2011年10月

2011年10月31日

111031,ギリシャは怠け者か

ユーロ圏がもめ続けている。その影響で、大金ではないが私の株式も値下がりを続け気分が減入っている。被害届けを出したいくらいだ。 大体、ギリシャに端を発し、イタリア、スペインなどのラテン諸国の殆どの国は財政状態が悪く、大きな借金(国債)を抱えているという。日本も彼らの悪口を言えた義理ではなく、ラテン諸国合計の2倍以上の1000兆円の国債残をもっているが、不幸中の幸い、殆どは日本国内の銀行や国民等であり、貸し倒れになっても外国から悪口をいわれる筋合はない。

しかしギリシャ国債の持主は、ドイツが30%, フランスが25%, 米国10%、日本も数%と、殆ど外国人が持ち主なので大問題になった。返済できない借金は、結局貸主が負担せざるを得ず、ドイツ国民は怠け者ラテン諸国の赤字を負担させられることにカンカンに怒っているという。

私もヨーロッパ諸国に友人が何人もいるが確かに国により人柄が大いに異なる。ドイツ人は堅苦しくてなかなか親しくなれないが、イタリア、スペイン、ギリシャ等の友人は体格も日本人並みで直ぐに打ち解ける。南欧諸国には、朝の出勤、昼休みの帰宅、午後の出勤、そして夕方の帰宅と、1日に4回のラッシュアワーがあり、子供は昼休みシェスタ時に作るのだと笑いながら話す。今日ではどの程度事実か分からないが当方も大笑いして応じる。しかしラテン諸国に大金を貸し付けている勤勉なドイツ国民には笑って聞き流せる話ではない。 

ギリシャ国民がテレビで釈明していたが、世界は自分達を怠け者だと思っているのは大変な誤解であり、自分達も一生懸命に努力していることを知って欲しいと訴えていた。 本当だろうか?それは現在の日本にも通じることで、年収400万円の日本人が年間900万円の生活を続けているのと同じことだ、自分の怠惰さに気が付かないだけではないだろうか。

例えば1)ギリシャでは国民の30%にも達するという国家公務員の数の多さが問題になっている。日本では10%にも達しないかと思うが30%は確かに多すぎる。しかし日本だって公務員に就職するのは若者の夢であり、小泉内閣がやっと成功した25万人の郵政職員の民間移管だって、あのバカ亀井静香 国民新党は再び国家公務員に戻そうと懸命に叫び続けている。我々もギリシャ人を簡単に笑い飛ばせるほど立派ではないだろう。

同じく2)ギリシャでは公務員の賃金を一律25%引き下げる政府提案に、国民が猛反対しているが、日本だって同じことだ。近年の不況で激減した民間給与のレベルに合わせるべく、国家公務員の給与を8%下げると政府が提案したら、人事院は憲法違反論まで持ち出して猛反対、申し訳程度の0.2%ダウンに納めるよう主張している。人事院も公務員だから、自分達の給料が下がるのには、ヘ理屈をつけてでも避けたいのだろうが如何にも幼稚だ。同様に派遣社員なら仕事が無くなると契約が満了するのは日本では当然だが、ギリシャでは 3)公務員の30%を一時帰郷させる政府案に猛反発している。仕事はなくても出勤して給料だけは寄こせということらしい。

更に、 4)高額な年金受給者の支給額カット案も、優雅に遊んでいる年金受給者が猛反対しているが、日本も人ごとではない。私の住む住宅街は殆どが年金受給者で、多くは如何にその日の時間を潰すか苦労しながら暮らしている。彼らに中には、豊かな国際経験とか、有能な経理能力、優秀な機械技師など、多方面の豊富な知識と経験をもつ人もおり、何より健康で元気な人が多い。還暦過ぎると直ぐに職場から追い出す日本の慣行は止めて、定年を更に大幅に延長すべきだろう。勿論、彼らの職制や権限、給与等は下げて当然だが、彼らの知識と経験を有効に使わないのは、如何にも勿体ない人的資源の浪費だ。何よりも彼らの長い余生に生き甲斐を与えると思う。政府は低額なコストで自力でも能力を生かすことができる諸便宜も充実すべきだろう。   
        
