2009年03月
2009年03月30日
090330, 通勤電車のマナーいろいろ
先日の帰宅時、京葉線新木場駅で下り電車にのった。午後5時近くラッシュアワー前、電車はまだ空いていた。次の舞浜駅に着くと必ず大勢のデズニーランド帰りがどっと乗い込んでくる。特に元気な子どもたちはオシャベリや窓の外の景色を楽しんだり、車内が大変にぎやかになる。まだ3月で外は寒く窓から入ってくる夕日が、背中を温めて心地もよい。しかし私の隣りに着席した中年女性が、急に立ち上がって、自分の後の窓のブラインドを下げてしまった。
まだ早春で外は寒く、暖かい日当たりを楽しんでいた私は突然ブラインドを下されて驚いた。外の景色を見ながら話していた子どもたちも景色を遮断されて一瞬会話が途切れたが、また何事もなかったかのように賑やかな車内に戻った。そしてその中年女性は次の新浦安駅で降りていった。
思うにその女性は暖かい日当たりが気に食わなかったのだろう。あるいは首筋の日焼けを恐れたのかも知れないが、たった一駅も我慢が出来なかったのか。 景色を見ている乗客などは眼中になく勝手なものだと思う。私は座席に座れず立つ場合、新松戸駅までの40分間の長い時間を潰すのに、窓の外の景色の変化が唯一の楽しみであり、それを遮断されると苦痛の時間になってしまうのだが、その中年女性は1駅をも我慢できず、自宅のカーテンと同様に窓を閉めてしまった。確かに夏の太陽は強烈だが、早春や秋から冬にかけての日照りは心地よく、桜も咲き始める季節の変化は本当に楽しいものだが、年を重ねた女性はもう世間のこととなど無関心になってしまったのだろうか。
舞浜駅はディズニーランド帰りの子供を抱いた若い女性が電車に乗り込んで来ることもあるが、多くの人は知らん顔で無視する。70才過ぎの私は無視する勇気が無く、自分から手が届く近さなら必ず声をかけて席を譲る。周囲の人は殆ど知らん顔だ。時折若い女性が立ち上がることもあるが、大抵の男女は若くても中年でも殆どが無視する。どのような感覚の持ち主なのか分からないが、兎に角平気なのだ。
しかし私が時々出会う新浦安駅から乗り込むある中年女性は必ず席を譲る。中南米系出身だと思うが、この女性は勇気があり、少し離れた所なら立ち上がって呼んで来てまで席を譲ってしまうから、もうご立派という以外にない。大柄な人だが、日本語を話すので永年住んでいるのだろう、全く感心するとともに先進国の日本人として気恥ずかしい思いだ。
このように朝夕の電車は、常識のない多くの大人たちの不作法に毎日出くわす。少しだけ座席をずらすともう一人座れるのに、知らん顔して目をつぶっているひとも多い。その人が本当に気づいていないのかも知れないが、殆どの人は気付いてはいるが動かないのだと思う。やっとその人が下車すると今度は代わって着席した人は、やはり席のど真中に座って座席を詰めようとしない。被害者と加害者とは全く裏腹な関係なのだと思ってしまう。
最近の若い女性の殆どは携帯をやっているがこれも結構危険だ。車内でやるのはどうぞご自由だが、コンコースを歩きながらメイルし、特にホームの階段を降りながら携帯を読んでいるのには閉口する。降りる速さが少し遅いので何とか分かるが、もし後ろから押されれば一発で転落だが、平和な日本に慣れた若い女性は全く意に介さず携帯を見ながら階段を下りる。全く怖いもの知らずだ。
何が入っているのか知らないが大きなリュックを担いて電車の出入口で頑張る年配男性も多い。毎日のことだから勤務先に置いて帰れば、車内の混雑を少しでも緩和できると思うのだが、迷惑なものでこれも平気だ。リュック姿が格好よいと本人が勘違いしているのかも知れないが、哀れな限りだ。
またキャリーバッグのハンドルを伸ばしてホームやコンコースを往来する女性族も危険だ。急いでいるとき出くわすとこちらが躓いて大ケガをしそうになることが何回もある。せめて人ごみの中ではハンドルを短くするとか、手下げで持ち運ぶくらいの配慮がほしいものだ、またカタカタカタと小さな車輪が出す大きな騒音も煩い。車輪の材質を硬質ゴムから軟質ウレタンに変えて、完全に音を出さないような工夫など簡単にできるのだが、なぜメーカーはなぜ改良しないのだろうか?
この4月から首都圏のJR駅から、喫煙場所が撤去されるそうだ。タバコの害が喧伝されて、最近喫煙人口は減っており、男性では2割台に落ち込んだと聞くが、女性喫煙者は案外多く10%近いのだそうだ。しかもハイヒールが似合う格好いい美人スモカーが多い。これから妊娠出産する女性にはタバコの悪影響が大きいと知られているが、いったん習慣性になると簡単には止められないのだろう。 誰でも最初のタバコは単なる興味本位からだろうが、しばらく吸うともうJTの捕虜になってしまう。医学の進んだ今日でも肺がんと肝臓がんは依然として治癒率の低い難病なのだが、実際にがんにならないと、その苦しみは分からないのだろう。人間とは本当に情けない生き物だと思う。
まだ早春で外は寒く、暖かい日当たりを楽しんでいた私は突然ブラインドを下されて驚いた。外の景色を見ながら話していた子どもたちも景色を遮断されて一瞬会話が途切れたが、また何事もなかったかのように賑やかな車内に戻った。そしてその中年女性は次の新浦安駅で降りていった。
思うにその女性は暖かい日当たりが気に食わなかったのだろう。あるいは首筋の日焼けを恐れたのかも知れないが、たった一駅も我慢が出来なかったのか。 景色を見ている乗客などは眼中になく勝手なものだと思う。私は座席に座れず立つ場合、新松戸駅までの40分間の長い時間を潰すのに、窓の外の景色の変化が唯一の楽しみであり、それを遮断されると苦痛の時間になってしまうのだが、その中年女性は1駅をも我慢できず、自宅のカーテンと同様に窓を閉めてしまった。確かに夏の太陽は強烈だが、早春や秋から冬にかけての日照りは心地よく、桜も咲き始める季節の変化は本当に楽しいものだが、年を重ねた女性はもう世間のこととなど無関心になってしまったのだろうか。
舞浜駅はディズニーランド帰りの子供を抱いた若い女性が電車に乗り込んで来ることもあるが、多くの人は知らん顔で無視する。70才過ぎの私は無視する勇気が無く、自分から手が届く近さなら必ず声をかけて席を譲る。周囲の人は殆ど知らん顔だ。時折若い女性が立ち上がることもあるが、大抵の男女は若くても中年でも殆どが無視する。どのような感覚の持ち主なのか分からないが、兎に角平気なのだ。
しかし私が時々出会う新浦安駅から乗り込むある中年女性は必ず席を譲る。中南米系出身だと思うが、この女性は勇気があり、少し離れた所なら立ち上がって呼んで来てまで席を譲ってしまうから、もうご立派という以外にない。大柄な人だが、日本語を話すので永年住んでいるのだろう、全く感心するとともに先進国の日本人として気恥ずかしい思いだ。
このように朝夕の電車は、常識のない多くの大人たちの不作法に毎日出くわす。少しだけ座席をずらすともう一人座れるのに、知らん顔して目をつぶっているひとも多い。その人が本当に気づいていないのかも知れないが、殆どの人は気付いてはいるが動かないのだと思う。やっとその人が下車すると今度は代わって着席した人は、やはり席のど真中に座って座席を詰めようとしない。被害者と加害者とは全く裏腹な関係なのだと思ってしまう。
最近の若い女性の殆どは携帯をやっているがこれも結構危険だ。車内でやるのはどうぞご自由だが、コンコースを歩きながらメイルし、特にホームの階段を降りながら携帯を読んでいるのには閉口する。降りる速さが少し遅いので何とか分かるが、もし後ろから押されれば一発で転落だが、平和な日本に慣れた若い女性は全く意に介さず携帯を見ながら階段を下りる。全く怖いもの知らずだ。
何が入っているのか知らないが大きなリュックを担いて電車の出入口で頑張る年配男性も多い。毎日のことだから勤務先に置いて帰れば、車内の混雑を少しでも緩和できると思うのだが、迷惑なものでこれも平気だ。リュック姿が格好よいと本人が勘違いしているのかも知れないが、哀れな限りだ。
またキャリーバッグのハンドルを伸ばしてホームやコンコースを往来する女性族も危険だ。急いでいるとき出くわすとこちらが躓いて大ケガをしそうになることが何回もある。せめて人ごみの中ではハンドルを短くするとか、手下げで持ち運ぶくらいの配慮がほしいものだ、またカタカタカタと小さな車輪が出す大きな騒音も煩い。車輪の材質を硬質ゴムから軟質ウレタンに変えて、完全に音を出さないような工夫など簡単にできるのだが、なぜメーカーはなぜ改良しないのだろうか?
