2011年08月

2011年08月23日

110825, 菅首相が辞める

菅首相がやっと辞めることになった。来週初めには次期首相が決まっていることだろう。これで身動きが出来なかった日本の政治も再び動き始める。あれほど国民から期待されて登場し、当初の支持率は70%にも達した菅首相だったが、ミスやポカを繰り返して遂に歴代最低の支持率15%に迄落ち込み、国民から完全に見放されてしまった。

当初私は菅首相の一貫した反小沢、反官僚主義に共感していた。超短命内閣を繰り返して世界の嘲笑を買っていた日本だが、菅首相なら持ち直せるとも思ったが、見事に裏切られてしまった。  

辞める覚悟を決めた菅首相に記者団から、一番の思い出は何ですか?と聞かれ、原発事故が勃発した時、東電が、もう原発を制御できないので現場から全社員を引き揚げる、言ってきたのに激怒し、絶対に現場を離れるな!と怒鳴りつけて残留させ、原発の暴発を防いだことだと答えていた。 もちろん非常に重要なことで日本を救ったのだが、それは日本を守る首相として当然のことだ。私なら、東日本大震災で、多数の国民を悲嘆のドン底に陥れてしまったことが悲しいと付け加えるだろう。首相として国民の
苦しみを忘れていないことにも言及してほしかった。

また世紀の大ドロボウの小沢一郎議員を、遂に活動禁止処分にまで追い込んだことは素直に評価できる。ヤワラちゃんの他、小沢議員に群がる多数のバカ議員共の数に恐れずに、毅然として立ち向かったことは評価する。
しかし、今思い出しても残念なことがある。中国の胡錦濤主席が初めて来日し、菅首相に挨拶した時、相手をじっとみつめる胡錦濤主席に対して、菅首相は目を伏したまま、挨拶文を読み上げるだけだったのには、本当に落胆した。極めて微妙な関係にある中国の国家主席との短い社交辞令の交換であり、形式的に挨拶するだけなのに、菅首相は日本国民の代表だという立場を忘れて、殆ど顔を上げることができなったのだ。これには日本国民は、呆れ果てモノが言えなかったと思う。胡錦濤も、やはり日本人民は張り子のトラで臆病者だと思ったに違いない。いくら外交に不慣れでも、こんな惨めな首相を私はみたことが無い。ああこれでは菅首相は終りだ、と私が確信した出来事だった。

市民活動家の菅首相の真骨頂は、反官僚精神にあるのは立派なことだが、首相になってからも、反官僚精神を徹底し、日本の政治を全く動かなくしてしまった。この激動の時代に1年間に渡り日本の政治を眠らせたのは重罪である。如何に菅首相が頑張っても、複雑な日本の政治は官僚が担っており、彼らを抜きにしては、何事もできない筈だ。厚生大臣として役人が隠し続けたエイズの秘密を突き止めた単純な事件とは訳が違うのを菅首相は理解していなかった。

在任中に起きた原発事故は不幸であったが、菅首相はいとも簡単に脱原発を公言してしたが、その影響の大きさを考えることが出来なかった。8/21の読売新聞の世論調査によると、脱原発を支持する日本国民はたった11%で、残り74%は原発は徐々に減らすべきだと考えているとわかったが、菅首相は如何にも軽率に脱原発にジャンプしてしまった。その方が見栄えすると思ったに違いないが、首相としての発言の重さを計算に入れていなかったのだ。日本から原発を輸入しよう計画していたトルコ、ベトナム、インドネシアなどの諸外国の首脳は驚いた、そして日本以外の国から輸入することも検討し始めてしまったのだ。

日本国民の3人に2人が、現実問題として脱原発は不可能なことを知っており、菅首相も知らない訳はないのだが、自分の立場を忘れて、格好良さの魅惑に負け、いとも簡単に脱原発を口走ってしまったのだ。鳩山前首相が国連総会で1995年比25%削減しますと、大見栄を切ったのと全く同じだ。

