遣されてきたスイス人のジュノー博士が原爆被害のすさまじさに驚いて、アメリカ占領軍に対して求めた国際的な救援の要請が拒否されました。
また、日本政府がこれに同調してアメリカに抗議もせず、救援要請もせず、被爆者を放置し見殺しにしました。
このことは、戦争という大義名分を借りたとしても、原爆投下を招いた戦争責任の問題と並んで、その非人道的な対応はまさに戦後責任に当たると言うことができます」

「私の被爆体験は、何十万人も被爆した中のほんの一例にしかすぎません。
私のように“キノコ雲”の下で直接被爆した者ばかりではありません。
被爆した家族を捜したり、救援のために入市した人々も、残留放射能にさらされたり、放射能を帯びたちりやほこりを吸い込んだり、汚染された食べ物や水を摂取して、体の外からだけでなく、体の内部でも被曝しているのです」

「原爆の被害は、このように被爆者の
“いのち、からだ”
に対する被害だけではありません。
“こころ、くらし”
についても、被爆者は、苦渋に満ちた一生を背負い続けているのです。
健康障害を抱えた上に家族を失い、家庭を崩壊されたためにその後の人生の立て直しを全く狂わされた人々、さまざまな社会的差別に苦しみ続けてきた人、被爆したために結婚や出産をあきらめた人」

「被爆2世・3世で白血病やがんによる死亡についての情報も多く寄せられていますが、未解明のまま残されています。
原爆は、被爆者に人間として死ぬことも、人間らしく生きることも許さぬ被害を、与え続けています」

(2011年1月27日 原爆症認定制度の在り方に関する検討会より)

米軍の意図が

「ABCCの基礎的なデータは残念ながら、米軍の意図があって、初期放射線の影響だけしか見ていない」

「福島でも問題になっておりますけれども、この研究に大きな欠陥があったと私は思っているんです。
そのことを科学者は認めないといけない。
初期放射線という線源から放出された放射線の影響だけは、かなり綿密に実験までやって求められている。
しかし、残留放射線の影響は全く考慮されていない」

「原因確率というのはあくまでも目安。
もともと確率そのものが、認定する場合の目安にしか過ぎないわけです。
防護のために使うわけですから、ある人間の個人の起因性を求めるものではありません」

(2011年6月13日 原爆症認定制度の在り方に関する検討会より)


※ABCC=原爆傷害調査委員会(Atomic Bomb Casualty Commission)
原子爆弾による傷害の実態を詳細に調査記録するために、広島市への原子爆弾投下の直後に米国科学アカデミー(NAS)が1946年に原爆被爆者の調査研究機関として設立。
日本の厚生省国立予防衛生研究所が正式に調査プログラムに参加した。
1975年4月に発足した(財)放射線影響研究所の前身。

私は吐き気を起こした

「精神衛生法の制定は、それまでの座敷牢や警察の裏庭にある檻の写真があまりにひどかった。
そのインパクトから、本人の人権のためにというより社会のために作られたものだ、という指摘は大変納得がいきます」

「明治時代ですが、松沢病院の前身が文京区の向ヶ丘に建設されたのですが、4年ほどで巣鴨に再移転させられています」

「隣接する宮内省の射的場から、病院の構内にしばしば銃弾が飛び込むので危険なので移転してほしい、というものです。
この移転のときの宮内省の態度について
“おいだしてかいたたき”
というほかない、私は吐き気を起こした、とこの『私説松沢病院史』の著者岡田靖雄先生は書いています。
地図によると、たまたま誤射したという範囲を超えています。
これは当時の責任ある立場の人が、精神疾患者を忌み嫌い病院に向かって射撃練習をしたのを、部下たちが見習ったとしか思えません。
象徴的な事実です」

「この怒りは、私は是非、これからの改革のためには共有させていただきたい。
やはり人権、これは個別の法律がどうのというよりも前に、弾をこうやって撃つような、そういう野蛮な時代はもう終わりにしていただきたい。
それから家族を障害者保護の含み財産だと位置づけることももうやめていただいて、この機会に当事者の権利を大事にするということでその方向性を決めていただきたい」

