2006年12月23日

移動します

プロジェクト「L」のブログ、
ソフィー・ジ・アカデミーの「今日の学長」の
中に吸収統合することにしました。

これからはこちらをご覧くださいー!
http://www.execueng.co.jp/gakucho/

mewla at 15:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2006年12月14日

ジョン・フォッピさんと

dc7fb5d6.jpegアメリカのモチベーショナルスピーカー、
ジョン・フォッピさん
http://www.visionaryvelocity.com/
が来日中。

日本で発売された彼の邦訳本
『「答え」はあなたの中に在る』
http://tinyurl.com/y74345
のプロモーションなどが今回の訪問の目的。

ただ、月曜日はフリーだったので、
一緒に浅草などへ遊びに行きました。

とても気さくで素敵な方でしたよ。
本も読みやすく、クリスマスプレゼントなどにも
いいかもしれませんね。

写真の真中がフォッピさん。
右隣がおくさん。

ちなみに左隣はお友達の川島さん。
彼もブログにフォッピさんのことを書いているので、
リンクしておきます。
http://www.kawashimahiroaki.com/cat5/post_5.html#more


恵比寿キャンパス
オープンハウスについてはこちら。
http://mewlas.seesaa.net/archives/20061214.html



2006年11月27日

プレゼントの法則

「ハッピー」を創造するための
基本的な法則のうちのひとつ。

「それは自分の持っているものを
 相手のために差し出す」
ということ。

【例】
Aさんがリンゴを2つ持っています。
Bさんはバナナを2つ持っています。

(1)プレゼントしないとき
   
   AさんBさんがそれぞれ
   自分の持っているリンゴとバナナを各自で食べる。
   おいしい。
      ↓
   Aさん1ハッピー、Bさん1ハッピー
   【合計2ハッピー】


(2)プレゼントするとき

   AさんがBさんのためにりんごをひとつプレゼントする。
   リンゴ好きのBさんが喜ぶ(1ハッピー)のを見て、
   Aさんもうれしくなる。(1ハッピー)
   Bさんはお返しにバナナをAさんにあげる。
   AさんはBさんのその気持ちに喜ぶ。(1ハッピー)
   BさんもAさんの喜ぶ姿を見てうれしい。(1ハッピー)
      ↓
   Aさん2ハッピー、Bさん2ハッピー
   【合計4ハッピー】



このように気持ちを込めたプレゼントをすると、
物質的にはまったく増えていないのに、
ハッピーは2倍になる。

まあ、もちろんここまで
世の中は単純ではないが、
本質を表すことはできていると思う。


こういうことを、
まず大人が意識して体感して納得しよう。

その後で、子供に
こういう単純で基本的な世の中の仕組みを
彼らの目線で伝えてあげよう。



※「持っているものが全くない時はどうするんだ」
  という議論は、ナシ。
  だって、誰もがかならず「何か」を持っているから。





2006年11月11日

簡単に思ったことが実現しない「メリット」(2)

夢や目標がなかなか実現しない。

そのメリットのふたつめ。

それはその夢が実現した時に、
そのうれしさ・有難さがよーく分かる、
ということ。

簡単に手に入ってしまったら、
その大切さがわかりにくい。

でも、なかなか手に入らなかったら、
その貴重さが身にしみてわかる。

だから本当に大事なものほど、
手に入りにくくなっている。

そんなことって、
結構多いんじゃないか、
と思う。


そしてそう考えると、
夢や目標がなかなか達成されないことさえも、
有難く思えてくる。

そう思えると、
不思議と目標達成のスピードが
早くなったりすることも
よくある。


mewla at 17:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2006年11月07日

簡単に思ったことが実現しない「メリット」(1)

夢や目標がなかなか実現しない。
そういうことはふつうによくある。

一見イライラするようなこういう「世の中の仕組み」にも、
よーく考えてみると、
実はメリットがあることに気が付く。

ひとつ目のメリット。

もし思ったことがあっという間に現実になってしまったら、
「こうなったらイヤだなあ」というネガティブ思考も
簡単に現実になってしまう。

もしくは人を怨むような思考やおとしめるようなイメージも
すぐに現実になってしまう。

そういうことにならないよう、
ひとつの「ストッパー」のような役割を
こういう「世の中の仕組み」は、
果たしている、
と思う。


2006年10月19日

もしも・・・

もしも会社が居心地のいいカフェのようだったら。
もしも会社がお互いの成長を促すことを目的に作られていたら。
もしも会社がホッと落ち着くコミュニティだったら。
もしも会社が創造性を刺激するわくわくする場所だったら。

