2005年09月
2005年09月30日
ハローワークを民営化を急ごう
官から民への流れに沿って、いろいろな政府部門の民営化が叫ばれており、その一つにハローワークの民間開放が議論されて、厚生労働省は個人のプライバシー保護を理由に強く抵抗している。私の経験からハローワークの民営化は是非とも早急に進めて頂きたいと願っているものである。
私が付き合っている厚生労働省の1部門のある人材銀行での実例だが、担当者は確かに熱心に親切そうに指導してくれる。しかしどこか焦点が狂っているおかしな熱心さなのである。
例えば、人材銀行から紹介頂いた高齢技術者へ資料を送付した時、人材銀行からは、簡単な仕事の内容と今後の話し合いの進め方(お知らせ)の2枚の資料のみを郵送するように指示されていたのを、敢えて仕事の内容を詳細に説明した手紙と、装置の写真コピーまで同封したことが、人材銀行にばれてこっぴどく怒られてしまった。理由を聞くとルールだから守って欲しい、守らないと今後人材の紹介は出来ないといわれてしまった。
百聞は1見に然かずと言うが、写真は文章の数百倍の情報を含んでいるのだが、写真を技術者に郵送することは絶対にダメだといわれてしまった。
更に高齢技術者の勤務体系につき、週5日勤務ではない場合もあり得ると書いたところ、人材銀行側は週5日勤務でないと紹介できないとも言われてしまった。当社は10人近い60才-70才の高齢技術者と契約しているが、そのうち週5日勤務者はたった一人であり、残りは週4日勤務や、3日勤務と、又は希望日出勤など、いろいろな個人の希望に沿った勤務体系となっているが、人材銀行は一切お構い無しで、週5日勤務以外の仕事には人材を紹介できないと言われてしまった。
また人材銀行は創造的な仕事をする高級な人材を紹介するのであって、精密機器や電子機器のアフターサービスなど低級な仕事向けの人材は紹介できないとのことであった。 60才過ぎて創造的な仕事に週5日勤務を希望する人が沢山いると本当に信じているのであろうか?
人材銀行のスタッフは確かに熱心に忙しそうに仕事をしているが、それは顧客である職探し者や、人材探し者に向けられた熱心さではなく、人材銀行内部の同僚に対して、熱心そうに仕事をしていることをPRする、ジェスチャーであると思うのだが如何であろうか。 そのようなジェスチャーを長年続けていると、本当にそれが仕事熱心さであると自分自身が信じ込んでしまうから始末が悪い。
仮にハローワークを民間業者に開放したら、堅苦しいルールは2の次で、多様化してデリケートな人材の希望と、複雑高度な仕事の内容とのマッチングを、如何に合致させるかに本気で努めてくれると思うのだが。
私が付き合っている厚生労働省の1部門のある人材銀行での実例だが、担当者は確かに熱心に親切そうに指導してくれる。しかしどこか焦点が狂っているおかしな熱心さなのである。
例えば、人材銀行から紹介頂いた高齢技術者へ資料を送付した時、人材銀行からは、簡単な仕事の内容と今後の話し合いの進め方(お知らせ)の2枚の資料のみを郵送するように指示されていたのを、敢えて仕事の内容を詳細に説明した手紙と、装置の写真コピーまで同封したことが、人材銀行にばれてこっぴどく怒られてしまった。理由を聞くとルールだから守って欲しい、守らないと今後人材の紹介は出来ないといわれてしまった。
百聞は1見に然かずと言うが、写真は文章の数百倍の情報を含んでいるのだが、写真を技術者に郵送することは絶対にダメだといわれてしまった。
更に高齢技術者の勤務体系につき、週5日勤務ではない場合もあり得ると書いたところ、人材銀行側は週5日勤務でないと紹介できないとも言われてしまった。当社は10人近い60才-70才の高齢技術者と契約しているが、そのうち週5日勤務者はたった一人であり、残りは週4日勤務や、3日勤務と、又は希望日出勤など、いろいろな個人の希望に沿った勤務体系となっているが、人材銀行は一切お構い無しで、週5日勤務以外の仕事には人材を紹介できないと言われてしまった。
また人材銀行は創造的な仕事をする高級な人材を紹介するのであって、精密機器や電子機器のアフターサービスなど低級な仕事向けの人材は紹介できないとのことであった。 60才過ぎて創造的な仕事に週5日勤務を希望する人が沢山いると本当に信じているのであろうか?
