2007年05月08日

出会い、そして心のパワー

「あの人の前世はね、……だったんだって」
 などと平気でいえる人たちとの付き合いが多くなっています。当然、出会いは必然、と話は進みます。
 タロットを習いにいけば、仲良しになった人の助言が役立ちます。受験のように何回も見て暗記していた私に、メグちゃんは記憶の方法を教えてくれました。
「イメージで覚えるんだよ、水はね、水に生きる生物を思い浮かべて、蟹、魚、海老に似たさそり。地は、牡牛、ヤギ、人間の乙女……」
「なるほどね」
 それから、だんだん覚えやすくなっていきました。
 5月から始まった西洋占星術の講座も、やはりタロット教室で一緒だったシスターマリー(渾名)にこんなところもあるわよ、と教えてもらって行くことになったのです。

 読めないのにいただいた私のホロスコープを見ると、自分の力でやっていく側より他人の力を利用してやっていく側に2倍天体が入っています。家にいて録画した映画を見たり、本を読んだり、ブログを書くのも性に合っていますが、五十過ぎになる前にもっと積極的にいろいろな所に出て行ってみたらよかったのかもしれません。
 人付き合いが苦手な時期もありました。場を開拓していく度に、ある程度のストレスは覚悟しなければならないでしょう。生活の中にそういう雑音が沢山入ってこないように、バリアを張っていたのかもしれませんね。私は臆病ですから。
 でも、人と接触することにより、受けるものが多い星ならば、「会いたかった!」という出会いがいっぱいあるはずですよね。これからでもまだ間に合います。やはり出会いを求めて出て行こう、とまたお中元のバイトに応募しました。また6月から忙しくなります。

 今になって振り返ってみると、何のために生きているのかまるでわからないまま、子供が運動場で遊ぶようにノホホンと生きてきました。人生の折り返し地点はとっくに過ぎて、今あっちこっちから呼びかけの声が聴こえてくるような気がします。映画の最後の部分で、「えー、そうだったの」と謎が解き明かされることがあるように、幼稚な私はこれから知らされることが多いのかもしれません。
 横浜に来て、「運命の輪」というタロットカードが回ってきたのだ、と勝手に思い込んでいます。仙台にいる間に、私の古い家は壊され、更地になった。そこに新しい家を建てていく。横浜での生活がその時期に当たるのでしょう。ぼんやりはしていられません。

 先日、GLA善友の集いで、建築関係のお仕事をしていらっしゃるある方(Aさんとしておきましょう)の人生に起こったことを、生き方のサンプルとして学びました。

 誰でもその名前を聞いたことのある巨大な高層ビル、Rビルの建築中だった頃、Aさんは毎日朝7時にはその現場に行き、夜中の2時まで現場にいるような生活をしていました。当然生活のための仕事でしかなくなっていて、有能と評価されながらもなぜ建築家に憧れたのかも分からなくなっていたそうです。何か自分の手に負えないような巨大なものを作り出す仕事をしていることに、恐ろしさと戸惑いを感じていた、ともいいます。また、自分達が生み出しているビルは単なる鉱物の塊でしかない、と思っていました。

 しばらくして、Aさんは末期の癌に侵され、余命3ヶ月と病院で告知されます。残りの人生を生き抜く時、GLAで魂と人生について学び、自分を見つめなおし、寄り添ってくれる真の仲間に支えられていることを強く感じたといいます。人には目に見えない心のパワーがある、ということを。
 不思議なことに癌は手術できる大きさに縮み、手術の結果、Aさんは奇跡的に回復しました。

 術後しばらくして、沖縄に旅行に行かれたAさんは、風光明媚な所に建つレストランに入りました。特に贅沢な造りではないけれどお洒落で心地よい空間、美味しいお料理とそれが出て来るタイミング、スタッフのもてなし方やかもし出す雰囲気に、Aさんは感動したそうです。
「何ともいいお店だなあ」
 温かいいい気分になれたことが嬉しくて、その店の方々と話をしたAさんは驚きます。
「私たちは、Rビルのレストランで働いていた仲間なんですよ。そこで教えていただいたこと、学んだことを、いつかほかの土地で生かして、皆でいいお店を作りたいと、ここへやってきたのです」

 自分はただの鉱物の塊でしかないと思っていた摩天楼のRビルに、働く人々が汗を流し、明日を夢見て、お客さんに精一杯のもてなしをしている姿がAさんの脳裏に浮かんできました。鉱物の塊なんかじゃなかった。人々が出会い、心を通わせ、人と人との間にエネルギーや生きていく諸々の想いが日々生れていく空間だったんだ……。そういう建物を自分達は命をかけて造っていたんだ!Aさんの目から涙が流れて、止まりませんでした。

 私も映像でAさんと佳子先生のお話になる様子を拝見して、涙が止まりませんでした。人はどんな運命が待っていようと、楽しみにしてこの世に生れてくるそうです。この世で経験することは、ドラマティックで刺激的だからでしょう。明日はどんな風が吹くかわからない。けれど、やはり明日を見てみたい。そういう心を持っている人間であることに喜びを感じ、「生かされている」と感謝したのです。

mglass at 17:59│Comments(0)TrackBack(0)暮らし 

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