2007年11月12日

2007/10/28(日)萩・世田谷幕末維新祭り

大変遅くなりましたが(汗汗

2007/10/28(日)

ほんとなら27日(土)に行く予定だったのですが、急遽発生した台風の為に予定変更orz 非常にがっかりして土曜は引き篭もりモード。

台風一過というのでしょうか、見事に晴れてくれた日曜日☆世田谷にある松陰神社へと向かいます。萩・世田谷幕末維新祭り。幕末に多大なる影響を与えた吉田松陰を奉った神社で毎年行われているお祭りです。グワィニャオンの方が野外劇をされるという事で去年初めて行ったのですが、非常に楽しいお祭りでしたので今年もと行った次第。別件で会う話をしていた中川絵美ちゃんと高橋稔さんですが、稔さんの家が近いって事もありお祭り出会う事になりました。

昼前に到着しざっとお祭りを堪能してパレード撮影に移動。パレード中盤辺りで中川絵美ちゃん稔さんにが合流して3人でお祭り堪能モードに移行しました(^^;ちょんまげビールを飲みながら話し込んでいたら野外劇の時間まであとわずか!慌てて移動しましたがとき既に遅しorz 人込みの後ろから拝見する事となってしまいました(汗汗

その後、飲みに移行するのですがお店でなく外飲みににしようとの話になりましてコンビニで酒つまみを買いつつ祭りの露天で追加のおつまみを購入☆松陰神社の隣の公園で飲みを始めました。芝居から歴史の話そしてまた芝居と気が付けば既に22時頃(汗
慌てて帰途に着きましたが非常に有意義な週末でした。


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20071028_松陰神社_07松陰先生座像











20071028_松陰神社_02立ち並ぶ立派な石灯籠。
奉納された方々のお名前の凄さ。
昨年同様、深い想いを感じた
場所となりました。








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20071028_松陰神社_06松陰先生の墓所。






20071028_松陰神社_05徳川家から奉納された石灯籠。
安政の大獄で処刑したのは徳川幕府。
なくなくの沙汰となってしまったであろう
井伊直弼・・・。
『風雲児たち』を読んで井伊直弼の
イメージが変わりましたが、この徳川家から奉納された石灯籠でその想いが
強くなりました。





国士舘大学の吹奏楽部(?)によるパレード。あまりのかっこよさに見とれてしまいました☆

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有志による幕末パレード隊。長州の奇兵隊に新撰組。奇兵隊は子供達のグループと愛好家(?)の方々によるグループの2つがございましたが、後者のグループは非常に凝っていまして、要所要所で「捧げ筒!」とパフォーマンスをされておりました。野外劇の際に興味を持たれた方が話しかけられているのを聞くと無しに聞いておりましたら、その知識の豊富な事(^^; 来年はぜひお話をお伺いしようと心に誓いました。

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20071028_パレード_12後ほど野外劇に登場する松陰先生もパレードに参加されておりました(^^;






20071028_野外劇_03グワィニャオン関係者による幕末野外劇。
高杉晋作達による英国大使館焼き討ち事件をテーマにした劇でございました。









20071028_野外劇_0120071028_野外劇_02






グワィニャオンの役者さんの渡部美穂さん。野外劇の脚本も書かれております。今回は遊女役。昨年は松陰先生の母上役でございました。おいらん道中の着物姿も素敵ですが、今回の衣装もまた素敵でした☆

20071028_野外劇_0420071028_野外劇_05











萩・世田谷幕末維新祭りと銘打ったお祭りですが、会津からの物産展も参加されております。いつから参加されたのか詳しくは知りませんが、歴史を知る人ならば会津と長州が一つところでイベントを行っている事に感慨深い想いを感じる事でしょう(涙
事実、後ほどグワィニャオンのすわさんに聞いたお話では会津が参加された当初は互いに険悪な空気が漂っていたとの事でした。。。
たかだか百数十年しか経っておらず『歴史』と呼ぶにはまだまだ日が浅いあの時代。未だ残る溝がこのようなイベントを通して少しでも埋まる事を祈らずにはいられません。。。
20071028_祭り_0220071028_祭り_01







2年に一度のお披露目というお神輿。中々立派で担ぎもかなり活気がありました。
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萩物産展で購入したちょんまげビールで乾杯!
20071028_記念写真_01タイトル:ちょんまげ三銃士(ぁ






3種類の味がありましたがペールエール(?)というのが一番美味しかったです。あとの二つも美味しかったですが、黒ビールとワインのような味でした。

20071028_記念写真_02野外劇の際に
中川絵美ちゃんと高橋稔さんを撮影。





20071028_記念写真_03グワィニャオンのすわさん。
観劇、イベントの際にいつもお声掛けて頂いて感謝です(^^;
今後ともよろしくお願いします。
鹿児島出身とのことでぜひ一度飲みをご一緒してみたい☆










・追記
昨年、初めて松陰神社と萩・世田谷幕末維新祭りを体験したのですが、それまで私はあまり吉田松陰という人物について知りませんでした。唯一あった知識は『安政の大獄で処刑され後に維新を成し遂げていく事となる若者たちを松下村塾で指導していた』という事のみでした。それ以外にはどこかエキセントリックなイメージがありまして、頭でっかちに何故若者達があれほど心酔したのか?というのがずっと引っかかっておりました。
しかし昨年の野外劇『今日の音ずれ』を拝見し、彼が何故あれほどの影響を持ちえたのか、そして何故未だ人々に愛されるのかを垣間見た気が致しました。
そして処刑の前に読んだと言う『 親思う 心に勝る 親心 今日のおとずれ なんときくらん』(「音ずれ」は「斬首」を意味するとのことです・・・)という歌を知るに至っては偉人としての松陰ではなく一個人としての松陰に興味を持つきっかけとなり、今年お祭りに際して調べたある事実に繋がる大きな要因ともなった次第でございます。

みなもと太郎著『風雲児たち』で吉田松陰も描かれておりますが、そこで描かれたエピソードの中でとても心に残ったエピソードが密航に失敗し長州に連行された松陰が牢獄(野山獄)で囚人達を巻き込んだ勉強会を行ったものでございました。
松陰は小さい頃から天才肌で公の為に我を殺すくらいの覚悟で生きていた人物であり、東北旅行に際しても女性を抱く事を拒否するくらいの堅物だったようなのですが、先の牢獄で一人の女性と出会っております。私はそこに淡い恋心があったのではないか?と感じていたのですがそこから調べてたどり着いたのがこちら。

『松陰の「恋人」高須久子 想い茶わんに刻む 激動の幕末“ほのかな恋物語”』

更に「高須久子」さんで検索してたどり着いたのがこちら。

吉田松陰の恋人は元杉原さん

身分制度の時代に言葉すらも無かった『平等』を持たれていたと思われる彼女に深い感銘を受けました(涙
松陰と言えば松下村塾でございますが、ここでは『身分』に関係なく松陰が学問を教えた場所でございます。かなり偏った私見であり検証も何も行っておりませんが、野山獄を出た後で松下村塾で教えているという流れから「高須久子」の影響もあったのではないか?と考え始めている次第でございます。

そしてもしそうだとするなら、多くの若者が心酔した理由も少し理解できる気がしておりましてね(^^;偉人の人くさいところを今後も見つけて行きたいなぁ〜と考えているところでございます。

何か面白い情報ございましたらぜひお教え下さいませ。



mera_m777 at 20:22│Comments(0)TrackBack(0)

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