観際メルの哲学レンズ

『嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する』(スピノザ)
15歳の女子が、気に入った本などを書いていきます。

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メルの懺悔室、第7回です。
今回は、少し遅れていますが“お正月”にちなんだ懺悔です。

私自身、もらったお年玉は全て自分で管理する家に育ったので、横取りされた経験はありません。
しかし、自分のお年玉が勝手に使われているのに気付いたときのショックは想像できます(笑)

もしかしたら、親のお年玉の横取りは、法律に触れて“犯罪”になり得るかもしれません。
十分に気を付けましょう。

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・面白さ    ★★★★☆
・読みやすさ  ★★★☆☆
・本の概要
マックス・ウェーバーと並ぶ社会学者エミール・デュルケームの、社会学のマニュアル本。

・気になった箇所

「事実が現にどのようにあり、またかつて常にどのようであったかをありのままに観察してみれば明らかだが、教育というものは、子どもに対して、本能によるだけでは達しえないようなものの見方、感じ方、行為の仕方を課す、継続的な努力である。われわれは、早くも幼児期から、子どもに対して、規則正しく食べ、飲み、眠ることを強い、さらに清潔さ、落ち着き、従順さを強いる。子どもが大きくなれば、他者への配慮と慣習や礼儀作法の尊重を身につけるよう強い、さらに労働その他を強いていく。こうした拘束が、時が経つにつれて、それと感じられなくなるのは、この拘束によって徐々に習慣や内的性向が生み出され、拘束が不要なものとなるからである。」(56ページ)

マックス・ウェーバーと並んで“社会学の祖”と呼ばれるエミール・デュルケームの著書です。
社会学とはなにか、どのような問題を扱うのか、その上で必要となる定義など、社会学という学問を構成する一冊となっています。
少し難しいですが、社会学を学ぶ上で、必ず読んでおいたほうが良い本だと思いました。

特に、第一章の「社会的事実とはなにか」は面白かったです。
回りくどく感じますが、社会学で扱う「社会的事実」の定義、それが個人に及ぼす影響など、詳しく説明してありました。

社会学への第一歩として、この本を読めたのは良かったと思います。
良いスタートを切れたのではないでしょうか。

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今年もお年玉(+バイト代)で本を買ってきました。
今年はかなり去年と差が出ています。
それでは、どうぞ(*^^*)

1、『はじめての政治哲学』 デイヴィッド・ミラー



初めて政治系(入門書)の本を買いました。
ちらっと読んでみたところ、とても分かりやく、様々なジャンルの問題(「フェミニズム」や「正義とは何か」など)を通して政治哲学を考えていました。


2、『歴史における個人の役割』 プレハーノフ



ロシアの社会主義者プレハーノフの著書。
マルクス主義をロシアに持ち込んだと言っても過言ではない人。
タイトルに惹かれたというのもありますが、「哲学以外の本を読みたい」と思ったのも理由の一つです。


3、『社会学的方法の基準』 エミール・デュルケーム



マックス・ウェーバーと並ぶ社会学の創始者、デュルケームの著書。
「社会学」という学問を構成する上での基準を書いています。


いかがでしたか?
セレクトする本が、哲学から社会学よりになってきています。
バイトを始めた頃から、社会の中の「労働」についてとても興味を持ち始めた結果ですね。

学術書は、最初は哲学から入りましたが、今はだいぶ方向が違ってきました。
いろいろな本を読み、社会の中で経験を積んでいくうちに、自分の興味関心が変わっていくのを実感しています。

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遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。
年末年始はずっとバイトでバタバタしていました。
やっとゆっくりできるようになりました。

色々ありましたが、おかげさまでバイトを始めてから半年ちょっと、めげずに続けられています。

写真は、早朝の鮮魚の作業場です。
私が刺身を切るわけではないのですが、雰囲気が出るかと(笑)

昨年はあまり更新できず、ブログが死にかけているなーと感じています。
今年はなんとか本を読む時間を確保したり、日々のことを書いたりできればと思います。

今日は新年の3冊を買いにいく予定ですので、それもまたアップしようと思っています。

今年もよろしくお願い致します(^^)

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メルの懺悔室、第6回目です。
今回は、貰ったアクセを壊してしまったのを、なかなか言い出せないという懺悔です。

これは本当によく分かります(笑)
できれば隠し通したいところですが、ちょっと無理がありますよね。
素直に言ってしまった方が、案外穏便に済みそうです。

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先日、熊本市現代美術館の『きっかけは「彫刻」』展に行ってきました。
高村光太郎の「手」を筆頭に、ロダニズムを受け継ぐ近代・現代彫刻が展示されていました。

戦前の彫刻はかなりの数が写真撮影OKだったので、自分のカメラで心置きなく撮ることができました。

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骨の表現がとても美しいですね。
指の曲がり具合など、丁寧に細かく彫ってあります。
別角度から。