次期首相は、前原さんか、海江田さんか分からないが、誰が首相になっても、世界で一番信頼されている日本国民1億2千万人の代表だということは絶対に忘れないで欲しい。


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2011年08月19日

110819, 朝のラッシュアワー


先日、中央線沿線の得意先を訪問した。アポ時間より早かったので、最寄駅のロータリーに腰掛けて、朝のラッシュ時の通勤者を観察しながら時間待ちした。首都圏郊外の大きなターミナル駅で、モノレール乗換もあり、殆どの男性や女性通勤者は足早に職場に急いでいる。なんだか自分の姿をみているような錯覚を覚えた。この暑さだからネクタイ姿は殆ど見かけなかったが、やはりスーツを着込んだ男性は何人かいた。彼らも暑いのだろうが、頭の切り替えが伴わず、スーツを脱ぐ勇気がないのだろうか。
  
やはり女性の方が多彩で面白い。百点満点の素晴らしいOLは流石に少なく、容姿端麗、素敵な髪型、理知的な顔付、センスある着こなし、若さ、格好いい歩き方など注文付ければキリがないが、全て揃ったOLは本当に少なく10人に1人ぐらいだが、彼女たちは殆どベタ靴だ。ハイヒール姿のOLもいるが、素敵に闊歩する女性は少なく、腰の曲がった姿勢が多い。 ハイヒールを履くと身丈はかなり高くなるだろうが、腰が引けて見っともなくなり易い。背筋をピンと伸ばして歩くと素敵だが、靴に気をとられて、歩行にまではなかなか気が回らないのだろう。 ハイヒールは不安定だが、低ヒ-ルは歩き易く自然に元気よく闊歩できるのだろう。

男性の方がやや多いが、髪の白い中年男性が憂い顔で何人も通り過ぎていく。多分業務部長か営業部長だろうが、昔からニッパチという2月と8月は売り上げが悪く、どうしようかと悩んでいるのだろうか。時々長身の若い男性がさっそうと通り過ぎる。彼らは責任も軽く、フレッシュで体力がありは、年取った我が身には羨ましく思える。平均的な日本人の私も身長は低く、更に古稀も過ぎた高齢だから、これ以上男性批評を続けると、天に向かってツバを吐くことになるので男性談義は止める。

背の低い女性も結構多い。美しさは見る人により評価は違うが、背丈だけは誰がみても低い人は低い。恐らく自分の背丈に悩んでいる女性は多いだろうが、これだけは神様の菜配で、自分の努力では如何ともし難い。

日本人と違い、欧米人種は背丈が高く、格好が良いのは本当に羨ましい。先日の女子W杯サッカーでは、米国ワンバック選手(181cm)のようにジャンプもせずにコ-ナ-キックをヘッデングで叩き込むが、日本ではゴ-ルキパー海掘が170cm, 熊谷が171cmと最高で、他は殆ど160cm台、澤が164cm, 2ゴ-ル4アシストと大活躍の宮間は157cm、ドイツ戦で 奇蹟的な決勝ゴールを蹴り込んだ丸山も163cmとかなり見劣りするが、彼女達は驚異的な大活躍で世界を驚嘆させた。やはり外観がダメなら実績で示す以外に方法はないが、会社務めのOLにはなかなか難しいことだ。    

スポーツバッグを肩にかけて、モノレール駅に走る高校生らしい集団もいた。この暑さにご苦労さんで、何処かで練習試合でもあるのだろう。青春はだれもが通ってきた道だが、若さはやはり最大の魅力で羨ましい。 
                          
学生らしき若い男女が手を携えて歩いて行く。朝から何処へ行くのか知らないが、若い時こそ真剣に勉強し充電しておくべき時期なのに、この種の享楽学生は、その内に内定がもらえないと騒ぎ出すことだろう。確かに新卒で仕事がないのは哀れだが、学卒の看板獲得だけが目的の学生は、内定が取れなくても当然で自業自得だと思う。特に文科系学生は、入学すると受験戦争から解放されて1-2年間は遊びまくり、殆ど勉強しないまま3年になって慌てて就職活動を始めるが、からっぽ頭では、会社側には全く魅力がない。理科系の私などは要領の悪さも加わり、アルバイトする余裕は全く無く、受験時代と殆ど変わらない緊張と多忙さで、勉学や実験に追いまくられた大学4年間であった。

