2010年09月

2010年09月30日

100930 チンピラ国家の中国

この9月に起きた尖閣諸島事件は本当に気分が憂鬱になった。中国という頭脳が発達しないまま、体ばかり成長して腕力をつけた若者が、近隣に暴力を振い始めたようなものだ。私も憂鬱だったから、政府はさぞかし頭が痛かったことだろう。

このような異常事態に日本はどう対応するか、本格的な対策が必要だが、国会では誰が中国船長の釈放を指示したかとか、指揮権発動があったか等の子細な議論ばかりに熱中して、国会議員の低脳さにもあきれてしまう。このような国家の一大事は政府が指示したに決まっており、大事なことは、如何に日本の領土を守るかという具体的な議論なのだ。

まず尖閣諸島は歴史的にも完全に日本領土であることをもっと世界にPRすべきだ。1895年の日本の領有権宣言に約100年近く遅れて、1980年頃に尖閣諸島周辺に石油が埋蔵すると分かった途端、中国はその領有権を主張し始めた。彼ら言い分は、尖閣諸島の海底は中国の大陸棚に続いているから中国に領土だという訳で、ナンセンス極まりない。しかし、このまま両国が争いを続けると、大使館閉鎖、国交断絶となって大事件に発展した可能性もあり、軍事力が弱くて戦争慣れしていない日本は甚大な被害を被るだろう。

確かに米国クリントン国務長官は尖閣諸島が日米防衛協定の範囲内に入るといった。しかし米国だって中国とは深くて広範な関係があり、日本の小さな無人島を守る為に米国戦艦の派遣はしないだろう。増して今年初めまでの鳩山元首相や小沢元幹事長が、米軍はグアム島まで後退して欲しいとか言っていた手前、日本守備のメンツを潰された米国は、簡単には軍隊を派遣するわけがない。

頼りなのは国際世論に訴えて、日本の正当性を世界中にPRすることだ。歴史的事実をじっくり見て下さい、なんて悠長なことを言っている時ではない。日本の正当性を世界中に積極的にPRすべきだ。同様な南シナ海の領有権問題で、中国の脅威にさらされているフィリピン、ベトナム、インドネシア、マレーシア、ブルネイ等に早急に集合をかけて米国も含めて国際会議を開き、中国の暴挙を世界中に訴えるべきだ。

特にフィリピンは、20数年前に巨大なスービック基地から米国海軍を追い出した結果、その直後から中国の侵略を受け始め、多数の漁船や魚民を捕獲され、西沙諸島や南沙諸島から駆逐されたが、貧弱な軍備しか持たないフィリピンは、手をこまねていみている他なかった。自ら招いた危機を米国や諸外国が助けるほどの余裕は誰にもない。ベトナムも同様に多数の漁船を中国に捕獲されている。 米軍の沖縄基地の撤廃を主張し続けている社民党や共産党はどんな顔をしているのだろうか。

日本には毎月のように実施される内閣支持率があるが、どこの国にも民意という恐ろしい勢力があって政府は無視できす、中国もインターネットに沸騰する国民感情を如何になだめるか苦労している。 しかし中国は特殊事情として、もうひとつ軍部(人民解放軍)と言う好戦的な独立勢力がいる。これは毛沢東が軍部出身のため、伝統的に中央政府の力が及ばない巨大勢力で、外国との平和共存なんて眼中になく、軍備拡張と領土拡大に熱中している。この特殊事情は日本政府も十分認識する必要がある。

今回は中国に一方的に攻められ、結局日本政府が先に下りてしまったが、唯一ハッキリしたことは、中国の正体が見えたことだ。彼らは奥の手の常套手段を世界に公開してしまった。即ち彼らは貿易の国際ルールを踏みにじって、外国への資源の輸出を突然差し止めるという手段だ。ロシアがウクライナにガス供給を止めたのと同じ思考だ。国際社会は中国の凶暴さを改めて認識し、中国に頼り切る危険性を世界中が確認した。各国は抜本的な対抗策を練り始めるだろう。これは本当に貴重な収穫だ。

