2007年03月23日

観劇感想 グワィニャオン第15回 緊急公演 『ないでこ』(2007/03/03)

遅ればせながら(汗汗

3月3日。世の中が雛祭りで盛り上がっている中、行って来ました下北沢☆
目的はゾンビ!(笑
グワィニャオン第15回 緊急公演 『ないでこ』(若手演出家コンクール最終選考会)の観劇感想です。

この作品は2005年に公演された『生きてるうちが華なのよ 〜Re Living〜』からのスピンオフ(って言葉であってるかな・汗汗)作品。劇場で観てDVDが出てからはDVDでも観て、おまけDVDの体育館編も観てなんか頭の中がゾンビぃ〜!(謎 ってくらい観まくってハマった作品でしたから観に行く前からワクワクどきどき♪
でもタイトルの『ないでこ』ってなんだ???とずっと引っかかっていたんですが・・・
えぇ観たらねもうすっきり納得でした(^^;

『生きてるうちが華なのよ 〜Re Living〜』もゾンビを扱った作品であるにもかかわらずなぜか感動の涙を流してましたが(イヤ、マジデ
今回の 『ないでこ』も感動の涙でしたよ。

人というのは私を含めてものすごくバカ(中でも私は底辺に位置してるのでこのような記載はかなり気が引けるのですが・・・)です。いつもはなぁ〜んにも感じてないくせして、いざ無くなるとその大切さに改めて気付いたりするところなんかが最たる例でしょう。絶対的な何かなんてものがない事を知ってるくせして、あえて絶対的な何かを求めたりするのもまた然り。。。そんなバカな人間という存在は『生』という非常に奇跡的な事ですらも『当たり前』と思ったりしています。そんなバカな人間という存在は必然的に相対的な価値観でしか物事を認識する事が出来ませんorz
そんな愚かな人間にとって『生』を認識する為に『死』を経由するという非常に無駄な認識方法は、無駄故に非常に確実な認識方法である事は間違いないでしょう。

グワィニャオンの『生きてるうちが華なのよ 〜Re Living〜』と『ないでこ』はまさにこの『死』を経由して『生』を再認識させる為に『ゾンビ』という摩訶不思議なる存在を題材に使ってたんです。
ゾンビって言うのはブドゥー教の秘術を持って死者の肉体を蘇らせた存在ですが、蘇らせてるのは肉体のみですから人ではありません。日本に魂魄という考え方がありますがこれで言うところ魄の方ですね。魄を扱った作品で坂東眞砂子著の『死国』という作品がありますが素晴らしい作品でした。
※ちなみに映画も大好きなんですが、栗山千明のデビュー作でもあり彼女の魅力大全開でしたよ♪対する夏川結衣さんもこれまた素敵でね☆


ちょっと横道に行き過ぎましたね(汗
『ないでこ』は『生きてるうちが華なのよ 〜Re Living〜』の世界の中で舞台をある家族に絞った内容とし関連するキャラクターも登場させながら人が『生』きるという事、『生』きるという事とはいったいどういう事なのか!というところをうまく描いておりました。そして最も大きかったテーマは『家族愛』・・・。

子が親を、親が子を殺す現代に『死んでも我が子を守る』を実践する父ゾンビにね、涙が止まりませんでした。「ないでこ、ないでこ、ないでこ、ないで、こないで、こないで、こないで・・・」ゾンビになり言葉も満足に発する事が出来なくなった父ゾンビ。それでも他のゾンビから我が子を守る為に発していた言葉が「ないでこ」「いでこな」「でこない」「こないで」・・・。
すごく簡単な言葉遊びですが、込められた思いは深ぉございました。。。

残念ながら受賞は逃したとの事でしたが、入場までの長蛇の列と鮨詰め状態の会場を見た私にはあのお客さん達こそがグワィニャオンにとっての大賞だよ☆と思わせるものがありました。まぁ、それでも賞は賞。次の機会には確実にGetしてほしいなぁ〜とも思うんですけどね(汗汗

3月3日、雛祭り。
雛祭りの起源はそもそも親が子の健やかな成長を願うものだったといいます。ゾンビという雛祭りとは全く掛け離れた作品ではありましたが、実はそのテーマが雛祭りとリンクしてたということに改めて気付き、なぁ〜んだ、俺も雛祭りに参加してたんじゃん♪と改めて想いつつ〆たいと思います。


mera_m777 at 23:11│Comments(0)TrackBack(0)

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