5)所得税の課税免除ラインの引き下げもギリシャでは猛反発を食らっているそうだが、聞く処によるとギリシャ、イタリアなどラテン諸国は3割は裏経済で脱税が盛んだと聞く。日本では脱税がバレると厳罰を食らうが、  
それでも変なことが多い。例えば懸命に働いて最低賃金の月額10万円程度を稼ぐよりも、怠けて月額13万円の生活保護給付を申請して、楽な生活を選ぶ労働者もいると聞く。現実にハローワークで仕事を探すより、生活保護を受ける方を選ぶ若者が増えているという。まさか就職する代わりに一生涯, 生活保護を受けて暮らすつもりだろうか? 生活保護の受給条件を更に厳格にし、代わりに若い人がもっと自由に働き易いように配慮すべきだろう。例えば子持ちの若い夫婦がもっと気軽に働けるように保育制度等の更なる充実も図ってほしい。

兎に角、借りたお金が返せないのだから、誰かが貸し倒れに泣く以外に解決策はない。ギリシャの30兆円の国債は50%減免により、ドイツ等の諸国が半分を負担することになりそうだが、勤勉なドイツ人にはやりきれない思いだろう。ラテン人が生活態度を改めることが困難なのは、カエルをぬるま湯に入れて徐々に熱をかけると、カエルはやけどするまで気付かないのと似ている。勝手ばかり言い続ける我々日本人も全く同じことだ。早く日本の財政を立て直して、子供や孫に借金を押しつける現在の生活から脱皮しないとギリシャの二の舞いになり、本当に我々の株券が紙クズになってしまう。先ずは偉そうな発言ばかり繰り返して何しない国会議員の定数削減から始めてはどうだろう。彼らの中にはギリシャ人以上に隠れ怠け者が潜んでいると思う。衆参両院で720名以上の陣笠連中のなかには国家財政への寄生虫に近い悪質な連中もおり、半分の350名に減らせば多分1000億円以上は節減できるだろう。議員一人を減らせば年俸1500万円の高給秘書を何人も同時の整理できるのだから。











mh3944 at 08:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治 

2011年10月25日

111025,恐ろしい映像

先週テレビで恐ろしいシーンを見た。 中国の四川省だといっていたが、昼間の出来事で、車道に歩き出した幼女を徐行してきた車がひき倒してそのまま逃げたのだ。これならどこでも起こり得る事件だが問題はその後。通りかかった通行人が、轢き倒されて路上で呻く幼児を横目に見ながら素知らぬ顔で通り過ぎて行くのだ。一人だけではなく次々とやってくる通行人が、悶える幼女を見ながら知らん顔だ。次に来た小型車は再び幼児の足辺りを轢いて過ぎ去った。更に続く車は幼児を避けて徐行しながら通り過ぎる。人も車も全く知らん顔だ。やらせではなく防犯カメラに映っていた現実の映像なのにはあっけにとられた。とても人間社会の出来事とは思えない残忍な事故だった。  

暫くしてやっと、ごみ収集業の中年女性が幼児を抱きかかえて道路の端に移し、防犯カメラの視界から消えた。高速道路ではなく、通行人と車が混じり合いながら行き交う狭い道路で、傍らに設置されている防犯カメラに写っていた画像だという。ナレーションでは、幼児は現場の近くに住む母親が、少し目を離したすきに、ヨチヨチと道路に歩き出て事故に遭い、愛児を引き殺されて半狂乱になった母親も写していた。警察もやってきたが、ひき逃げ犯からは母親に連絡があり示談したいと申し出たという。報道関係が素知らぬ顔で通り過ぎた通行人の何人かに聞くと、全員が私は気付かなかったと言い訳していた。

