日本自由メソヂスト教団 宣教開始120周年

私達の教団は、「貧しい者への福音」を掲げて1897年河辺貞吉師による淡路島福良での伝道からスタート致しました。私たちを取り巻く「いのち、人権、平和」をつぶそうとする動きに抵抗して、「地の塩、世の光」としてのはたらきを続け愛のある環境を築いてゆきたいと願います。共に歩みましょう。

世界祈祷日 記念講演の様子

2017年世界祈祷日礼拝が今年も母の家ベテル(神戸)で開催されました。
 
 日本自由メソヂスト教団はNCC女性委員会の呼びかけに応えて、教団女性委員会を中心に、3月5日神戸市東灘区にある「母の家ベテル」で午前11時から「2017年世界祈祷日礼拝」を開催。合同礼拝、愛餐会、フィリピンのスライド上映、パイプオルガン演奏、記念講演が行われました。この日、記念講演をしてくださったのは日本キリスト教団神戸イエス団教会の上内鏡子牧師で、上内先生はフィリピンでの体験を通じて学んだ貴重なお話しをしてくださいました。講演要旨は以下の通りです。
『フィリピンという国はパイナップル・バナナ・石油の輸出で知られているが、
もうひとつ大きな輸出は労働力である。それはマルコス大統領の政策であった。
1960年代〜労働者としての女性が増えてきた。差別・暴力を受ける帰国後、社会復帰はむずかしい。人身売買的に安く使われる
私はフィリピンのバティス女性センターでソーシャルワーカーとして働くようになった。女性センターに来る人は貧しい人が多く、収入源の確保の為に、裁縫・ろうそく作りを習ったが、即、お金になるものはなかったように思う。
バティスの意味は湧き出る泉、希望が湧き出るように水がこんこんと出て、希望を途絶えさせたくない思いで活動した。フィリピンでの活動で、フィリピンの方と結婚した。
今回の世界祈祷日のテーマは「わたしはあなたに不当なことをしているか」ということだが、神様の恵みと思えないことがあるが、神様の恵みと変えていくように努力したい。』(文責は編集事務局)

『言葉の露』

2011年3月11日、東日本天災・人災の被害から6年が過ぎました。
津波から逃れて救われた生命の輝きがやっと見え始めた今、2500人余の行方不明者がまだおられ、その魂が救われることを遠く離れた地から私の神に祈るばかりです。冷たくなった死者との対面がない場合、いつまでも故人がどこかで生きている錯覚にとらわれるのは人間の弱さか、それとも強さか、心病んで曖昧な答えしか出来ません。ただ在りし日を偲ぶ暖かさがご遺族の救いとなることに応援したいと願っています。それに反して原発人災は情報自体の信憑性を見極めることが非常に難しい壁にぶつかり、しかたなく土地を離れざるを得ない人への理解が乏しいことは国民全体の責任であります。転校生に向かって悪口を放ったことは、政治家がよく使う”遺憾”という意味で片づけられる問題ではありません。毎年迎える日本列島に桜が開花するこの時期、悲惨な体験を背負わされていることは負の遺産を持っていることになります。
”今の時を見分けることを知らないのか”(ルカ・12-56)との2000年前のイエスの声が耳障りにならないように聴く耳をもちたいと日々葛藤しています。複雑すぎて答えられない。”今の時とは”何を指すのでしょうか。

『 赤帽さん 』

三月は年度の終わりで進学、就職、転勤など鉄道で移動する方も多いことでしょう。今日わたしがここでお話しする「赤帽」というものをご存知の方は多くはないと思います。赤帽と聞いてすぐ軽トラックの赤帽を連想する方のほうが多いのではないかと思いますが、けれどここでわたしがお話しする「赤帽」とは違います。最近では宅配便が発達したことでこれを利用される方が多くなりました。それで鉄道などの移動でも手荷物は最小限にするのが当たり前になってきました。わたしが子供のころ、すなわち八〇年も昔のころ、国鉄の主要な駅には「赤帽」といわれる赤い帽子をかぶった人がいて、「赤帽」さんと呼べば革の旅行用カバンをサッと担いで客車まで運んでくれたものです。また指定席であればその客車まで迎えに行きました。だから二等車のお客様がお得意さまで赤帽は二等車のそばにいつも立っていました。費用は当時の値段で二銭とされていました。 赤帽の歴史は古く、私鉄の山陽鉄道が一八九六年(明治二九年)に岡山、姫路などの主要駅に荷運夫(にはこびふ)を置いたとあります。その後国鉄にも広がりましたが戦時中は不要なものとして廃止され、戦後復活したもののいつしかすたれて消えてしまいました。ところが現在でも赤帽のいる駅があったのです。奇しくも赤帽が日本で最初に始まった広島駅で頑張っているのです。 では現在赤帽の必要はないのかと言えば、高齢者、障がいを持っている人たちなど、需要はますます必要となっているのです。このわたしなど杖をついて歩いている者にとっては、電車などに乗りたくても、休み休みしながら歩くのがやっとで荷物までは持って行けないのです。こんなとき赤帽さんがいればどんなに助かるでしょう。
そんな時、イエス様の声が聞こえます。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」イエス様がわたしの重荷を代わりに背負ってくださるといわれるのです。高齢になり障がいを持つようになって、「ありがとうございます」と心から感謝するのです。
        二〇一七年 三月 大阪東南キリスト教会 名誉牧師 古川富也

