歯技同人誌「鱓」第15号(平成8年2月発行)下澤正樹「歯科技工士法と無資格問題を考える」より。著者は札幌市で開業する歯科技工士。2002年度から日本歯科技工士会常務理事。

『我が国の厚生行政においては、この不特定物である人口歯一連とか義歯床材に対してさえ「承認」の手続きを必要としているのであるから、まして、特定物である「特定人の用に供する…」製作に関して一定の法規定をもって管理することは当然の体制といえよう。すなわち、歯科に関する製作では、不特定物を「材となる製品一品目づつの承認」をもって一定の水準を確保することをして歯科保健を保障しようとし、特定物を「製作者を資格保持者に限定することをもって教育水準と総供給者と名誉観をもって一定の水準を確保し歯科保健を保障するという構造とを、我が国では選択したのである』


著者がこの無資格者問題に関する記事を書いたのは、1995年11月。当時の日本歯科技工士会は、無資格者排除に厳しく臨んでいたようだ。

「処々の観点から一歩も後退を許されない状況のなかで、遵法精神に則り、まず内部から姿勢を正そうと会員指導を行うとともに、歯科技工士法に抵触する者については公的権力をもってしても排除するとの重大決意をもって運動を展開した」(2006年発行「日技会史」より、1995年の項)

資格がなければ会員になれないだろうに、日技が無資格者について何をどう「会員指導」していたのかよくわからないが、とりあえず、海外の無資格者による歯科技工も焦点だった海外委託問題では、だんまりを決め込んでいたのは確かである。2007年6月に提起された訴訟原告団には、日技会員がいたにもかかわらず。1995年の「歯科技工士法に抵触する者については公的権力をもってしても排除するとの重大決意」は、10年あまりを経て屁のごとく消え去ったようである。

『無資格者の「歯科技工」行為の容認は、単に歯科技工士の行為論だけではなく歯科医行為の変質をも余技なくするとともに、我が国の歯科医療体制における構造破壊となり、ひいては歯科保健確保への障害となろう』


歯科技工の海外委託訴訟ではまさに「海外の無資格者がつくった補綴が国民の口腔内に入れられてもいいのか」が訴えられたのだが、裁判では歯科技工士の原告らに訴えの利益がないという、いわゆる入り口論をもって門前払いを食わせた。司法は原告らに直接の被害がない、として今後予想される日本国民の被害を無視したのである。厚生労働省はこの判決を受け、全責任を歯科医師に押し付けながらも「無資格者の歯科技工行為の容認」を歯科医師に通知している。国は歯科技工士と患者を無視し、日技と日本歯科医師会は黙ってそれを受け入れたのだ。「無資格者の歯科技工行為の容認は、単に歯科技工士の行為論だけではなく歯科医行為の変質をも余技なくする」のに。

『昭和二十三年、GHQの反対等で「歯科技工士法」の制定が流れ、昭和三十年に「歯科技工法」制定、平成六年「歯科技工士法へ改正という太流の果てとして現在、いずれも法治社会は歯科技工界を計ってきた。
その現在、(ここ数年の間に)よしんば告発しなければ、歯科技工士法は外的にも内的にも自然無価値化を止めることができないから、いずれ改廃され、歯科技工界は米国型となるであろう。
また告発すれば、歯科技工士法は、現状以上の力(位置)を与えられずには居られない“水路”におのずと導かれることとなるか、無価値宣告されるかのいずれかの判示をされることとなろう』


歯科技工の海外委託訴訟原告団も、「いずれかの判示」を覚悟して訴訟に臨んでいた。裁判所は卑怯にも判示を避けたが、海外製補綴について危機感を持ち、法整備や安全性確保策を訴える意見書を採択した自治体は平成21年9月30日現在で県議会2、市議会17、町村議会20に及んでいる(http://sikagikoushi.web.fc2.com/file/21-10-21-ikensho.pdf)。国は逃げたが、少なからぬ国民が歯科技工士法に「現状以上の力(位置)」を与えようという意思を示したことは、歯科技工士制度発足以来の快挙だと思う。

『歯科技工士界は、この岐路に立っている』