2016年08月

2016年08月30日

160830 半減する日本人口 

石破前地方創生大臣が次期政権を狙って動いている。余り好みの政治家ではないが、彼の心配ごとには同感する。少子化が進行中の日本は、84年後の2100年には人口が半減して5,200万人に迄落ち込むという恐ろしい推計だ。80才の私には今から84年先はごく近未来に思える。日本の合計特殊出生率は1.41で、人口維持ラインの2.1には大幅に不足、特に若者が集中する東京は1.05と極端に子供育てが困難な環境だ。2100年でもまだ5,200万人いるが、その多くは口だけ達者な老人や高齢者ばかりで、社会活動を支える若者達は更に少数だから一層不安になる。                                                                                                                
2100年のオリンピックは日本のメダルは何個だろうか?プロ野球の応援団席からファンが消えて人影が薄くなるかも。街は空家ばかりで、GDPに大きな比重を占める住宅産業は壊滅するだろう。巨大な自動車産業は購入する人が激減して斜陽産業に落ち込まないか。兎に角、人口はあらゆる産業の基礎だから、その基盤が崩れると、社会は火が消えたよう沈滞に陥ってしまう。多分 孫達は笑い飛ばすだろうが私は本当に心配になってしまう。                                                                                                                    
人口7,000〜8,000万人のドイツ、フランス、イギリス、イギリスなど欧米主要国は2.0近い出生率を回復しているので現状維持できるが、日本はGDP順位が下がって 10位以下の中流国に落ち込み、代わってインド、インドネシア、ブラジル、アルゼンチン、南アフリカ、メキシコ等が上位に顔を出し、更にパキスタン、バングラ、ナイジェリア等も上位に浮上するだろうと思うと情けなくなる。口達者な歴代の少子化担当大臣、福島瑞穂、蓮舫、岡田克也、与謝野馨、などは一体何をしていたのだろうか。何ひとつ具体的な政策は聞いたことがない。無能な地方自治体に至っては 噴飯ものの結婚相談所などでお茶を濁し、本気で心配する者は誰もいない。                                                                                            
既に議論されているが移民で人口を増やす方法も確かにある。韓国からは既に日本帰化も進んでおり、大阪の鶴橋とか東京の新大久保近辺には在日韓国人朝鮮人が多数住んでいる。彼らは日本を第二の祖国として平和裏に暮らしているから問題は少ない。人口13億の中国に呼び掛ければ、簡単に数百万人規模の人口を送り出してくるだろうが、強烈な反日教育に洗脳された大量移民は恐ろしい。国内経済が弱体なフィリピンは世界中に家政婦や労働者を送り出し、宗教もキリスト教で日本への同化も可能だろう。タイ、ベトナム、ミャンマーなどは小乗仏教だが、仏教の柔軟性さを考えると大きな問題はなさそうだ。しかしイスラム教のインドネシア等は毎日の祈りとかラマダン、豚肉忌避など生活慣習が大きく違うのでトラブルを生むだろう。仮に日本に同化しても、欧米が直面しているように、目に見えない人種差別が生じる心配がある。                                                                                   
やはり本命は 日本人の出生率向上であり、安倍内閣が叫んでいる特殊合計出生率1.8の実現が不可欠だ。その為には、やはり定職が無く結婚出来ずに苦しんでいる多数の若者達が早く家庭を持てるように具体的な政策の実行が必要だ。税金ばかり食う高齢者達の年金を減らして、幼児の保育所の充実、子供の養育費の全額国家負担など、欧米と同じく子育ては国が100%責任を持つ政策が不可欠だ。保育所新設となると直ぐ近隣住民が騒ぎ始めるが、政府が強力な指導力を発揮して住民の我儘を抑えて実行すべきである。例えば児童減少で困っている幼稚園に保育園の併設を義務付けるとか、空き小学校を保育園に転用するとか、大規模な空地を保育園に転用し、空き家だらけの住宅を小規模保育所に転用するとか、安倍内閣が本気になれば、解決策はいくらでもある筈だ。 80年後のオリンピックでもメダルを稼ぐ元気な国であり続けるように、迫りくる恐怖の人口対策を急ぐべきだ。                                            