一月号
              言葉の露
2017年新しい年をむかえました。まず創造主なる神に感謝しましょう。
  「蜂はお花のなかに、お花はお庭のなかに、お庭は土塀の中に、
   土塀は町のなかに、町は日本のなかに、日本は世界のなかに、
   世界は神さまのなかに、そうして、そうして、神さまは
   小っちゃな蜂のなかに。」
この詩は金子みすずの言葉です。熱心な浄土宗の母に育てられた彼女がどんな
神さまをイメージしたか解せませんが小さな
「いのち」に宿る神に出会ったことは確かです。聖書が伝える神は人間を神の
似像に創造されたとあります。神さまのご計画の中に私たちが居るだけでなく、
神さまが私たちの中にいて下さることを大切にしなければなりません。
いのちのあるかぎり・・・残念ながら彼女は26歳で自死しました。その理由は
いろいろあげられていますが、それは本人しか言えないことです。まして人間側から神のご計画だったなどと言えません。”彼女がイエスの言葉に出会って
いたらと過去形もむなしい響きです。今は命を与え給うた創造主の懐で安らかに眠っていることでしょう。死も生も人間のいのちは凡て創造主なる神の御手にあります。平和を望み、今年も委ねて与えられた道を歩み続けましょう。

二月号         言葉の露                   
雪で覆われた土の中で耐えてきた“蕗の薹”が顔をだす季節が巡って来ました。苦みと香りを口にすると、ま近かに春の神秘を思わずにはいられません。今、大きく問題になっている神秘と全くかけ離れた人口知能(AI)が人間を
どこに連れていくのか多くの人は時代の潮流を見通せないまま日々暮しています。60年前出会った老漁師が笑顔で“わしらはラジオが台風を知らせる前に
あわびが先に知らせてくれる“と伝えてくれた言葉を思い出し、神秘の世界がそこにあったのだと今になって受け止めています。神秘解明のため猛烈な科学技術の発達がバベルの塔(旧約聖書創世記11章1〜9)を積み上げているのではないかと心痛めている一人です。ガリラヤ湖畔を背にイエスさまは”空の鳥をよく見なさい“”野の花がどのように育つのか注意して見なさい“(新約聖書マタイ6称25〜34)“よく見る”“注意して見る”はその中に創造主の神秘を通して人間の歩むべき道がしっかり備えられていることを、悟らせるための言葉です。思い悩む人は何回も味わってみましょう。