夜間なら兎も角、白昼の日本ではあり得ない話だが、中国で本当に起きた事故の一部始終を防犯カメラが克明に記録していた。どういうことなのだろうか。それほど中国では人々の心が荒んでいるのだろうか?日本では犬か猫の死体が路上に放置されているのなら、多くの通行人は顔を背けるか知らん顔で行き過ぎるだろう。車は避けながら通り過ぎ、暫く経って警察が来てその死体を排除するという流れだ。しかし今回は人間で、しかも瀕死の幼児が狭い通路のど真ん中で呻いているのだ。多分世界の何処の国民でも直ぐに警察に通報し、通りかかった人はクルマを止めて助け出そうとするだろうが四川省では違っていた。同じく素知らぬ顔で通した隣のオヤジは、では君なら本当に助けるというのか?と記者に向かって反論した。 もう本当に確信犯だ。

何故、そこまで中国人は冷酷になったのだろうか?これは四川省だけの特別な出来事だと言えるのだろうか。テレビの解説によると、似たような事件で路上に倒れていた老女を助け出した人が、犯人扱いされて賠償金を請求された事件があったから、市民もうかつに手出しするのを躊躇しているのではないかとも解説していた。本当だろうか。善意の第三者が犯人扱いされる例は日本でもあり得るが、だからといって、人通りの多い路上で瀕死に喘ぐ幼児を見たら誰だって救い出そうとするだろう、私なら絶対にそうする。先日JR新大久保駅で線路に落ちた日本人を助けて犠牲になった韓国人青年ほどの超立派な勇者は少ないかもしれないが、一般道路なら普通の通行人は誰でも助けようとする筈だ。

何とも理解に苦しむ事件だが、これが現実の心理状態だとすると、そこまで中国人は人間味を失って冷酷になってしまったのだろうか? いやそんな筈はある訳がない。古代からあれほどの偉人を輩出した中国なのだ。私の常識を超えるテレビ画面を見て、私はまだ理解できず苦しんでいる次第。 

半世紀前の昭和30年代初頭、日本に車が増え始めて交通事故が起こり始めた時代のこと、私の記憶では、交通事故で人を死亡させると賠償金が2-3百万円の時に、米国では人を死亡させると1億円以上の賠償金を請求されると聞き、同じ命の価値の差に驚いた覚えがある。善意に考えれば或いは中国四川省では、昭和30年代の燃える日本に近い状態なのかとも思えなくもない。余りにも人間性に欠ける今回の事故は、経済成長に沸き立つ中国の人々の心の荒廃ではなくて、何かの間違いであることを願っている次第。どなたかこの放映を見た方の感想をお聞きしたい。




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2011年10月22日

更新中


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111022,旧友達との再会

私が長い間社長を務めた米国系医薬品会社の元社員達と会った。15年振りだ。私が辞めた後、色々な事情があって会社は三菱に吸収され、社員達は各自の希望に従って四散した。ライバル同志の超大手商社さえ提携合併する時代だから、仕方ないことでもある。社員達は色々悩んだと思うが、最終的には、元親会社に戻ったり、三菱に移ったり、更にはライバル会社へと分散していった。何が正解であるかは、人生の終わる時にならないと誰も分からないのだが。

技術系社員の多くは、千葉市内で時折集まっていたらしいが、今回はもっと幅広く管理部門や営業部員にも声をかけて都心の八重洲を選んだのだという。私には本当に15年振りの再会だが、顔と名前は直ぐに分かった。50人近かった殆どの元社員に声をかけたが、集まったのはやはり技術系部門員が中心だった。半数を占めた女性社員は1人しか参加しなかった、やはり女性は結婚,子育て等人生の最多忙な時期で、飲み会どころではないのだろうか。或いは夢みた結婚生活に破れてとても顔を出せる心境ではない女性もいるようだ。              
同窓会はビュッフェ方式で参加者全員が動き回り、誰とでも自由に話せるのがベストだが、今回は着席会場で、向こう三軒両隣が主な談笑相手となりやや残念だった。しかし、流石超大手財閥に転籍したK君は高揚な意気が感じられたが、超エリート集団では自分は外様扱いにされているとのこと。有名企業はどこでも競争激甚で何でも理由さえあれば差別するのだろう。伝統の中堅曹達会社に転籍したK君は既に定年近くだと聞いたが昔の矜持を保っている。