そういう中で他人や社会のためになる
モノやサービスを作り出せる場所だったら。

そんな会社があったらどうなるだろう。

そんな会社がたくさん日本にできたらどうなるだろう。

「そんなの無理に決まっている」
というのは非常にたやすい。

だけど、無理だと思うような理想を
あきらめずに達成しようとし続けるのが、
本当の起業家精神だ、
と思う。

何事もまず想像することから始まる。

想像することなしに
新しいものはつくれない。

2006年10月18日

テレビがウチにないのでニュースはほとんど見ませんが

最近、不正のニュースとか、
本当に多い。

でも、その数が昔に比べて増えているわけでは
決してないんだろうな。

そういう現実を
現実だから、とあきらめられない
人が増えている、
っていうことなんだろう。

そういう人が、
何とかしようと、
マスコミに知らせたり
ホームページで公表したり、
ということが増えている、
ということなんだろう。

だからこういうニュースが
今増えていることは
きっといいサインなんだろう。

2006年09月22日

教育問題を考える第一ステップ

問題の解決策を議論する時には、
まず「理想のイメージ」を共通のビジョンとして
持たなければいけない、と思う。

それがないのに、
手段ばっかり議論しても、
あまり意味がない。

行き先が全然違うのに
交通手段を議論しあっているようなものだ。


教育問題に関する議論が、
ほとんどすべて不毛に見えるのは
このため、だと思う。

教育問題も
まずこの「問題解決のための第一ステップ」を
しっかりと踏まなければ先に進めない。

それができないと
何をやってもうまくいかない。

2006年09月15日

「決意」の力

最近
「そもそもなんで自分はこういう仕事をしているんだろう?」
と改めて考えてみたりした。

何か小さいころに、
きっかけとなるような出来事はあったのだろうか?

いろいろ自分の思い出の中を探ってみた。

探ってみてひとつ、
すごく鮮明に残っている映像が出てきた。

...............................

小学校5年生の時。

居間の入り口で、
何かを父親か母親かそれとも両方かに
何かを言った。

とても大切なことを言ったのに
「子供だから」
と一蹴された。

ほんとに何気ない、
よくある大人の言い方だったと思うけど、
それがとっても悔しかった。

居間の敷居の前で立ち尽くしながら、
歯をギリギリと噛んだ。

「どうして大人はみんな子供だったことがあるはずなのに、
 子供の気持ちが分からなくなってしまうのだろう?」


イライラしながらそう思った。

そして
「自分は子供の気持ちが分からない大人にだけは 
 ぜっっっっっったいにならない!」

と決意した。

この「決意の言葉」は、
口には出していないが、
心の中で呟いたその台詞は
一語一句正確に覚えている。

この決意が「子供の気持ち」や「学ぶ人の気持ち」に立った、
学びの場を作ろうとする、
今の仕事に自分を向かわせているのかもしれない。


一度した決意は、意識していなくても
人の人生を方向づけていくものなのかもしれない。


2006年06月01日

新しい場

「場」が教育において大切、と考えているということは
以前何度か書いた。
http://blog.livedoor.jp/mewla/archives/cat_188026.html

5月から正規開校した「行動するための洋書塾」も
かなりいい場所になってきた。

まだまだいろんな可能性を秘めている
「宝石の原石」という感じ。

これはぜったいに面白いものになる。

mewla at 06:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2006年04月13日

プロフィールを新しく書いてみたので、アップします。

大学生のころ、私は山登りをやっていた。
そしてヒマラヤを目指して訓練していた。
夏も冬も毎週のように山を登りに行っていた。

そしていよいよ3ヵ月後にヒマラヤ遠征を控えた時期の
山行で、私は300メートル滑落し、遭難した。
左足を骨折。そして凍傷。
2日後ヘリコプターで救出され、入院。
手術。しかし医療ミスで院内感染。
一時は左足切断の可能性も高かった。

しかし奇跡的に回復。

この経験の中で気づいたのは、
「医者」というある意味現代の教育システムの中で作られた
「エリート」たちが、多くの知識を持っているにもかかわらず、
その知識を「人」のために使おう、という意識をあまり持っていない、
ということ。
そのために人を機械のように扱い、軽視するために
考えられない医療ミスを起こしたりする。

本来人を幸せにするためにあるはずの知識が、
あまり人のために使われていない。

そういうことが今の社会にはあふれている。

それを知った。


そこで、「教育」というものに興味を持ち始めた。
まず「アメリカには理想の教育があるかもしれない」
と思い、留学。

でも、そこには「理想」はなく、
3年後日本に帰国。

日本で比較的新しい取り組みをしている
進学塾に就職してみるが、そこで失望。

じゃあ、どこにも無いんなら、
自分で「理想の場」を作ろう!