(2011年2月9日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討会より)

ヒューマンも、ラブもない社会

「全てが家族が原因ではないけど、この家庭でなかったら違った人生があったかなというのが私です。
そういう人はたくさんいます」

「ヒューマンも、ラブもない社会ですよ。
それはこの業界もそうです。
医者もヒューマンがない。
勿論、PSWもない。
公務員も。
余裕がないのかもしれません」

「12歳の少年が強迫神経症だということで、お母さんが教師ですが相談を受けて。
彼は東海大学宇宙航空学科大学院を24歳で卒業しましたが、中国に日本中の学生の中から選抜されて胡錦濤に会った100人のひとりです。
3年前に私は
“お母さん、本当に強迫神経症だったのですか”
と言ったら
“いえ、実は精神分裂病だと言われた”
と。
“神奈川県のこども医療センターから、縄をくくっても連れていらっしゃい”
と」

「強制移送ですよ。
いわゆる民間の救急、それを使っても
“何でもいいから連れて来い。
隔離室へ入れます”」

「それからが愛ですよ。
うちの大事な息子をそんなところへ入れたくない」

「我が家に泊まったら、強迫神経症は一晩で治った。
信頼関係で。
それから、アメリカから帰国した、ハーバード大出の人がやっていたフリースクールに通い、出て、彼は大学院まで卒業したんです」

「お母さんは不安になって、何度も聞きましたよ。
“うちの息子は、統合失調症になりませんか”
そうですよね。
そう、診断されていたから」

(2011年1月20日 厚生労働省“新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討会”より)

烙印

「治療で回復している幸運な事例は、この保護者制度の対象になりません。
私のように幸運でない例の体験者側から見ますと、
“医師が提供する精神医療の水準が最適である”
という大前提が崩れている」

「これまでは統合失調症として治療されてきた患者さんが、発達障害や神経症、DVによる心的外傷によるうつ症状であったのに、誤った診断による治療で薬剤性の障害を引き起こしている」

「多くの家族は、医師の指示を守ってよくなってほしいと願っていますが、現実の精神医療水準は、投薬する薬剤がかえって混乱を引き起こしたり、適切な心理社会的療法が行われていません。
患者が最適な医療を受けるのは権利であり、社会の責任です。
家族の90%が精神疾患についての知識がない中で、家族に患者の身体拘束の責任を負わせるのはあまりにもひどいと思います。
家族が成人の家族に何かを強制する法律は、この法律以外にあるのでしょうか」

「家族に負わされてきた烙印について述べます。
いまだに家族に精神疾患発症の原因があるかのような社会的烙印を押す人がいます。
が、半世紀前に、家族原因説を発表した有名な医師が、正常な家族の方がもっとひどかったことがわかって、家族原因説は根拠がなかったことを17年後に認めています。
日本では、患者の前で、親に土下座して謝らせる家族療法を行った医師が、後年
“私のやったことは罪、万死に値する”
と、家族の前で謝っています。
家族原因説は根拠がないのです」

「今40歳代のピアカウンセリングの方たちが、うつ、依存症、アスペルガー、DV、統合失調症など、縦の症状の垣根を越えて、医療水準の向上を求めて交流を始めるようになりました。
私は、こうした動きの中から新しい希望を持っています」

(2011年1月20日 厚生労働省“新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討会”より)

ラベリング

「飛び込みもいっぱいありますが、情報は他者から一切聴かない。
つまり、相手から、こういう人を紹介しますは一切いらない」

「私が自分で判断します。
日本人はその判断能力が欠けている」

「この業界の人は、やたら情報を当てにするんです。
先生方も同じかもしれない」

「自分の目で、自分の耳で知ればいいんです。
患者が話もできない、字も書けない、耳も聞こえない人じゃなければ、ヘレン・ケラーじゃないんだから、通訳は要らないんですよ。
信頼ですよ。
その人の持っている本来のよさと、可能性を信じて向き合えばいい」

「この業界はたとえ見立て違いでも、ドクターのラベリングをずっと引きずっているのですよ。
何が情報なんですか。
何で自分の目で耳で相手を信じないのですか。
相手と結婚するときに、いちいち興信所を使うんですか」