mh3944 at 09:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治 

2016年08月22日

160822 リオ-オリンピック

リオオリンピックが終わった、日本選手団の活躍は素晴らしく、金12、銀8、銅21の合計メダル41個を獲得した。メダル獲得数の順位は、米国116、中国70、英国66、ロシア53, ドイツ42に続き、第6位だった。青春を投げうって鍛錬してもメダルに届かなかった諸兄諸姉のご努力にも敬意を表したい。常に日本より上位が目標のお隣り韓国は半数の21個に終わり、オリンピックニュースは殆ど報じられていないとも聞く。                                                                                    
オリンピックの本命はやはり陸上で、特にトラック競技が最高に面白いが、トラックの花形100m X 4リレーで日本チームは銀メダルを獲得した。 100m 9秒台が一人も居ない日本はFinalに残ることさえ至難だったが、決勝でジャマイカチ-ム(金)に続いて、堂々の2着(銀)、3着はアメリカ(失格)、4着カナダ(銅)、5着中国と他を圧倒した。 スタート抜群の山縣が第一走、飯塚、桐生と繋いてアンカーのケンブリッジ飛鳥が隣コースの中国をぐんぐん引き離してゴールした時は、家内は悲鳴を上げ、私は快哉を叫んだ。 花形の100m x 4リレーで銀メダルは実に80年振りの快挙だといい、37.6秒のタイムは100m当たり9.40秒の計算になる。 近年、日本も国際化が進み、ケンブリッジ飛鳥の父親は100mの覇者Bolt選手と同じジャマイカだと聞くと、社会が激しく国際化しつつあることを実感する。肌色は違っても飛鳥選手は陸上だけでなく、言動や対応も素晴らしい好青年だった。                                                                                                 
メダルの星勘定を考えると、水泳、柔道、体操、レスリングなども重要で、日本選手は多数のメダルを稼いだ。 例えば、毎回オリンピック採用を続けるべきかが議論になるレスリングは 女子選手が金メダル獲得に大いに貢献し、今回も、登坂絵莉、伊調馨、土性沙羅、川井梨紗子、が金メダル計4個、吉田沙保里が銀メダル、と素晴らしい成果を挙げた。柔道と比べてレスリングは寝技主体の地味な競技で、旧ソビエト東欧圏やモンゴルなどで生きながらえている。詳しいルールは不勉強だが、試合は前半3分+後半3分の計6分間に獲得したポイント数で勝敗が決まり、消極的だとマイナス1点、背中(バック)を取られるとマイナス2点、フォールなど大技が決まると4点、両者が同点の時は、大技で得点した選手が勝者となると初めて知った。                                                              
                                                                  
今回、58キロ級の伊調馨は始終劣勢だったが、時間切れ20秒前にタックルでロシア選手に逆転勝利した。48キロ級の登坂絵莉に至っては、初めから終わり迄 アゼルバイジャン選手に押され放しだったが、終了5秒前に渾身の力で相手方の背中を捉えて逆転勝利した。 ほぼ手中にあった金メダルを逃したアゼルバイジャン選手はショックの余り暫く立ち上がれず、表彰台でも終始うつむいて泣きながらメダルを受けた。 後進国の故郷に金メダリストとして凱旋すると、一躍 国家的な英雄として歓迎される筈だったのを、僅かな油断で取り逃したのが、悔やみ切れないのだろう。                                                                                                                    
伊調、登坂両選手は6分間の殆どを相手方に押されっ放しでポイント負けしていた。両人とも敗けを覚悟したという。しかし勝利を意識した相手のロシア選手、アゼルバイジャン選手は、無意識のうちに守りに入ってしまった。 逆に負けを意識した伊調と登坂は Time-Up寸前に一か八か大勝負で逃げる相手の背中を押さえ込み、僅差で逆転勝利した。試合後の会見でも、両人とも負けを覚悟していたそうだが、渾身のタックルで金メダリストの名誉を維持した。                                                                                                                      
日常の社会でも 成功組は無意識のうちに現状維持で保守的になってしまう。逆に失うものがない下位者は窮地から脱しようと果敢に激しく行動する。レスリング競技も同様で、この執念の差が、優位を一気に逆転させることがある。霊長類最強と言われた53キロ級の吉田佐保里も、米国選手の執念に敗れて銀メダルに終わって号泣し、 逆に勝者マルーリスは目標のヒーロー吉田選手を破って雄叫びし、表彰台でも涙しながらに国歌をうたっていた。                                                                                                                            
名誉の新チャンピオンとなった金メダリスト達は、今度は逆に敗者からの目標となって狙われ立場になり、いつ倒される日が来るか怯えながら緊張の年月を送ることになる。逆に吉田沙保里などの敗者は、青春の全てを捧げてきた緊張の月日からやっと解放されて 安寧の日々を迎えることになるだろう。 いずれにしても勝負の世界は厳しい。                  