そう考えるようになり、1998年に独立。

現在はソフィー長岡教室という少し変わった学習塾と
ソフィー・ザ・経営者英語大学という
少し変わった英語の通信講座を中心に行っている。



2006年04月04日

ミルサー

フレッシュジュースを日常生活の中で
もっと飲むようにしたい、
と思ってジューサーを週末に研究。

結局ジューサーにもミルにもつかえる、
イワタニのミルサーを買った。

ミルサー








なかなかいい!

かなりいろいろなジュースを作ってみた。
うまい!

特にお気に入りはバナナ+キウイ+豆乳+ハチミツのジュース。

あと、ピーナッツを砕いて作った
フレッシュなピーナツバターもとってもおいしい。

まだこれを使い始めて数日だけど、
なんだか体が軽くなってきた気がする。


改めて思うけど、
食べ物って大事だなあ

2006年03月27日

原書を読む意味

大好きな海外の歌手の歌を聞くときに
通訳を入れて聞く人はいないはず。

そんなことをしたら、
歌い手の声のパワーや美しさから
伝わってくるものが感じられなくなってしまう。

実は本を読むときも同じ。

本当に気持ちをこめて書いた本には
その人が書いたその文章からしか
感じることが出来ないパワーや美しさがある。

それを翻訳してしまうと、
その言葉そのものが持っているものが
ほとんどなくなる。


だから歌に通訳を入れないほうが
得られるものは多い、のと同じように、
洋書も翻訳を入れないほうが
得られるものは圧倒的に多い。


2006年03月25日

第1号塾生

昨日、ソフィー長岡教室の第一号塾生が遊びに来た。
「東大に受かりました」
とニコニコと昔ながらの淡々とした調子。

8年前にこの塾を開いたとき、
彼が第一号の塾生だった。

4年生だったかな。

2ヶ月間は塾生がひとりだけだったから、
彼のためだけに教室を開いている感じだった。

コツコツと、楽しそうに考える、
彼の当時の姿を思い出した。

高校生になって、
この塾を卒業したから、
3年くらい会っていなかったから、
かなり久しぶりだけど、
いい意味であまり変わっていなかった。

東大に入ったとか、
そういういのはオマケみたいなものだけど、
そうやって楽しんで考える姿勢を
育てるのに、この場所が少しでもサポートできたと思うと
結構嬉しい。


これからまわりの人たちに
そういう楽しさを伝えられる人に
なっていくんじゃないかな。

そんな気がした。


2006年03月07日

教育改革の第一歩

「教育改革」。
このコトバを何回新聞で見るんだろう。
何回テレビで聴くんだろう。

だけど、どの議論も今ひとつ説得力に欠ける。

そう感じる人は少なくないんじゃないだろうか。


その大きな理由のひとつに、
「達成したいイメージがバラバラなのに、方法論ばかり議論している」
ということがある。

ある人の「教育改革」は、
昔のような「学力」を追求し「受験戦争の時代」に戻すことであり、
ある人の「教育改革」は
もっと「心の豊かさ」を育てる場所を作ることであり、
全くばらばらなイメージを持っているのに、
方法論を一生懸命議論している。

これはニューヨークへ行きたい人と、インドへ行きたい人が
「どうやって行くのか」を一生懸命議論しているようなものだ。

絶対、合意点に達することはない。


まず、「行き先」をハッキリさせよう。

「行き先」が一緒だということが分かれば、
議論ももっと建設的になる。

お互いのメンツを保つためだけの
議論はもうしなくてもよくなる。


mewla at 21:11|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!