「人の情報を当てにするな。
人の情報を当てにせず、自分の生活観とか、自分の専門性を前面に出す。
私だったら、精神医療の被害者という当事者性ですよ」

「医者に本当のことをなぜ、患者が話さないか。
薬を増やされるからですよ。
そういうことです」

「保護者規定がひとり歩きしているんです。
私は反対です。
削除していただきたい」

(2011年1月20日 厚生労働省“新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討会”より)

抱きしめられたかった

「精神障害者を、親が殺したことがあったんです」

「弁護士が私に
“証人に出てください”
と。
“殺された側の人権で出てください”
と言われたんです」

「裁判で、見事にお兄さんとお父さんが対峙しているのです。
私は
“……・どこかに相談に行ってくれていたら、この方と同じような家族に出会えたかもしれない。
職員はだらしないけれど。
家族同士、わかり合えたかもしれない”
と言ったときに、検察官が、ものすごい勢いで聞いたんです。
“広田証人、もし保健所に行っていたら、この殺人は回避できたんですか”」

「私はこう言いました。
“私と同じ精神障害者本人は、お父さんから抱きしめられたかったのであって、首を締められたかったのではない”」

(2011年1月20日 厚生労働省“新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討会”より)

家族が袖を引く

「この年末年始、20日間ぐらいですが。
触法精神障害者、アスペルガーの人、知的障害者の娘さんとうつ病のお母さん、乖離性障害、乖離性人格障害、境界性人格障害、統合失調症の純粋な人、躁うつ病。
いろいろな人と、忘年会と新年会をやりました」

「職員が付き添って来たときほど、本人が何もできないのです。
本人たちだけが来たときには、本当にいろいろできるのです。
可能性を奪っているのが職員であり、家族なんですね」

「家族が一緒に来たときも、こうやって袖引きますもの」

(2011年1月20日 厚生労働省“新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討会”より)

ソフト救急

「13年前から警察と救急隊周りを夜中までしています」

「夜中の12時32分です。
倒れそうになった人が警察に入って行ったんです。
それで、私も入っていったんです。
それで、
“どうされたの?”
と聞いたらその人は
“死にたい”」

「どうしたいのかと聞いたら、
“入院したい”
と言うから、神奈川県の精神科のソフト救急に電話したんです」

「“警察官はどう判断しているんですか”
と聞くので、
“警察官は事件を解決する人ですよ。
医者でもなければ看護師でもない”
警察官の判断を聞くより、私の判断です」

「却下されて、その人は警察に一晩泊まりました」

「だらしない衛生行政です」

(2011年1月7日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チームより)

家庭には保護室もないんですよ

「地域のいろいろな機関が寄ってたかってお世話をしても、大変な一つひとつのケースを、何の専門知識もない家族がいきなりその立場に立たされて、保護者になって、精神科病院の代わりもやっているんです」

「急性症状が起きても家族で対応する。
病院に行こうと言っても、本人が嫌だと言ったら、強制的にどうやって病院に連れて行くんでしょうか。
家庭には保護室もないんですよ。
スタッフも家族しかいない。
もうへとへとになってくたびれながら、状態がよくなったり悪くなったりするのを見守っているわけです」

「入院することがあるときにはガードマンを雇って車で病院に連れて行ってもらいますが、移送制度が東京都では1件しか年間しかやらない地域ですから、病院に本人が行くと言わない場合にはガードマンを雇って、1回安くて10万円です。
多くて30万円。
昔は百何十万も家族が払ったんです。
入院するときにガードマンを雇うわけですが、そのお金も家族負担で何にも保険が効かないんです。
全額家族負担です」

「なぜ医療費は公的負担でやらなきゃいけないか。
放置して置いておくと病状が非常に悪くなって地域の中のいろいろな事件につながるんですね。
家族も年間80人くらいは亡くなっているんです。
障害の方が錯乱して、急性症状で本当に心身喪失でもって家族が死ぬことがよくある」

「払えない人が病院に行かないということは絶対に起きてはいけないことです。
公的負担で通院費と入院費は払うべきではないか」

(2011年1月7日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チームより)