特に日本は希土類レアーアースの輸入の95%を中国に頼っていたとは大きな驚きだった。使用量は少ないがネオジュームとかランタン、セリュームなどの希土類はハイテク製品に不可欠な材料だが、国内にはたった40日の備蓄しかないという。中国の如き乱暴な国にその供給を頼りきると、今回の如く首根っこを押さえられて、直ぐに降伏せざるを得なくなる。少々コストは高くなっても早急に新しい鉱山開発が必要であり、ベトナムとかオーストラリア、米国などでその鉱山開発を急ぐべきだ。 

更に重要な材料としてリチュームがある。大量の電気を貯える材料として代わりがない貴重な資源だ。日本国内が小沢派だとか菅派だとかマスコミも交えてお祭り騒ぎしている間に、お隣り韓国の李明博大統領は、世界最大のリチューム埋蔵量をほこる南米ボリビアのモラレス大統領を招いて独占的な開発契約を結んでしまった。技術開発に出遅れた韓国は、材料を抑えようと言う魂胆だ。折角世界に先駆けて開発した日本のハイブリッド技術も、リチューム電池無しには無用の長物となる。全くお粗末な結末だがもう後の祭り。量は少なくても次の埋蔵量をもつチリとかアルゼンチン等と積極的な開発計画を進める必要がある。

今度の尖閣島問題からは、もうひとつの有益な結論が得られた。どんなに沖縄住民が騒いでも、米軍が沖縄から撤退することはあり得なくなったということだ。そして普天間基地も多分そのまま残るだろう。もし米軍基地が本当に沖縄から撤退すると、どんな恐ろしい状況になるかを実証してくれた。中国にお礼を言ってもいいくらいだ。

昨年小沢幹事長は新人議員140名を従えて、胡錦濤国家主席に拝謁した恥ずかしい事件はまだ消えていない。例えば国会議員140名が並んでオバマ大統領に拝謁するなんて考えられるだろうか?この愚挙には日本国民も呆れたが、世界中から嘲笑を浴びてしまった。小沢さんは、日本で最も権威ある筈の国会議員を多数ひきつれて中国の国家主席の前に平伏させてしまった。こんな恥ずかしい事件は、現代世界ではあり得ないことだ。これで中国は日本を完全に見下し大いに自信をつけた。確かに小沢さんは策略ができる実力者かも知れないが、こんな恥さらしな行動を平気で行う無教養な東北のバカタレ田舎者なのだ。

それにしても前原さんは立派だ。外務大臣として諸外国と友好を進める立場にも拘わらず、中国に激しく抗議し、日本の立場を堂々と主張している。この緊急事態に鳩山さんや小沢さんが、何も言えずに黙って見守っているのとは全く好対照だ。


mh3944 at 09:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治 

2010年09月21日

100921 遺伝は女性が支配?


100921遺伝は女性が支配?
先般次兄の不幸で田舎に帰った折、親戚関係や多くの甥っ子、姪っ子に出会った。話には聞いていたが久し振りに会う子供達が殆どだった。彼ら彼女達はすっかり成人して私より背丈が高くなり、私の故郷も世代変わりを実感した。
今回亡くなった次兄の長女のY枝さんとは30年振りに出会ったが、既に彼女には、専門学校に通っているという髪を紅く染めた長女も参列していた。ひさし振りのY枝さんは、亡くなった母親K枝さんと全くウリ二つだったのには本当に驚いた。名乗らなければ母親と間違いそうな複製コピーで、顔形は勿論、振る舞いから言葉使いまで母親そっくりに思えた。

そういえば、私の長兄の孫娘M子さんも、その母親S子さんに体形がそっくりで、情感豊かなところまで似ている。S子さんは感情表現も激しく、直接の血縁ではない今回の叔父(次兄)の告別式でもひとしきり悲しんでいたが、孫娘M子さんも人情味豊かで、何となく冷静な次兄親族よりも、遠戚のS子さんM子さんのほうが余程悲しんでいるように思えた。