『憲法が危ない、改悪させない一年にしましょう』

安倍晋三自民党総裁は同党の新年の仕事始めの挨拶で次のように語りました。憲法施行70年の節目の年を迎えたことに触れ、「新しい時代にふさわしい憲法はどんな憲法か。今年はいよいよ議論を深め、だんだん姿かたちを表していく、私たちが形づくっていく年にしていきたい。」 
現在の憲法はあの悲惨な敗戦の中から国民によって「二度と戦争をしない」という決意のもとに作られ承認したものでした。不戦の誓い、人殺しのための武器を持たないとの決意は憲法9条として輝いています。70年たっても変わることはないのです。自民党は新憲法草案を用意しています。この草案とは戦前の大日本帝国憲法のように、天皇を最高権力者とした国民不在の憲法です。最終的にはこの草案を土台とした新憲法を造りたいのです。でも国会での審議を聞いていると、中心の9条ではなく、あまり問題にならないようなものから手を付けていこうという姿勢が見え見えです。ただ、一つ変更すれば一つも二つも大して問題はなくなってしまうでしょう。最後は憲法9条を狙っているのです。
豊臣と徳川の大坂冬の陣で豊臣側が徳川の提案を入れて大坂城の外堀を埋めることを承認したのです。すると川方が約束を無視して外堀も内堀もすべて埋めてしまい、裸城となった大坂城は夏の陣であっけなく落ちてしまい、豊臣は滅びました。
憲法9条も同じで、絶対改変してはならないと決意するなら、新しい時代にふさわしい憲法などという綺麗ごとにはのらないことです。 憲法施行70年の節目とはいったいなんでしょうか。現在衆議院も参議院も自民党を含め改正を必要としている議員が三分の二の議席数を獲得しているからです。思い通り戦争のできる国に変更できるのです。兵器も自衛隊の名のもとすでに一等国並みなのです。
聖書にはイエスの言われた言葉が残されています。ユダヤ人の指導者たちはイエスを捕えて十字架につける為に剣を持ってやって来ました。弟子のペトロが剣を持って反撃しようとしたときイエスは言われました。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。」武器に頼らない国は何に頼るのでしょう。「いかに幸いなことか。主を神とする国は。」クリスチャンは神さまに頼る者なのです。
      二〇一七年 二月    大阪東南キリスト教会 名誉牧師 古川富也

『 生々流転 』

横山大観。この画家の名前を知っている方は少なくなってしまいました。明治から昭和まで三代にわたって日本画の大家として活躍しました。一八九九年明治二二年東京美術学校(現東京美術大学)の第一期生として入学、その後美術学校助教授就任、美術学校校長・ 岡倉天心が排斥運動により退職するに伴い大観も退職しました。後に大観は水墨画を極め四〇メートルもの大作を描き、その巻物に「生々流転」と名付けました。現物は今、 東京近代美術館に所蔵されています。
 この大作は山峡に降る霧雨から始まります。霧雨は葉末に結ぶ水滴として地上に落ち、後から後から集まり谷川に細い渓流を作ります。渓流は小さな滝となり急流となり、別の谷川からの渓流と合体して川幅が広くなり瀞峡となり、大河となって海に注ぐのです。海は荒れ狂って水は竜となって天に昇り、また姿を変えて山峡の霧となるのです。
 このように「生々流転」とは、次々と生まれては常に変化し続けることだと、あるところで解説しています。大観はこれを描きながらこれは人生そのものだと思いながら描いたのではないかと想像しています。
 確かに人間が胎児として宿ったときは形もないようなありさまでありながら、そこには命があり考える者して成長し周りの世界から様々なことを吸収し学んでゆくのです。歩くことのできない幼児が二本足で歩くことから社会生活の中で生きることを学び、自分中心の生き方から他者との間で生きる者であることが分かってくるのです。渓流が他の渓流と合体して川幅が広くなるように、人格としても他者との意思疎通ができる者へと進化し続けていくのです。 そしてこれ以上変わることのない者として海に入り、ついには死んで天に帰るのです。 ではわたしの体は年老いてどうなるのでしょう。聖書は「たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの『内なる人』は日々新たにされていきます」と書いています。わたしの肉体はボロボロになっていますが、神さまから与えられている霊的いのちは、毎朝聖書を通して神の言葉を聴きながら対話を続けていると、毎朝新しい人として造られているのを実感しています。老いても若さが与えられているのです。

    二〇一七年一月    大阪東南キリスト教会 名誉牧師 古川富也

記念礼拝

11月3日「教団宣教開始120周年」の記念礼拝と式典・・歴史的な意義を収める
                   
ハレルヤ 主のみ名を賛美いたします。
この式典を通じて、当教団は馬場嘉市師と西阪保治師の教師除名処分の過ちを神に懺悔し、赦しを乞い、「1931年(昭和6年)教会裁判事件を反省する教団声明」を内外に明らかにして、両師の名誉回復を果たすことが出来ました。とりわけ遠路はるばる伊豆の地からお越し下さいました星野正興牧師には、当教団の犯した過去の罪に対し、深い愛情をもって和解の執り成しをしてくださいました。また素晴らしい記念講演をしてくださいました。星野先生をはじめ、ご関係の皆様方に御礼を申し上げます
当日は、ご来賓の皆様をはじめ、教団内外から97名の方々が大阪日本橋教会の礼拝堂に参集し、心を一つにして、賛美し祈り、聖霊に助けられて、交わりの時を過ごせましたことは至福の喜びであり、教団の新たな歴史を進めるにあたり、大きな宝物が与えられたものと感謝する次第です。
主の平安   