家族だって他人ではないか

「入院に同意するのと同じようなトラブルが、本人と家族の間に発生するということです。
これは非常にその後の家族関係に大きな影響を与えていきます」

「ある女の方がアパートを借りていて非常に状態が悪くなって隣の人にいろいろな要求をしてどなったりして大変なことになってまいりまして。
アパートから退去してほしい、ということがありました」

「絶交されていた方ですが、ようやく妹さんが見つかって。
妹さんがお姉さんに会いにきて、お姉さんの話を聞いているうちに、
“姉は正常だから、私は入院は全く反対です”
と言って妹さんはそれを拒絶してしまわれた。
お姉さんは結局入院しないで、アパートにいるわけです。
仕方がないので、不動産屋さんが自分でお金を払って、他のアパートにお願いして移っていただいたという例があります」

「入院の承諾もそうですが、その家族と本人の間に中立に立っている公的機関が判断をし、決めるということの方がよほどすっきりするのではないか」

「家族の方に非常に恣意性というか、自分を中心とした勝手なことを言う立場にもあります。
一たん病院に押し込んで、ずっと出てきてほしくない。
早く病院に入れてしまいたい。
自分の生活を防衛するために、強制的に病院に押し込んでしまおうというようなことがあるわけです」

「退院したらどうですか、という話があっても、絶対受け取らないと家族が言い張って、本人はずっとそこで社会的入院を続けていく」

「法律家も交えた中立の第三者機関、精神科の医師も入っていただいている機関できちんとやる方がいいのではないか」

(2011年1月7日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チームより)

精神疾患:4人に1人は生涯に1度はかかる可能性あり

「精神疾患を罹患し、現在治療中の人たちというのは全国民の40人に1人と言われていますが、生涯に1度はかかるであろうという人が4人に1人ぐらいいる」

「思春期精神病様体験という幻聴、幻覚ですけれども、これを思春期に体験している人たちが14%いるというのが日本の調査結果です。
ヨーロッパではもっと高い率です」

「7人に1人は今、学校で大変苦しい状況の中にある。
世田谷でも1万人の子どもたちが今現在、幻聴、幻覚を体験しながら学校に通っている。
または、引きこもりをしている」

(2011年1月7日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チームより)

内科に行くと60万円、精神科に行くと30万円

「日本の精神科の救急を自分の体をかけてやっていた金子晃一さんが倒れてしまって、精神科医のデイケアのメンバーになってしまっている痛ましい姿があるんです。
金子さんがかなり前に言っていたのは、
“同じぼけ老人が内科に行くと60万円、精神科に行くと30万円”」

「精神科、例えば入院したときには、看護師とか医者が少なくていいという精神科特例とか。
非常に安い精神科医療とか。
いろんなものの構造上の遅れが全て精神科に重なってきている中で、多くの精神科の患者が社会的入院という形で、入院している間に施設症になってしまって」

「家族のところに帰るときには、浦島太郎やタロ子さんになっている」
(2011年7月26日、新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討会より)

「認知症、5歳で倍々」は30から始まっている

「日本で若い人の認知症として男性が多いというのは、実は65未満の男性では脳卒中、脳出血、特に皮下出血の割合が非常に多いのです。
恐らく遺伝的な背景が強いものが多いと思うんですが、単に血圧を下げてコレステロール云々というレベルでない人が多い。
そうした方々が女性の2倍以上はおられると。
これはヨーロッパなどと比べても歴然の違いです。
日本の特徴だと思います」

「認知症は、年が5歳上がるごとに倍々になっていくという有名な疫学のデータでして、85歳以上だと4人に1人。
今回の調査は3人の1人以上、下手すると2分の1かもしれない。
いずれにしても5歳刻みで上がっていくというのは有名な事実で、我々も確認しました」

「従来60歳以上で調べたんですけれども、若年性の30から見ていきますと、実は5歳で倍々というのは30から始まっている。
恐らく、世界でもこれだけかなと。
たまたまやってみたら、こんなことがもう起こっているんだということがわかったという次第でございます」

(2011年7月26日、新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討会より)