この4月から首都圏のJR駅から、喫煙場所が撤去されるそうだ。タバコの害が喧伝されて、最近喫煙人口は減っており、男性では2割台に落ち込んだと聞くが、女性喫煙者は案外多く10%近いのだそうだ。しかもハイヒールが似合う格好いい美人スモカーが多い。これから妊娠出産する女性にはタバコの悪影響が大きいと知られているが、いったん習慣性になると簡単には止められないのだろう。 誰でも最初のタバコは単なる興味本位からだろうが、しばらく吸うともうJTの捕虜になってしまう。医学の進んだ今日でも肺がんと肝臓がんは依然として治癒率の低い難病なのだが、実際にがんにならないと、その苦しみは分からないのだろう。人間とは本当に情けない生き物だと思う。
2009年03月24日
090324, 東京マラソン2009
この日曜(3/22)、東京マラソンの応援に出かけた。テレビ中継もあったが、現場の臨場感を期待して、銀座4丁目の交差点まで行った。予定より早く着いたのでまだ観客が少なく、いろいろ場所を変えて、三越前の交差点に決めた。反対側のサッポロ銀座店前にはテレビカメラが構えていたので、対面の和光堂前はテレビに映るかとも思ったが、既に赤いユニフォームの資生堂の大応援団が陣取っていた。弘山晴美のラストランの応援だとあとになって知った。
前日の土曜は絶好の快晴に恵まれたが、当日の予報は曇りのち雨であった、しかし結果的には午前中はうす曇り、雨は午後から降り始めたので、9:00スタートのマラソンには良好な条件であった。既に警視庁によって、銀座大通りは南北ともにほぼ交通が遮断され、警官や体育協会、さらにはボランティアーなど大勢の方々が整理にあたっていた。女性白バイ4台が胸を張って見回って来たが、なかなか格好が良く、彼女たちも面目躍如といったところだ。
銀座4丁目に来たのは久し振りだが、向い側の三愛ビル2階の喫茶店には多数のカップルが陣取ってお茶を飲みながらレースを待っていた。マラソン見物には最高の場所だが、安い値段で粘られては店側も困るから、一杯2,000-3,000円は取られそうな高いコーヒーだろうと思いながら眺めた。若い警察官が、お客様!花壇の縁石には上がらないで下さい、危険ですから!と丁寧な言葉で注意された。やはりここは日本だ、中国あたりでは、こら!花壇にあがるな!と怒鳴るだろうが、日本の警察官は非常に丁寧だ。
9:00を回ったので、既にレースは始まっている筈だが、この銀座4丁目は浅草に向けて走る25キロ地点であり、同時に浅草から戻って晴海に向かう35キロ地点の交差点にもなるので、ランナ‐を2度みることができる場所だ。三愛ビルの壁面の大きなテレビ画面はボリュームを張り上げて、無関係な広告を流し続けているが、沿道の群衆は全く無視。もっと気を利かしてテレビのマラソン中継画面でも流せば群衆はきっと喜ぶだろうと思うが、無神経な支配人にはそこまで気が回らないのだろう。残念なことだ。
かなり時間が経過したのでランナーが到着する前にトイレに行っておこうと、地下鉄銀座駅に降りたところ、そこにも多くの警察官がいた。なるほど地上だけではなく地下の交通整理も彼らの仕事なんだと納得した。
暫くして、やっと先導パトカーとテレビ中継車がやって来た。続いて先頭の7−8名のトップランナーが群れになって走って来た、ものすごいスピードだ。アフリカ系ランナーが3名、他は日本人だと思うが、その早いこと和光前の資生堂応援団の目の前をあっと言う間に走り去っていく。道路の反対側の私には選手の表情を十分見ることができたが、資生堂の応援団にはすぐ前をランナーが走り抜く瞬間の出来事で、選手の顔さえ判別できないだろうと思った。これでは弘山選手が来ても間に合わないと思ったのか、慌てて物見役らしき2-3人が場所を変えて携帯で連絡しあうような配置についた。なるほど応援もなかなか大変なことだ
先頭グループが走り去ったが、次のグループがなかなか来ない。今回は優勝者の賞金は1000万円、もし世界新記録なら5000万円の高額レースなので、賞金を狙う先頭グループは本気で頑張って走っているらしい。しばらく待つとやっと第二集団の10余名がやって来た。彼らも早い。そしてしばらくして第三集団が続き、そのあとはパラパラとランナーが続き始めた、しかし女性ランナーはまだ居ない。男女の力量がこんなに違うのかと実感した。
やっと男子に交じって女性のトップランナーがひとり走ってきた。背が高く美人で西洋人かと思ったが、後で日本人の那須川瑞穂(29)だと分かった。さっそうと走り去る姿が本当に美しかった。 続いて非常に小柄な女性ランナーがひとり、大柄な男子選手に挟まれそうになりながら走って来た、もう歯を食いしばって必死の形相で、思わず涙がこみ上げそうになった。一度テレビで見た顔で、翌日の新聞で佐伯由香里選手だと知った。彼女は自分の身体的なハンディーを気力でカバーしているのだろう。そう言えば、バルセロナオリンピックで優勝した野口みずきもかなり小柄だが、更に小さい。はやりマラソンは体力だけの勝負ではなく精神力がものをいうスポーツなんだと納得した。
更にしばらく経って大柄な土佐礼子(32)がやって来た。まだ残り15キロ以上もあるというのにもう泣き出しそうな形相だ。翌日の新聞に、彼女もラストランだったと泣き崩れてゴールインする写真が載っていた。彼女はいつも苦痛にゆがんだ顔で走るが、長いマラソン人生は苦しみばかりで、幸せは少なかったのではないかと思った。
更に数分が経ってやっと資生堂の弘山晴美がやって来た。待ちに待った大応援団のボリュームは一気に燃え上がった。弘山はピンク色の手袋を脱いで放り投げ、応援団に答えながら走り去った。日本女子陸上のトラック競技の女王であった彼女も40才を迎えた今回がラストランだそうだ。本当にご苦労さま。 そして長身の高岡寿成がやってきた。右に左に見苦しくよたよたしながら走っている。中長距離界の第一人者であった高岡も年には勝てず、遂に途中で棄権したとあとで聞いた。
そして大勢のランナーたちが次々とやってき始めた。ものすごい人数だ。私は手賀沼マラソンには慣れているが、その5倍の3万5千人だから、まるで規模が違う。大東京の一等地の銀座通りを、盛大な応援団の声援を受けながら走るのだから、気分も爽快なのだろう。中には立ち止まって持っていたカメラを警備員に渡して自分を撮ってもらい、再び走り去り出す選手が何名もいた。やはり銀座の街並と大群衆になかを走る自分の勇姿を、若き日の思い出の記念写真として残しておくのだろう。
翌日の新聞には優勝者は男子がケニアのキプサングで2時間10分27秒、2位が前田和浩(九電工)、女子は那須川瑞穂が2時間25分38秒で優勝、小柄な佐伯由香里が2位、土佐礼子が3位、資生堂の弘山晴美は10位の2時間35分39秒でゴールインしたと出ていた。
今年の選手登録の競争倍率は7倍であったと聞く。私の隣に陣取っていた若者は、昨年2月のレースに出場して寒さに苦しんだが、今年は3月のレースで、なんとしても走りたかったが抽選で落ちてしまったと話していた。彼によると浅草を回って再び35キロ地点の銀座4丁目に戻り、左折して晴海通りに入り、永代橋を超えると急に沿道の観衆が少なくなった途端、猛烈に苦しさを実感し始めて本当に死にそうになるそうだ。やはり大群衆の応援はマラソンには不可欠らしい。しかし完走した爽快感は忘れられず何回でも出走したいという。確かに35 キロからは本当に死ぬほど苦しいらしい。それでもマラソンを走に抜いた達成感は何物にも代えられないとランナーたちは口ぐちに言う。
いま世情は不況の真っただ中で、参加するランナーたちも各々悩みを抱えている筈だ。その悩みを何とか振りほどこうと42キロの苦しい長距離走に挑む人が多いそうだ。死にそうになる苦しみを沿道の群衆に支えられて恍惚となりながらも、仕事の悩み事や、家族、人生のことを考えながら走るのだろう。
いろいろな景観を楽しめる盛大なショウーの東京マラソンは今年も無事に終わった。沿道を見渡すともう歩けないほどの大群衆が道路を埋め尽くしている。多くの人達はまだ興奮状態だが、中にはマラソンよりも銀ブラのそぞろ歩きを楽しんでいる人達もいる。彼や彼女たちもみんな日常の憂さを忘れるひとときなのだろう。東京マラソンは石原都知事の仕掛けた大プロジェクトだが、やはり政治は一種のアジテーションであり、いつの時代も不平不満の絶えることのない群衆を、如何になだめて世情を安定化させるかの舞台作りが、政治家の重要な役目なのだと悟った次第。

前日の土曜は絶好の快晴に恵まれたが、当日の予報は曇りのち雨であった、しかし結果的には午前中はうす曇り、雨は午後から降り始めたので、9:00スタートのマラソンには良好な条件であった。既に警視庁によって、銀座大通りは南北ともにほぼ交通が遮断され、警官や体育協会、さらにはボランティアーなど大勢の方々が整理にあたっていた。女性白バイ4台が胸を張って見回って来たが、なかなか格好が良く、彼女たちも面目躍如といったところだ。
銀座4丁目に来たのは久し振りだが、向い側の三愛ビル2階の喫茶店には多数のカップルが陣取ってお茶を飲みながらレースを待っていた。マラソン見物には最高の場所だが、安い値段で粘られては店側も困るから、一杯2,000-3,000円は取られそうな高いコーヒーだろうと思いながら眺めた。若い警察官が、お客様!花壇の縁石には上がらないで下さい、危険ですから!と丁寧な言葉で注意された。やはりここは日本だ、中国あたりでは、こら!花壇にあがるな!と怒鳴るだろうが、日本の警察官は非常に丁寧だ。
9:00を回ったので、既にレースは始まっている筈だが、この銀座4丁目は浅草に向けて走る25キロ地点であり、同時に浅草から戻って晴海に向かう35キロ地点の交差点にもなるので、ランナ‐を2度みることができる場所だ。三愛ビルの壁面の大きなテレビ画面はボリュームを張り上げて、無関係な広告を流し続けているが、沿道の群衆は全く無視。もっと気を利かしてテレビのマラソン中継画面でも流せば群衆はきっと喜ぶだろうと思うが、無神経な支配人にはそこまで気が回らないのだろう。残念なことだ。
かなり時間が経過したのでランナーが到着する前にトイレに行っておこうと、地下鉄銀座駅に降りたところ、そこにも多くの警察官がいた。なるほど地上だけではなく地下の交通整理も彼らの仕事なんだと納得した。
暫くして、やっと先導パトカーとテレビ中継車がやって来た。続いて先頭の7−8名のトップランナーが群れになって走って来た、ものすごいスピードだ。アフリカ系ランナーが3名、他は日本人だと思うが、その早いこと和光前の資生堂応援団の目の前をあっと言う間に走り去っていく。道路の反対側の私には選手の表情を十分見ることができたが、資生堂の応援団にはすぐ前をランナーが走り抜く瞬間の出来事で、選手の顔さえ判別できないだろうと思った。これでは弘山選手が来ても間に合わないと思ったのか、慌てて物見役らしき2-3人が場所を変えて携帯で連絡しあうような配置についた。なるほど応援もなかなか大変なことだ