出身親会社の研究所に戻った開発部門の責任者N君は 先月還暦を迎えたが、準役員待遇に昇格できたので更に4−5年は安泰だと嬉しそうな様子なのには、寂しく残念に思った。私が還暦を迎えた時、まだ元気一杯で、500万円以上はあったと思う失業保険も全く受給せず、自分の退職金で会社を設立したが、そのような意欲には無縁なようだった。

会社勤めを辞めて株式投資で生計をたてる豪傑もいた。確かにネット売買で手数料は極めて安くなったが、プロ投資家が相手ではなかなか楽ではなさそうだ。 開発部門で、明るく動き回っていたY君も、年月が経過して禿げ上がった頭頂以外には、変化の形跡は余り見えず、相変わらずはしゃいでいる。別の外資系医薬会社に転籍した若手PhDのO君は、現在医家向け営業のサポートをしていると聞いた。少し話してみると、やっと40代で元気いっぱい、出来れば将来独立したいのでアドバイスを欲しいと言っていた。

独立できるか否かは、何を業務とするかが最重要で、自分が分かる特殊なニッチ市場を選ぶことになるだろうが、続いて誰を仲間とするかが大切である。私は、第一号の社員となった横浜の安住さんに大変助けられた。この2つが固まれば、後はインターネット時代の効率的な経営方式を採用することになるが、これがまた難題で、誰にでも使えるインターネットは、誰にでも効率的に役立つ訳ではない。兎に角、企画段階で色々考えても、殆どが予定通りに進まないのが現実であり、粘り抜いて後は幸運の女神を呼び込めるかどうかであろう。

紅一点で参加した女性Tさんは、厚生省の承認申請を担当する薬剤師だが、わが社を退職して米国大手のJ社に9年間在籍し、更に今回別の米国医薬会社の部長職に転籍したという。有能な彼女だから、どこに移っても立派に食えるだろうが、独立して薬事代行会社を開いても多分大丈夫だろうと思う。

能力もやる気もなかった4-5名の営業社員は、別の物流子会社に回されていると聞いた。彼らは口先だけは一人前だが、意欲に欠け、年齢を重ねるに従って、益々厳しいが外風に晒され続けるだろうが、難題に立ち向かう意欲が無ければ、現在の社会では見捨てられる運命にある。

有能な部下であったT君は某大手医療会社の部長職に昇進しているが、業務多忙を理由で出席しなかった。いまさら旧友や元上司のご機嫌を取っても仕方ないと思ったのかも知れない。

気掛かりなのは、会社の重要部門であった営業からの参加者が僅だったことだ。私の社長在任中に営業部長を首謀者とする集団脱退事件が発生して大きな打撃を受け、その回復には数年間を要したが、不思議なことに営業部員の大半が脱落しても売上は全く影響されず、むしろ順調に伸び続けたのには、私自身が大変驚いた。逆に言えば、当社は機能的にユニ−クな製品が、その製品力で売れていただけであったのには本当に驚いた。極論すれば私の会社では人件費ばかり食う営業部員は不要で、殆どは技術サービス部員で間に合ったのだ。その証拠に平均的な性能を持つ商品は、その売り込みには全力を尽くしたが、殆どが失敗で成功した記憶がない。昔のご用聞き的な営業活動の人海戦術とは違って、人件費の高い今日では、如何に効率的な営業方式を作り上げるか、大きな問題だと思う。  



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2011年10月18日

111018 パソコントラブル

 
先日、会社のインターネットが突然通じなくなった。何が起こったのか見当もつかず、取り敢えず、ケーブルの接触不良を疑って、絡まったコードを抜いたり差し直したりしてみたが直らない。 さては以前あった友人宅のサーバーの電源を彼の子供がいじったのかと思い、電話で聞いてみたが、問題なかった。 さあ困った、こうなるともう手も足も出ない。 午前中考えて分からないまま昼食に出かけた。仕事をする上でPCは絶対に不可欠だから、何としても直す必要がある。もし機器が不良なら新品PCに買い換えることだって仕方ないと考え始めた。

しかし、はたと思い付いたことは、午前中に同じ建物内の別の会社がコピー機を最新式の大型機に入れ替えていたから、もしかしてその影響があるのではないだろうかと、恐る恐る聞いてみたが、工事をした電機屋さんに聞かないと分からないという。やっと電機屋に連絡がつき、状況を説明すると、御社には関係ないと思うが、一応、明日朝早く立寄ってみましょうとの返事だった。