通達だけで済ます=不作為

「インジウムによる健康障害は結構、重篤な例が出ていますので、行政指導通達だけだとちょっと不安です。
逆に行政責任を問われることがあり得るのですよね。
不作為として」

「イギリスの有害物管理規則は包括的な規定が多くて、健康に有害な物であればまずリスクアセスメントをして、それからばく露防止措置をしなければいけないのですね。
インジウム及びその化合物についての別表がありまして、それに0.1mg/m3という基準値になっているのです。
発散抑制装置、局所排気装置のようなものも法令上設置が義務付けられている」

「化学物質による労働者の健康障害の防止措置のEUの指令に基づいて、イギリスがイギリス国内の規制をやっているわけです。
ドイツはもっと包括的な危険有害物管理規則というのがありまして、EUの指令と全く同じ管理ですよね。
ただEUの化学物質管理、各国がEUの基準よりもより厳しくすることは認められています」

「国際的に情報発信をするのは必要だと思うのです」

「仮にインジウムが規制される場合にどういうチャンネルがわかりませんが、諸外国に向かって情報発信していく必要はあると思います」


(2011年11月8日、化学物質の健康障害防止措置に係る検討会より)

二次汚染、二次発じん

A「二次汚染、二次発じんは結構考えられる」

「工場の食堂で食事をするときは当然作業着は着て行かないとか。
そういう細かいこともやらないと、一次のところを一生懸命抑えても、結局二次発じんで吸ってしまう」

「九大の先生が、髪の毛の表面に結構インジウムがたくさんくっ付いていると。
その前後で比べると、結構付いている。
髪の毛に付いていれば、当然、作業着にもいっぱい付いている」

B「歯医者さんで型を取ってきて最後に加工するとき、先生が横でガンガン削っていますよね。
それと同じ話ですよね。
だいぶ髪の毛に付いたりしますからね。
なるほど、そういう所に行くわけですね」

C「歯科医院では普通、溶かしたりはしないので、削った粉がどうかという問題は別ですけれども、そういうものもありますね」

D「研磨作業はどのような作業でも危ないと思います」


(2011年10月25日、化学物質の健康障害防止措置に係る検討会より)

日本はインジウムの最大消費国

「インジウムについては9割以上がITOターゲットとして使われておりますが、ほんの一部、数パーセントの用途としまして、歯科用の合金、歯科のかぶせもの等に使われている」

「調査にご協力をお願いしたのは、大手歯科用合金のメーカーです。
いろいろな種類がありますが、含有量としては数パーセント、1%を超えるものが多い」

「いわゆる圧延の作業をされ、いろいろな金属と混ぜて電気溶解炉で加熱溶融をして、小さいチップの形で、板状のものを出荷する。
これを歯科技工所に出荷して、歯科技工士の皆さん方がそれをガスバーナーで温めるなりして、どろどろの状態にしまして、これをかぶせもの等から作った鋳型に、遠心鋳造機というようなものを使って入れる、というような作業がされております」

「メーカーであっても歯科技工所であっても、いわゆるインジウムを含む合金を溶かす作業がある。
しかも、それなりの頻度で、歯科技工所においては常時行われている」

「発散抑制措置としては、局所排気装置、全体換気装置等が設置有。
作業管理としては、フェイスマスクや保護眼鏡等を使われていて、一部の作業では、しっかりした国家検定の防じんマスクを使われている、というご回答をいただいております」

(2011年10月25日、化学物質の健康障害防止措置に係る検討会より)


厚生労働省は「化学物質による労働者の健康障害防止措置に係る検討会」(座長:菅野誠一郎 (独)労働安全衛生総合研究所 環境計測管理研究グループ部長)を開催し、有害性評価と曝露評価によってリスクが高いと判断された3種類の化学物質について具体的な健康障害防止措置の検討を行い、報告書に取りまとめた。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001ypfx.html
今回の評価の対象は
(1)インジウムとその化合物
(2)コバルトとその化合物
(3)エチルベンゼン
この3種類のいずれについても規制が必要とし、リスクの程度に応じて製造・使用者に対して必要な措置を講じることを義務付けている。

