2010年12月

2010年12月24日

101224, 日本と中国と韓国

12/25の新聞に、韓国の排他的経済水域EEZで不法操業していた中国漁船が韓国警備艇と衝突して沈没し、中国漁民が2名死亡したと報じている。

韓国警備艇もなかなかやる!と思って良く読んだところ、今年だけでも既に332隻も中国漁船が韓国警備艇に拿捕されていると知り、その勇敢さに驚いた。尖閣諸島の沖で、たった1隻の中国漁船を日本の警備艇が拿捕しただけで、あれほど大騒ぎになり、国交断絶の寸前まで発展するのに、韓国は300隻以上の中国漁船や漁師を捕獲し、双方に負傷人や死者まで出ているのに、中韓の両国とも静かで余り騒がず、中国外交部も黙認しているのは驚きだ。先日の尖閣諸島で仮に負傷者や死人でも出ていたら、どんなに大騒ぎになったかと思うと、日中間と韓中間の騒ぎ方の差は何故だろと思った。

確かに今回の韓国の事件は地理的にみても、中国沿岸から遠く離れた韓国沿岸の韓国のEEZ海域の出来事であり、中国外交部も反論し難いのかも知れないが、中国のインターネットが全く静かで尖閣諸島の騒ぎと比較して余りにも差が大き過ぎるのが理解できなかった。

しかし、時を前後して、あるTV番組が中国の反日教育の現状として、中国の中学校の凄い教育現場を放映しているのをみた。日本軍人に首を切られる瞬間の中国人とか、10以上の生首が路上に放置されている写真などのスライドを生徒に示しながら、社会担当の女先生が懸命に日本軍の残虐さを説明し、多感な生徒達は、涙を流しながら民族が受けた残虐な歴史に見入っていた。これは如何にもやり過ぎではないかと、TXレポターが先生に問いかけると、これは愛国教育なのです、と先生は平然と答えていた。私はこれだと思った。

中国の各地には、日本軍の悪業を展示した抗日記念館が100ケ所以上建設されて、小さな子供を同伴した親達が見学に訪れていた。TVレポターがある4-5才の子供に抗日運動を知っている?と聞いたところ、知りません!と首を振っていた。しかしこの無垢な子供達も小学校高学年から中学生になると、前述の愛国教育の洗礼をうけて、強烈な反日精神に洗脳される。しかも毎年1000万人という大群衆の若者達が洗脳を受けて次々ぎと社会に巣立つのだ。

尖閣問題の影響もあり、日本人の88%が中国嫌いになってしまった。一般的に隣国同志は仲が良くないのは分かるが、これほど両国民の感情が悪化している隣国同志は殆どなく、感情的には戦争の一歩手前だともいえる。 中国のエリート層の大学生でも60%は日本人を大嫌いだという。しかし古来より偉人を輩出している中国というべきか、残り30%の学生は、日本も尊敬すべき先進国だと思っていると答えたのだ。

この反日教育が開始されたのは、1989年6月4日の天安門事件(64事件)が契機だったという。民主化を求めて天安門広場に集まった学生達が大規模な騒乱を起こし50,000名以上の若者が人民解放軍の戦車に引き殺された。国家分解の危機だと直感した江沢民は、この若者達のエネルギーのはけ口として、反日運動の利用を思い立ち、中国の歴史教育を大きく塗り替えて、日本軍の残虐な行為を徹底的に誇張して悪玉に仕立て上げ国民の目を海外に向けたのだ。 確かに日本軍は殺人行為も行ったが、出てくる写真はいつも同じ日本刀の試し切りや散乱した生首の写真ばかりで、中には日本軍の行為とは疑わしい写真も使われているという。

しかし、この徹底した反日教育が大きな効果を発揮し、中国の若者は日本を徹底的に嫌うようになり、彼らは、弱いとやられるから強くなろう、と日本を仮想敵国として経済成長にまい進し始め、終に日本のGDPを追いついた。しかし近年、この愛国教育は余りにも偏向し過ぎで、ヨーロッパ諸国も残虐な行為を行った筈だという反論が若者達からも起き始めているという。しかし一旦洗脳された一般大衆の反日感情は簡単には戻せず、両国間に衝突が起こると、直ちに炎が燃え上がって、インターネット世界を蹂躙するので、中国政府もその抑制に苦労するようになっているのが現状だ。

