δ 還ってゆく場所・・・星の海
 

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 日ざし。はじめはそう思った。雨上がり、厚い雲が切れて最初に地上に差してきた金色の陽光。
 こけつまろびつしながら逃げ散ろうとしていた黒い影たちが立ち止まり、いぶかしそうに天井を見上げる。
 光はなおも降り注ぐ。部屋いっぱいに満ちる柔らかな光が、すべてを金色に染め上げる。
(あずさ。おやめなさい。あなたは自分の力を制御できない。あなたの怒りは、都市そのものを滅ぼしてしまう)
 静かな声。爆発寸前だった怒りが急速に鎮まっていく。どうしてこんなに心が安らかになっていくんだろう? あなたは誰? 
 金色の光がひときわ強くなった。降り注ぐ光の中から、滲み出すように現れる細い人影。
 後ろで結んだ黒髪。水色の長いローブ。
 精神委員会の黒い影が、一人、また一人と、力つきたようにその場にへたりこむ。
 金色の人影が、にこりと笑う。懐かしすぎるその笑顔。

seiretsu35

「おねえちゃん!」
 思わず叫んだ。
 涙があふれた。視界のすべてが明るい金色に滲む。
「おねえちゃん! 私、人を殺そうとしてた。どうしてあんなことをしたのかわからないの。でも体が勝手に・・・」
 純子さんだった。その体にすがりつく。涙がとめどなくこぼれてくる。
「泣いている場合ではないでしょう。ほら。パパを助けてあげて」
 純子さんが指さす先、シーリンが倒れている。
「シーリン!」
 駆け寄った。仰向けに横たわったシーリンが、弱々しいまなざしで私を見上げる。
「あずさ。私はだいじょうぶだ。それよりも、ルナとササキを」
 ルナとササキ。操縦席の椅子に体を沈めてぴくりとも動かない。
「ふたりとも生命に別状はありません。眠っているだけです。もうしばらくすれば気がつくでしょう」

 純子さんが、黒い影たちに向き直った。 
「あなた方は、もとの場所へお帰りなさい。この計画は失敗です。神は人類を拒んでおられます。このまま進めば、たとえ彗星や超新星爆発を回避できたとしても、いずれ、もっと大きな神の怒りに触れることになるでしょう。私たちは、まだ神の末席に並ぶことはできなかったのです」
 静かな声で告げる。
(人類は、いまだ不完全だというのか。神は我らを受け入れてはくれないのか)
 しわがれた声が、円形の部屋に力なく響いた。
「そうです。残念ながら。神は、あなた方を試したのです。人類最高の力を持つあなた方でさえも、神の意思の前では完全に無力だった。あなた方は神の思うがままに操られ、都市全体を壊滅の危機にさらしました」
 黒いフードの影たちがうなだれる。

 そのうちの一人が、かすかに頭を上げて純子さんに尋ねた。
(お前は、どのようにして自らを解放したのだ? お前の力を制御することは、おまえ自身にも、我らにも不可能だった。それゆえ我らはお前を封じ、お前の妹が力を獲得するための援助役に徹するよう使命を授けた。お前を解放したのは誰だ? 父親か。それとも妹か)
 純子さんが小さく笑った。
「何年も前から私は気づいていました。都市が銀河系の中心に近づくにつれて、私を覆っていたものが、一枚ずつ剥がれ落ちていったのです」
 純子さんの声に、精神委員会のメンバー全員が肩を震わせる。驚き、そして怯え。
(それでは・・・お前を解放したのは神だというのか)
「神、といえばそうかもしれません。あるいは宇宙そのものの意思、といってもいいかもしれません。銀河系の星や星間物質ひとつひとつが持っている思念が連携して、私に命じたのです。自らに忠実であれと」
(やはり神は存在したのか。我らの願いはむなしいものではなかったのか)
「神という人格で呼ぶことが適当なのかどうか、私にはわかりません。ただ、個々の星、いえ、宇宙を漂うチリひとつにも、非常にかすかではあれ、思念が宿っています。太陽系のある銀河系外縁部にくらべて質量が圧倒的に大きい銀河系中心部では、思念の集積も膨大なものとなります。おそらく、そんな空間そのものの思念が私を、そしてあずさを目覚めさせたのでしょう」
 淡々とした純子さんの声。
(にもかかわらず、神は我らを拒んだというのか。人類史上最高の力を、お前たち姉妹に与えたもうた神が)
「そうだと思います。銀河系中心から五千光年、今の人類にはここまでが限界なのです。そのことを神は私たちに告げようとしているのではないでしょうか。これ以上、彼らの領域に立ち入ることは許さない。そんな強い意志を、都市を囲む空間そのものから私は感じるのです」
 邪気。都市の上空に拡がる五万個の星空から私たちの心を圧迫し続けている強い拒否の意思。私もルナもソウキチも、光あふれる夜空に強く憧れると同時に、激しい嫌悪を感じていた。きっと純子さんもそうだったのだ。何年も前から、窓辺の椅子で私といっしょに星空を見つめるたび、純子さんは、そんな宇宙の意思を沈黙のうちに受けとめていたのだ。


☆本当に久しぶりに連載小説の続きを掲載します。
イラストを描いてくれている娘が非常に忙しかったために、長いこと休載となってしまっていました。
これまでの経緯を覚えていない方、また初めて読まれる方は、過去の連載を読み返していただければ嬉しいです。
新たな章が始まり、物語は一気に佳境に向かいます。
純子さんが現れました。
それも、まさに神の子が降臨するように…。
精神委員会はそんな純子さんにどのように対処するのか。
破滅へと突き進む都市惑星に希望と未来はあるのか。
次回、物語はさらなる展開を迎えます。