歯技同人誌「鱓」第10号(平成5年8月発行)森本佳秀「十七の疑問・不思議」より。著者は大阪大学歯学部附属歯科技工士学校卒の歯科技工士。著者があげた17の疑問のうち、歯科系のものを抜粋した。

『一、保険点数
補綴関係が低いのは言うまでもないが、保険点数でおかしな点が多々ある。一番疑問なのは双子鈎と両翼鈎が同じ点数。むずかしいほうの3/4冠がFCKよりも低いなど。治療の方でも、再診料などおかしな点が多々あるらしい。点数を決める(?)厚生省幹部に歯科大卒の学識豊かな人が多くいるはずなのに、なぜわからないのか。保険点数に反映されないのが不思議だ』


診療報酬点数にエビデンスなしとはよく言われることだが、歯科は医科以上に理不尽なルールが多い。その理由は
・まともな要望をしていない
・歯科臨床の知識豊かな官僚がいない
・出された点数に文句を言わない
の3点に集約される。

まともな要望とは、科学的根拠に基づいた国民の健康に有益な要望のことである。医科では医師会に医会、薬剤師会などの職域団体のほか、内科系学会社会保険連合(内保連)、外科系社会保険連合(外保連)、看護系学会等社会保険連合(看保連)などが、診療報酬改定に際し要望を出している。

例:内保連の「平成26年度社会保険診療報酬改定提案書」(http://www.naihoren.jp/youbou_2014/mokuji_2014.html

要望の科学的根拠を示すのが、学会だ。某医科系学会幹部で、医学部教授の話。

「診療ガイドラインをつくる目的は2つあります。ひとつは、これだけは知ってほしいという情報の提供。
もうひとつは実地臨床で使ってほしい薬剤の保険収載です。保険収載していないものをあえていれます」

「ガイドラインに記載するものは、8割ぐらいがやっているということをスタンダードにします。ということは逆に、社会保険部会(社会保障審議会医療保険部会)がこの薬剤を保険収載したいという時に、資料になるわけです。こうなってますよ、という」

「今回のガイドラインはQ&A方式ですが、保険未収載のものはAnswerには書けません。それで、解説に書く。じきこれを保険収載したいな、ということを、解説に入れ込む」

歯科では、2009年8月にやっと歯学系学会社会保険委員会連合(歯保連)が発足したが、それ以前に歯科系学会や日本歯科医師会が「まともな要望」をしていたかどうかは定かではない。
スルフォン樹脂やNi-Cr合金、CRインレーなどの歯科材料が科学的根拠もなく突然保険収載されているところをみると、恐らく、日歯にはそれだけの力――歯科系学会の学術的提言を叩き潰す力と、官僚を懐柔する力、は持っていたと思われる。だが、日歯自体に要望の科学的根拠を示す能力はないし、歯科系学会は日歯の下部組織で経済的にも政治的にも弱すぎるから、要望を出してもそれが「まともな要望」なのかは大いに疑問だ。なお、平成18年診療報酬改定から発足した先進医療(ゆくゆくは保険収載することを前提とした、保険診療との併用を認める先進医療技術)では、医科系大学・医学部から多くの医療技術収載が要望されるなか、歯科から要望された医療技術は皆無、ゼロであった。当時の大久保日歯会長がこれを歯科系学会の怠慢と批判していたが、昨今の低偏差値ぶりを見るに、いい人材が歯科大にいないというのもその一因だろう。さみしい話である。

著者のいう「厚生省幹部に歯科大卒の学識豊かな人が多くいるはず」は、ないと断言する。
点数表を動かす厚生労働省医療課の技官は13人だが、うち歯科医師は1名だけ。しかも卒後すぐ入省するため、臨床経験は皆無に等しい。若手歯科医師の歯科技工知識の乏しさからすると、歯科技工知識も皆無に近くなっていると考えるのが妥当だろう。
学会その他からのまともな要望もないところに、臨床経験も歯科技工知識もない官僚が点数を決めているのだから、それはむちゃくちゃな点数&ルールになる。そして、このむちゃくちゃな点数&ルールを認めてしまうのが歯科診療側の代表団体、日歯だ。委託歯科技工料の点数化を認めたくないがために診療報酬改定を拒否したように(昭和63年)、日歯が認めない点数は存在しない。歯科診療報酬点数&ルールが理不尽なのは、それを日歯が唯々諾々と認めているからである。

『二、歯科大増設
二十数年前、歯科大を多く増設した。そして十数年たって歯科医が過剰になった。あれだけ増設すれば過剰になるのはわかりきっている。出来の悪い子供を歯科大にいれるため、歯科医師会の後押しで新設したのだろう。国、文部省は抑えられなかったのか』


「国、文部省は抑えられなかった」のは、恐らくカネが原因。以下は1973年7月14日衆議院国会内閣委員会、山原健二郎議員の福岡歯科大学設立に関する発言。

「定員120名に対して271名という生徒が入学」

「設立認可申請をする前に入学予定者に1人300万円程度の寄付を要請、実際に入学した者の寄付金が約600万〜1000万円」

「大体約20億の金が動いたが、帳簿にあるのは6億円」

「福岡県警によれば、桐野氏への贈賄のほかに福岡県選出の保守系代議士、県会議員らに、計千数百万円が渡され、審議会委員、文部省関係計10数名に上野焼が配布され」

「さらに政治献金として6300万円、国会議員や政治家に最高1人2200万円」(1973年7月14日衆議院国会内閣委員会、山原健二郎議員の発言より)

歯科医師過剰問題は、歯科がもうけていた時代の負の遺産だ。しかし、「あれだけ増設すれば過剰になるのはわかりきっている」ものなのだが。

『三、技工士、歯科医師会の共闘
去年、技工士会と歯科医師会が保険点数アップを獲得するため共同して戦った。そして、わずかだが例年よりもアップした。どちらかに、あるいは両方に問題があったのかわからないが、なぜ、十数年も前から共闘できなかったのか。昔から共闘していれば、もう少し良くなっていたのではないかと思う』


その通り。中国共産党は少数民族同士を対立させて政府の抑圧に対する抵抗運動を分散させているが、まったく同じことが日本の歯科界にも起きている。歯科医師が歯科技工士をいじめて誰が一番トクするのか、いい加減気付くべきじゃないのか。敵を間違えた瞬間に、その勝負は負けなのに。

『四、技工士学校
私たち技工士の厳しい環境は、十数年前から顕著だ。一般の人もわかってきたようで、技工士学校を受験する人が減ってきている。それなのに全国七十数校ある技工士学校の閉校を一校以外聞いた事がない。これからは十八才人口減少で青息吐息だと思う。無理に学力の低い学生を入学させるより、閉校する所が多い方が歯科界、特に技工界のためにも良い。半分以下になれば国も歯科医師会も対策に本腰を入れるのではないか』


約20年前の文章だが、いまや歯科技工士養成所の閉校・閉科は17校に(2014年5月現在)。その原因が「技工士の厳しい環境」にあることは明白で、この20年間にも何ら状況の改善はなかった。国の推計によると、2020年の就業歯科技工士数は現在より約5000人減少し、一方で就業歯科医師数は2021年にピークを迎え、現在の10万2500人から11万200人に増加する。過剰な歯科医師が足りない歯科技工士を奪い合い、技工料金が高騰するまで、あと10年もない。