何とも厄介な隣人を抱え込んだ日本だが、引っ越す訳にはいかない。残された手段は、ひとえに忍耐強く我慢して、中国の誤解をとき、仲良くする以外に解決策はないのだが、何しろ次から次へと巨大な反日若者集団が社会に送り出されてくるのだから、簡単な話ではないといったところだ。

残されたとして手段は、即効性には乏しいが、やはり両国民の相互交流により、愛国教育とは違った現在の日本を見せて教える以外にない。それには長い年月とコストがかかるだろう。しかし残念ながら日本軍の残虐な行為があったことも事実で、ドイツ国民がヒットラーを自分達の先祖の一人だと認めざるを得ないのと同じ苦悩でもある。

更に大事なことは尖閣諸島などの国境海域でモメごとを繰り返さないことだ。もめ事が起る原因は日本が国境問題を軽視した続けた結果なのだ。ドロボウと対抗する最高の秘訣は戸締まりを完全にすることだという。あの鳩山バカ首相が沖縄米軍駐留不要論を唱えて日米間に隙風を生じ、あの小沢ドロボウ元幹事長が、幼稚園児のような国会銀員140名を従えて胡錦涛に朝貢して世界から嘲笑を浴び、中国からは日本組み易しと見下げられたことも影響している。 ただ唯一の成果は、今回の尖閣諸島事件を契機に、日本は自国を守る意思と行動が不可欠なのだと、全国民が知っことであった。 

海軍力の増強を推し進めている中国に対抗する為に、同じ大艦隊を作ると巨額の費用を要し、民主主義の日本では、簡単には軍備増強が進められない。結局、中国の大艦隊に対応する手段として政府は、潜水艦部隊を増強する戦略だという。聞くところによると,潜水艦は費用対効果が抜群に高く、優れた性能をもつ潜水艦は1隻で10隻の艦隊に対抗できるほど効果的な防衛力をもつそうだ。所謂ゲリラ戦法だ。日本は専守優先の国是もあり、限られたコストで四方を海に囲まれた広い海域を守る為には、優れた技術力を駆使して探知が極めて困難な最高性能の潜水艦を作り、中国等に対抗する以外になさそうだ。 更に拡大して言えば、潜水艦とミサイルとで国を守ることだろう。












mh3944 at 09:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治 

2010年12月17日

101217, 私のSailing-Life

私は運動神経が平均以下だ。子供時代の運動会での苦しい想い出や、田舎の駅伝で後輩に抜かれた悔しさは忘れられず、ゴルフもグロス110から抜け出せない。兎に角、スポーツで同僚を打ち負かした記憶が殆どない。従ってランニングとか、野球、テニス、卓球などの一般的なスポーツは殆どやらない。しかしヨットはやっている。ヨットは風任せの部分が多く、競馬の馬7騎手3にも似て、人の能力がストレートに現れないから。

友人に話すと一様に驚いて、え!本当か? 金がかかるだろう!と驚くのも悪い気はしない。少しオーバーな表現すれば、昔から私はNumber-Oneを狙うと殆ど負けるので、Only-Oneを生き甲斐としている性分だ。

確かに、一般的にはヨットは金がかかり、また係留基地なるマリーナも要る。オリンピック470級ヨットでも値段が100万円―200万円する、ヨットを係留するマリーナ経費はピンキリで、小型艇は年間15万円、大型は年間100万円以上かかり、金持ちにしか手を出せないスポーツともいえる。しかし本来のヨットマンは非常にケチなのも意外に知られていない。

近年ヨット業界の状況も変わった。10余年前の大バルブ崩壊以来、多くのヨット愛好家は高額の維持費に耐えかねて、マリーナにヨットを置き去りにしたまま夜逃げした。大きな船体の処分に困ったマリーナは 高額なヨットを格安条件で処分し始め、中級品以下はタダ同然で引き取って欲しいと求められる。ヨットは図体が大きく、引き取っても新しい係留場所が必要だが、日本には安いマリーナが少ないのが難問だ。
  
