◇
 

 どこまでも続く闇だった。時折、すぐ傍らを、ぼんやりとした光のかたまりが、目にもとまらないスピードで通り過ぎる。
 飛んでいるの? ここは宇宙?
 痺れた頭でやっとそれだけを考えた。
 風を切る感覚もないから、きっと道の中を移動しているのだろう。でも何かがおかしい。何が?
 突然、気がついた。
 私の体、どこに行っちゃったの?
(体などもう必要ないのだ。お前は空間そのものになっている。念じれば、時間と空間をどこへでも移動できるのだ)
 じゃあ私、死んじゃったの? 幽霊になっちゃったの?
 ほの暗い声が低く笑った。
(幽霊などではない。お前は生命を超越したのだ。さあ、我らを導くのだ。神のまします銀河中心へと)
 何を言ってるのかぜんぜんわかんないよ。神様がどこにいるかなんて知らないし、銀河系の中心なんて行けるはずないよ。シーリンも純子さんもそう言ってた。銀河系中心に近づけば近づくほどダークマターが増えてくるって。
 くふくふ。ほの暗い忍び笑いが聞こえる。
(まだ夢見やヘルパーに未練があるのか。彼らの役割はもう終わっている。お前と彼らはもともとまったく違う存在なのだ。夢見は造り物に過ぎないし、あのヘルパーの能力は完全に封じられている。お前と同じ血統であっても、純血種はお前だけなのだ)
 シーリンや純子さんの役割は終わっている? どういうこと?
(あやつらは、お前の力を引き出し開発するための道具に過ぎない。それにしても、これほどうまくいくとはな。血のつながりとは、本当にすごいものよ)
 血のつながり? 
(教えてやろう。お前は、シーリンとあのヘルパーに対して、特別の思いを感じることはなかったか? 学校の友人や他の夢見とはまったく異質の思いを)
 特別の思い。たしかにそうかもしれない。シーリンに対する気持ちは、他の夢見とはぜんぜん違う。もちろんそれは、学校の女の子たちがシーリンに寄せる憧れとも違うものだ。
 純子さんについては、察しがつきはじめている。純子さんは・・・たぶん、私の本当のおねえちゃんだ。砂浜で手を振っていたポニーテールの女の子。今しがた見せられた夢の中で、星空の映る窓辺の椅子に座っていた少女。いつかソーニャが言っていたように、私と純子さんの顔は驚くほどよく似ている。『選ばれなかった』と言っていた。自分はあちらがわにいる。精神委員会の決定だと。
 心の奥が音を立てて崩れていく。それってもしかして・・・。