人材銀行のスタッフは確かに熱心に忙しそうに仕事をしているが、それは顧客である職探し者や、人材探し者に向けられた熱心さではなく、人材銀行内部の同僚に対して、熱心そうに仕事をしていることをPRする、ジェスチャーであると思うのだが如何であろうか。 そのようなジェスチャーを長年続けていると、本当にそれが仕事熱心さであると自分自身が信じ込んでしまうから始末が悪い。
仮にハローワークを民間業者に開放したら、堅苦しいルールは2の次で、多様化してデリケートな人材の希望と、複雑高度な仕事の内容とのマッチングを、如何に合致させるかに本気で努めてくれると思うのだが。
大震災時の帰宅ルートについて
最近、大地震が来た時、自宅までどう歩いて帰るかを示した地図が結構売れているらしい。確かに殆どの人が普段は電車通勤であり、歩いて帰ることなど思いもつかないから、実際に徒歩で帰宅するとなると、道順は重要で、靖国通、白山通、青山通、明治通、青梅街道、甲州街道、日光街道、水戸街道とかを示した地図は便利であろう。しかし某評論家は大地震が来たときは大通りはクルマの大混雑や、倒壊したビルなどで、とても歩けるものではなく、従ってそのような地図は全く無用だと書いていた。確かにそれも事実であろう。
実は私もどう帰宅するか心配している。2-3日は水と食料を会社に準備しているがどうせ帰宅しなくてはならない。その為に、実は職場に自転車を用意している。自宅まで40Km以上ありとても徒歩では帰れないからだ。しかし大通りを歩けないとなると自転車でも無理であろう。
そこが私の考えたところである。私は利根川中流の千葉県と茨城県の県境に住んでいる。その間に江戸川が流れている、葛西臨海公園から野田市を通ってほぼ直線的に川は流れ、その右岸(東京側)には素敵な遊歩道がある。
私はその遊歩道を自転車で帰宅しようという計画である。計画だけではなく、実はその途中までは自転車で往復して確かめてある。平坦で素敵な遊歩道だが、怖いクルマも殺到することはなさそうである。関東地区には多摩川とかいろいろな河川があるので、ほかの方も少しは回り道になっても河川を利用して安全に帰宅するルートを事前に確かめておくのもいいと思うが、如何でしょうか?
実は私もどう帰宅するか心配している。2-3日は水と食料を会社に準備しているがどうせ帰宅しなくてはならない。その為に、実は職場に自転車を用意している。自宅まで40Km以上ありとても徒歩では帰れないからだ。しかし大通りを歩けないとなると自転車でも無理であろう。
そこが私の考えたところである。私は利根川中流の千葉県と茨城県の県境に住んでいる。その間に江戸川が流れている、葛西臨海公園から野田市を通ってほぼ直線的に川は流れ、その右岸(東京側)には素敵な遊歩道がある。
私はその遊歩道を自転車で帰宅しようという計画である。計画だけではなく、実はその途中までは自転車で往復して確かめてある。平坦で素敵な遊歩道だが、怖いクルマも殺到することはなさそうである。関東地区には多摩川とかいろいろな河川があるので、ほかの方も少しは回り道になっても河川を利用して安全に帰宅するルートを事前に確かめておくのもいいと思うが、如何でしょうか?