mh3944 at 11:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2016年08月14日

160814 Non-Fictionは面白い

年を取ると私はドラマを見なくなった。どれも結局は似たような筋書きで、我々高齢者は食傷気味になってしまう。ドラマに比べるとやはりNon-Fictionは面白い。物語は単純でも事実だから説得力がある。私が好きな番組は火曜夜のテレビ朝日、「こんなところに日本人」と日曜午後フジTVの 「ザ-ノンフィクション」だ。先日の朝日は案内人(旅人)が蛭子能収だった。蛭子は本職の漫画家ではメシが食えないので、危険を承知でこの仕事を引き受けたそうだ。サラリーマンと違って自由人は派手に見えても生活は厳しいのだ。              
                                                                                                    
それは蛭子が、世界の最奥地、中国チベットの丹巴に住むある日本人を訪ねる4日間の旅物語だった。上海空港で蛭子が広げた世界地図は、中国の広大さを再確認する。人口は日本の10倍の13.5億人と知っているが、地図上に見る中国は確かに広大だ。満州の独立を奪い、内モンゴルを自治区として占拠、チベットを圧殺して拡張主義を続けた中国は世界一の大国になった。これでは小さな島国の日本に対して横柄に振る舞う彼らの気分も分かる。大昔から、全世界は天におわす帝王の持ち物であり、その中心に位置するのが中華民国だという厄介な思想の国なのだ。                                                                                                                    
                                
中華思想とは、外部世界対するに中華の絶対的な優位性を主張する思想と、王土思想が両輪をなしている。中国古典の詩経に、[天の下に広がる土地は全て天の命を受けた帝王の領土であり、その土地に住む人民は帝王の支配をうける] とあり、漢以降の歴代王朝の政治原理になっている。中国皇帝こそが世界の唯一の主であり、世界の土地と人民は全て中国皇帝の所有物だから、国境などは無意味で、世界は中国を軸として同心円状に広がっているという。現代中国の指導者達も心の底にはこの妄想を抱いているのだ。これはナチスドイツの、ゲルマン民族は世界をリードすべき優れた民族だという選民思想と同じことだ。                                                                                                       
従って中国には土地の個人所有権はなく、全て政府からの賃借だから、ある日突然に住宅が壊されて住民は簡単に追い払われてしまうのが日常茶飯事に起こる。また南シナ海が中国の領海だという歴史的事実はないと判定したハーグ常設仲裁裁判所の裁定を、単なる紙クズだ!言い放つ発言も自然に出てくる。                                                                                                     
紀元前5000年頃に始まったという黄河文明は超古いが、近代に入って世界に遅れた中国は、外国のあらゆる最先端技術を導入している。いま日本が5兆円投じて開発中のリニアー新幹線も、中国では既にドイツ製が走っている。一般人民は意外に常識的で、チベットに行く道を尋ね歩く蛭子にも優しく対応していた。                                                                            
                     
山越え谷を渡って3日目にチベット最奥の中心街丹巴についた。渓谷の両側には4000m級の山々が聳え立つ嶮しい谷間の人口数千人の街だが、流石に美人谷と俗称されるだけあり若い娘達は美人揃いだ。やっとの思いで目的の日本人宅を探し当てたが、当人は近くの丘に登って山岳写真を撮っていた。優しそうな年配の日本人男性だった。                                                                                                                             