人間は本来怠け者だから、イギリス等ヨーロッパ諸国のように、青年時代から手厚い社会保障を受けると、若者は怠惰な生活から立ち上がる必要がなく、益々落ち込んでしまい、一生涯、社会のバラストになってしまう。そして何らかの機会に、溢れる体力とと満たされない不満を爆発させて暴動を起こすのだ。

確かに努力しても運に恵まれず、路上生活に落ち込む不幸な人達は、国民の税金で再チャレンジの機会を与えることも必要だが、自分の怠慢で社会の底辺に落ち込む連中迄は救う必要は無いと思う。彼らは(米国のように)自分が選んだ下流社会を、勝手に歩み続ければいいのだ。  
            
通行人のど真ん中に立ち塞がり、ビラ配りをする若い女性が2人いた。彼女達も自由奔放な生活を選んだ人種だろうが、まだ若く湧き出る元気もある。お願いしまーす!と叫びながらチラシを差し出すが、殆どのサラリ-マンやOLは見向きもしない。通行人はチラシを受け取る気分になれないのだ。どんなチラシか私が手を出すと嬉しそうに、有難うございます! と言いながら渡してくれた。一枚でも減ればノルマ達成に近づくのだ。チラシはこのターミナル駅周辺のレストランや食堂の案内広告だった。
              
ユーザーを訪問して帰り際にも、まだアルバイト達はチラシを配っていた。ラッシュを過ぎると、通行人は様変わりして中年女性が多く、チラシを受け取る人も多い。やはりこの種の宣伝は、通行人に心の余裕がないと受け取ってくれないのだ。 この手のバイトは時給も悪くなく@1,000円くらいは出るらしいが、メンツを投げ捨てて叫び続け、時々傍においたペットボトルで枯れた声を潤しながら続けていたが、人生修業にもなりそうな厳しい仕事だと思った。


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2011年08月16日

110815,テレビコマーシャル


外は猛烈に暑いので、休日はテレビをみながら過ごすことが多い。テレビが無い時代の閑人は、どう過ごしたのだろうかと無趣味な私は思う。
最近のテレビには面白い番組が無くなったというが、民放は相変わらずバカ騒ぎを放送し続けているので、私はNHKをよく見る。  
まずNHKはコマーシャルが無いのがいい。民放はClimaxになると必ずCMを入れる。トイレから帰ってきてもまだCMが続いている。CM制作者は知恵を絞り、スポンサーも高い対価を払っているのだろうが、記憶に残るCMは本当に少ない。視聴者は義務も責任もなく漫然と見ているから、殆ど頭に残らない。スポンサーは大損しているのではないかと思う。もっと回数は減らしても、ゆっくりと内容を丁寧に伝え、スポンサー名や商品名ぐらいは記憶の残るCMにならないのだろうか?

例えばドスの効いた秋田犬がひとことモノ言うCMはなかなかの秀作で、内容も適宜変わるので感心しながら見ている。今まで百回以上は見たと思う。しかし何の広告なのか、スポンサーは誰なのか、全く頭に残っていないのはスポンサーに申し訳ない気持にもなる。
多くのCMには、立派なストーリーがあるのだろうが、熱心に見るのは広告主だけで、視聴者は殆ど漫然と見ているから、内容が複雑過ぎるものは特にだめで、10-20秒の短時間では高尚な理屈はとても頭に入らない。やはり自分の意思で見る新聞や本と違ってテレビのCMは、押しつけだから、内容が簡単でないと効果は少ないと思う。

短い時間でも分かるCMもある。例えばKure-556、錆ついて回らないボルトに556を吹きつけると、直ちになめらかに動き始めるからすぐわかる。永谷園のお茶漬なども、内容が単純だから分かる。

変わった例でいえば多目的ノコギリのマジックソーが面白い、沢山のクギを打ちつけた木材を、次々と手ノコで切断するのは痛快で、もし本当なら凄いと思う。早回しなど見栄えも工夫しているだろうが、それにしても柱と釘を見事に切断するのには目を見張る。近いうちに買ってみたいが、個数に制限あり、直ぐに電話でお申し込みを!と毎回言われると少しインチキ臭もある。