実は私も同様で、私の兄弟姉妹はみんな特徴的な丸顔だ。これは25年前に亡くなった私の実母の円顔をそっくり引き継いでいる。先日の次兄のお通夜で、私が次兄の亡きがらに覗き込んで別れを惜しんでいると、別の人から貴方にそっくりですね、と言われて冷や水をぶっかけられる思いをした。

更に私の家族も同じ状況なのだ。昨年暮れに90才で亡くなった義母M子は背の高いスポーツマンで、大昔の全国陸上競技大会(神宮大会)に短距離の広島県代表として参加した女性だが、彼女の遺品を整理して若いころの写真を見つけて驚いた。彼女の娘(私の妻)や孫娘S子、更にその曾孫娘Y子に顔かたちや体形までそっくりなのだ。

私自身はどこかのヨン様とは違ってごく普通の平凡な男で、恥ずかしながら運動神経も平均以下だが、娘S子や孫娘Y子は背丈も高く、Y子に至っては中学校の運動会の紅白レースに代表選手として出場するという、私には夢にもかなわなかった運動センスのも持主だ。隣近所は、義母と妻K子、娘S子の3人が並んで歩いていると、まるで三姉妹のようだと言われたことが何回もある。遺伝とは本当に複製コピーだと思う。

北海のサケは4−5年周期で生まれた河に里帰りして川床に卵を産んで世代交代するが、人間も同じことをやや長い周期で繰り返しているだけに思える。いや春植えた稲や麦が秋に実り、翌年春にその種子が再び芽吹いて実るのと本当に同じことではないかと思う。

生物遺伝の法則だから当り前だが、DNAの原則から言えば、男系と女系はその素質を等分に引き継いでいる筈だ。しかし私の娘S子や孫娘Y子は明らかに私とは違って、並みいる同級生を差しおいて中学校の運動会の紅白リレーを走った。義母は、曾孫娘や曾孫息子が紅白リレーで走るのを自分の遺伝だといつもうれしそうに自慢していた。

受け売り情報だが、DNAは2種類あるそうだ。男女双方の形質情報を引き継いで子孫に受け渡す染色体DNAと、もうひとつ遺伝には無関係なプラスミドDNAがあり、例えば生命活動を司るミトコンドリアDNA等である。このミトコンドリアDNAは、遺伝には全く関係せず女性側のDNAをそのまま子々孫々に引き継ぐという

有名なメンデルの遺伝法則では、形質遺伝のうち、実際に発現する優性遺伝と、発現しない劣性遺伝があることは周知の事実だ。劣性遺伝といえば何となく分かったような気はするが、実はその実態は余りわかっていないらしい。即ち劣性遺伝は、引き継いだ形質を発現しないのだが、何故発現されずに隠れているのか、それは如何なる条件で発現するのか、まだはっきりはわかっていないらしい。

まあ我々庶民の遺伝子はどうでもいいが、天皇家の遺伝子は無視できないだろう。周知のように日本の天皇家は万世一系とかいう男系相続が大原則で、男系を優先して相続するが、その形質遺伝は実質的には殆ど女系に牛耳られていることになる。すると男系優先とか何とか言っても、それは単に威張っているだけで、実質的にはその遺伝子は女系DNAが殆ど支配しているのだ。