しかし、私は恵まれており、すぐ近くに手賀沼がある。なーんだ,あの手賀沼か!と思われるだろう。確かにその昔、手賀沼は汚染度No.1で全国に悪名を馳せた経緯があるが、今日では非常に水質が浄化してCOD:5-7迄改善され、毎年夏にはトライアスロンも開催される素敵な湖沼なのだ。この沼は、深さは2-3mで、幅500m程度だが、長さは東西約10キロあり結構大きい。更に悪名の影響で周辺の開発も進んでおらず素晴らしい自然環境が残されている絶好のセーリング場所なのだ。我々はその魚業組合にお願いして10隻のヨットを桟橋に係留している、殆どがタダ同然で引き取った中古品艇だが、クルマと違ってFRP船は年月が経っても錆びず腐らず、手入れを怠らなければ立派に乗れる。

魚協との関係には少し微妙な部分もある。手賀沼には漁協がいくつかあり、沼の魚を釣り堀や佃煮用に卸す現役の漁師の目の前で、元気なシルバーが平日のんびりとセーリングを楽しむ姿は、漁師側からみると、年金で楽に暮らしている怠け者!という印象もある筈で、注文をつけられることもあるが、我々ヨットクラブは先輩格の漁協には全面協力の姿勢で、いろいろ気を使いながらもセーリングを楽しんでいる。

我がヨットクラブは年間会費が1万円と超格安条件なので、ゴルフ一回分の費用で1年間楽しめる。多い人は年間40-50回は乗るから、1日のタバコ代のコストで1年中楽しめる訳だ。私が総務理事を務めていた5年前頃は、年配者を中心に毎年20名近くが新規入会したので、会員が100名を突破したらどうしようと本気で心配もした。しかし2年前のリーマンショックの影響で会員増加に急ストップがかかった。今回の不況は引退者の余暇人生にも影響を及ぼすほど深刻だと分かる。

Only-Oneを狙って始めたヨットも、入会してみると色々な事情があった。ヨットは一見優雅にも見えるが、体育会系気質が色濃く残っており、先輩後輩の意識も強く、新入会員は、先輩会員と同乗すると気ばかり使うことになる。中には腕前は下手でも口だけは達者な先輩会員もおり、現役時代の恵まれなかったトラウマを新入会員にぶちまける輩もいる。しかし熱心な新入会員は直ぐに腕を上げるので、たちまち攻守所をかえてしまう。更に上達すると、もはや手賀沼ではもの足りず、東京湾や霞ヶ浦に出かけるようにもなるが、どちらも往復に結構時間がかかるので、私は便利な手賀沼が好きだ。

我々が乗るヨットは一人乗りと2人乗りの小型艇で、私は2人乗りのシカーラや3人乗りシーラークが好きだ。ド素人だった私は同乗した先輩から厳しく指導を受け絞られ、先輩も久し振りに新入苛めの快感も満喫したと思う。困ったのは指導者が変わると教える内容も違って当方は戸惑うことが多々あったが、まあそんなものかと段々慣れてきた。

しかし時が経つと次第に仲間意識が生れ、湖面の沖に出て狭い空間に先輩と2人になると、世間話からは始まって話しが発展し、株で損したとか、会社の苦労とか、息子の就職問題など普段は話さない親密な間柄にもなる。従って気の合う仲間とはこの上なく楽しいが、嫌な相手とは金輪際同乗を避けることにもなる。

しかし最近の新入は2人乗艇を好まず、初めから一人乗りの練習を始める。一人乗りヨットは構造が簡単だが転覆し易く、操船技術と身軽さが必要で、仲間と話し合う機会も少ない。しかし、レイザーとかシーホッパー、シーマーチンなど一人乗りは、他人に気を使わず気楽に楽しめるので新人には人気で、2人乗りのシカーラは古手会員ばかりとなり勝ちだ。 

いずれにせよ、確かにSailingはなかなか快適で、年齢や運動能力の低下を余り気にせずに乗れ、しかも条件が揃えば殆どお金もかけずに楽しめる優雅なスポーツなのは事実だが、Only-OneではなくUnique-Oneといった処だ。今はシーズンオフだが、桜の季節になると連日ヨットが湖上を走っている。全くの未経験者でも結構だから、関心のある方はぜひ手賀沼大橋の桟橋を覗いてみて下さい、ひと夏を我慢して練習すれば、さわやかなSailing-Lifeを楽しめるようになれます。





mh3944 at 08:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年12月13日

101213, 庭の柿の木


今年も我家の庭の柿の木には沢山の実がなった。高さ4-5m程度だが、休みもしないで毎年よく実をつける。今年も多分300個以上は実ったと思う。 近所には柿の木を植えた家もあり、それぞれ紅く色づいているが実の多さからいえば、我が柿の木は毎年よくなる。

