虎にならねば

音楽やってます。学生です。 綴というバンドをやっています。

成長

この一ヶ月たらずでバンドは少しだけ成長したと思う。悔しいライブもあったが、それも経験。ようやく四人になれてきたというのもある。

漠然と成長したからこそわかるのは、爆裂にうまいバンドとの依然として絶大なる差。歴然。結局僕らも成長したといえども、ふだんの練習の85%程度の出来を見せるのがやっとで、そしてたとえ今100%出せたところで、その上にいるバンドにはまだまだ何もかもが足りない。底辺にすぎない。大学生バンド。


基礎基礎基礎基礎。
とにかくライブでバタバタバタとなってしまうのを6/15までになおさな。せっかくインスト好きに見てもらえる機会を作って下さったのだから。これはもう、練習と曲に対する全員の納得しかない。今は、人に聞かせる余裕がない。魅せられていない。リズム感以前の問題。不安を勢いでしかごまかせていない。周りを聞けてない。

僕が周りが聞けてないのは、音楽抜きでふだんからやな。
曲に対して100%納得いってないから、曲に対して100%参加してないから、どこかで、自分はこの展開のココの部分は関係ないと思ってしまってるんやろう。そういうフワッとした気持ちは絶対演奏にでる。盛り上げ方の意識、一音一音全てに対しての責任が完全に甘い。


逆にいえば、一音一音全員が納得して出す音は素晴らしいはず。

見てる人の記憶に残りたい。まだまだ追い込める。絶対まだ上にいける。

僕自身ももっとフレーズ詰めていく。
一曲ごとの音作りを極めていく。
次のライブにむけて、普段の生活から見直す。


成長してきたからこそ、このバンドでもっと上のステージにいきたい。
承認欲求しかない。もっと多くの人に認められたい。

追い込む。ここでやらな一生後悔する。一年後をかんがえて生きる。


成長は意識の変わり目、それのきっかけがないと絶対できん。今は単にライブ数というきっかけ。
これ以上はきっかけを作っていくのは自分自身。

まずはレコーディング。resolution。決意。人生最高の音源に仕上げる。

演奏

メンバーを尊敬しながら弾けばいいライブができるんやな。MUSEで感じていたものはこれだった。

フロントマン

新歓を醒めた目でみてる新入生をちょい遠ざけたいみたいな方がいたんだけと

あのうぇいうぇい言ってるだけのライブを見て、感銘受けて入る程度の人間じゃこれから何にもなれないとは思うのは僕が暗い人間だからなんだろか

僕が兼部と迷ってたのも、当時の新歓ライブが正直全て、魅力的ではなかったからであるし

大学生なんてこの程度か、と思ってるくらいがちょうどいいんじゃないか
俺が変えたろ的な
そいつはそれだけ、たくさん良いライブを見てきたのだろうし、そこは認めなあかんとは思う

それでまぁ、のちのち井の蛙であることを知ればいいんじゃないかと

いわゆる長い目で見るってやつ

そもそも15分程度で万人を感動させられる実力があればプロでやっていけると思うけど




ただ、今回ライブみて、
うちには本当にフロントマンがいなくなったなぁと思った
その人が舞台に立つだけで空気も色も温度も変わるみたいな

どのバンドも、時間の支配感がない


まず、うちのフロントマンは自分がフロントマンである事を自覚することから始めないとだめかもしれない

必然的に、ボーカルはフロントマンにならざるを得ないのだから、逃げることはできない

普段の自分と切り離さなあかんと思う

『舞台の上での自分という人になりきる』と言えるかもしれない

そこがぼやけてるから、MCでもチャチャが入るし、くだらないウケをとるし、それを「オッ、カンキャクガアッタカイデスネ~」とかわけのわからんこと言ってたら終わり
終始ブスッとしてても終わり
それで自分が満足すんのか
それでボーカル終えてええのか
それで音楽やめてええんか



さっき、普段と切り離すと言ったけど
切り離すためには普段の生き方も考えていかなだめやと思う、これほんまに最近思うこと


普段の生活はスペースシャトルの燃料みたいなもんで、切り離すために存在してると思ってもいい(あくまでライブの観点においては)
そこにはいろんな感情が詰まってて、嬉しいこといやなこと煮え切らないこと悩んでること、それを燃やしつくして自分が軌道にのるんやと思う

まぁ、そんな例えはおいといて

要は、どう切り離すのかも計算しとかなあかんと思うねんな
いきなり舞台の上で変わろうと思ってもなかなかむつかしい
普段だらしないやつが急にエモいこと言っても寒なるだけやし、逆にそうしたいなら、その気持ちの持っていきかたを普段の生活に照らし合わせて考えるべきやと思うねん
自分がなりたい自分のために



フロントマンは嫌われるくらい、馬鹿にされるくらいの事をやっていかねばならんと思う

動きであったり、MCであったり
出で立ちであったり、歌い方、弾き方、それぞれの際立たせ方は色々あると思うけど

結局は、ほんまに、自分がそのライブで伝えたいことはなんなのか、なわけやし、それはほんまに何気ない生活と密着してると思うねんな


チャラ男が「君しかいない」って歌うのとオッサンが「君は美しい」と歌うのであったらどっちが重みがあるかって話


生活が詰まって生まれたものの説得力は大きい
ライブでも曲でも
それがやっぱ、時間の支配感につながっていくんやと思う

だから、ライブだけ、練習だけじゃなくて、やっぱ広く、普段の生活もつなげて考えていけばいいと思うねんな
音楽なんやしな

言葉とか演奏の重みというものに視線をあてるなら



追記:最近、ようやく、ライブのあとの打ち上げになりつつあるのかなとは思うよね

今まで打ち上げのためのライブやったからな










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