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思わず握りたくなってしまいましたが、ぐっと我慢しました(笑)
この他にも、別の企画展で、草間彌生などの現代アーティストの作品の展覧会も行っていました。

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草間彌生の作品。
いつもの毒々しい感じではなく、少しポップで可愛らしい印象も受けます。
でも、水玉模様は健在です。

写真撮影OKの展覧会はなかなか開催されないので、今回とても嬉しかったです。
終始ハイテンションで撮影しました(笑)

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メルの懺悔室、第5回目です。
今回は、図書館所蔵の本を破って返してしまった方の懺悔。

そういった“ページを使って遊べる系”の本は、だめだと分かっていても遊びたくなってしまいますよね。
ですが、本来は公共のものなので、皆さんは破ったり書き込みをしたりしないようにしましょう。

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今日10月29日、私は16歳になりました。
毎年恒例、今読みたい、あるいはおすすめできる本を3冊選びました。
今年は、去年と少し違うラインナップです。

1、『重力と恩寵』 シモーヌ・ヴェイユ


この中に入っている、『労働の神秘』という章がお気に入りです。
私がバイトしているからか、“労働”に関するものが気になっています。


2、『全体主義の起源』 ー反ユダヤ主義ー ハンナ・アーレント


ずっと前から読みたかった本ですが、ハンナ・アーレントなので難しいかな、と思って避けていました(笑)
今読んでみれば理解できるかもしれないと思い、チャレンジ枠として入れました。


3、『自殺論』 デュルケーム


社会学に興味が出てきたので、まずはメジャーなものから読んでみようと考えました。
「自殺」という個人的で哲学的な問題を、初めて“社会学”という、社会全体のことを考える大きな学問で捉え直した本です。


少し趣向が変わってきたかな、と思いました。
より社会的な本に惹かれるようになりましたね。
自分の中で、ちょっとした成長を感じました。

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・面白さ    ★★★★☆
・読みやすさ ★★★★★
・本の概要
江戸時代の画家、尾形光琳にフォーカスを当て、カラーの図版と共に作品や世界観を解説している。

・気になった箇所

「本来、屏風は室内に特別な場所を設ける調度である。当然、絵師は作品が飾られる場所や用いられ方を踏まえて描いたと思われる。早春の清洌な流水と紅白の花を咲かせる梅を描いた「紅白梅図屏風」は、婚礼の儀式を飾るにふさわしい。紅梅を描く右隻の前に新婦、白梅を描く左隻の前に新郎が座れば、人物の背景になることで、画面の奥行きはより自然に感じられ、左右の隻の対象的な表現も際立つ。この作品に用いられた色彩は、梅の花の紅白と苔の緑にすぎない。その他は、金銀と水墨である。光を受けて輝く様子はさぞかし華やかであっただろう。」(95ページ)

平凡社が出版している、『別冊太陽』の日本のこころー232です。
『別冊太陽』シリーズは本当に良いものが多く、毎回面白いテーマで作られています。

「燕子花図屏風」や「紅白梅図屏風」をはじめとする、尾形光琳が作成した屏風や工芸品の魅力を、惜しげもなく紹介してくれている本でした。
後の方は、光琳の弟の尾形乾山など、尾形光琳の画風を受け継いだ画家たちの作品が載っています。

光琳が描いた屏風などももちろん素敵だったのですが、一番印象に残ったのは、文中で紹介された上嶋源丞へ向けた光琳の言葉でした。
「とかく常ノ消息を相認候心二絵も書候ハねば、絵よくハ無之候。焼筆などもあまりとくとあてぬがよく候。有増ノ貌手足ノしるし斗して、其余ハ中にてぐわさぐわさと御書ならい可被成候。」(50ページ)

現代語に訳すと、「日常の手紙を書くような心で絵も描かなければ絵はよくならない」「(下書きに用いる)焼筆などもあまりじっくりとあてないほうがいい」「がさがさと描きなさい」になります。
「あまり深く考えすぎずに、心の赴くままに描きなさい」ということでしょうか。
とても大事なことだと思います。
頭が煮詰まってしまったら、なんというか、キャンバスが“負の連鎖”になってしまうので(笑)

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メルの懺悔室、第4回目です。
今回は、いじめなのか違うのか、そんな出来事の懺悔が寄せられました。

今回私が「いじめだ」と答えたのは、私が考える“いじめの定義”に当てはまっていたからです。
私が考える“いじめの定義”は、「(いじめの)受け手が嫌だと感じている」「客観的に考えて正当な理由ではないのに、仲間はずれにしたり危害を加えている」ことです。
「逆上がりができるまで一緒に遊ばない」という主観的、突発的な理由で仲間に入れないのは、いじめに入るのではないでしょうか。

ですが、かなりグレーゾーンなので、人によっていじめと考えるかそうでないかは分かれると思います。
皆さんはどう考えますか?

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