9月の最終日曜日にT志君が、自宅前をうろつく私を発見でした。
I田先生のご霊前の負担金を、この機会を逃したら、私に直接渡すことが難しいのでは、そんな思いで道路を戻り返して来てくれました。

それから早いもんで、2週間以上が経過、あっちへウロウロ、こっちへウロウロで、相変わらず不在がちです。

そんな中、9〜11日は新潟は長岡市や小千谷市に出かけてきました。
こんな不在時こそ、重なることがあるもんです。
そう、芋の子汁パーティが10日(金)の夕方に催されたとか。
もちろん、そんなに多くの参加者とはならなかったかもしれませんが、残念です。
私としては、長岡の地酒に浸りながら、悔しさを晴らすしか術は見つかりませんでした。

しかし、今回の帰路は珍道中そのもでした。
朝の8時50分にホテルを発ったはいいのですが、自宅着が夕方は5時50分。9時間を要して帰宅でした。なんと、上越新幹線からの乗り換え、羽越線特急のいなほ号を、嗚呼勘違いでありました。予定していたはずのいなほ号が無いのです。各駅停車で新潟から村上行です。
20081011JR村上駅



ここ、村上駅では、横田さん夫妻を見かけることになりました。
1977年11月に拉致された、新潟の女子中学生は13歳でした。下校途中、自宅付近での事件です。
中学時代の自分、自分の子供だったらどうなんだろうか、他人事とせず、時間の経過で風化させてはならないことと思いながらも、記念写真をお願いしたらよかったかしらと思った自分が情けないのでした。

村上から余目、余目で昼食を取りながら、今度は新庄を目指しました。
普段は近い新庄ですが、この日は車がありません。待ち時間、待ち時間の連続で、やっとの思いで自宅でした。

ローカル線、車窓の景色はちらほらと紅葉、秋の気配です。朝から夕方、時間はかかりましたがやっと自宅でした。

そして昨日は、職場の一大イベントがございまして、ブログ投稿は、すっかりご無沙汰ですみませんでした。
みなさま、お元気でしたでしょうか。それでは、また。