2011年12月14日
111214,神様のご配慮
東京から我孫子の新事務所に移転して、昼食をいろいろ試していたが、結局あるフレンチ風の小綺麗なレストランに落ち着いた。そこは牛丼並みの格安チキンカツが看板メニューである。初めは遠慮勝ちに注文していたが、客の多くはこの格安ランチだと分かり最近は安心して注文している。私は混雑しない昼前に短時間で食事を済ませて切り上げるが、読書しながら安ランチで時間をつぶしたり、仕事をする輩もいて、なんだか見苦しい。
先日少し早めにレストランに行くと市内中学の男子生徒が2人、給仕のアルバイトをしていた。話を聞くと社会科学習の一環で、どこかの店で必ず実習することになっているとのこと。一人は背が高くなかなか格好がいい。聞くと165cm超えとのことで、私より高い。一般に日本人は背丈が低くテレビに映る世界の国際会議でも見栄えせず、発言も少ないので、いつも寂しく思っているのは私だけでは無いだろう。
その昔中学生で色気付き始めた頃の私は、格好のいい仲間の長身が羨ましくて仕方がなかった。近年日本人も背丈が伸びて、男性大人は平均170cmと聞いたことがある。その内にアメリカ人に近づくかと思っていたら、欧米人も平均身長が伸びつつあるというから、簡単には追いつけそうにない。
誰でも人間に生まれたからには、背が高くて、運動神経がよく、勉強が出来て、弁舌さわやかでありたいが、残念なことに私は背が低く、走るのは苦手、口先は訥弁、数学は嫌いで、何一つ取り柄がなく、ここまで不揃いに生んでくれた親を恨んだこともあった。やはり長身で逞しい男性や容姿端麗な女性は、潜在的な優越感を身に纏いながら一生を暮せるだろうと思うと本当に羨ましい。
例えば私の近所の大手商社OBのMさんは長身だが、日常の振舞いに自分の背丈自慢が滲み出ているようで余り好きになれない。同じく昔の私の部下T君は自分の長身と英語堪能が売り物で、いちど彼とゴルフに出かけた時、私の半ズボン姿をみて、足が短いと半ズボンは余り似合いませんね!と抜かした。余りにも無神経で露骨な表現に私は思わずこのやろう!と本当に怒ったこともある。
同じく私が40代の部長時代、北関東の某印刷会社の社長令嬢が短大卒で私の部下に配属されてきたが、背が低く、お世辞にも容姿端麗とは言い難かった。幼小時代から抑圧された雰囲気で育ったせいか、性格的にも暗く何年か後に帝国ホテルで盛大な結婚披露宴を挙げたが直ぐに離婚してしまった。新郎も最初は持参金に目が眩んだのかも知れないが、気持ちの暗い新婦との生活は耐えられなかったのだろう。
何れにしても背丈が高くハンサムな俳優は少々芸が下手でも起用されることもあるだろうが、背が低く見栄えのしない俳優にはチャンスも少なく、人知れ消え去って行く連中も多いだろう。天賦の才に恵まれない俳優は余程努力しないと生き残るのが難しいかも知れない。ときどき街でみるホームレスにも、格好いい長身の男性を見かけるが、何故若い時にもっと自分のAdvantageを生かさなかったのだろうかと残念に思う。
しかし逆のケースもあり、清水市の私の元得意先D社の社長令嬢に素敵な才色兼備のお嬢さんがいたが、浜松の某医科大学の助教授に熱心にプロポーズされたが遂に断ったと聞いて、どうして?と思っていたが、清水市内のある釣餌販売業者の若造と出来ていたらしく、暫くしてその貧乏な若者と結婚したが、何年か後に、子連れで離婚してしまった。美人必ずしも幸福になるとは限らないのもまた現実であり、幸せを偏在させないように努める神様のご配慮かも知れない。
私が外資系医薬会社に勤務した時、毎年夏には世界の関係会社の社長が家族同伴で集まり、10日間のレジャー休暇を一緒に過ごすのが恒例であったが、アメリカや北欧からの参加者は殆ど圧倒的に長身だったが、逆にイタリア、スペイン、ポルトガルなどラテン諸国の家族は、我々と似た背丈で、特に中学生前後の少女達は眩しいほど愛くるしかった。しかしその母親は、少女達からは想像できない程見苦しく太った中年女に様変わりしていた。一生を美人のまま過ごして高慢になり過ぎないよう、ここにも神様の配慮があるのかもしれない。
クレオパトラの鼻ではないが、平均的には容姿端麗の人は幸運に恵まれ、特に女性は容姿が彼女の運命に大きく影響し、容姿に恵まれない女性は努力しても幸運を掴むのは難しいこともあるが、必ずしも筋書き通りには進まないのも人生だと思う。逆に男性は少々不細工でも努力すれば何とか自分の活路を切り拓けることもあるから、私も男性に生れて良かったかと、親に感謝しようと思うことも時々はある。勝手な人間には神様も呆れているかも知れないが。