2011年12月19日
111219,田舎の新事務所
会社を徒歩で10分の我孫子内に移して半年が過ぎた。以前は早朝まだ暗い時間に家を出て、1時間半かけて東京に通勤していた生活が激変した。東京でも私の事務所は京葉線新木場駅近くの下町で、華やかな都心とは凡そはかけ離れた場所だったが、それでも一応は東京勤務の気分だった。しかし職住超接近の地元に移って、色々と様変わりした印象を、記憶が失せない間にメモしてみた。
以前、朝早6:30に家を出て6:45の電車に乗っていたが、今は電車を待つ間に事務所に着き直ぐにPCを開くので極楽浄土に通勤する気分だ。サラリーマン諸氏と同様に、昔の私は、自宅と会社を往復する以外に、地元のことに殆ど無知だったが、小さな田舎町にもそれなりに人々の活動があり、住民が毎日忙しく生活していることを実感している。
例えば、私が駅に通う道はいつも同じ駅前の大通りで、歩道が狭くて少々危険だった。しかし駅へ通じる道は他に何本かあり、余裕ある地元民は少しは回り道でも、静かな住宅街と林を横切って通っており、この新ルートの景色も私はなかなか気に入っている。
駅前には大型スーパー店があり、30年前に地域一番店として出店し賑わっていたが、近年は手賀沼湖畔に便利なバイパス大通りが開通して、大手ドラッグストアや、食料品店、大手電気店、ファミリーレストラン、スポーツ用品店、カラオケ店、自動車販売店等、各種の大型店が次々と開店した。旧来の駅前通りは、ゴネ得を狙った地元住民が再開発の反対運動を長い間繰り広げた結果、殆どの駅前商店街は閉店に追い込まれて今はペンシルビルが林立する寂しい町並みになった。何だか民主党と自民党が泥試合に明け暮れている間に、中国や韓国に追い抜かれた日本経済にそっくりだ。
サラリーマンが通う駅前の大型スーパー店は、今でも正面ロビーで入れ替わり立ち替わり、色々なデモンストレーションを繰り拡げている、しかし10年前に駅の反対側の大工場が移転して、空いた広大な跡地に高層のマンション群が10棟ちかく林立した結果、商権が移動して、そちらに新しい大型スーパーE店が出来た結果、旧来の駅前大型スーパー店は急に勢いを失って寂れ始め、今では惣菜部門だけが細々と続けるようになった。特に2Fは空室ばかりで、入替わり立替わり入居する各種商店も撤退を繰り返し、怪しげな自然食品店とか、健康促進器具屋とか、英会話教室、パソコン教室、保育施設などが、開店と閉店を繰り返している。
スーパー店のホールでも色々な催しが繰り返されており、例えば、フリーマーケット、起業応援事業、絵画展示即売会、植木即売会、売残商品の格安販売、骨董品の即売会、素人吹奏楽団など面白いほど多種多様な企画が続き、地元民のエネルギーが感じ取れ、次は何のプロジェクトかと楽しみだが、人件費を考えると殆どのプロジェクトは収支が合わない筈で、出展者はボランティアなど安い人件費で運営されているのだろう。
唯一客足が絶えないのはスーパー2階の100円ショップで、行く度に占有面積を拡げている。100円ショップの低価格商品は周辺に圧力となって、近くのホームセンターの各種雑貨はその多くの商品が100円ショプに圧倒され、例えば旅行用品店は携帯用品とかトランクに巻くベルトとか等は100円ショップ品に駆逐された。しかしお隣りの本屋だけは堂々と頑張っており、再販制による定価販売の功罪が良く分かる。駅の周辺には食堂が20軒前後はあるが、従来何軒かあった中級レストランが殆ど姿を消してごく普通の大衆食堂だけが生き残っている。何だか寂しい雰囲気だ。
