Blue Stars

元「田舎移住者の星日記」です。 東京から美しい星空を求めて田舎へ移住した筆者が、星や自然、動物、田舎暮らしなどについて綴っています。

オリオン座を横切ったISS

一昨日は昼間こそ雲が多めでしたが、夕方になって晴れ間が大きく広がってきました。
とはいえ、弱い冬型の気圧配置は変わらないようで、北西の空低くには黒雲が蟠踞しています。
透明度もあまり良くないものの、久しぶりの晴れ間、私は自宅近くの田んぼの中へ出かけました。
今夜はISSが冬の星座の中を横切ってゆく様子が見えるはずなのです。

ISSってなに?と思われるかもしれません。
いくつかの国が共同で運用している「国際宇宙ステーション」のことです。
日本も計画に参加しており、日本人もISSに乗りこんで地球周回軌道でさまざまな実験などを行っています。

そんなISS、地球を周回する衛星としては低い軌道を飛んでいることから、かなりの明るさで見ることができます。
いつどこで見えるかという予報もインターネットで発表されており、予報に従えば、誰でも簡単に星空の間を移動してゆくISSを眺めることができるのです。

一昨日は、明るい星が多い冬の星座の中を移動するということで、三脚にカメラを載せ、私は19時30分の予報時刻を待っていました。
予報では、南西の低空からオリオン座を斜めに横切り、ふたご座から北斗七星へと抜けてゆくことになっています。

予報時刻の10分前、なんと撮影地に車が入ってきました。
ふだんは誰も来ない場所なのに…。
仕方なく、カメラを撤収し、車を移動させます。

その車をやり過ごし、ふたたびカメラをセッティング。
あと2分というところで、なんとまた車が。

「今夜はどうなってるんだ」と思いましたが、幸いその車はUターンしてくれましたので、なんとか難を逃れることができました。

予報時刻、オリオン座の南西にぽっちりとした光の点が現れました。
その光は、どんどんオリオン座へと接近します。
ISSの進行方向を見極めながらカメラの構図を決め、撮影を開始。

20170327Oriを貫くISS

ISSは、見事にオリオン座を斜めに横切ってくれました。
その後は天頂近いふたご座をかすめ、北斗七星の横を通り、街明かりに呑まれるように消えてゆきました。
長く伸びた光跡がISSです。

車に脅かされながら、なんとか撮影できたISS。
撮影そのものは簡単なのですが、オリオン座のような目立つ星座の中をちょうど横切ることは少ないので、撮影出来てラッキーでした。

明るいので、街中でも簡単に見ることができます。
ぜひインターネットで検索して、あなたもISSを見てくださいね。
あの光点の中に人が乗っているのだと思うと、不思議な気分になれますよ。

「森友問題」に関わる意見交換抄録

国会がいわゆる「森友問題」で揺れています。
この問題について、facebookのとある意見に対し、私が意見を述べたやりとりが続いていますので、今回はその内容を紹介し、この問題に関する私の見解を表明してみたいと思います。
まず、「とある意見」は下記のような内容です。
わかりやすいように、相手の方の意見冒頭に>、私の意見冒頭に☆を付しています。

>仮に誰もが関与していないとしても、安倍と考えが同じの人物や団体が賄賂云々でなくても便宜が図られる社会が一番問題です。森友問題はほんの氷山の一角と見るべきです。日本を良くするのはこの事を改めるべきです。

上気に対する私の意見は以下の如くです。

☆森友問題なんて些少なことよりも、国会ではもっと重要な議論が沢山あるはず。日本は世界に置いて行かれますよ。

その後のやりとりを以下に。

>それを言い出したら何でも「些少」なことになってしまう。

☆国会という限られた時間的・人的・金銭的リソースを考えれば、そこでの審議内容にはおのずと優先順位が求められます。今や、日本を取り巻く国際社会には、北朝鮮のミサイル問題、中国の海洋進出問題など多くの安全保障、経済に関する難題が山積しており、国民の生命・財産に直結する内容であることは誰でもわかることです。なんでも些少なことになるはずありません。あなたの中での優先順位はどうなっていますか?

