2007年05月

2007年05月31日

定期券を落とした


今朝 通勤途上で定期券を落としてしまった。
日暮里駅で常磐線→山の手線への乗り換えが1分しかなく、多数の通勤客が階段に殺到して長ーい横断橋を走り反対側の階段を駆け降りて、発車寸前の山の手線電車へ走り込むのだ。その雑踏の中で定期券を落としたらしい。

上野駅に着く前に気付き、すうーと血の気が引いた。さあどうしよう。
定期入れには、免許証と健康保険証、会社のカギまで入れており、盗まれるとヤバイと思った。しかし確かに落としてしまった。どうしようもない。

落としたのは多分日暮里駅に間違いないだろう。しかし今から引き返しても見つかる可能性は殆どない。しかしこのまま会社に行っても事務所にも入れない。 どうしよう! どうしよう!

短い時間だがパニックのなかで考えた。はやりダメ元、今来たルートを引き帰して探してみようと決心し、上野駅で下車、反対ホームに移って、日暮里に引き返した。本当にいやな気分だ。
日暮里駅で、先ほど走ったホームと横断橋を逆向きに歩いて探したが、定期券の痕跡もなかった。 
一応駅員には話しておこうと思い、改札口に行き、定期券を落としましたと話した。 
黙って聞いていた駅員は  お名前は?と聞くので、冷たいな!とは思いつつ神妙に名乗った。 
すると これでしょう!と傍の机の上から黒い定期入れを引き寄せた。中身は出されていた。
え!!瞬間 天地が逆転するほど驚いた。私の定期券入だ!あった! 有難い!

これが外国なら決して戻らないだろう。しかし直ぐに戻って来たのだ。どなたか通勤客が見つけて届けてくれたのだろう。 感謝!

やはり日本は本当に素晴らしい国だと思った。 拾って届けてくれた方はおそらく雑踏を掻き分けて走る仲間のひとりだったのだろう。 心の底から感謝の気持だ。日本も成熟した国になったものだと思った今朝の出来事であった。



mh3944 at 12:45|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 雑感 

2007年05月29日

故宮見物

この土曜日曜を利用して、息子夫婦と一緒に台湾の故宮をみて来た。日本で2000年前と言えば縄文弥生時代だと思うが、その遥か大昔の7000年前からの歴史の遺品が展示してあるのには流石に驚いた。 夏王朝とか周とか、春秋戦国時代とか、秦、漢などの品物であり、素人の私にはとても意見を言える余地はないが、その歴史の重さは驚愕した。これらの貴重な歴史遺物を蒋介石が台湾に運び込んだらしいが、中国政府が文句を言うのも分かる気がした。

しかし 台湾の日常生活も結構面白かった。特に街中の危険な交通混雑にはあきれ果ててモノが言えなかった。歩行者優先なんてスローガンは大体あり得ないのだ。繁華街のなかに信号機が極端に少なく、その中をタクシーとスク-ターが入り乱れて競い合い、車線変更も何もあったものではなく、ちょっとした隙間ができると二人乗りのスク-ターとタクシーが先を競って入り込んでくる。お互いに無視し合い、交通ルールなどは無きに等しく、もう無茶苦茶であった。 

また歩行者も平気な顔でタクシーとスク-ターの間をすり抜けて車道を斜めに横断する。 仮に歩行者が少しでも遠慮すると、出来上がったの暗黙の交通ルールに違反するので返って危険なのだ.
士林夜市にタクシーででかけたが、いつ追突される不安で気が気ではなかった。また街中には老人の姿が見えなかったが、居ない筈はなく、多分息を潜めているのではないだろうか?

諸外国との正式な国交もなく、資源も無く、九州程度の狭い国土に2700万人が生きて行くためには、格好などには構っておられないのだろう。以前は低賃金が売り物であったが、近年は生活水準もあがり、日本同様に多くの製造業が低賃金の中国大陸に移転して、台湾内部は産業の空洞化が進んで大問題になり、国民は生きる為に必死なのだと聞いた。

国土が狭すぎるため自動車産業などの大型投資産業は生産規模に達せず、オ-トバイやパソコンは精々Knock-Down組立てであり、更に近年は設備投資がゼロに近いバイオなどの産業が盛んであるが、それでも大型産業の中国流出は大きくこたえているらしい。

都心でも街中の殆どのビルは古くて薄汚れており、その中に新築ビルが散在している。前述の士林夜市も、昼間は汚くてとても見られた状態ではなく開店休業で、夜になると突然蛍光灯がランランと輝く繁華街に一変するらしい。日本の上野アメ横は昼間でも雨天でも十分ショッピングができるが、雨天の日は士林夜市は休みだと聞いて納得できた。東南アジアの中国人街はバンコックもクアラランプ-ルも、およそ似たような雰囲気で、良くいえば華僑の活力を感じ、まさしく40年前の日本もかくありなんと思われた雑踏と混雑振りであった。

