岐阜県本巣市と福井県大野市を結ぶ国道157号線は、能郷白山の登山口として知られる温見峠(標高1,020m)を最高地点に、崖に刻んだような狭い道路が屈曲して続く日本有数の「酷道」として知られています。
この道はここ何年間も、途中の能郷と黒津の間が大崩落しており、通行するには根尾東谷川の上大須集落と黒津集落を結ぶ折越林道を経由するしかなく、能郷~黒津間は「もう再開しないのではないか」というウワサまで流れていたほど長らく通行不能の「国道」となっていました。
このブログでも、2012年8月25日の記事に「10年ぶりの温見峠」として、その迂回路を通って温見峠を訪れたことが書いてありますが、温見峠までは行けても国道157号線を完全制覇したことにはならないことから、なんとなく物足りなさが残るドライブでした。
そんなわけで、多くの酷道ファン、ツーリングライダー、ドライバーが「幻の能郷~黒津間」の開通を待ちわびていたのですが、昨年11月、とうとうこの区間が開通したとのニュースが流れ、春になるのを待ちわびて、私も出かけてみたわけです。
バイクで谷汲から本巣市へ入り、国道157号線を北上してゆきます。
薄墨桜で有名な樽見を過ぎると、いつもいつも掲示されていた「能郷~黒津間通行止め」の標識がありません。
いよいよ通行可能になったという実感をかみしめながら、バイクのハンドルを握ります。
樽見を過ぎると道は狭隘になり、屈曲が増えてきます。
能郷の集落の外れにさしかかりました。
おお、これでもかといわんばかりに厳重だったバリケードが開門されています。
有名な『落ちたら死ぬ』の看板もありません。
こうして見ると普通の道のようですが、ここのバリケードで涙を飲んで引き返した人は数千人以上はいるはずです。
通行止めだった区間に入りました。
道はますます屈曲と狭隘の度合いを深め、左手は見上げるばかりの崖、右手は深い谷です。
確かに『落ちたら死ぬ』に違いありません。
交通量は少ないですが、時折、対向車が来ます。
緊張しながらハンドルを握ります。
並行する根尾西谷川の渓谷は緑に包まれて綺麗です。

途中の道はこんな感じ。
この崖が崩れたのですから、復旧に年月がかかったのもうなずける気がします。
不通区間を通り抜け、黒津側に出ました。
不通区間を振り返ります。
バリケードが開門されています。
昨年の夏はこんな風景でした。
迂回路として利用されてきた折越林道経由上大須への分岐点。
国道157号線をまっすぐここまで来ることができて感無量です。
黒津の家並み。
夏場は戻ってくる人もいるようですが、冬場はほぼ無人です。
家々の軒にはつっかい棒がなされ、豪雪で軒が折れるのを防いでいます。
このあたりは積雪2mを越える豪雪地帯なのです。
あとは、ひたすら峠目指してカーブする道を走ります。
高度を上げていくと、道ばたにはまだ雪が残っていました。
国道157号線は、道路を川が流れている「洗い越し」でも有名です。
通常、道と川(谷)が交わる場所では、橋を架けて谷を跨ぐのですが、この道では道路を窪ませてそこに谷川の水を流しているのです。
何箇所かある洗い越しをジャブジャブ越えて、温見峠を目指します。
ようやく温見峠へ到着しました。
路肩にはずらりと車が並んでいます。
能郷白山への登山客です。
峠の向こう側は福井県大野市。
大野市までは昨年夏に車で抜けたので、今回は峠から少し福井県側へ下った「温見集落」の跡を確認するだけで戻ることにしました。
温見集落の跡。
大昔から人が住んでいましたが、昭和38年の豪雪で孤立、それ以後、廃村となりました。
それでも、今でも数軒の家が建っていて生活の気配を感じます。
郷社だった「白山神社」の跡地。
神社は大野市内へ移転しています。
その境内にあった「ふるさとの跡」の石碑。
西谷村長の名で、ここが「温見部落」の跡地であることが刻まれています。
あとは、来た道を戻りました。
対向車のライダーたちは、皆、手を挙げて挨拶してくれて気持ちの良い温見峠越えでした。


30年近く前にバイクで越えて以来です。また通行止めになる前に行ってきますね。