先頭グループが走り去ったが、次のグループがなかなか来ない。今回は優勝者の賞金は1000万円、もし世界新記録なら5000万円の高額レースなので、賞金を狙う先頭グループは本気で頑張って走っているらしい。しばらく待つとやっと第二集団の10余名がやって来た。彼らも早い。そしてしばらくして第三集団が続き、そのあとはパラパラとランナーが続き始めた、しかし女性ランナーはまだ居ない。男女の力量がこんなに違うのかと実感した。
やっと男子に交じって女性のトップランナーがひとり走ってきた。背が高く美人で西洋人かと思ったが、後で日本人の那須川瑞穂(29)だと分かった。さっそうと走り去る姿が本当に美しかった。 続いて非常に小柄な女性ランナーがひとり、大柄な男子選手に挟まれそうになりながら走って来た、もう歯を食いしばって必死の形相で、思わず涙がこみ上げそうになった。一度テレビで見た顔で、翌日の新聞で佐伯由香里選手だと知った。彼女は自分の身体的なハンディーを気力でカバーしているのだろう。そう言えば、バルセロナオリンピックで優勝した野口みずきもかなり小柄だが、更に小さい。はやりマラソンは体力だけの勝負ではなく精神力がものをいうスポーツなんだと納得した。
更にしばらく経って大柄な土佐礼子(32)がやって来た。まだ残り15キロ以上もあるというのにもう泣き出しそうな形相だ。翌日の新聞に、彼女もラストランだったと泣き崩れてゴールインする写真が載っていた。彼女はいつも苦痛にゆがんだ顔で走るが、長いマラソン人生は苦しみばかりで、幸せは少なかったのではないかと思った。
更に数分が経ってやっと資生堂の弘山晴美がやって来た。待ちに待った大応援団のボリュームは一気に燃え上がった。弘山はピンク色の手袋を脱いで放り投げ、応援団に答えながら走り去った。日本女子陸上のトラック競技の女王であった彼女も40才を迎えた今回がラストランだそうだ。本当にご苦労さま。 そして長身の高岡寿成がやってきた。右に左に見苦しくよたよたしながら走っている。中長距離界の第一人者であった高岡も年には勝てず、遂に途中で棄権したとあとで聞いた。
そして大勢のランナーたちが次々とやってき始めた。ものすごい人数だ。私は手賀沼マラソンには慣れているが、その5倍の3万5千人だから、まるで規模が違う。大東京の一等地の銀座通りを、盛大な応援団の声援を受けながら走るのだから、気分も爽快なのだろう。中には立ち止まって持っていたカメラを警備員に渡して自分を撮ってもらい、再び走り去り出す選手が何名もいた。やはり銀座の街並と大群衆になかを走る自分の勇姿を、若き日の思い出の記念写真として残しておくのだろう。
翌日の新聞には優勝者は男子がケニアのキプサングで2時間10分27秒、2位が前田和浩(九電工)、女子は那須川瑞穂が2時間25分38秒で優勝、小柄な佐伯由香里が2位、土佐礼子が3位、資生堂の弘山晴美は10位の2時間35分39秒でゴールインしたと出ていた。
今年の選手登録の競争倍率は7倍であったと聞く。私の隣に陣取っていた若者は、昨年2月のレースに出場して寒さに苦しんだが、今年は3月のレースで、なんとしても走りたかったが抽選で落ちてしまったと話していた。彼によると浅草を回って再び35キロ地点の銀座4丁目に戻り、左折して晴海通りに入り、永代橋を超えると急に沿道の観衆が少なくなった途端、猛烈に苦しさを実感し始めて本当に死にそうになるそうだ。やはり大群衆の応援はマラソンには不可欠らしい。しかし完走した爽快感は忘れられず何回でも出走したいという。確かに35 キロからは本当に死ぬほど苦しいらしい。それでもマラソンを走に抜いた達成感は何物にも代えられないとランナーたちは口ぐちに言う。
いま世情は不況の真っただ中で、参加するランナーたちも各々悩みを抱えている筈だ。その悩みを何とか振りほどこうと42キロの苦しい長距離走に挑む人が多いそうだ。死にそうになる苦しみを沿道の群衆に支えられて恍惚となりながらも、仕事の悩み事や、家族、人生のことを考えながら走るのだろう。
いろいろな景観を楽しめる盛大なショウーの東京マラソンは今年も無事に終わった。沿道を見渡すともう歩けないほどの大群衆が道路を埋め尽くしている。多くの人達はまだ興奮状態だが、中にはマラソンよりも銀ブラのそぞろ歩きを楽しんでいる人達もいる。彼や彼女たちもみんな日常の憂さを忘れるひとときなのだろう。東京マラソンは石原都知事の仕掛けた大プロジェクトだが、やはり政治は一種のアジテーションであり、いつの時代も不平不満の絶えることのない群衆を、如何になだめて世情を安定化させるかの舞台作りが、政治家の重要な役目なのだと悟った次第。

2009年03月19日
090319, 本当に静かな毎日
底知れぬ不況のせいか、最近は毎日が本当に静かだ。空気もきれになったとテレビが報じていたから生産活動も確実に減っているのだろう。3/16の新聞に日立製作所が7000億円の大赤字を計上し、社長会長が交代すると載っていた、超大企業となるとさすが赤字も並み大抵ではない。米国では3兆円の公的資金を受けたAIGは、その管理職400が人平均4000万円以上のボーナスを受け取って逃げ切ろうとしたが発覚してしまったと報じている。倒産の危機をさける為3兆円を超す政府資金の導入を受けながら、高額のボーナス、特に主要幹部73人は1億円を超す賞与を取ろうとしたと言うから、何をやってもアメリカ人は桁外れだ。
大手に限らず我々中小企業の多くは、この3月決算期を如何に乗り切るかで四苦八苦といったところだ。最近は、電話やメイルの頻度もかなり減っている。機械装置の保守点検は景気には余り関係ないと思うのだが、稼働が少なく機械の故障が少ないか 或いはユーザーが経費節減ため、装置のメンテナンスを極力控えているのであろうか。
いまは不景気対策として政府は、新しく環境対策の事業を立ち上げて、産業を活性化し、不況脱出の決め手にしようと議論している。例えば太陽光発電、風力発電、電気自動車、農業再開発、バイオ産業の活性化。。。などなど。しかし本当に環境問題を考えるなら、GDP増加率を如何に上げるかの議論より、GDPを上げることなく如何に経済を安定化して軟着陸させるかを議論するほうが、人類の末長い生存のためには重要ではなかとも思い始めた。
確かに、産業を活性化してGDPが増加すると国民も経営者も政治家も安泰であろう、中国あたりは8%増加させると、世界中に公言している。しかしあの巨大な中国が更に
経済を活性化させると、環境悪化は益々進むばかりである。地球の環境問題を考えると、もうこの辺で経済を安定飛行に移行させ、これ以上のエネルギーの浪費や産業をいたずらに活性化させることを避けてはどうだろうか? この辺で経済規模をこれ以上拡大せず、エネルギー使用の絶対量を増やさず、効率的に利用して、徐々に消費量を減らすことが、究極の環境対策になると思うのだが如何?
では生産活動を増やさないで経済を活性化させる方法とは何だろうか? 例えば観光産業あたりは注目すべき分野だろう。年間に日本を訪問する外国人は約100万人だそうだが、フランスには10倍の1000万人以上が訪れ、最大の外貨獲得産業だという。その意味ではまだまだ日本には後進国だ。世界の多くの国がお互いに訪問して観光産業を隆盛化すれば、相互理解も進み、争いごとも確実に減るだろう。金正日にも核開発より観光のほうが余程確実に儲かるよと教えてやっては如何だろうか。
長い人間の歴史から考えると、我々人間は自分が思っているほど賢明ではなく、また人類の欲望には限りがないことも分かってきた。地球が誕生して46億年、原人が出現してから100万年、人類が現われて3万年、農耕が始まって1万年とか言われているそうだが、これからも人類の歴史が永遠に続くことは絶対にあり得ないらしい。
地球の歴史を1週間とすると、人類の歴史はたった1秒間にしかならないのだそうだ。突然地上から恐竜が絶滅したように、いつか人類も滅亡するのは間違いないだろうと言われている。その原因はいま騒がれている地球高温化のためか、そのよりも早く核戦争による自滅か、骨盤狭窄で女性が子供を産む数が少なくなるか、未知のウイルスによる疫病か、或いは他の惑星との大衝突か、可能性はいろいろ言われているが、人類が永遠に不滅なことはあり得ないそうだ。もう石油の残存量もたった50年以内と直ぐそこに近づいており先行きは見えている。このあたりで環境悪化をもたらす経済成長率を議論することは避けて、人類が少しでも安楽に生存できる期間を長くする方向を探っては如何だろうか? そのほうが可愛い子供や孫たちには余程大きな贈り物だと思うのだが。
こんなブログを書くと先祖帰りで、なんだか徒然草の吉田兼好か、方丈記の鴨長明のような気分になってくる。 派遣切りで今晩寝る場所もない人や、住宅ローンで苦しんでいる人達からは、お前はバカか?と言われそうだから、この辺で止めることにしよう。
大手に限らず我々中小企業の多くは、この3月決算期を如何に乗り切るかで四苦八苦といったところだ。最近は、電話やメイルの頻度もかなり減っている。機械装置の保守点検は景気には余り関係ないと思うのだが、稼働が少なく機械の故障が少ないか 或いはユーザーが経費節減ため、装置のメンテナンスを極力控えているのであろうか。
いまは不景気対策として政府は、新しく環境対策の事業を立ち上げて、産業を活性化し、不況脱出の決め手にしようと議論している。例えば太陽光発電、風力発電、電気自動車、農業再開発、バイオ産業の活性化。。。などなど。しかし本当に環境問題を考えるなら、GDP増加率を如何に上げるかの議論より、GDPを上げることなく如何に経済を安定化して軟着陸させるかを議論するほうが、人類の末長い生存のためには重要ではなかとも思い始めた。
確かに、産業を活性化してGDPが増加すると国民も経営者も政治家も安泰であろう、中国あたりは8%増加させると、世界中に公言している。しかしあの巨大な中国が更に
経済を活性化させると、環境悪化は益々進むばかりである。地球の環境問題を考えると、もうこの辺で経済を安定飛行に移行させ、これ以上のエネルギーの浪費や産業をいたずらに活性化させることを避けてはどうだろうか? この辺で経済規模をこれ以上拡大せず、エネルギー使用の絶対量を増やさず、効率的に利用して、徐々に消費量を減らすことが、究極の環境対策になると思うのだが如何?
