2012年01月23日
120123 不器用者の生き方
テレビを見ていると、最近の小中学生は自分の意見を実に堂々と発言している。私の幼少時代とは比較にならないほどしっかりと自分の考えを表現するので羨ましい限りだ。
山口県の片田舎で育った私は不器用で訥弁だったので、器用で口達者な同級生達にはいつも劣等感を抱いていた。特に中学高校時代の国語が一番苦手だった。級友達が見ている読本を私が引っかかりながら読むのが非常に恥ずかしかった、吃音気味でうまく読めないのを、無知で読めないと誤解される屈辱は辛かった。しかし英語は大好きだった。外国語なので吃っても当たり前だったから、そのため英語が大好きになり、高じて英語が段々と話せるようになってしまった。
舌回りをよくする為、私は英会語を大声で朗読する習慣を始め、数十年間に渡って、毎朝大声で英会話を朗読し続けている、事情を知らないお婆ちゃんにはいつもうるさいと嫌っていた。しかし分厚い英会話テキストを永年読み続けると、自然に文章を丸暗記してしまい、その為、英会話が苦にならなくなった。
尼崎工場に勤務していたとき、いろいろ経緯があって1000人近い単組の書記長を勤めることになった。特に春秋の組合大会で、書記長の経過報告には大変苦しんだ。大勢の前で原稿を読むことは本当に苦手で、できる限り原稿を見ないで演説した。考えながら話すと、詰まっても自然で恥ずかしくなかった。その結果、原稿を読まないで考えながら話す習慣が段々と身についてしまった。
国会議員の偉い諸先生が、原稿を読みながら話すのを、私は好きではない。自分の信念の表明なら、思うままに話すのが最も自然で説得力がある筈だ。分厚い原稿を読むのは首相の施政方針演説だけで結構で、原稿を見ながら議論するのは全く説得力がない。アメリカ大統領とかイギリス首相は、殆ど原稿を見ないで演説するがよほど説得力がある、
恥ずかしいが私は字も下手だ。妻は素晴らしく美しい書き手で、書道師範の資格をもつが教室を開く気はない
、私の長兄もきれいに書いていたが、次兄は余り見たことが無く、3男の私だけは悪筆であった。学生時代の筆記試験では私はかなり損をしたと思う。毎年年賀状等を書くのが恐怖で、上司とか気になる女性に出す時は、悲しくなるほど書いては破り書いては破りした。
会社員になってレポートを書くのが苦手で、上司から度々怒鳴られた。その結果、パソコンが入ったと私は直ぐにマスターした。今日ではビジネス書類は全てパソコンなので、悪筆に困ることは無くなったが、逆に年賀状が全てパソコンに代わり、相手の顔が見えなくなったので、相手の名前だけをちらりと見る寂しい時代に変わってしまった。 悪筆も相手の人柄を表し結構味わい深いものだったかと、少し名残惜しい。英語にも達筆と悪筆があるが、ラブレターだけは絶対に直筆で書く習慣だと聞く。タイプで書くラブレターは厳禁で、熱い心が伝わらず、まず拒絶されるそうだ。
私は運動神経も鈍く、小中学校時代の運動会は大嫌いであった。400m競走はいつも同じメンバーで、結果は殆ど変わらず、私はいつもブービーかメーカーであり、誰か転ばない限り私は入賞できなかった。 しかし中学高校生の孫達は運動会のフィナーレを飾る紅白リレーにいつも出場するので、私にとっては大きな誇りと喜びであり、神宮で短距離を走ったことが自慢だったお婆ちゃんの遺伝子には頭が上がらない。
自分の不器用さをカバーする為、私はいつも運動を心がけ、毎朝の通勤は駅までの1.5キロを必ず歩き、夕方帰宅する時は、雨降りでも駅前の100円ショップで傘を買って歩くので、自宅には安物傘が山のように貯まり、いつも家内が文句を言っている。勿論20分歩くよりクルマで瞬時に行くほうが快適に決まっているが、必ず歩くと決めていると1.5キロ程度もごく短時間で全く苦にならない。
その結果かどうか分からないが、私の住む隣り近所の同輩リタイア組は日頃はごろごろして、月いちゴルフで健康維持に努めているが、肥満体や糖尿病で苦しみ、何人かは亡くなり、現在入院中の同年配もいるが、私は元気でまだ現役で仕事を続けられることに感謝している次第。 ひとは誰も完全で万能には生まれず、色々な欠陥を抱えて生きているが、仮に不器用で口下手で悪筆あっても、案外面白い生き方が見つかるものである。