人間はDNAが生き延びる為に作ったボート(乗物)だとも言われる。世界最古とも言われる神武天皇以来の日本の天皇家の遺伝子も、実は側室とか宮使いとか素状の知れない女系遺伝子に乗取られているのかもしれない。こんな議論は不敬極まりない話で、戦前ならすぐに監獄にぶち込まれるところだが、兎に角、女性遺伝子は名実ともに人間を支配していることを実感した帰郷であった。


mh3944 at 09:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2010年09月16日

100916, 農家は全滅寸前

次兄の不幸で山口県の田舎に帰った。次兄は安楽な最期だったと聞いて安堵だった。新幹線で4時間かけて廣島に着き、そこから山陽本線で更に2時間の長旅だ。

新幹線に乗る時、私は必ず雑誌など読み物を用意するが、大抵は車窓からの景色に見とれてなかなかページが進まない。特に東京から新大阪駅迄の東海道沿線は右側も左側も通り過ぎる景色には季節毎に変化があり見飽きない。概して関東のほうが稲刈りは早く、関西はまだこれからだ。はやり減反政策だろうか秋の稲田は黄金色ばかりでなく、雑草が生い茂っている水田があちこちに見える。一度耕作を放棄した水田の再生は難しいと聞く。

新大阪を出ると景色の調子が一変する。武庫川から西宮を過ぎると直ぐに長いトンネルだ。トンネルを出たと思ったら、またトンネルに入ったり出たりで、なかなか景色をゆっくり楽しめない。いま計画中のリニア−新幹線は東京から大阪まで殆どがトンネルだそうだから、完成しても余り乗りたくない気分だ。多分殆どの乗客は我慢しながら1時間を過ごすことになるだろう。

お通夜は、初めて出会う遠い親戚やその家族たちが多数集まるので、別の意味で収穫がある。特に今回も初めて出会う甥っ子や姪っ子が多数来て、その成長振りには驚かされるが、子供等は葬儀などには無関係にはしゃぎ回って、結構明るいお通夜だった。

その中で、70才を超えた遠い親戚の老夫婦と色々話した。彼は4反の水田と4反の畑を作っているという。 民主党の農家の個別所得補償制度は?と聞くと、興味がないという。兎に角手続きが面倒で、中小規模の農家には書類ばかり複雑で利益は少なく、非常に面倒ならしい。従って水田は自分が消費する程度の4反まで減らして、外販用のお米は殆ど作らなくなったという。

しかし近年の農作業は重労働から解放されて本当に楽だという。まず土地を耕す農耕機は勿論のこと、田植え、草取り等、脱穀機など、全てが機械作業だ。その昔我々が一番草、二番草、三番草と酷暑の中で泣きながらやった草取りをやったが、今は除草剤を1回撒くだけで全てOKだそうだ。初めての除草剤24Dが出た時も、イネに似たヒエ科雑草は除草剤出来なかったが、最近は効果的なものが出てヒエも簡単に除草できると自慢そうに話す。

しかし彼等は、個別補償制度や減反政策等の、複雑で面倒な手続きには殆ど興味がないという。彼が最も頭を痛めている憂鬱問題は、農家の後継ぎが居ないことだそうだ。子供達は全員都会に出て、誰も後を継ぐ気がなく、自分も3年後には農業を止めるだろうという。いや本人だけではなく、彼の隣近所の農家の殆どはもう4−5年で農家は全滅しそうだという。この話には思わず身震いがしてしまった。

そういう私の実家も同様で、長兄が亡くなると農家を継ぐ子供達は一人も居らず、機械を売り払い、耕作していた水田は知人に貸し、畑は荒れ放題になりつつある。それは所得補償制度などとは次元が違う、もっと根本的な日本農業の構造的な欠陥なのだ。それは現在の農家の収入が余りにも少ないからだ。多分これから何年か経過するとどんなバラマキ政策を打ち出しても、その受け手の農業者が不在で、殆どの農家は、空き家になり果てて日本農業の屋台骨を揺るがすことになるだろう。

前にも書いたが、民主党も自由党もこの重大問題に対する根本的な解決策は何も提示していない。その理由は自分達の票田維持と、官僚組織を維持したい農水省の思案から全ての農業政策が作られているからだ。かれらは如何に自己の票田確保と、省庁や農協の組織を維持するかしか考えないから、全て小手先の対策ばかりなのだ。問題は農家の収入を如何に拡大するかなのだ。その為には、現在の中小農家の平均年収はフリーターレベルの250万円程度だというが、それを年収1000万円以上の高級サラリーマンレベルに上げるためには、規模を拡大して、近代的な経営に衣変えすることが必要なのだ。

