aamall

2014年10月14日

七回忌を終えて

本当にご無沙汰しております。

中学2年生になり声変わりを終えた息子も、40の大台を迎え前厄真っ最中の私もしぶとく生きてます。

気付けば6年、もう七回忌。4人目が生まれて忙しいのに、前日には弟が来阪してくれて当日もフォローしてくれたんで大きな揉め事もなく大助かり。

春から営業所の欠員に伴う担当現場の増大で、てんてこ舞い。9月に法事を終えていたのにここでの報告もおそくなってしまいました。

当時はあれこれ心配してた事も今となっては杞憂。相変わらず毎日何かに追われてますが、それも仕事の事だけなんで、当時の自分に話し掛けられるなら今すぐ現状報告して安心させてやりたいです。

夜勤の現場で中途半端な待ち時間が発生してしまい、パソコンがないので他の仕事もできなかったんでスマホで久々に筆をとることができました。

それでは作業に戻ります。

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2013年09月06日

5年経っても

 ご無沙汰しております。で始まる挨拶が続く文章ばかりで恐縮です。

 昨日で5年経ちました。坊主も中学生になりました。

 色々変わりました。自分だけで背負うのを止めました。

 みんなに後押ししてもらって先日ようやく墓を建てる事ができました。

 5年経っても同じまんまですが、とりあえず生きてます。

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2012年09月07日

もう4年…

 ご無沙汰しております。一昨日は嫁はんの命日でした。

 もう4年…早いですね。

 嫁はんのお友達から沢山のお花を頂きました。嫁はんが唯一飲めたウィスキーも頂きました。昨晩も時々遊びに来てくれる嫁はんの友達が可愛いチワワ2匹連れて遊びに来て夜遅くまで話し込んでしまいました。SNSを通じて久しぶりの方々からもメッセージいただきました。言葉にすると安っぽいですが、こういうのめっちゃめっちゃ嬉しいです。

 坊主と今朝、朝飯を食べながら話してたんですが、新しい家に引っ越してきて2人と1匹…あ、報告遅れました。今年の3月に初めて犬を飼い始めました。ちょっと臆病やけど人なつっこいトイプードルの女の子です。4年前から耐え難い悲しみを抱えているのに2人と1匹で何とか暮らせているのはなんでやろうねと。お父さんは周りに沢山の人がいてくれてお花くれたり遊びに来てくれたりして気付いたんやけど、何かわからんけどお母さんも新しいこの家に一緒に来て見てくれてるそんな気がせぇへん?と聞いてみたら坊主も、

「ホンマや!なんかわかる!」

って。でもお互いなんか怖い感じやなくてエエ感じよねって朝からそんな話ができました。

 あの頃の自分が書いた文章を読み返すと、自分だけ正当化して振りかぶってくる辛さから逃れようとする必死さが痛々しくて恥ずかしくて今すぐ消したい衝動が襲ってきますがこれも同じ自分が書いた事。そのままにして認めて受け止めていくことで、肩書きや形式に囚われてすれ違ったり歪んだりしないように気をつけていきたいと思う。

いきたいと思う!!

 今、自分はすごくすごく辛いけど、すごくすごく幸せ。それは心から言える。

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2012年02月20日

解決なんてしないけど

 例えばの話。

 おっさんがエレベーターから降りてきたとする。自分は入れ違いで乗る。エレベーターがオナラのニオイで充満していたら、おっさんを憎んでしまう。

 でも、よく考えたらその人がしたとは限らない。もっと前の人のお土産かもしれない。そう思うとおっさんへの憎しみは消えるどころかクサいという意識が共有し合えるかもしれない。

 ただ、実際にはオナラのニオイは消えていない。相当クサい。問題点の根本的な解決は実現していない。

 ところがもっとよく考えてみると、そもそもエレベーターに乗る必要があるのかという事に気付く。次の階まで息を止めて乗り換えてもいい。階段を使ってもいい。いや、そもそも上の階に行く必要性を考えてみるのもいい。どうしても上る必要があったとしても、しんどいけど別の手段がある。今すぐの必要がないなら明日でもいい。

 結局オナラのニオイは消えていない。でも恨んで本質が見えなくなるよりは上りやすい。それは心の余裕なのか、醜い劣等感の排除なのか。わからないけどでも上りやすいほうがいいに決まってる。そんな事をふと考えたので忘れないように書いておく。別に誰かの事を指して言ったとかそういうのではない。

 まあ、もし目の前でおっさんに「パスッ」ってオナラされたらそれはめっちゃ腹立つけど、それでもオナラの臭いが好きになってしまうという根本的な解決方法だって探せばあるかも…それはないか。

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2012年02月07日

溜まったゴミが腐る前に

 仕事中にまたお義母さんからメールがあった。坊主の育て方、お墓の事、私や私の母の態度、今まできたメールと同じ内容みたいやけど、文章としてはもう何を書いているのか全然わからなかった。

 俺から生まれたゴミの処理方法を俺自身が間違ってた結果やん。

 ゴミは溢れるまで溜めたらあかん。腐ってもうたらニオイなかなかとれんもん。でも出し方を間違ってもあかん。俺はそこそこタンクの大きさがあると勘違いしてほったらかしてたら、クサいの大嫌いな別の自分が気付かん所でガンガン外に捨ててた。

 ゴミはちゃんと分別して、ちゃんと決められた日に出さんとあかんね。

 すんません毎度の事ながら色々迷惑かけます。


【追記】

 相談してアドバイスもろたり、風呂入りながら自分で考えたりしてちょっと気付いた。ホンマに憎くて存在を否定するなら、溢れる思いをメールにしてぶつけたりしないよな。そういう時どうしてええかわからんもんな。

