観際メルの哲学レンズ

『嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する』(スピノザ)
16歳の女子が、気に入った本などを書いていきます。

カテゴリ:哲学の本 > 哲学 古典

・面白さ    ★★★★☆
・読みやすさ ★★★★☆
・本の概要
宗教哲学者マルティン・ブーバーの主著「我と汝」「対話」の2編を載せている。

・気になった箇所

「対話的なものは、人間相互の交わりに制限されない。すでにそれはわれわれに例示されたごとく、相互に人間が向かい合う態度である。ただ人間の交わりにおいて、じつにこれがよく表されているにすぎない。
したがって、会話や伝達がおこなわれなくとも、対話的なものの成り立つ最低条件には、内面的行為の相互性が、意味上分離しがたい要素となっているようである。対話によって結ばれている二人の人間は、明らかに相互に相手の方向に向かい合っていることでなければならぬ、それゆえ、――どの程度、活動的であったか、どの程度活動性の意識があったかということはとにかくとして――向かい合い心がそこに立ち帰るということでなくてはならない。」(184ページ)

ブーバーの思想は、「対話」が主題ですね。
「我」と「汝」が語り合うことによって世界は拓けるという思想です。
科学的、実証的な知識と関わるよりも、「我―汝」という関係で精神的存在と関わることが大事だと言っています。
そして、相手と自分を関係性として捉えることが「対話」なのだそうです。

ブーバーはユダヤ系宗教哲学者なので、ユダヤ教の要素がちょいちょい入ってきますね。
ユダヤ教の「安息日」は、自分や家族と対話したりするのが好ましいとされているようです。
そこから、ブーバーの思想は生まれているのかもしれませんね。

・面白さ    ★★★★☆
・読みやすさ ★★★★☆
・本の概要
ヤスパースのラジオ講演『哲学入門』全十二講演をまとめたもの。

・気になった箇所

「端的に問われるところの場所としての「哲学すること」においては、私は直接に言表します。神は存在するか、現存在において無制約な要求が存在するか、人間は未完成であるか、神による導きは存在するか、世界存在は浮動し、消滅するものであるか、と。もしおよそつぎのような無信仰性の言表に当面するならば、私は答えざるをえないでしょう。

第一 ――神は存在しない。なぜなら、存在するものはただ世界と、世界生起の法則だけだからである。世界が神である。
第二 ――無制約的なものは存在しない。なぜなら、私が従うところの要求は、発生したものであり、変化するものだからである。これらの要求は、習慣や訓練や伝承や服従などによって制約されている。あらゆるものは果てしなく制約のもとに立っている。
第三 ――完成された人間が存在する。なぜなら、人間は動物と同様によくしつけられたものでありうるから、人は人間を訓練することができるであろう。人間には原則的な不完全性もなければ、根本的な破滅もない。人間は中間的存在ではなくて、完結的・全体的である。なるほど人間はこの世にある万物と同様にはかないものではあるが、しかし人間は自己自身の根拠をもち、自立的で、自己の世界内でっ充足しているのである。~」(129~130ページ)

ドイツの実存系哲学者、ヤスパースの講演です。
「哲学の入門書」というより、「ヤスパース自身の哲学」という印象でした。
元々言及しているものが難しい議題である上、ラジオをそのまま本にしたものなので、だいぶ読みにくいです。
(仕方ないことかもしれませんが)3行で説明できるところを3ページにわたって長々と解説しているようなイメージですね(笑)
読みこなすことができれば、様々な議題に触れているので、哲学好きにはとても面白い本になるでしょうね。

思い出してみれば、この本は2年前に「入門」という言葉に惹かれて買ったのはいいけれど、題名とは裏腹にとても難しく、泣く泣く読むのを断念していました。
今読むととても面白く感じたので、きっと私の読解力が上がったのでしょうね。
嬉しい限りです(笑)

・面白さ    ★★★★★
・読みやすさ ★★★★☆
・本のポイント
トマス・ホッブズの著書の中でも特に有名な本。主に政治哲学や人間の感覚などを綴っている。1の続き。