では生産活動を増やさないで経済を活性化させる方法とは何だろうか? 例えば観光産業あたりは注目すべき分野だろう。年間に日本を訪問する外国人は約100万人だそうだが、フランスには10倍の1000万人以上が訪れ、最大の外貨獲得産業だという。その意味ではまだまだ日本には後進国だ。世界の多くの国がお互いに訪問して観光産業を隆盛化すれば、相互理解も進み、争いごとも確実に減るだろう。金正日にも核開発より観光のほうが余程確実に儲かるよと教えてやっては如何だろうか。
長い人間の歴史から考えると、我々人間は自分が思っているほど賢明ではなく、また人類の欲望には限りがないことも分かってきた。地球が誕生して46億年、原人が出現してから100万年、人類が現われて3万年、農耕が始まって1万年とか言われているそうだが、これからも人類の歴史が永遠に続くことは絶対にあり得ないらしい。
地球の歴史を1週間とすると、人類の歴史はたった1秒間にしかならないのだそうだ。突然地上から恐竜が絶滅したように、いつか人類も滅亡するのは間違いないだろうと言われている。その原因はいま騒がれている地球高温化のためか、そのよりも早く核戦争による自滅か、骨盤狭窄で女性が子供を産む数が少なくなるか、未知のウイルスによる疫病か、或いは他の惑星との大衝突か、可能性はいろいろ言われているが、人類が永遠に不滅なことはあり得ないそうだ。もう石油の残存量もたった50年以内と直ぐそこに近づいており先行きは見えている。このあたりで環境悪化をもたらす経済成長率を議論することは避けて、人類が少しでも安楽に生存できる期間を長くする方向を探っては如何だろうか? そのほうが可愛い子供や孫たちには余程大きな贈り物だと思うのだが。
こんなブログを書くと先祖帰りで、なんだか徒然草の吉田兼好か、方丈記の鴨長明のような気分になってくる。 派遣切りで今晩寝る場所もない人や、住宅ローンで苦しんでいる人達からは、お前はバカか?と言われそうだから、この辺で止めることにしよう。
2009年03月16日
090316, 学生の就職先選び
3/12の新聞に来春卒業予定の大学生の就職企業人気表がでていた。毎日コミュニケーションが大学3年生22,000人以上を調査した結果だというから、信頼度もありそうだ。
まず文科系学生。 最近の大学生は勉強嫌いが多く、従って勉強の量が少なくて卒業できる文系学生の人数が圧倒的に多く全大学生の7割は占めていると思う。就職先希望の順番は、1)JTB, 2)資生堂, 3)ANA, 4)東京三菱銀行, 5)JAL, 6)ベネッセ, 7)ディズニーランド, 8)JR東日本, 9)三井住友銀行, 10)サントリーの順だそうだ。文系学生が企業を選択する判断基準はよくは分からないが、私ならこんな順序で会社は選ばないだろう。またこの人気表には女子学生の意思が色つよく反映されていそうだ。
まずJTBいわゆる旅行会社だ。女性にとっては魅力あるかもしれないが、男子学生にとっては全く面白味のない仕事だと思う。お客の希望を聞いて旅行プランを作成したり、添乗旅行したりする仕事だろう。確かに最初の数年間は目新しいことばかりで外国の観光地にも社用で行けるから面白いかも知れない。しかしこんな仕事はすぐに飽きてしまい、自分の人生を懸ける職業ではないと思う。ANA, JALも同様だ。まさか機長キャップテンになる訳ではないだろうから、どこに魅力があえるのだろうかと不思議に思う。確かに勤め先がANAですといえば格好がよく、恋人は喜ぶかもしれないが、事務職や営業職として長年仕事をする魅力は殆どない。
同じく東京三菱銀行とか三井住友銀行も必ず上位にランクされるが、銀行に入社して毎日帳簿確認とか、お札の計算であれば、これ以上の退屈な仕事はないと思うのだが? その内すぐに学閥の壁を痛感して悩み始める。調査部とか企画部などの重要な仕事は滅多にはやらせてもらえない。多分殆どが支店で営業回りだろう。出勤して朝から夕方まで営業回り、更に定年まで頻繁な転勤をくり返しながら同僚との目にみえない出世競争を続け、自分に何が蓄積されたか分からないまま過酷な競争社会に破れて意気消沈してゆく暗い職場だと思う。 ディズニーランドは多分女子学生が選んだのだろうが、派手できらびやかな業種で、アルバイト先としては最高だが、男子学生が一生を託す場所では絶対にない。
それに引き替え、ベネッセコポレーションあたりは納得できる。私も同社の詳細は知らないが進学とか通信教育とか介護とか出版とか、いろいろ手広くサービス産業を手掛けているらしく、社員が自分の知恵とアイデアを生かすことができそうな面白い企業だと思う。今日にように、有限な資源の枯渇が大問題になっている時代、このようなあたらしいサービス産業の時代になるのは確実だから、面白い就職先だ。今後数十年にわたって第三次―第四次産業が栄えるのは間違いなく、私ならこの周辺の新進気鋭の会社を探して就職したいと思う。人生70年といっても終わってみればほんの短い年月だ。それこそ将来性があり働きがいもあって完全燃焼できる企業を選んで就職できれば最高だ。
次は理科系学生だが、これは1)ソニー、2)パナソニック、3)資生堂、4)サントリー, 5)味の素, 6)シャープ, 7)トヨタ, 8)旭化成、9)キャノン, 10)カゴメの順番だそうだ。一応は納得できそうな順位だろう。しかしすべて業界上位の大企業で安定志向が根底にある選択だ。このような超巨大企業に入社してその小さな歯車となって本当に幸せを感じることができるだろうか。 幸福な期間はほんの短い間だということを学生諸君はご存じなのだろう。 確かに有名会社に決まって親や大学に報告するのは嬉しく、また彼が倒産の心配にない大会社に決まったのを知り、彼女も本気につきあってくれるだろう。
しかし、入社後には成績優秀な仲間との厳しい競争が待ち受けているのをご存知だろうか? 同期入社の友人たちも年数が経過すると熾烈な出世競争のライバルと化し、多くの社員は段々と自信喪失してノイローゼ気味になってしまうだろう。 私なら背後から撃たれる心配も少なく、思う存分働ける新進の中規模な会社を選びたいと思う。
会社生活を40年としても、その間に産業構造は大きく変わり、現在隆盛を極めている業界が40-50年後まで続く保障は全くない。いや斜陽化する可能性のほうが大きい。私が属した化学業界でも、50年前には確かに石炭化学の終焉が見え、代わって石油化学産業の黎明期にあった。しかしその石油化学は今では既にピークを終えてしまっている。私たちの学生時代はトヨタは名古屋の中規模な自動車会社であったが決して日本を代表する大企業ではなかった。その当時、松下電器はある程度名が通っていたが、ソニーの名前は余り聞かなかった。その頃に2流会社のトヨタやソニーを選んでいたら、会社の大成長期と軌道を同じくして大いに活躍できたのではなかったかと思う。
確かに、新進企業とか中規模な会社を選ぶと、リスクがあるのは事実だろう。しかし仮に倒産しても理科系で何らかの技術をもっていれば、新しい就職先を見つけるのは難しくはない筈だ。いま派遣切りとかホームレスで騒いでいる連中の多くは、若い時に怠惰な日時を過ごしてきた連中とか、余り勉強しなかった文系出身が多く、その不遇の責任は自分達が若き日に不真面目な人生を送ってきたことにあると思うのだが如何?
2009年03月12日
090312, WBCが面白い
世界野球選手権(WBC)の東京ラウンドが終わった。結局韓国が1位で、日本は2位となり、両国チームは米国サンディエゴの世界大会に向かった。
日本対韓国の2試合は本当に面白かった。初戦は14-2の信じられない大差でコールドゲームの日本圧勝、久し振りに溜飲をさげた。韓国では国辱的な大敗だと国中が大騒ぎになったという。第二戦は逆に0-1で韓国に惜敗したが、これは時の運もあり、日本の城島のレフトのポール際を掠める大飛球がもしスタンドに入っていたら、試合は変わっていただろう。
私は暇なときにプロ野球中継をみる程度だが、最近はテレビの実況放送が少なく、あっても巨人戦ばかりで、知っている選手は自然と巨人選手ばかりとなり、他のチームの選手には余り顔見知りがいない。しかし今回のWBCの実況で、日本のプロ野球界には素晴らしい若手選手が大勢いることを知らされた。
イチローや松阪は別格としても、城島、福留、中島、村田、稲葉、青木、ダルビッシュ、岩隈、田中マー君、馬原…と名実ともに日本を代表するものすごい顔ぶればかりだ。特にメジャー組は自信をもってプレイしており、彼らは野球の本場米国でプレイしている実績と経験がその精神面の支えとなっているのだろう。イチローは日本チームのリーダーだが、韓国戦の初戦を除いては結果が良くなかった。だいたい非力な選手だから波があるのだろうか。普段のテレビ中継ではほとんど見ない村田(横浜)、青木(ヤクルト)中島(西武)内川(横浜)などの若者たちの溌剌とした活躍と、ど根性には嬉しくなった。
これに引き替え、いつも見慣れた巨人の選手:小笠原、安倍、山口などは全く精彩を欠いた。小笠原はやる気は十分だが依然としてフォームが悪く結果が出ない。タイコ腹の安倍は実力の城島に圧倒され恥ずかしくてグランドに殆ど出られずベンチを温めていた。山口に至ってはたった4球のへっぴり腰投球で交代させられてしまった。私は原監督は好きだが、この山口起用はなかなか理解できなかった。 監督としても米国での出場は無理だろうから、せめて日本で何とか登板させたいとの温情だろうが、山口、安倍ともに笑い物の出場に終わってしまった。
昨年投手部門の表彰を総なめにした岩隈もよく投げた。レッドソックスの名誉にかけて頑張った松阪は立ち上りやや不安定さもあったが、なんとか立ち直った。しかし何と言っても150キロのダルビッシュや田中マー君の球威と、やる気満々の顔つきは素晴らしかった。たぶん内心ではメジャーを希望しているだろうが、まだFA宣言には年数が足りないから仕方ない。