我が町の人口は13万人だが、大企業が殆どなく、財政的に苦しく毎月増え続けるのは仕事のない定年退職者ばかりだ。市の図書館には早朝からシルバーで溢れ、彼らは夜遅くまで帰らない。自宅に帰って寂しい思いをするよりも、同僚相哀れみながらも冷暖房完備の図書館で時間を費やすほうが気分も安らぐのだろう。しかし我が町は、老人福祉や介護関係の仕事だけは多忙のようだが、その財源は殆どが政府資金であり、結局は税金なので、海のタコが自分の足を食って生きている(?)のと同じようなことだ。役所は何とか民間資本による企業の活性化と税収増加を模索しているが、地方公務員の片手間な知恵では抜本策は見当たりそうにない。
駅の周辺には理容店が20店近くあるが、長い間守ってきた一律料金制のお蔭で客足が去り、殆どが1,000円カット店に転向した。野田首相も1,000円カット愛好家だったと聞いて驚いたが、単なるサンパツに3,000円を取るほうに無理があり長続きはできない。しかし美容院も駅周辺に同じく20店近くあるが、こちらは相変わらず高級路線を継承して激しい競争を続けている。どこも料金表は8,000円とか6,000円とか超高額な料金表を並べて、各種の優待特別割引制度を掲げているが、客足は多くなく空椅子がお客を待っている。その内に、理容店と同様に3,000円均一美容とか、2,000円スピード美容など、極端なダンピング競争も始まるかも知れない。
最近は主婦層も殆どがクルマで、駐車場なしのスーパーは存立し得なくなったが、私の住宅街には大型ドラッグストアーが4店もあり、誰が考えても超過当な競争状態だ。駅前のF社だけは駐車場なしだが駅前ゼロ分が売り物、他の3店は広い駐車場を誇るM社とU社、或いは狭い駐車場をいつも近くの図書館通いのシルバーに不法占有され困惑しているS社など、どう考えても狭い田舎町に4店の大型ドラッグストアーの過当競争の継続は難しく、そのうち半数は閉店する日もあるだろう。
何れにせよ、田舎には田舎特有の生活があり、地元の住民は知恵を絞りながらも、地域にへばり着ついて必死に模索しつつ生きている。私もその地元住民の一員になった訳だが、孫達が償還する年金に頼りながら細々と図書館通いで余生を生き永らえる同輩のシルバー諸兄とは違って、微力でも自己責任で地元経済の活性化に少しでも貢献したいと思っている次第。
以前、朝早6:30に家を出て6:45の電車に乗っていたが、今は電車を待つ間に事務所に着き直ぐにPCを開くので極楽浄土に通勤する気分だ。サラリーマン諸氏と同様に、昔の私は、自宅と会社を往復する以外に、地元のことに殆ど無知だったが、小さな田舎町にもそれなりに人々の活動があり、住民が毎日忙しく生活していることを実感している。
例えば、私が駅に通う道はいつも同じ駅前の大通りで、歩道が狭くて少々危険だった。しかし駅へ通じる道は他に何本かあり、余裕ある地元民は少しは回り道でも、静かな住宅街と林を横切って通っており、この新ルートの景色も私はなかなか気に入っている。
駅前には大型スーパー店があり、30年前に地域一番店として出店し賑わっていたが、近年は手賀沼湖畔に便利なバイパス大通りが開通して、大手ドラッグストアや、食料品店、大手電気店、ファミリーレストラン、スポーツ用品店、カラオケ店、自動車販売店等、各種の大型店が次々と開店した。旧来の駅前通りは、ゴネ得を狙った地元住民が再開発の反対運動を長い間繰り広げた結果、殆どの駅前商店街は閉店に追い込まれて今はペンシルビルが林立する寂しい町並みになった。何だか民主党と自民党が泥試合に明け暮れている間に、中国や韓国に追い抜かれた日本経済にそっくりだ。
サラリーマンが通う駅前の大型スーパー店は、今でも正面ロビーで入れ替わり立ち替わり、色々なデモンストレーションを繰り拡げている、しかし10年前に駅の反対側の大工場が移転して、空いた広大な跡地に高層のマンション群が10棟ちかく林立した結果、商権が移動して、そちらに新しい大型スーパーE店が出来た結果、旧来の駅前大型スーパー店は急に勢いを失って寂れ始め、今では惣菜部門だけが細々と続けるようになった。特に2Fは空室ばかりで、入替わり立替わり入居する各種商店も撤退を繰り返し、怪しげな自然食品店とか、健康促進器具屋とか、英会話教室、パソコン教室、保育施設などが、開店と閉店を繰り返している。