寝苦しい一夜を過ごした翌日朝、若い2人の電気技師がやって来た。当方のPCを開いて、色々とKeyboardを打っていたが30分もすると見事にインターネットが通じ始めた。話を聞くと建物内で分岐して使っている光回線が影響していたそうだ。もう天にも登る嬉しさで、文句を言うのも忘れて深々とお礼を申し上げてしまった。

実は少し前にも似たようなトラブルがあった。下手な手つきでメールを打っていた私が、別のKeyに触ったらしく画面が突然消えてしまった。そしてPCリカバリー操作をするよう表示が出た。表示を見ながら何回もKey操作を繰り返したが、段々と迷宮入りして、遂に私の手には負えなくなってしまった。

秋葉原の知人に頼めば簡単に直るのは分かっていたが、彼は商売だから、出張費用込みで2万円は取られそうだ。さあどうしよう。近くに住むIBM-OBの友人に電話で助けを求めたが、あれこれ難しい訳ばかりで動いてくれそうに無い。 さあ本当に困った。インターネット無しでは全く仕事が出来ない時代になっているのだ。私の人柄が原因かも知れないが、Freeで助けて呉れる友人は誰も近くには居ない。 メールが通じないPCを前に、どうしたものかと深刻に考え込んでしまった。

暫く経って、はたと思い付いた。利根川越えの隣の町に住んでいる某大手電気会社を定年退職した友人に相談してみようと思い、電話で当方の困窮を伝えると、いま暇だからバイクで覗いてみましょう、20分で着くから、と本当に温かい返事だった。 そして古ぼけたバイクに乗ったジーパン姿の彼がやってきて、私のPCを再起動させて、次々と操作すると、画面の表示が動き始めた。そして10分足らで完全にメールが復旧した。もう嬉しくて嬉しくて本当に快哉を叫んでしまった。

お礼に何かを!というと、いいえ結構です、久し振りのドライブだからとの返事、そちらはドライブでも私には百万の援軍だから、と事前に用意していた粗品をバイクの錆びた荷台に押し付けた。彼の素晴らしい実力とは真反対に、余り格好良くないオートバイで彼はバタバタと帰っていった。
 
何処の会社にも若い新卒のPC専門家が一人はおり、PCトラブルの相談事に乗り、教えてくれる若者が居る。彼は何らかの取扱い商品の専門知識には全く無関心で、朝から晩までPCの社内サービスで走り回っている。あのまま年月を重ねると、本当に使い物にならない中高年者になって、将来当人は困るのではないだろうかと、いつも私は内心では心配していた。

しかし今回の一連のPCトラブルは、私の考えを完全に変えてしまった。心配なのは彼ではなくむしろ私自身の方だと思い始めた。中小零細企業にはPC専門家等を置く余裕もなく、誰かPCの経験が深い社内の人物が、トラブルの解決役を代行しているが、もしPC専門家が誰も居ない場合、今日のインターネット社会では本当に困る時代になっているのだ。PC機器の革新が激しい今日では、彼らはますますその役割を増しつつある。それは丁度、昭和の早い時代、社会や企業は事務屋の独壇場で、技術屋は専門知識には詳しいが、一生下働きで偉くなれないと思われていたのと全く同じことではないかと。私は自分の軽薄な思い違いを深く恥じ、反省させられた出来事であった。



mh3944 at 12:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2011年10月07日

111014, 落日の時の到来


朝早く、新聞を取りに玄関に出ると、突然大きな声が聞こえてきた。驚いて耳を澄ましたが、それ以上は何も聞こえない。そら耳だったかと思いながら戻ろうとすると、今度ははっきり聞こえた。向かいの隣家からだ。 黙っていなさいと言っているでしょう!と怒鳴る奥さんの声だった。
 
直ぐには状況を理解できなかったが、暫くしてやっと分かり始めた。脳出血で倒れて体が不自由になったご主人を車に乗せて、奥さんがリハビリか何かのサービスを受けに早くから出かけようとしているのだが、外出を嫌がり文句を言うご主人に奥さんが怒って一喝しているのだ。外ではあれほど優しそうに見える奥さんも、体が不自由になり、手数がかかるご主人に落胆し、怒り、苦しんでいたのだ。