攻守ともに素晴らしい中島も素敵な顔付きだ、キャッチャ−として守備を統括し牽制もよかった城島も最高だ。彼らに比較すると、読売新聞の資金力に守られている巨人選手は、いざという時に殆ど力を発揮できず、その非弱さを痛感した次第。やはり野球でもゴルフでも、スポーツは内弁慶ではダメで、外国でもまれて初めて本物になると分かった次第。 これはスポーツに限ったことでなく他の産業でも同様だが、手厚い庇護下で育つものは世界ではなかなか通用しないということだ。
現役時代からその実力を認められていた古田の説得力ある解説も良かった、今回も第2戦の中盤で、3塁守備の村田はもっとベース寄りに守らないと抜かれてしまうと指摘した直後に、見事に三塁線上を抜かれて、貴重な先制点を韓国に献上し、これが決勝点となってしまった。長い実績からの名解説はさすがだと感心した。
昨年日本軍監督として惨敗を喫した星野仙一監督は毎試合を片隅から静かに見守っていた。大敗した理由はいろいろあるのだろうが、最初に大言壮語を吐きながら、結果は惨敗に終わったのでは、まあ仕方ないだろう。それに引き替え今年の原監督は、ごく常識的な反応で監督を引受けた、このように強力は選手団であれば、たぶん米国サンヂエゴでも立派に戦ってくれるだろうと期待している。
日本対韓国の2試合は本当に面白かった。初戦は14-2の信じられない大差でコールドゲームの日本圧勝、久し振りに溜飲をさげた。韓国では国辱的な大敗だと国中が大騒ぎになったという。第二戦は逆に0-1で韓国に惜敗したが、これは時の運もあり、日本の城島のレフトのポール際を掠める大飛球がもしスタンドに入っていたら、試合は変わっていただろう。
私は暇なときにプロ野球中継をみる程度だが、最近はテレビの実況放送が少なく、あっても巨人戦ばかりで、知っている選手は自然と巨人選手ばかりとなり、他のチームの選手には余り顔見知りがいない。しかし今回のWBCの実況で、日本のプロ野球界には素晴らしい若手選手が大勢いることを知らされた。
イチローや松阪は別格としても、城島、福留、中島、村田、稲葉、青木、ダルビッシュ、岩隈、田中マー君、馬原…と名実ともに日本を代表するものすごい顔ぶればかりだ。特にメジャー組は自信をもってプレイしており、彼らは野球の本場米国でプレイしている実績と経験がその精神面の支えとなっているのだろう。イチローは日本チームのリーダーだが、韓国戦の初戦を除いては結果が良くなかった。だいたい非力な選手だから波があるのだろうか。普段のテレビ中継ではほとんど見ない村田(横浜)、青木(ヤクルト)中島(西武)内川(横浜)などの若者たちの溌剌とした活躍と、ど根性には嬉しくなった。
これに引き替え、いつも見慣れた巨人の選手:小笠原、安倍、山口などは全く精彩を欠いた。小笠原はやる気は十分だが依然としてフォームが悪く結果が出ない。タイコ腹の安倍は実力の城島に圧倒され恥ずかしくてグランドに殆ど出られずベンチを温めていた。山口に至ってはたった4球のへっぴり腰投球で交代させられてしまった。私は原監督は好きだが、この山口起用はなかなか理解できなかった。 監督としても米国での出場は無理だろうから、せめて日本で何とか登板させたいとの温情だろうが、山口、安倍ともに笑い物の出場に終わってしまった。
昨年投手部門の表彰を総なめにした岩隈もよく投げた。レッドソックスの名誉にかけて頑張った松阪は立ち上りやや不安定さもあったが、なんとか立ち直った。しかし何と言っても150キロのダルビッシュや田中マー君の球威と、やる気満々の顔つきは素晴らしかった。たぶん内心ではメジャーを希望しているだろうが、まだFA宣言には年数が足りないから仕方ない。
攻守ともに素晴らしい中島も素敵な顔付きだ、キャッチャ−として守備を統括し牽制もよかった城島も最高だ。彼らに比較すると、読売新聞の資金力に守られている巨人選手は、いざという時に殆ど力を発揮できず、その非弱さを痛感した次第。やはり野球でもゴルフでも、スポーツは内弁慶ではダメで、外国でもまれて初めて本物になると分かった次第。 これはスポーツに限ったことでなく他の産業でも同様だが、手厚い庇護下で育つものは世界ではなかなか通用しないということだ。
現役時代からその実力を認められていた古田の説得力ある解説も良かった、今回も第2戦の中盤で、3塁守備の村田はもっとベース寄りに守らないと抜かれてしまうと指摘した直後に、見事に三塁線上を抜かれて、貴重な先制点を韓国に献上し、これが決勝点となってしまった。長い実績からの名解説はさすがだと感心した。
昨年日本軍監督として惨敗を喫した星野仙一監督は毎試合を片隅から静かに見守っていた。大敗した理由はいろいろあるのだろうが、最初に大言壮語を吐きながら、結果は惨敗に終わったのでは、まあ仕方ないだろう。それに引き替え今年の原監督は、ごく常識的な反応で監督を引受けた、このように強力は選手団であれば、たぶん米国サンヂエゴでも立派に戦ってくれるだろうと期待している。
2009年03月09日
090309, 100円ショップ
私は100円ショップのファンだ。激安でアイデア商品もあり、時間があればショッピング気分で楽しむ。買いたいものが無くても見物だけで面白く、こんなに多種類の製品がたった100円という極低価格で販売できることに驚き、製造元の中国に感謝したくなる気分だ。
例えばノートとか筆記用具は、日本製品なら300-500円だが、すべて100円で売られている。しかも束になって100円だから恐れ入る。タオルも大中小といろいろなサイズが100円だ 果たして材料の糸代が出るのかどうか心配だが兎に角安い。 靴底も便利だ。お隣のヨーカドーの靴屋では1000円近いが、これも全で100円で品揃えもあり、性能的には何ら問題はない。プラスチック成形品も山ほどある。
また結構役立つアイデア製品も売られている。例えば自転車パンクの修理キット、私は毎週土曜日曜、マウンテンバイクで手賀沼周遊を楽しんでいるが、先日途中でパンクしてしまった。さあ困った。1時間かけて自転車を押して自宅に帰り、事前に100円ショップで買っていたパンク修理キットを取り出してで修理した. タイヤとチューブをリムから外し、チューブを脹らまして、水を張った洗面器につけて、空気漏れ穴を見つけ出すのに少々熟練は要るが、1時間近くで完全に修復でき、そのあとは再び快調に乗っている。これも自転車屋に行くと2000円取られ、何しろ自転車屋までパンク自転車を運ぶのが大苦労だが、自宅でやれば日曜大工気分でなかなか楽しいかった。
確かに問題もなくはない、私のヨットクラブは他のクラブと同様に年中ゲルヒン(金欠)で、先般100円ショップの工具類を10Sets購入してクラブに備え付けたが、早々に摩耗して使えなくなってしまった。軸に普通の柔らかい金属を使っているのだ。このように問題もあるが、兎に角一般の消耗品に関しては100円ショップ品は大きなトラブルもなく使える。とにかく軽いショッピング気分でいろいろ楽しめるのが良い。
一番の売れ行き筋は多分ビニール傘だろう。私は駅から徒歩15分の住宅街に住んでおり、朝夕の通勤は必ず歩いている。バスの便利も良く近所の方は殆どバス利用か自家用車だが、私はこの40年間雨の日も風の日も歩く。バス賃は130円と安いのだが、とにかく徒歩は健康にもよい。
とき折、雨に降られることがあるが、私はバスに乗らずに駅近くの100円ショップでビニール傘を買って歩いて帰る。従って我が家には100円のビニール傘が数十本も溜まっている、家内が文句を言うので、私は時折そのビニール傘を束ねて近くの公民館の傘立てにそっと置いてくる。決して捨てるのではなく寄贈する気分だ。しかしやはり少しは気掛かりになるので、時々公民館に覗いてみると、その傘の数は減っているから、やはり社会の役に立っているのだと安心もする。
しかしこのビニール傘は骨が折れやすく、またしばらく使うと先端にサビが付いて茶色になりみっともなくなる。一般の布製コウモリ傘は通気性があり簡単に乾くのでサビないが、ビニール傘は水分を通さず乾き難く、傘の先端に水がたまり、サビ付いてしまうのだ。私は傘の内側の先端にCURE555をひと吹きしておく、するとサビ防止に効果がある。メーカーもそれくらいの配慮をしてもよいと思うが、コストダウン一辺倒で、そこまでは頭が回らないのだろう。
特に持ち運びに便利で昔から愛用していた100円の折り畳み傘は、最近商品棚から消えてしまった。店員に聞くと、原価割れで生産しなったのだそうだ。私は倍の200円でよいから、ぜひ製造を再開してほしいと願っている。一般の店で折り畳み傘を買うと1000円以上で、高いものは数千円するから、200円で丈夫な折り畳み傘が出きれば、必ず売れると思う。
同様に他にも少しお金をかけて改良したいアイデアはいろいろある。私は昔から本格的に200円ショップに衣変えしはどうかと思っていたが、最近やっと200円の陳列棚ができ始めた。驚異の100円ショップとして、ブランド名を確立したのだから、もし私が経営者なら、すかさず200円ショップに内容を変えるだろう。それは丁度JRが、ひかりのスピードをアップしてのぞみを編成し、ひかりの本数を極端に減らして、実質的に値上げしたのと同じように、100円ショップも、200円の高級品に衣変えすれば、更に広範な商品群を拡充でき、アイデア商品も含めて、散歩がてらにシッピング気分を楽しむフアンが更に増えると思うのだが。
例えばノートとか筆記用具は、日本製品なら300-500円だが、すべて100円で売られている。しかも束になって100円だから恐れ入る。タオルも大中小といろいろなサイズが100円だ 果たして材料の糸代が出るのかどうか心配だが兎に角安い。 靴底も便利だ。お隣のヨーカドーの靴屋では1000円近いが、これも全で100円で品揃えもあり、性能的には何ら問題はない。プラスチック成形品も山ほどある。
また結構役立つアイデア製品も売られている。例えば自転車パンクの修理キット、私は毎週土曜日曜、マウンテンバイクで手賀沼周遊を楽しんでいるが、先日途中でパンクしてしまった。さあ困った。1時間かけて自転車を押して自宅に帰り、事前に100円ショップで買っていたパンク修理キットを取り出してで修理した. タイヤとチューブをリムから外し、チューブを脹らまして、水を張った洗面器につけて、空気漏れ穴を見つけ出すのに少々熟練は要るが、1時間近くで完全に修復でき、そのあとは再び快調に乗っている。これも自転車屋に行くと2000円取られ、何しろ自転車屋までパンク自転車を運ぶのが大苦労だが、自宅でやれば日曜大工気分でなかなか楽しいかった。
