マーメイド号の紙ジャケだけじゃ生きてゆけない!

失ってしまったレコード・CDコレクションを、日々格安にて、可能な限り紙ジャケで収集していく最後のコレクション日記。    since 2005. july

吉田美奈子/フラッパー、TWILIGHT ZONE

CITY POPのブームが本格的に盛り上がっている。
DU辺りでも最近はCITY POPのセールや情報が乱舞していて。
またオリジナル盤の価格高騰にも驚かされます、10年以上前なら100円盤でゴロゴロしていたようなものが数千円!! なんてのもよく見かけます。

そんなブームの中、遂に吉田美奈子のRCA時代の4作品の再発盤の登場です。
すでにアルファ時代の作品がアナログ再発化等されてきましたが、RCA時代の4作品が待望のアナログ発売、同時にSACDでも発売されました。
いずれもバーニー・グランドマンの最新リマスタリングが施されての満を持しての登場です。

個人的にはCITY POPブームといってもあまりピンときません、10代の終わりから社会人になっていく過程で聴いていた日本の音楽はほぼ今でいうCITY POPであり、当時はそこにYMOなどのテクノ、ニュー・ウェイヴとフュージョンや、女性JAZZシンガーのフュージョンっぽい作品などを地続きで聴いていたので、CITY POP的な主だった作品は全部聴いていたと思います、当時聴いてなかったものを今のCITY POPブームの中で再認識・発見で聴くという楽しみはありますが、リアルタイムで聴いていたものとそれらの間にはとてつもない距離感ありすぎて・・・・

しかし、CITY POPという括りは今でこそ非常に便利なのでカテゴリーを新設し微妙だったものをここに移動してみました。

吉田美奈子のレコードは、RCAの1stからアルファの5枚目ぐらいまでを聴きました。
すでにレコードはすべて手元にはなかったので今回はこの2枚をセレクト、おそらくすぐに売れきれるであろうアナログ盤を早い時期に予約していました。

吉田美奈子/フラッパー SONY MUSIC MHJL-148



















吉田美奈子/フラッパー SONY MUSIC MHJL-148 1976年3月25日

ん〜1976年3月発売でしたか〜。
シュガー・ベイブを聴いて、達郎、大貫妙子のソロ・デビュー作を聴いて、ほとんど同時にこの”フラッパー”を聴いたはずです。
この透ける帯デザインも再現されてます。

吉田美奈子/TWILIGHT ZONE SONY MUSIC MHJL-149




















吉田美奈子/TWILIGHT ZONE SONY MUSIC MHJL-149 1977年3月25日

翌77年リリース、作家陣が豪華だった”フラッパー”から一転、全曲自作で固めてきたRCA最終作、当然のことながらアルバムの統一感も出て、ど真ん中に配置された”恋は流星”を柱に全体的な流れも素晴らしいです。

タワレコOnLineにて、クーポン利用し2枚で7,540円

本日の中古盤 CHARLES LLOYD, THE WHO, MARIANNE FAITHFULL

レジ袋の有料化が今月から始まりましたが、なんとHMV records shopのレコ袋も有料になったそうで、驚いてしまいました。
一方disk unionは、”厚さ50μm以上で繰り返しの使用が推奨されており法令に基づき有料化の対象ではない”と、小さな説明の紙がレコード袋の中に入ってました。
いずれにせよ貯まりに貯まってしまう袋ですから大事に使いたいですね。

そういえば、昔、高校時代、disk unionのレコ袋をバッグ代わり使ってる奴が何人かいて、よくあの袋の黒い塗装が剥げて文字が消えるほど使い古しのものを持ってるのを目撃した覚えがあります。
だいぶ以前から今のような質の良い印刷の袋になってますね。

そんな黒赤袋に入れてもらい今月も買ってきたのは・・・

MARIANNE FAITHFULL, TOMMY他



















FOREST FLOWER CHARLES LLOYD AT MONTEREY 米ATLANTIC SD1473
青緑ラベルの初版盤、インナー袋あり。だがしかしジャケはノンコーティングで千円也。
以前750円で買った赤緑盤のセカンド・ラベルはコーテイングジャケでした、それの工場表記はPR。
今回のが工場表記が異なりMOで、下枠に小さくDISTRIBUTED BY ATLANTIC〜と書かれています。
まあ音に違いは感じられませんが、好きなアルバムはこうしてダブっていくわけです。
キース好きの方にはとにかくお薦めのアルバムです。

