「星明り」という言葉がある。最近ではどこへ行ってもネオンや街灯がきらめき、星明りなどという言葉は辞書の中でしか生き残っていないようだが、私はこれまでに何度か、この星明りを体験したことがある。というより、星明りに助けられたことがあるといってもいいかもしれない。

 冬の夜であった。私は重たい望遠鏡を担いで、真っ暗な山道を手探りで喘ぎ喘ぎ登っていた。
 懐中電灯を忘れてきたことに気づいたのは、最終のバスを降りて夜の山道を登り始めた時である。すでに帰りのバスはなく、とにかく星仲間の待っている山頂の観測地を目指すしか取りうる手段はなかった。

 空は晴れているはずであったが、分厚い杉の木立に遮られて、辺りは真の闇である。細い道は所々、高い崖の上を通り、あるいは人が一人やっと通れるだけの狭い木橋を渡っている箇所もあった。瞳孔がいっぱいに開いているのが、目の痛みとともに感じられた。望遠鏡は重く肩に食い込み、私は何度かよろけ、転落しかけた。
「この場で朝を待った方がいいかもしれない」。何度、そう思ったことだろう。

 突然、視界が開けた。それまで闇の支配していた山道が、ごくかすかではあるが、確かに青い視覚として映じてきた。山頂へ続くつづら折の道が、青い光の中に長く伸びていた。杉の厚い樹林帯を、ようやく抜け出したのであった。

 空を見上げた。ほこりのような一面の星空であった。もう心配は何もなかった。青い星明りの下を、何かひどく透明な気持で、私は仲間の待つ山頂へと急いだのであった。
 あのときの、一種霊的といってもいい星明りの美しさを、私は今でも忘れることができない。