柿は冬に肥料として鶏糞などカリ肥料を施せば翌年にはよく実をつける。しかし葉も美味しいらしく直ぐに害虫に食い荒らされてしまうから油断大敵だ。我が家では年間5-6回は殺虫剤を噴霧する。高い木に登って消毒すると柿は折れ易いから大けがをする。とくに古稀を過ぎた私が梯子に登って殺虫剤を噴霧するのは危険だと家内が厳しく止めるので、離れた1本は切り倒し、ベランダから噴霧できる木だけを残した。今年の夏は猛暑で水不足だったので、休日には必ず水をやったので、月末の水道の請求書が心配だった。そのお蔭かどうか、今年も沢山の実をつけてくれた。しかし今年の柿は小粒だと家内は私に文句を言う。

秋になって害虫が減ると、今度は小鳥との戦いが始まる。まだ周辺に柿がある間は安心だが、近所が柿を取ってしまうと我が家は大変なことになる。 周辺の農家や山には柿が沢山ある筈なのに、何故だか小鳥達は我が家をめがけて来襲する。彼等の出勤時間は早く、夜が明け次第すぐに、ヒヨドリが群をなしてやってくる。 智恵があれば静かに食べるだろうが、馬鹿なヒヨドリは声高く啼き交わしながら飛んでくるから直ぐ分かる。当方はとてもゆっくり寝てはおれず、カーテンを開けると奴らは驚いて飛び上がり、近くの電線に止ってこちらの様子をじっと窺っている。10羽近くはいるだろうが、こんな大群に本気で襲われると、我が家の柿は一週間で全滅しそうだから、とてもおちおち寝てはおられない。

いろいろ防御策を試みたがヒヨドリもバカではなく、直ぐに慣れてしまう。しかし、とうとう効果的で、長続きする方法を発見した。あるホームセンタ―で売っていたプラスチック製のペラペラのカラスの実物大模型だ。このカラスをヒモにつるした棒を柿の木の上にぶら下げておく。風が吹くとこのカラスがヒラヒラと風に動き回るので効果は抜群、バカなヒヨドリは恐れおののいて、全く寄りつかなくなる。しかし何故だか小さなスズメはこの大きなカラスを余り恐れず、平気でやってくる。 何だか人間社会にも似て、米国vsロシアとか、中国vs日本など、戦力が似たライバル同志はお互いに警戒するらしい。もう本能的なものだろう。

兎に角、いろいろ苦労しながらも今年もなんとか守り切って紅く色づいた。我が家では毎年この柿を隣り近所に配る。その贈呈先は段々増えて今年は終に15軒になった。しかし配り方にもひと工夫がいる。大玉ではないのでビニール袋なら20個ぐらい入れないと格好がつかない。しかし配り過ぎると、残りが少なくなるので、余り気前良くはできない。更に近くのスーパーでは、我が家より格段に立派な柿が4-5個1,000円で売られているから、余りみすぼらしいプレゼントは出来ない悩みもある。

いろいろ工夫して、枝に付いたままの柿を配ることにした。30cm程度の長い枝付きにすると、柿が10個もついていれば、なかなか見栄えもして、貰う方も喜んでくれる。やはりプレセントの中身は同じでも、外観や外装が大切だとよく分かる。 

しかしまだ問題がある。スーパーで1,000円しないものなので、家内は自分がもって行くのを嫌がり、配るのはいつも私の役目となる。私も枝付きの柿をぶらさげて歩き回るのは、格好悪く恥ずかしく、更に配らない家に嫉妬感を抱かせるので余り簡単ではない。いろいろ考えた挙句、結局薄暗くなってから、相手の玄関先においてくることにしている。 多分翌日朝、新聞を取りに出て、あれ!気づくという案配だ。これが一番楽で貰わない家も気づかない。配った相手から電話をかけてくるので、返礼ナシですよ!と念を押す。しかしなかには電話がかからない家もあり、不安になって当方から電話する歯目になる。殆どは相手が分からず、送り主を探しているケースが多い。

