昭和17年6月5日、ミッドウェー海戦を境に日本の敗色が濃くなっていく。
で、ガダルカナル上陸の頃に、

自転車2つに折れる。左足の膝関節と親指に怪我せじのみにて他に異状なかりしは不幸中の幸なりき。
(昭和17年8月6日)


鳩山一郎は自動車事故に遭った。

膝の関節だんだんよくなり自転車に乗れる様になる。あせもにはまだ苦しむ。軽井沢であせもを出すことを不思議がられるも事実なれば致方なし。
(昭和17年8月9日)


強運だ。自転車が折れるほどの自動車事故で死なないのであるから。

あせも漸くよくなる。ラヘンデ、ハリバ軟膏、あかちん等々色々試みたるも、きんかんが尤も有効なりし。
(昭和17年8月14日)


「ラヘンデ」=ラベンダー油。

大正12年8月17日
▲大正12年8月17日付朝日新聞。

「ハリバ軟膏」はビタミンA・D軟膏で家庭常備薬の一つだが、

昭和16年6月26日
▲昭和16年6月26日付朝日新聞。

抜歯創にもイイらしい(福岡縣 蒲地非漏志蒲地非漏志「拔齒創面ニ對スル肝油製劑『ハリバ』軟膏ノ應用ニ就テ」、福岡県歯科医師会,九州歯科医学大会々誌 第22回、昭和16年)。
 
鈴木4段。前夜12時頃急に下痢し出し、朝迄20回。午後1時迄休み、とにかく起きて対極す。
(昭和17年12月8日)

運は強くとも、胃腸は弱かった。
鳩山一郎、昭和17年は大晦日(ガダルカナルから撤退した日である)まで日記をつけているが、昭和18〜19年は丸々記載なし。昭和20年は6月10日からの記載となっている。
記載のない昭和18〜19年の間は、翼賛政治会を脱会し、政治を離れて軽井沢に隠遁を余儀なくされていた頃である。同時期、鳩山と同じく東條に批判的であった中野正剛が憲兵隊による厳しい取調の末に自殺。この時期の日記は書かれなかったのか、それは書けなかったからなのか、もしくは書いたが残らなかったのか――は、わからない。

昭和18年10月27日
▲昭和18年10月27日付朝日新聞。