餅と破壊衝動

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流山市の三輪茂侶神社で、ヂンガラ餅を見た。
ヂンガラ餅とは、1月8日に上半身裸の男たち20人ほどがよってたかって餅を奪い合い、餅の割れ方でその年の作柄を占い、豊作を祈願する神事である。
なぜ餅を奪い合ってしまうのか。

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奪い合う餅は鏡餅の下の段で、鏡餅は上3升、下5升の計8升で搗かれている。
8升の神酒、8種類の野菜を供え、社殿は8づくし。
われわれは1時前から境内で甘酒をいただいて焚き火にあたり、2時過ぎには200人ほどが今か今かと餅の奪い合いを待っていた。
が、まず社殿内で祝詞、次の年番への引き継ぎなどが粛々と行われ、そういや神事だっけかと今更ながら思い知らされるのだが、参拝客的には神事も何も、餅の奪い合いが見たいばかり。
子どもが「まだー?」と騒いで窘められていたが、カメラを構えたわれわれ大人も「まだー?」と言いたい気分であった。
寒いのである。

「最近は神社にも段々人が来なくなって。
雷神社のおびしゃも20日にあるんだけどねー。
あっちも人が少なくなって」
(地元のおばちゃん)

人が来なくなるのは、神事が単なる行事化しているからだ。
餅の割れ方で豊作を占えると、本気で思っている人間がこの場にもいるかどうか。
しかも、想定外が起こりがちなこの昨今。
豊作なのに放射能、泣く泣く出荷しなかった農家の人をも感動させるパワーがあれば、神事も安泰だと思うが、まあ、正直厳しさは否めない。

「帰りに紅白の餅とみかんがもらえるからね」
(同おばちゃん)

餅とみかんで喜ぶ子どもも、もういないだろう。
私は喜ぶが。
時代は変わった。
ヂンガラ餅も変化を余儀なくされた、らしい。

「前は、餅割りも社殿を締め切ってやってたよ」
(地元のおじちゃん)

今は戸を開放し、外でパフォーマンスもする。
見える化、である。

「昔はだって、餅も柔らかくしてから割ってたよ。
柱に打ちつけたりしてなかった。
といっても、オレがここに来たのは20年前からだけどね」
(20年在住のおじちゃん)

餅の奪い合いも、境内の説明書きには若衆がするとあるが、現時点では高齢化が顕著であった(「若衆」のどの年代層をさすのかイマイチ不明であるが、白髪で還暦過ぎてるのは確実な方は入らないと思われる)。
後継者不足で高齢者活躍、である。
太鼓がデンデンデラデラと響く中、相撲をやってるっぽいムチムチお兄さん、金髪ツンツンお兄さん、白髪のお兄さんなどなどさまざまなお兄さんたちが社殿に入場、いっせいに法被を脱ぎ捨てたのでスワとカメラを構えると、
「これが撮りたいか」
と胸の肉をかき集めておっぱいをつくり、アピールする年配のお兄さん。
カメラ目線であったが、乳毛の白さがわびしく、つい伏目になってしまう自分。
頬を染めてキャーとか叫ぶべき場面だが、平成の女はまったくもってダメだと痛感した。
今後の課題であろう。

そんなさまざまなお兄さんたちはしかし、餅を奪い合うとたちまち搗かれた餅のように湯気を上げ、ピンク色になった。
モッチモチの肉弾戦である。
ちょっと休んでる、枯れたたたずまいのお兄さんもいたが。

――さて。
なぜ餅、という問いに、答えはない。
奪い合うことに、意義があるのである。

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神は野良

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奈良は興福寺で鹿を見た。
飼い主はいない。
神の化身は、野良だった。

そういや、キリストも一遍上人も野良だ。
ほぼ、ホームレス。
そんな限りなく乞食に近い人への信仰が、なぜ地動説を唱えた科学者を弾圧するようなエラそうな団体になっていくのかが不思議だ。
宗教も政治も、「団体」になるとカネの亡者化するのは宿命みたいだし。