確かに問題もなくはない、私のヨットクラブは他のクラブと同様に年中ゲルヒン(金欠)で、先般100円ショップの工具類を10Sets購入してクラブに備え付けたが、早々に摩耗して使えなくなってしまった。軸に普通の柔らかい金属を使っているのだ。このように問題もあるが、兎に角一般の消耗品に関しては100円ショップ品は大きなトラブルもなく使える。とにかく軽いショッピング気分でいろいろ楽しめるのが良い。
一番の売れ行き筋は多分ビニール傘だろう。私は駅から徒歩15分の住宅街に住んでおり、朝夕の通勤は必ず歩いている。バスの便利も良く近所の方は殆どバス利用か自家用車だが、私はこの40年間雨の日も風の日も歩く。バス賃は130円と安いのだが、とにかく徒歩は健康にもよい。
とき折、雨に降られることがあるが、私はバスに乗らずに駅近くの100円ショップでビニール傘を買って歩いて帰る。従って我が家には100円のビニール傘が数十本も溜まっている、家内が文句を言うので、私は時折そのビニール傘を束ねて近くの公民館の傘立てにそっと置いてくる。決して捨てるのではなく寄贈する気分だ。しかしやはり少しは気掛かりになるので、時々公民館に覗いてみると、その傘の数は減っているから、やはり社会の役に立っているのだと安心もする。
しかしこのビニール傘は骨が折れやすく、またしばらく使うと先端にサビが付いて茶色になりみっともなくなる。一般の布製コウモリ傘は通気性があり簡単に乾くのでサビないが、ビニール傘は水分を通さず乾き難く、傘の先端に水がたまり、サビ付いてしまうのだ。私は傘の内側の先端にCURE555をひと吹きしておく、するとサビ防止に効果がある。メーカーもそれくらいの配慮をしてもよいと思うが、コストダウン一辺倒で、そこまでは頭が回らないのだろう。
特に持ち運びに便利で昔から愛用していた100円の折り畳み傘は、最近商品棚から消えてしまった。店員に聞くと、原価割れで生産しなったのだそうだ。私は倍の200円でよいから、ぜひ製造を再開してほしいと願っている。一般の店で折り畳み傘を買うと1000円以上で、高いものは数千円するから、200円で丈夫な折り畳み傘が出きれば、必ず売れると思う。
同様に他にも少しお金をかけて改良したいアイデアはいろいろある。私は昔から本格的に200円ショップに衣変えしはどうかと思っていたが、最近やっと200円の陳列棚ができ始めた。驚異の100円ショップとして、ブランド名を確立したのだから、もし私が経営者なら、すかさず200円ショップに内容を変えるだろう。それは丁度JRが、ひかりのスピードをアップしてのぞみを編成し、ひかりの本数を極端に減らして、実質的に値上げしたのと同じように、100円ショップも、200円の高級品に衣変えすれば、更に広範な商品群を拡充でき、アイデア商品も含めて、散歩がてらにシッピング気分を楽しむフアンが更に増えると思うのだが。
2009年03月06日
090305, 旺文社と私の英単語
一昨日、久し振りにJR中央線にのった。 と言っても近くの信濃町へ出かけたのだが、神田川沿いの対岸の景色を眺めていたら、こじんまりした研究社の灰色の建物を対岸に見つけ、若かりし日の受験勉強を懐かしく想い出した。確か旺文社もどこか近くにあったと思うが、電車からは見当たらなかった。
50年前の私の受験時代は、研究社と旺文社が英語参考書の主流であった。研究社は英文法と読本、旺文社は英単語と熟語、特に豆単が有名であった。購入した研究社の受験参考書の香りは、魂を揺さぶるような心地よさがあり、さあこれから勉強しよう!という気分にもなったものだった。
私は山口県の田舎町の出身で、予備校なんぞは無縁、全く我流の勉強だった。特に、英語は文法を勉強しても単語を知らなければ全く役立たたないと考え、ボキャブラリーを増やすことに努めた。カードなども試みたが満足できなかった。ここで一心発起して、旺文社の豆単を暗記してやろうと思い立った。赤尾芳夫の、人間は忘れる動物である、忘れる以上に覚える事である…とか書かれた小片のしおりを大切に使いながら、豆単の暗記を思いついたのだった。
私は教科書に出た英単語を覚えるのはなく、豆単を最初から丸暗記する方が手っとり早いと考えたのだ。豆単に載っている3000前後の単語を最初から音読で丸暗記するのだ。例えば、abandon捨てる、able出来る,abnormal異常な、abolish廃する…..と兎に角、声を出しながら辞書の頭から最後のzoo動物園まで、本当に声を出して読み覚えるのだ。意味が分からなくても構わず覚えた。友人たちは無茶苦茶だと嘲笑したが、それ以外に適当な勉強法を思いつかったから、とにかく丸暗記をやり始めた。
大体AからZまで行き着くのに2週間ほどかかった。そして再びAに戻る。当然のことだがAに戻った頃には、最初に覚えた筈の単語は完全に忘れている。しかし構わず再びAからB、Cへと進んで、月末にはまたAに帰る。しかしやはり全く覚えていない。英単語はそう簡単に覚えられるものではないからと自分に言いきせて、再びAから繰り返す。2-3ケ月やっても全く覚えられない。やはりダメだ!もう止めよう!こんな無茶苦茶で非効率な勉強法は誰もやらない訳だ!と悩みながらも、別の優れたアイデアも思いつかず、4-5ケ月と続けた。豆単がやぶれると新しく100円で買っては続けた。
そして半年近くが経過したある時、時折、英単語に続いて日本語が自然に口から出始めることがあるのに気づいた。 あれ!覚えているのかも? と思いながら更に続けて年末頃になると、確かにその効果を実感し始めた。しめた! 覚えられるかも知れない!と勇躍して音読練習のスピードを上げた。もう無茶苦茶な丸暗記だった。そして1年2年と経過すると、はっきりと記憶できているのを確認できたのだった。3000近い英単語の大部分を殆ど覚えたのだ。
またこういう事件もあった。高校の英語授業で先生が、Strongの名詞を誰か分かる者は?と聞かれて誰も答えなかったが,私が(発音は少々違ったが)Strengthと答えて先生が仰天した。ではThinkはとそのイジワル先生から再度聞かれてThoughtと答えたら、もう級友まで驚いてしまった。(私の高校はこの程度のレベルだった)これ気をよくして私は、丸暗記の努力を更に加速させ、多分高校3年間でさらに豆単を4−5冊ほど読破し(本当に破れてしまった)買い替えたと思う。自分ながらまあよく頑張り通したものだと、今でも(有森流にいえば)自分を褒めてやりたい気持ちだ。
そして大学受験に臨んだ、長文解釈や英文法は殆どやっていない私には英語はやはり困難な科目であったが、知っている単語から意味を類推して回答を書きなぐった結果、なんとか希望の大学に合格した。
しかし実はそれから2つの大きな問題に遭遇した。ひとつは大学の英語の授業で私の発音は大きな問題があると分かった。 全く我流で記憶した英単語の発音の多くが正しくなかったのだ。その結果、殆ど全ての英単語について正しい発音に矯正する必要に迫られた。これは本当に泣きたくなるほど恥ずかしくて苦しい時間だった。
そして次の問題は会社に入ってからだ。研究室勤務では、英語を使う機会になかなか恵まれない。外資系の小さな会社だから、アメリカ人は時折来訪するので上司に同席を頼んでみたが、君なんかに任せられる会議はない!とか言われて長らく実用英語には無縁であった。しかしその後30年近くが経過して、ある日突然私は小さな日米の合弁会社を立ち上げる担当者になり、日米交渉の責任者に押し出されてしまった。さあ大変、実用英会話の経験は皆無で、大慌てだった。しかし発声ができるから、なんとかなるだろうと思っていた。
しかし、実際にアメリカ人と会話して判明したことは、私のリスニング能力は極端に低いということだった。英語が話せればなんとか会話もできると思い込んでいたが、全くの勘違いだった。英語は話すことと聞くことは、完全に別の能力であり、丁度、野球で言えば巨人ラミレスの、打撃力と守備力と同じで、殆ど関係ない別々の能力であると初めて知ったのだった。これには本当に困り果てた、自分から話すことはできても、相手の話は余り理解できず、当然先方を当惑させ、自分も自信を失って苦労の連続だった。
兎に角、英会話は話すことよりもまず相手が何を言っているかを正確に理解するほうが、よほど重要だと知ったのもこの時だった。それからリスニング力の向上の努力を始めたが、これは一朝一夕に結論がでる代物ではなく、今だに苦労している次第。 以上、私の無茶苦茶流の英語勉強法でした。
50年前の私の受験時代は、研究社と旺文社が英語参考書の主流であった。研究社は英文法と読本、旺文社は英単語と熟語、特に豆単が有名であった。購入した研究社の受験参考書の香りは、魂を揺さぶるような心地よさがあり、さあこれから勉強しよう!という気分にもなったものだった。
私は山口県の田舎町の出身で、予備校なんぞは無縁、全く我流の勉強だった。特に、英語は文法を勉強しても単語を知らなければ全く役立たたないと考え、ボキャブラリーを増やすことに努めた。カードなども試みたが満足できなかった。ここで一心発起して、旺文社の豆単を暗記してやろうと思い立った。赤尾芳夫の、人間は忘れる動物である、忘れる以上に覚える事である…とか書かれた小片のしおりを大切に使いながら、豆単の暗記を思いついたのだった。
私は教科書に出た英単語を覚えるのはなく、豆単を最初から丸暗記する方が手っとり早いと考えたのだ。豆単に載っている3000前後の単語を最初から音読で丸暗記するのだ。例えば、abandon捨てる、able出来る,abnormal異常な、abolish廃する…..と兎に角、声を出しながら辞書の頭から最後のzoo動物園まで、本当に声を出して読み覚えるのだ。意味が分からなくても構わず覚えた。友人たちは無茶苦茶だと嘲笑したが、それ以外に適当な勉強法を思いつかったから、とにかく丸暗記をやり始めた。