 ゴミの分別だけやのうて、ゴミ発生の根源を上手に減らすのも大事なんまた忘れそうになった。気付いた気持ちになってたけど未だ全然理解できてへんな。

 言い聞かせて、言い聞かせて。

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2012年02月04日

理由はわからんけど

育ててくれる大切な人、育ってくれる大切な人。

居てくれる大切な人、居たくなる大切な人。

信じてくれる大切な人、導いてくれる大切な人。

なんか理由はわからんけど、

めっちゃおおきにありがとうの気持ちが止まらない。

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2012年01月09日

新年を迎えて

 新年あけましておめでとうございます。

 ご挨拶が遅れましたが旧年中は大変お世話になりました。今年もよろしくお願い申し上げます。

 私も坊主も元気です。すごく元気です。新しい家に引っ越ししました。歩いてすぐ近くのマンションに祖母と母も引っ越して今まで通り世話になってます。自分だけで抱え込まず周りに相談する考え方も少しずつですが備わってきました。坊主も周りのサポートで驚くほど成長してます。私も鬱は克服して投薬も終えましたが、子育てのカウンセリングを続けてもらっています。すべて私にとって大切な人達のお陰です。

 昨年はいろんな事がありました。このブログが自分の過ちをすべて正当化しようと主張する自分の醜い部分だという事を周りの人から教えてもらいそれに気づき、妻や妻のご家族に対する謝罪の念が強く出てきたのも昨年でした。3年かかりました。その間にも辛い思いを続けているご家族の気持ちになる心の余裕は情けない事に未だ私には備わっていませんが、事実を受け止める努力をするために年末の引っ越し前に今まで渡さなかった妻の遺品の分配をお義母さんに提案しました。当然、3年もの間に私が行ってきた無礼の数々からやり場のない怒りが私に矛先を向けて会話にならない罵声が妻の部屋に響き、挙げ句の果てに今回の提案は引っ越しに伴う遺品の処分とまで勘違いされてしまって遺品の一部を破いたり部屋にぶちまけて坊主が号泣、慌てて外に逃がすという事態にまで発展してしまいました。それでもこんな状況になるまで3年間逃げていた責任があると思ったので私はひたすら謝り続ける事ができました。遺品の一部を運んでいる時にお義父さんから

「悪いけど辛抱してやってくれ」

という言葉を頂き私は本当に心から嬉しかったです。最終的に一部を持って帰って頂き、破損した物は処分しましたが残りはすべて新しい家に整頓して置いてあります。

 妻の実家の近くにお墓の建立も検討しており相談したのですが、これも会話にならない誤解と罵声でこの時は話が進みませんでした。でもそれも3年間に私自身が鬱を煩いどうしてよいかわからずただ逃げて考えをコロコロと変えていた事が招いた結果なので、許してもらう事はできないでしょうが誠意を見せようと夜伽の時に言った私の考え方に戻して、何件も嫁の実家の近くで下見を重ねて霊園の目星を付けて話をしてよい場所まで抑えてから何度かお義母さんに相談させてもらった所、ご親戚に墓石屋を経営されている方がおられるとの事でそちらを紹介して頂く事ができました。諸事情で直接購入する事はできませんでしたが親身になって考えて頂いたので私も墓石や場所を選び直す事にしました。大晦日にも今までの詫びとお墓をご親戚と相談している報告、お世話になっている感謝の挨拶をお義母さんにさせていただきました。

 年越しと正月は本当に楽しかったです。弟夫妻と甥っ子2人に加えて去年生まれた姪っ子と共に帰省、我が家を拠点にしてくれたので坊主も大喜び。3人仲良しで一緒に遊んでたし、久々の赤ちゃんだっこは何所までも私や母、祖母の心を癒してくれました。そして何より私は弟夫妻と更に沢山話ができてどう表現すればいいかわからないけど嬉しくて泣きました。親孝行にはならないでしょうが祖母や母の嬉しそうな顔を見て私も嬉しかったです。自分は無茶苦茶幸せな野郎だと思いました。

 でも幸せな時は気付かないのですがふとしたきっかけで恐ろしい程の不安に駆られてます。昨晩未明にお義母さんからまた怒りのぶつけ所が迷走しているだけの返信がありました。貴方たちだけ過去の清算を済ませ、幸せを追いかけて前に進んでいるけれど私たちは時間が止まったままその前に進む貴方から無礼の数々を浴びせられているといういつもの内容でした。でもこれは私の曖昧で無礼な態度が原因です。当時の正当化だけしようとする私とは違い、今はまた自分の考え方が逃げたりぶれたりしないように戒めとしてこのブログを利用しました。今晩中にまた誠意を込めた謝罪の返事をして、1月中には霊園の下見と抑えていた場所と石をご親戚のアドバイス通りもっと大きいものに変更して話を進めていこうと思います。

 …

 いやあかんあかん、難しい事を考えるとすぐに頭がカチコチになってしまう「どんならん」病気がまた発症してもた。ようは、また逃げんようにここに書いて必ず実行しようという心意気なんで、どうか勘違いだけはせんとってください。お義母さんのやった事や言うてはる事は私が原因する所が大半や思てます。誰が悪いて話とちゃう思うんです。だからもう逃げずに私は許されなくても自分の意志で謝りたいんです。

 今年はもっと強くなりたいです。

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