プレバブは広範な技術の集大成だから宣伝も難しいが、セキスイハウスのCMは結構いける。母親にキスする赤ん坊の弾ける笑顔も素敵で温かい家庭を連想させる。総合デベロッパーの東急不動産は、犬や蛙も人様と共生していますと顔を出すのもなかなかいい。どちらも単独の技術比較ではなく、トータル的な情緒に訴えているが、住宅とか土地開発などはそういうものなのだろう。

自働車保険はその特徴を説明するとかなり複雑で理屈っぽくなる。チュ-リッヒ スーパー自働車保険は、顧客満足度No.1を取り上げて、盛んにPRするがやや説明不足。通販のアクザダイレクトは説明型で、主要4-5項目を単純明快に説明しているので結構分かり易い。若者や高齢者は保険会社にとって危険ゾーンらしいが、どこの保険会社もその扱いに触れていないのは残念だ。

しかしテレビCMの中には明らかにインチキ臭いCMも多い。その代表例が頭髪の育毛剤だ。従来は多くの商品が盛んに宣伝されていたが、2年前から様変わりした。学会で実際に育毛効果が科学的に証明されたのはミノキシジルだけと発表された途端、名前の売れた多くのインチキ育毛剤がテレビから姿を消した。ミノキシジルも濃度2%では薄過ぎて効果ナシと宣告されて、あれほど大々的に宣伝していたリアップは、突然濃度を5%に変更する大慌てぶりだった。化粧品とはこの程度のものなのだろうか。
               
別の例では,アートネイチャのMRPがある。かなり禿げた中年アタマに毛を次々と巻きつけて見る間に黒々とした頭髪に変える実演は、内容的には分かり易いが、考えてみるとクシをかけて整髪する時、巻きつけた結び目が引っかかって元毛が抜けるのではないか、と心配だ。インチキ臭い製品だが、CMは単純明快なので、薄いアタマに悩んでいる中年は真剣に考えるかも知れないが。

コラーゲンなどの人体に重要なタンパクを含む錠剤を食べると健康によいというCMも色々あるが、これもインチキ臭い。胃に入ると強力な消化液でたちまち分解さてしまう筈だが、視聴者には如何にもコラーゲンがそのまま体の隅々に直行して、肉体を補強しそうな錯覚を与える。 コラーゲンとかコンドロイチン等がそのまま体に吸収されることはあり得ず、必ず胃液でズタズタに分解されるから、錠剤よりも元の美味しい料理を食べたほうがいいに決まっている。ある医者に聞いたら、私は食べる錠剤など信用しません、と笑い飛ばされた。

青汁三味の広告も同様でインチキくさい。ゴーヤとかケール、大麦青葉の3種類の野菜を乾燥して粉砕した袋入り粉末で、水に溶かして飲むものだ。大量のキャベツや何かが60袋には入っているという。乾燥して粉砕すると栄養価は激変して、殆どゼロになるだろう。それよりも元のキャベツなどの野菜を料理して食べるのが安くて美味しいに決まっていると思うのだが。

イチローが出る、NTT-東日本の光フレッツ接続サービスが月間2,940円で契約できますというCMには、私も見事にひっかかってしまった。広告の内容は間違いないが、契約を申し込むと、直ぐにNTTの契約担当の女性から電話がかかり、本当に大丈夫ですか?と繰り返し質問され、6,500円程度の高額契約に変えるよう長々と説得された。良く聞くと2,940円はInternetの月間使用時間が、たった30分の契約だそうで、多くの人には殆どあり得ない短時間だそうだ。2,940円と言う安い料金に惹かれて申し込んだが、繰り返し説得されて、結局私はキャンセルした。インチキではないかも知れないが、やはりダマされたような気分だ。
   