大体AからZまで行き着くのに2週間ほどかかった。そして再びAに戻る。当然のことだがAに戻った頃には、最初に覚えた筈の単語は完全に忘れている。しかし構わず再びAからB、Cへと進んで、月末にはまたAに帰る。しかしやはり全く覚えていない。英単語はそう簡単に覚えられるものではないからと自分に言いきせて、再びAから繰り返す。2-3ケ月やっても全く覚えられない。やはりダメだ!もう止めよう!こんな無茶苦茶で非効率な勉強法は誰もやらない訳だ!と悩みながらも、別の優れたアイデアも思いつかず、4-5ケ月と続けた。豆単がやぶれると新しく100円で買っては続けた。
そして半年近くが経過したある時、時折、英単語に続いて日本語が自然に口から出始めることがあるのに気づいた。 あれ!覚えているのかも? と思いながら更に続けて年末頃になると、確かにその効果を実感し始めた。しめた! 覚えられるかも知れない!と勇躍して音読練習のスピードを上げた。もう無茶苦茶な丸暗記だった。そして1年2年と経過すると、はっきりと記憶できているのを確認できたのだった。3000近い英単語の大部分を殆ど覚えたのだ。
またこういう事件もあった。高校の英語授業で先生が、Strongの名詞を誰か分かる者は?と聞かれて誰も答えなかったが,私が(発音は少々違ったが)Strengthと答えて先生が仰天した。ではThinkはとそのイジワル先生から再度聞かれてThoughtと答えたら、もう級友まで驚いてしまった。(私の高校はこの程度のレベルだった)これ気をよくして私は、丸暗記の努力を更に加速させ、多分高校3年間でさらに豆単を4−5冊ほど読破し(本当に破れてしまった)買い替えたと思う。自分ながらまあよく頑張り通したものだと、今でも(有森流にいえば)自分を褒めてやりたい気持ちだ。
そして大学受験に臨んだ、長文解釈や英文法は殆どやっていない私には英語はやはり困難な科目であったが、知っている単語から意味を類推して回答を書きなぐった結果、なんとか希望の大学に合格した。
しかし実はそれから2つの大きな問題に遭遇した。ひとつは大学の英語の授業で私の発音は大きな問題があると分かった。 全く我流で記憶した英単語の発音の多くが正しくなかったのだ。その結果、殆ど全ての英単語について正しい発音に矯正する必要に迫られた。これは本当に泣きたくなるほど恥ずかしくて苦しい時間だった。
そして次の問題は会社に入ってからだ。研究室勤務では、英語を使う機会になかなか恵まれない。外資系の小さな会社だから、アメリカ人は時折来訪するので上司に同席を頼んでみたが、君なんかに任せられる会議はない!とか言われて長らく実用英語には無縁であった。しかしその後30年近くが経過して、ある日突然私は小さな日米の合弁会社を立ち上げる担当者になり、日米交渉の責任者に押し出されてしまった。さあ大変、実用英会話の経験は皆無で、大慌てだった。しかし発声ができるから、なんとかなるだろうと思っていた。
しかし、実際にアメリカ人と会話して判明したことは、私のリスニング能力は極端に低いということだった。英語が話せればなんとか会話もできると思い込んでいたが、全くの勘違いだった。英語は話すことと聞くことは、完全に別の能力であり、丁度、野球で言えば巨人ラミレスの、打撃力と守備力と同じで、殆ど関係ない別々の能力であると初めて知ったのだった。これには本当に困り果てた、自分から話すことはできても、相手の話は余り理解できず、当然先方を当惑させ、自分も自信を失って苦労の連続だった。
兎に角、英会話は話すことよりもまず相手が何を言っているかを正確に理解するほうが、よほど重要だと知ったのもこの時だった。それからリスニング力の向上の努力を始めたが、これは一朝一夕に結論がでる代物ではなく、今だに苦労している次第。 以上、私の無茶苦茶流の英語勉強法でした。
2009年03月05日
090305, 小沢さん 見苦しいぞ!
民主党小沢党首の筆頭秘書が逮捕されて民主党は大騒ぎだ。 麻生首相のポカ連発で、いよいよ野党に政権が近づいた雰囲気となり、民主党はバカのひとつ憶えで、自民党政治の終わりだ!麻生内閣は末期だ!と同じフレーズを叫び続けていたが、今度は火の粉がご自分に降りかかって来た。
今回は献金疑惑だそうで、ヘタな失言よりもたちが悪い。百戦錬磨の小沢さんだから、絶対にボロを出さないように周到に隠ぺい工作をやっている筈で、政治献金は公正明白に扱っていると明言を繰り返しているが、1年近く前から始まった検察の捜査で、西松建設の献金リストのなかに異常な突出があるのを検察が目をつけた結果だという。確かに時期的には総選挙の前で微妙だが、時効が今月末に迫っていたという。
小澤さんは自民党政権による国策捜査だとまで非難しているが、そんなことはあり得ないだろう。今回は社員の個人的な献金の形式をとっており、西松建設は社員から寄付金を徴収して、形だけの政治団体に集計し、小沢後援会に献金しているが、後日に西松建設はボーナスに乗せて社員に返金していたというから、企業献金の隠れ蓑は明明々だ。
勿論小沢さん側は、そのような相手側の事情など知らなかったと言い張るだろうが、慈善事業と違ってワイロは、送り主が自分の名前を必ず相手に知らしめるのが大原則であり、西松建設を売り込むことが唯一の目的だから、小沢さんが、送り主の名前を知らないわけはあり得ない。しかも10年以上の長期に渡るつきあいで、小沢側秘書から請求書まで出していたそうだから、今度ばかりは逃げることは出来ないだろう。
何故、日本の政治家はこんなくだらん事件ばかり連発するのだろうか。件数からいえば、政権与党の自民党側に圧倒的に事件が多い。麻生さんの失政続きで、次は総選挙は誰をトップに立てて争うか自民党内では大議論中で、小池ババアは八方美人で絶対にダメ、石原ガキは日和見でひ弱くてダメ、与謝野は病弱でダメ、、、、と目ぼしい人材は本当に見当たらないのだという。 では私の出番があるかも知れないと、急に色気づいた鳩山総務相が自分を売り込むべく、かんぽの宿売却問題でクレイムをつけてマスコミに目立ち始め、そして今度は自分の管轄外の、東京中央郵便局の建て替え問題にまでクレイムをつけた。
東京駅丸の内側の、日本で最高の超一等地に建つ、この古ぼけて崩れそうな中央郵便局に文化的な価値があると言いがかりをつけて保存を主張し、その建て替えの可否を国民に問いたい!とまでのたまった。 全くお笑いだ。今までの不効率な経営を改めて、独立採算の民営企業を目指して決断した郵政会社の方針に、管轄外の総務相が何故ケチをつけるのか? 垂れ流し中の赤字の責任をとってくれるとでも言うのだろうか? 鳩山総務相の言いがかりは暴論であり、そのパーフォマンスは麻生首相の後釜を狙うチャンスだという魂胆がミエミエで、何とも見苦しい限りだ。
三井住友銀行の頭取として功なり名を遂げた郵政会社の西川社長も、かんぽの宿問題では一歩退いたが、中央郵便局の建て替え問題では、トキを焼き鳥として食するが如しとまで言われては堪忍袋の緒が切れ、今度は譲歩しそうにない。 西川社長の、この東京駅前の超一等地を利用して高層ビルを建設し、年間100億円の利益を創出して郵政会社の基盤を固めようとする、民間会社の経営方針に、鳩山総務相がイチャモンをつける理由は全くない。
鳩山総務相は、郵政民営化を阻止して元の国営に戻したいのだろうが、今日でも国民の52%が郵政民営化に賛成し, 反対派はわずか18%しか居ないという事実を知らないのだろうか? 頭が良くなさそうな3世議員の鳩山さんだから、多分ご自分の意見を強行し過ぎて、国民から総反発をくらう日も余り遠くなさそうだ。
それにしても、日本を背負う2大政党の自民党と民主党には、もっと真面目でやる気の若手政治家も居ると思うのだが、何故出て来ないのだろう。多分、政治家の世界は典型的な年功序列で、後輩が突出すると直ぐに村八分にされてしまうからであろう。困ったものだ。
今回は献金疑惑だそうで、ヘタな失言よりもたちが悪い。百戦錬磨の小沢さんだから、絶対にボロを出さないように周到に隠ぺい工作をやっている筈で、政治献金は公正明白に扱っていると明言を繰り返しているが、1年近く前から始まった検察の捜査で、西松建設の献金リストのなかに異常な突出があるのを検察が目をつけた結果だという。確かに時期的には総選挙の前で微妙だが、時効が今月末に迫っていたという。
小澤さんは自民党政権による国策捜査だとまで非難しているが、そんなことはあり得ないだろう。今回は社員の個人的な献金の形式をとっており、西松建設は社員から寄付金を徴収して、形だけの政治団体に集計し、小沢後援会に献金しているが、後日に西松建設はボーナスに乗せて社員に返金していたというから、企業献金の隠れ蓑は明明々だ。
勿論小沢さん側は、そのような相手側の事情など知らなかったと言い張るだろうが、慈善事業と違ってワイロは、送り主が自分の名前を必ず相手に知らしめるのが大原則であり、西松建設を売り込むことが唯一の目的だから、小沢さんが、送り主の名前を知らないわけはあり得ない。しかも10年以上の長期に渡るつきあいで、小沢側秘書から請求書まで出していたそうだから、今度ばかりは逃げることは出来ないだろう。
何故、日本の政治家はこんなくだらん事件ばかり連発するのだろうか。件数からいえば、政権与党の自民党側に圧倒的に事件が多い。麻生さんの失政続きで、次は総選挙は誰をトップに立てて争うか自民党内では大議論中で、小池ババアは八方美人で絶対にダメ、石原ガキは日和見でひ弱くてダメ、与謝野は病弱でダメ、、、、と目ぼしい人材は本当に見当たらないのだという。 では私の出番があるかも知れないと、急に色気づいた鳩山総務相が自分を売り込むべく、かんぽの宿売却問題でクレイムをつけてマスコミに目立ち始め、そして今度は自分の管轄外の、東京中央郵便局の建て替え問題にまでクレイムをつけた。
東京駅丸の内側の、日本で最高の超一等地に建つ、この古ぼけて崩れそうな中央郵便局に文化的な価値があると言いがかりをつけて保存を主張し、その建て替えの可否を国民に問いたい!とまでのたまった。 全くお笑いだ。今までの不効率な経営を改めて、独立採算の民営企業を目指して決断した郵政会社の方針に、管轄外の総務相が何故ケチをつけるのか? 垂れ流し中の赤字の責任をとってくれるとでも言うのだろうか? 鳩山総務相の言いがかりは暴論であり、そのパーフォマンスは麻生首相の後釜を狙うチャンスだという魂胆がミエミエで、何とも見苦しい限りだ。