兎に角、お返しを心配しないで下さいと、念を押すのだが、それでも何軒かは高価なお返しがくる。今年もおイモ、リンゴ、ミカン、更には美味しい佃煮を持参した家もあった。恐縮した家内はこれを嫌がるので、毎年来年から止めようというが、いざその年になると、又私が始めてしまう。紅く色づいた柿が道路からよく見えるので、或いは期待されているかも知れないとも思うから。

ウィキリース事件で米国国務省が、イアリア首相を無能者だと言い、フランスサルコジ大統領を威張り過ぎだと内部で酷評して問題を起こしているように、一見平穏で仲良くみえる近所同志も日常の小さな誤解や疑念が生じ、お互いに小さな不信感が堆積して、日常の挨拶だけではなかなか解決しないことがある。

しかし、この枝付き柿のプレゼントはとても効果的で、お互いの疑念を一発でやわらげ、雰囲気を大きく転換してくれる。それは出会った時の声や顔つきで分かる。少し離れたある若夫婦と幼稚園前の幼児は、出会っても殆ど挨拶しなかったが、この柿のプレゼントのお蔭で、若夫婦は勿論、幼い女児まで、腰を曲げてニコーと笑いながら通り過ぎるようになった。多分母親からお礼を言うように教えられているのだろう。こうして、我が家の柿は善隣友好の特使として役割を果たしてくれるから、なかなか止められない。


mh3944 at 15:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2010年12月08日

101208, 農業は巨大な未来産業

政府がこれから雇用人口を増やす未来産業として、環境、福祉、観光を挙げている。観光は確かに有望だと思うが、環境産業はリチュ-ム電池だけではないかも知れないが、その将来像はまだ見えていない。福祉も老人介護だけではなかなか低賃金から抜けきれず、とても夢のある未来産業と言えるかどうか疑問だ。 誰も言っていないが、私は農業こそは巨大な未来産業になりうると思うのだ。

確かに現在の日本農業は瀕死の瀬戸際に陥っている。就業人口200万人で、その平均的な年収は200-300万円、更に平均年齢66才で後継者が不在、日本のGDPに占める比率はたった5%、あと5-6年もすると日本農業は間違いなく壊滅すると聞けば、誰でも末期産業だと思うだろう。それにも拘わらず、農水省や農協、族議員などのウジムシ連中は、瀕死の日本農業にしがみついて、残された生き血を吸い続けている有様だ。

私はこの絶望的な危機をバネに、日本農業を大改革すれば、大きな未来産業に変身できると思う。その為には、まず取巻き連中が拠り所にしている農地法を完全に廃止する必要がある。この農地法は全くクセ者で、百害あって一利ナシだが長寿を誇っている法律だ。例えば、農業団体に民間企業が出資する時は、その出資比率は50%未満と定められている。これでは民間企業の知恵と工夫は、余計なおせっかいで手出しするなという意味だ。

更に、農業団体の役員は過半数が農業専従者でなくてはならないと定められているという。仮に企業が49%出資しても、役員会の決定権は改革意欲に乏しい農業専従者が握っており出資する意味が無い。また農地を売買する時は3000平方メートル以下は認められないとか、農地を転用する時は、農業委員会の面倒な認可が必要とか、2重3重の束縛と足かせを被せて、民間企業の創意と工夫が入り込めないよう工夫されているクセモノだ。

何故こんな不可思議な法律がまかり通っているのか経緯は知らないは、多分農協幹部や無知な農業委員会等が、自分たちの権益を守る為、外部からの干渉を極力排除して権限を握り続け、小沢さんのような田舎っぺ国会議員が、農民と酒を酌みかわしながら自分達の票田を守る工夫なのだろう。

これが日本農業の経営近代化と改革を妨害して、今日の瀕死の重体に陥らせているのだ。だいたい一般の土地と違って、農地の税金は特別な低率におさえられているのも大きな問題だ。農地を宅地に転用すれば10倍以上に値上がりする期待があるので、農民は土地の売買には極めて消極的なのだ。仮に自分の手に負えなくなれば、耕作放棄しても税金負担は極めて軽微だから何も困らず、荒廃野地が増え続けている始末だ。