・気になった箇所

「 〈自由な状態とはどのようなものか〉
このように本格的な、広く受け入れられた意味での「自由な人」とは、どのような人間か。それは、「自分の力と才知によって実行に移すことのできる事柄に関してであれば、自分の意志の貫徹を妨げられることのない人間」をいう。しかし、自由という言葉を運動の主体以外のものに当てはめると、それは言葉の誤用になってしまう。なぜなら、運動しなければ妨げを受けることもないからである。したがって、たとえば、「道が自由である」というときの自由は、道そのものではなくて、止められることなく道を闊歩する人間の自由を意味しているのである。また、「贈与が自由である」と言うときの自由は、贈与そのものではなく贈与する者が、いかなる法律や契約にも縛られることなく贈与をおこなう自由を意味しているのである。同様に、私たちが自由に話すときの自由は、声や発声の自由ではない。それは、いかなる法にも縛られず、自分の話したい通りに話す人間の自由である。最後に、自由意志という言葉を取り上げよう。その使い方から抽出される自由は、意思・願望・志向の自由ではなく人間の自由である。その眼目は、自己の意志・願望・志向にもとづく行動をとるにあたって他からの制約を受けない、というところにある。」(84~85ページ)

上の箇所はとても納得できました。
特に一番下の文。
「自己の意志・願望・志向にもとづく行動をとるにあたって他からの制約を受けない、というところにある。」
分かりやすく言えば、「法律や契約などの制約に縛られず、自分のやりたいことができる」ということでしょうか。
「自由」というのは、“やることそのものの自由”ではなく、“それをする人間の自由”であるという感じです。

これで『リヴァイアサン』読破しました。
一年後くらいにまた読み返したいですね。
前にも書きましたが、訳はとても素晴らしかったです。
あまり哲学に慣れていない人でも読めそうな気がします。

・面白さ    ★★★★★
・読みやすさ ★★★★☆
・本のポイント
トマス・ホッブズの著書の中でも特に有名な本。主に政治哲学や人間の感覚などを綴っている。

・気になった箇所

「人間はだれしも、自己評価に匹敵するような高い評価を仲間から得たいと願う。そして、少しでも軽蔑や過小評価の気配を感じると、自分を侮った人間に打撃を与えることによって、また、他の者に対してはそれを見せしめにすることによって、もっと高い評価を引き出そうと知らず知らず力を尽くす。それは、双方をなだめる共通の権力が存在しない場合、互いに相手を滅ぼすのに十分であるほど激しいものとなる。
以上のことから、人間の本性には紛争の原因となるものが主として三つあることが分かる。第一に、敵愾心。第二に、猜疑心、第三に、自負心。」(215~216ページ)

あの有名な「万人の万人に対する闘争」が書かれている章から抜き出しました。
「万人の万人に対する闘争」というフレーズを見た瞬間、テンションがものすごく上がりました(笑)

よく、赤ちゃん同士を合わせると「万人の万人に対する闘争」状態になると言いますよね。
個々の能力がまだはっきりしておらず、ある意味みんな平等なので、自然権を行使しようとすると互いにぶつかってしまうという仕組みのようです。

ホッブズは、この「万人の万人に対する闘争」を避けるには、国家に対して自然権を全部譲渡しなければならないと述べました。
絶対王政を合理化したんですね。
そのためか、ルソーが登場したフランス革命の時代には、この理論はこっ酷く批判されたそうです。

今回読んだのは、光文社の古典新訳文庫のものです。
訳は非常に的確で分かりやすく、感動してしまいました(笑)
『リヴァイアサン 2』が残っているので、そちらも読みたいと思います。

・面白さ    ★★★★★
・読みやすさ ★★★★☆
・本のポイント
幸福論で有名な、バートランド・ラッセルのエッセイ集。ファシズムから建築まで、内容は様々。

・気になった箇所

「私たちは創造主になりきっている。もう穴居人のように、ライオンや虎、マンモースや野猪を恐れる場合は起らない。私たちはお互人間同士敵対する時の外は、みな安全だと思っている。大きい動物は、もう私たちの生存をおびやかさないが、しかし小さい動物は、話が違う。この地球上の生物の歴史をみると、小型の動物が大型の動物にとって代っている。何年も恐竜は、お互同士を恐れる外は心配せず、自分たちの支配が絶対であることを疑わず、平気で沼や森を歩きまわっていた。しかし彼らは姿を消し、小さな哺乳動物――廿日鼠、小さなはり鼠、やっと鼠ほどの大きさの馬の先祖がとって代った。なぜ恐竜が死にたえたかわからないが、それでも恐竜の脳が小さい上に、多くの角の形をした攻撃用の武器を発達させるために、一切を捧げてしまったからだと思う。それはともかく、生命が発展するのは、攻撃の武器の方面からではなかった。(218~219ページ)

「人間対昆虫」という章の一部分です。
この章は個人的に好きですね。
昆虫は、「実は人間よりも強いかもしれない」という内容です。
ディストピアな感じで、少し怖くなってきます(笑)