     7

 そのときだった。急に周囲を包んでいた闇が薄くなった。
(あずさ。あずさ)
 かすかな声が聴こえる。
 シーリン!
 闇は急速に薄れ、霧が晴れてゆくようにシーリンの姿が浮かび上がる。
「あなたたちは、邪念に操られています。これ以上、あずさに手を出さないでください」
 宇宙空間などではなかった。さっきの場所・・・都市の操縦室だとソウキチが言っていた円形の部屋に私は立っていた。
 シーリンの手に、レーザーガンが握られている。傍らに倒れているササキとルナ。
(夢見の分際で、我らを裏切るというのか)
 黒いフードの影たちが、真っ暗な顔でシーリンを見つめる。
「あなたたちは操られているのです。あなたたちを操っている邪気が何に由来するものかを調査するために、精神委員会が開かれたのではなかったのですか。あなたがたおとなには、この子たちを安全に神のもとへ導く義務があります。彗星群も超新星も、正体不明の邪気が呼び寄せたもの。何者かが我々を拒もうとしています。その邪気を調査し、取り除くことが今回の精神委員会開催の目的だったのに、都市の頭脳であり最高決定機関であるあなたがたまでもが邪気に操られてしまっては、これまでの努力がすべて無駄になってしまうではありませんか」
 レーザーガンを構えたシーリンの形相は悲痛だった。銀色の髪が乱れ、長いローブには、あちこちに裂け目ができている。
(ふっふっふっ)
 影たちが、滑るように動いてシーリンを取り囲む。
(神託がくだったのだ。我ら全員が神の言葉を聞いた。彗星はすべて破壊したし、この少女の力をもってすれば超新星爆発も難なく回避できる。彗星も超新星も神の試練だ。この試練を乗り越えれば、我らは神の末席に並ぶことができる。我らの目的を果たしたことになる。お前にはこれまでよく働いてもらった。礼を言うぞ)
 じわじわとシーリンを囲んだ輪を狭めてくる。
「それであなたたちは、都市の制御機構を破壊したのですか」
 都市の制御機構? この部屋のこと?
(そうだ。神がそうせよとおっしゃった。神の御許へ行くには、原始的な推進機構など不要だと。この少女の力をもってすれば、銀河系中心まで一瞬で移動可能だと)
「馬鹿なことを。都市は今、超新星化が進む恒星に向ってまっしぐらに進んでいる。すべては正体不明の邪気が仕組んだことです。あなたたちは心を操作されているのです」
(だから、その銃で都市の頭脳を撃つというのか。そんなことができるものか。あの塔の中には、お前の妻もいるのだぞ)
 意外な言葉に、はっとしてシーリンの顔を見つめる。
(といって、我らを完全に抹殺したければ都市の頭脳を破壊するしかない。我らと都市は一体だからな。だが、ひとたび破壊すれば、それこそ都市の機能は麻痺するのだぞ)
 ようやく気づいた。シーリンのレーザーガンは、精神委員会の影たちに向けられてはいなかった。部屋の中央にある塔をシーリンは狙っていた。もしかしたら精神委員会のメンバーも、さっきの化け物と同じような実体映像なの?
 黒いフードの全員が、シーリンに向って片手を上げた。節くれだったその指先が、シーリンの頭に向けられる。
 数秒の間、そのままの姿勢で目を見開いていたシーリンの手から、レーザーガンが音を立てて落ちた。がっくりと膝を折ったシーリンが床にうずくまる。
「あなたたちは・・・都市最高の頭脳を持つ精神委員会のメンバーが、都市を、子どもたちを死に追いやろうとしている・・・。そんなことはさせない」
 立ち上がろうとするシーリンの周囲が、ぼんやりとした霧で包まれていく。
(あずさ。よく見るがいい。父親が悶え苦しんで死んでゆくのを)
 父親?  
「あずさ。許してくれ。ずっとずっと君を愛していた。君はママと私の大切な娘だ」
 消え入りそうなシーリンの声。
「やめて! 何でも言うことを聞くから、もうやめて!」
 我を忘れて叫んでいた。シーリンが私のパパ? 何がなんだかわからない。でも、シーリンを守りたい。たとえ悪魔の手先になっても。
(殊勝な娘よ。だが、この夢見にはもう用がない。この機会に処分させてもらうとしよう)
 シーリンを包む霧がいっそう濃くなった。もうシーリンの姿がよく見えない。

seiretsu34

「やめて! パパを殺さないで! そんなことをしたら・・・」
 心の奥底に、ぽつんと小さく青い輝きが見えた。ほんの小さな点だった青い輝きは、急速に輝きを強めるとともに大きく膨れあがり・・・。
 自分の指先から真っ青な光が放たれるのを、氷よりも冷徹な心で私は見送った。委員の一人をかすめた光が、操縦席の椅子を蒸発させる。
「許さない。パパを、ママを、おねえちゃんを・・・」
 いっそう冷たく冴え渡った心で、今度こそぴたりと委員の一人に狙いを定める。慈悲も憐れみも、もはや憎しみすら感じなかった。委員たちが算を乱して逃げ散ろうとする。
「ぜったいに逃がさない。何があっても」
 手首から先が、青い光に包まれていた。その光が急速に強まり、白熱の輝きに変わる。
 もう一度、指先から青い光が弾けようとしたそのとき。(つづく)


☆イラスト担当の娘が多忙のため長らく休載していた「星冽の渚」を久しぶりに掲載します。
都市惑星の最高決定機関らしい精神委員会と対峙するあずさちゃん。
でも、精神委員会の力は強大です。
委員の口から語られるシーリンや純子さんの秘密に、あずさちゃんの心も揺らぎ始めます。
そんなあずさちゃんの前に現れるシーリン。
シーリン登場と同時にあずさちゃんがとらわれていた幻想が消滅し、今度はシーリンが精神委員会と対峙します。
シーリンの口から、あずさちゃんが実の娘であることが語られますが、そんなシーリンに対し、精神委員会は容赦のない攻撃を仕掛けます。
あずさちゃんの怒りが爆発したとき、以前に彗星を消滅させたときと同様の強烈な破壊能力が発現し…。
次の一撃で、あずさちゃんは精神委員会の委員たちを消滅させてしまうのでしょうか。
制御不能に陥った都市惑星の運命はどうなるのでしょう。
物語はさらに盛り上がってゆきますが、相変わらず娘が忙しいために次回はいつ掲載できるのか…。
できれな一気呵成に最終章まで続けてしまいたいところですが…。