「クリスマスシーズンを終えて」

時の天災・人災の激流に喘ぎながら、2016年最後の月となりました。毎年アドベント(待降節)・クリスマス(降誕日)を迎えるこの時期は、修道士画家アンジェリコ・フラの“受胎告知”の壁画が登場します。もちろんフレスコ画は持ち出すことは出来ません。紙に写した聖画で見るしかありませんが、機会が与えられその実物をフィレンツェのサンマルコ修道院廊下で心ゆくまで鑑賞しました。早速売店でその絵葉書を手にとりましたが、美しすぎてがっかりしました。世に溢れるクリスマスが過大美化され、その本質が遠ざけられていないか、教会は心痛めています。もしクリスマス物語の絵を画くとしたら聖書のどの場面をとるか想像してみました。簡単に表現できる飼い葉桶にねかせてある乳飲み子イエスの手だけ大きく画くでしょう。その手で招かれ、今があるからです。

『 私の生きがい 』

間もなく一年も終わります。高齢になってからの一年の早いこと。それなのにおかしいのは九十歳を迎えることが楽しみになっていることです。わたしはいつまで生かされるのだろうか。八十八歳は米寿、九十歳は卒寿、九十九歳は白寿、百から横一を取ると白になるからと、こじつけのようですがそこでおしまい。
 先日のテレビでセンテナリオンが話題になっていました。百歳以上の人をさす言葉だそうですが、日本では6万5千人以上、世界では45万人いるそうで、百歳も珍しくはなくなっているということです。これらの人たちを医学的に調べると慢性炎症が小さい人が多く、あの「ぎんさん」は通常の人の十分の一以下だったとあります。センテナリオンを医学的でなく別の方法で調べると、長生きの要因は生甲斐を持っているか否かだそうで、その生甲斐も欲望を満足させる快楽型ではなく、仕事などの満足感を持っているか否かだそうです。 よく「人間も動物だ」という人がいますが、生甲斐が動物と人間を分けるようです。 朝早く薄暗い夜明けが近づくとカラスが鳴きはじめます。彼らにとっての夜明けは今日一日生きるために食べ、子孫を増やすことが生きるための使命、いえ本能なのです。 わたしにとっての夜明けは、今日も生きるために命を与えてくださったことを感謝する時なのです。そして今日もこのわたしに新しい命を与えられた創造者、父なる神さまのお言葉を一日の初めに聴き、何をこのわたしに期待しておられるかを教えられ、そのためにはどのように生きるべきかを神さまに問いかけ、祈るのです。祈りを通して応えられるわたしへの神さまの期待は、自分にとって都合の良いことばかりとは限りません。逃れたいことだってあるのです。 三十九年間会社で働いて、定年後はゆっくりと自分の人生を楽しもう、と思っていても神さまからの問いかけは「人生それでよいのか」のお言葉でした。神さまのご計画はこのわたしを決して離さないのです。神学校を志願して入学、神の言葉を語る牧師にさせられました。 高校を卒業してから牧師への道を進んだ牧師に比べれば、中途半端なわたしでも、これでよかったとの生甲斐が、「私の人生はこれでよかった」と今日も生かしているのです。

    二〇一六年十二月   大阪東南キリスト教会 名誉牧師 古川富也

「言葉の露」

 九月、長寿感謝会に東京大泉バプテスト教会聖歌隊をお招きして小さなコンサートを開きました。演奏途中、一人のメンバーが歌いながらハンカチを出して激しく泣き出され、聴衆者ははらはらしながら見守りました。指揮者が皆さんに“この曲を歌うと召天された一人の人を思い出してしまう”ことを弁護され、すぐ元の体勢に戻し、彼に“もう泣かないで・・”と優しく宥め次の曲へと進みました。この一瞬言葉に表せない空気を共有できたことは、聖霊の御働きと受け止める他はありません。
 キリスト者の集まりは、聖日礼拝をはじめどんな小さな集いでも讃美歌を歌うことから始まります。まず神のみ名と偉業の偉大さをたたえ、主イエスを告白してきた讃美歌は、私達を信仰に導き養い育ててくれていることを証します。
月に一度礼拝に来られる3人の兄弟姉妹と手話で賛美する時、幼子のようになれる信仰が自然に湧いて声にだして歌うことのない味を体感します。
心で歌い、声で歌い、体で歌う賜物は凡ての人に与えられていることを覚え、感謝しましょう。
  “後の時代のために、このことを書き記されねばならない。
   「主を賛美するために民は創造された」 “詩編102−19

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