三井住友銀行の頭取として功なり名を遂げた郵政会社の西川社長も、かんぽの宿問題では一歩退いたが、中央郵便局の建て替え問題では、トキを焼き鳥として食するが如しとまで言われては堪忍袋の緒が切れ、今度は譲歩しそうにない。 西川社長の、この東京駅前の超一等地を利用して高層ビルを建設し、年間100億円の利益を創出して郵政会社の基盤を固めようとする、民間会社の経営方針に、鳩山総務相がイチャモンをつける理由は全くない。
鳩山総務相は、郵政民営化を阻止して元の国営に戻したいのだろうが、今日でも国民の52%が郵政民営化に賛成し, 反対派はわずか18%しか居ないという事実を知らないのだろうか? 頭が良くなさそうな3世議員の鳩山さんだから、多分ご自分の意見を強行し過ぎて、国民から総反発をくらう日も余り遠くなさそうだ。
それにしても、日本を背負う2大政党の自民党と民主党には、もっと真面目でやる気の若手政治家も居ると思うのだが、何故出て来ないのだろう。多分、政治家の世界は典型的な年功序列で、後輩が突出すると直ぐに村八分にされてしまうからであろう。困ったものだ。
2009年03月03日
090303, ホームレスと社会保障
2月最後の金曜日、私は午前中に病院に出かけた。早朝出勤の私は会社でその日の仕事の大半を済ませてから病院に向かった。外はこの冬初めての雪が舞っていた。京葉線東京駅に着き、八重洲通路とは反対側の丸の内3丁目の改札を出ると、そのあたりのだだっ広い地下通路はホームレス数十人が両方の壁側にたむろしていた。高齢の男性が多いが、白髪の老婆も読みかけの週刊誌を開いたまま寝込んでいる。彼女だって若い時ときは男から言い寄られた日もあっただろうが、ボロを着て年老いた今は誰からも見向かれず、やつれ果てて見る影もない。
別の所にはパンをかじっている元気そうな中年男もいたが、殆どのホームレスはまだ何も食べていないのだろう。1人か2人なら少し恵んでやっても良いが、これでは人数が多すぎる。中川よいどれ大臣がわざわざ定期航空便を避けてチャーターした民間機の費用が4000万円と今朝の新聞にでていたが、ホームレスひとり500円の弁当を与えると80,000人分の立派な朝食が準備できる計算になる、本当にバカな大臣だなーと思いながら通り過ぎた。
ホームレスの多くは通路に背を向けてただひたすらに眠っている。外の雪が止めば何か食べ物を求めて再び街に出かけるのだろうが、この不景気な時代、元気な若者にも仕事がない時だから、彼らは何をどう手当てして食べるのだろうか? このように落ちぶれてしまうともう抜け出すのは至難の業だ。ここにたどり着くまでは各人いろいろ経緯があり、なかには不運の連続で同情すべき人もいるだろう。やはり何らかの最低限の社会的なSafety-Netは必要かもしれないと思った。
病院でCTを取り終えて、会社へ帰るべく再び京葉線に乗ると、今度は若いカップル連中が沢山のっていた。昼間の電車には余り乗らない私はキャーキャーガヤガヤ騒ぐ若者たちの光景が異様に映った。殆どはディズニーランドに行くカップルだろう。下界の不況など全く関係ない雰囲気だ。勿論ホームレスより、元気なほうが気持は良い。女性はきれいに着飾っているが、男の多くは破れたジーパンなどのラフな姿で、なかには赤い運動帽を前後にかぶったりしている。なぜ素敵な乙女がこんなクダラナイ若者に引っかかるかと不思議にも思う。しかし女性側には別の言い分があり、クソ真面目な男より余程面白いよ!というかも知れないが。
ディズニーランドに行けば、少なくとも2人で10万円近いお金が要るだろうが, どこから出すのだろうか。なかには久し振りの休暇をとって貴重な貯金を崩して彼女とお出かけの青年もいるだろう。しかし定職ナシで自分は稼がず、親のすねかじりで遊んでいる若者もいる筈だ。いやひょっとすると大金を稼ぐという振り込めサギの悪玉だっているかも知れない。
今は若さにあふれて何の不安もない彼等や彼女達だって、50年後には全員おいぼれになり誰からも見向かれない老爺老婆になってしまうのは必定だが、その時の用意は何かあるのだろうか? 多分そんな遠い将来のことなんか考えたこともないというであろう。
いやその時代には社会保障も完備されて最低限の住居や食べ物は政府が保障してくれるとでも思っているのだろうか。 もしそうだとすると今朝ほど考えたSafety-Netの充実はやはり甘過ぎるかも知れない。若い時から遊び歩いている連中のために我々の税金が使われるのは、なんとも空しいから。
確かにアメリカのように、成功者は莫大な報酬を得るが、失敗すれば社会からはき出されてNY貧民窟でホームレス生活を送るのも、結構合理的で納得できる信賞必罰だと思う。アメリカと違ってヨーロッパは社会保障制度が充実しており、その原資として税率が非常に高く、個人の総所得の2/3は税金として取られると読んだことがある。そのためヨーロッパ人は一般に気力が乏しく、一攫千金を狙う若者が少ないようだ。
イソップ物語のアリとキリギリスではないが、世間の不況には目もくれず遊び回るこのようなキリギリス連中の生活の面倒をみるために高率の税金を負担するのは、勤勉が身に沁み込んでいる一般の日本人には、簡単には受け入れられない。本当にそのように社会保障制度が充実すると, 日本の若者の多くは本当に働かなくなるのは目にみえているだろう。
年金未払いの問題も根源は全く同じことだ。今の年金制度はいずれ破碇するからと無視し続ける若い若者たちの多くは、多分遠い将来の年老いた頃には政府が消費税で自分たちの面倒をみてくれると思っているのだろう。 そのような連中が年老いて家も家族もなく、東京駅のコンコースにたむろしてもの乞いするとしたら、それは自業自得以外の何物でもない。彼らにメシを食わすためにせっせと納税させられる国民の多くは、嫌悪感すら感じるだろう。社会保障制の充実は本当に複雑でいろいろな問題を含んでいそうだ。
別の所にはパンをかじっている元気そうな中年男もいたが、殆どのホームレスはまだ何も食べていないのだろう。1人か2人なら少し恵んでやっても良いが、これでは人数が多すぎる。中川よいどれ大臣がわざわざ定期航空便を避けてチャーターした民間機の費用が4000万円と今朝の新聞にでていたが、ホームレスひとり500円の弁当を与えると80,000人分の立派な朝食が準備できる計算になる、本当にバカな大臣だなーと思いながら通り過ぎた。
ホームレスの多くは通路に背を向けてただひたすらに眠っている。外の雪が止めば何か食べ物を求めて再び街に出かけるのだろうが、この不景気な時代、元気な若者にも仕事がない時だから、彼らは何をどう手当てして食べるのだろうか? このように落ちぶれてしまうともう抜け出すのは至難の業だ。ここにたどり着くまでは各人いろいろ経緯があり、なかには不運の連続で同情すべき人もいるだろう。やはり何らかの最低限の社会的なSafety-Netは必要かもしれないと思った。
病院でCTを取り終えて、会社へ帰るべく再び京葉線に乗ると、今度は若いカップル連中が沢山のっていた。昼間の電車には余り乗らない私はキャーキャーガヤガヤ騒ぐ若者たちの光景が異様に映った。殆どはディズニーランドに行くカップルだろう。下界の不況など全く関係ない雰囲気だ。勿論ホームレスより、元気なほうが気持は良い。女性はきれいに着飾っているが、男の多くは破れたジーパンなどのラフな姿で、なかには赤い運動帽を前後にかぶったりしている。なぜ素敵な乙女がこんなクダラナイ若者に引っかかるかと不思議にも思う。しかし女性側には別の言い分があり、クソ真面目な男より余程面白いよ!というかも知れないが。
ディズニーランドに行けば、少なくとも2人で10万円近いお金が要るだろうが, どこから出すのだろうか。なかには久し振りの休暇をとって貴重な貯金を崩して彼女とお出かけの青年もいるだろう。しかし定職ナシで自分は稼がず、親のすねかじりで遊んでいる若者もいる筈だ。いやひょっとすると大金を稼ぐという振り込めサギの悪玉だっているかも知れない。
今は若さにあふれて何の不安もない彼等や彼女達だって、50年後には全員おいぼれになり誰からも見向かれない老爺老婆になってしまうのは必定だが、その時の用意は何かあるのだろうか? 多分そんな遠い将来のことなんか考えたこともないというであろう。
いやその時代には社会保障も完備されて最低限の住居や食べ物は政府が保障してくれるとでも思っているのだろうか。 もしそうだとすると今朝ほど考えたSafety-Netの充実はやはり甘過ぎるかも知れない。若い時から遊び歩いている連中のために我々の税金が使われるのは、なんとも空しいから。
確かにアメリカのように、成功者は莫大な報酬を得るが、失敗すれば社会からはき出されてNY貧民窟でホームレス生活を送るのも、結構合理的で納得できる信賞必罰だと思う。アメリカと違ってヨーロッパは社会保障制度が充実しており、その原資として税率が非常に高く、個人の総所得の2/3は税金として取られると読んだことがある。そのためヨーロッパ人は一般に気力が乏しく、一攫千金を狙う若者が少ないようだ。
イソップ物語のアリとキリギリスではないが、世間の不況には目もくれず遊び回るこのようなキリギリス連中の生活の面倒をみるために高率の税金を負担するのは、勤勉が身に沁み込んでいる一般の日本人には、簡単には受け入れられない。本当にそのように社会保障制度が充実すると, 日本の若者の多くは本当に働かなくなるのは目にみえているだろう。
年金未払いの問題も根源は全く同じことだ。今の年金制度はいずれ破碇するからと無視し続ける若い若者たちの多くは、多分遠い将来の年老いた頃には政府が消費税で自分たちの面倒をみてくれると思っているのだろう。 そのような連中が年老いて家も家族もなく、東京駅のコンコースにたむろしてもの乞いするとしたら、それは自業自得以外の何物でもない。彼らにメシを食わすためにせっせと納税させられる国民の多くは、嫌悪感すら感じるだろう。社会保障制の充実は本当に複雑でいろいろな問題を含んでいそうだ。