2005年09月29日
外国航空会社を国内路線へ
今朝電車の中で、シンガポールまで往復航空券が55,000円という
ANAの広告を見た。なんと安いことか、思わずうなってしまった。
確かにHawaiiまで8万円とか、Guamに3万円とか、更にはその価格には、安いホテル代まで含まれているケースも多いと聞く。
私が昨日決済した社員の出張報告には、東京―福岡往復の割引航空券が57,100円とあった。東京―福岡の片道1,000Kmよりも、5000 -6000Kmはありそうな
東京―シンガポール間のほうが何故安いのであろうか? 多分海外旅行は十数社の内外航空会社がしのぎを削っており、超安値でないと客を集められないのであろう。
対して国内は寡占状態だから安くする必要がなく高価を維持できるのだろう。困ったものだ。
最近の原油価格の暴騰で、米国の航空各社は倒産し、又はその危機にあると聞くが、国内の会社はその独占価格に守られて、経営は健全らしい。
健全なのは良いことではあるが、合理化が進まないと、そのしわ寄せは国民に及ぶのである。高価な路線価格に守られて、国内航空会社はパイロット、客室乗務員、地上勤務者、整備員組合などなど多くの労働組合に分かれ、各々の人件費は非常に高く、しかも硬直して、なかなか合理化が進なないらしい。
国内の主要路線に外国の航空会社も参入させてはどうだろうか?
そうすると現在の独占価格は多分半減して、往復2万円で福岡にも往復できるようになるだろう。すると新幹線も半額にせざるを得ず、バス賃も安くなり、人々の往来も一層盛んになり,大きな波及効果を及ぼすことは間違いない。
一般の産業界は中国などの驚愕な低コスト攻勢を受けて、血の滲むリストラを重ねているが、航空業界や電力業界などは、独占に守られてその価格がなかなか下がらず、国内に大きな障壁を作っている。 まだまだ暴利を貪り、改革から遅れている分野はいくらでもありそうだ。
2005年09月22日
やっと郵政改革が動き出した
郵政改革の内容をやっとおぼろげながら理解でき始めた。大学の先生達が
5-6名集まって、その解釈と問題点及び対策を、先日の新聞に発表していた。
何しろ、有象無象の議員どもが集まってああでもない、こうでもないと
注文をつけたため、支離滅裂な改正案となり、改正案の厚さも数センチに
達しているらしい。おまけに今度はその矛盾にケチをつけて、現行案には
賛成できないという議論もいたらしい。
最大の問題点は民営化で4分割される、郵貯会社、簡保会社、郵便会社、窓口会社の4社のうち、郵便会社、窓口会社の2社に対しては政府がその株式を保有できることになっており、更に郵便会社と窓口会社は、郵貯会社と簡保会社の株式をもつことが出来る。 即ち何のことはない、政府が全ての4会社に対して、直接又は間接的に支配ができる構造になっているらしい。更に、その実行の期限が10年間という超長期になっている。
全く日本の国会議員という人種は何というバカ者だらけなのだろう。アキれてものが言えない。政府の役人達は自分の天下り先を確保するため、喜んでこのような抜け穴だらけの複雑怪奇な法律をせっせと作文したことだろう。
役人といえば超エリートの筈だ。その役人どもが国家の100年の先を考えずに、自分達の天下り先の確保の心配ばかりしているガリガリ亡者とは、何とも困った国だ。
どうして彼らは世界の中で日本の地位向上の施策を考えないのであろうか?
道路公団の改革も多分似たような矛盾だらけなのであろう。
勿論、それでも郵政民営化をしないよりはするほうが良いに決まっているが、自治会の集会で一般住民が、家の前の道路を直して欲しい、電灯をつけて欲しい、橋を直して欲しい、補助金を出して欲しい。。。という乞食心理と全く変わっていないではないか?
