2007年10月08日

観劇感想 劇団タイムリミッツ『鬼が見る 夢の名は修羅』(2007/9/23)

もう2週間が経ってしまいましたが(汗汗

劇団タイムリミッツ第14回公演『鬼が見る 夢の名は修羅』の感想です。
魂魄 9/29』で書いたように『鬼』に興味が強い私にはもう見る前から興奮の毎日でした(^^;

------------------あらすじ------------------
都に鬼が跋扈(ばっこ)するようになってから二年目の夏ー。
夜ともなれば鬼が人を襲い喰らうため、夜の都から人影が
消えるようになっていた。

遊郭 紫鬼屋(しきや)の人気花魁、朱羅(しゅら)−。
幼い頃、鮮やかな刀と共に捨てられていた少女。
この刀で鬼を斬れることに気づいた朱羅は、夜の都に
忍び出ては鬼を相手に戦っていた。

そんな朱羅の姿を追う、謎の男、呪樂(じゅらく)−。
二人が出逢ったその夜から、千年の眠りを破り、
鬼の王復活の運命が動き始める。

鬼を憎み、人を愛する朱羅。
心を隠し、人を欺く呪樂。

夏祭りの舞、『鬼恋歌』の物語をなぞるように、
鬼と人の戦いに巻き込まれて行く二人。
 『私が人の心を失った時には、
     呪樂が私の命を止めて・・・。』
刀越しに微笑む朱羅の手を、引き戻せない呪樂は黙って頷く。
月が満ちる夜、生き残るのは鬼か、それとも人か・・・?

劇団TIME LIMITSが二年ぶりにお贈りする、
豪華絢爛時代絵巻。

『鬼が見る 夢の名は修羅』

記憶を解く鍵は、・・・『想い』。

         タイムリミッツHPより、引用元:こちち
------------------あらすじ------------------

『修羅』というのは六道の一つ『修羅界』や『修羅場』のようにかなり負の要素を持った言葉でございます。ただでもおどろおどろしい存在である『鬼』が夢に見る『修羅』、という風に受け取った私はそこにとても切ない想いをイメージしておりました。物語は私の予想を大きく裏切り『切ない』という言葉では表わせないくらいの『想い』を私に突きつけて来ました・・・。登場人物の全てがそれぞれの『想い』を抱えてました。『人』然り、そして『鬼』然り。。。仏教用語である『因果』は自然界の『理』を見事に表わした言葉でございます。あらゆる事には原因とそして結果がございます。それを認識できるか、認めるか、受け入れるかという事と関係なくそれはそこに在るものです。。。

物語の起因となる『鬼』。都に鬼が跋扈する様になった結果には、愛する妹を敵国に嫁に嫁がせる事を拒んだ兄の『想い』が原因としてございました。ある因果がまた別の因果へと繋がりさらにまた別の因果へと繋がっていく。舞台という造られた存在ではありますが、この世と同じように因果の糸が絡まったあの都は、私が認識する『世界』と対等に存在する一つの『世界』でございました。
主人公の女性の名前は朱羅(しゅら)、捨て子であった彼女の隠された事実が中盤から明らかにされました。都に語り継がれていた「月が満ち 空が朱に染まりし夜 鬼の塚 千年の眠りから甦えれリ」で語られる鬼の王。それが朱羅(しゅら)であると。。。物語の前半、朱羅(しゅら)は「夢を見たことが無い」とこぼしていましたが、夢の中で夢を見ることはございません・・・。そう、鬼の王が見ていた夢=朱羅(しゅら)という図式でした(涙
鬼の王となる為に必要な事が「人としての生」であり、同時に「人としての生」を『忘れる』事であると言う哀しい事実。『儚い』という字は『人』の『夢』と書きますが、正に修羅の「人としての生」は『儚い』ものでございました。。。

先日、『魂魄』というタイトルで『鬼』について整理をしてみましたが、私は『鬼』と『人』に密接な繋がりを感じております。もっと言うなら『人』=『鬼』であると言っても過言ではございません。『人』は『鬼』を内包するが故に、喜怒哀楽を持っていられる。そう考えております。そして人は簡単に『鬼』のみの存在となりえるものであり、そのきっかけも実はとても単純だったりするのではないかとも考えております。劇中、坐鬼(ざき)と言う名の鬼の当主が「まだ私が人であった頃、愛する人の為に愛する人の敵を一人また一人殺していった。。。全ての敵を殺し終わった時、愛する人にお前は鬼だ・・・と言われた。そして私は百年掛けて鬼になった。。。」と告白します。初めから『鬼』であったわけではなく、『鬼になった』。そしてその理由がある意味とても『人』らしいところに『鬼』の存在の哀しさがございました。
今回の舞台は『鬼』を見事に描いていた点だけでも満足だったのですが、それだけでなかったのが大満足の結果となった理由だったりします。それは何か?
『生きる事は何かを選ぶ事の連続であり、何を選んでも戦う事が生きる事である』を見事に表現していた点でございます。『鬼』はそれぞれの想い故に「『鬼』で在る」事を選び『人』と戦います。「人」もまたそれぞれの想い故に『「人」で在り続ける』事を選び『鬼』と戦います。。。