THE WHO/TOMMY 米DECCA DXSW7205
米DECCAカラーバンド盤、ブックレット欠損と書かれていたので1,450円と安いのかと思ったら、帰宅後ジャケの中でカタカタ音がするので引っ張り出してみたらブックレットが出てきました!
TOMMYのUK初回盤はコーティング・ジャケともなると手が出ないプレミア価格だけれど米盤はこんなものなのでしょうか?
ん〜それにしても音はイイぞイイぞ、Side1の裏が4なのがちょっと不便かな。

MARIANNE FAITHFULL/GO AWAY FROM MY WORLD 米LONDON PS452
マリアンヌの1stの米盤か?と思って珍しいので買ってしまったけど、よくよく収録曲を見たら1stじゃなくて寄せ集めでした。
ジャケは擦れ多いですが、盤質は良く、2,350円也。Stereo盤。
では、アメリカでの1stのジャケはと調べたら↓コレでした。

MARIANNE FAITHFULL 米LONDON LL3423
後日慌てて買いに走りました。
ベストかなと思ってスルーしたこちらがUKでの1stから2曲カットして曲順変更した米1stでした。
こちらはジャケは綺麗、盤は擦り傷目立ちのMONO盤が1,650円也。

Blue Note75周年盤

Blue Note 75周年盤 4枚-1


Blue Noteの75周年盤がHMVのマルチバイを利用すると一枚2,055円と安かったので4枚程買ってみた。

Blue Note人気上位BEST 3の3枚とハンコックのもので在庫があったこの1枚。

JOHN COLTRANE/BLUE TRAIN 0602537714100 
SONNY CLARK/COOL STRUTTIN’ B0021110-01 
CANNONBALL ADDERLEY/SOMETHIN’ ELSE B0020156-01 
HERBIE HANCOCK/EMPYREAN ISLES B0022238-01  

この中で1枚だけ音がずば抜けて良かったものがあった。
それはコルトレーンのBLUE TRAIN。
Blue Note 75周年盤 4枚-4
よくよくジャケ裏を見てみるとこれだけEU製でMade in GERMANYのシールも貼ってある。
盤もこれだけ180gの重量盤、音源はなぜかStereo盤です。
他の3枚はUS盤、EMPYREAN ISLESはStereo盤でCOOL STRUTTIN’とSOMETHIN’ ELSEはMONO。
マスタリングは、BLUE TRAINとSOMETHIN’ ELSEは、Alan Yoshida、COOL STRUTTIN’とEMPYREAN ISLESがBernie Grundman。
Blue Note 75周年盤 4枚-2
Blue Note 75周年盤 4枚-3

Blue Noteの人気タイトルはとにかく高いので、2,000円ちょっとでこのBLUE TRAIN並みの音質ならば充分に聴けるしお買い得なのかなと思う。

HMVでは、発売国がUSAとInternationalの二つの表記があり、このInternationalというのがEU製だとは思う。
でもサイトの表記と今回届いたレコードの製造国は一致しないのでその時々の在庫によりEU製かUS製が出荷されるということか?

あとは、カタログNo.、EU盤のBLUE TRAINが0602537714100で他は全て頭にBが付く番号。
しかしHMVのカタログNo.表記はBLUE TRAINは一致しない。US盤のもののようだ。
AmazonではBLUE TRAINのJANコードというところに掲載されてる番号が同じ0602537714100だ。
ならばAmazonならEU盤確実ということなのか?
ちなみにAmazonは2,500円前後の価格帯。
Blue Note 75周年盤 4枚-5

本日の中古盤 COLLECTIONS:THE YOUNG RASCALS, HERBIE HANCOCK/SPEAK LIKE A CHILD他2枚

DUとHMVに何度か行ってはみましたが、中古盤の市場自体が今はあまり動いてないようで店頭には目立った新入荷もないといった状況でしょうか。
海外買い付けも当分は無理でしょうし、セール的なものはやってないしお客さんもまだまだ疎らのようです。
二ヶ月間以上、中古レコード買ってなかったので、力んで行ったのですが肩透かしです。