>日本はアメリカの属国なので外交・防衛等はアメリカ政府が決めるので。

☆日本はアメリカの属国だと誰が決めたのでしょうか。そして「属国」の定義は?
敗戦後は当然のこととして日本は自由主義陣営に属し、アメリカの側に立ってきましたが、そうすることによって得られた対価は非常に大きなものです。アメリカの側に立たない場合、日本が自国で負担すべき防衛費は膨大なものになりますし、外交戦略は非常に困難なものになりましょう。現在の国際社会の中、どの陣営にも属さず孤立主義を目指すことは不可能です。
確かに日本は、多くをアメリカに頼り、その指導に従ってきました。そうすることが最も国益に適ってい
たからです。ただ、アメリカの国力・軍事力が衰退しつつある中、今後の日本は自由主義陣営に属しつつも、軍事や外交は自力で行う必要性が大きくなるものと思われます。そうした状況下で、「アメリカの属国だから」などと主権を自ら放棄するようなことを主張するのは、日本の未来を放棄することに他なりません。実際に、北朝鮮が核ミサイルで狙っているのは日本国内の米軍基地なのですよ。そのことについて真剣に考えられないというのは常軌を逸しています。
日本の独立と防衛について、他人任せにせず、責任を放棄しないで、真剣にお考え下さい。北朝鮮の核ミサイルが落ちてからでは遅いのです。
森友問題と外交・防衛面の重さの違い、子どもでもわかります。国会は言葉遊びやイデオロギーを弄ぶ場ではないのです。
歴史をきちんと学んでください。感情や雰囲気だけに流されることなく、論理で考えてください。

この方との意見交換は今のところ以上で終わっています。

で、今度は別の方から以下のような意見がありました。

>ロッキード事件も記憶に鮮明に残っていますが,今回は濁りきって自浄作用が働かなくなってきています。
嘘つきが国政を続けることが大問題であって,そこがちゃんとしない限り,この国の経済も外交も立ち行きませんよ。弱者を叩き,差別のヘイトを許し,悪い奴らが肥え太るというのは,いつの世もあることですが,その都度審判が下って正常化されたのです。

上気に対する私の意見およびその後のやりとりは以下の通りです。

 ☆何でも正義と悪とに分類して考える。かつてのヒーロー漫画のようですが、物事というのはある側面から見れば正義であっても、別の側面から見ればそれが非正義であったりします。要は主観的なものなんですね。
嘘つきが国政を続ける…。どのような裏付けで為政者を「嘘つき」と論理的に証明できますか。同じく、なぜ彼らを「悪い奴ら」と論理的に証明できますか。
差別やヘイトについては、法律的にも改善の方向に向かっているはずです。それならば、あなたが為政者を「嘘つき」「悪い奴ら」と決めつけることはヘイトではないのですか。

物事を論理的証明のできない感情で考えるのはやめましょう。誰でも好き嫌いはありますが、そうした自分の感情で誰かを貶めることはヘイトそのものです。感情に任せての発言や行動、決めつけは、子どもと変わらないように思います。

> そういう論法はとても簡単ですよね。相対化して見せるのは誰でもできることで,何の勉強もいりません。

簡単だからこそ正しい論法なのです。論理で解決しないでどのような方法で正しい解を求めるのですか?感情で好き勝手なことを言い散らすだけであれば、それこそ勉強は要りません。好き嫌いを発露すれば良いだけですから。あなたはどのような勉強をされてきましたか?

