2018年08月10日

中嶋嗣美の「言葉の露」

『 言葉の露 』

毎年8月、特に被爆国日本は「平和」について急に多くの人が関心をもちます。
平和を守りたいというのは凡ての人の共通の願いです。しかし守る平和のために武器をったり、買ったりとは全く理解できない人間側にいる者が“非現実理想主義者“のレッテルをはられ、軽くあしらわれているテレビ討論を聞いて知らぬ間にそこに染められてゆくことの恐しさを感じとりました。過激な思想や行動でもって、自分だけに通じる理想の平和像を勝ち取ろうとして、かえって紛争や戦争が起こることも現実です。核保有国に向かって3000年前の預言者エレミヤの言葉が今も通じることに眼をとめてみました。

 “身分の低い者から高いものに至るまで皆、利をむさぼり預言者から祭司に至るまで皆、欺く。彼らはわが民の破滅を手軽に治療して平和がないのに『平和』『平和』と言う” エレミヤ書6章13〜14節


続く平和のない時代にイエスの深い言葉『平和をつくり出す人たちはさいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう』口語訳聖書マタイ伝5章9節
ピースメイカー(peacemaker)としてわたし達の出来る小さな祈りと行為が平和の足跡を残してゆくことを語られたのではないだろうか

                      姫路野里教会 牧師 中嶋嗣美


methodist_free at 22:55|PermalinkComments(0)姫路野里教会 

2018年07月12日

教会創立70周年  言葉の露

『 言葉の露 2018-7』

2018年7月1日姫路野里教会は創立70周年を迎えました。70年前の周辺は一本の田舎道をはさみ、両側ほとんど田圃でした。短い富士才町通りにお寺・天理教会(後に移転)神社・キリスト教会がありました。小さな裸電球で夜道は互いの顔を確認できなかった笑い話も残っています。もちろん車も少なく、音といえばこの時期蛙の合唱ばかりです。富士才町という新たな町名がつけられた初代町会長は野里教会の牧師が選ばれました。チョボヒゲはやし、袴姿で町民総会を畳会堂でしていたことを覚えている人は、すでにいないかも知れません。70年過ぎた現在あれから何十倍?増えた町民の住む家は今風になり昔の表札のある四軒を除いて、すっかり変わりました。教会の働きである一つの慈善活動は、今も地域の人が助け合って続けられています。
“是天の門なり”と表札の下を出入りする人凡てに神の祝福を祈り、数少ない信徒を中心に新たな出発を願っています。

                       姫路野里教会 牧師 中嶋嗣美


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2018年07月04日

古川富也のフェニックス的エッセー

『 人生では思いがけないことが起こる 』


思いがけないと言うことは人生に何度か起こるものです。今回は右眉毛の内皮ガンです。今までから大腸ガン、膀胱がん、前立腺ガンを経験してきましたが、皮膚がんなど思いもしなかったモノです。皮膚科のクリニックには今まで水虫でお世話になっていましたが、水虫の薬をもらいに行ったついでに眉毛と目の間が少し赤いので診てもらったら、少し切って組織を検査して、その結果今日電話がかかり来てほしいとのことで、話を聞くと日光性内皮性ガンで手術が必要ですとのこと。希望する病院を聴かれたので今までからお世話になっている府立急性期総合医療センターを希望して手続きを取ってもらいました。すると六月二九日に入院と決まりました。ネットで調べますと病巣部分より少し大きく切取るでしょうから皮膚の移植が必要となるでしょう。それで多分内腿あたりの部分から取ることになるでしょう。
 九〇歳にもなって毎日元気で生活していたから、神さまのもとへ帰るのは何の病気で帰るのだろう、内臓の病気だろうか、老衰だろうかと考えていたので、皮膚がんでは死ぬこともないでしょう。ただ顔が少し醜くなるでしょうが、この年齢なって顔かたちを気にすることもありますまい。
 毎日朝晩にお祈りしていますが「すべてをあなたにお委ねいたします」との神さまのお答えが今回の手術です。わたしにはまだまだ仕事があるよ、ということでしょう。家内がいたらまた心配をかける所ですが、今はその心配もありません。久しぶりの入院で、ゆっくりさせていただきましょう。手術後の痛みはいっときのもので、いつまでも続くものではありません。ただこころの痛みがないわけではありません。「こころの痛み」とはわたしのキリスト信仰が、本当のわたしの信仰になり切っていないという痛みです。というのは、わたしと言う人間が日本の文化的、古典的文化に開花したキリスト者になり切っていないという無念さです。わたしの信仰としての目標はカトリック神父の井上洋次神父が持っている 日本人としてのキリスト教です。日本人としてのまなざしで新約聖書をくみ取るのです。この視点を小説として開花したのが遠藤周作の書いた『沈黙』です。  
キリスト教は西洋の宗教ではなく、人間全体にとっての道、キリスト道なのです。だからと言って仏教・神道をキリスト道と融合させるというようなことではなく、日本人としてイエスの歩みを生きることなのです。
         二〇一八年 七月  大阪東南キリスト教会 名誉牧師 古川富也