聞くところによると彼は四国の高校を卒業後、NECに入社して長年勤務したが独身のまま50才になった時、交通事故に遭って気持ちが変わり、NECを退社したという。私も脳腫瘍を患って心境が変わり社外に出て米国と合弁会社を設立した時の気持ちを思い出した。退職金と愛用カメラを片手にチベット奥地を訪問した彼は、丹巴のあるレストランで食事をとっていた時、同じテーブルに素朴で素敵な娘を見つけ、写真のモデルを頼んで近づき、翌日以降もモデルをお願いして遂にプロポーズまでこぎつけたという。確かにこれは自然な手口だと思った。                                                                                                                                       娘の両親は50才過ぎの日本人と結婚することに猛反対したが、彼の優しさに惹かれた娘が遂に親を説き伏せたという。30才以上の年齢差では、彼が先に老いて亡くなるだろうが、その時はどうするの?と蛭子が無遠慮に聞くと、女性は急に彼の背中に顔をうずめて嗚咽し始めた。当惑する蛭子を見ながら、男性が優しく彼女をなだめると女性は遂に号泣し始めた。やはり内心では先に老い行く夫のことを心配していたのだろう。あの横柄な中国人とは全く違うチベットの人々はあくまで純情だった。社会の悪習に染まっていない現地の人々は本当に素朴で素晴らしい。同時に愚鈍でグズと嘲笑され易い蛭子の不器用な行動も、なんだか人間味に溢れる暖かい人柄だと思い始めた。                                                                                                                         
彼らには既に幼い一人息子も居て、お父さんは優しい、とつぶやくのを聞くと、貧しくとも幸せに満ちた家庭だと分かる。NECでは殆ど報われることなかっただろう彼も、一大決心して退職し、チベット奥地に素晴らしい伴侶を見つけて充実した生涯を送っていた。人は、どこに住んでいても幸福に暮らせることを実感させられたNon- Fictionだった。                                     


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2016年08月07日

160807 ザピーナッツ

ザピ-ナッツの妹 伊藤ユミ(75)が亡くなった。姉の伊藤エミは既に4年前に亡くなっているが。 私はザピーナッツの大フアンで、美空ひばりやテレサテンよりもザピーナッツが好きだ。 今でもひとりの時はCDを聞くことがある。                                                                  
兎に角、このデュエットのハーモニーは素晴らしく 他を寄せ付けない。最初に、情熱の花 がヒットして、次々とヒットを飛ばし始め、恋のバカンス、ウナセラディ東京、ふりむかないで、 愛のフィナーレ、恋のフーガ など大ヒット曲を連発した。 全て素晴らしいが 特に、心の窓にともしびを、素晴らしい。静かで地味な歌だが、美しいハーモニーを聞くと、身震いをすることがある。      
                                                         