簡単だから正しいのであれば,人は何も考えずに,今の文明も文化も築くことはなかったでしょうね。

論理的思考は、人類が考え出した最も公正で高度な思考形態です。人類は、事物を説明し相互に納得するために長い年月をかけて論理的思考を編み出してきたのです。だからこそ、現在の文明と文化を築くことができました。なぜ「簡単で正しいこと」が、人の思考を妨げ、文明を築けないことに繋がるのでしょうか。その理由を「誰もが納得できるように」説明していただければと思います。

この方とのやりとりは、今のところ上記で終わっています。

私は、森友問題などで大事な国会が空転している現状を大いに憂えています。
でも、森友問題を現在の国会で論議すべき最大の問題と捉えている方が、けっこうたくさんいるようです。
その多くは、左寄りのイデオロギーに支配されている方、あるいは単に体制を批判したいだけの方のようですが、その実態は、上記のやりとりでわかるように、とても議論ができるような方々ではないようです。
私が「やりとり」と書いて「議論」と書かなかったのは、この意見の論者が、単なる感想、あるいは感情を述べているだけであり、まるで子ども相手のようであったことからです。
意見を陳述するのであれば、論理に基づいて緻密で正確なものでなければなりません。

野党の皆さんも、この程度の「意見」しか述べられないようであれば、現在の国会はまさに時間とお金の壮大な無駄遣いです。
もっと考えること、論議すべきこと、我が国を巡る喫緊の課題がたくさんあるはず。
国民を代表する国会議員の皆さんの見識を問い直したいと思いますし、それを面白がって見ている国民の民度についても改めて考え直さなければならないと思います。
ちなみに私は決して与党支持者ではありません。
ただ、皆さん、もっとまともな考え方、議論をしてほしいと願うだけの平凡な一国民です。

文字ばかりで読みづらく、申し訳ありません。
また「森友問題」そのものについてはあえて触れていません。
「些少な」問題に費やすエネルギーは、私にはありませんので…。
 

認知症の母をコンサートへ

昨年初冬より、東京に住んでいた母を岐阜へ呼び寄せ、自宅からほど近い施設に入居してもらいました。
認知症が次第に悪化し、東京での一人暮らしが難しくなってきたことによるものですが、慣れない土地で、知らない他の入居者の方とうまくやってゆけるのかどうか、当初は心配していました。
最初は泣いたり愚痴をこぼしたりしていましたが、次第に慣れて、今では何とか毎日を過ごしているようです。

そんな母の不満は、一人では施設から外へ出られないことでした。
一人で外出して行方不明にでもなったら一大事ですから、施設は職員さんがドアを開けないと外出できないようになっています。
腰椎骨折で長時間の歩行が困難な母は、元々は出かけるのが大好きでした。
なので、それほど遠くには行けなくても外に出てみたいと常々、思っているようなのですが、施設の管理上、思うようにまかせず、それが最大の不満のようなのです。

そのため、私が休みの日には、できるだけ車に乗せてあちこち連れて歩くようにしています。
梅園を見に行ったり、先週と今日は揖斐川町内のホールへコンサートを聴きに出かけました。
母は音楽や美術鑑賞が大好きですので、大変に喜んでくれました。

先週は揖斐川町教育委員会主催のコンサート、今日は、以前に娘もピアノを習っていた揖斐川町の音楽教室の発表会でした。
音楽教室の発表会ですから、小さな子どもから講師によるプロ級の演奏まで、さまざまなレベルの演奏が、さまざまな楽器を使用して行われたわけですが、子どもの拙い演奏も「可愛らしい」と言って母は喜んでくれましたし、上級者の演奏にはうっとりとして聴き入っていました。

20170326みんなの演奏会01

発表会の様子です。
家内も以前にこの音楽教室でフルートを習っていましたので、浅からぬ縁があります。

こうした文化活動も含めて、これからも毎週1回は母を外に連れ出してあげるつもりでいます。
特に音楽や絵画鑑賞といった文化的な刺激は、認知症の進行を遅らせる効果がありそうな気がしますので、できるだけ情報を入手して、そうした会場へ連れ出すつもりでいます。

思えば、まったく縁のなかった岐阜の地に転居させられ、多くの人と共同生活を余儀なくされている母は気の毒です。
でも、あのまま東京に置いておくことはできませんでした。
親の介護というものは、本当に難しいものですね。
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