故宮を案内してくれた林さんは私と同じ70才前後だが、人柄が温和で、説明も懇切丁寧、会話の中で日本の植民地時代の話が何度も出たが、日本統治の功績にも繰り返し触れた。軍隊の善行もあったのだろうが、それにしても朝鮮人や韓国での話とは余りにも違う。それほど日本軍に差があったとは思えないのだが、国民性が鷹揚な台湾人によると、こんなに違うとは意外であった。

私達が泊まったホテルで結婚式を終えた花嫁さんが、式を終えて、披露宴会場にクルマで出かけた。多分大金持ちのお嬢さんだろうが、リボンで飾りたてた10台近い大型ベンツを並べた一列縦隊で出発した。全く同時刻に同じホテルから、リボンで飾った小さなクルマ2台で出かけた花嫁さんにも出会った。いくら貧しくても人生の最高イベントなのだと思い、拍手したら、花嫁がはにかんだで軽く会釈をしたので思わずジーンと来た。私も年をとってしまったものだ。



mh3944 at 09:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2007年05月24日

99%は上司運か?

90%は上司運、努力は1%か!
私は定年退職後、自分が出資して今の会社を創業し、すでに8年になる。自分の会社だから、得意先を除けば怖いものはいない。
現役時代のように、上司との葛藤や、同僚ライバルとの緊張感はない。逆に非常に幅広い視野で物事を見ることができ、現役時代の過度の緊張で狭すぎた視野を反省している今日このころである。なぜもっと余裕をもった心でサラリーマン生活を送れなかったかと、今ころになって反省しきりである。

緊張して仕事をしても、或いは余裕をもって行動しても、結果的には余り大差はなかっただろう。いやもしかして、余裕をもって活動したほうが、周囲に安心感をあたえ、返って好結果をもたらしたのではないだろうか。 会社の同僚には良いところのお坊ちゃん風に羨ましいほどの余裕をもつ仲間もいたが、彼らは結構出世している。

勿論、過度の緊張感をもち、周囲に悪い印象をあたえた同僚のなかにも、上司の引き上げである程度出世した者もいるが、重職になるとそれ以後は各人の技量に左右され、その多くが中途で挫折している例が多い。

しかし私はサラリーマンを卒業して既に10年になる。最近は経済環境が非常に厳しくなっている。主因はグローバル化の影響であり、以前は考えられなかった競合企業との合併なども日常茶飯事で、とても余裕ある活動などはしおられないだろう。

グローバル化とは、端的に言えば人件費1/10との中国との競争である。1/10の人件費といえば、もうタダみたいなものだ。少々の合理化やコストダウンでは太刀打ちできない。先見の明と、技術的な差別化を持たないと、生き残ってゆけない時代となった。

私の現役時代の上司は阪大出身で副社長にまで登りつめた博士であった。その方が酒の上で私に漏らしたのは、驚くべき言葉だった。彼は、会社における出世は、上司運が90%、努力は10%だと私に語った。え-? 逆ではないのですかと私は聞き返した。少なくとも50/50程度ではないでしょうかと反論した。しかし彼は、個人の力は極く小さいのだと答えた。 親しかった私には呆れる程正直だが、迷惑極まりなく、技術経営陣の総大将としては仰天の言葉だった。

確かに努力では越えられない運とか宿命があるのは事実だろうが、それにしても90%は上司運に依るとは、よくも言ったものだ。それでは個人の努力は殆ど報われないということだ。 これが技術部門を統括する総括責任者の信念では、もう何をか言わんや と思った。残念過ぎる出来事で
現役時代は、同僚にはとても話せなかった。

確かに営業マンとかの場合、結果は個人の努力以外の外的要因にも影響されようが、一応技術屋の私には、成果は自分の努力によって得られると確信していた。 そして成果を出せば、企業はそれを正当に評価されると信じていた。 またその努力こそが企業存続の力であり、大きくいえば、資源のない島国日本が生きてゆく源泉であるとも信じている。

しかし前述の如き唾棄すべき信念の持ち主を、技術の総括責任者に任命したわが社のトップの責任は大きい。相談役は高邁な人格者ではあったが、残念ながら経営感覚は時代遅れであったのだろう。経営者とは本当に難しいものだ。 



mh3944 at 15:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ビジネス 

2007年05月17日

パソコンは無用か?