ある時、彼女ら双子姉妹の幼い時の写真や、名古屋で歌い始めた新人時代の映像を見たことがある。 当然ごく普通の幼い子供だが小学校のころから名古屋市内の合唱団に参加して、将来は歌手になろうと話し合っていたという。                                                                              
初人時代は、伊藤シスターズの名前で、名古屋市内のレストランで歌っていたが、初々しさの抜けないごく素朴な歌い方を聞いて何だか妙に安堵したことがある。 58年に渡辺プロにスカウトされて東京に活動の場を移し、すぐ翌年に 可愛い花 でデビューして、全国の大反響を呼び、次々とヒットを飛ばしながら、デュエットの歌姫に成長して、聞く人の魂を揺るがす偉大なザピーナッツに変身してしまった。                                                                                            
ザピーナッツは「情熱の花」のヒットが縁で 63年にオーストリアのテレビ番組「カテリーナ・バレンテ・ショー」に出演してから外国公演が始まり、ドイツ、オランダ、スイス、更には米国も66年[エド-サリバンショー]、67年[ダニーケイショー]、68年にはホノルル、サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンタモニカなどで公演して アメリカ、ヨーロッパでも大評判になった。                                                                                                                
私ごとで恐縮だが私はカラオケが苦手だ。しかし小学校時には確か先生から褒められたような記憶もあるが(笑い)、田舎先生のひとりごとで何の根拠もない。兎に角 自分の歌を披露するのを好まないだけでなく、他人がカラオケで自慢そうに歌うのを聞くのも耐えられない。従って、カラオケは一人で行くという人がいるのを聞くと、その気持ちが分らないでもない。 妻も歌に自信がないと言い、いつも歌の上手な人が羨ましいと話しているが、 NHKのど自慢大会を聞きながら妻が、この人は上手だというと殆どカネが3つ鳴るから音感は確かなのだろう。                                                                                   
ザピーナッツの二人の役割は 姉のエミがハーモニー、妹のユミがメロディーだという。分かりやすく言えば、妹が主に歌い、姉はハーモニーを添えているのだが、その調和は本当に見事で、神業とも言える。 両人は人気のある間に引退したいと常々話しており、75年に盛大なサヨナラ公演を行って18年間の華々しい 舞台を去った。 同年に姉のエミは沢田研二と結婚して息子を産けたが 2年後には離婚した。 エミは別れるのを嫌がったが、沢田研二が全財産18億円をエミに残して出て行き、田中裕子の元に走ったという。 田中裕子が純情な伊藤エミから沢田研二を略奪したのだ。この再婚を契機に沢田研二は全く鳴かず飛ばずになってしまった。田仲裕子の魔性に食い殺されてしまったのだろう。                                                        

舞台を去ったエミとユミは一人息子と3人で 一緒に暮らしたという。大枚の慰謝料に加えて印税も入るので、生活に問題はなかったが、必ずしも幸せではなかったようだ。 長寿時代にも関わらず 両人とも70才過ぎの若さで亡くなったが、これを美人薄命というのだろうか。  


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2016年08月01日

160801 自転車事故


自民党の谷垣禎一幹事長(71)が7/16サイクリング途中で転倒し頸髄に重傷を負った。時速30キロ近い高速のスポーツ専用自転車(ロ-ドバイク)で走行中に対向する自転車と接触して転倒したという。谷垣氏は日本サイクリング協会長で、安倍首相も全幅の信頼をおく政界の重鎮だが、 頸髄損傷では回復困難な後遺症が残り、政治生命を失う可能性がある。誠に残念な限りで事故は本当に恐ろしい。               
                                                                   
私の住む手賀沼周辺は自転車道がかなり整備されて、休日にはサイクリングツアーが盛んだ。鮮やかなユニフォームに身を包んだロードバイクが一列に並んで次々と疾走する軍団は本当に圧巻だ。コースや天候にもよるが、彼らは往復100Km程度を走るそうで、もし強風とか雨に遭うと帰路は大変厳しいという。        
                                                                  
サイクリングは本当に爽快だが、疲労したり気が緩むと一瞬の油断が事故に繋がる。後遺症でも残ると努力して築き上げた人生が崩壊してしまう。更に第三者を巻き込むと損害賠償問題が生じる。近年は対人賠償保険も整備されて年1,000円で限度額1億円の保険もあるが、契約時に自転車の整備代を取られるので、結局支払いは5,000円になってしまう。                                                                 
                                                                    
実は私もこの30〜40年の間、休日には一人で必ず自転車道をサイクリングしていた。往復で精々20Km程度だが、段々と疲れ始めたので近年は距離を半減したが、3年前のある雨上がり、半乾きの粘土層の道路で激しく横滑りして転倒したことがある。高齢になると運動神経が鈍り、時折ハットするようなことも起き始めたので、危険な自転車を止めるよう妻から度々説得されていたが、遂に1年前思い切って完全に縁切りした。元来ケチ性の私は健康維持のため今度はWalkingに切り替えて、毎日4〜5Kmは歩くよう心掛けている。近隣の同輩諸兄がごく近い距離でも余裕たっぷりに自転車でぶらぶら行くのを見ると羨ましく思うこともあるが、まあ健康の貯金だと思い直して、我慢しながら私は歩くことに徹している次第。                       
                     

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