2011年10月25日

111025,恐ろしい映像

先週テレビで恐ろしいシーンを見た。 中国の四川省だといっていたが、昼間の出来事で、車道に歩き出した幼女を徐行してきた車がひき倒してそのまま逃げたのだ。これならどこでも起こり得る事件だが問題はその後。通りかかった通行人が、轢き倒されて路上で呻く幼児を横目に見ながら素知らぬ顔で通り過ぎて行くのだ。一人だけではなく次々とやってくる通行人が、悶える幼女を見ながら知らん顔だ。次に来た小型車は再び幼児の足辺りを轢いて過ぎ去った。更に続く車は幼児を避けて徐行しながら通り過ぎる。人も車も全く知らん顔だ。やらせではなく防犯カメラに映っていた現実の映像なのにはあっけにとられた。とても人間社会の出来事とは思えない残忍な事故だった。  

暫くしてやっと、ごみ収集業の中年女性が幼児を抱きかかえて道路の端に移し、防犯カメラの視界から消えた。高速道路ではなく、通行人と車が混じり合いながら行き交う狭い道路で、傍らに設置されている防犯カメラに写っていた画像だという。ナレーションでは、幼児は現場の近くに住む母親が、少し目を離したすきに、ヨチヨチと道路に歩き出て事故に遭い、愛児を引き殺されて半狂乱になった母親も写していた。警察もやってきたが、ひき逃げ犯からは母親に連絡があり示談したいと申し出たという。報道関係が素知らぬ顔で通り過ぎた通行人の何人かに聞くと、全員が私は気付かなかったと言い訳していた。

夜間なら兎も角、白昼の日本ではあり得ない話だが、中国で本当に起きた事故の一部始終を防犯カメラが克明に記録していた。どういうことなのだろうか。それほど中国では人々の心が荒んでいるのだろうか?日本では犬か猫の死体が路上に放置されているのなら、多くの通行人は顔を背けるか知らん顔で行き過ぎるだろう。車は避けながら通り過ぎ、暫く経って警察が来てその死体を排除するという流れだ。しかし今回は人間で、しかも瀕死の幼児が狭い通路のど真ん中で呻いているのだ。多分世界の何処の国民でも直ぐに警察に通報し、通りかかった人はクルマを止めて助け出そうとするだろうが四川省では違っていた。同じく素知らぬ顔で通した隣のオヤジは、では君なら本当に助けるというのか?と記者に向かって反論した。 もう本当に確信犯だ。

何故、そこまで中国人は冷酷になったのだろうか?これは四川省だけの特別な出来事だと言えるのだろうか。テレビの解説によると、似たような事件で路上に倒れていた老女を助け出した人が、犯人扱いされて賠償金を請求された事件があったから、市民もうかつに手出しするのを躊躇しているのではないかとも解説していた。本当だろうか。善意の第三者が犯人扱いされる例は日本でもあり得るが、だからといって、人通りの多い路上で瀕死に喘ぐ幼児を見たら誰だって救い出そうとするだろう、私なら絶対にそうする。先日JR新大久保駅で線路に落ちた日本人を助けて犠牲になった韓国人青年ほどの超立派な勇者は少ないかもしれないが、一般道路なら普通の通行人は誰でも助けようとする筈だ。

何とも理解に苦しむ事件だが、これが現実の心理状態だとすると、そこまで中国人は人間味を失って冷酷になってしまったのだろうか? いやそんな筈はある訳がない。古代からあれほどの偉人を輩出した中国なのだ。私の常識を超えるテレビ画面を見て、私はまだ理解できず苦しんでいる次第。 

半世紀前の昭和30年代初頭、日本に車が増え始めて交通事故が起こり始めた時代のこと、私の記憶では、交通事故で人を死亡させると賠償金が2-3百万円の時に、米国では人を死亡させると1億円以上の賠償金を請求されると聞き、同じ命の価値の差に驚いた覚えがある。善意に考えれば或いは中国四川省では、昭和30年代の燃える日本に近い状態なのかとも思えなくもない。余りにも人間性に欠ける今回の事故は、経済成長に沸き立つ中国の人々の心の荒廃ではなくて、何かの間違いであることを願っている次第。どなたかこの放映を見た方の感想をお聞きしたい。




mh3944 at 10:23│Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!雑感 

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