「星にも香りがある」と言ったら、笑われるだろうか。
 小学生の頃から星を見ることが好きだった。星への憧れはやまず、当たり前のようにプラネタリウムの解説者になった。かれこれ40年以上、夜空を見つめ続けるうち、星それぞれの香りに気づかされた、というわけだ。
 こんなことを書くと、
「香りは大気が伝播するものなのだから、遥か大気圏外にある星が香るはずなどない」
 そんな反論をされるかもしれない。というより、科学的にはその通りだ。
 それでも私は、それぞれの星に固有の香りを感じ取る。たとえば、星占いで知られる「おとめ座」のスピカは水仙の香り、さそり座のアンタレスは真っ赤な薔薇の香り、そして織姫星である「こと座」のベガは生命溢れる初夏の香り。
 こうした「香り」が、その星の見える季節や星自体の色によって印象づけられたものだという見方もあるだろう。実際、スピカは、初春の水仙が咲く季節に見える星だし、アンタレスの色は薔薇のように赤い。ベガは「夏の大三角」のひとつだ。
 と、合理的な解釈をしてみるのだが、真冬の低空を渡っていく「りゅうこつ座」のカノープスは、甘い南国の香りを漂わせる。同じく冬の星座である「こいぬ座」のプロキオンが放つ香りは、柑橘系の果実を思わせる。冬の夕方、西の空に傾いたベガは、やはり初夏の香りをまつろわせる。必ずしも季節や星の色が、その星の香りを印象づけているとはいえないようなのである。
 私が星を見るのは、基本的には学術データを得る「観測」のためだ。とはいえ、科学の視点のみで見上げる星空はいかにも味気ない。星の香り、風の匂い、木々のざわめき。
 そうした自然からの語りかけにいつも包まれてきたからこそ、私は星を見続けてきたのだろうし、これからも見続けていくのだろう。