2006年03月04日

「自分をほめること」と「相手をほめること」

教育や人にかかわる仕事をしている人で
結構多いのが
「他人をほめるのは得意だけど
 自分をほめるのが苦手」
という傾向を持った人。

教育に関するこのブログを見ているあなたも
もしかしてそういう傾向があるかもしれない。

でも、「自分をほめること」っていうのは
「他人をほめること」だ、ということを知った方がいい、
と思う。

つまり「自分をほめる」ことは
あなたを支えてくれている人たちの
あなたに対する行為を「肯定」すること。

あなたを支えてくれている人たちがしている
あなたを支えてくれている行動が
「正しい」というメッセージを送ること。

だから、
あなたを影から支えている人たちに対する
最大の賛辞が
「あなた自身が自分をほめられるようになること」
である可能性は高い。


2006年02月28日

フォーカスのしかた

週末、NLP研究所
http://www.nlpij.co.jp/が主催する
「NLPプラクティショナーマスターコース」
に参加した。

1年間続くコースの一回目なのだが、
そので「メタモデル」というものを学んだ。

要するに
「遠くへ行きたい」
「どこへ?」
「海外へ?」
「海外ってたとえばどこ?」

というように「遠く」という雲のように漠然とした言葉を
質問して具体的にさせてあげるプロセス。

もしくは「〜は絶対ムリ!」と根拠もなく
思い込んでいるところを
「どうしてムリだってわかるんだろうね?」
「もしできたとしたらどうなるんだろう?」
という質問で、
「絶対」ということは単なる勝手な信じ込みである、
ということをはっきりさせてあげるプロセス。

自分の言っていることが
具体的になることだけで、
行動が具体的になってきたりする。



なるほどー。

これっていつも言っている「フォーカス」とまったく同じだ。


このフォーカスの手法を
細かく分析して、わかりやすくしようとしているところが
なかなか面白い!


興味がある方は「NLP メタモデル」で検索すると
いくつか説明しているページが出てくるはず。

「理屈っぽくてわかりにくい」
と思うかもしれないけど、
「要するに『フォーカス』のこと」
ということが頭に入っていれば
理解しやすいと思う。





mewla at 12:09|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!

2006年02月08日

コーヒーセミナー、その後

コーヒーの一杯一杯の味わい方が
少し変わった。

淹れる〜飲む〜片付ける
までの過程をひとつひとつ楽しむ、
っていう感じ。

ちょっとしたことなんだけど、
全然違ってくるんだなあ。

ちょっとした知識が
こうやって人の生活に喜びを
もたらしてくれる。



知識って本来こういうもの。
人間をハッピーにするために、
知識や知恵はある。

だけど今多くの場所で、
知識が人を苦しめている。



人を助けるためにできた宗教が
人を支配し、戦争の口実として使われ、
人を不幸にしていくのと同じ。

人を幸せにするための科学が
やがて人の生活を無機的にし、
人間らしさを失わせていくのと同じ。



だから今
「知識は人をハッピーにするためにある」
という、当たり前のことを
もう一度みんなで再認識する必要がある、
と思うのです。


2006年02月05日

コーヒーセミナー

f0a7769a.jpg新潟市で開かれた、
スターバックスのコーヒーセミナーに参加した。

3人のバリスタがおいしいコーヒーの入れ方などを
教えてくれる、というもの。

10人ちょっとの人たちが集まった。

すごくよかった。

スターバックスのような雰囲気のところで、
こうやって学ぶ場所を作るのって
とってもしっくりくる。

こういうオープンで
ちょっとこじゃれた学びの場を作りたいなあ。

ちなみに参加費は3000円。
写真はもらった「おみやげ」一覧。

とってもお得。

参加したい人はこちらからどうぞ。

http://www.starbucks.co.jp/ja/seminar_index.htm


『アメリカマーケティングブログ』では
アマゾンの新しいマーケティングについて。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://mewlas.seesaa.net/


2006年02月03日

自分に正直になる

世の中には仕事の間、
「本当の自分以外の自分」になっている人は多い。

それってとても苦しいことだと思う。

自分の内面と自分の外面が一致していないときほど
苦しいことはない。


もっと、素直に本当にやりたいことをすればいいのに、
と思うことがよくある。


でも、いろんな情報が頭の中に入ってくるから
そもそも「本当にやりたいこと」が
よくわからなくなってしまうんだろうな。

一種の「マインドコントロール」の状態だ。

 ※マインドって「心」と日本語訳されることが多いけど、
  実際に英語圏の人に「マインドってどこにある?」
  と聞くと頭をさす。だから「心」とはちょっと違う。
  頭の中にある「何か」を指す。



そんなときは「ハート」に聞くに限る。
実際に胸に手を当てて、心臓に答えを聞く。

そうすると結構正確な答えが返ってくる。

「マインドコントロール」という言葉はあっても
「ハートコントロール」っていう言葉はないでしょ。

マインドよりハートのほうが
いろんなことを知っている。

もちろんバランスなんだけど、
現代人の多くはマインドばかりに偏りすぎるから、
ハートをもっと活用したほうがいい、
と思う。