勧善懲悪ではない矛盾に満ちたそれぞれの『想い』と『戦い』・・・。いつの時代、どんな場所でも変わることの無いモノではありますが、より強く『伝える』為に今回の都は最適であったと思います。



登場人物が多く、またそれぞれにいぃと感じるモノがございましたが、特に引かれたキャラクターをピックアップして終わりにしたいと思います。

名:多夜(たや)
役者:茂木華子さん
コメント:鬼に襲われた村の生き残りとして登場し、後に「鬼」のスパイであった事が判明します。村人達を助ける為に生贄として捧げられた彼女。自分を捨てた村人を裏切り、「心」を捨てる代わりに「命」を貰ったと笑う彼女を誰が責める事が出来たでしょう・・・。私には彼女を生贄に捧げた村人が人であり、村人を裏切り心を捨て命を貰った彼女が鬼であるとはとても思えませんでした。。。

名:光明(こうめい)
役者:佐藤拓馬さん
コメント:都の統率者でありながら、都の平和より妹の幸せを望んだ男。彼は人の上に立つ者として失格でしょうか?もし失格の烙印を押されるような人物であったとしても私は彼を最後まで支持したいと思います。最近、ある人物が責任を放棄し為に思いっきり叩かれています。もし、彼が責任を全うしようとしたら命を落とした可能性が高かったと考えると私は責任放棄已む無しと考えています。私は死んでもいいから責任を全うしろ!と要求する人の姿をした『鬼』では無く、人の姿をした『人』でありたいと望んでいるので。。。

名:虎之助(とらのすけ)
役者:大田寿
コメント:『戦い』とは何も肉体を遣うものだけではないはずです。最後の戦いから追い返された彼は戦いに生きたモノを『語る』事を『選び』ました。「死人に口無し」、死者は語る術を持ち得ません。今も目を閉じると戦いが終わった都で彼が戦った者達を語る姿が浮かんできます(涙

名:綾音(あやね)
役者:渡辺えりのさん
コメント:自分の幸せの為なら人の命さえなんとも思わない鬼に仕える人であった彼女。しかし私に登場人物の中で一番『人』らしい『人』に感じられた女性でもありました。なぜでしょうね、自分でも良く分からずにおります(涙





20070923_タイムリミッツ_03_源多のべっこう飴源多のべっこう飴

劇場に入って席に座るとパンフレットと共にこの紙袋がおいてありました。上演前の案内で劇場は乾燥しているので飴で喉を潤してくださいと流れましたが・・・
物語のキーになる作中のべっこう飴とリンクしておりました。
さりげない演出でしたが、かなり胸に響きました。感動のあまり帰宅後にネットで調べたのですが、見つからずorz 主催の高木盛子さんのブログでラベルは浅草で特注したものと判明(^^; でも飴も本当に手作りで形も偶然イメージどおりのものが見つかったというのを読んでこれも巡り合わせだよなぁ〜。良い作品はよい縁が繋がるものですよとお伝えしたくなりました☆




・終演後
20070923_タイムリミッツ_01_盛子さん主催・高木盛子さん

以前、米良君はソルジャー(兵士)ではなく戦士(ファイター)タイプだよねと言われた事があるのですが、高木さんも同じタイプだなぁ〜と今回すごく実感すると共に共感がより強まりました(^^;
もちろん盛子さんの方がかなり高レベルの戦士(ファイター)ですけどね(汗汗
戦争を行っていない日本に住んでいても、戦いはあります。『生きる事は戦いだ!』『みんな負けないで!』という涙ながらの想いを感じた気がしまして、ますますいぃ女度が上がりました♪
盛子さん、素敵っす(^^;

20070923_タイムリミッツ_02_華さん茂木華子さん
前回の公演の後で中川絵美ちゃん経由でご紹介頂いて少しお話をさせて頂いた縁でブログ等を拝見させて頂いております。
今回で3〜4(?)回目の出演ですが、貝を増す毎に演技に深みが出ております。今回の役も私的にとっても気になる役でしたので観劇後に感想を伝えさせて頂きました。次の公演も期待しております(^^;
あっ!とりあえずモーターショーにコンパニオンで出られるとの事なので、参りますよ♪






・追記
観劇後、ムービルを出たところで一匹のネコを発見(^^;
目の色が違います☆
思わず、ロイエンタール准将!と思ってしまった私はおバカさんorz

20070923_タイムリミッツ_04_ネコ








mera_m777 at 11:54│Comments(0)TrackBack(0)

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