手ぶらで帰るのもなんだし安レコから数枚抜いてきました。
画像左上より時計回りに・・・

THE YOUNG RASCALS, HERBIE HANCOCK他2枚

COLLECTIONS:THE YOUNG RASCALS ATLANTIC SD8134
ヤング・ラスカルズの2nd、値札には独盤と書いてあって310円でした。
ただしレーベルは米盤っぽいのですが、赤紫で黒渦の左横にATLANTICの文字が縦にあるタイプです。
ジャケはA式で完全に米盤のもの、表裏ともに光沢がある紙質でなかなかいいです。
音源はStereoでRUN-OFFには米原盤No.があり。
レーベルにもstereoの文字が、それからGEMAと書いてありましたのでやはり独盤なのでしょうか?
米カッテイングの独プレス?
このヤング・ラスカルズの1st初めて聴きましたがいいですね。カヴァーも結構やっててやりたいことやってる感がしていいです。

HERBIE HANCOCK/SPEAK LIKE A CHILD BLUE NOTE BST84279
音符レーベルでVAN GELDER刻印ありで1,050円。
ゲイトフォールド・ジャケでカンガルーポケット。
音がもっちりしてる感じとでも言いましょうか、こういう音はCDではなかなか聴けない。癖になります。

ベスト・オブ・ベンチャーズ NO.2 東芝 LP-7544
赤盤、110円
ここのところ、You Tubeでエド山口のOh! エド日記に嵌っていまして久々にヴェンチャーズを聴きたくなりました。

ローリング・ストーンズ/ホット・ロックス1964-1971
これは日本盤で1,174円

頭脳警察 野音TWO STEP CONCERTと郡山ONE STEP FESTIVAL

1973年末に初めて悲露詩が加入した頭脳警察を見て以来、翌1974年はとにかく彼等のライヴに通った。
と言っても次にライヴを見たのはこの年の6月だった。

ところで頭脳警察に限らず1970年代半ば、当時のロック・バンドは一体年間どれくらいの数のライヴをやっていたのだろうか?
GS時代のように箱で入れるジャズ喫茶のような場はもうなかったし、ライヴハウスも東京ではまだ数えるほどしかなかった時代だ。OZやロフトぐらいだろうか?
そんな東京では日比谷野音と大学祭が主なロック・バンドの活躍の場だったように思う。

この年1974年には結局6回、頭脳のライヴを見た。

1974年6月2日(日) 日比谷野音
”てらだまりとその友達「ドアをあけて」”
出演(出演順に):リトル・ウィング、ウエスト・ロード・ブルース・バンド(飛び入りだった)、イエロー(スモーキー・メディスンの替わり)、エディ潘とオリエント・エクスプレス、安全バンド
そしてトリが頭脳警察

最初、悲露詩一人しか登場せずパンタとトシがなかなか出て来ないので悲露詩がピアノの前に座り即興(?)でちょっと歌ったりもしてたのを覚えてる。
この日は悲露詩の曲もやっていた。
ところでコンサートタイトルの”てらだまり”って誰だろう?
この頃からウエスト・ロードなど関西勢も東京に進出してきた。

TWO STEP CONCERTチラシ

1974年8月4日(日) 日比谷野音
TWO STEP CONCERT
頭脳警察 VS ZOON(元村八分)
TWO STEP CONCERTチケット半券


8月9日(金)
郡山 ONE STEP FESTIVAL
ONE STEP FESTIVALチケット半券

記憶の中では、この夏、頭脳警察はONE STEPの出演をキャンセルし、その後野音でTWO STEP CONCERTというのをやったというイメージだったが、実際は野音の方がONE STEPの前の週で先に行われており、ONE STEPのチケットにも頭脳警察の名はあるので最初からTWO STEP CONCERTというものをやる予定だったのだろうか?それともONE STEPの出演をキャンセルした後にTWO STEP CONCERTが企画されたのだろうか?

前日の夜遅い列車で郡山まで行き、駅舎周辺で友達等と仮眠した。頭脳警察を見るという目的で郡山 ONE STEP FESTIVALまで行ったのだから当日会場で初めて出演しないと知った時のショックは大きかった。
野音のTWO STEP CONCERTは凄く良かったのだ。悲露詩を含めた三人のコンビネーションもこの日と6月2日は一番良かったのでは。この頃もう”悪たれ小僧”もライヴで人気だったな。
この二つのコンサートに関しては過去記事があるのでカテゴリー頭脳警察に移動しました。

また、この日の模様が頭脳警察LIVE Document 19721-75”のDisc-5“に収録されていたのは嬉しかった。
Disc-4の「1974年5月26日 東京大学・5月祭」でも悲露詩時代の頭脳警察を聴くことができる。