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2018年05月16日

第31回「こころのふれあいコンサート」のお知らせ

46b18683.jpg 今年も「こころのふれあいコンサート」を行います。

 大阪東南教会では毎年恒例の「こころのふれあいコンサート」を開催します。
第31回目の今年もソフィアアンサンブルの皆様に素晴らしい演奏と歌を披露していただきます。添付のビラとおり、5月27日(日)午後2時より開始です。入場無料!!!

methodist_free at 22:28|PermalinkComments(0)大阪東南キリスト教会 

2018年05月10日

中嶋嗣美の言葉の露

  『 5月の言葉の露 』

57年前に交付された“母子手帳”が茶焼けした姿で現れました。母になる喜びと不安の記念帖として長い間引き出しの隅に眠っていたのです。あれから母になるということは“母子手帳”から始まって死ぬまで?“母になるとは何か”日々葛藤が続いています。幼子イエスを抱いているマリヤの母子像は多くの人を魅惑してきました。
聖書の中にイエスが母マリヤに対して手厳しい態度の場面があり、母として再度躓いた時期もありました。しかしヨハネによる福音書は十字架上の絶叫の苦しみの中でイエスは母マリヤに向かって、自分がいなくなっても子となる人がある・・・そしてその言葉を受けた側にいる者に向かっても母マリヤをあなたの母として受けるように告げられました。2000年後のこのメッセージは凡ての母が陥りやすい自己愛に通ずる自分の子供だけにそそがれるのではなく、他者に向かっても母になるように。
弱き他者に向かっては与えられた力で子になるように告げられたと受け止めています。
86歳で亡くなった母娘の会話に“これ何?”と感謝の気持ちで小さな乳首をつまむとかすれ声で一言“お乳”と答えたのが耳に残った最後でした。
毎年五月になると多くの人の母になって生涯を閉じた母を思い出します。