私の勝手なアイデアで恐縮だが、私は日本農業の改革の為には、まず農地法を完全に撤廃する事。そして農業を大別して、大規模化による経営の近代化、次に農業のレジャー産業化、そして最後に特殊農業の展開と、大きく3分野に展開できると思うのだ。

最も重要な対策は、当り前だが、農地を大規模化して効率を上げる方法だ。アメリカのように10倍とか100倍の大規模化には出来ないかも知れないが、日本でも北海道とか関東関西や九州の平野では、かなりの大規模農業が展開できる筈だ。家庭電化製品と違って、国民が直接口にするお米は、少々値段が高くても十分市場性がある。日本人は農産物の安全性にことさら厳しく,少々価格が高くても無農薬や減農薬米として、安全性を唄い文句にすれば米国米には対抗できる。大体今のお米の値段は余りにも安すぎる。

昔の農業は確かに重労働であったが、近年の農業は殆ど機械化されており、考えようによってはドライブ気分で作業ができる。問題は無計画な零細農民が、ヤンマーや井関農機、久保田などに騙されて、滅多に使わないにも拘わらず高級外車並みの高額な農業機械を買わされているから、その償却が大変重荷になっているのだ。これをレンタル方式や共同購入方式を導入すれば、償却負担が大幅に軽減され、収支も大いに向上できるだろう。民間企業が本格的に参入すれば、一般の企業と同様に週休2日制度を採用するのは当然である。

第二の方向としては、農業のレジャー産業化を果たすべきだ。都市近郊の農地は都市住民に売却して週末レジャー農園にする。3,000平方m(1,000坪)以下の農地の売買は禁止なので、殆どの小農地は貸付けだが、規模が小さ過ぎて、ご主人一人が出かけてやっているのが殆どだ。本格的に実施するには土地の売買制限を撤廃して、買い取り方式にすれば、何年もかけて土地を肥沃にして、益々面白いレジャー農園になるだろう。

私の感覚では、都会住民が日帰りで、対応できる土地は200-500平米(60坪―150坪)程度が最も手頃だと思うが、自宅で消費する野菜や果物をつくるには十二分だ。仮に100坪農園だとすると、これは本当に毎週の土曜日曜に汗を流すかなりの労働となり、ご主人だけでなく家族単位の参加が必要になり、最高の週末レジャーになる。

もっと大規模な地方の田畑や段々畑は、都市住民の長期休暇レジャー用に、家族でやってきて楽しみながら農耕作業に従事する本格的なレジャー農園にする。聞くところによるとドイツにはクライネガルテンとかいう、別荘付農園があるそうだ。日本の別荘付きゴルフ場は金がかかって家族では楽しめないが、別荘つき農園は健康的で家庭で長続きするレジャーになる。地方には空き屋も沢山あるので、少し改造すれば格安な別荘に転用可能で、町役場の収入増増加するから、寂れた村も大いに活性化するだろう。

都市住民は植え付けから収穫まで行うが、農業には日常の水やり、草取り、害虫駆除などの見回りが不可欠だ、それは地元住民と契約して対応すればよい。それを仲介する民間企業もすぐに出てくるだろう。例えば1反(10アール)の農地があれば、確か7-8俵(500Kg?)程度のお米が収穫できるから、普通の家庭の2-3軒分の年間消費量が賄なえる。

第3の道は、特殊農業があるだろう。即ち漢方草の栽培とか、バラなどの香料植物、更にはビタミンなどを多く含む野菜、またはハーブなど、山地なら、果物、シイタケなど、人々を魅了する果物や植物等、農業の幅を広げる方法はいろいろある筈だ。新製品開発や向上意欲に乏しい農協などでは殆ど期待できないが、民間企業が本格的に進出すれば、外国の珍しい野菜や果物等を積極的に取り込んで栽培することは日常茶飯事だ。

いろいろ考えれば限度がないが、地産地消とかいって、農産物をそのまま販売すること以外に、更に加工度を高めて販売すれば、付加価値を倍増できるだろう。中学時代に私が希望した田布施農業高校に進学できなかったのは今だに心残りだが、逆に農業から離れていた岡目八目の効用もあり、農業は本当に巨大な潜在力に富む未来産業になり得ると信じている次第。






mh3944 at 09:43|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 政治