LIVE DOCUMENT 1972-1975
頭脳警察
フライングパブリッシャーズ

悲露詩登場! ROCK IS SHOCK YAMAHA ROCK TOUR 1973.12.30 新橋ヤクルトホール

ROCK IS SHOCK YAMAHA ROCK TOUR 1973年12月30日-4
⬆︎告知チラシ

新宿の空き地でのコンサートで初めて頭脳警察を見てから二年余が経った1973年12月30日、新橋ヤクルトホールにて二度目の頭脳警察を見た。

ROCK IS SHOCK YAMAHA ROCK TOUR 1973年12月30日-2
⬅︎当時配布されたミニパンフ

ヤマハ主催の”ROCK IS SHOCK YAMAHA ROCK TOUR”というツアーで四人囃子、安全バンドなどとヤマハの器材を使用し関東6か所を周るツアー、当時このようなロックバンドの、しかもパッケージ・ツアーは珍しかったのではないだろうか。
そのツアーの最終日、ステージに現れた頭脳警察はパンタとトシの二人に長身で細身のベーシストがいた、ベルボトムのジーンズに女性ものの白いブラウスを着ているようだった、そして当時流行っていたサボを履いていたと思う、そう悲露詩の登場だ!
パンタはエレキギターをかき鳴らし、トシはステージ中央のドラムセットに、悲露詩が加入したトリオ編成の頭脳をこの日初めて見た。
新宿で初めて見た頭脳警察、アジるかのようにように言葉を叩きつけるように歌っていたパンタとは一味違う、ロックバンド然とした新しい頭脳警察だった。
すでに見るのは二度目だった当時抜群の演奏力を誇っていた四人囃子や、同じ3人編成の安全バンドと比べても強烈なインパクトがあった。
それはパンタとトシに加えてステージをなよなよと(ちょっと女性的に・・・)動き回る悲露詩とのカリスマ性の磁場トライアングルのようなものを感じたのだった。

⬇︎ミニパンフにはエディ潘グループ含め4バンドのプロフィールと当時使用の器材が掲載されていた。
ROCK IS SHOCK YAMAHA ROCK TOUR 1973年12月30日-3

ROCK IS SHOCK YAMAHA ROCK TOUR 1973年12月30日-1 
⬆︎コンサート・チケット

ROCK IS SHOCK YAMAHA ROCK TOUR 1973年12月30日-5
⬅︎ツアー・スケジュール

頭脳警察よ出動せよ! YAMAHA ROCK MATEのROCK VOICE VOL.2

YAMAHA ROCK MATEのROCK VOICE VOL.2-1
頭脳警察 50周年を記念して。
カテゴリー新設。
所有のメモラビリア、主にコンサート・チラシなどを紹介していきます。
最初は最も古いものになるかな、ヤマハの会員報、YAMAHA ROCK MATEのROCK VOICE VOL.2、1971年1月のものだ。
PANTAとTOSHIの二人編成になった頃か。

この年、頭脳警察を初めて見た。
1971年10月16日(土)
場所は、新宿京王プラザホテル脇 空き地
この年開業した京王プラザホテルの周りはまだ整地されたままの空き地だらけの状態だった。
ここでよくコンサートが行われていた時代だ。
コンサートタイトルは
"消える土への鎮魂歌"
出演はPANTAとTOSHIの二人編成の頭脳警察と、ファーラウト、ブルース・クリエーション

この翌日17日には、文化放送セイ・ヤングのフリー・コンサートも同じ場所で行われ、吉田拓郎、六文銭、ガロ、トゥ・マッチ、ストロベリー・パス、東京キツド・ブラザーズ、かまやつひろし(司会も)らを見た。ちなみに吉田拓郎を見たのもこの時が初めてだった。

YAMAHA ROCK MATEのROCK VOICE VOL.2-2 YAMAHA ROCK MATEのROCK VOICE VOL.2-3
⬅︎クリックで拡大

最近買ったCD群です。

大阪府民はいい人を知事に選んだな〜、コロナ対策を見ているとつくづくそう思う。
行動が早い、そしてアグレッシブ、こういう非常事態にはあれぐらいがいい。
東京都はまだまだだな。
そしてこの国の政府、ホント情けない、大丈夫かニッポン。