昨日 NTTが原因でインターネットが不具合をテレビが報じていた。 しかし人ごととしか思わず、今朝会社に出社して始めて我が事と分かった。毎日20余通は入っている筈のメイルが皆無だった。そうか、昨夜のテレビでNTTフレッツ光回線の不具合は、まさか当社に直接関係するとは思ってもみなかった。

さあ大変、メイル無しで改めて分かったことは、当社の如き中小企業には、メイルは絶対の武器だということだ。当然のことではあるが、最近は殆どの連絡,交渉を電話ではなくメイルに頼っており、これが失われるともう開店休業状態だ。とても元には戻せない。

昨夜のテレビでは、今朝には殆ど復旧したと報じていたが、当社のパソコンは全く沈黙状態だ。サーバー会社にTelすると、一度ルーターをリセットするよう指示あり、しかし具体的にどうするのか分からず、一旦電源を切ってから入れ直すよう再指示された。しかし電源を切って入れ直してもパソコンは動かない。 別の専門家に電話で聞くと、電源と電話線の再接続する順序が問題だと指摘され、色々試みて、やっと回復できた。本当にインタ-ネットの有難さを身に沁みて痛感した半日であった。

しかし、別のテレビ番組では、インタ-ネットの弊害を説いていた。
アイリスアオヤマなる家庭用品会社の社長が、自社の商品開発室の訪れ、全員がパソコンに覗きこんで仕事をしており、会話が全く無かったのに驚き、直ちにパソコンの撤去を命じたという。多分社長が来るので、社員の多くは良いところを見せようと、一層パソコンに覗き込んでいたのだろうが全くの逆効果だった。 同社長は、会話や議論無しには、良い新製品が生まれる筈がないと確信し、直ちに各人から机上パソコンを撤去させたという。

この判断も事実だろう。ノ-ベル賞受賞者が沢山出る米国ベル研究所の話では、受賞者の多くは、同僚との雑談からアイデアを得たと証言している。 日本の技術開発力の優れている理由のひとつに、米国のような個室方式ではなく、大勢の社員が1つの部屋で勤務する大部屋方式にあるとも言われる。

確かに私自身の実感でも、沈思黙考では新しいアイデアは得られず、自分の殻からなかなか脱皮できない、社員との会話が大きな力となっているのは事実だ。勿論、今日ではパソコンから離れることは到底不可能だが、その圧倒的な効率の使い方を誤ると、逆の効果をもたらすのも事実だ。 なかなか難しいものだ。






mh3944 at 14:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ビジネス 

2007年05月09日

若者よ、もっと志を!

国家公務員法改定問題がもめている。殆どの公共投資が公務員側からの指導により談合が繰り返されていたことが明らかとなり、安陪内閣がその根絶の為、天下りを規制しようとしている。

良い話だ。しかし官僚出身の議員連中が猛反対している。理由はこの改定により官僚の天下りが総理府に一元化されると、将来 優秀な官僚を確保することが難しくなるそうだ。何だか変な話だ。再就職が総理府に一元化されると何故困るのだろうか?
本当の理由は明白だ。官僚時代に自分が関係した分野の民間会社に天下って、公共投資枠の確保に影響力を及ぼすことが出来なくなることを心配しているからだ。高給をもらいながら毎日遅く出社し新聞を読んで、出身官庁に電話して情報収集して1日を過ごす生活が脅かされるからだ。

5/2の新聞に東大法学部卒業者の国家公務員離れが顕著になっていると報じていた。数年前までは毎年150名以上の第一種合格者が官庁に就職していたが、1昨年は100名となり今年は遂に80名となったと報じていた。公務員法改定の悪影響だと心配している。とんでもない話で全くの朗報だ. 
超エリートたる東大法学部卒業生が、天下り先が狭くなりそうだという理由で、官庁への就職を避けるなんて、全くあきれてものが言えない。日本の超エリートとはそんなものだったのか? エリートではなくてエゴイストではないか? 若者らしく、国家のために生涯をささげようという志はないのだろうか?

民間会社に就職する学生の再就職先なんて殆ど保障されてはいないのだ。全員カラダを張って頑張っている。老後の再就職先の保障が欲しいなんて、全く情けない話だ。 日本の官僚エリートの実態とはこんなものだったのか? 

少なくとも、私が大学を卒業する時に希望した就職先は、有名な大企業ではなかった。確かに級友達の多くは大企業を選んだ、多分夏休みに帰郷して友人達に就職先を報告するのだろうが、それで終わりではないか。

私は小さくて新しい会社を望んだ。そして尼崎市にある日本ライヒホールドという、設立後5年 社員50名の小さな会社を選んだ。思い切って働けるだろうと本当に嬉しかった。老後の再就職先をどうするかなんて考えも及ばなかった。

それに比べると、今日の日本の超エリート達は、青雲の志を失ったのだろうか? まったくその堕落振りは情けない想いだ。




mh3944 at 08:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治