日本の農業は衰退の坂を転げ落ちつつあるのを何とか食い止めようとしても、政府は小手先政策ばかり繰り出し、時代的な大趨勢の小規模農業衰退は押し止められず、中小農家からは完全にそっぽを向かれている。焦った政府は、更に複雑怪奇な政策を次から次へと繰り出すから、農家からは益々嫌われる。そして最後には農業担当者まで消えてしまいつつあるのだ。本当にもう時間的な余裕が全く無い。

いま必要な解決策は、日本の農家を狭い土地に縛りつけている現行の農業諸法律から日本農業を解放することだと思う。それには諸悪の根源の農水省を解体して経済産業省の一部門に編入し、複雑怪奇な諸政策を廃止して農家を自由にする必要がある。農地法を廃止し、土地売買の自由化、農業に企業経営を導入し、労働基準法や定年制、週休二日制などを大胆に取り入れて、日本の農業を新時代の企業経営にマッチした新産業に創り直せば、自然が相手の農業は、きっと多くの労働者に受け入れられ、働き甲斐のある新時代の産業に生まれ変わると私は思うのだが。




mh3944 at 08:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治 

2010年09月13日

100913, 修学旅行の金がない

最近、文部科学省から、お金が無くて修学旅行に行けない高校生に3万円づつ補助金を出そうという計画があるそうだ。修学旅行は10万円近くかかりそうだから、こんなに不況下のその日暮らしでは、まとまった金を出せない親も多いだろう。

修学旅行は生涯忘れられない子供時代の一大イベントだ。私は小学校卒業時は宮島と広島に行った。特に広島は田舎育ちの私には 見るもの聞くものが全て新しい大都会だった。福屋デパートのエレベーターがタダで乗れると知って嬉しく、自由時間の殆どをエレベーターに乗って上がったり下がったりして過ごし、最後に屋上から下を覗いて、級友たちが整列して待っているのを発見し、慌てて階段を次々と駆け下り、もう下り階段がないと泣き出し、やっとそこは地下室だと分かったこともあった。

中学校は阿蘇から別府温泉に回った。山村育ちでも阿蘇の雄大な外輪山と草千里の大草原には圧倒され、別府温泉では火事現場に急行する消防車を野次馬根性で追っかけ、無我夢中で走ったのは良かったが、帰る道順や自分の宿舎の名前を忘れて、警察に補導された苦い記憶もあった。

昭和29年か30年の高校時代の修学旅行は、京都か東京かの多数決となり、結局賛成の多かった京都旅行に決まった。正確ではないが旅行費用は確か4-5千円程度だったかと思うが、どちらにしても我が家にはそんな大金は無かった。我が家は中農で父親は早く亡くなり、長兄と母親が家計をやりくりしていたが、100円の旺文社の豆単(英語辞書)を買うにもヤミ米を売ってお金を工面する時代だったから、5千円の旅行費用などを出す余裕はないのは私にも分かっていた。 

しかし私にも若気の意地があり、金が無いから修学旅行に行かないとは同級生になかなか言えなかった。色々考えた末、私はこう説明し始めた。自分は京都大学を受験するつもりだ。入学すれば、毎日京都見物ができるので修学旅行なんか行かないと。へ理屈だが自分なりに考えた、なんとかスジの通った説明だと思っていた。

しかしこれは半分は事実でもあった。理系なら何でもいいから、兎に角有名な京都大学に進学したいと願っていた。しかし自分の学力では何だか難しいことも感じていたが、その時はそう言わざるを得なかった。公言したからには何としても頑張って本当に京都大学に行こうと思った。工学部でも理学部でも農学部でも何でもいいから。 母親や長兄には修学旅行のことはひとことも話さなかった。相談しても困惑させるだけで、解決策がある訳では無かったから。