スーパー店のホールでも色々な催しが繰り返されており、例えば、フリーマーケット、起業応援事業、絵画展示即売会、植木即売会、売残商品の格安販売、骨董品の即売会、素人吹奏楽団など面白いほど多種多様な企画が続き、地元民のエネルギーが感じ取れ、次は何のプロジェクトかと楽しみだが、人件費を考えると殆どのプロジェクトは収支が合わない筈で、出展者はボランティアなど安い人件費で運営されているのだろう。
唯一客足が絶えないのはスーパー2階の100円ショップで、行く度に占有面積を拡げている。100円ショップの低価格商品は周辺に圧力となって、近くのホームセンターの各種雑貨はその多くの商品が100円ショプに圧倒され、例えば旅行用品店は携帯用品とかトランクに巻くベルトとか等は100円ショップ品に駆逐された。しかしお隣りの本屋だけは堂々と頑張っており、再販制による定価販売の功罪が良く分かる。駅の周辺には食堂が20軒前後はあるが、従来何軒かあった中級レストランが殆ど姿を消してごく普通の大衆食堂だけが生き残っている。何だか寂しい雰囲気だ。
我が町の人口は13万人だが、大企業が殆どなく、財政的に苦しく毎月増え続けるのは仕事のない定年退職者ばかりだ。市の図書館には早朝からシルバーで溢れ、彼らは夜遅くまで帰らない。自宅に帰って寂しい思いをするよりも、同僚相哀れみながらも冷暖房完備の図書館で時間を費やすほうが気分も安らぐのだろう。しかし我が町は、老人福祉や介護関係の仕事だけは多忙のようだが、その財源は殆どが政府資金であり、結局は税金なので、海のタコが自分の足を食って生きている(?)のと同じようなことだ。役所は何とか民間資本による企業の活性化と税収増加を模索しているが、地方公務員の片手間な知恵では抜本策は見当たりそうにない。
駅の周辺には理容店が20店近くあるが、長い間守ってきた一律料金制のお蔭で客足が去り、殆どが1,000円カット店に転向した。野田首相も1,000円カット愛好家だったと聞いて驚いたが、単なるサンパツに3,000円を取るほうに無理があり長続きはできない。しかし美容院も駅周辺に同じく20店近くあるが、こちらは相変わらず高級路線を継承して激しい競争を続けている。どこも料金表は8,000円とか6,000円とか超高額な料金表を並べて、各種の優待特別割引制度を掲げているが、客足は多くなく空椅子がお客を待っている。その内に、理容店と同様に3,000円均一美容とか、2,000円スピード美容など、極端なダンピング競争も始まるかも知れない。
最近は主婦層も殆どがクルマで、駐車場なしのスーパーは存立し得なくなったが、私の住宅街には大型ドラッグストアーが4店もあり、誰が考えても超過当な競争状態だ。駅前のF社だけは駐車場なしだが駅前ゼロ分が売り物、他の3店は広い駐車場を誇るM社とU社、或いは狭い駐車場をいつも近くの図書館通いのシルバーに不法占有され困惑しているS社など、どう考えても狭い田舎町に4店の大型ドラッグストアーの過当競争の継続は難しく、そのうち半数は閉店する日もあるだろう。
何れにせよ、田舎には田舎特有の生活があり、地元の住民は知恵を絞りながらも、地域にへばり着ついて必死に模索しつつ生きている。私もその地元住民の一員になった訳だが、孫達が償還する年金に頼りながら細々と図書館通いで余生を生き永らえる同輩のシルバー諸兄とは違って、微力でも自己責任で地元経済の活性化に少しでも貢献したいと思っている次第。