2005年11月13日

『さらば愚かなる君に、愛を問う』

今日は池袋に観劇へ。
10月まではほぼヒッキーだったのに、11月は毎週何かあるw
観て来たお芝居は劇団花鳥風月の『さらば愚かなる君に、愛を問う』という作品。かいとうらんま東京組みの墨田さんが所属している劇団の本公演。

ストーリーはこんな感じ(花鳥風月HPより)
--------------------------------------------------
都内の某公園で、殺人事件が発生した。殺されたのは、3才の少年とその母親。それと近所に住む主婦2名だった。殺された4人は包丁で刺され死亡。現場近くに捨てられていた犯人と思われる遺留品から、犯人は近所の施設に住む、21才の男性である可能性が浮き彫りとなる。
事件発生から3日後、その男性は犯行を全て認めた為、逮捕された。この事件は、陪審員制度を取り入れた日本の裁判で、初めて死刑が確定した裁判となり、マスコミの注目を集める事となった。異例の早さで死刑執行の準備が進む中、被告は、拘置所の中で、1人の刑務官と出会うのであった。

『あなたは人を愛してますか?』『あなたは愛されてますか?』『愛する事を知ってますか?』劇団花鳥風月が送るヒューマンドラマ。

死刑を宣告された青年と、息子を事故で亡くした刑務官が交錯する、愛を問う物語。
--------------------------------------------------

えぇ、とても重い内容でした・・・。
現在、実際に毎日起きているニュースで扱われるような内容が全て入っていましたよ。だからかどこかTVを見てるような、舞台で展開されてる物語がまるで真実のように迫ってきてね、辛かった・・・。そして、TVではほとんど取り上げられないニュースの裏で展開しているであろうさまざまな状況がもっとリアリティをもって迫ってきて、私の目はいったい『何』を見てるんだろう?そう思ってしまいました。
ニュースで取り上げられる事件はすぐに風化していきます。しかし、当事者や加害者・被害者そしてその人々や事柄に関わる人々にとっては決して風化する事無く続いて行くわけで・・・。そういう事実を見ずして果たして私はいったい『何』を見ていて、これから『何』を見ていくのだろうと思ったんですよ。

「死刑」という事柄に対して明確な意見を持ち合わせてはいませんが、それでも「死刑」というのは私の知らない『誰か』が執行しているわけで、そんな『誰か』にはその人を名前で呼ぶ『誰か』があたりまえだけどいるわけで、私にとっては非日常であってもその『誰か』には日常なんですよね。。。
見えない・知らないからといって存在している事柄がなくなるわけは無くって、それは単に見てない・知ろうとしないって言う事なんだと再確認した次第でした。

生きていく上であらゆる事柄を把握できるほど人のキャパシティは大きくはない。だから、自分が生きていく上で最低限必要な事しか見ない・知らないというのは生きる為の安全装置だと思う。けど、こんな舞台を見ると自分の中の無理やり納得させてる部分が揺らぐんですよね。そんな舞台のせめてもの救いは登場する全ての人が死刑囚に対する愛を持っていて、それぞれの立場で彼を想い愛するという行動を行ってくれた事でした。

昔ある人に「愛って何?」と問うた事がありました。その答えは「愛とは行動だ。相手を想い、相手の為になる何かを行う事だ」でした。被害者・加害者、裁く者・裁かれる者。あらゆる者は立場が違うだけで皆誰かに愛される存在なのに、ちょっとした事でその事実を忘れてしまうんですよね。。。

mera_m777 at 20:00│Comments(0)TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
記事検索
プロフィール

米良君