5-6名集まって、その解釈と問題点及び対策を、先日の新聞に発表していた。
何しろ、有象無象の議員どもが集まってああでもない、こうでもないと
注文をつけたため、支離滅裂な改正案となり、改正案の厚さも数センチに
達しているらしい。おまけに今度はその矛盾にケチをつけて、現行案には
賛成できないという議論もいたらしい。
最大の問題点は民営化で4分割される、郵貯会社、簡保会社、郵便会社、窓口会社の4社のうち、郵便会社、窓口会社の2社に対しては政府がその株式を保有できることになっており、更に郵便会社と窓口会社は、郵貯会社と簡保会社の株式をもつことが出来る。 即ち何のことはない、政府が全ての4会社に対して、直接又は間接的に支配ができる構造になっているらしい。更に、その実行の期限が10年間という超長期になっている。
全く日本の国会議員という人種は何というバカ者だらけなのだろう。アキれてものが言えない。政府の役人達は自分の天下り先を確保するため、喜んでこのような抜け穴だらけの複雑怪奇な法律をせっせと作文したことだろう。
役人といえば超エリートの筈だ。その役人どもが国家の100年の先を考えずに、自分達の天下り先の確保の心配ばかりしているガリガリ亡者とは、何とも困った国だ。
どうして彼らは世界の中で日本の地位向上の施策を考えないのであろうか?
道路公団の改革も多分似たような矛盾だらけなのであろう。
勿論、それでも郵政民営化をしないよりはするほうが良いに決まっているが、自治会の集会で一般住民が、家の前の道路を直して欲しい、電灯をつけて欲しい、橋を直して欲しい、補助金を出して欲しい。。。という乞食心理と全く変わっていないではないか?
2005年09月20日
孫の運動会に出て
先日孫の運動会に出掛けた。共稼ぎの両親は小学校教諭であるが、各々の小学校の運動会が重なり、結局、私と妻が小学5年生の長女と2年生の長男の面倒をみることになった次第。
なんと言ってもやはり徒競争が一番面白い。子供達が全力で走る顔つきは素敵だった。やはり何事も一生懸命になる姿は美しく、特に邪気のない小学生の全力疾走姿には涙が出た。 長女の組立体操も良かった。あんなに幼かった孫達もここまで成長したかと思うと感動した。
そして思わず自分の小学校時代を思い出した。自分の走る順番が近づくと緊張して何回も小便が出たくなったり、閉会式での赤白の得点発表がうまくできなかった自分に比べて、今時の子供達はなかなかうまくやっている。
しかし、やはり大人と違って子供は巧みには行動出来ず、リレーでバトンを落として大きくタイムをロスしたり、第二走者がスタートを早く飛び出し過ぎてリレーがうまく出来ず順番を落とすなど、幼さも目立った。
何事もうまく振舞う大人に比べて、子供達は要領よくは立ち回れず、幼稚さは歴然としていた。 しかしこれらの子供達も成長すれば、その延長線上に大人が見えることははっきりと想像できた。こうしてもまれながら、段々と大人に成長して行き、或いは将来世界的な人物にまで成長する子供もこの中にきっといるであろう。
しかし、大人の延長線上には何がいるのであろうか? 大人は成長の限界であってこれ以上の成長は出来ないのであろうか? 或いはもし大人が200年も300年も生き続けて成長することが出来ればどうなるのであろうか?
キリスト教社会では過半数が人類の進化論を信じておらず、何百万年を重ねてもサルからこれほど複雑な人間が生まれる筈がなく、やはり神様が人間を創造したものであると本気で信じていると聞く。
確かに、いくらDNA理論やバイオテクノロジーが発達しても、人間のこころの解明は全くできていないから、神様が人間を創造したのかも知れない。しかし極限の精神活動である男女の恋愛は、命をかけて争う昆虫のオスメスと変わりないようにも見える。まだ還暦過ぎの私には難し過ぎるテーマでもあった。
なんと言ってもやはり徒競争が一番面白い。子供達が全力で走る顔つきは素敵だった。やはり何事も一生懸命になる姿は美しく、特に邪気のない小学生の全力疾走姿には涙が出た。 長女の組立体操も良かった。あんなに幼かった孫達もここまで成長したかと思うと感動した。
そして思わず自分の小学校時代を思い出した。自分の走る順番が近づくと緊張して何回も小便が出たくなったり、閉会式での赤白の得点発表がうまくできなかった自分に比べて、今時の子供達はなかなかうまくやっている。
しかし、やはり大人と違って子供は巧みには行動出来ず、リレーでバトンを落として大きくタイムをロスしたり、第二走者がスタートを早く飛び出し過ぎてリレーがうまく出来ず順番を落とすなど、幼さも目立った。
何事もうまく振舞う大人に比べて、子供達は要領よくは立ち回れず、幼稚さは歴然としていた。 しかしこれらの子供達も成長すれば、その延長線上に大人が見えることははっきりと想像できた。こうしてもまれながら、段々と大人に成長して行き、或いは将来世界的な人物にまで成長する子供もこの中にきっといるであろう。
しかし、大人の延長線上には何がいるのであろうか? 大人は成長の限界であってこれ以上の成長は出来ないのであろうか? 或いはもし大人が200年も300年も生き続けて成長することが出来ればどうなるのであろうか?
