昭和24年1月、會津八一は歯の不具合を日記に書いた。

毎日の来客にて遂に歯医者に行くひまなし。
（昭和24年1月9日、「日記」、會津八一全集・第11巻）


會津八一、この時67歳。
住居は新潟市南浜通二番町にあった。キイ子を看取った観音堂をいつ出たかについては記載がないが（昭和20年の日記は8月30日で途切れている）、百ヶ日法要の10月17日じゃないかと思う。憶測だが。
「歯医者に行くひまなし」とあるが、生活はむしろ、この頃落ち着いてきたのだろう。歯医者に行きたいと思えるほどに。
なお、「来客」は親戚や、八一に揮毫や原稿、講演を求めにくる記者や編集者などである。看板や表札なども気軽に書いてやっていて（「佐久間の依頼により波多野、渋谷の表札をかく」「吉野秀雄に表札を書く」「新潟中学校出身者の青山倶楽部のかんばんを書く」etc）、超ウラヤマしい。

坂口献吉の紹介による勝山という歯科医にゆく。（昭和24年1月14日）

「坂口献吉」は新潟日報社の代表取締役で、坂口安吾の兄。八一とはかねてから懇意で、新潟に疎開した昭和20年4月30日、北蒲原郡松ヶ崎浜村の飛行場まで迎えに来たのも坂口だった。

歯医者へ行く。
（昭和24年1月17日）


午後一時歯医者に行く。
（昭和24年1月19日）


歯医へ行く。今日にて神経は全く抜き了りし如し。
（昭和24年1月22日）

「如し」というのは意外だ。八一は気難しく、作品はおおらかだが何事においても厳格だった。にもかかわらず、どういう治療をしたのか歯科医師に確認しないのである。

歯医へゆく。
（昭和24年1月24日）

歯科医にゆき帰途日報社に立ちよる。湯豆腐鍋もとめる。240円なり。
（昭和24年1月27日）


「日報社」は新潟日報社のこと。

夕方社へ立ちより歯科医へゆく。
（昭和24年1月29日）

「夕方社」は夕刊新潟社で、夕方ニヒガタを刊行していた。八一はその社長である。

小柳方より帰り歯医へ行く。今日にて入歯一応完了。600円を払う。
（昭和24年1月31日）

「小柳」＝小柳胖。新潟日報社の代表取締役社長である。
「湯豆腐」が240円で、「入歯」が600円。義歯は湯豆腐2.5人前分か。もっとも、湯豆腐だけ食べたのではないだろう。八一は酒呑みだし。

なお、この頃の八一は胃酸が逆流し、たまに吐き出したりもしていた。昭和24年6月には、胃幽門狭窄症の疑いで新潟医科大学病院に入院している。手術を考慮した検査入院である。

血圧220ばかりあり。糞検査、尿検査、体温など所謂病院生活なり。
（昭和24年6月6日）


血圧220!　
腎機能も落ちている。

レントゲン撮影。医員のうちに上原威三の次男あり。幽門もあまり狭窄し居らずという。
午後、エレクトロ。
坂口献吉、小柳胖見舞いに来る。
昨夜の尿中に蛋白あり糖分は無しという。
今朝は血圧は170。
体温は朝は35.2、昼は36.2、36.6。
（昭和24年6月8日）


結局、この時は胃幽門狭窄症の手術は中止となっている。6月10日に退院。

入院料諸経費合計1400円、そのほかにレントゲン440円払う。
血圧高きためか気分緊張せず。
（昭和24年6月10日）

レントゲンが別料金なのはなぜなんだろう。新技術でもないし。
ちなみに、退院→帰宅して早々に「盗賊」に入られている。

着物3枚、帯2本、時計1個、風呂敷3枚、タオル1枚、現金5000円、ボストンバッグ1個、ハンドバッグ1個、絹織レインコート1着失われてあり。
（昭和24年6月11日）


まだ、戦後の混乱期であった。