修学旅行への不参加は一度話せばそれで終わった。同級生は仲間の誰が旅行に参加するかしないかは眼中になく、集合写真に誰が写っていないか等全く関心なかったから。 そして私の大学受験は苦慮した挙句、同じ年の従弟と同居して生活費が節約できる福岡の、九州大学工学部に進んだ。就職し結婚して家庭をもっても、妻や子供たちに私が高校の修学旅行に参加しなかったことは話さなかった。しかしいつも小さな陰りとして私の心の底には淀んでいた。

そして年月が経過し, 先日高校時代の同級の山本英人と会った時、たまたま修学旅行の話になった。彼は、東京の日本大学への進学を希望して、その下見も兼ねて東京旅行を希望していたので、京都旅行には参加しなかったと知った。彼は田舎でもまあ資産家といえる家庭だったので多分事実だろう。私はお金が無かったので参加しなかったと笑いながら話すと、 ふーんそうなんだ! でも京都旅行には参加しなかった仲間は結構居た筈だよ!と彼は笑って答えた。多分私と同じく旅行費用が工面できず参加しなかった同級生も多かったのだろう。永年私の胸に疼いていた小さな隠しごとが、実はそれほど秘密にすることでもなかったかと氷解し始めた。 

昨年の小学生中学生の自殺者が300人に達したと新聞に出ていた。自殺の原因を調べると全く些細な理由が多く、何故そんな単純な理由で自殺したり殺人事件を起こしたりするのか不可解に思う事が多いが、子供時代は誰でも、取るに足りない些細な悩みを小さな胸に秘めて苦しんでいるのかも知れないと思う。それはちょっとしたアドバイスで殆どが解決できることなのだが。




mh3944 at 08:34|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 雑感 

2010年09月08日

100908 久し振りの大雨に感謝

今年の猛暑は異常であったがやっと雨が降った。2ケ月振りの嬉しい慈雨だ。駅から会社に通じる街路樹のハナミズキは葉っぱが枯れる寸前になっていたが、これで息を吹き返しそうだ。我が家でも庭の植木が水に飢えて葉先が変色しているので、最近は帰宅すると毎日水やりが日課になっていた。20坪の庭に毎日水を播くと結構な水道代になりそうで気が引ける。毎日水をやると植木が習慣になり、水を欲しがり過ぎるので1日置きでもいいのではないかと倹約ムードの家内はいう。

植物も生き物なので人間と同様に、贅沢や怠惰に弱く習慣性があるのかも知れない。確かに花屋で大事に育てられた草花や植木はひ弱で、水を切らすと直ぐに萎れて枯れてしまうの。

しかし、我家の向かい側の70坪の空地は一面雑草だらけで、土地は乾ききっているのに、ススキ類は平気で背丈以上に伸びて生い茂っており、自治会が防犯に悪いからと言ってきたが、地主でないので返事のしようがない。乾いた地面からどのように水分を吸収しているのか不思議だが、ある農業試験所で、乾燥に強い稲を研究中と聞く、ススキはイネ科のカホン科植物なので、最新の遺伝子工学なら、雨がごく少なくても育つ乾燥に強い稲ができそうだ。

我家は、満々と水に湛えた手賀沼から50mしか離れていないにも拘わらず、沼の水は一向に庭の下まで浸透して来ないようで乾燥には役立たない。確かに砂漠のなかを流れるナイル河をテレビでみると、樹木が生い茂っているのは 大河のごく近くだけで、少し離れるともう一面が砂漠だから、水の浸透力といっても余り期待できないのだろう。

兎に角 世間は不景気一色で、元気なのは、民主党首選挙に当選しようと財源無視の大ホラを吹きまわっている小沢さんだけだ。菅首相は現職のつらい立場で、不景気で文句を言われ、就職難対策を求められ、円高阻止を産業界から要求され、沖縄は基地撤去で騒ぎ続け、熱中症で老人の死亡者対策、晴天続きの野菜高騰対策など、もう何もかも四面楚歌だが、雨なし問題だけはこの豪雨で解決しそうだ。何といっても乾燥で農業が打撃をうけるのが一番困る。今回の小さな雨台風の来襲には多くの人が感謝していると思う。