                        姫路野里教会牧師 中嶋嗣美


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2018年05月01日

90歳牧師の激白 古川富也のエッセー

 『 今は妄想のとき 』

古代インドでは人生を四期に分け、学生(がくしょう)期〜二五歳、「家住期」(かじゅうき)〜五〇歳、「林住期」(りんじゅうき)〜七五歳、「遊行期」(ゆぎょうき)〜一〇〇歳とし、学ぶべき時、家庭を造り社会で働く時、仕事・家庭から卒業して林の中に庵を構え、自らの来し方行く末を瞑想する時、そして庵から出て思うままに遊行して道を説き、耳を傾け人生の知恵を人々に授ける時と言われています。さて、現在の自分はどの時期にあたるのかは考えて生きる必要があります。
最近読んだ本に五木博之氏の『百歳人生を生きるヒント』<日経プレミアシリーズ>は五〇代(事はじめ)から一〇代ずつ九〇代(妄想のとき)までを記し、「未曽有の長寿時代をどう生きるか・さあ準備を始めよう。」と書かれています。五木さんは昭和二十年のとき中学二年生で、現在の北朝鮮のピョンヤン(平壌)にいました。そして次のように書いています。
敗戦直後現地の日本人の一般市民には「治安は維持される。一般人は軽挙妄動することなく現地にとどまるように」とお上からの声が流されました。しかし政府要人の家族たちはここにいては危ないと察知してソウルの方に南下していきました。国家に寄りかかっていた人たちは、やがて南下してきたソ連軍にすべてを奪われて地獄を見たのです。 国と言う権威は何でもできるということです。人命を紙切れ一枚で引っ張り出すことができるのです。今わたしの手元に直径五僂療があり、その中に横六〇僉⊇鳥諭鮫僂梁腓な紙に「日本国天皇は故古川愛三郎を勲八等に叙し・・・」の賞状が入っています。この紙一枚で父母にとって大切なわが子は引っ張り出されミャンマーの奥地で死んでしまったのです。享年二七歳でした。父母がいなくなった今、わたしがこれを持っていても仕方ないので、私が死んだら棺の中に入れてもらいましょう。棺の中にはつれあいが「私が死んだときこの服をわたしの上にかけてネ」と頼まれていて入れ忘れた式服、以前ここに書いた母の髪の毛など、入れるモノがいろいろあります。ただまだ棺に足を入れる前に為すべきことが残っています。
今月は今年で三一回目を迎える「こころのふれあいコンサート」の新聞折り込みのチラシ一万枚を各社新聞に渡すこと、六月は行動することの反対で「しないこと」を「すること」、すなわち心の中をカラッポにしてただ聖書の御言葉だけを心の中で働いていただくアシュラムという集会を行うことなど、九〇歳のわたしにとって忙しき限りです。 先に九〇歳代は妄想のときと書きましたが、良い意味で妄想に遊ぶこと、聖書の中にある人間では考え付かない言葉に妄想したいと願っています。

二〇一八年 五月  大阪東南キリスト教会 名誉牧師 古川富也





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2018年04月07日

古川富也の命のメッセージ

 『新しい新居に住む』

三〇年間住み馴れた家から引っ越しして介護付き有料老人ホーム「そんほの家我孫子東」に入ることになりました。どうしてそんな気になったのかといいますと、最近老人の孤独死が問題になりましたように、年老いた老人が連れ合いに先立たれ、御近所とも付き合いをせず、新聞受けに新聞がたまっているのを見て、老人が死んでいるのが発見されたという話を聞くようになりました。特に男性にその傾向が多いようです。 このわたしも寝る前に「明日の朝もこのベッドの上で目覚めますように」と祈るようになりました。そんなわけで思い立ったように家内が入所していた施設に申し込みました。すると家内が入っていた部屋がそのまま空いていて、思い出の詰まった部屋で生活するようになりました。職員も今までわたしが毎日のようにお茶の時間になると出入りしていたのですっかり顔見知りの人ばかりで、コミュニケーションもばっちりです。衣食住についての心配も全くなくなりました。
入所前から覚悟していたことがあります。と言いますのはわたしは鶏肉が生来の苦手で口にしたことがありません。でも大勢の中に入るのに好き嫌いなど言ってはらないと覚悟を決めていたのです。すると何日かした日のこと、皮付きの鶏肉の煮物が出ました。わたしは平然と口に入れました。九十年目に味わったその味は、これからの人生の始まりを象徴するものでありました。(天から家内の声がしました。「大袈裟だねぇ」)
二人の嫁が新幹線に乗って何日も整理や段ボールの箱詰めをしてくれ三月七日の午後引越センターの業者が6個の箱を苦も無く運んでくれました。嫁たちは透明なブラケースなどには衣類などを仕分けして遅くまで働いて帰りました。
博多節ではありまんが
    後に残るのはぁぁぁー 六個の段ボール
来る日も来る日も箱を開けてそれぞれの場所に仕分けするのですが何しろ今までの広さに比べれば三叩瀟鮫辰良屋に納めるのが無理と言うもの。頭の中と同様散らかしっばなし。早く整理整頓して用意してある美しいカップでユッタリとコーヒーを飲みたいものです。九〇歳からの新しい希望の生活が始まります。