キリスト教社会では過半数が人類の進化論を信じておらず、何百万年を重ねてもサルからこれほど複雑な人間が生まれる筈がなく、やはり神様が人間を創造したものであると本気で信じていると聞く。
確かに、いくらDNA理論やバイオテクノロジーが発達しても、人間のこころの解明は全くできていないから、神様が人間を創造したのかも知れない。しかし極限の精神活動である男女の恋愛は、命をかけて争う昆虫のオスメスと変わりないようにも見える。まだ還暦過ぎの私には難し過ぎるテーマでもあった。
2005年09月15日
国会議員の地位
今回の衆議院選挙で80余名の新人が当選した。
従来の世襲二世議員でなく全く新鮮な人材で、喜ばしいことこの上ない。
逆に同数の前議員が落選した訳であり、今後、絶対多数を誇る自民党はこれから4年間の長い年月に渡って、殆ど解散はないであろうから、多くの前議員は再挑戦できるチャンスはない。白票か青票かの一寸した判断ミスで、一方は大活躍への道が開け、他方はタダの路傍の人となって、明日のメシをどう稼ぐかに苦しむ事態になるのである。
例えば福岡のJ氏は、これまで25年間、心血を注いだ国会議員から突然放り出されて、茫然自失の状態で、泣きながら議員宿舎を退出したと聞く。
しかし、見方をかえるとこれは全くの自業自得である。100万人の国家公務員を30万人も減らす大改革への反対論が永久に通用するわけがなく、最終的には敗北するのが目に見えていたことである。国家公務員の4倍いる地方公務員の削減も緊急の課題であり、その地位を守る運動を進めている議員は、最終的には路傍の人になる運命は避けられないであろう。
増え続ける医療費の削減対策についても同様であり、医療費の総額管理や、患者の自己負担割合の増額、自宅療養の推進などで、削減案を推進せざるを得ない。
消費税についても同様で、財源不足を抜本的に補うには消費税率アップ以外になく、欧米の20%台はかなり将来の課題としても、現在の5%から近い内に10%にはせざるを得ないのは自明の理である。 しかしやはり大衆受けをしたいバカ者議員の反対論が声高に叫ばれている。
憲法改正も同様であり、共産党や社民党の唱える憲法改悪反対がいつまでも通用する訳がなく、最終的には国民から見放されて9条も含めた改正が検討されるであろう。
もし国会議員達が本気で自分の大志を遂げたいのであれば、もう少し賢明になって将来を考える必要があるのではないだろうか。
2005年09月13日
小泉首相ガンバレ
衆議院選挙は小泉内閣の圧勝に終わった。郵政民営化反対組の37名の半数は落選した。浅薄な小林興起(東京)や、知恵足らずの城内実(静岡)は政治家としての再起がもはや不可能であろう。小池百合子や片山さつき等の突進力は本当にみごとであった。
辛うじて当選した綿貫民輔や亀井静香は、1月前までの自民党大派閥の長の面影は無く、離れ狼の1人として、国会で野党の更に片端に追いやられてしまった。
日本の将来を思わず、郵便局のおじさん達の方ばかりに気を配っていた野田聖子は、これから政治家としての最も大切な旬の4-5年を、復党のため、もの乞いとして過ごさざるを得なくなってしまった。
郵政民営化反対も、当初は火遊び感覚であったろうが、ここまで大火になるとは、当人達は夢にも思わず、先見性の無さを嘆いているであろう。
岡田民主党も、寄り集まり世帯の悲しさで、批判はすれども対案が出せず、国民には全く共感を呼ばなかった。 郵政関係者28万人の特権を何故守らなければならないのか? 欧米で進んでいる郵政民営化を避けて、100万人の国家公務員を如何に縮小するのか? という小泉首相の問いかけに明確な対案を出せなかった。
自民+公明 245議席をlつでも切れば退任するという小泉首相の捨て身の覚悟は、日本国民の琴線に触れたが、岡田民主党は政権交代の必要性を叫ぶのみで、結局大敗する以外になかったのである。 がんばれ 小泉首相!