ラッセルの幸福論は好きなので、この本も楽しく読めました。
エッセイなので、あまり堅苦しくはありません。
一章が短いので、少し休憩したいときに読むといい感じです。

・面白さ    ★★★★★
・読みやすさ ★★★★★
・本のポイント
アメリカ独立の時に発表された、「独立宣言」の内容に大きな影響を与えた。

・気になった箇所

「わたし自身の議論の筋道は光線と同様に真っすぐで、明白である。わたしの信念が変わらないかぎり、全世界の富をやると言われても、攻撃的な戦争を支持する気にはなれない。なぜなら、それは殺人行為だと考えられるからだ。しかももし盗賊がわたしの家に押し入って、家財を焼いたり、打ち壊したりしたなら、またわたしや家人を殺したり、殺すぞと脅したりしたなら、どうだろうか。わたしは盗賊の絶対的な意思に「いついかなる場合にも拘束される」ことに我慢できるだろうか。こんなことをする者が、たとい(原文ママ)国王であろうと庶民であろうと、郷里の人間であろうとなかろうと、また一人の悪人であろうと悪人どもの軍隊であろうと、そんな区別はわたしにはどうでもよい。物事の根本をよく考えてみると、そんな区別はできないことがよくわかるだろう。またなぜ一方の場合には罰せられ、他方の場合には許されるのか、この正当な理由を見つけることもできないだろう。人がわたしを反逆者と呼ぶなら、勝手に呼ばしておこう。わたしはそんなことを気にとめない。しかしもしも飲んだくれの、ばかな、しぶとい、くだらない、野蛮な性格の人間に忠誠を誓って、わたしの魂を売り渡さねばならないとしたら、耐え難い不幸を味わうことになるだろう。そして最後の審判の日に悲鳴を上げて山や岩に身を隠し、またアメリカの孤児や未亡人や殺害された者を恐れて逃げ回るような人間の慈悲を受けることを想像すると、これまで身の毛のよだつ思いがする。」(128~129ページ)

アメリカ独立に大きく関わっている、トマス・ペインの『コモン・センス』。
もともとは政治冊子で、パンフレットでした。
堅い文章かと思いきや、言いたいことを思い切り叫んでいるような、自由な印象でした。

「イギリスとの問題を解決するには、独立し、共和制にすることが一番だ」という趣旨の本なので、イギリスの王政や植民地支配をこてんぱんに批判しています。
読んでいてスカッとしてくるくらい(笑)

さて、今日から年度が変わりましたね。
おそらく、今年が人生で一番暇な年になりそうです(笑)
本を読むのと、英語を頑張ろうと思います。
ジョージ・オーウェルの『動物農場』を原書で読むのが目標です!

・面白さ    ★★★★★
・読みやすさ ★★★★★
・本のポイント
「イドラ」で有名な、哲学者フランシス・ベーコンの随筆集。

・気になった箇所

「そしてただ哲学者としてまた自然な人間として語った人の言葉に、よく述べられていることだが、「こわいのは死そのものより、むしろ、死に付随するものだ」ということがある。呻き声だの痙攣だの顔色の変わることだの、友だちが泣くことだの、黒の喪服だの、葬式だのといったものが死をおそろしいものに見せる。注意に値することであるが、人間の心の中の感情で、いくら弱いといっても、死の恐怖に打ち勝ち、それを押さえつけることのできないというものはない。そんなわけで、相手との戦いに打ち勝つことのできるものが多く周囲につきそっているときには、死だって、そうこわい敵だというわけでもなくなる。復讐は死に勝つ。愛はそれをなんとも思わない。名誉はそれをあこがれる。悲しみはその方へ向かって逃げていく。恐怖はその先を越す。」(23ページ)

とても格好いいですね!
哲学者の随筆やコラムを読むのは大好きです。
「死」「愛」「善」などの哲学らしいテーマで、それぞれの考えを見比べたりするのが面白いんですよね~

弟に「ベーコンが書いた本読んだことある?」と聞くと、「食べ物が本書くの…?」と可愛らしい答えが返ってきました。
フランシス・ベーコンは、食べ物ではありません(笑)
ベーコンの主著、『ノヴム・オルガヌム』も機会があれば読んでみようと思います。

・面白さ    ★★★★★
・読みやすさ ★★★★☆
・本のポイント
社会と“個人”の相互作用だったり、集団と個性のことなど、マクロとミクロを比較し考察したことをまとている。