レコ屋は休業中のためネットでCDを買って気を紛らわしています。
最近買ったCD群です。

最近買ったCD群
吉田美奈子のRCA期のアルバム4枚がバーニー・グランドマンの最新リマスタリングでアナログ盤とSACD/ハイブリッド盤で7月(5・6月から延期)に発売されますが、そうなると2014年に出たタワレコ限定発売の吉田保リマスター盤はどうなるのだろう?とふと思った次第。
その「TWILIGHT ZONE」はすでに入手済みで聴きこんでいたので紙ジャケしか持ってない『FLAPER』の方を今のうちにと購入。
この吉田保リマスター盤もなかなかいい音なのですが今度のも楽しみ。売り切れ必至なアナログ盤だけ「TWILIGHT ZONE」と『FLAPER』を予約しました。

そのバーニー・グラッドマンによるリマスター盤がかなり以前に出て現行カタログとなっているユーミンで抜けていた「荒井由美/ひこうき雲」も購入。
ん〜。何年ぶりでしょうこのアルバム聴くの。もしかしてCDで買ったのは初めてかもしれない。
冒頭の”ひこうき雲”が始まった途端、こんないい音で聴いた記憶がないと思った。

松田聖子のBSCD2もコツコツ収集中、リアルタイムで買ったレコードは「Windy Shadow」とこの「Candy」ですが、「Candy」がやっぱ一番いい、曲よしアレンジよし声よし、とにかく最高の布陣で頂点を極めてる。
ちなみに松田聖子の”キャンディボイス"とはこのアルバム名に由縁しているらしいです。

それからSACDなどがAmazonでちょっと安かったので買ってみました。
「スティーリー・ダン/彩」のSACD
「ドナルド・フェイゲン/ナイトフライ」のSACDハイブリッド盤
聴いてるうちに初来日したスティーリー・ダン公演を見に行った頃を思い出していた。
コンサートノートを引っ張り出して見てみると、1994年4月17日、場所は東京ベイNKホールだ。
そうか4月、ちょうど今頃、とにかく気持ちのいい季節だったな。

ハイレゾCDは、ハイレゾデータはまだ聴けないけれどCD層の音源だけでも充分に良かった。
「THE WHO/TOMMY」は英国オリジナル・アナログ・テープから2010年DSDマスター
「TRAFFIC/JOHN BARLEYCORN MUST DIE」は英国オリジナル・アナログ・テープから2018年DSDマスター

SLAPP HAPPYの2in1CDは、pink island recordsさんがレコード紹介してたの見て久々に聴きたくなって購入。
このレコのオリジナル盤はホント高いのネ。

「BOB DYLAN BOOTLEG SERIES VOL.1~3」は買い直し。
昔のデカイ箱からだいぶコンパクトになったブックレット形式のパッケージはいいけれど、ディスク収納部分の仕組みは如何なものか!
出し入れする度に盤面に擦り傷が付いてしまう。

本日の中古盤 HUMBLE PIE/PERFORMANCE ROCKIN’ THE FILLMORE

HUMBLE PIE/PERFORMANCE ROCKIN’ THE FILLMORE-1HUMBLE PIE/PERFORMANCE ROCKIN’ THE FILLMORE
1971年/UK A&M AMLH63506
MAT ALL -1△W
DUで4,550円で購入

新型コロナウイルスの救命活動を行っている医療従事者の支援を目的に全世界に配信されたスペシャル番組 “One World:Together At Home”見ました!?
ストーンズのテレワーク・ライヴ!
なんか勇気も、もらいましたよね。
ミックもチャーリーも皆元気そう。
キースの頭髪がちょっと心配だけど4人とも70代とは思えない。
ポールもそうだけどこの人たちが頑張っている間は自分もくたばれないなと、なんか奮い立たされました。
支援金となる収益も凄い。
“Band Aid”や”USA for Africa”の時代とは違うネット社会の今、規模もスピード感も違う。



さて、画像は3月末にDUで買った中古レコです。
これを境に中古レコ屋には行ってませんし、買ってもいません。
早くも一ヶ月経ちましたけど、禁断症状、出てきますよねやはり。
でも今は我慢です。
代わりにネットでCD買っちゃってますけどね。

ハンブル・パイの”ROCKIN’ THE FILLMORE”。
昔買ったのはA&M銀ラベルの米盤。
音質良好のコンプリート盤(4CD)が2013年に出てるけど、馴染みのある曲順構成でやはり聴いてみたいとUKオリジ盤がDUの廃盤セールにあったので購入。
HUMBLE PIE/PERFORMANCE ROCKIN’ THE FILLMORE-2

