2009年07月05日

放火事件について

大阪市のパチンコ店で起きた放火事件、本当に痛ましい、悲しい事件だと思います。

まだ犯人が捕まっていませんので、『負けた腹いせ』という憶測の情報しか聞こえては来ませんが、もし犯行動機がその憶測の通りだったとしたら、非常に短絡的で自己中心的な考え方でとてもじゃありませんが情状酌量の余地の無い、非人道的な犯行でしかありませんよね。

自分もパチンコを頻繁に楽しんでいますし、またリアルにもネットの中にもホールに勤務されている友人がいますので、今回の事件には尚更の憤りを覚えています。

賭け事をする上で、『負ける』覚悟は必ずしなければならないと思っています。負ける事を望んで賭ける人はいませんが、負ける事を考えないで賭ける精神状態は、非常に危険なものだと思います。

また賭け事をするという事は、自分自身との戦いだと思うんです。戦っている相手は決してパチンコ台やホールでは無く、己の欲望、金銭欲や娯楽欲との戦いだと思います。遊技中に退き際を考える事、またそれ以前に、遊技を行うか否かといった段階から、全ては自身との戦いなんだと思います。

当たりを引けない台を選んだ自身の責任、落馬した馬を買った自身の責任なんです。それが悔しいのなら、最初から勝負する事を避けるという選択肢だって、自分で自由に選ぶ事だってできるんです。だから、勝負する事を選んだのなら、絶対に第三者のせいにしてはいけないんです。人間の弱い部分、醜い部分の最たる物ではないでしょうか?

早期に犯人が捕まる事を願うと共に、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。


mewnyann at 00:06│Comments(5)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 理恵   2009年07月06日 12:26
この事件、本当に腹立たしいです。
亡くなった方や、その他の負傷された方などの考えると
いてもたってもいられません。
八つ当たり以外の何ものでもありませんよね。

負けたときにわたしも頭にくることはありますが、
全て自分のヒキ、座った自分の責任だと思うのです。
やらなければよかった・・・という後悔もあるわけで
店に対して反感を持つのは言語道断です。

放火なんて最低です。火の神様にも失礼です。
2. Posted by 理恵   2009年07月06日 22:59
こにゃ!(再)

にゃんと男が出頭したらしいです!
誰でもいいから殺したかった!だって!
許せないですね・・・。
3. Posted by ブロ   2009年07月07日 00:01
にゃんこ♪理恵しゃん

この「誰でも〜」っていいかげん聞き飽きましたね。通り魔やこの手の誰でも殺人はある種の現代病なんでしょうか?
仮にこの手の犯罪を重罪にしたところで被害者は浮かばれる訳も無く・・・
こういう類の事件の抑止力になる物って何か無いんでしょうかね。
4. Posted by 理恵   2009年07月07日 00:12
素早く回答します。
誰でも・・・じゃ、自分はどうなんだい?って聞きたくなりますよね。
まわりの人間が支えてあげれば・・・ブレーキをかけてあげれば・・・
こんな悲しくもむなしい事件は起こらないと思います。

親や友人をはじめとする、あたたかみを感じることができない
環境にある人が、ときに暴走してしまうのだと思います。
そんな環境にいたくなくてもいる人もいるし、こういうときの人間の精神状態は
きっとわたしたちの想像できない
計り知れないものなんだと思います。
罰則で人を怯えさせて正す方法ではだめですよね。
中には志願兵みたいな人もいると思いますし、愛燦燦じゃありませんが、人生って悲しいものですねぇ・・・
5. Posted by ブロ   2009年07月07日 02:15
にゃんこ、理恵しゃん^^
素早いご解答ありがとうございます。
只今、急患対応中です^^;
愛燦燦が出てくるとは・・・
理恵しゃんの守備範囲の広さには井端もびっくりです^^;
そうですね、暴走中の彼らの中では、殺そうとしている相手は人の形をした人では無い何かにしか見えなくなっているのかもしれませんね。人が人を感じるとき、必ずそこには何かしらの感情があるはず。その感情が芽生えない、人を感じなくなってしまった何かしらの理由があるはずですよね。
理恵しゃんの言うとおりで、単なる法の厳罰化ではこのようなある意味の精神犯罪には何ら効果は無いんでしょうね。


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