そのご主人は超有名T大学卒で10余年前まである都銀の偉い常務さんだった。ご自分の煌びやかな経歴にも拘わらず、最近突然体が不自由になって、市井の人と一緒に入浴させられたり、リハビリを受けるという事態に落ち込み、その環境の変化を自分が納得できず、急激な落差がなかなか受け入れられないのだろう。

別の知人からも同様な話を聞いた。身体が不具合になったご主人を介護施設の入浴サービスに連れて行こうとしても、男のメンツに拘るご主人は嫌がって素直に従わず、いつも苦労しているという。

健康や容姿の変化は誰にでもあり、例えば若い女性でも年月の経過と共に段々と容姿が衰え始め、男性からも声がかからなくなっても、その変化は5年10年とかなりゆるやかで受け入れ易いだろうが、突然の脳出血で、体の自由を失い奈落の底に突き落とされる苦しみや落胆は想像に余りある。

そう言えば昨夜テレビで、再び裁判が始まった小沢元代表が記者団に向かって吠えていた。4億円の出所は?と聞かれると、私の金だ!と目を吊り上げて怒鳴り返していた。当初は、自分の手持ち資金から出したと説明し、次に銀行融資だ、そして最後には、相続した親の金だと説明が二転三転して、未だに4億円を明確に説明できない小沢元代表は、検察に聞け!と一蹴して、説明できない資金の出所に苦しんでいる。

150名の巨大軍団を引いた大派閥の元締めであった小沢元代表は、何処かの建設会社からのワイロで、世田谷のちっぽけな空き地を買ったばかりに、その後始末に苦しみもがいている。小沢派の国会議員も,親分に再起の可能性がなったことを知って徐々に離脱し始め、最近では3派に分裂しているという。そして遠くない内に、殆どの小沢派議員はクモの子のように四散して、残るは直参旗本だけの弱小集団に陥り、権力から無縁になる日が確実に近付いている。その恐怖に小沢元代表はおののき苦しんでいる筈だ。 どんなお山のボス猿だって必ずその地位を失う時はくるが、知能指数の高い人間は、権力を喪失する苦しみも大きいだろう。

何れ小沢元代表は有罪を避けられないと覚悟はしているだろうが、それよりもあれほど権勢を極めた自分の政治的影響力が、これから急速に消滅し, 行き交う議員から声もかけられなくなるほうが余程恐ろしいのだ。国会議員100人と、民間の(多分偉い人ばかり)500余名を引き連れて、中国胡錦濤国家主席に拝謁した2年前の栄光の日々はなかなか忘れられない筈だ。小沢さんは政治的地位を失って消え去ることに、これから更に塗炭の苦しみに悶え続けるだろう。

40数名を誇った鳩山派閥も、最近は10名を下回るようになったという。
菅前首相も護衛1人を同伴して四国のお寺回りを始めた。悪名高かった菅前首相も、一旦その地位を去り、煩く付きまとった記者団の誰もが見向かなくなると、その心中は哀れなものだ。その大きな落差を振り切って何とか早く忘れようと、お遍路回りに出かけたのかも知れない。

現役時代に栄光を極めることは誰でも切望しているが、その後に必ずやってくる落日の日の到来に苦しむのは人の宿命である。その意味ではそれほど偉くなれなかった私は、余り苦しむこともなく幸せ者と言えるかも知れない。




mh3944 at 13:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治 

2011年10月05日

111005, デジタル難民

資料をコピーするため駅前のコンビニに立ち寄ると先客がいた。年配のお婆さんが、紙袋から何か1枚取り出しコピーしようとしている。少し離れた所で見守っていると、コピー機を開けて、資料を縦にしたり横にしたりしながら考え、ガラス板を覗き込んで目盛を読んでいるが、なかなか進めない。近づいてアドバイスしてもいいが、深入りすると面倒になるので暫く見ていた。1枚コピーして、ダメなら向きを変えて再コピーすればいいのに、10円が惜いようだ。段々とイライラし始めた私は、待ちきれず、歩いて数分の別のコンビニに向かった。