歌手の永川きよしが、魚船の甲板でお酒の箱を振りまわしてPRするお酒は、誰が見ても空箱だと分かる程、軽々と振りまわすので、何だかバカにされた気分だ、何故本物の重量感ある酒箱を使わないのだろうか?赤い箱のお酒でブランドは覚えていないが、重量感ある本ものを使ったCMのほうが訴求力があると思うのだが。しかし、サッカーは45分間CMが全く入らないので、スポンサーには難敵だろいうが、視聴者は大歓迎だ。 近年はInternetで性能やデザインをいくらでも確認できるので、安易なテレビCMばかり続けると、その将来は自滅の道を辿ることになるのではないだろうか。 


mh3944 at 08:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2011年08月08日

110808,やらせ公聴会

玄海原発の公聴会で、九州電力が動員をかけ、事前に想定問答集まで配布していたことが発覚し騒ぎになっている。話が佐賀県知事の提案にまで遡り始め、更に経済産業省まで加わっているのではないかと疑心を呼んでいる。確かに、九電が想定問答集まで作成するのはやり過ぎで、公聴会の意味がなくなってしまう。事情の差こそあれ、原発を抱える他の電力会社はみんな同様の事前工作を行っていたことが判明して、問題の根の深さを示している。

しかし、一般に公聴会や春闘大会等を開催する時、主催者側は議論が暴走せず、結論が妥当な方向に落ち着くよう務めるのは常であり、例えば支払い能力も無い会社に大幅なBase-upやボーナスを要求すると困るので、執行部は妥当な金額に収斂させようと努力するのは当然だろう。 
      
私の住む住宅街でも水害防止の築堤工事が進行中で、その経過説明会が毎年行われる。住民の多くはリタイアー組で、近い会場には、毎回多数が参加するが、いつも過激な発言をするのは築堤反対の少数意見者だ。他人への迷惑も考えず、被害者意識を爆発させて会議をかき回すので、彼らの独演会にならないように、司会者は毎回苦労している。

今回の原発再稼働に関する公聴会では、電力会社側は、声高く叫ぶ反対論にかき回されず、出来るだけ妥当な結論に導こうとしたのであろう。
表面には出ないが、反対派側は、秘密裏に事前打ち合せを繰り返しているには容易に想像され、簡単にはシッポは捕まれないように工作しながら、原発を止める方向に議論を導くから、電力会社側も対抗策を工夫するのは当然だが、一般市民の多数派の妥当な結論はどの辺なのか甚だ難しく、立場によってもその判断が異なるだろう。

原発を抱える地元住民も、職のない時代に身近で安定した職場が確保出来、地元に落される膨大な交付金も非常に有難いが、福島のような大事件を起こされては大変だと言うジレンマに思い悩んでいる筈だ。

今回はテーマが原発という超難問で、国民の平均的な意見はどの辺かは議論も分かれ、菅首相さえ自分の責任は忘れてパーフォマンス するぐらいだが、8/1の日経新聞の世論調査から、凡その多数派の平均的な意見が分かってくる。

即ち、定期検査を終えた原発の再稼働は認めるべきという意見53%で、 原発の再稼働
は認めない意見38%をかなり引き離している。 また中長期的な方向としては、原発は減らす方向が50%と大勢であり、現状維持派24%, は全廃派21%と互角で、大きく引き離されている。私も納得できる結論だと思う。 このような意見と分かっていれば電力会社側も強いて事前工作に苦労する必要はない筈だが、反対派のかく乱工作は巧妙で、口達者な少数意見にかき回されて、公聴会が暴走するのを恐れるのだろう。
              
同様な問題は、成田空港問題にもあり、反対派が30年以上の長年に渡って空港反対の大騒動を繰り広げた結果、制約だらけの国際空港になり、羽田空港に国際空港の地位を奪われ始めた。成田住民は途方に暮れているが、地元に無関係な多くの過激派は既に離反して、全く知らん顔だ。

基地問題も殆ど同じ構図だ。沖縄の普天間基地がその典型で、普天間の地元住民は騒音や危険性を何とか減じて欲しいと願うのは切実だ。その対策として政府が打ち出した、人口が少ない名護市辺野古の海岸に昂真軍蠢路を建設して普天間を移転する計画には、今度は別の住民が猛反対するという構図になっている。その裏には過激派が巧妙に動き回っていることは容易に想像できるが、なかなかシッポは掴めない。そして10年以上の長年月に渡って大騒動を繰り広げた挙句、結果的には、普天間基地は動かないという、元の木阿弥に終ってしまっているのが現状だ。