エターナル・ウーム・デリラム #1

エターナル・ウーム・デリラム #1 -1
エターナル・ウーム・デリラム #1
2019年11月20日発売
SUPER FUJI DISCS/FJSP378
2,500円+税
タワレコOnLineで700point使用で2,050円で購入




レココレ誌すら図書館(今は休館ね・・・)で借りてきてだいぶ後になって読んでるので新譜情報に疎い今日この頃、またまたとてつもない音源が発掘された! のを今頃知った!!
DUのレーベル、SUPER FUJI DISCSから昨年リリースされたCD”エターナル・ウーム・デリラム #1”がそれ。
DU日本のロック・インディーズ館のメルマガも購読してるので、情報は出てたはずだが、ろくに読んでない証拠だね。

ロック史にまた新事実!
裸のラリーズとロスト・アラーフのミッシング・リンク、"エターナル・ウーム・デリラム"大発見!!!!

エターナル・ウーム・デリラムというその名が遠い遠いかすかな記憶の先から蘇ってくる・・・

実はこのエターナル・ウーム・デリラムというバンド、十代の頃二度ほど目撃しているのだ。

エターナル・ウーム・デリラムは、1974年1月、ロスト・アラーフ解散後、そのメンバー2人を中心に結成された。
のちに裸のラリーズのメンバーとなる高橋廣行がヒロシ(だててんりゅう、頭脳警察、裸のラリーズ)や頭脳警察のトシ、さらに水谷孝や多くの異彩を放つアーティスト達とセッションしていた。
その1年弱の数少ないライブ活動で残された6ミリテープ数点が今回発見され、CD化されたのがこの”エターナル・ウーム・デリラム #1”だという。
収録トラックは3曲。

1.母胎内に回帰されたその目覚めと幻想
1974年9月16日 六本木俳優座劇場
2.やっぱり
1975年11月 渋谷アダンスタジオ
3.雲の柱
1975年12月 新宿開拓地

私の記憶の根源、1974年9月15日の六本木俳優座まですっ飛んでみよう。
当時の私は頭脳警察を追っかけ彼等のライヴに日比谷野音だ大学祭だと日参していた。特に前年の末にベーシストとして新加入したヒロシ(頭脳在籍時の表記は、悲露詩)の異彩を放つ個性は頭脳の新たな魅了の一つとなっていた。
1974年9月15~17日の3日間、六本木俳優座で行われた”エターナル・ウーム・デリラム”と題されたライヴの初日ゲストにアナウンスされていた頭脳警察には、その夏ワンステップ・フェスですっぽかされたものの、その前週の野音でのTWO STEP CONCERT(対バン、山口冨士夫のZOON)での熱いライヴの余韻も冷めやらぬまま激しく期待していた。
この日のチラシとチケット半券がコレ↓

エターナル・ウーム・デリラム/コンサート・チラシ-1

エターナル・ウーム・デリラム/コンサート・チケット半券



各日昼夜二部公演で頭脳は初日15日の昼出演、なのでまだ緩い夏の日差しが残る昼下がりに六本木交差点近くの地下鉄出口に同級生の友人と初めて降り立った覚えがある。

ところがである会場待ちの時に話しかけてきた顔なじみの頭脳ファンの男からなんと悲露詩が頭脳を抜けてしまったと知らされた!
ライヴが始まるまではとにかく信じられなかったが前座のバンド、リトル・ウイングスに続きステージにノロノロ現れたのはあのいつもサボを履いた長身の悲露詩ではなく新しいベーシスト、さらにギタリストまでいる、すぐにわかったが彼らは今ステージを終えたばかりのリトル・ウイングスのメンバーだったということ。

悲露詩とパンタとトシの3人体制の頭脳とは相当の違和感を感じたままこの日の頭脳のステージはあっけなく終了、その後本編のエターナル・ウーム・デリラムが登場した。

エターナル・ウーム・デリラム/コンサート・チラシ-2

エターナル・ウーム・デリラム/コンサート・チラシ-3





チラシでは2日目以降のゲストが空白になっている。一体誰が出たのだろう。

実は、この日の一週間前に神田共立講堂にも、頭脳のライヴを見るために行っていた。結局その日が悲露詩、パンタ、トシの3人頭脳の最後になってしまったのだが、確かにその日は悲露詩もパンタも精彩がなかった記憶がある。
その日のチラシがコレ↓