辛うじて当選した綿貫民輔や亀井静香は、1月前までの自民党大派閥の長の面影は無く、離れ狼の1人として、国会で野党の更に片端に追いやられてしまった。
日本の将来を思わず、郵便局のおじさん達の方ばかりに気を配っていた野田聖子は、これから政治家としての最も大切な旬の4-5年を、復党のため、もの乞いとして過ごさざるを得なくなってしまった。
郵政民営化反対も、当初は火遊び感覚であったろうが、ここまで大火になるとは、当人達は夢にも思わず、先見性の無さを嘆いているであろう。
岡田民主党も、寄り集まり世帯の悲しさで、批判はすれども対案が出せず、国民には全く共感を呼ばなかった。 郵政関係者28万人の特権を何故守らなければならないのか? 欧米で進んでいる郵政民営化を避けて、100万人の国家公務員を如何に縮小するのか? という小泉首相の問いかけに明確な対案を出せなかった。
自民+公明 245議席をlつでも切れば退任するという小泉首相の捨て身の覚悟は、日本国民の琴線に触れたが、岡田民主党は政権交代の必要性を叫ぶのみで、結局大敗する以外になかったのである。 がんばれ 小泉首相!
2005年09月08日
子供の育て方について
最近 親殺しのような悲惨な事件が後を絶たない。我が家のおばあさんも大変嘆いている。 昔では考えられないような事件が、何故頻発するるのであろうか?
それは、子供が幼いときの育て方に原因があると私は信じている。親が子供を適当に放任して育てるのは楽ではあるが、子供を自由奔放に育てて成長し、親の手に負えなくなってから騒ぎたてても、もう間に合わないのである。
自分の例で言うと、父は立派な教育も受けておらず、酒飲みで、短気で、親切にしてもらった記憶などは皆無、子供達には恐怖の存在であった。7人兄弟の誰かは毎晩理由もなくどなられるので、夕方家に帰るのがてても怖かった。
多分その原因は、父は両親に早く死に別れ、長兄として大変苦労したため、性格が歪んだのであろう。 中学1年生のとき、父は肺結核で亡くなったが、私には悲しさなど無く、これで叱られる心配が無くなったと安心した記憶がある。
しかし幼少時時代の10年間、恐怖に苦しめられたのは、私の性格形成に大きく影響してトラウマとして残った。私は非常に臆病で、緊張すると直ぐに吃音癖も出てくる. 汽車の切符さえも行き先がうまく発音できず、別の駅名を買うというのは本当の話である。いまでも吃音癖は直らず、潜在的に苦しめられている。
しかし逆に頑張り根性は身についた。何年かけても初期の目的を達成するという抜群の辛抱強さは、この時期に芽吹き形成されたのであろう。
私はこの苦い経験を自分の家族には決して影響させてはならないと、自分の2人の子供達を真剣に育てたつもりである。おかげ様で、長女,長男ともに、人並み以上の優しさと勇気をももった成人になったと信じている。更に子供達はいま孫達の育て方に心血を注いでいる。月日が過ぎるのは本当に早いものだ。
それは、子供が幼いときの育て方に原因があると私は信じている。親が子供を適当に放任して育てるのは楽ではあるが、子供を自由奔放に育てて成長し、親の手に負えなくなってから騒ぎたてても、もう間に合わないのである。
自分の例で言うと、父は立派な教育も受けておらず、酒飲みで、短気で、親切にしてもらった記憶などは皆無、子供達には恐怖の存在であった。7人兄弟の誰かは毎晩理由もなくどなられるので、夕方家に帰るのがてても怖かった。
