古四王中学校17期生

昭和44年に、秋田の田舎の中学校 ( 旧.稲川町 ) を卒業した古四王中学校17期生です。その中学校の名前を知るのは中高年ばかり。忘れ去られてなるものかと開催する、55歳の同期会を機に立ち上げ、いつまでも元気に、55 ( ゴーゴー ) と進み歩んでいきたいけど、自信なぞは皆無の高齢者です。

そろそろ名簿作成の準備へ。

手分けして確認していた住所が、集まりだしてきた。地元在住は分かるけど、他県で暮らす人の所在は難しい。

前回登録の住所地電話に直接電話を入れて確認するが、不在や不通もあるようだし、かといって、行方知らずで掲載するでも無し、直接現地に行って来るほどの余裕も無し、とにかく失礼のない様にしなければ。

と言いつつ、集まりだした名簿をもとに、今日は大館地区出身の方々の宛名打ちを実施だ。そんななか、飲りながらの作業は進まない、けど飲るほうは進む。頭はまわらない、けど酔いはまわる。だから、25人ほどの打ち込みで切り上げる。

一人一人の顔を思い浮かべながら、思い出にふけりながらの、ながら作業が、楽しいんだよなぁ〜。

昨夜は地元組28会

トンカツやさんで午後6時半から二八会の新年会。
地元で暮らす者の定例会だ。
昨年の11月に一泊旅行してから、久々の集まりとなる。

夕べは15人が参加、全員集合までは練習と称し、先ず飲る。とりあえず飲る。

開始時刻を20分ほど過ぎてから、全員集合。
いよいよ「乾杯!」だ。
誰か一人来るたびに「練習のカンパ〜イ!」をしていたから、なんやかんやと一番多く乾杯した者は、5回ぐらい練習かな。元気な証拠で何よりだ。どうせ、すぐ潰れる歳なのに、ペース配分ができない、おめでたさはこの会の魅力なのだ。

さて、すっかり出来上がっているが、全員集合の冒頭は、昨年の旅行の会計報告だ。ほとんどが聞いていない。
そこで、「みんな、ちゃんと聞いてけれな」
そこで、誰かが言う。
「学校の時から、人の話しなぞは聞いたことなかった」と。
それでも、説明は続く。
そう、50代半ばでも中学時代の授業雰囲気そのまんまだ。

その後、同期会の相談も出来ればと考えていたのだろうが、自分たちの子どもらよりも若い、コ○パ○オ○さんが来てくれていたから、気遣ってお相手させていただく。中学時代には見られなかった積極性を全員が発揮だ。

みんな、若い。もちろん容姿ではなく、気持ちがだ。
参加の様子をアップしようとしたが、それぞれの名誉のために控えさせていただく。
様子紹介できないのが残念。
もちろん、様子紹介されなくて、ホッとしている仲間がほとんどだけど。
お互いの名誉は守らないといけないから。

みんな、よくうずいた(はしゃいだ)新年会でしたとさ。

われら同級生の名誉だ。

県政だより か・だ・ろ aikita 平成20年2月1日発行(第149号)に、蒔絵師のK君一家が表紙に大きく紹介されています。

中学校の時は陸上部のスターだったK君、今は工芸家として、やはり我らのスターです。同級生の活躍は、嬉しく、名誉です。

ちなみに、この広報紙、秋田県全戸配布です。

蒔絵師のK君

古四王中学校17期生同期会向けて

同期会!
みんなの懐かしい顔が浮かぶ。
平成13年の正月に行ったきりだ。
そう、数え年49歳からご無沙汰。
昨年の暮れから、沸々と、誰からともなくよく出てきた言葉だ。
「還暦まで待てない」と。

そこで、やっぱりH君が音頭取りだ。
昨夜は、雪の中、自然発生的に準備会が開催された。
晩酌はおろか、ご飯も食べないままに集合。
飲み物も食べ物ももなく、あるのは49歳時同級会の資料と、開催意欲のみ。
みんな熱心である。少なくともこんな真面目な協議は、中学時代であれば、夕べのメンバーには、見られなかった(ような)。

んだなよ、みんな変わるもんだ。
おとなしかった人も、綺麗な彼女も、おてんばな少女も、素敵な少年も、腕白な悪たれ小僧も、ますます変わっているべ。
んだがら、んだがら、懐かしい面影を探りながら、会ってみだいんだべった。

喜んでもらえる「同期会」を目指して、先ずは所在の確認から。

とりあえず、同期会に向けての第一歩です。
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