・気になった箇所

「人間は官職や身分をしめす服を着ると、彼らに特徴的な傾向をしめし、より狭い特別の性質をもった集団――その集団の崩壊はまた社会化の発達と個性化の発達を意味する――を形成する。ところが、各自思いのままの服を着ている場合は、一面ではより個別的にみえ、他面ではより人間に一般的なものとしてみえる。こうしたことがさらに決定的にしめされるのは、次のように、現実的動作だけではなく心理的観念様式においても、個性の出現と集団の拡大とが相関しているような場合である。他民族にはじめて接する場合、そこにいる個人はすべて区別が不可能なほど似ていると感じられ、それはその民族とわれわれとの相違が大きければ大きいほど強く感じられる。とくに黒人や中国人の場合には、われわれとの距離の大きさがあまりに強くわれわれの意識にのぼってくるために、彼らのあいだに個人的な相違を見いだすことが全くできないのであり、それは旅行者からも聞かされ、またある程度想像できることである。ところが、この、最初は一様にみえる人間たちを知れば知るほど、われわれはますます彼らのあいだの個人的な相違をみとめることができ、それに応じて、われわれと彼らとが全体的に、また基本的に異なっているという明確な意識を失っていく。彼らが、もはやそれ自身、同質的な完結した統一体であるとおもわれなくなったとき、われわれは彼らに完全に慣れ親しんだということができる。」(104~105ページ)

久しぶりにガッツリした古典を読みました。
やはり少し難しかったですね~
今回読んだジンメルは、哲学と社会学の分かれ道のちょうど間にいるような人という印象です。

ですが、気になった箇所で挙げた所はとても納得できました。
皆さんも一度は経験したことがあるのではないでしょうか?
自分とはかけ離れた集団の中にいる人間が、全く同じに見えてしまうという現象。
でも、その集団の中で過ごす内に、それぞれに個性があることが分かってくる。
新しい学校に入った時などがそうだと思います。

今、哲学などの古典を大量に仕入れているので、これから古典の感想をガンガンアップする予定です。
お楽しみに(^^)

・面白さ    ★★★★☆
・読みやすさ ★★★★☆
・本のポイント
教育界に大きな影響を及ぼし、シカゴ学派を築いたデューイが、理想の学校や教育について、学校と社会との繋がりについて意見を述べている。

・気になった箇所

「活動的な仕事、自然研究、科学の初歩、芸術、歴史を学校のなかにとりいれること、たんなる記号的・形式的なものを第二次的な地位に引き下げること、学校の道徳的雰囲気の、生徒と教師の関係の――すなわち規律の――変化、もっと活動的な、表現的な、そして自己指導的な諸要素をとりいれること――すべてこれらのことはたんなる偶然事ではなくて、より大なる社会進化の必然的な所産である。

学校が社会の子どものひとりひとりを、このような小社会の一員たりうるところにまでみちびき、訓練し、奉仕の精神をしみこませ、有効な自己指導の諸手段を供するときに、われわれは、価値高い、美しい、そして調和のとれた大社会にたいする最高・最善の保障を得るであろう。」(40ページ)

全ての章において、いわゆる“詰め込み型”の教育ではなく、子どもの好奇心から学びを広げていくやり方が最善であり、そのような教育方針の学校を作るのが理想だ、と書かれていました。
実際デューイは実験学校を作りましたし、今の教育にもこの考え方が影響を及ぼしています。

ですが、この教育法を実践するには、子どもを見守る大人や、個人に応じた材料や本が沢山必要です。
コストがかかるんですよね。
これが理想だけれども、なかなか一歩を踏み出せないというのが現状でしょうか。

・面白さ    ★★★★★
・読みやすさ ★★★☆☆
・本のポイント
哲学者スピノザの代表作。他の哲学書とは少し違い、スッキリと読める。理系の人は読みやすいかも。

・気になった箇所

「定理1 われわれの精神は、ある点でははたらきをなす、ある点でははたらきをうける。すなわち、精神に十全な観念があるかぎり、精神は必然的にみずから活動するが、また精神が非十全な観念をもつかぎり、必然的にはたらきをうける。」(178ページ)

このように、定理◯◯、証明、系などがあって、非常に分かりやすいです。
普通の哲学書はこんなふうにはなっていません(笑)

スピノザは、主に“神”や“精神”、“感情”を考察しています。
ユダヤ神学を研究していましたが、批判的だったため、ユダヤ教団から破門された過去も。
ドイツ観念論の形成に大きな役割を果たしています。

お正月に読もうと思って買ったのですが、だいぶ遅れての紹介になりました(笑)
ぜひ読んでみて下さいね。

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