歯技同人誌「鱓」第13号(平成7年2月発行)高野敬三「技工料の価格破壊」より。著者は、昭和一ケタ生まれの開業歯科技工士。大型ラボの攻勢と、技工料価格破壊の懸念について書いている。

『「製作技工に要する費用として所定点数のおおむね70%」という、やっと実現した厚生省からの告示。さらには、補綴点数も、ようやくにして改正されました。
これらにより、技工料金の価格が安定し、これまでほとんど慢性化し、諦めていた歯科技工士の低所得からの脱出なるか、とも思われました。
ところが、ちょうどこれから技工料を上げさせてもらおうと皆が考えているこのときに、安い技工料で仕事を集めてまわる専門の人達が出てきました。大型ラボの出現です』


四国の歯科技工所だったシケンが、岡山営業所を開設したのが昭和62年。平成元年には松山、吉野川、吹田に営業所または技工所を開設しているので、大体平成に入ったぐらいから大型ラボの営業攻勢が目立ち始めたものと思われる。診療所勤務の歯科技工士が減り、外注技工が増え、そして企業形態の大型ラボが出現する、という流れだ。その後は海外への外注技工が登場するが、大型ラボよりは一般化しなかった。今のところは。
なお、厚生省に「歯科技工所運営に関する検討会」が設置されたのが平成4年。
この検討会で設備構造基準などが決まり、「歯科技工所運営マニュアル」が作成されている(http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0804/118.html)。管理しやすいよう、チマチマとしばりを入れてくる厚生省も、技工料の診療報酬点数化など肝心な部分は切り込めない。歯技分業ができておらず、歯科医師側がうるさいからだろう。大型ラボ化は歯技分業の意味もあり、歯科医師も文句をいいづらくなるし、管理もしやすくなることから、厚生省としては歓迎していると思われる。海外製補綴物への対抗策としても、ラボの大型化か、臨床歯科技工士制度ぐらいしかないのかもしれない。今のところは。

『これまで、長い年月をかけて、歯科技工士の所得を上げんがための運動を続けてきた人達は、何ともやるせなく、腹の立つ思いがしたことでしょう。
なかには、技工料を上げたとたんに仕事を取られたとか、値上げを牽制されたという話も聞こえてきます。また、職場をクビになった技工士もあるとのことです』


大阪に本社がある和田精密の営業拠点は、北海道から九州まで42と、ほぼ全国を網羅している。福岡にも「平成過ぎぐらいから営業がきた」そうで(福岡の歯科医師)、「納品は早いが安くはなく、大体地元技工所の1.2〜1.3倍だった」(同)。ただ、営業力は高く、地元技工所にとっても脅威だっただろう。営業に人を割くのも、零細ラボには難しい。

『歯科医療の一環として、常に良いものをつくっていきたいと考える技工士にとって、技工料金の価格の安定は不可欠のものです。医療のためと思えばこそ、研修や設備のための時間と、経済的ゆとりが必要だからです』


医療では価格競争より、安定供給が重要視される。だからこそ、その財源は経済に左右される諸税ではなく、社会保険料なのである。この観点からいえば、技工料金も薬価と同じく中央で適正価格を協議・決定すべきだし、歯科用金属も専売公社化して統一価格にすればいい。現物支給でもいいし。

『今、価格破壊なるものがさまざまな分野で試みられています。確かに、消費者には有難く、ひとつのブームになっているようにも見受けられます。
しかし、技工料には、この価格破壊の考え方は似つかわしくなく、また、どうしても避けたい、と思います』


価格破壊とは、要するに人件費の圧縮である。で、長時間労働・低賃金の人間が増えた結果、デフレ経済の悪循環に苦しんだ国が、確かあった。

『技工作品は、ほとんど手作業で大量生産はできません。しかも、ひとつとして同じものがない注文作品です』

『大型ラボをここでとやかく言おうというのではありませんが、歯科技工は一般企業の如くブームにのせられて“安い技工”を目指すのではなく、人間の健康を保つために少しでも効果のある、良質のものをつくることをもっと目指すべきではないかと思います』


技工助手問題や、無資格者による技工問題の発端は大型ラボだった。コストダウンは企業の命題なのだから、当然の帰結だろう。いや、「大型ラボをここでとやかく言おうというのではありませんが」。

『技工士は、つくる作品に専念しているため、ともすると患者さんという人間の存在を忘れかけそうになるのです。そのため、一般企業の目指しているものを歯科技工士の人生目標と勘違いしてしまうのです』

『どうか、技工料の価格破壊等という、技工士の生活を脅かす、自分で自分の首を絞めるようなことは考えず、安定した技工料金の上に立つ安定した生活の中で、医療の一環としての技工を目的としようではありませんか』


歯科技工の海外委託も、技工料の価格破壊の一環だ。それは、少なくとも高級で高価なイメージを保ってきた歯科の自費診療市場をデフレ化させるか、または、違法な保険補綴物を発生させるかのどちらかであり、つまりは「自分で自分の首を絞めるようなこと」になる。幸い、そこまで愚かな歯科医療従事者はまだ少ないように見える。今のところは。