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2010年09月07日

100907 ゴルフ気違い

昨夕、自宅近くまで帰った処、友人のAさんが、自宅の3F屋上でゴルフの素振りをしていた。下から会図したが、Aさんの眼中に入らず、懸命に素振りしている。多分明日は友人と茨城県にゴルフにゆくのだろう。

しかし正直言えば、Aさんの素振り姿は全く不格好だった。70才を過ぎた年齢のせいもあるだろうが、体は突き立ったまま腕だけ振り回している。彼は電力中研の偉い工学博士で、ゴルフのスコアはひと昔前に一緒にプレイした時は確か90前後であったと思うが、その後彼とは長らくゴルフせず、久し振りに彼の素振りをみて、その不格好さに驚いてしまった次第。

実は、私のゴルフはAさんよりもっと下手で、100を切る事は滅多にない。しかし友人からは豪快なスイングだと言われたこともあり、スコアは悪くてもフォームは何とか見られるかと信じていた。しかし先般、たまたま息子がビデオで撮った私の練習場のスイング姿を見て、その不格好さに我ながら悲しくなってしまった。自分では体全体を柔らかくスイングしているつもりだったが、ビデヲを見るとAさんと同じで、腕しか動かしていない。もう恥ずかしい限りで、再度みる気もしなかった。人の振り見てわが振り直せ、というが、自分を客観的にみることの必要性を痛感した次第。

同じく私の近所に住む引退サラリーマンKさんは、元IBMの営業部長でゴルフはシングルの腕前だという。引退した昨今でも、自分が会員の有名コースに殆ど毎日のように通っている。年間100万円以上はゴルフに使っていると思うが、典型的なゴルフ気違いで、もう生き甲斐なのだろう。

池袋在住の私が尊敬していた元米国NY駐在所長のF部長もゴルフ気違いだった。勝浦にゴルフ場付き別荘を買って、殆どそこに移住して、年がら年中ゴルフ三味に明け暮れていたが、ある時彼が旅行で留守した時、信用していた彼の元部下のY君がその別荘を逢い引き宿として利用した事を知って激怒し、別荘に近寄らなくなってしまったと人から聞いたことがある。潔癖性の強いFさんらしい話だ。

私の自宅周辺は引退サラリーマンばかりで、私が出勤する早朝、時折クルマを出して嬉しそうにゴルフに出かける準備をしているのに出会うことがある。 この猛暑に何を好き好んでとも思うが、月いち程度のゴルフは単調な日常生活の慰めなのだろう。多分費用は1万円程度で、年金生活には安くはないその出費が、彼のレジャー気分を更に高揚させるのだろう。

ひと昔前のバブル最盛期の時は、一回のコンペに3-4万円使った記憶がある、私の悔しい思い出だが、厚木国際カントリーで得意先とプレイしたあるショトーホールで、左側の土手に跳ねた私のボールがころころ転がってカップインし、ホールインワンになってしまった。その瞬間私はしまった、誰も見ていないようにと祈ったが、同行していた住金バイオの某部長が見ていた。さあ困った。ケチな私はホールインなど絶対にあり得ないと固く信じて保険をかけていなかったので、結局20万円近い大出費に泣いた。

米国ではホールインワンは周囲から祝福されるが日本は逆だ、と合弁会社の米国マネジャーは笑っていたが、確かに国際化の時代におかしな慣習だと思うが、今更慣習を直しても私にはもう手遅れだ。しかし年賀葉書でハワイ旅行が2回も当たるなど、私には変なクジ運もあるので、何事も保険にかけることは必要だと思い始めている。