    二〇一八年 四月   大阪東南キリスト教会 名誉牧師 古川富也


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2018年03月09日

中嶋嗣美の言葉の露

『 あなたは、どこにいますか 』

春分後最初の満月から数えて決められた受難週は今年3月25日から一週間の期間となります。主イエスの御復活の喜びを、兄弟姉妹と分かち合う前に十字架にかけられたイエスの激しい御苦しみを重く魂に響かせる時をキリスト者は一生のうち何回ももつことになります。あらゆる情報過多に毒されている私達はこの受難の時をデビット・ゾペティ氏が指摘したように“慣れ”と“錯覚”と“理屈”で動かされていないか。語り伝える者も聴く者も問われています。桜咲く浮かれ時、受難週だけでも世の楽しみを遠ざけ、キリスト者は静かに迎えようと呼びかけ人の一人となっています。やたらにペンダント、イヤリングで十字架をぶらさげている人に嫌悪感をもっていたことは、イエスの像がない形だけの十字だとけりをつけました。
教会の塔上と会堂の中に掲げられている十字架には像がありません。それはそこに集まる人がそれぞれ自分の信仰で、イエスを想像出来ることがあるからです。偶像化していませんが、ロシアのおみやげにもらった高価なペンダントには両手を拡げたイエス像がみごとに刻まれており、儀式の時だけ胸につけます。手垢のついた聖書とガリラヤ湖で拾ってきた小石とこの十字架ペンダントは私の小さな宝物です。十字架上のイエスを見ることが出来なかった弟子達はどこへ逃げたのでしょうか。ガリラヤからイエスに従って来て世話をしていた大勢の婦人たちは遠くから見守っていたのであります(マタイ27-55)
“あなたもそこにいたのか”のアフリカ系アメリカ人の霊歌(讃美歌21-306)が胸に迫ります。

                      姫路野里教会 牧師 中嶋嗣美


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2018年01月30日

90歳の古川富也 命のメッセージ

『なんで急ぐの ゆっくり人生 たのしもうよ』

 厳しい寒さの中シンビジウムの蕾が春を待っています。齢を取って手入れもできなくなったのに植物は自分自身の存在を主張しています。頭の下がる思いです。
机の上に小さな箱があります。その中には金張りの懐中時計が入っています。いつ貰ったのか忘れてしまいましたが亡くなった兄がくれたものです。時計と言えばほかに旅行用の目覚まし時計も兄からもらったものがあります。金の鎖と時計は当時高かったものでしょう。でも現在わたしが使っている腕時計は一万円ほどで電池も使わず時間を合わせる必要もなく日にちと曜日まで知らせてくれるのです。電波時計ですから一分一秒も狂わないのです。時代の流れ、技術の進歩は絶えず進んでいるのです。
大阪から東京までは新幹線で三時間で行けるようになりましたが、リニア中央新幹線ができたら時速500キロですから一時間程度で行けるようになります。平成三十九年開業の計画ですからあと九年、わたしは九十九歳になります。現在の社会人は乗れるようになるでしょうが、わたしには無理でしょう。ホームページを見ると「移動時間の短縮は、人、モノ、情報の活発な交流を生み出し、快適な生活圏の創造とバランスのとれた国土づくりが可能となることでしょう。」と利点だけをうたっています。でも利便性の恩恵を受けるのは東京・名古屋・大阪の三都市だけで、その他の都市はますます過疎化が進んで若者は大都市に集中して、老人だけが残された都市、村々となるのではないでしょうか。移動時間の短縮はかえって仕事が増えて忙しさの中で快適な生活どころか家庭さえも破壊されかねません。
 「なんで急ぐの ゆっくり人生 たのしもうよ」
人生、よく生きて百年。日本人の平均寿命は四捨五入して女性八七歳・男性八一歳、あなたあと何年生きられますか。自分では決められません。神さまが「もういいよ」と言われる日まで寿命はおまかせして、どうせ為すべきことを全部為しとげることはできないのですから。仕事はそこそこにして空いた時間は自分の為すべきことに使いましょう。

二〇一八年 二月      大阪東南キリスト教会 名誉牧師 古川富也


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2018年01月11日

言葉の露 中嶋嗣美の告白

            『新年最大の満月に思う』

2018年1月2日、今年最大の満月が現れたそうです。月と地球の距離が35万キロ〜40万キロの間で変化しているということから、近いと大きく明るく遠いと小さく見えるようですが、雨天が気になります。主の再来を待ち望んでいる聖書箇所はその時、月も太陽も光が消え失せるとあります。沈む夕日の美しさ、夜空に輝く月に心奪われている者にとって、天体が消失せることは想像出来ません。創造主なる神になんと祈ったらよいのでしょうか。


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