基地反対派は、辺野古の新滑走路建設を阻止したという達成感に満足で、
躍進著しい中国軍に沖縄周辺の制空権を奪われても痛くも痒くも無いのだろうが、普天間基地の地元住民の苦痛は変わらず、更に日本を防衛するという観点からは非常に困った成り行きである。

だいたい国の存亡にかかわる基地建設や防衛問題を、関係する地元住民に拒否権を与える現行の法体系はおかしい。やはり治安とか国防問題という国の存亡に拘わる重大問題は、一地方の住民の意志で決定されるべきでなく、国民全体がその責任を持つべきだと私は常々思っているのだが。  




mh3944 at 08:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治 

2011年08月01日

110801, 原発依存か脱原発か 

いま原発継続か、自然エネルギーへの転換かの議論が激しい。言い放しで責任がない一般の市民活動家は格好よく脱原発を声高く主張している。菅首相もまだ昔の自由無責任な市民活動から抜け切れず、如何にも簡単に脱原発にカジを切り始めた。
  
確かに今回の東電の原発事故は世界を恐怖に落とし入れた。福島原発は10m高さの津波対策しか考えず、13mの第一波を食らって、地下室に設置した緊急発電装置が全て水没して制御不能に陥り、世界が恐怖した連鎖反応が始まった。お隣り宮城県女川の東北電力女川原発は15mの津波対策をとっていたので、致命的な被害を被ることなく切り抜けることができた。東電は13mの大津波を想定外だったと言い訳するには、無責任さを隠す言い逃れに過ぎないことは女川の15m津波対策が証明している。多分東電上層部は圧倒的に事務系が主流を占めて、技術系の意見は通らなかったのだろう。

更に同じ東電の事務系内部でも、通産省と関係深い企画畑と、政治家と結びつく総務畑が社内で主導権を争っているという。人間扱いされない技術系の主張は無視され続け、そのツケが今回の会社の存続基盤まで失った大事件に発展したのである。
 
原発はその放射性廃棄物の処理が難問であるのは紛れもない事実だ。聞くところによると、高レベル放射能廃棄物は10万年もの間、安全に保管して放射能の減衰を待つ必要があるという。10万年という時間の単位は分かり難いが、例の東北のニセ考古学者藤村先生のインチキ石器発見も、遡った年月はやっと数万年の単位だった。人類の歴史でいえば、今から10万年前は現代人ホモサピエンスの祖先と言われるネアンデルタール人が生きていた時代であり、気が遠くなるような長い年月なのだ。これから将来もそんなに長い年月に渡って放射性廃棄物を安全に保管し続けることは果たして可能なのだろうかと思うと、誰でも不安を覚えるのは事実である。

問題のセシュームは物理学的半減期は30年だが、その性質は食塩の塩化ナトリュムと似て、人が食しても大半は30日程度で排泄されてしまうという生物学的な半減期でもあるという。従って人は放射線の強弱に余りにも神経質になり過ぎていると主張する学者もいる。しかし議論は別としても放射線が人間に危険であることは間違いなく、チェルノブイリ事故では、多くの大人が白血病を発病し、子供は甲状腺ガンを発生している事実がある。 

仮に原発よさようなら!を唱える場合、代替エネルギー源をどこに求めるかを明らかにする責任がある。化石燃料を燃やし続けると地球温暖化という異常気象を生じることは事実で、更に異常気象を克服できたとしても石油は精々40-50年、石炭でも100-150年程度の埋蔵量だからいずれ限界は見えている。 代替エネルギーを説明せずに、脱原発だけを声高く唱えるのはインチキ極まりない話である。