この米国人マネジャーは、1日のゴルフ代に大金を使う日本人はクレイジーだとも言ったことがあるが、確かにロスで、彼とプレイした時は用具を借りて4千円で済み、その安さに驚いた。しかし最近は日本も落ち着いて関東圏でも平日なら7千円前後でプレイできるそうで、やっとクレイジーさから解放されて静かな日本になったと嬉しい限りだ。しかしまだまだ高く5千円以下になって然るべきだと私は思うのだが。
 


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2010年09月03日

100903 ,クーラーが壊れた

この猛暑の最中に会社のルームクーラーが壊れた。天井に埋め込み式の本格的なダイキン製ルームクーラーが動かなくなった。早速メーカーを呼んで調べて貰った処、プリント基板の交換が必要だとのこと。

翌日ダイキンから電話があり、19年前の装置なので部品の在庫がないという。これには驚いた。平成3年建の雑居ビルだが本格的な5F建なのに、19年経つともう空調設備の交換部品はないというのだ。この程度の本格的なビルは少なくとも50年以上は使えるだろう、しかし空調部品は19年でもう修理が不能だそうだ。ダイキンは業務用空調製品では立派な会社だと信じているが、カスタマーサービス面では何だか物足りないと思った。結局天井埋込みの空調装置を全面的に取りかえることになったが、猛暑なので直ぐには対応できず10日間待つことになった。何十年振りの猛暑でクーラー無しには参ってしまうが、ダイキンさんを怒らせてはもっと困るので、辛抱強く修理を待つことにした。もう勘弁して欲しい気持だ。 

実は私の自宅のクーラーは壁に取り付け型のナショナル製品だが、高校生の孫娘が生まれて以来だから、18年間全く故障しないで立派に動いている。子供たちは全員独立して家を去り、20畳の居間は夫婦2人には広過ぎるので、朝からクーラーを回すのは勿体なく、家内は、会社を誰かほかの人に譲って引退してはどうかと真顔で言う。何とも本末転倒的な理屈だが、確かに勿体ない気持は分かる。 民生商品に強いナショナルだから、クーラーも多分数百万台は販売済みだろうから、仮に20年過ぎると部品が無いので修理出来ませんでは大騒ぎになるだろう。やはりダイキンのサービス態勢では民生用商品は無理で、業務用製品しか販売できないだろうか。

そういえば扇風機の発火事故もよく起こる。我が家にも25年以上経過した扇風機が2台あるが、これも結構良く動くのでなかなか捨てられない。メーカーの立場で言えば、2万円低度の扇風機をこんなに長期間使われてはたまらないというところだろう。しかし先月量販店で買ってきた中国製扇風機は1,900円だった。恰好も良く値段も格安なので自転車で持ち帰った。最初は順調に動いたが、直ぐにおかしくなり、スイッチから手を離すと止まり始めた。最初は腹がたったが1,900円だから、店に行って取り換えを要求する勇気もなく諦めて、今では何回もスイッチを押し直してうまく効き始めた時、そっと手を放すようにして使っている。
 
 確か30年程の昔、インドネシアに出張して、現地の猛烈な暑さを実感し、この気候では住民はとても仕事をする心境にはなれず、国の経済活動が停滞するのは当然だろうと同情した。同じく年中猛暑の中近東の国々の偉そうな人たちも白いガウンを垂れ流しに着て、会議とか社交にゆったり動いている、クーフイアとかいう頭にターバンのようなものを巻いて被っており、とても仕事をする姿ではないが、やはり暑い国だから仕方ないのだろうか。彼らが真面目に考え働いている姿をみたことがないが、石油と言う超特級の天然資源に恵まれているから、自から働く必要はなく、殆どが外国からの出稼ぎ労働者だという。

その石油や天然ガスも後20年後には枯渇するというから、その後はどうするのだろうと人ごとながら心配になる。正しく砂上の楼閣ともいえる巨大なビル群を砂漠の中に作り上げて、果たして石油無き時代にも生きていけるのだろうか? 暑いのでこれ以上の難しいことはなかなか考えられそうにない。


mh3944 at 10:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ビジネス