多分その原因は、父は両親に早く死に別れ、長兄として大変苦労したため、性格が歪んだのであろう。 中学1年生のとき、父は肺結核で亡くなったが、私には悲しさなど無く、これで叱られる心配が無くなったと安心した記憶がある。
しかし幼少時時代の10年間、恐怖に苦しめられたのは、私の性格形成に大きく影響してトラウマとして残った。私は非常に臆病で、緊張すると直ぐに吃音癖も出てくる. 汽車の切符さえも行き先がうまく発音できず、別の駅名を買うというのは本当の話である。いまでも吃音癖は直らず、潜在的に苦しめられている。
しかし逆に頑張り根性は身についた。何年かけても初期の目的を達成するという抜群の辛抱強さは、この時期に芽吹き形成されたのであろう。
私はこの苦い経験を自分の家族には決して影響させてはならないと、自分の2人の子供達を真剣に育てたつもりである。おかげ様で、長女,長男ともに、人並み以上の優しさと勇気をももった成人になったと信じている。更に子供達はいま孫達の育て方に心血を注いでいる。月日が過ぎるのは本当に早いものだ。
2005年09月02日
キリスト教と仏教について
先日ヨット仲間の親友が大腸ガンで亡くなった。クリスチャンなので品川の教会でお別れ会が行われた。久し振りにキリスト教のお別れ会に参加したが、牧師さんがいろいろと話しをされた。なかにはキリストが死者を生き帰らせた話など荒唐無稽な話もあったが、概して極めて真面目な説教で、久し振りに人生について考える時間をもつことが出来た。多分、牧師さんはどのような説教をしようかと、前夜または前々夜にいろいろと考え準備されたのであろう。
翻って、仏教の葬式は、お坊さんが長いお経を唱えるが、何を言っておられるのか、
皆目分からない。一般人で理解できる人は皆無であろう。従って途中で間違っても分からない。 話の筋が違っても誰にも知られない。 従って恐らくお坊さんはどのようなお経をあげようかと、前夜に勉強することも不要で、前々から暗記しているお経を唱えるのであろう。もしそうであるならば、やはりお坊さんは怠け者と言われても仕方ない。
多分、私個人だけではないと思うのだが、極く少数の例外の修行僧を除いて、懸命に勉強するお坊さんを見たことがない。聞くことも少ない。お坊さん側もどうせお経は誰にも分からないのだから、多分事前準備はしないのであろう。故人について若干の知識を事前に得ておけばあとは、適当に話して葬儀は終了するのではないだろうか?
これでは、いつまで経っても葬式仏教といわれ続けるのではないだろうか?
翻って、仏教の葬式は、お坊さんが長いお経を唱えるが、何を言っておられるのか、
皆目分からない。一般人で理解できる人は皆無であろう。従って途中で間違っても分からない。 話の筋が違っても誰にも知られない。 従って恐らくお坊さんはどのようなお経をあげようかと、前夜に勉強することも不要で、前々から暗記しているお経を唱えるのであろう。もしそうであるならば、やはりお坊さんは怠け者と言われても仕方ない。
多分、私個人だけではないと思うのだが、極く少数の例外の修行僧を除いて、懸命に勉強するお坊さんを見たことがない。聞くことも少ない。お坊さん側もどうせお経は誰にも分からないのだから、多分事前準備はしないのであろう。故人について若干の知識を事前に得ておけばあとは、適当に話して葬儀は終了するのではないだろうか?
これでは、いつまで経っても葬式仏教といわれ続けるのではないだろうか?