なごむ日も、よどむ日も、

ギターとピアノの夫婦ユニット「和みつみ」の みつみが書く個人ブログです。

谷の方が断然きつい

自分で、
幸せから遠ざかることがあるけど

そんなのは若いときだけで十分で

友達も選べるし
好きな場所に行けるし
属する場所も変えられる

そうして大人の特権を駆使して
ほこほこしていても

時間とか生死とか
偶然とか他人とか
ただそこに待ち構えるものに
今日も抗えず

また
山の中腹で冷たい岩に座っている



山あり谷あり

でも山を登っている方が幸せ

道がなくなって
そもそもそこは登りたかった山じゃないって気付いたとき


ごうごうの川を下って家に帰るか
もう少しここにいるか

考えられないから

時が経つのを待ってみても
時計が全く進まない

そういう日です。



時間はコントロールできるでしょ
限られた時間で何ができるか、、
とか言う
そう言うの、今いりません
いつでも要らないけどね

私を信じて
私のペースで
堂々と
ぼんやりしているから。


雨見たいなー

選んで信じる

約束を守れないって
嫌やな



その時の優先順位で
あっというまにひっくり返っちゃって

「は?!」
と思われているかどうかも
大したことじゃなくなるっていうか。


自分は気まぐれなのだ

と気付いたら

ぽんぽん約束をしなくなれば良いし

ぽんぽん派のドタキャン派とは友達やめればいいのやと思うけど


結局いざ、
約束を守ってもらえなかったとき

自分もそうやって生きてきたよな
とか思ってしまって

結局いい顔してしまう


生きることは、許すこと。


言う人もいるけど


私は
今後の希望としては

生きることは、選んで信じること。

で行きたいから、
もう会うことはない。

ないのだ。

だってその人にはちっとも選ばれてないし、私はその人を許せはしても信じてはいない。



まあ
こんなところは見ないであろう
今まで私に約束を破られた人も
別に許さなくてもいいし、どの口が言うねんくらいに思われるのが自然やけど


信じるっていう気持ちが分かったのも最近で、本当、長らくお待たせしましたね、私。って感じ




相手にとって

安心する、と
安く見る、って
本当にずっと見分けられなかった。

安全地帯に風が吹くとき

情緒が安定しているときほど

私、今、不安定!

って思うまでが早いな。



あんまり色々起こってないのに、

数日続けてうまく眠れんかったり
仕事で予定通りに運べなかったり
それだけのことが
ぽこんと一日に挟まっているだけで

生理的欲求も (お腹いっぱい)
安全欲求も (お家だいすき)
社会的欲求も (仕事がある)
承認欲求も (私がいないと大変)

満たされているわけで、

マズローさんの言うことには
もう自己実現欲求の途中にいるだけなんよね。


それやのに、
ちょっと何かがあっただけで
「あ、今はあかん時期や。」
とか思いたくなってしまってね。

私はこの状態を

「病名つけたい病。」

って呼んでいる。



たまーに、風邪みたいに引いちゃうけど

免疫ついてきた。


平気平気。
私って、いま幸せ中。

と、今日は思い直したよ。



今日、お姉ちゃんが
「春の27℃は、真夏の39℃と同じやねん。」
って何気なく言った。

体内時計とか
体感温度とか
そういうのと一緒かー。

暑く感じたよな、
体がんばったな。ありがとう

っていうのと同じ感じで、

幸せ中やのに
うっかり不安定になった自分の心に

びっくりしたよな、
ごめんごめん
でも大丈夫さ。まずご飯食べよ


って
そういう気持ちで、明日も笑うぞ
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