野良といや、人形のように生きたくないと言って家を出る、ノラって女もいた。
世間知らずのお嬢さんがフーテンのノラさん宣言をして、イプセンの戯曲『人形の家』は終わる。
その後は仕事を求めて放浪しながら、報われない恋を繰り返したりするのだろう。
時々実家に戻っては、大騒ぎして。
で、また飛び出して。
寺の軒先で雨をしのいだり。

薬師寺、クコの実がたわわだった。

野良は基本的に、食うだけである。
とにかく、食っとく。
食えるものは、ありがたく食っとく。

家に帰れば、締切りを過ぎた仕事が待っている。
はいはい、ありがたくありがたく。

海を渡る

唐招提寺、開基は鑑真。
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鑑真といえば、国際フェリーの鑑真号である。
横浜―上海航路で、3泊4日。
飯のまずさ以外は非常に快適で何度か利用したが、東シナ海が荒れると、きつかった。
カラオケで歌いまくっていた中国人も消え、部屋はもちろん屍累々。
慣れればどうということもなかったが、とにかく皆寝ているのでヒマ、いつもは混む展望風呂も誰も来ず、さびしくひとりで浮かんでいるとお湯が引いたり、押し寄せたりでうっかり溺れそうになったり。
鑑真和尚、よくこんな海を越えたものだ。
700年代の航海技術である。
何度も失敗して死にそうになりつつ、10年かけて来日を果たした。
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3泊4日で中国に行けるとは、実にいい時代に生まれた。
と、私は思っていたが、この航路も今はない。
飛行機の速さに負けたのである。
魅力的な航路が、次々と消えていった。
生まれるのが遅かった、と思わないこともない。

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邪宗門

修験道の総本山、金峯山寺(きんぷせんじ)。
吉野山を少々迷走したのでヘトヘト気味だったが、蔵王堂を見た瞬間、疲れは吹っ飛んだ。
このメラメラと立ち上るパワーは何。
飛び込んだ蔵王堂内部は坊さん以外、女ばかりであった。
この先には女人禁制の大峰山があるが、禁制にでもしないと女に埋め尽くされるんだろう。


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本堂には3体の蔵王権現がある。
蔵王権現はインド起源ではない、日本独自の神だ。
秘仏として滅多に開帳されないが、怒りまくったえらい形相らしい。
日本独自の神様は、意外にも荒々しいのだ。
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それにしても。
日本の宗教的文化遺産をめぐるほど、天皇家は神仏分離令、修験禁止令に抵抗しなかったのかと残念に思うが、まあ、国家権力には抵抗できなかったのだろう。
気の毒に。
祖先の功績を、進んで否定したとはとても思えない。
明治以降は仏壇をどうしたのだろう――出家した天皇もいるのだから、仏壇のひとつやふたつありそうだが。
近代以降は、出家する自由はあったのか。

外来の神がダメなら、蔵王権現ぐらいいいじゃないか。

……などと言えるのは、豊かな時代に生まれた者の余裕、なのだろう。
選択肢がないがゆえの強さもある。
選択肢が多いがゆえの地獄もある。

今でも金峯山寺は力強く、蔵王権現の形相は十二分に恐ろしい。
人間の感覚はそう変わってはいないのだ。
今の地獄は、昔と違うのだろうか。







神頼み

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吉野山は弘願寺。
歯の病気に霊験あらたか、というので一心に祈る。
実は、左上の奥歯が痛いのである。

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しかし多忙により11月に歯科受診予約をキャンセル。
以降、時間が取れず。
年末になればなるほど取れず。
さらに、年末に片付かなかった仕事が年始から山。
……。
いや、わかってるんすよ。
行かなくちゃいけないということは。
寺じゃなく、歯医者さんに。
でも、神様。
いつ行けるかわからないのですが。
今更行くと、怒られるような気すらしてるのですが。



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くだらない祈りですみません神様。
愚かなわたしをどうか許して。
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Profile
鈴木陽子
20代までを肉体労働と旅に明け暮れ、旅行誌に紀行を連載したのをきっかけに30歳で売文家業に。中国情報系新聞の記者、男性向けフリーペ−パー編集者、書籍のゴーストライター、映画や芸能評論、歯科業界紙や医療機材メーカーの広告、患者向け医療ガイドなど、来るもの拒まず執筆中。
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