EWD STAR SHIP/コンサート・チラシ-1

当時の私の日記から少し引用しながら、この日の模様を出演順に紹介しておこう。

最初に登場したのはなんと頭脳警察。
パンタ「こんばんは、頭脳警察、第一回目のステージです。」(笑)
この日の最大のお目当てがいきなり出てきてしまって面喰らった。まだ土曜日の午後1時半頃、だからノルにのれないもどかしさ。
続いて、葡萄畑。
さらに金沢から来たスーパー・ゼネレーションというバンド。
加橋かつみはアコギ一本の弾き語り、「花の首飾り」を歌ってくれた。
休憩を挟んで、はちみつぱい登場。
ギターの本多信介(だったと思う)が真ん前で彼のギタープレイを堪能した。
ちなみに私と友人達三人はステージ上手の真ん前の最前列に陣取った。
当時のこの手のコンサートは当日券でこんな感じ、この日も当日券。
私の好きな「塀の上で」をやってくれなかったのが残念。
次は小坂忠、バックは葡萄畑。
そしてクリエイション、飯島義昭(g)とのツイン・リード体制だが、ヴォーカルが抜けてしまい竹田が歌うクリエイションを見たのがこの日最初だったと思う。
そして最後にこの日の主役、エターナル・ウーム・デリラムとなるわけだが。
”このグループの前身はおしめバンド、そしてロスト・アラーフ、セッティングにやたら時間かけ、あのドラム二人、ジューサーの髪の毛の長い奴が出てきてまたあの音を出している・・・・”と私の日記には書かれている。
友人ら三人はまだ聴きたい言ったが私が押し切って9時半頃会場を後にした。
“ジューサー”というのは不明だけれど、”おしめバンド”というのは、この年の4月20日、明治学院大学 100番教室での”学徒動員”というライヴで、紅とかげ(後のリザード)、おしめバンド、南正人という顔ぶれで見ているのでメンバーの顔を覚えていたのかもしれない。高橋廣行の通称が「おしめ」だったらしいのでこの時のおしめバンドがエターナル・ウーム・デリラムの前身なのではないだろうか。当時はこういった日本のバンドの離合集散やメンバーチェンジ情報はミュージック・マガジン誌のコラムでよく見てたのでその辺からの情報ではないだろうか。

ところで、このコンサートのチラシにはこんなことが書かれていた。↓
EWD STAR SHIP/コンサート・チラシ-2

実は8月17日野音で開催予定だったが台風で中止延期され9月7日神田共立講堂で開催されたのが、EWD STAR SHIPというコンサートだったという事実。
この辺のことは、CDの解説に高橋廣行氏本人による貴重な談話が掲載されてるが延期になったことなど少し記憶違いはあるようだ。
また、頭脳警察のオフィシャルサイトのプロフィールでも9月7日と15日がごっちゃになってるようで、メンバーチェンジの時期に誤りがあるようだ。

俳優座のエターナル・ウーム・デリラムの記憶に戻るが、実は恥ずかしい話ほとんど覚えていないのだ。
神田共立講堂で見たので早々に引き上げてしまった可能性はある。
でも、CDの1曲目、”母胎内に回帰されたその目覚めと幻想” を聴くとその前半ぐらいの音は覚えている、確かにあの日あの場所で聴いたものだ。
後半になって坂本龍一(居たのも知らなかった)らしきピアノの音が出てきてからは記憶にないので、やはり途中で帰ったな。
帰るとき客席の後ろの方ににヒロシが居たのを目撃したのはよく覚えている。
そのヒロシがセッションに参加した音源が、CDのT-2とT-3、両方ともあのヒロシのヴォーカルが聴ける。
T-3の”雲の柱”は長尺でヒロシがキーボードも弾いてるようだ、彼がいた頃の”だててんりゅう”はこんな感じだったのだろうか。

エターナル・ウーム・デリラム #1 -2

↑#CDブックレット中面

パンタやトシは白髪や坊主になった今も叫び続けてるけれど。
あの日一緒に神田共立講堂、俳優座に行った友人達、そして悲露詩は、今頃どうしているだろう。
このCDを聴いていると夏の終わりの緩い真昼間の六本木の空気を思い出す。

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