大体、日本には石油も石炭もなく、化石エネルギー源は全て輸入で、中近東、インドネシア、オーストラリ、アメリカ、ロシア、など諸外国から手当てしている。しかしエネルギー源を全て外国に頼るのは恐ろしく危険であることは、ロシアから天然ガスの供給を止められたウクライナや、中国からレアメタルを止められた日本のように、生命与奪の権利を奪われるのは事実である。第二次世界大戦も、日本がアジアに石炭石油を求めたことが原因であり、日本は自前のエネルギー源を持たないと生きて行けない国なのだ。この意味から脱原発を声高に叫ぶが、代替エネルギー対策には口を閉ざす連中は、無責任な口先だけの連中だと思って間違いない。

自然再生可能エネルギーは言う簡単だが、現実には色々な問題をかかえている。例えば太陽光発電は、そのコストが高く効率も10%足らず、しかも快晴の少ない日本ではどこまで頼れるか甚だ心もとない。米国やブラジルで盛んなバイオ燃料は愚の骨頂であり、アフリカで数億人が食料不足で餓死寸前にあるにも拘わらず、貴重なトウモロコシを発酵させてエタノールを作りそれを燃やすのだ。正しく罰当たりエネルギーで、米国政府とブラジル政府は、その規制と中止を早急に指導する責任がある。  
                     
比較して風力発電は設備費用が高くなく、その電力コストも安価だというがこれも色々問題がある。風力発電が盛んなヨーロッパでは海上設置が盛んだが、遠浅の少ない日本では海上の風力発電は適地が少なく、陸地は周辺の住民が低周波音による環境妨害を騒ぐので、人里離れた山奥に適地を探すことになる。更に風力発電の特徴は、雇用面での効果が極めて少なく、例えば15基の風力発電装置はたった数人の監視員が見回るだけでOKという超省力な発電装置でもあり、この点からお金と雇用の欲しい地元自治体は歓迎しないシロモノである。                    
こんな悩みは無関係と、お隣り中国や韓国は、原発問題で苦しむ日本を抜き去るチャンスとばかりに原発を増設中で、日本は国際競争力を失ってしまう危機にある。脱原発を政府方針と決定したドイツでも、産業界から国際競争力を喪失すると猛反発が起こっているという。

更に問題なのは、中国,韓国ともに日本の風上に位置し、一旦原発事故が起こると強烈な放射能が風下の日本全国を襲うのは確実で、笑って済ませる黄砂とは違って深刻な事態に陥り、我が国は脱原発ですと清んだ顔で居られる筈がないのだ。

国民の支持率挽回を最優先する菅首相は、簡単に脱原発を唱え始めたが、現実問題として日本から原発が無くなると、その影響はボディーブローのように効き始め、産業の国際競争力は失われて企業は海外に走り、その結果、雇用機会が更に減り、最終的には日本の国力まで衰退してしまう。フランスなど観光が巨大産業のヨーロッパ諸国とは異なり、日本はやはり製造業で生き延びる以外に道はないのだから、現在主力の原発を簡単に停止することは不可能であり、結局年月をかけて再生可能な自然エネルギーに徐々に移行する道を探る以外にない筈だ。  

各方法による電力コストの比較は複雑だが、おおざっぱに言って太陽光発電が35-40円、風力10-15円、水力10円、石油10円 LNG 7円、石炭5-6円、原発は5円程度だという 特に風力が盛んなヨーロッパでは、デンマークは風力発電を10円程度で買い取る制度があり、全発電量の25%が既に風力に置き換わり、ヨーロッパ平均でも風力は全発電量の5%を超えているが、日本はコンマ以下の0.3%で、まだまだ殆ど未開発の分野なのだ。

先日テレビでみた九州大学が開発中の風力発電は、風車の形状を工夫することにより、後方に乱気流層を作り出して気圧差を拡大して、発電効率をあげる方式だという。小型試験機の結果では既に2―3倍の発電量を生み出す成果を得ており、次は海上実験に移行中だという。もし事実ならば風力発電の原価を一気に原子力のレベルにまで下げるので大きな期待が持て、自然再生エネルギー発電にBreak-Throughが出来るかも知れない。

それにしても原理は同じ筈なのは、風力発電装置の羽根は細長く刃のようにシャープだが、家庭の扇風機はクローバの葉のように丸形だ。どちらも大きな効率を目指している筈なのに、どうしてこんなに形状が違うのか、誰か教えて頂けませんか?  




mh3944 at 08:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治