銀行や郵便局のATMでも同様なことが度々ある。外から見えないので、何をしているか分からないが、高齢者は我を忘れて夢中になって操作を繰り返している。何度もやり直しを求めるATMのアナウンスの声が聞こえ、最後には係員を呼び出して助けを求め始める。待っている我々の苛立ちは極限に達する。     
                   
しかし高齢者の不器用だと笑ってばかりは居られない。当方だって結構な年配者なのだ。先日もパソコンで名刺を作成しようと、専用フソトをダウンロードしたが、その使い方が分からず、四苦八苦して遂に、隣部屋の中年女性に助けを求めた。顔見知りの彼女は教えてはくれたが、明らかに面倒そうな顔をされて悔しい思いをした。若い女性なら親切に教えてくれるだろうが、中年女性は露骨に態度にあらわす。当方が若ければ、もっと親切に教えてくれたのではないだろうかと悔やむ。やはり年だけは取りたくないものだと最近は頻繁に思うようになった。

古稀を過ぎた我々高齢者は、パソコン使用の端境期に当たり、多くの同輩仲間はPCを苦手としているが、幸い私はPC抜きでは仕事にならないので、苦しみながらも、必要最低限にPCを操作して使いこなし、日常業務では大きな問題がない。しかし使えるのは、高範囲なPC能力のほんのごく一部だけだ。

若手で自由にPCを扱っている男性は、私が教えを乞うと、教えてくれるが、少しは範囲を超えた特殊な操作になると、色々と理屈を並べ始める。多分分からないのだと思うが、ダメならダメだとはっきり言ってくれると有難いが、ご自分のメンツもあり、出来ませんとはなかなか言わない。へ理屈を並べてその場を繕うから、当方は益々混乱する。私の親しい知人にIBM-OBがいるが、自分は大型機専門で、PCは全く別物なのだと懸命に説明して教えてくれず逃げてしまった。 

兎に角知れば知る程、PCの奥深さには痛感するがWord, Excel, Mail ,Power-Point, Internet, Graphicなどの全ての分野を使いこなすExpertは本当に数少ないのかも知れない。

最近の電気機器も全てデジタル化されて、我々高齢者には難物だ。勿論マニユアルがついているが、それがまた分かり難い。ユーザーはある程度予備知識をもっているから、学校の教科書のように最初の目次から読み始めることは少なく、途中の必要な部分から読むから、マニュアル通りにやって、直ぐに動いてくれることは本当に稀だ。マニュアルには詳細版と、その簡易版もあるが、簡易版も途中から読むとなかなか理解し難い。

先般、我が家が購入したBlueRay-Disc-Recorderでさえ、TV番組を簡単に録画できますとの電気店の話だったが、なかなか簡単ではない。家内と一緒にマニュアルを読みながら、ああでもない、こうでもないとやってやっと成功するが、滅多に使わないのですぐに忘れてしまい、次の録画には苦労している。

マニュアル作り専門の私の友人は50才過ぎだが、もっと使いやすく作って欲しいとクレイムを言うと、それはマニュアルの読み方が悪いのだ、と反駁された。最初から書いてある通りに操作すれば、全てのデジタル機器は簡単に動くと怒ってしまった。しかしその友人も最近マニュアル会社が倒産して解雇された。色々仕事を探したが50才過ぎでは、まともな仕事は皆無で、結局ある介護施設に就職した。不満足な金額は仕方ないとしても、機械的な机上業務から一転して、人間臭い福祉の仕事には泣けてくるとぼやいている。  

自戒の念を込めて言えば、殆どの高齢者は年をとったことを正直には認めず、自分だけは実年齢より若いかも知れないと思っている。知人や隣人から貴方は若いよ!とお世辞に言われた言葉が忘れられず、鮮明に覚え続けているのだ。確かに誰でも気分的には若いのは事実だが、容貌と体力は日に日に老化してゆく。しかしお世辞に言われた嬉しい言葉だけは忘れられず、我々高齢者は現実とのギャップにいつも頭を痛めている。  





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