山口県の片田舎で育った私は不器用で訥弁だったので、器用で口達者な同級生達にはいつも劣等感を抱いていた。特に中学高校時代の国語が一番苦手だった。級友達が見ている読本を私が引っかかりながら読むのが非常に恥ずかしかった、吃音気味でうまく読めないのを、無知で読めないと誤解される屈辱は辛かった。しかし英語は大好きだった。外国語なので吃っても当たり前だったから、そのため英語が大好きになり、高じて英語が段々と話せるようになってしまった。
舌回りをよくする為、私は英会語を大声で朗読する習慣を始め、数十年間に渡って、毎朝大声で英会話を朗読し続けている、事情を知らないお婆ちゃんにはいつもうるさいと嫌っていた。しかし分厚い英会話テキストを永年読み続けると、自然に文章を丸暗記してしまい、その為、英会話が苦にならなくなった。
尼崎工場に勤務していたとき、いろいろ経緯があって1000人近い単組の書記長を勤めることになった。特に春秋の組合大会で、書記長の経過報告には大変苦しんだ。大勢の前で原稿を読むことは本当に苦手で、できる限り原稿を見ないで演説した。考えながら話すと、詰まっても自然で恥ずかしくなかった。その結果、原稿を読まないで考えながら話す習慣が段々と身についてしまった。
国会議員の偉い諸先生が、原稿を読みながら話すのを、私は好きではない。自分の信念の表明なら、思うままに話すのが最も自然で説得力がある筈だ。分厚い原稿を読むのは首相の施政方針演説だけで結構で、原稿を見ながら議論するのは全く説得力がない。アメリカ大統領とかイギリス首相は、殆ど原稿を見ないで演説するがよほど説得力がある、
恥ずかしいが私は字も下手だ。妻は素晴らしく美しい書き手で、書道師範の資格をもつが教室を開く気はない
、私の長兄もきれいに書いていたが、次兄は余り見たことが無く、3男の私だけは悪筆であった。学生時代の筆記試験では私はかなり損をしたと思う。毎年年賀状等を書くのが恐怖で、上司とか気になる女性に出す時は、悲しくなるほど書いては破り書いては破りした。
会社員になってレポートを書くのが苦手で、上司から度々怒鳴られた。その結果、パソコンが入ったと私は直ぐにマスターした。今日ではビジネス書類は全てパソコンなので、悪筆に困ることは無くなったが、逆に年賀状が全てパソコンに代わり、相手の顔が見えなくなったので、相手の名前だけをちらりと見る寂しい時代に変わってしまった。 悪筆も相手の人柄を表し結構味わい深いものだったかと、少し名残惜しい。英語にも達筆と悪筆があるが、ラブレターだけは絶対に直筆で書く習慣だと聞く。タイプで書くラブレターは厳禁で、熱い心が伝わらず、まず拒絶されるそうだ。
私は運動神経も鈍く、小中学校時代の運動会は大嫌いであった。400m競走はいつも同じメンバーで、結果は殆ど変わらず、私はいつもブービーかメーカーであり、誰か転ばない限り私は入賞できなかった。 しかし中学高校生の孫達は運動会のフィナーレを飾る紅白リレーにいつも出場するので、私にとっては大きな誇りと喜びであり、神宮で短距離を走ったことが自慢だったお婆ちゃんの遺伝子には頭が上がらない。
自分の不器用さをカバーする為、私はいつも運動を心がけ、毎朝の通勤は駅までの1.5キロを必ず歩き、夕方帰宅する時は、雨降りでも駅前の100円ショップで傘を買って歩くので、自宅には安物傘が山のように貯まり、いつも家内が文句を言っている。勿論20分歩くよりクルマで瞬時に行くほうが快適に決まっているが、必ず歩くと決めていると1.5キロ程度もごく短時間で全く苦にならない。
その結果かどうか分からないが、私の住む隣り近所の同輩リタイア組は日頃はごろごろして、月いちゴルフで健康維持に努めているが、肥満体や糖尿病で苦しみ、何人かは亡くなり、現在入院中の同年配もいるが、私は元気でまだ現役で仕事を続けられることに感謝している次第。 ひとは誰も完全で万能には生まれず、色々な欠陥を抱えて生きているが、仮に不器用で口下手で悪筆あっても、案外面白い生き方が見つかるものである。